少女は走っていた。元いた場所へと変えるために。
少女は走っていた。その悪夢から逃げるために。
少女は叫んでいた。母の名を、父の名を、妹の名を、親友の名を、幼馴染の名を。
少女は叫んでいた。それは迫りくる『恐怖』から自らを奮い立たせる叫び。
少女は走っていた。赤い夕陽の街を、泣き叫びながら。一人ぼっちの孤独に耐えながら。不安に耐えながら。
少女は走っていた。暗い森の中を、泣き叫びながら。迫りくる恐怖に耐えながら。後ろには、
少女は泣いていた。走るのは疲れてしまった。
少女は泣いていた。何かにつまずき、転んでしまった。
少女は叫んだ。
少女は叫んだ。
──たすけて!!
少女のもとに『光』が駆けつけた。
少女のもとに──。
第三章:訪れる試練
[3]
榊家からの帰り道、奉次郎とともに帰り道を歩く少女達は、少々肌寒い四月の夜を歩いていた。この時期は初夏に向けて日中の気温が上がり始めていくのだが、夜はまだ少し冷える。
しかしそんな寒さなど気にならないと言いたげに、少女たちの心は踊っていた。先ほどまで一条リヒトとの思い出話に花を咲かせ、約八ヶ月振りの再会を楽しんでいたのだ。
やや前を歩く奉次郎と穂乃果を見ながら、ことりが海未に声をかけた。
「りひとさん、あまり変わってなかったね」
「そうですね、少し落ち着きのある性格になったのかと思いましたが、結局リヒトさんはリヒトさんのままでした」
先ほどのリヒトの姿を思い浮かべながら答える海未。最初こそ落ち着いた様子で真面目に聞いていたリヒトだったが、だんだんと茶々を入れるようになっていき、さらには四人が初めて出会った話を穂乃果が始めると、当時かなりの恥ずかしがり屋だった海未をいじりだすなど徐々に『一条リヒト』らしき一面が出始めた。
結局、海未はリヒトにいじり倒され、ことりとは衣装やお菓子について語り合い、穂乃果とは意気投合してふざけ合う状況となっていた。
それを思い出すと深いため息が漏れた。
「海未ちゃんどうかしたの?」
海未の様子が気になったことりは顔を覗き込むように聞いてきた。
「いえ……、リヒトさんは記憶を思い出すためにこっちに来たと言ってました。それはつまり。思い出すまでこっちにいるということです。
……これがどういう意味だか分かりますか?」
海未はその瞳を細め、真剣な声音でことりに聞く。
「えぇと……」
ことりはなんとなく、海未の言いたいことの予想がついた。
そして、
「また昔のように私達はあの二人に振り回されるんですよ!? ただでさえ穂乃果一人でも大変だというのに、リヒトさんが加わったら私はどうすればいいんですか!?」
海未は頭を抱え、この世の終わりだと言わんばかりに叫んだ。予想通りの言葉だった。
──海未みちゃんはよく二人に(主に海未の性格を面白がって弄っていたリヒトが主犯となり)振り回されてたなぁ~と思い出すことり。
「大丈夫だよ、海未ちゃん」
「どこが大丈夫なんですか!? 私が、私がどれだけリヒトさんに、ううぅぅ……」
安心させようとしてみたが、顔を真っ赤にして呻く海未に効果はない模様。
もうことりは、苦笑いするしかなかった。
☆★☆★☆★
空は熱い雲に覆われている。本来、この世界は赤い夕日に照らされているはずなのだが、今は暗く不気味な世界へと変貌していた。そのせいか、元々一つの文明が終焉を迎えたような雰囲気を漂わせていた世界が余計にその不気味さを際立てている。
そして、中央に聳え立つ巨大な遺跡を守護するかのように、青白く輝く眩い光がその地に降り立った。光はやがて収まると、巨人の姿を現した。
頭部、胸部、両腕、両足にクリスタルを備えた巨人──ウルトラマンギンガは煙が立ち込める中、ゆっくりと立ち上がった。
その光る瞳で目の前の闇──ダークガルベロスを睨みつける。
ダークガルベロスはギンガの出現に唸り声を上げ戦闘態勢に入る。本当ならこうして抵抗の意思を見せる前に、遺跡と一緒に破壊したかったのだが、こうなっては直接戦意を奪って排除するしかない。
ダークガルベロスは肩の部分にある双頭の瞳でギンガを睨む。
ギンガもまた構えを取り、ダークガルベロスを見据える。
両者の間の空気がピリピリと張りつめていく。
互いに互いの出方を探り合い────、
────動き出したのはほぼ同時だった。
