[2]
☆(矢澤にこ)
その日の朝、私は一条に呼ばれて神田明神を目指していた。連絡が来たのは昨日の夜、アドレスは希から教えてもらったらしい。何勝手に人のアドレス教えてんのよ、アイツ……!!
『お前はもう一度、スクールアイドルをやりたいと思ってるか?』
と、私の脳裏に昨日の去り際に言われた一言が浮かび上がってきた。
…………。何なのよあの男。いきなりニコの前に現れて、いきなり家に連れてって、聞きたいことだけを聞いて、最後にあの質問。一体何を考えているの?
──―『一条リヒト』。
素性は昨日、勝手に私のことを話した希がその謝罪と共に話してくれた。アメリカにダンス留学をして、記憶喪失になって帰ってきた男。そして今はアイツらのダンスコーチを担当している……。この町には過去に何度か来たことがあるらしく、今は祖父の家で暮らしている。
いろいろ突っ込みたいんだけど、これしか教えてくれなかった。対等な情報交換になってないわよね、コレ。
「おはよう、にこっち」
と、昨日教えてもらった一条の情報を思い出していると、階段のところに立っている希に声を掛けられた。
「希……」
「そんな睨まんといて、勝手に話したのは昨日謝ったやん」
「……別に、もうそことは怒ってないわよ」
どうせ希のことだからアイツらにも勝手に話したんでしょ、そのことでいちいち腹を立てても仕方がない。
「はぁ」
「どうしたん? ため息何てついて、幸せが逃げてくよ」
「誰のせいよ、まったく」
ホント、我ながら面倒なヤツと一緒にいると思ってるわ。
「それで、一条はどこにいるのよ」
「りっくんなら上で待っとるよ」
そう言って希は私を連れて階段を登って行く。梅雨に入って今日も雨だというのに、朝から練習しているとのこと。雨が降ったら台無しになるというのに、何を考えているのか。空を見上げれば厚い雲が広がっており、今にも雨が降り出しそうだった。天気予報では今日も雨、降水確率は六十パーセント。それなのに……。
「よっ、来たんだ」
階段を登り切ったところで一条が待っていた。
陽気に挨拶をしてくる一条を睨みながら、私は言う。
「アンタが来いって言ったんでしょ」
「そう睨むなって。希、ありがとな」
「ほな、ウチは戻るで」
一条の礼を受け取った希はまだアルバイト中なのか、立てかけてあった竹箒を手に取ると去って行った。
希が去って行ったのを確認すると、私に向き直った一条は少し笑いながら言ってきた。
「さて、希から聞いたぜ。お前、穂乃果達を部室から追い出したんだってな」
「なに笑ってんのよ」
と、私は少し笑いながら語る一条にジト目を向ける。
「いや、だって穂乃果達から聞いたんだけど、お前、アイツらに『アイドルとしての魅せ方』を教えたんだろ? すぐに追い出さないでしっかり教えてる辺りがさっ」
そう言って笑いだす一条。
確かに昨日の放課後、おそらく希の計らいでアイツらが部室に来た。内容は大方予想通り部活の併合。向こうはあくまで部として認めてもらえればいいらしく、こっちには影響の無い様にするとのこと。
でも私はそれを断った。そして一条に説明した通りにキャラ作り、つまり『アイドルの魅せ方』を教えた。でも結局、アイツらと一緒に居たくなかった私が追い出して出て行ってもらった。それ以降、アイツらとは会っていない。
と、人が昨日のことを思い返している内も笑っている一条に対し、むかついた私は少々にらみを鋭くする。
「…………」
「わるい、わるい。もう笑わねぇよ」
「……で、今日は一体何の用? そのことで文句での言いに来たわけ?」
「いやいや、別にそれについては何も言わねぇよ。むしろあいつらも感謝してたからな、『アイドルとしての魅せ方』を見つけれたって。俺はお前に用があるんだよ」
……私に?
