「お待たせ」
そう言ってユーカは花陽の前に姿を現した。
場所は先日ユーカが話し合いのために提案した喫茶店のオープンテラス、早く着いた花陽はミルクココアを堪能しながらそこでユーカを待っていた。
ユーカが現れたのは花陽が来店してから五分程度、昨日と同じ服装で現れたユーカは案内してくれた店員に「コーヒーをお願い」と言うと、花陽の前の椅子に腰を下ろす。
「今日はごめんなさいね、学校の帰りなのに誘っちゃって」
「いえ、私もユーカさんとは話したいと思っていましたから」
「そう、ありがとう。
ところで、浮かない顔をしているけど、何かあったのかしら?」
「え?」
ユーカの発言に花陽は少し驚いた。
「サングラス越しでも一応わかるのよ。それで、何に悩んでいるのかしら? よかったら相談に乗るわよ」
サングラスを示しながら言うユーカの声音は優しく、口元からもユーカが優しい表情を浮かべているのだと判断できる。
話すことに少しためらいを感じる花陽だったが、ユーカのやさしさに甘え自然と自分の胸の内が言葉となって出始めた。
「……実は、私の通っている学校でスクールアイドルが誕生したんです」
「スクールアイドルって、今人気のアレよね?」
「はい。そのアイドルのファーストライブを見てから、私もアイドルをやりたいって思うようになったんです。子供の時から、アイドルには憧れてたから。
でも、私は声が小さいし人見知りで、背も小さいからできないって思っていたんです。けど、先輩達やお兄ちゃんに『やりたいならやりなよ』って言われて、それで自分でもやってみようと思ったんですが、その……」
花陽は一拍置いて、
「怖いんです。ステージに立つのが、とても怖いんです」
「……理由を聞いてもいいかしら?」
ユーカの声音にはしい検査が込められていた。
「……小学生の時、演劇の主人公に選ばれたんです。まだその時は人見知りとか、恥ずかしいとか全く知らない時で、家でもお兄ちゃんの誕生日とかにアイドルの真似をしていた時もありましたから、緊張はしないかなって思ってたんです。
でも、違いました。本番の日にステージに立ったら、いつもとは違った視線を感じて、知らない人の視線が怖くて頭が真っ白になったんです」
花陽の脳裏に、当時の光景がよみがえってくる。
演劇の主人公に選ばれ、意気揚々と練習に励み、両親と兄に「楽しみにしててね」と言えるくらいに自信と『出来る』という思いを抱いていた自分の姿。
そして、ステージの上に立った瞬間に目の前に広がった数々の視線。
今まで家族の前でしか歌ったことのない自分が、今知らない人たちの前で劇をしようとしている。今まで以上に期待に満ちた両親の眼差し、知らない人たちの視線、初めて経験する大勢の前での発表という事態に、花陽はかつてないほど緊張していた。
しかし、こんなのはまだ序の口。本当に最悪だったのはこの後だ。
「そしたら、演技の出だしのセリフを間違えちゃって、それだけならまだよかったんですけど、衣装に足が取られて転んじゃったんです。その姿が可笑しかったのか、周りから笑い声が聞こえて来て……。その笑い声がトラウマになって、ステージに立ちたくても、一歩踏み出せないんです。やりたいのに、スクールアイドルをやりたいのに、怖くてできないんです!」
花陽は泣いていた。
怖い、ただそれだけで一歩踏み出せない自分の弱さが情けなくて泣いた。やりたいと、どんなに思っても、あの時のトラウマが蘇ってきて一歩踏み出せない。
今日だってそうだ、昨日の挽回をしようとしたのに、音読を噛んでしまいその時に起きた笑いが怖くて、踏み出していた足を引っ込めてしまった。
弱い、なんて弱いのだ。
その弱さが溜まらなく嫌だった。
「そう」
花陽の話を聞いていたユーカは、運ばれてきたコーヒーに一度視線を落とすと、小さく言った。
「あなたも、そうだったのね」
囁くように言われた一言は、花陽の耳に滑り込んでくるように聞こえてきた。
「え?」と驚いた視線を上げる花陽。
「私もね、小さい頃はアイドルを目指していたの。テレビに出ているアイドルに憧れてね」
「ユーカさんも?」
「まあね。でも、ほら、私こんな目じゃない? 光に弱いから照明の光がダメでね。それが理由で諦めたの。自分には無理だって」
そうあっさりと言ってのけるユーカ。そこに後悔の念は感じられず、むしろ清々しいといった具合だ。サングラスによって詳しい表情はうかがえないが、自分の選択に後悔をしている様子はない。
なぜそう簡単に諦められたのか?
