さて、三年生組編のスタートを切るのはこの子です。
第一章:nicoの思い出
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7月22日。
その日は今や世界に名だたる有名アイドル、『nico』こと矢澤にこの誕生日である。
高校時代、今もなお語り継がれるスクールアイドル『μ's』のメンバーとして輝かしい活躍をしていた彼女は、幼き日からの夢を叶え、世界に笑顔を届ける超人気アイドルとなっていた。
スクールアイドル時代に培った歌唱力とパフォーマンス力は、今なお衰えを見せることなく、いや、むしろ格段と磨き上げられた彼女のパフォーマンスは見る人全てを笑顔にしていた。
二十歳を超えた今でも幼さが残る彼女は、その弄られやすさからバラエティ方面でも大いに活躍していた。一時期お笑い芸人が向いているのでは? と囁かれたが、そんな意見もステージに立つ彼女の姿を見れば、取り消さざるをえないだろう。
彼女はステージの上にいるときが、一番輝くのだ。
彼女は常に何事にも真摯に、そして本気で取り組む。その小さい体のどこから溢れ出てくるのだと聞きたいくらいに、彼女はいつも本気で取り組むのだ。
なぜそこまで全力なのだ? と、とある記者が聞いたとき、彼女はすごく真面目な顔でこう答えた。
『当たり前でしょ。
その瞳は何当たり前のことを聞いているのだ? と語っていた。彼女にとって『全力』というものは当たり前のことなのだろう。それが彼女の魅力であり、大勢のファンがいることが何よりの証明だった。
そして今日は、そんな彼女『矢澤にこ』のバースデーライブの日である。
☆(矢澤にこ)
──―7月22日。
その日は、私にとってとても大切な日である。自分の誕生日なんだから当たり前だけど、それ以上の意味が今の私にはある。
それは──、
「ふふっ、みんなありがとう」
と、私は自分のスマートフォンに向けて言う。
端末の画面には、私のSNSアカウントに向けてたくさんの「誕生日おめでとう」メッセージが届いて来る。次から次へと送られてくるメッセージに微笑みながら目を通していく。
なぜこんなにも私の元にメッセージが送られてくるのか。その理由は、今世界的に人気を誇るアイドル「nico」の正体が、この私矢澤にこなのだから! っんも~、こんなにも大勢の人から祝われて、ニコ、し・あ・わ・せ。
「ニコさん、顔がにやけてますよ」
と、私が幸せをかみしめていると、運転席に座るマネージャーから声が飛んできた。
「別にいいでしょ。人気者の特権よ」
そう言って私は背もたれにふんぞり返った。
途中のコンビニで買ったカフェラテを飲みながらメッセージの続きを読んでいると、別アプリの方に過去に共演した方々、学生時代の友人、家族からバースデーメッセージが届いてきた。
もちろん、μ’sとして一緒の時間を過ごしたメンバーからも届いており、今日のバースデーライブを楽しみにしているとのこと。さらには、ニコたちに憧れてスクールアイドルを始めたという子からもバースデーメッセージが届いていた
静岡から今日のライブのために来てくれるなんて、嬉しいわね。せっかくだし、探してみようかしら。
と、思っていると、一通のメッセージが私の顔をひきつらせた。というより、またか、という印象の方が強い。
……ホント、相変わらずよね『こいつ』は。もっとマシな送り方はできないのかしら?