「俺はお前を、スカウトしに来た」
「スカウト?」
何を言っているの、こいつは。
「そう、スカウト。簡単に言えばμ’sに入らねぇか?」
その言葉に、私は驚きで目を見開いた。こいつは何を言っているのか、言葉は耳に届いてきたけど、その意味が理解できなかった。
一条は先ほどまで笑っていた顔を引き締めると、すごく真面目な顔で言う。
「お前が過去にスクールアイドルをやっていて、どうして今はやっていないのか、その理由は希から聞いた。勝手に聞いたことについてはまた後日謝る。ま、お前がアイドル研究部に所属していて、部員が一人だって聞いて、何となく俺が予想したことの答え合わせって感じだったけどな」
「別にいわよ。こっちもアンタのこと希が話したから」
「そっか。なら、俺が記憶喪失だってことも知ってるんだな」
一条の問いに「まあね」と答えておく。
「んで、話をも共に戻すと、それを踏まえた上で俺はお前をμ’sにスカウトするってわけ」
「…………本気?」
「ああ、俺は本気だ。アイツらにもお前をスカウトするってことは話した。向こうもお前に何があったのかは知っているみたいだったからな」
やっぱり、あの後希が話したのね。何となくそんな気はしたけど。
「で? アイツらはなんて言ったのよ」
「賛成」
即答された。
「賛成だったよ。満場一致、『μ’sにはにこ先輩が必要』って穂乃果が言ってさ。そしたらみんな頷いた。アイドルとしての魅せ方を知るために、そしてアイドルを詳しく知っている矢澤の力はμ’sに必要だ。どうだ? 乗ってみないか」
そう言って手を差し伸べてくる一条。
この手を掴めば、私はもう一度スクールアイドルになれる。二年前に中断してしまった道を、もう一度、新しい仲間と歩むことができる。二年前と同じく、また楽しく輝かしい毎日が待っているのだろう。
でも──―。
「……私は」
そこまで言って、あとの言葉が続かなくなってしまう。
だって私は──。
「……」
「……そっか。なら、見てほしいものがあるんだけど」
「え?」
答えに渋っていた私の様子に、どこか納得したような声を出すと、一条は私についてこいとジェスチャーをしてどこかへ向かって歩き出してしまう。何を見せたいのか気になった私は、一条の後を追っていくと、遠目にアイツらが練習している姿が見えた。
私達は建物の物陰に移動しているため、たぶんあいつらには見えていない。それに、ここにいてもアイツらの集中力が伝わってくるのだ。きっと、気付いてすらいない。それほどまでに、本気だった。
「あいつらは本気だ。本気で学校の廃校を阻止しようとしている」
一条は私を見ずに、アイツらを見ながら語って来る。
その声音は真剣そのもの。
「あいつらなら、きっとお前の『本気』にも付いて行くはずだぜ」
最後にそう言って、私に笑顔を向けてくる一条。
もう一度、私はアイツらの練習風景を見る。この雨が降りそうな中、この後学校があるというのに、アイツらはそんなことは気にせず一心不乱に踊っている。タイミングがずれていたり、ミスが見つかればすぐに止めて修正を入れる。
最近入った一年生の三人組も、まだ日は浅いのに付いて行こうと真剣だ。
「あいつらは、絶対にお前を裏切らない」
一条の言葉が、耳に残った。
☆(矢澤にこ)
授業中、私の頭の中を駆け巡っていたのは一条に言われた言葉と、今朝のアイツらの練習風景。そのせいで授業に集中できずにいた。
ふと、窓の外に広がる曇天の空を見上げる。
あいつらなら裏切らない、か。
確かに私は『アイドル』に対して人並み以上の『尊敬』と『敬意』、そして『憧れ』を持っている。そのせいで元メンバーとの間に亀裂が生まれ、結果的に今こうなってしまっている。
……本当に、アイツらとなら一緒にやっていけるかもしれない。アイツらが掲げている目標『廃校阻止』。それはとてつもなく難しくて、並大抵の努力じゃ絶対に達成できないこと。そもそも、達成なんてできるのかしら。
廃校を阻止するためには、人気が必要。今一番スクールアイドルで人気なのは『A‐RISE』。もちろんA-RISE以外にも人気のスクールアイドルは大勢いるけど、それぐらいの人気に、下手をすればそれ以上の人気が必要になって来る。
……でも、アイツらは本気だった。本気で廃校を阻止しようとしている。
もし、一条の言った通りあいつらなら、私を仲間に入れてくれるのかしら……。
なんて考えていると、授業の終了を告げるチャイムが聞こえてきた。
今日の授業はこれで終わり、あとは帰るだけなんだけど……。
「……」
私は教室を出てから少し考えて、部室へと向かった。
たぶん、今日も来るはず。もしかしたら先に待ち構えているかもしれない。昨日無理やり追い出したけど、アイツらはまた何か作戦でも立ててやって来る、そんな気がした。