確かに花陽もトラウマが原因で『アイドル』という夢を諦めかけたことは何度もある。しかし、完全に諦めたことはない。心のどこかには今でも『やりたい』という思いが、かすかに残っている。
自分は、こうも潔く諦められるのか?
無理だ。絶対にあきらめられない。
「どうして、そんな簡単に諦められたんですか?」
だから花陽は聞いた。
どうしてそう簡単に『夢』を諦めることが出来たのか。
「さぁね、もうずいぶんも前のことだからは忘れたわ」
素っ気なく言うユーカは、カップを持ち上げてコーヒーを口に含む。
それから、一息吐くとこう続けた。
「ホント、『夢』なんて目指してもろくなことにならないわよ」
先ほどの雰囲気から一転、急に鋭くとがったような雰囲気になったユーカは、強い口調で花陽に向けて言う。
「前に留学したって言ったわよね? あれはね、デザイナーを目指して留学したの。たぶん私はアイドルの着ている衣装の方に興味があったんだと思うわ。だから私は、ファッションデザイナーを目指して留学した。絶対になれるっていう自信を持ってね」
ユーカは同時に運ばれてきたミルクを加えていきながら続ける。
「でも結局ダメだった。有もしない自信を持て海を渡ってみれば、私より上の実力者何て当たり前にいる。私より幼い頃からファッションに興味を持っていた子や、両親のどちらかがすでにファッションデザイナーな子。
そうね、あとは単純に才能の差かしら」
ミルクを混ぜたコーヒーを一口含むユーカ。
そんなユーカの話を静かに聞く花陽。
「どんなに努力しても、結局才能という差には敵わなかった。
スクールアイドルもそうでしょ? いろんな子たちが憧れて始めるけど、選ばれるのは才能のある子たちだけ。A-RISEがいい例なんじゃない? あの子たちがすごいのは『才能』があるから。それはあなたも感じていることでしょ。『努力』でどうにかなるなら、A-RISE以上の努力をしているアイドルが一番になれるはず。
でも現実はどう? そんなグループは出てきていない。結局は『圧倒的才能』を持つA-RISEが常にトップにいる。
花陽ちゃんには、A-RISEを超える才能があるのかしら?」
「……っつ!?」
威圧的に言われ、花陽は震える。『A-RISE』を超える才能? そんなのあるわけがない。もしあったら今頃こんなことにはなっていないはずだ。きっとスクールアイドルをやっていて、人前でも緊張しない『強い心』を持っているに決まっている。
しかし現実はどうだ?
