[4]
☆(矢澤にこ)
目が覚めた時、自分でも驚くほどにすっきりとした気分であるのと同時に、凄く疲れていた。
「ちょっと、奈々、……肩、貸して」
「起きたと思ったらいきなり注文? ま、別にいいけどね」
悪いわね、と返す気力もなく、奈々の肩を借りる。
うん、我ながら奈々を選択したのは失敗ね。身長差があって逆に辛い。まあ、しゃがんでまで私に合わせくれている奈々に感謝して、ここはありがたくこのままでいましょう。
……まあ、本当は奈々以外に頼めそうにないのが理由なんだけど。
「ニコちゃん……」
「由良……ってちょっと!? いきなり抱き着かないでよ!! 今の私にアンタを支える力ないんだから──」
「──よかった」
消えてしまいそうなほどの声に、私は声を失った。
「…………」
「本当によかった。あのままニコちゃんが怪獣になってたら……、私、私……!」
「……心配かけたわね。大丈夫よ。由良」
私は残る力を振り絞って由良の頭を撫でる。うん、由良の身長が私と1センチ違いで良かったわ。撫でやすい。
「……ごめんね、由良」
「ぐすっ、え?」
「音痴なのに無理やりステージに立たせて。辛い想い、させたわよね」
「そ、そんなことない!」
ガバッ、と由良がいきなり顔を上げて私と視線を合わせてくる。
涙にぬれている由良の瞳に、疲れ切った表情をしている私が映っているのが見えた。
「私の方こそ謝りたかった! ニコちゃんは私のために連取に付き合ってくれたのに、諦めないって約束したのにっ……。私、頑張れなかった……。周りの声に耐えられなくて……それで……っ」
「いいのよ。アンタの性格はそれなりに理解しているつもりだから、アンタが謝る必要なんてない。
……無理させて、ごめんね」
「う、うぅっ、ニコちゃあああああああん!!」
「もう……、ホント泣き虫ね、由良は……」
また私の肩に顔をうずめて泣き始める由良。すぐ隣で「私の方に結構負担掛かってるんですけどー」とジト目を向けてくる弓道部部長がいるので、なるべくなら早くどいてもらいたいところ。
……それに、もう一つの方も片づけないといけないし。
「由良、ちょっと」
「……ぐすっ、うん……」
由良の方も私がこれからすることを理解してくれたのか、すぐにどいてくれた。
本当ならまだ奈々の肩を借りていたいところいだけど、さすがにここだけは自分で立たないとね。奈々に「ありがとう」と言ってから肩を離れると、「立てるんじゃん」と軽口をたたかれた。普段なら一言くらい返すんだけど、今だけはそれを無視してある人物の元に行く。
「明美」
私は、静かにその名前を呼んだ。
「……」
向こうはなんて言ったらいいのか、それともどういった顔で私と向き合えばいいのかわからないのかそっぽを向いている。まあ、無理もないわよね。さっきまで私に殺されそうになっていたんだから。
「明美。その……悪かったわね。色々と……。さっきアンタを襲ったことも、由良のこと、それから、……周りを気にかけなかったこと。全部。
明美の言う通り、私は一人で走りすぎてた。もっと周りと話すべきだったわね。一人で決めないいで、ちゃんと周りと相談するべきだった。って、今言っても、もう遅いわよね」
「…………」
「だから──」
と、そこまで私が言った時、いきなり明美が振り返って私に詰め寄って来た。左手で制服の襟を掴むと、右手を振り上げる。
──叩かれる、と思うのと同時に「当り前のこと」と思って瞳を閉じた。
明美が私に抱いている感情は、それなりに理解した。だから今叩かれそうになっているのもある程度は理解している。
それなのに何時まで経っても痛みが襲ってこない。誰かが止めた? そう思って瞳を開けると、手を振り上げたまま止まっている明美の姿が見えた。
その手が、震えている。前髪で顔が隠れてしまってるから、表情が見えないけど唇を噛んでいるのは分かる。
なんで? と不思議がっていると、その手が力なく落ちた。
「……最低よね、アタシ。勝手にアンタが一人で走ってると思い込んで、由良が無理やりステージに立たされてると勘違いして……」
絞り出したような声だった。
「由良に確認すればすぐにわかることなのに、勝手に思い込んでいた……。ちょっと周りを見れば、アンタが周りに気を配っていることとか、気付けたはずなのに……。
しかも、こんなことがあったのに、まだ心のどこかでアンタを許せないでいる。由良を傷つけたアンタが、本当は違うのに……頭では理解しているのにっ……ははっ、最低……」
その声に、だんだんと嗚咽が混じって行く。
「そうよ……、一番最低なのはアタシ! 一人勝手に思い込んで、アンタを恨んで! 裏切って! 周りを見ていないのはアタシの方じゃん……。アンタが怪獣になったのだって、アタシのせいなんでしょ?」
「…………」
「ホント、最低よね、アタシ……全部の原因はアタシじゃん……アタシが、……一番の……」
そう言って、明美は座り込んでしまう。
明美の長い茶髪が大きく広がり、彼女の表情を全て隠す。