別に構わない。何となく、いたとしてもいい、そんな気分だった。いたらいたで考えればいい。そんな気分で部室へと向かていたが、カバンの中を漁ったときに部室の鍵を机に忘れてきたことに気付いた。
自分の失態にため息をつきつつ、来た道を戻り教室へと向かう。
そして、自分の教室にあと少しで到着ってところで、私が一番聞きたくない声が聞こえてきた。
「それにしてもさ、ユーズだっけ? ほら、奈々のところの後輩がいるさ」
「明美ちゃん、『ユーズ』じゃなくて『μ’s』だよ」
「そうだっけ? まあいいや。まさかアイツ意外にスクールアイドルを始めるバカが出てくるなんてね」
「言い過ぎだよ」
うっわぁ、最悪。よりによって明美と由良が教室にいるなんて。
明美にばれないようにそっと教室の中をのぞくと、二人以外にもう一人人物がいた。確か弓道部の
「そういえば二人ともライブは見に行ったの?」
そう言ったのは奈々だった。
「うんうん、私は急なシフトが入っちゃって行けなかったんだ。本当は行きたかったんだけどね。明美ちゃんは?」
「アタシ? 行くわけないじゃん。ソッコー帰ったよ」
「そうだったの? 明美一年の時由良と一緒にスクールアイドルやってたのに、見に行かなかったんだ」
「そういえば奈々には話してなかったわね。アタシあの一件以来スクールアイドルが嫌いになったの。アイツのこと思い出すの嫌だからね」
「……そうなの?」
「あったりまえでしょ。こっちは遊びでやってるのに、向こうは『遊びじゃないのよ!』って本気でさ。ランキング上位なんか目指しちゃってホント迷惑。辞めて正解だったわよ。由良はどうなの? 音痴なのに無理やり歌う方にされて」
「え? 私は別に……」
教室の中から聞こえてくる会話を、ドアを背にして私は聞いていた。
………………。
やっぱりそうよね。何となくは感じていたわ。私だけが本気で、周りはお遊び気分だったことなんて。初めはみんなで頑張ってたけど、次第に私だけが浮いて行った。ここにはいないけど、照明と音響を担当してくれた二人も私のことを嫌ってるのかな……。もしそうならクラスが違って正解。明美なんかと一緒だったら気がどうにかなるに決まってるもの。
…………。
……帰ろう。なんだか帰りたくなった。あいつらにも、会いたくない。
家に変えて一人になりたい気分。
そう思ってドアから背を放した時だった。
「それにしても、『廃校阻止』なんて無謀な目標、よく掲げたわよね」
その一言が私の足を止めた。
いや、正確にはその後に続く言葉が私の足を止めたのかもしれない。
「海未が言うには、リーダーの子が決めたみたい。絶対に阻止してみせるって意気込んでるみたい」
「ぷっ、あっはははははははははは! 本気で廃校阻止なんてできると考えてるの? 無理無理、絶対できるわけないじゃない。リーダーの子どうかしてるでしょ! あっははははははははははは!! ダメ、考えたら笑えてきた。聞いた話だと、初ライブ誰も見に来てなかったんでしょ? その時点で諦めなさいよ、誰も興味がないって」
その後も明美の笑い声だけが聞こえてきた。
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「笑ってんじゃないわよっ!!!!!!」
気が付けば叫んでいた。
教室のドアを乱暴に開け、中に入り明美を睨みつけながら叫ぶ。
中にいたのは三人。机に腰かける明美とその隣に立つ由良。そして明美の向かいのイスに座っている奈々。三人は私が姿を現すと驚いた表情をするけど、明美だけは違った。入ってきたのが私だとわかると、すぐに視線を鋭くして睨み返してくる。
「……なに? アンタ、帰ったんじゃないの?」
「そんなことはどうでもいいでしょ! それよりなんでアンタがあいつらを笑ってるのよ!? アイツらは本気で廃校を阻止しようとしてる! 本気で毎日頑張ってるのよ!! それアンタが、途中で辞めたアンタが頑張ってるアイツらを笑うんじゃないわよ!!」
『…………』
私が叫ぶと、教室は静まり返った。
明美を睨み続ける視界の端で、奈々と夢愛が気まずそうに私達を見ているのが見える。
しばらくの間私と明美の睨み合いが続いたけど、やがて明美が口を開いた。
「だからなに? 普通に考えて廃校阻止なんて出来るわけないじゃん。アタシは一般的な意見を言ってるだけ」
「なっ!?」
「それに、ライブだってあれ以降開いてないじゃない。アタシ達はこの時期に二回目のライブを開いていた。それなのに今回の子たちは二回目を開く気配すらない。これって心のどこかで諦めてるんじゃない? それともアンタみたいに周りと一悶着あったのかもね」