両者が駆けるたびに土が飛び上がり、両者がぶつかれば静寂の世界に轟音が響き渡る。空気を揺るがすほどの轟音が響く中、両者の激突は引き分け──いや、ダークガルベロスの巨体がわずかに後ろに下がった。
すなわち、パワーの方ではギンガが優勢ということだ。
激突の後はギンガによる猛攻が始まった。
力強い拳が次々とダークガルベロスの頭部に突き刺さり、拳のラッシュが叩き込まれる。頭部を押さえ叩き込まれる拳、さらには膝蹴りが中央の頭部の顎を打ち火花を散らす。ダークガルベロスに反撃の隙を与えない猛攻が叩き込まれ、最後に巴投げの要領で投げ飛ばされ地を転がるダークガルベロス。
ギンガはダークガルベロスに飛びつき、マウントを取ると拳を再び叩き込んでいく。手刀のように連続して繰り出されるチョップ。だが、ダークガルベロスも黙ってやられているだけではなかった。
体を大きく揺らしてマウントを取っていたギンガを振り落とすと、尻尾を素早く振り態勢を整えていなかったギンガを地に倒す。
これにより、先に立ち上がったダークガルベロスに反撃のチャンスが訪れ、蹴り上がった足が防御のためにクロスされたギンガの腕に重くのしかかる。さらにダークガルベロスは己が持つ鋭い爪を使いギンガを襲う。鋭く鋭利な爪がギンガを引き裂こうと振られるが、それらをすべてギンガは弾く。だが、一瞬腕をかざすのに遅れてしまい爪はギンガの皮膚を引き裂いた。
火花が散り体が沈むギンガ。ダークガルベロスの蹴りを腹部に食らったギンガは後ろに転がる。
両者の間に距離が開くと、ダークガルベロスの尻尾が襲い掛かってきた。その攻撃に素早く反応したギンガは尾の攻撃を受け止め、両手でしっかりつかむと全身の力を使って尻尾を引っ張る。ダークガルベロスの体が宙に浮き始めギンガを中心として周り始める。
四回転後にフルスイングで投げ飛ばされたダークガルベロスは飛んで行き、その反動をわずかに感じるギンガはよろめく体を支える。
そして、ギンガは己の腕を見て閉じたり開いたりなど、まるでスポーツ選手が己の体の調子を調べる際にする動作と同じことをした。
それもそのはず、ギンガは自分の力が十分に発揮できていないことを感じていたのだ。原因はおそらくリヒトと息があっていないせいだろう、半ば無理やりといった形でリヒトを巻き込み、この場に立っているのだから仕方がない。本来ならばリヒトと息を合わせることでより万全に近い調子で戦えるのだが、ここが幻想空間であることを差し引いても調子が悪かった。
先ほどから防御が遅れ、ダークガルベロスの攻撃を食らうのもこれが関係していた。長引けばそれだけリヒトの体にかかる負担がかかり、動きが鈍くなると判断したギンガは、
『(──―ギンガ)』
早急に決着を、と考えたところでリヒトから声が掛かった。
『(まだよくわからねぇけど、とりあえず今は、目の前の怪獣を倒せばいいんだよな?)』
その声は落ち着いていた。自分の状況に戸惑うことなく、巻き込まれたことに怒るわけでもなく、冷静に落ち着いた声で、確認する様に問いかけてきた。
『(どうやら俺は──)』
リヒトの声が聞こえてくるのと同時に、ギンガは腰を落としてダッシュの構えを取る。
視線の先では先ほど投げ飛ばされたダークガルベロスが起き上がり、反撃の準備をしていた。その反撃が繰り出される前に、
『(──アドリブが得意みたいなんだよな! 行くぜギンガ!!)』
リヒトが吠えたのと同時にギンガは駆け出す。
ダークガルベロスの両肩の部分にある双頭から火炎弾が放たれるが、ギンガはジャンプすることで回避。そしてそのまま落下の勢いを利用して放った蹴りが、ダークガルベロスを掠め火花を散らす。
ダークガルベロスの背面に着地したギンガは、振り向くのと同時に拳を突き出し、ダークガルベロスを吹き飛ばす。怯んだところを蹴り飛ばし、追撃を行う。
リヒトが状況を素早く呑み込み、戦闘に集中し始めたおかげなのか、ギンガの調子が上がっていた。先ほどより強く、重い一撃が放たれダークガルベロスの体力を削って行く。
最後に再びダークガルベロスを投げ飛ばす。
四肢に力を入れ、起き上がったダークガルベロスは双頭から火炎弾を放つ。予期せぬ遠距離攻撃に、ギンガは一瞬驚いたそぶりを見せるも腕を素早くクロスさせて防ぐ。火炎弾がギンガの腕に当たる度に火花が散り、ギンガの体力を削って行く。