「その顔、彼からまた奇抜なメッセージが来たんですか?」
どうやら顔に出ていたらしく、信号で止まった途端マネージャーから声を掛けられた。
「……まぁね、相変わらずよ、『こいつ』は」
「どうにかならないんですかね? 彼の行動には私達も少々困っておりまして……」
「私に言われても困るわよ」
私の返答に、マネージャーは苦笑いするしかなかった。
ホント、アイツの行動はどうにかならないのかしらね、一昨年なんか何食わぬ顔で私の楽屋に入ってきて、警備員に連れて行かれたし、去年いいたってはステージでギターを弾くメンバーに紛れ込んでいた。
まったく、アイツには常識がないのよ、常識が。普通ステージの上に混ざる? ありえないわ! 常識的に考えて女性アイドルのステージに一般の男性(まぁ、アイツの場合一般人と捉えていいのか怪しいのだけれど……)が上がるなんて普通ありえないことだわ! それなのにアイツは……。
「でも──」
「?」
「──不思議と、彼のことは嫌いになれないんですよね。むしろ楽しみなんです。どんなことをしてくれるのか、どんなサプライズを持って来てくれるのか。どうやって私達を楽しませてくれるのか」
と、笑顔で語るマネージャー。
…………。
……そんなの、誰もが思っていることよ。
☆(矢澤にこ)
リハーサルを終え、楽屋に戻って来た私は本番までのわずかな休息をとっていた。
「まったく、リハーサルだっていうのに相変わらず加減を知らないんですね」
と言って、ソファーにぐったりしている私に声をかけてきたのは、デビュー当時から専属メイクを担当してくれている
「さすがにもうないとは思ってますけど、倒れないで下さいよ。今年は」
と、念を押すように言ってくる。
……それには返す言葉もないわ。去年だって熱が入りすぎて倒れちゃったことあるし、気を付けてはいるんだけど、私の性格上どうにもならないことね。一応、今年はそれなりの体力をつけて臨んでいるけど。
とか言いながら、リハーサルで張り切りすぎて疲れてるのが正直なところ。でも、失敗したくないからこそ、リハーサルも手を抜かないのよ、ニコは。
「気を付けるわよ、今年は」
私の返答を聞いた河秋さんは、まったく、といった表情をすると楽屋の入口を見ながら、
「今年は彼、こっちには来ないみたいね」
と、言ってきた。
「当たり前でしょ、ああ見えてあいつは真面目だから、一度迷惑だとわかれば二度はやんないタイプなのよ」
まったく、毎年ライブのあとで謝罪の電話をしてくるなら、最初からやるなって話よ。
「そうなの。少し残念ね」
「まあ、今年もどこかで出てくるでしょ。気長に待ってなさいよ」
「そうしてます。
さて、そろそろ準備を始めましょうか」
「そうね」
そう言って、私はソファーから腰を上げると鏡の前に移動する。
たわいのない会話を交えつつメイクを完成させると、衣装に身を包んで完全に準備を終わらせる。あとは開始時間前になったらステージ裏に行くだけ。
最後にのどの調子やステージ上での動き、流れのイメージトレーニングをしっかりと行い、本番に向けて集中力を高めていく。同時に私にとってお守りのような存在である二つの物をカバンから取り出す。
一つは写真立て。中には、私の人生の中で間違いなく最高の瞬間であったスクールアイドル時代、μ’sのメンバーで撮った写真が入っている。最後のステージの後に撮ったこともあってか、みんな涙を浮かべているが最高の笑顔で笑っている。この写真を見るだけで、当時の感覚が蘇ってくる。
懐かしいわね。学校の廃校を阻止するために毎日四苦八苦して、『ラブライブ!』優勝を目指して毎日を駆け抜けたこの時間は、間違いなく私の中で最高の瞬間だった。本物のアイドルとなった今でも、この時間に勝る瞬間との出会いは、まだない。
あれから、辛く苦しい道のりがあったけど、この写真のおかげでここまで来ることができた。
ホント、ありがとね、みんな。
「nicoさん、そろそろ」
マネージャーの声がドアのノックされる音の後に続いて聞こえてきた。
時間ね。さ、行こうかしら。
「お待たせ。行くわよ」
「はい」
マネージャーに見送られ、ステージ裏へと向かう。
その最中、私は写真とは別の、もう一つ私にとって大切なものを両手で握りしめながら歩く。
「それ、いつも持ち歩いていますよね? 何か特別な思い出でもあるんですか?」
ステージ裏に着くと、河秋さんが私の持っているものが気になったのか声をかけてきた。
私が今両手で持っているのは、十四センチほどの小さな人形。青と赤のカラーリングが特徴で、頭部には特徴的な二つのスラッガーがある。私はそれを懐かしむように撫でながら答える。
「ええ。
もうすぐステージが始まるというのに、私の心は次第に落ち着いて行き、脳裏にはあの時の思い出が浮かび上がってくる。
きっとこの出来事が無ければ、私はここに立っていないだろう。それほどまでに大切で、私の人生のターニングポイントとなった出来事。
それは、孤独となった私の元を訪れた、最高の仲間たちとの出会い。
私がもう一度アイドルを始める決意をした出来事。
私の、最高の時間の始まり────―。
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☆(矢澤にこ)
「アタシ、この部活辞めるわ」
「──―え?」
その日、講堂でのライブを終えて部室に戻って来た私に向けて発せられたその言葉は、私の思考を止めるには十分な言葉だった。
「今、なんて言った?」
「なに? 聞こえなかったの? 辞めるって言ったの。もう明日から来ないから、じゃあね」
そう言って荷物をまとめて部室を出て行こうとする明美。その後ろ姿を見た私は、ようやく驚きで止まっていた思考を回転させ、止めるべくその手を掴んだ。
「ちょっと待ちなさいよ! そんなっ、どうして急に? せっかくみんなダンスが上手くなってきて、ランキングも上がってきたのよ? まだまだこれからじゃない! それなのに、どうして!?」
やだ、辞めてほしくない。これからなのに。勢いに乗ってきた今こそ、ランキング上位を狙えるかもしれないのに──! やだ、辞めないで!!