私の目にいつも明るく大きく映っていた明美が、今はとても小さく見える。
肩は震え、聞こえてくるかすかな嗚咽が、明美が泣いているのだと伝えてくる。初めて見る明美の泣いている姿。その姿は普段の明美より、とても小さく、とても弱々しく見えた。
「……明美」
私は、そんな明美を優しく抱きしめた。
明美の小さな驚きが聞こえるのと同時に、雨に濡れて冷たくなっていた彼女の体温を感じた。
「いいわよ。アンタが私を許せないのは、十分に理解してる。殺されそうになったんだもの、許されなくて当り前なの」
もし、アイツが現れなかったら、今頃私は明美を……。
「だから許さなくていいわ。私だって、許してもらおうなんて思ってない。私が一人で走っている様に見えるのも、話を聞いて仕方のないことだってわかったから」
「にこ……」
「でも、それ以上自分を責めないで。アンタがそれ以上自分を責め続けてたら、私だって自分を責め続ける。だからもう終わり。お互いにケジメをつけましょう」
「ケジメ?」
「そっ」
と、私は明美に返すと、抱きしめていた明美を放して少しだけ距離を開ける。疑問の表情を浮かべている明美に向けて、私は小さく笑うと、瞳を閉じて右頬を向ける。
「お互いに一発ずつ。まずはアンタからでいいわ」
「は? なんでっ」
「私だってアンタを完全に許せたわけじゃない。たぶん心のどこかではまだアンタに言いたいことが山積みのはずよ。でも、それを言い合うよりこうすれば、お互いに気が晴れるでしょ」
と、私が言うと、驚き顔で固まっていた明美はため息を一つこぼす。そして呆れた表情を浮かべて、でもどこか納得したような表情を浮かべて。
「……はぁ。まったく、アンタらしいわね」
「こういう人間よ、私は」
「そうだったわね……アンタはそういう人間だった」
ははっ、と小さく笑う明美。その表情には私がよく知っている明美の物だった。
そして──、私達はお互いにケジメを付けた。
☆(矢澤にこ)
一先ず一件落着、と言った感じなのかしら。もう一度奈々の肩を借りて私達は一度アイドル研究部の部室に戻って来た。私は怪獣になってたからそうでもないけど、周り、特に襲われていた明美の服は濡れた上に汚れているのだ。部室に行けば確かタオルがあったはずだし、みんな濡れた服を乾かさないと風邪をひいてしまう。
と言う訳で、部室に返ってきたというのに、明美と由良だけは部室に入ろうとしなかった。
「ちょっと、どうしたのよ」
疲れ切っている私は、椅子に座るのと同時に部屋に入ってこない二人に聞いた。
二人は少し懐かしむように部室の中を見回すと、顔を見合わせて頷き合った。
「……ごめん、にこ。アタシ達がこの部屋に入ることはできない」
「え?」
明美の言葉を聞いた瞬間、私の頭の中が驚きで染まる。
「アタシ達はどんなことであれアンタを裏切った。だからアタシ達がここへ入る資格はない。それにここは、もう新しいスクールアイドルの部室でしょ? 辞めたアタシ達は入るべきじゃない」
「明美……」
「ごめんね、ニコちゃん。ここへ来る途中、明美ちゃんと話したんだ。私達が
「そんなこと──」
「──にこ」
「──―っ」
明美の言葉を遮られた。
二人の瞳には「これだけは譲れない」という強い意思が込められていて、私は何も言えなくなった。特に由良に至っては当時のことを思い出しているのか、涙で瞳が濡れている。泣かないように頑張っているのがバレバレだ……。
「…………」
「ねぇ、そこのサイドテールのアンタが今のリーダー?」
「は、はいっ!」
明美に呼ばれ、後ろから緊張した声が聞こえてくる。
「本気で廃校を阻止する覚悟、ある? 周りにバカにされても、否定されても、笑われても、それでも続けていく覚悟、あるの?」
「あります!」
「──即答、か……。
……周りは? 周りはちゃんとこの子に付いて行く、最後まで裏切らないで付いて行く覚悟はあるの?」
『あります!!』
その声音には絶対の覚悟が感じられる。視線を上げてこいつらの表情を見れば、その瞳が今の発言に嘘偽りはない、と語っていた。それに今こいつらから感じるのは、今朝の練習を影で見た時と同じ感覚。絶対に揺るがない、絶対に曲げない覚悟が、こいつらの中にはもうある。
明美の方もそれを感じたのか、悔しそうに天井を見上げて、
「あーあー、アタシとこいつら、何が違ったんだろ……」
と、小さく呟いた。
「明美……」
「それじゃ、邪魔者のアタシと由良は帰るわ。じゃあね」
そう言って、部室に背を向けて去って行く明美。
去り際に一言、「頑張りなさいよ」と言ったのが聞こえた。
去って行く二人の背中を、私は無理してでも見送った。体は疲れ切っていて動くのも大変だけど、今の二人を自分の力で見送らなきゃ一生後悔する。倒れそうになる体に力を入れて、ドアに寄りかかりながら、私は去って行く二人を見送る。
「楽しかったから! どんなことであれ、アンタ達と一緒にスクールアイドルをやったあの一年は、私にとってかけがえのない一生の宝物だから!! 絶対に忘れないから!!