連続して放たれる火炎弾に、ついにギンガの片膝が折れた。
しかし、火炎弾を食らっているのと同時に、そのクリスタルが紫色に変化していき、頭部にエネルギーが集中していた。
──『ギンガスラッシュ』。
リヒトが夢の光景で何度も見た『光の影』の一撃。
今のリヒトならばその光の影の正体が誰なのか分かる。
だからこそ、相手の反撃を打ち砕くためにこの一撃を放つ。
放たれた紫色の光刃は連続してダークガルベロスに迫り、その巨体を沈めた。
だがまだ完全に倒した訳ではない。
そして放たれる、ギンガが持つ必殺技の一つ。
『ギンガファイヤーボール』がダークガルベロスを飲み込む。
薄暗い森の世界を照らすかのように爆炎が上がった。
[4]
その日、高坂家に最初に響いた音は目覚まし時計の音でも炊飯器の音でもなく、その家の長女・高坂穂乃果の悲鳴だった。家全体に響くほどのボリュームで放たれた穂乃果の悲鳴は、家族全員が飛び起きるほどの事態となった。
絶叫にも似た悲鳴、明らかに只事ではない。
普段は無口で慌てる様子を一切見せない父親でさえ、顔色を変えて穂乃果の部屋へと向かう。
一番先に穂乃果の部屋にたどり着いたのは、隣の部屋にいた穂乃果の妹・高坂雪穂だった。一枚の壁越しに聞こえた姉の悲鳴に眠気が吹き飛んだ雪穂は、ベットから飛び起きると急いで姉の部屋の扉を開けた。
そこで見た姉の姿に、雪穂は目を見開いた。
上体を起こした穂乃果は両腕で肩を抱き、震えていた。遠目から見てもわかるほどに浮かんでいる額の汗、両肩を自分の腕で抱き、震える体を押さえている様に見える。
一体何に怯えているのか。
雪穂が「おねーちゃん」と心配そうに呼ぶと、ピクリと肩が一度跳ね上がった。
「あれ? 雪穂おはよう。……あはは、ごめん、びっくりさせちゃったね。いや〜、ちょっと贅沢な夢を見ちゃって、まさかパンの山から落ちるなんて不覚だよー」
部屋の入口に立っている雪穂に向け、苦笑いをしながら、先程の悲鳴は夢のせいだと語る穂乃果。ん~、と背伸びをしながら、悲鳴の理由はパンの山から落ちる夢を見たのだと説明する。
遅れてやって来た両親にも同じ調子で答える穂乃果だが、額には汗が浮かんでおり、彼女が語っていることは嘘だとすぐにわかる。
それでも朝練があるから、と強引に部屋から追い出され、雪穂達には真意を確かめることができなかった。
雪穂達を追い出した穂乃果は、ドアに背中を預けるとずるずると座り込む。そして膝を抱え顔を俯かせると、再びその手が震えた。
カーテンの隙間から朝日が差し込む中、ガシャリ、と枕元に置いてあったヘッドフォンが床に落ちた。
☆★☆★☆★
シャー、と東條希はカーテンを開ける。
今日は朝に神田明神でのバイトが入っている為、いつもより早起きしなければならない。窓から入ってくる朝日の光を全身に浴びながら、希は背伸びをしてまだ残っている眠気を追い払う。
「んー、今日もいい日になりそうやなぁ……いや、そうとも限らんか」
希の目が細められ、首に掛けていた勾玉をパジャマの下から引っ張り上げ掌に乗せる。希の
「ついに、動き出した」
『(みたいだね。『光』の方も出会えたみたいだし、いよいよ始まるよ)』
希の呟きに反応する声があった。声音は似非関西弁を使っていない本来の自分と同じであるが、その言葉は希の口から発せられたものではない。希の脳内に直接響くように聞こえてくるその声の主は、簡単に言うならば
少なくともこの声の主が何者であろうと、希は別に困ってはいない。一人暮らしの希にとって、ちょっとしたお話し相手である。
「『光』の方もって……、それじゃあやっぱり」
『(うん、希が感じた通り「彼」が選ばれたよ)』
内なる魂の声の言う通りならば、これから始まるのは『光』と『闇』の戦い。
希は勉強机の上に置かれたお気に入りのタロットカードの上に手を置く。このまま一番上のカードを引けば、おそらく今日一日の、いや、下手をすれば今日の戦いの占い結果が出るだろう。
カードを引く手が、震えていた。
(いや、やめとこ)
希はそっとカードから手を引いた。
☆★☆★☆★
『──! ──!』
遠くから誰かの声が聞こえる。なんて呼んでいるのか、意識がはっきりとしない今は聞き取ることができない。体を揺さぶられ、意識が次第にはっきりしていく。
誰かが呼んでいる、誰だ? 俺を呼ぶのは?