スクールアイドルどころかその一歩すら踏み出せていない。人前で発表することすらろくに出来ない自分に、そんな才能はないと当たり前のことが証明されていた。
「叶いもしない夢を持つのは無駄、でもそれ以上に、
花陽ちゃん、厳しいことを言うけど、出来ないのならやらない方がいいわ」
そうだ、ユーカの言う通りである。
出来ないのなら、一歩踏み出せない時点で潔く諦めた方がいいのかもしれない。先輩達と一緒に始めたとしても、こんな自分では足を引っ張るだけだ。先輩たちの掲げる『廃校阻止』の邪魔になること間違いない。
出来ないのならば、諦めればいい。
今ここではっきりと言われたのだ。なら、ここで潔く諦めるのも一つの手だろう。
確かに、その通りなのだから……。
「それは違うぜ」
だが、一人の少年の声が真っ向からぶつかってきた。
顔を上げてみればそこには、昨日先輩の家で出会った茶髪の外ハネ少年──確か名前は一条リヒトだったか──が真剣な顔つきで立っていた。
☆☆☆
ほぼ無意識だった。
気が付けば席を立って二人の元に行き、ユーカという女性が語った『夢』に対する意見を真っ向から否定するために口を開いていた。
驚いた様子の二人がこちらに振り返る。
後方では真姫と凛が『何やっているのよ、リヒトさん!?』『凛たちにはここで待ってろって言ったのに!!』と何なら愚痴っているのが聞こえてくるが、リヒトはそんなことは無視した。
リヒトはユーカの方へ向き直ると、その意見を真っ向から否定するために口を開く。
「どんな夢でも、持つことは決して無駄なんかじゃない。ちゃんと意味があるに決まってるだろ。
そもそも叶わないことだったり、出来もしないことを夢に持つのが当り前だ。夢っていうのは憧れや、その人がやりたいと思ったことが、そのまま夢になるんだからな。あとはそれを自分で『出来ること』にするのが、夢に向かうって意味なんだよ。
出来ないのならやめた方がいい? 違うね、出来ないことだからこそチャレンジするんだよ。できないことを理由にしてたら、誰も夢なんか持てねぇよ。それに、アンタみたいに夢を『無駄』とか言っている人に、夢を語られたくないね」
「……何よ、いきなり出てきて随分な物言いね」
「アンタが『夢』に対して随分な物言いだったからな。つい物申したくなったのさ」
「そう。でも残念ね、どんなに語っても、夢を叶えられなかったら意味ないじゃない。私のようにね」
「それはあんたが諦めたからだろ。アンタが諦めないで、最後の最後まであがいて、自分の限界を出していれば、叶ったかもしれないだろ。
それに、夢を追いかけている時アンタの胸はスッゲー熱かったはずだ。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、その熱さと目指した場所に立ちたい一心で頑張ってきたはずだ。
アンタが言う『夢を持つことは無駄』ってのは、努力してきたアンタを無駄って言うことにもなるんだぞ。それはさすがに可愛そうじゃねぇか」
「…………」
おそらくユーカはそのサングラスの下でリヒトを睨んでいるだろう。もちろんリヒトも他人の会話に土足で踏み入ったことは悪いと思ってはいるが、どうしても許せなかったのだ。ほぼ無意識に近い行動ではあるが、後悔はしていない。
真っ向からユーカの『夢』に対する意見を否定するために睨み返す。
言ってることは夢物語できれいごとなのかもしれない。それでも、リヒトの中に残る『何か』がユーカのことを許していなかった。
「……そう。じゃあ、あなたにはあるのかしら? 最後まであきらめないで叶った夢が」
「──っつ」
ユーカに問われて、リヒトは下唇を噛んだ。
その問いに対する答えを、リヒトは持っていない。
自分の過去を遡ればあるのかもしれないが、記憶喪失が故に答えることが出来ないのだ。
下唇を噛んだリヒトの反応を見て、何かを察したのかユーカは「ふーん」とリヒトをあざ笑う。
「ま、そんなことはどうでもいいのよね。
だってさっきの話、
「────は? 何を言ってるんだ?」
「
ウソを言っている様子はない。あくまで事実を述べているその様子に、リヒトは絶句していた。
あの話がウソだというのか? 遠くからなためうまくは聞こえなかったが、花陽と話していた内容が全てウソだと語っている様子だ。
「あなたも気づいているんでしょう?
「──!? やっぱりお前──!!」
「熱弁をありがとう。おかげでいい時間稼ぎになったわ」
瞬間、リヒトの体に息が詰まるほどの衝撃が襲ってきた。腹部に突き刺さる痛みを感じたのちに遅れてやってくる浮遊感。回る視界。
自分が吹っ飛ばされたのだと理解するのに、少々時間がかかった。
オープンテラスにあるテーブルやイスを巻き込んで転がるリヒト。次々と体を襲う痛みに耐えながら受け身を取って体を起こすと、花陽の背後に回ったユーカがその口を花陽の耳元に寄せ何かを呟いているのが見えた。
「リヒトさん!」「一条さん!」と真姫と凛が後ろから駆け寄ってくる。二人の方を向いたところで、リヒトはこの場に自分たち以外の人間がいないことに気が付いた。
(まさか、位相が変わってる!?)