そして見てなさいよ!! 私の、にこの新しいスクールアイドル活動を!! 何倍ものパワーアップしたにこを!! 絶対にアンタ達も虜にして見せるから!! だから──!!」
「──大丈夫だよ」
「ニコちゃん、頑張って」
二人の声が、聞こえたような気がした。
少しだけ涙に濡れた瞳を拭って、私は二人の背中を見送った。
そして──、
「にこ先輩」
明美と由良が去った後、後ろから声を掛けられた。
振り返れば、そこには私と同じ道を歩んでくれる、新しい仲間が立っていた。六人が横一列に並んで、私を待っていてくれる。
空が晴れていったのか、部室の窓から温かい太陽の光が入って来る。その光は六人を包み込み様に照らしていき、光となって私を待っていてくれる。
差し出された右手。
言葉は、必要ない。
その差し出された手の意味は、言葉にしなくてもわかる。
だから私は──―。
[5]
その日、雨だった空が晴れていき、太陽に照らされる空を飛ぶ七羽の白い鳥が、空を駆けて行った。
[6]
☆(nico)
そして私は、スクールアイドル『μ’s』に入った。
それからの毎日はとても刺激的で、大変で、楽しくて、辛くて苦しいこともあったけれど、みんなで乗り越えてきた。
そしてあの時間は私の一番大切な時間。
きっと、アイツとの出会いがなければ、私はあのまま無気力に、一人ぼっちの生活を続けていたのかもしれない。あまり口にはしたくないけど、アイツには感謝している。私を助けてくれたこと、私にもう一度きっかけをくれたこと、あいつらと出会わせてくれたこと。
「ニコさん」
マネージャーに呼ばれ、私は顔を上げる。
「笑顔で、行ってらっしゃい」
「行ってくるわ──―」
衣装のポケットに人形を入れ、私はステージに向かって歩き出す。
一歩ずつ、ステージに向かう。
その途中で──―、
「──頑張れよ、矢澤」
アイツの声が聞こえた。
振り返ると、白い羽が一つ風に乗って私のところにやってきた。
辺りを見回しても、アイツの姿はない。
私は白い羽を手で優しく包むと、
「見てなさい、私のステージを」
そして私は、みんなが待つステージへと駆け上がった。
私が現れるのと同時に湧き上がる歓声。それを体全体で受け取りながら、私は叫ぶ!!
『お待たせ! みんな!! 今日も元気に、にっこにっこにー!!』
以上で第6話終了です。
未来の時間で本物アイドルとなったにこの「回想風」でお送りした今話。一人称で書くのが難しかった、というのが筆者の感想です。個人的に一人称を生かせたのは前回の最後のシーンだけかなと、感じております。
でもまあ、こういった未来からの回想みたいな、幻想的な話は書いていて楽しかったので、また書いてみたいですね。
幻想的な話も、ウルトラならではの話ですから。
さて、次回からはいつも通り三人称でお送りします。第一部も終盤に入りましたが、まずは息抜き回の様なものを挟んでから、第一部ラストエピソードに突入しようと考えております。
では、次回の息抜き回をよろしくお願いします。
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○次回予告○
矢澤にこが加わり七人となったμ's。そろそろ新曲を出したいリヒトだったが、曲作り担当の二人は中々納得のいく形に出来ず悩んでいた。そんな中、希が持ってきた部活紹介PVを見たリヒトは、とある企画を提案するのだった。
次回、「センター争奪戦!」