でも、そんな思いとは裏腹に、明美は冷めた眼差しで私に振り返ると、腕を振りほどいてドアノブを掴む。
「ねぇ、何か言ってよ……。何か言いなさいよ!!」
「うるさいのよ!!」
明美が叫んだ。
こちらに振り返り、私を睨みつけながら続ける。
「周りがアンタみたいに高い目標持ってやってるとでも思ってんの? ンなわけないじゃん! バッカじゃないのぉ?」
「……あ、明美……?」
「アンタ一人だけよ」
「……え?」
「アンタ一人だけ、ランキング上位何て言う高い目標を持ってやってるのは。アタシ達はそんな目標持ってない。ただアイドルに興味があったからやっただけ。ランキングなんか興味ないし、楽しくワイワイやれればそれでいいの。
それなのになに? ランキング上位だのキャラ作りだの、プロのアイドルの真似事やらなきゃいけないのよ。あと、はっきり言ってアンタのキャラ、ウザいのよ」
「…………」
「……もう、アンタに付いていけなくなったの。みんなもそうでしょ?」
振り返ってみんなの反応を伺うと、みんな私から気まずそうに視線をそらした。
……ああ、みんなもそっちの意見なのね。
「
そう言って今度こそ、明美は部室から出ていた。
ドアの閉まる音が部室の中に響き、嫌な空気が充満する。
誰も言葉を発しない中、私は、震える声で聞いてみた。
「……み、みんなも……、明美と、同じ意見、なの……?」
『…………』
返ってくる答えは、ない。
みんなうつむいているだけ。
そして──―、
──―一人のメンバーが部室を去って行った。
「……っ!!」
それが、決定的だった。
私の中の何かが壊れてしまった。ガラスが砕けるように、私の心が砕け散り、みんなとの思い出が粉々に消えていった。
そこからはよく覚えていない。
私の脳裏にはみんなとの楽しい思い出が消えていくことしか浮かび上がっておらず、気が付けば部室には私一人だけになっていた。
「待ってよ……」
口から漏れる声も、霞んでいる。
「ま、ってよ……」
もう、ダメだった。
「う、うっ、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」
☆(矢澤にこ)
「……あれ」
目が覚めてあたりを見回すと、そこは部室だった。時間を確認してみれば、すでに下校時刻を過ぎていた。
……寝ちゃったみたいね。最近いつもより早起きだったのが響いたのかしら。まあいいわ。幸い買い物は昨日の内に済ませてあるし、今日は特売の日じゃない。ゆっくり帰っても、夕飯を作る時間は十分にある。
「…………」
帰ろうと顔を上げたところで、点けっぱなしになっていたパソコンの画面が飛び込んできた。
画面には、先日アップロードされた『μ’s』の初ライブ映像が映っている。
「……ホント、なってないわね」
それ以上見たくなかった私は、手短にパソコンをシャットダウンすると、カバンを持って部室を出る。去り際に見えた部室の中は、暗くとても静かだった。そして、その静かな空間の中に、寂しさを感じた。二年前はここにはメンバーがいて、毎日ワイワイ盛り上がっていたのに……。
今はもう、その面影は……ない。
まあいいわ。別に居心地が悪いわけでもないし、逆に一人になったことですっきりした部分もあるしね。……でも、
「……」
考えていても仕方ない、下校時刻は過ぎているのだから先生の見回りが来る前に帰りましょう。
鍵を回して下駄箱へと向かうと、途中で見知った人影を見つけた。
……たしか、元部員の
「……あ、ニコちゃん」
その様子だと、向こうは私を待っていたみたいね。私を見つけるなり駆け寄ってくるが、
「なに?」
と、返した私の声に脅えてしまった。
……この対応は仕方のないことだと思う。だって向こうは部を去った者だ、そんな相手に優しく接するなど、私には無理だった。
「……あの、その……」
「用があるなら早くして」