未だはっきりとしない意識の中、その衝撃は突然やってきた。
「おっきろー!」
「へぶっ!!」
突然、包まっていた掛布団ごとひっくり返され、一条リヒトはカーペットとのキスによって目が覚めた。糸状の細々した感触がリヒトの口に広がる。
「起きて、朝だよ」
「こんな時間まで寝とるなんて、お寝坊さんやな」
二人の少女の声が聞こえ、顔を上げてみれば制服姿の高坂穂乃果と東條希が立っていた。穂乃果の手には掛布団が握られており、おそらくなかなか起きないリヒトを起こすために引っ張ったのだろう。
リヒトはジトッとした視線を二人に向けながら、
「もっとちゃんとした起こし方はなかったのかよ?」
「あれ? なんか機嫌悪い?」
「朝は弱いんだよ、もう少し寝かせてくれ」
リヒトは穂乃果の手から掛布団を取ろうと手を伸ばす。しかし、ヒョイっとリヒトの手から逃れるように穂乃果が掛布団を遠ざける。
「……おい」
「ダメだよ。今起きないと朝ごはん食べられなくなっちゃうよ」
「そうや、奉次郎さんから『引きずってでも連れてこい』って言われてるんや。おとなしく起きてもらうで」
そう言いながら部屋のカーテンを開ける希。太陽の日差しが部屋へと流れ込み、リヒトに朝の訪れを知らせる。
「って言われてもな……」
実際、リヒトはまだ眠いのだ。それに『寝た』という感覚がない。体にはまだ疲労というか、痛みというか、何やら運動した後の様な違和感がリヒトの体に残っていた。
──まさか、あれは夢じゃなかったのか?
「ほら、早く行こうよ! 私もうお腹すいてるんだから」
「ちょ、引っ張るなよ! わかったって! わかったから!」
リヒトが動かないことにしびれを切らしたのか、穂乃果はリヒトの腕を引っ張って行動を促す。寝起きな故かリヒトの体は穂乃果の力で簡単に部屋の出口まで引っ張られる──というか引きずられて──が、リヒトの抗議の声が届いたのか穂乃果は腕を放す。
リヒトは立ち上がると、大きなあくびをして机の上に置いておいたスマートフォンを取る。画面を転倒させて時間を確認してみれば、時刻は七時を少し過ぎたあたりとなっていた。
「え? 七時!? ってことは、もう練習終わってる?」
「そうだよ」穂乃果はやや不機嫌気味に、「昨日、私たちの朝練に付き合ってくれるって約束したのに、起きてこないんだもん。海未ちゃん怒ってるよ」
「……あー、わりぃ」
「と言っても、りっくん昨日倒れたんやし、海未ちゃんも大目に見てくれとるよ」
希の言葉にリヒトは苦笑いするしかなかった。
確かに昨日倒れたとはいえ、穂乃果達と話している時はすでに体調は万全だったのだ。倒れたのが嘘くらいに体が軽く、頭痛も全く起きなかった。夕飯も普通に食べられたので、むしろなぜ倒れたのだ? と疑問に思うくらいだった。
ただ、一つ気になるとすれば倒れる寸前に見た謎のビジョン。
自分を撃ってと懇願する少女と、激しい怒りをぶつけてくる少年、街を蹂躙する赤い色をした怪獣。
そのビジョンだけが異様にリヒトの脳裏にこびりついていた。
しかも、
(あの光景、映っていた少年と少女も明らかに外国人だった。それに怪獣が暴れていたところも、日本と言うより海外のビル群の中に近かった。ってことはまさか──)
──あの光景はアメリカのモノ?