位相の変異、それが起こるということは『闇の魔の手』が動き出したということ。誰かの心の闇が呼び起こされ、怪獣が出現するという予兆だった。
一瞬幕をくぐるような感覚がリヒトの体に走ると、空はリヒトが過去に二回見た『光の異空間』の空が広がるが、その空を覆うかのように別の幕が広がって行き、やや暗い空が広がった。
真姫と凛は周囲から人が消えたことに戸惑うが、リヒトは余計に歯噛みした。今のところどういった条件の人物が位相変異に巻き込まれるかわかっていないが、少なくとも今現在巻き込まれている凛と真姫は一般人だ。今朝も真姫の両親が巻き込まれたばかりだというのに、この間の短さは少々文句が言いたくなる。
「リヒトさん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。それよりお前達は──」
逃げろ、とは続かなかった。
ドクン、とリヒトの背後に嫌な気配が走るのと同時に二人を突き飛ばす。だからこそ、防御が出来ずに首に黒い何かが巻き付くのを許してしまった。呼吸がつまり、リヒトの中からどんどん酸素が失われていく。
背後に振り返ってみればユーカの手に持つ黒い鞭がリヒトの首を絞めていた。ユーカは三日月の様に口を歪め、花陽の頬を撫でている。
すでに花陽の瞳は虚ろとなっており、虚空を見つめているその姿はまさに今朝の真姫と似ている。真姫の時は『闇の力』により自分の心を暴走させられている様に見え、まだどちらかといえば自我も残っている方だった。
しかし今回の花陽は、その自我ですら『闇の力』に飲み込まれている様子であり、花陽自身の意識があるのかわからない。
いや、ない方の確率が高いだろう。
小泉、と名前を呼ぶ前にユーカの元に引き寄せられ、顔を踏まれる。鞭は解けてはいるが、頭部を踏みつけられる痛みがリヒトを襲う。
「テメェ……、小泉に何をしやがった!?」
「はははっ、何って『種』を植えたのよ。この前会った時ね」
「種、だと?」
「そう。ショートカットの子なら知ってるんじゃない? 昨日私がこの子とあっているのを。その時にね、植えたのよ。心の闇を糧に育つ『種』をね」
そう言ってリヒトを見下すユーカ。
すでにその手にはスパークドールズ──赤い双頭の怪獣──が握られており、花陽の手にダークダミースパークが出来上がるのを待っている。
リヒトは何としてでも起き上がろうとするが、頭にかかる圧力が消えたと思うと、髪の毛を掴まれ強引に持ち上げられる。そのまま腹部を何度も殴りつけられ、空気が押し出され吐き気が襲ってくる。
最後に投げ飛ばされたリヒトはテーブルと椅子を巻き込みながら吹き飛んで行き、オープンテラスと道路の境にある策に頭をぶつけて倒れる。
「リヒトさん!!」
真姫が叫んでリヒトの元に駆け寄る。リヒトが頭部をぶつけた際には鈍い音が聞こえてきており、明らかに頭部を損傷したのだとわかる。
一方のユーカは、邪魔者が排除できたと判断すると花陽に近づき、その手に己の手を添える。花陽の手にはすでにダークダミースパークが出現しており、ユーカは優しくその先端をスパークドールズの足裏に持って行く。
「やめるにゃ!!」
まだ残っていた星空凛がユーカ目掛けて駆け出すが、すでに遅かった。
『ダークライブ! キングパンドン!!』
小泉花陽が闇に飲み込まれた。
花陽がライブした怪獣、キングパンドンは土埃を上げて街の中に出現する。
その非現実的な光景に凛の思考に空白が生まれる。
真姫の方は驚いてはいるが、朝に自分の同じ体験をしたことを覚えているためか、凛に比べてはまだ体が動けた。
「この、お前……!!」
テーブルと椅子の瓦礫の中から起き上がってきたリヒトは、額から血を流しながらもユーカを睨みつける。
「あら、そんなに睨まないで。あなたのせいでしょう? 私の正体にうすうす勘付いておきながら、様子見なんてしてるのがいけないのよ」