わかってる、由良に対してこんな威圧的な態度をとっていては話が進まないことなど。それに、今更こんな態度をとったところで、意味などないことも。でも、どうしても元部員と顔合わせになると、心がざわつく。一緒に同じ道を歩んでいたのに、私の元を去っていたメンバー……。
「…………」
「…………」
互いに無言の時間が続いてしまう。
やがて、
「おーい、由良―」
私にとって、一番聞きたくない声が聞こえてきた。その声を聞いた私は、自分でもわかるほどにイラつく。
「ほら、呼んでるわよ。さっさと行きなさい」
そう言って由良の元から去ろうとする。
「ニコちゃん……!」
すれ違いざまに由良が私を呼んだが、私はそれを無視した。
彼女の寂しそうな表情を見て心が痛んだけど、アイツの後姿を見つけたから帰りたかった。……アイツとは、話したくもない。
「由良―? あ、ここにいたんだ」
後ろから由良が呼ぶ声が聞こえたけど、明美が由良を見つけたらしくそれ以降由良の声は聞こえてこなかった。
外へ出て上を見上げてみれば、厚い雲に覆われた空が広がっている。時期を考えればもうすぐ梅雨だ。じめじめとした梅雨、それは、厚い雲と合わさって今の私の心を表している様だった。
☆(矢澤にこ)
早朝、本来登校する時刻よりももっと早い時刻に、私は神田明神を訪れていた。独自の調査によれば、アイツらの朝練習の場はここ。私が何度忠告しても解散する気のないアイツらに、もう一度忠告するべくこうやって待ち構えているのだけど……。
「……? 今日は遅いわね」
時間を確認してみれば、本来なら誰か来ていてもいい時間だ。昨日は少なくとも二人はこの時間に来ていたし、準備運動も始めていた。
それなのに、この時間になっても来ないということは……。
「フン、ようやくニコの言う通りにしたのかしら」
と、思っていると。
「もしもーし、キミが矢澤にこさんであってる?」
後ろから声を掛けられた。男の声だ。振り返ってみると、明るい茶髪の少年──見た感じ同い年かしら──が立っていた。私が振り返るのと同時にあくびを漏らして目をこすっている。
身に覚えのない人物に名前を呼ばれ、私は警戒心を高めながらサングラス越しに目の前の人物を睨む。
「……だれ、アンタ。なんでニコの名前知ってるのよ」
「俺は一条リヒト。希にキミのことを頼まれたんだよ」
「希に?」
知っている名前が出て来て、私は首を傾げる。
希はアイツらの活動が本格的に始動してから、まるで狙ったかのように私の前に姿を現すようになった。その理由は何となく察しがついているのだけど、何で本人じゃなくて見知らぬ男が私の前に?
「最近、穂乃果達にちょっかい出している奴がいるって聞いて、心当たりがある希の口からキミの名前が出てきたんだ。で、今回待ち伏せをさせて貰たってわけ。
……ってか、その格好はなに?」
ことの説明をしてくる目の前の男、一条っていったかしら。とにかく、一条は事の説明を終えると、怪訝な視線でニコの格好を見てくる。
「なにって、変装よ、へ・ん・そ・う! アイドルたる者、外出の際に変装するのは当たり前でしょ」
と、私が得意げに言うと一条は「あぁ~」といった表情をしながら、
「……なるほど、そう言うことね」
と、言ってきた。
その態度にムスッと来た私は少し強めの声音で言う。
「なによ。何か言いたそうな顔ね」
「いや、別になんでもない。
それより、立ち話じゃなんだ。家に来てもらっていいか?」
な、なにこの男!? 初対面のニコをいきなり家に案内するだなんて……、ハッ!? まさか、変装でも隠せないニコの魅力に魅了されて……! あぁぁ、なんて罪な女なのかしら、ニコは。初対面の人すら、家に連れ込みたくなるなんて……。
「あー、なんだか変な誤解される前に言っとくけど、別にやましい気持ちがあって招待するわけじゃないからな。お前に話があるんだよ」
「……話?」
「そ、別にお前に惚れたわけじゃないから。単純にそんな恰好のヤツと外で話したくねぇんだよ。それに──」
そう言って一条は、ニコを睨むように視線を細めて、