──まさか、
と思考の海に浸っていると、カクン、と膝が突如曲がりリヒトの体制が沈む。
後ろを振り返ってみれば、ムスッとした表情の穂乃果がすぐ後ろに立っており、おそらく膝かっくんをされたのだろうとすぐにわかった。
「……わかった、先行っててくれ。顔とか洗ってくるから」
「……うん、わかった」
そう言って穂乃果は部屋を出て行く。
陽気な鼻歌とスキップをして去って行く穂乃果の姿を見て、リヒトは小さく笑う。
「朝から元気な奴だな」
「そうやね。でも今日はいつも以上に元気かもしれへんよ」
「そうなのか?」
「穂乃果ちゃん、ウチが来るより先に来てあの階段を走ってたから」
希が何時から神田明神でアルバイトをしているのか知らないリヒトだが、海未から事前に聞かされていた練習開始時間、そしてその時間にはもう希がアルバイトをしていることから、かなり早い時間なのだろうと推理した。
「へー、それだけアイツが本気ってことか」
昨日も話した限り、穂乃果は母校に対して並みならぬ思いを寄せており、絶対に廃校を阻止したいと考えている。どうやら母親、さらには祖母の母校でもあるらしく親子三世代──妹の雪穂にも音ノ木坂に通ってほしいらしい──が通った高校を守りたいとのこと。
改めてリヒトは穂乃果が本気だということに感心していた。
「そうなんやけど……」
しかし、希は何か引っかかるのか表情を暗くして小さく呟いた。
「どうかしたのか?」
「なんか一心不乱に走ってたんよ。まるで何かから逃げるように。海未ちゃんたちが来た後はいつも通りやったんやけど」
そうなのか? と首をひねるリヒト。今のリヒトに『高坂穂乃果』という少女がどういった人間か詳しくわからないが、少なくとも昨日話した限りでは『「一条リヒト」に強い「憧れ」を持っている』、『破天荒で後先考えない熱血少女』といった具合だ。『破天荒』と『熱血少女』、この二つの単語が出てくるなら朝から早くに一人で練習していてもおかしくないし、リヒトを起こしに来るのも、過去に何度か昼寝をしているリヒトの元に突撃してきたことがあるらしい。
(でもまあ、別に深く考えることじゃないよな?)
そう一人で結論付けるリヒト。
「つうか、あいつが起こしに来るのは分かるんだけど、なんで東條まで?」
リヒトは先ほどから疑問に思っていたことを聞いた。穂乃果はリヒトと昔からの付き合いがあるため、朝起こしに来るのは分かる。しかし、希とは昨日が(一応)初対面だ。わざわざ知らない男の部屋に来る理由がない。
「ん? なにが?」
「いや、起こしに来ることだよ。お前と俺は昨日が初対面だろ? なのにどうして穂乃果と一緒に起こしに来たのかなって、……もしかして、お前も昔俺と会っていたりするのか?」
「うんうん。ウチとりっくんは昨日が初対面や」
「なら、どうして」
「えやん、そんなこと。それより早くせんと遅れちゃうよ」
希に背中を押され、部屋の外へと出るリヒト。気になることは残るが、渋々洗面台へと向かった。
「あ、そうや、ウチのことも『東條』じゃなくて『希』って呼んでくれたら考えてあげるで?」
にやりと、面白そうに笑いながら言ってくる希に対し、リヒトは『じゃ、よろしく、希』と笑顔で返す。そして湧き上がってくる恥ずかしさを隠すため、早々に洗面台へと向かった。
記憶喪失になったリヒトは、どうやら女子を名前で呼ぶことが恥ずかしくなったようだ。
☆★☆★☆★
リヒトが去っていくのを見ながら、希は小さく呟いた。
せっかく名前で呼んでくれたのだ、答えてあげてもいいだろう。聞かなかったのは、向こうが悪いということで。
「そうやね、一応
☆★☆★☆★
リヒトの部屋からある程度離れた穂乃果は、スキップを止めリヒトの部屋の方に振り返る。
「…………」
ぎゅっとその小さなこぶしを握る。
「……あ、りーくん」
部屋から出てくるリヒトを見かけ、声をかけようとするがリヒトは反対側に行ってしまった。確か穂乃果の記憶ではあの先には洗面所があり、先ほど言った通り顔を洗いに行ったのだろう。
穂乃果は声をかけるのを止めた。
「まただ」
穂乃果はその腕で己の肩を抱く。
まただ、また自分の体の中を走る寒気、震え、『不安』と表すのが一番だろう。朝、得体のしれない悪夢から目が覚めてからずっとこれなのだ。普段は全く感じない『不安』が穂乃果の中を駆け巡っていた。
「どうして……」
一度意識してしまうと、その『不安』は次第に大きくなっていき『恐怖』へと変わる。
一体、自分は何に恐れているのだ?