「気づいてたのか? 俺たちがお前の後を付いていたのを」
「当り前じゃない。私は『闇のエージェント』よ。
「…………」
リヒトは内心で後悔していた。
真姫たちと遭遇したあと、ユーカと花陽の姿はすぐに発見できた。しかし、どう接触すれば一番穏便に済むのかを考えてしまい、一先ず様子見をすることにしたのだが、これがまずかった。あの時すぐに接触を図ればよかったと、後悔しているリヒトだったが今更それを考えても仕方がない。こうなってしまった以上真姫の時同様にウルトラマンギンガにライブして花陽の心に語り掛けるしかない。
だが、
(どうする? 小泉がああなった以上、俺もギンガにライブして戦うしかない。だけど、俺がギンガにライブした瞬間アイツが二人を襲わないという保証がない。今は俺しか襲わないが……)
キングパンドンは、真姫の時と違ってその場から動く気配がない。リヒトは『小泉花陽』という少女の性格を知らないが、闇の力に囚われても暴走するような性格はしていないということだろうか。
これは幸いだ。向こうが動く気配がないのなら先にユーカを倒せばいい。
リヒトはパーカーのポケットに手を忍ばせ、その手にスパークドールズを掴む。ポケットには今朝希から預かったカオスジラークのスパークドールズがある。ユーカがリヒトへの警戒心をとかいない以上、ギンガにウルトライブすることは困難だ。そこでこれを使い、二段構えでギンガ又はカオスジラークにウルトライブできればユーカを倒せる。
だが、リヒトの脳裏に今朝の希との会話が思い出される。
『なあ希。ギンガスパークを使えば、怪獣にもライブできるのか?』
『たぶん、出来るとは思うんやけど、危険じゃないかな』
『危険?』
『ウチも奉次郎さんから「ティガ伝説」を見せてもらったけど、スパークドールズって「大いなる闇」の力の一部が封印されてるんやろ? だから危険やと思うんや』
『あぁ~、なるほどな。西木野が作り出したコレ、……あー、ギンガライトスパーク? で俺が不利になったときに加勢してもらおうと思ったんだけど』
怪獣のスパークドールズには『大いなる闇』の力の一部が封印されている。『光の力』であるギンガスパークとは相反する力の集合体であり、ウルトライブにどんなリスクがあるのか定かではない今、安易にウルトライブするのは危険である。
ギンガへウルトライブするのが一番だと思われるが、ユーカがそれを許すはずがない。だがこのまま手をこまねいているよりか、多少のリスクがあったとしても動き出さなければ事態は変わらない。
もうこの際だ、正体がばれることなんか気にしていられない。あとでまた希に怒られそうだが、そんなことは後回しだ。
よし、作戦は決まった。
後は行動に出るのみだった。
だが、
「と言う訳で、あなたにはもうちょっとおねんねしててもらうわよ」
ポケットからギンガスパークを取り出す直前にユーカの方が動いた。
風を切る音共に鞭がリヒトを叩き乾いた音が響く。
「っつ!?」
椅子を投げながら迫るユーカ。リヒトは真姫を安全圏へと突き飛ばすと、転がるようにその場から逃げた。椅子は躱したが、肝心のユーカの攻撃がリヒトへ迫る。ウルトライブする暇も、それ以前にギンガスパークを取り出す暇さえ与えてくれないユーカの猛攻を避けるリヒトだったが、鞭が再びリヒトを捉え外へと投げ飛ばす。
コンクリートに叩きつけられたリヒトは肺の中の空気がすべて吐き出され、呼吸が詰まる。しかし視界にはリヒトを踏みつぶそうと柵を超えるユーカを捉え急いで転がる。
何度も咳き込むが、ユーカの猛攻がリヒトを襲う。
なんとか反応して防御に回るリヒトだったが、ストレートを躱した瞬間足に違和感。下を向いてみれば右足首に鞭が絡みついており、しまったと思う暇もなく足を引っ張られ後ろに倒れる。同時に頭を掴まれコンクリートへと叩きつけられる。