「──アイツらに『解散しろ』って言ったらしいな。その真意を聞きたいんだよ」
「…………」
☆(一条リヒト)
俺がそのことに気付いたのは、穂乃果達のライブ動画を見返していた時だった。
『アイドルを語るなんて10年早い』、と共に『(((┗─y(`A´ ) y-˜ケッ!!』と打たれたコメント。
なんというか、とうとう来たか、というのが俺の素直な感想だった。今までの中にも、穂乃果達を褒めるコメント以外のコメントも送られてきていたが、ここまでストレートに表現してきたのはこのコメントが初めてだった。
褒める声があれば、それだけ厳しい声も飛んでくる。厳しい声が飛んでくるようになって、ようやく次の一歩を踏めるのだ。と、母さんから言われてたからなのか、今まで来ていた厳しめのコメントにも、ありがたい気持ちで向き合うことができた。
というか、そこまでひどい『アンチコメント』というのがないからかもしれない。
それはともかく、別にこのコメントだけなら俺も気にすることはなかった。ようやく本格的に来た厳しいコメントを、穂乃果達に見せるだけのはずだったのに……。
「え? 嫌がらせ?」
「んー、そこまでじゃないんだけど、視線というか、人の気配を感じるというか……」
朝練の際、ことりが持ち掛けてきた話は、最近妙な視線を感じるということ。空間把握能力が高い彼女だからこそ気付いたことなのか、最初はこちらの様子をうかがう程度だったのだが、最近ではその視線に何か嫌な感じを受けるとのこと。
さらに、最近「解散しろ!」と言ってくる怪しい人物までいるようだ。
ついでに、穂乃果のおでこに絆創膏が張ってあるのは、その際強烈なデコピンを食らったらしい。
いや、なんというか、ここまで露骨にやって来る人物がいるとは、少し予想外だった。
「その人物に心当たりはないのか?」
と聞くと、ことりは首を横に振った。
「マスクとサングラスで顔を隠してるから、顔も見えないし、いつも同じコートを着てるからなかなか手掛かりを掴めないんだ」
「にしても、そこまで来てるなら俺も見かけてもいいはずなんだけど」
残念ながら(?)、俺がその人物を見たことがない。俺が来る頃には帰っているのだろうか。
「リヒトさんは私達が集まった頃に来るでしょ。でもその人は、私達が集まる前に来てるの。それで、すぐに帰っちゃうから」
「マジか……。ってことは、俺がそいつに会うためにはもっと早く起きなきゃいけないってこと?」
「そうだね」
「勘弁してくれ……」
この前の一件で俺は自分の実力不足を知った。せめてもう少しギンガのパワーを引き出せたり、生身の状態でもそれなりに戦えるようになるためにじいちゃんと一緒に行くジムでのトレーニング量を増やしたのだが、そのせいで余計に朝起きれなくなっているのだ。元々朝の弱い俺が、これ以上の早起きなんて……無理だ。
それでも、俺は明日頑張って早起きするか、と心に決めて朝練に入った。
そして、
「にしても、一体誰なんだ……」
「ウチなら心当たりあるで」
ことり達を送り出し、玄関前で一人呟くと後ろから希が声をかけてきた。
「ホントか?」
「たぶん、にこっちやろね」
「にこっち?」
いや、誰? 初めて聞く名前なんだけど。
「ウチの同級生や。本名は矢澤にこ。音ノ木坂三年生、アイドル研究部所属。っとまあ基本情報はこんなとこ」
希が『にこっち』と呼んでいる少女『矢澤にこ』について簡単に説明してくれる中、俺の耳にとある単語が引っかかった。
「アイドル研究部?」
「おっ、そこに気が付くとは、やっぱりりっくん冴えてるな。
そう、にこっちが所属している部活は『アイドル研究部』。その名の通りアイドルに関する部活動や。もちろんスクールアイドルについてもね。ウチらが一年生の時に設立され、今現在部員は
「……え? 一人?」
やや強調されて言われた一言を、俺はオウム返しのように口にする。
たしか、音ノ木坂は部活設立には部員五人が必要だって穂乃果達から聞いたんだけど……、なんで一人? ほかの部員は?