いや、答えは分かっている。きっと『スクールアイドル』に『不安』を感じているのだろう。
妹の持っていたUTX学園のパンフレットからA-RISEの存在を知り、『スクールアイドル』の存在を知った。パンフレットを持って学校の方へ行ってみれば、校舎に立てつけられた大きなスクリーンに、曲と共に踊るA-RISEの姿があった。その姿を見て穂乃果はひらめいたのだ。
『スクールアイドルで学校の廃校を阻止する』。
もちろん絶対成功するなどとは考えていない。本当にできるのかと不安だって感じる。穂乃果だって人間だ、周りからは『不安』などとは一切無縁の様に見えるかもしれないが、もちろん穂乃果にだって『不安』な時はある。
でもそれ以上に、画面に映るA-RISEが、穂乃果の記憶の中にいる『一条リヒト』と重なり輝いて見えたのだ。
「大丈夫、恐怖がっていたら、何も始まらないもんね」
自分でもおかしいと思う。普段はこんなに『不安』に悩まされることはないのに、なぜか今日に限って体を駆け巡る『不安』に脅える。きっと見た悪夢が実体験したものに似ていたからだろう。
過去に穂乃果が家を飛び出し、迷子になったことが。
『──―』
その時、何か『音』の様なものが穂乃果の耳に聞こえてきた。
「なに? 今の」
もう一度聞こえた。言葉では言い表せれない謎の音の様なもの。気になった穂乃果は音のする方へと足を運ぶ。
聞こえる先にあるのは玄関だ。横にスライドさせる形式のドアの先から聞こえる音の様なもの。ドアにあるガラスからは向こうの明かりが伝わってきて、穂乃果の意識をぼんやりとさせていく。
聞こえる、音のようなものが。
見える、僅かな光が。
呼んでいる、音の様なものが。
誘っている、ぼんやりと差し込む光が。
光が、音が、穂乃果の意識の中に入ってきて──―。
「穂乃果ッ!!」
──瞬間、抱き着かれる感覚が穂乃果の体を襲った。
ぼんやりとして異意識が戻り、自分の体に視線を落としてみれば誰かの腕が見える。そして背中に人の気配。少し強い力で抱きしめられているのだと理解すれば、首を動かして後ろの方を向いてみる。
そこにあったのは、何やら焦りの表情を浮かべているリヒトの顔だった。
「りーくん……」
自分が抱き着かれているのに、わいてきた感情は恥ずかしさでも嬉しさでもなく、安心感だった。先ほどまで体の中を駆け巡っていた恐怖や不安が消え、温かい感触が穂乃果の体を包み込んでいた。
「温かい」
呟いて、自分の体を巻いているリヒトの腕を優しく握る。
願わくば、このままずっとこうしていてほしい。この暖かい感触をずっと味わっていたい、のだが、
「朝っぱらから女の子抱き締めるとは、随分大胆なことをするんじゃな」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!?」
突然聞こえた奉次郎の声に、悲鳴に近い驚きの声を上げて離れるリヒト。その叫び声を聞いて穂乃果もなにをされていたのかを理解し、顔を真っ赤にした。
「じいちゃん、いつの間に!」
「お主が穂乃果ちゃんに抱き着いた当たりじゃ。随分大胆な行動に出たのう」
ニヤニヤと笑いながら、リヒトを見る奉次郎。
「いや、あれはそういう意味じゃなくて」
「わかっておる、冗談じゃ。まったく、早くせんと本当に朝ごはん抜きにするぞ」
「それは困るって、行くぞ! 穂乃果!!」
リヒトは穂乃果の手を取ると、奉次郎から逃げるように居間へと向かった。
一方、残された奉次郎は去って行く二人の背中を微笑ましそうに見ていたが、目つきを細くして玄関の扉を見る。
奉次郎は下駄をはき、玄関の扉を開ける。そこにはいつもの見慣れた光景が広がっており、これと言って変なものはなかった。
「……、まさか」
だが、奉次郎は
☆★☆★☆★
奉次郎は穂乃果達に練習場所に加えて体のケアメニューを提供する代わりに、一つの報酬を求めてきた。
その報酬は、みんなで朝食を摂ること。
元々奉次郎は大人数ではしゃぐのが大好きなタイプの人間であり、中でもみんなでのお食事を大切にしていた。それなのに息子娘達が全員家を出てしまい、さらには妻まで亡くなってしまったのだ。ここ最近は一人で朝食を摂ることに寂しさを感じており、それを紛らわせるために穂乃果達に一緒に食事をとるように言ってきたのだ。