頭蓋骨が砕けたのではないかと疑いたくなる激痛。
痛みにのたうち回るリヒトの腹部を蹴り上げるユーカ。続いてユーカのつま先が額を撃ち抜き閉じていた傷口が開き再度出血。同時に脳が揺さぶられ意識が飛びかける。
リヒトにとどめを刺そうとするユーカだったが、背後に迫る気配気付き振り返る。
「あら、お嬢ちゃん随分元気ね?」
「かよちんを戻すにゃ!! このおばさん!!」
「失礼ね。一応コピー元の人間は二十三だったはずよ。まだおばさんっていう年齢じゃないわけ、ど!!」
ドゴ! と凛の腹部に強烈な一撃が叩き込まれその記者な体が沈む。
制服の首元を掴み無理やり立ち上がらせ、凛の耳元に囁くように言う。
「私、あんまり女の子はいじめたくないの。だから、端っこでおねんねしててくれる? かわいい猫のお嬢さん」
投げ飛ばされた凛は数メートル転がり、起き上がる様子は見せない。真姫が急いで駆け寄り容態を確認すると、先ほど腹部に受けた一撃が強烈だったらしく腹部を押さえているだけだった。
「あなた、小泉さんをどうするつもり!?」
「どうするって、そうね。教えて上げようかしら」
そう言ってユーカはパチンと空に向けて指を鳴らす。
その瞬間、キングパンドンの両隣にあるビルの屋上が謎のスパークを始めた。そしてその光は、一筋の光を伸ばしていきキングパンドンの上空でひとつに交わった。交わった光は一つの球体の様な形に集約していき、一度邪悪に輝くとブラックホールの様な黒いワームホールを形成した。
「ゲート」
驚きで真姫が目を見開く中、ユーカが静かに告げる。
「元々は扉ぐらいの大きさしかなかったのだけれど、それを改造してあそこまで大きくしたの。どう? 私かなり頑張ったのよ。まあ、一人の協力者がいたのだけれどね」
次の変化はすぐに訪れた。
『ゲート』と呼ばれたワームホールの穴から青白く光る紐のようなものが伸び、キングパンドンの体を絡め捕りその体を持ち上げていく。まるでワームホールの中に飲み込もうとしているその様子に、真姫は嫌な予感が一気に背中を走った。
「私があれを見つけたのはアメリカでね。聞いた話だと、位相を越える扉みたい」
「位相を、越える?」
「えぇ。お嬢さんは知らないのだろうけど、昔この地球で『光の戦士達』と『大いなる闇』の戦いがあったの。『闇』は敗れてしまったのだけれど、位相を移して復活の時を待っている。『ゲート』にはね、その『大いなる闇』のいる位相に『生け贄』を送る扉。
今あの子は私が植えた『種』によって『心の闇』が増幅されている。その状態で『大いなる闇』の力の一部が封印されているスパークドールズにライブさせ、『生け贄』として送り込めばどうなるか、わかるでしょ?」
「…………」
真姫にはユーカの言っている話の内容がほとんどわからない。
だが『生け贄』がどういう意味を持つのかはわかる。
もし、ユーカの言う話が本当であれば、あのワームホールに吸い込まれていった花陽の末路は──。
「死、よ。あの子はもれなく『大いなる闇』」復活のための生け贄となって死ぬ。
ああでも安心して。あなたたちもすぐにお友達の後を追うことにな・る・か・らっ!」
「……なるほどな。お前の目論見は分かった」
楽しそうに笑うユーカの言葉を遮るように、リヒトの言葉が聞こえてきた。
リヒトはゆっくりと立ち上がり、額から流れて来ていた血を拭きとる。
「あら、もう立てるのかしら? 結構痛めつけたつもりなのだけど──」
(──それに、額の傷がもうふさがっている? さっきもそうだったけど、傷の回復が早くないかしら、この子)
ユーカはリヒトの傷の回復の速さに眉を顰める。リヒトの特徴である明るい茶髪の間から見える額には、赤い血の血痕が残ってはいるが再び血が流れてくる様子がない。ユーカが投げ飛ばすたびにリヒトの体には擦り傷や出血部分が多くあったはずなのに、今見る限りではどこも治っている。