「……どういう意味よ」
「簡単よ。廃校阻止なんて目標についていけない子が出てきたのかもしれないってこと。アンタみたいに高い目標を持つ奴は、それしか見えてなくて周りの気持ちなんて考えない。勝手にチーム一丸になって同じ目標に向かってると錯覚してる。
でも実際は違う。
アンタみたいな奴が掲げる目標についていけない奴だっている。それに気づかないで勝手に一人突っ走って、周りが冷めていることにすら気付かない。
要はアタシと同じで『廃校阻止』なんて無理ってわかった奴がメンバー脱退でもしようとしたんじゃない? ま、無理もないことだけどね」
「…………」
「廃校阻止何て一般的に考えてできるわけがない。ましてやスクールアイドルでなんて絶対に無理。それに気づいてメンバーが辞めていくのも時間の問題だったんじゃない? 初ライブだって誰もいなかったみたいだし、
ま、リーダーの子が一人になったらなったで、アンタがアドバイスしてあげなさいよ。一人ぼっち学園生活の送り方を」
「アンタ……!!」
「よかったわねぇ、やっと友達出来そうで」
そこで、もうすでに限界だった私の中の何かが弾けた。
「にこ!」
湧き上がってくる感情に任せて殴りかかろうとした私を奈々が止める。
「離しなさい!! コイツは! コイツは……!!」
「さすがにそれはダメ! 明美も言い過ぎ! 謝りなさい!!」
このっ!! 離してよ、奈々!! コイツは、こいつだけは!!
いくら暴れても剣道部の奈々の腕から抜け出せない。
目の前の明美はそんな私を一瞥すると、カバンを手に教室を出て行く。
「待ちなさい! 明美!! 待ちなさいって言ってるのよ!! 明美、明美いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!」
☆(3rd person)
コツン、と一つの足音がにこ達のいる教室に響いた。
瞬間、にこを押さえていた奈々、二人を見てあたふたしていた由良、さらには先ほどまで暴れていたにこの三人が一斉に動きを止めた。
三人は静かに息を飲む。
いつの間にか浮き出ていた汗が一滴、頬を伝って流れ落ちる。
三人は音が響いた瞬間に広がった異様な気配に脅えていた。肌を撫でるような寒い気配、呼吸が苦しくなるほどに重くのしかかってくる重圧。今までに経験したことのない異様な空気に、三人はただ脅えるしかなかった。
そして、先ほどの音──靴が床を叩く音──がした方にゆっくりと視線を向けると、黒いローブに身を包んだ男が一人立っていた。
身長は180近くかそれ以上。ローブによってその全体が隠れているため詳しい背格好がわからない。顔はフードを深くかぶっているため見えない。ただ、男から感じる異様な気配に三人は一緒のことを思っていた。
──―コイツはやばい。
なにがやばいのかは分からない。だが少なくとも今目の前にいる男が何かのアクションを起こした瞬間、自分たちは死ぬのではないかという恐怖にかられた。
男はゆっくりとした歩みでにこ達に近づく。
「さて、彼女以外は地に伏してもらおうか」
男は声を発した。
ただそれだけだった。
それなのに由良と奈々が男の言葉通りに地に倒れる。
『──!?』
男は何もしていない。ただ言葉を放っただけなのに、いきなり二人が地に倒れた。三人は当然驚くがその身を包む異様な気配によって声が出せない。
にこだけがその場に立っているという形になり、男はにこの顎を持ち上げ視線を無理やり上げる。
驚きで見開かれる瞳、その瞳の中には確かに恐怖の色がある。
男はじっくりとにこの目をフード越しに観察すると、
「へぇ、いい具合に溜まってるね。
ねぇ、その怒り、解放したくない?」
「な、なにを……、言って、……」
「人間はね、一度痛い目に遭わないとわからない生き物なんだよ。だから、君のその怒りを解放しない限り、彼女はこの先も君の大切なものを笑い続ける。ずっとね」
男はにこの耳元で囁くようにつぶやく。
「だから、解放しなよ。その怒りを。悲しみを。すべてを」
そして──、にこの視界が暗転した。
☆(高坂穂乃果)
「あれ~? にこ先輩まだ来ないのー?」
「おかしいですね。もう授業は終わっているはずですが」
りーくんの提案で、にこ先輩をμ’sに加入させるべく作戦を立てって来たっていうのに、肝心のにこ先輩がまだ来ない。
もしかして部室間違えた!? なんてことはないよね。だって壁には他県のスクールアイドルのポスターが貼ってあるし、花陽ちゃんが目を輝かせながら周囲を見ているのが何よりの証拠だ。アイドル研究部の部室で間違いない。
もう二年生も一年生も集合しているのに、なんで来ないの?