──―まさか。
「たぶん、りっくんの考えている通りの答えやで」
俺の考えを見透かしたのか、希が玄関の外へと出ながら言ってくる。
「設立時には五人いた部員が、今は一人だけ。その理由、知りたい?」
顔だけを振り返り、吸い込まれそうになる瞳で俺に問いかけてくる希。
その問いかけに、俺は──―。
☆(矢澤にこ)
「…………」
「…………」
テーブルを間に挟んで対面する私と一条。その上には二人分のお茶が用意されているが、どっちも手を付けてはいなかった。
一条が私のことをどうやって知ったのかを説明し終えると、少しだけ重い空気が広がった。
「……お前の目に、アイツらはどう映ってるんだ?」
「え?」
重たい空気の中、顔を上げた一条がそう聞いてきた。
「アイドルに対して、とてつもない『想い』を寄せているお前から見て、アイツらはどう見えるんだ?」
「……」
「確かにアイツらはまだ始めたばっかりだから、未熟なのはわかってる。それでも、未熟なりに『想い』を伝えようと頑張ってる。それはお前にも伝わっているはずだ。それなのに、どうしてお前はアイツらに『解散しろ』なんて言うんだ?」
そう言う一条の瞳には、かすかな『怒り』の感情が見て取れる。私は一条がどういった人間なのか知らない。それでもここで下手なことを言えば、一条の逆鱗に触れるとわかっていた。
……なんて言えばいいのかわからない。一条の逆鱗に触れずに、その問いへ答えることができるのか、いいやできない。例え逆鱗に触れたとしても、私は自分の思っていることを嘘で表すなんてできない。
だから、私は正直に言うことにした。
「……アイドルを汚しているからよ」
「──っ、どこがだよ!?」
案の定、一条の眉間に皺が寄った。威圧的な声に私の体が震え上がり、言葉を飲み込んでしまいそうになるが、私は拳を握り込み、逆に一条の瞳を強く睨んで言う。
「全部よ! アイツらは『アイドルとしての魅せ方』がなってない! ただ『ダンスで魅せている』だけ! ダンスで、歌で、たったその二つでしか表現しようとしていない!
確かにアンタの言う通り、『想い』は伝わって来るわ。でもね、『アイドル』はそれだけじゃダメなの。お客さんがアイドルに求める『楽しい夢の時間』。それを伝えるには歌とダンスだけじゃ足りないのよ!」
「──―っつ!?」
「アイドルとしての魅せ方がなっていないアイツらに、アイドルを語ってほしくない!! それだけよっ!」
一喝すると、私は用意された湯呑を掴み一気に飲み干す。時間が立っていてくれたおかげが、若干ぬるくなっていたお茶は簡単に飲み干すことができ、ふー、と息を吐く。
……あれ? 何も返ってこない?
てっきり、私の言葉に対して何か言い返してくるものだと覚悟していたのに、一条から返って来る言葉はなかった。気になってみてみれば、驚きに目を見開いたまま固まっている。
あれ、予想していた反応と違う……。
「……なるほど」
と、一条は突然一人で納得したかのような反応をする。
「確かに、矢澤の言う通りだな。俺は『ダンスで魅せること』しか考えていなかった。アイドルの魅せ方、なんてこれっぽっちも考えていなかったよ」
そう自嘲気味に笑いながら言う一条。
「ありがとう、おかげでいいことに気付けたよ」
さらにお礼まで言われた。
なんなの、コイツ……。予想してた反応と違いすぎて戸惑うんだけど、ま、まあ、わかったならいいのよ。
「で、具体的に『アイドルの魅せ方』ってなんだ?」
一条の問いに、私は一度ため息をついてから答える。
「キャラ作りよ」
「キャラ?」
「そう。お客さんを楽しませるそれ相応のキャラがアイドルには必要なのよ。一度見せた方が簡単ね」
そう言って私は、意識を切り替える。パパが考えてくれた私の伝家の宝刀、例えアイツにウザいといわれても、捨てることのできない私の大切なもの。
さあ、行くわよ!