それに、一度頭蓋骨を割る勢いでコンクリートに叩きつけたというのに、その時の後遺症が全く見られない。
リヒトの異常を感じ取り、眉間に皺を寄せるユーカ。
本人は気付いているのかわからないが、リヒトはユーカを睨みつけて言う。
「お前に額を割られたとき、俺は
「あら、知っているのかしら。『ゲート』のことを」
「記憶喪失前の俺がな。アメリカに留学してたみたいだから、きっとそこで見たんだろ」
「あら、つまりあなたが壊したのかしら。でも残念ね、私がこうしてまた持ってきちゃった」
「ああ。だから──」
リヒトは、その拳を握りしめて言う。
「また俺がぶっ壊す! お前の目論見と一緒にな!!」
☆☆☆
「星空さん、大丈夫?」
「なんとか、ね……」
腹部を抑える凛の顔は痛みに歪んでいるが、少しは回復したのかその表情は次第に穏やかになって行く。
凛の容態が回復に向かってはいるが、肝心のリヒトの方が危ない。威勢よく宣言はしたが、いまだユーカに弄ばれている状態。先ほどユーカが「この作戦を成功させるには、あなたが邪魔なの」と言っていた。それはつまりリヒトがこの窮地を打開できる力を持っているということ。
そしてそれは、もちろん真姫にもわかっていた。
(きっとリヒトさんは、今朝の私と同じく小泉さんを助けれる力を持っているはず。あの人があそこまでリヒトさんを必要に狙っているのだから間違いない)
となれば、どうにかしてユーカを引き離さなければならない。しかし真姫にはユーカを足止めできるほどの力は持っていない。持っているとすれば……。
「星空さん、まだ動けるかしら?」
「え?」
「リヒトさんなら小泉さんを助けることが出来る。でもそのためには、あのユーカって人を私達で足止めしなきゃいけない。星空さん運動神経いいからできないかしら?」
「無、無理だよ。だってあの人すごく強いよ。それに凛は運動神経はいいけど、けんかの仕方なんてわからないし……」
「ケンカはしなくていいわ。あくまで足止めさえできればいいの」
「でも……」
「このままだと、小泉さんが死ぬかもしれないのよ? そんなの嫌でしょ! あのままアイツの思い通りになるなんて私は嫌よ! せっかく仲良くなれたのに、ここで終わりなんて嫌。絶対に助けるの!」
「…………」
凛は真姫の言葉を聞いて一度うつむいた。
真姫も無理なお願いをしていることは重々承知だ。しかも凛は腹部に強烈な一撃を食らっている、その痛みがユーカに対して恐怖心を抱かせているのかもしれないが、ここで凛が動いてくれなければ本当に終わってしまうかもしれない。
「……わかったにゃ」
懇願する真姫の願いが届いたのか、凛は力強くうなずき顔を上げる。
凛の頷きを聞いた真姫は得意げな笑みを浮かべると、リヒトの方へ向く。
(今助けるから、リヒトさん!!)
☆☆☆
リヒトは再びコンクリート上を転がる。
「くそっ!」
「それにしても遅いわね。やっぱりあそこまで大きくしたのがまずかったのかしら」
ゲートの方を見ながら少し落胆した声で言うユーカ。先ほども言っていた通りユーカが『ゲート』をアメリカで見つけた時、すでにかなり破損している状態であり協力者の力があったとはいえ、それを改良してあそこまで大きくしたのが仇となったのかキングパンドンの上昇スピードは想定していたスピードより遅かった。その為こうして直接リヒトの足止めをしなければいけなく、ユーカにとっては少々気苦労だった。
リヒトの方も、すでにかなりボロボロの状態にありいくら傷がすぐに癒えるとはいえ、『痛み』までは消えないのか体力はどんどん削られていった。
だが、リヒトが引っかかっているのはそれだけでない。
(くそ、さっきの光景は一体何なんだよ!!)