幸い穂乃果達は朝練の時間が早いため、朝食を摂らずに家を出ることもあった。そのため、穂乃果達に断る理由はなかった。加えて希も朝にバイトのシフトが入ってる日は榊家の朝食にお邪魔していた。
さらに今日はリヒトを加えた六人での朝食だ。六人分の準備となればそれなりに大変だろう。奉次郎と希はまだ来ていないのか、海未とことりの二人で準備をしていた。テーブルにはすでにおかずはならべ終わっているらしく、後はご飯とみそ汁だけのようだった。
リヒトと穂乃果は二人を手伝うためにキッチンへと向かうと、ご飯を盛る海未とそれをお盆に乗せることりの姿があった。
二人はリヒトの姿に気が付くと、「おはよう」「おはようございます」とそれぞれ言ってきた。
「手伝うよ」
「それではお味噌汁の方をお願いします」
「了解。穂乃果、俺が盛るから運んでくれ」
「うん」
穂乃果はことりからお盆を、リヒトはお椀を受け取ると海未の横を通って鍋の前に立つ。お味噌汁を盛り、穂乃果は三つほど受け取るとテーブルの方へ持って行った。ことりの方もお盆に乗せれる限界が来たのか、穂乃果と一緒にテーブルの方へと向かった。そのタイミングを見てリヒトは海未に声をかける。
「今日はごめんな、朝の練習見れなくて」
「いいえ、元々リヒトさんが朝に弱いことは知ってましたし、昨日倒れたのですから気にする必要はありませんよ。それより体の方は大丈夫なんですか?」
「うーん、まあまあかな。なんかまた変な夢のせいで、今一万全って訳じゃないけど」
「変な夢、ですか?」
「ああ。そのせいで余計に体が疲れてるって言うか、ま、気にすることじゃねぇだろ。
あ、それより俺は食道が細いのに加えて少食だからあまりご飯盛らないでくれよ。多いと食べきれないから」
「わかってますよ、だからこうして最後に盛ってるんです。
さ、私たちの仕事も終わりましたし、テーブルに行きましょうか」
「ああ」
そこへちょうど穂乃果とことりが戻って来た。リヒトと海未は二人からお盆を受け取ると、先に席についてと言って残りの分をお盆に乗せ始める。
海未はご飯の盛られた茶碗をお盆に乗せながら、穂乃果の方を見る。
(そういえば、雪穂の話では穂乃果も変な夢を見たのですよね……)
リヒトが変な夢を見たといった時、海未は今朝穂乃果を迎えに行ったときのことを思い出していた。
普段からよく寝坊する穂乃果を起こすために、海未とことりは毎朝穂乃果を迎えに行っている。そして今日も二人は穂乃果を迎えに行ったのだが、
『ごめんなさい。お姉ちゃん先に行っちゃったみたいで』
二人を出迎えたのは妹の雪穂だった。
どうやら珍しく早起きした穂乃果は二人を置いて先に神田明神へ向かったらしい。さすがの二人もこれには穂乃果の意気込みに舌を巻いたが、雪穂の心配そうな表情に二人は顔を見合わせた。
『どうかしたんですか?』
海未の問いに、雪穂はポツリと言葉を漏らす。
『お姉ちゃん、なんか悪夢にうなされてたみたいで。朝からすごい悲鳴を上げて起きたんです。汗もかいてて、本人は「大丈夫」って言って出ていきましたけど、心配で。あんなお姉ちゃん見るの、久しぶりだから』
雪穂から穂乃果がどういった状態なのかを聞いた二人は、少し駆け足気味で神田明神へと向かった。
神田明神へと着いた二人が見たのは、一人階段ダッシュをする穂乃果の姿だった。
『あ! 海未ちゃん、ことりちゃん! おはよう!』
しかし穂乃果の様子はいつも通りといった感じで、特段おかしなところは見受けられなかった。
『いや~、久しぶりにリヒトさんに会ったからかな。早くダンス教えてほしくてつい』
えへへへ、と笑いながら言う穂乃果。
この時、二人はいつもと変わらぬ様子を見せる穂乃果に安心し、自分たちも練習に加わったのである。
今も穂乃果の方を見ると、リヒトと一緒になって明るく会話をしたりふざけ合っているところを見ると、案外大丈夫そうに見える。しかし、それでも時折見せる穂乃果の表情に影が差すのを感じる海未は、先ほどの会話でもしかしたら無理をしているのではないのだろうかと、穂乃果を疑い始めていた。
「海未ちゃーん、奉次郎さんも来たから早く来なよー」
「あ、はい。すぐ行きます」