「進路相談、とかですかね」
「だとしても、基本そう言うのって番号順でしょ? 『や行』ならまだ先なんじゃない」
花陽ちゃんの疑問に答える真姫ちゃん。
「まさか、今日は部活がお休みだったとか!?」
「希先輩に確認をとったから、それはないと思うけど」
ことりちゃんの言う通り、今日の朝希先輩にアイドル研究部が休みでないことは、海未ちゃんが確認している。だから凛ちゃんが言う部活がお休みの可能性はないけど、なんで来ないんだろう。
んー? とみんなが首を傾げていると、真姫ちゃんが突然立ち上がった。
「どうしたの、真姫ちゃん。急に立ち上がって」
「……今、なんか悲鳴みたいな声が聞こえた気がして」
花陽ちゃんが問いかけると、真姫ちゃんは眉間に皺を寄せながら答えた。
「悲鳴? 海未ちゃん聞こえた?」
「いえ、私は聞こえませんでした」
「私も」
「凛も聞こえなかったです。かよちんは?」
「うんうん、私も聞こえなかった」
みんな聞こえていないみたい。真姫ちゃんも「空耳だったのかしら」と言って、どこか納得いかない顔をしつつも腰を下ろした。
でもその直後、はっきりと生物の雄叫びが聞こえてきた。
『────っ!?』
瞬間、この部屋にいる全員の体に緊張が走る。
あの叫び声は間違いない。声は違うけど、似た叫びを私は、私達は聞いたことがある!!
「穂乃果、今のは……」
「たぶん、海未ちゃんの予想通りだと思うよ」
窓側にいた私は、恐る恐る窓の外をのぞいてみる。でも、それだけじゃ見えない。窓を開けて、上半身を出してあたりを見回す。いつの間にか雨が激しくなっていて制服と髪を濡らしていくけど、その光景の中にはっきりと見えるものがあった。
──どこか魚を連想させる口が鋭い銀色の怪獣が、叫びながら暴れていた。
[3]
☆(矢澤にこ)
……ここは、どこなのかしら? 頭がボーッとする。自分が立っているこの空間が何なのか、それすらわからない。
なんで、私はこんなところにいるのかしら。さっきまで教室に居て、明美の発言に頭が来て……それで、男の声が聞こえてきたはず……。で、それからどうなったんだっけ?
…………ダメ、思い出せない。頭がボーッとして何も考えられない。
でも、一つだけわかることがある。
それは──、
あはははは、愉快! ホント愉快だわ!! さっきまであいつらをバカにしていた明美が、うろたえて、情けなく叫んで! 逃げ回っている!! 楽しい、楽しくて仕方ない!
今自分がどうなっているのか、明美は私の
でもそんなことはどうでもいい。
いい機会だわ。私を裏切って、一人ぼっちにさせたこいつに、罰でも受けてもらいましょうか。
──いいえ、それともいっそのこと、
☆(高坂穂乃果)
「な、なんで学校に怪獣がいるの!?」
「わ、私に聞かないでください!」
「これって、花陽や私の時みたいに、誰か怪獣になったってこと!?」
「ええっ!? 一体誰が怪獣になっちゃったの!?」
「凛達の知らない人だったら、かよちんを助けた時の作戦が使えないにゃ!!」
私が海未ちゃんに怪獣がいることを伝えると、みんな一斉に慌て始める。
「って、真姫ちゃん今なんて言ったの!? 怪獣になった!? 花陽ちゃんと真姫ちゃんが!? 作戦って何!?」
「ちょっ、質問が多いわよ!! てか顔近い!!」
「二人ともこんな時に何をやっているんですか!! 少しは落ち着いてください!!」
「海未ちゃんが一番落ち着いて! 弓なんてもってどうするの!?」
「こ、これは……」
「海未先輩って意外とアドリブに弱いんだにゃ~」
あー! もう!! みんな慌てすぎ!! そうだよ、ここは一度落ち着かないと。りーくんも言ってたじゃん、慌てた時は一度深呼吸をして落ち着く。それから冷静に一つ一つ状況を把握して行って──、
「よかった! 人がいた!!」
「志藤先輩!? どうしてここに?」
って、あれ? この人確か弓道部の部長さんだよね? どうして窓の外からこんなところに来たんだろう。それにもう一人、泣きながら部長さんの隣にいる人は、誰?