「にっこにっこにー♪ あなたのハートににこにこにー♪ 笑顔届ける矢澤にこにこー♪ にこにーって覚えてラブにこー♪」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「どう?」
「……………………おっ、おぉ。強烈、でした」
と、やや顔を引きつらせながら答える一条。
どうやら、ニコの可愛さに圧倒されたみたいね。
「ま、まあ、確かに強烈なキャラは印象に残るよな。うん、テレビのアイドルもキャラを作ってる奴いるし、うん、何も問題はない」
「なんで自分に言い聞かせる感じになってるのよ」
「いや、気にしないでくれ。まあ、キャラ作りはともかく『アイドルの魅せ方』が穂乃果達に必要だということは分かった。アイツらはダンサーじゃない。アイドルなんだからな」
「わかればいいのよ、わかれば」
「ってことは、お前はアイツらが『アイドルの魅せ方』をしてないから、解散しろなんて言ったのか?」
「……」
「そこで沈黙ってことは、当たってるみたいだな」
「……別に、それだけじゃないわよ」
「え?」
「……別になんでもないわよ! 私がアイツらをどう思っていようが別にいいでしょ! アンタには関係ないこと」
私は一度反らした視線を一条に向け、睨みつけるように目を細めた。
そうだ、関係ない。こいつがアイツらとどういった関係であるか知らないけど、赤の他人にこんなことを言うなんて、ニコもどうかしてるわね。
これ以上、一条から話が振られてこないと察した私は、マスクとサングラスを掴むと立ち上がる。
「話は終わったでしょ。私はもう学校に行くわ」
「──なあ、矢澤。最後に一つ聞きたいことがある」
コートを持って部屋を出ようとしたところで、一条から声を掛けられた。私は立ち止まったけど、振り返りはしない。声だけで一条に答えた。
「……何よ」
「お前はもう一度、スクールアイドルをやりたいと思ってるか?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
しばらくの沈黙。
そして私は、その質問に答えることなく部屋を出て行った。
☆(一条リヒト)
矢澤は俺の質問に答えることなく部屋を出て行った。一瞬、玄関の方向わかってるのか? と疑問に思ったが、矢澤と入れ替わるように姿を現した人物が、きっと案内でもしたのだろう。
「……希」
「おはよう、りっくん」
姿を現した希は、相変わらずの笑顔で俺にあいさつをしてくる。
「どうした? 今日シフトじゃないだろ」
「りっくんがにこっちと話す占いが出てな、気になったから来たんよ」
そう言って、制服のポケットからタロットカードを取り出す希。
まったく、お決まりの返しをされちゃ、苦笑いをするしかない。
「最後の質問、どういった意図があったん?」
「言葉通りの意図さ。矢澤がまだスクールアイドルをやりたいか気になっただけ、それだけさ」
「本当に?」
希の瞳が、俺を射貫く。この前感じた、吸い込まれるような瞳に見つめられた俺は、少し間をあけてから、
「……アイツは、部員が全員辞めたとしても、一人だけ残ったんだろ。お前から聞いていた通り、アイツはアイドルに対してすごい敬意を持ってたよ」
矢澤がアイドルについて語ったときの瞳は、鮮明に俺の記憶に焼き付いている。あそこまで真剣で情熱を持った瞳は、穂乃果がスクールアイドルで廃校を何としても阻止すると覚悟したときと同じ瞳だった。
譲れない覚悟。
そして、肌が震えるほど伝わってきた矢澤の情熱。
「俺はダンスで魅了することばかり考えていた。ダンスで穂乃果達が持っている『想い』を表現する、そうすればいいと考えていたけど、それは
『一条リヒト』も母さんもあくまでダンサー視点でしかアドバイスをしていない。もしこれが父さんなら気付いていたのかな。元アイドルとしての一面があるって聞いただけだから、本当にアイドルだったのかは覚えていない。でも、その話が本当ならばダンスだけで魅せようとしていたことに気付いたかもしれない。ホント、声が出なくなったのが悔やまれるよ。
でも、今からでも遅くない。『ダンスで魅せる』ではなく『アイドルとして魅せる』。その為には──、
「矢澤は、μ’sに必要だ」
アイドルを知る、矢澤にこの力が必要だ。
さて、今回から第6話に入りましたが、見ての通り基本的に今回は一人称視点で進みます。戦闘シーンは三人称になるかもしれませんが、それ以外はできるだけ一人称で行くつもりです。
その理由は「未来ニコの回想風」にしたいからです。あくまで「風」なので全部ニコ視点で進むわけではありません。今回のようにリヒトやほかのキャラ視点も入りますが、そこは後々にこが聞いたことにしておいてください。
それでは、次回「其の2」に続きます。