先ほどリヒトの脳裏に流れてきたビジョン、
しかしここで固まっているわけにはいかない。
ここでユーカを早く倒さなければ花陽が危ない。
「あら、まだ立つのね。そろそろ倒れてくれないかしら」
「嫌だね。……こんなところで、倒れてたまるかよっ」
全身に力を入れて立ち上がるリヒト。
ここで自分が倒れたらどうなるのか、それは嫌でもわかっている。倒れるわけにはいかない、花陽を助けれるのは自分だけなのだ。協力者である希はこの場にいない。
力の限り経つリヒトだったが、急接近してきたユーカの拳を受けてその体が再び沈む。さらに、ユーカの振り抜かれた蹴りがリヒトの頭を蹴り抜き意識が飛びかける。
瞬間、リヒトの脳裏に
そのビジョンに衝撃を受けたリヒトは、飛びかけていた意識が舞い戻り、驚愕で目を見開く。
(……なんだよ、今の。明らかに今まで以上におかしかったぞ!!)
言うなれば化け物化をし始めている少女。
まさか、あの少女は……。
「あら、やっと寝てくれたかしら。
──ん?」
ユーカは別の気配が感じ、そちらに振り返ると先ほどまでリタイアしていたはずの凛が迫ってきた。
その表情にはユーカに対する恐怖が残ってはいるが、自らを奮い立たせて立ち向かってくる姿には関心してしまう。
凛はその脚力をもってユーカに迫ると、その腕にしがみつこうとする。ユーカはそんな見え見えの攻撃をあしらうように避けると、もう一度痛い目に遭ってもらうと拳を放つが、凛は自慢の身のこなしでそれを避ける。
凛の動きに少々驚くユーカだが、凛はすぐに体勢を立て直すと再びユーカに迫る。何度も迫って来る凛に嫌気がさしたユーカは本気の一撃を叩き込もうとするが、横から飛んできたボールペンに気を取られ、凛の接近を許してしまう。視線を横に向けると、自分のペンケースからもう一本のボールペンを取り出し、こちらに投げてくる真姫の姿。
先ほどのペンは真姫が投げたものだ。
こざかしい真似を、と思うが凛にしがみつかれ真姫へ攻撃が阻止される。凛を突き飛ばすが、先ほど同様すぐさま体勢と立て直して迫って来る。
凛がユーカの猛攻を躱しながら迫る姿に、「なに危ないことしてるんだ」と叫びたくなるリヒトだったが、駆け寄ってきた真姫が、
「ここは私達に任せて、リヒトさんは早く小泉さんを!」
「任せてって」
「足止めをするだけよ。そんなに長くはもたない。だから早く小泉さんを!!」
「……わかった」
真姫の瞳に揺るがない覚悟を見たリヒトは、この場を二人に任せることにした。それに、せっかく彼女達が作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。リヒトがギンガにウルライブするべく駆け出そうとするが、一回立ち止まりポケットからあるものを取り出す。
「西木野、コレ念のために持っておけ。お守りの代わりだ」
そう言ってリヒトが真姫に渡したのは、青い透明なギンガスパーク、ギンガライトスパークだ。
受け取った真姫は見覚えのあるそれに一度目を見開き、リヒトに説明を求めようとしたがすでにリヒトは駆け出して行ってしまい、出来なかった。
真姫達の元から建物の影に移動してきたリヒトは、心の中で二人に感謝をすると、ギンガスパークを額に当て、念じる。
(ギンガ、頼む。俺に力を貸してくれ! 小泉を助ける力を!!)
キラリ、とギンガスパークが一度光った。
それを感じ取ったリヒトはギンガスパークを勢いよく空へと伸ばす。
スパークブレードが開き、ギンガのスパークドールズが出現。リヒトは一度笑みを浮かべると、勢いよく掴み取り、スパークドールズをリードする。
『ウルトラーイブ! ウルトラマンギンガ!!』
光が展開され、リヒトを包み込んだ。
今回、第三章が合計で2万字を越えたため分割することにしました。サブタイトルに①と付いているのはその為です。
②の方は明日以降の更新を予定しております。
それでは、今回はこの辺で……。