「ニコちゃんが! ニコちゃんが!!」
「由良落ち着いて。海未、いい? 今から言うこと信じられないかもしれないけど、怪獣が現れたの」
「はい、先ほど穂乃果が見つけたので知っていますが」
「その怪獣はね、えっと、矢澤にこって知ってるわよね?」
部長さんの問いに海未ちゃんは頷く。
って、もしかして──。
「にこがあの怪獣になっちゃったのよ!!」
☆(高坂穂乃果)
志藤先輩と由良先輩の話によると、さっき教室で明美っていう先輩と一悶着あった後、突然教室の中の空気が不気味になって男の人が現れた。そしてその男の人がにこ先輩に向かって何かささやいていて、気が付いたらにこ先輩と男の人がいなくなっていた。
急いで探すと、校門前で明美先輩とにこ先輩を見つけて、何やら言い争ってると突然空が暗くなってにこ先輩が怪獣になっちゃったみたい。それで誰かに助けを求めようにも学校から人の気配がなくなっていて、唯一人の声が聞こえたのがアイドル研究部の部室からだった。そして中を見てみたら私達がいて、海未ちゃんが前に怪獣とか光の巨人とか話していたのを思い出して、解決策がないか聞いてきた。
さらに、由良先輩の話を聞くとあの怪獣は明美先輩を追いかけて襲っているとのこと。
以上のことを私達は雨の中走りながら聞いたけど、これって結構まずい状況だよね!? 早く来て!! ギンガさん!!
「つまり、そのウルトラマンギンガっていう巨人が救うしか方法がないわけ?」
「かよちんの時みたいに、にこ先輩の心に呼び掛ける方法もあります。でも……」
「見た感じ、こっちの話を聞いてくれそうにないですね」
と、凛ちゃんの言葉の後に海未ちゃんが続く。
雨の中暴れる怪獣は明美先輩を見失ったのか、あたりに光線を吐いて明美先輩をあぶり出そうとしている。どう見たって話を聞いてくれそうにない。
「…………」
「どうしたの、真姫ちゃん」
「ことり先輩……。あの怪獣、たまに悲しそうに鳴いている気がして」
「悲しそうに?」
「……何となくわかるかな」
『?』
私が真姫ちゃんの意見に同意する感じの発言をすると、みんな足を止めて私に振り返る。
「真姫ちゃんみたいに声から感じるわけじゃないんだけど、なんとなく、あの怪獣が寂しそうにしてる感じがするんだ。何となくなんだけどね」
『…………』
きっと、私がそう感じるのはこの雨も影響しているのかもしれない。この雨が怪獣の涙のように感じて、あの怪獣がどこか寂しそうに錯覚している、そう勝手に思い込んでいるのかもしれないけど、真姫ちゃんがそう言うんなら本当に悲しそうにしているのかも。
と、私が思っていると怪獣の動きが変わった。
同時に、
「……! 奈々ちゃん!! あそこ!!」
「! 明美!!」
由良先輩が明美先輩の姿に気が付いた。
土埃が付いてボロボロだけど、まだ生きてる! 急いで助けなきゃ!!
「! 穂乃果!!」
海未ちゃんの声が後ろから聞こえてくる。その声音には危険を知らせる色が含まれていて、私は急いで視線を上げた。
その視線の先──怪獣の口が開いて光っていた。
明美先輩も自分の命の危機に気付いたみたい。視線を怪獣の方に向けると、その顔を絶望に染める。
ダメ!! このままだと──―!!
私の足は自然と駆け出していた。手を伸ばして明美先輩を守ろうとするけど、間に合わないに決まっていた。
スローモーションの世界の中、光線が放たれようとしたところで、
空に一筋の光が走った。
次回、其の3に続きます。
出来たら次回で6話終わらせたいなぁ……。