穂乃果に急かされ、海未はお盆を持つとテーブルに向かった。
こうなれば、朝食の時に穂乃果の様子を伺い真意を確かめようと決めたのだが、いざ食べ始めると奉次郎の性格上賑やかな朝食となり、結局観察することはできなかった。
☆★☆★☆★
穂乃果達が学校へと登校し、榊家には先ほどの賑やかな空気から一転し物静かな空気となっていた。
穂乃果達がいなくなれば、この家にいるのはリヒトと奉次郎の二人だけ。広い家なためかどこか虚しさがあった。
食器の片づけを終えたリヒトは縁側に一人座り、穂乃果から返してもらったヘッドフォンで音楽を聴こうとしていた。しかし、いざ再生をしてみるとキィーンという耳鳴りにも似た音しかせず、耐えられない不愉快な音にリヒトはヘッドフォンを乱暴に取り外した。
「なんだこれ……」
ヘッドフォンを見回すリヒト。見たところ目立った外傷はないのだが、何度試してみても耳鳴りのような音しかしなかった。
明らかに壊れていた。
(まさか穂乃果のやつ、家で乱暴に扱ったんじゃないだろうな)
機械に強くないリヒトはこのヘッドフォンが壊れたとしか推測できず、どうすれば治せるのかわからなかった。
結局横に放り投げ、縁側に寝そべるリヒト。
(そういえば、あの『夢』は一体何だったんだ?)
やることがなくなってしまったリヒトは、昨夜見た夢のことを思い出していた。
悪夢に襲われて、謎の空間に招かれ、穂乃果達が絶望するビジョンを見せられ、青黒い怪獣が出現してギンガと一体化して立ち向かった。
あれは夢だったのだろうか? いや、そんなはずはない。
夢にしては体に感じる感覚がリアルで今でも疲れが残っている。その感覚があの出来事は『夢』ではないと語っていた。
(でも、それなら一体『ギンガ』はどこに行ったんだ?)
あの時出会った光。自らを『ウルトラマンギンガ』と名乗ったあの光はどこへ行ってしまったのか。
もしあの『夢』が本当に起きたことで、穂乃果達の未来に『邪悪な魔の手』が迫っているというなら、今リヒトのもとにその力があってもいいはずだ。だが、リヒトの手元に『ギンガ』の力はない。
(ギンガ……)
「リヒト」
名前を呼ばれ上体を起こしてみると、奉次郎が写真アルバムを二冊ほど持ちながらこちらに歩いてきた。
「じいちゃん」
「昨日言っておったアルバム、持ってきたぞ」
「ありがと」
そう言いながらリヒトは差し出された二冊の厚いアルバムを受け取る。中を開くとまだ幼いリヒトや、穂乃果達と遊んでいる写真がたくさんまとめられていた。
リヒトはこちらで記憶を取り戻すための一歩として、実家で最初にやったことと同様に写真を見返すことだった。アルバムの中に収められている写真を一枚一枚見ていくリヒト。
奉次郎はそんなリヒトの様子を見た後、隣に放り出されているヘッドフォンを見つけると手に取る。
「リヒト、すまんがこいつを借りるぞ」
「ん? ああ、いいけど、壊れているみたいだから使えないよ?」
「構わん。むしろ好都合じゃ」
「どういうこと?」
ナイショじゃ、と言って奉次郎は去って行った。
特に追いかける理由のないリヒトは、去って行く奉次郎の背を見送った。
キィーンという耳鳴りのような音しか流れないヘッドフォンをどうするのか? と疑問に思うリヒトだったが、そこであのヘッドフォンがどういったものかを思い出していた。
確か、聞いたところによるとあのヘッドフォンはアメリカ留学の際に出会った友人から、誕生日プレゼントとしてもらったものらしい。その友人の自作のモノらしく、銀色をベースに青いイルカが特徴のヘッドフォン。『一条リヒト』は大層気に入っていたらしく、アメリカから送られてくる『一条リヒト』の写真には必ず写っていた。
「そういえば」
そこでリヒトは、あることに気が付いた。
「あのヘッドフォンをくれた奴、今どうしてんだ?」
☆★☆★☆★
「高坂。次の問題答えてみろ」
「…………」
「高坂!」
「────っつ! はい!!」
「ちゃんと聞いていたのか? 十五ページの問四だ。わかるか?」
「……いいえ」
「……? そうか、ボーとしないでしっかり聞いとけよ」
「高坂さん、次の問題当たってますよ?」
「…………」
「高坂さん?」
「……あ、はい! えっと。
………………わかりません」
「ちゃんと聞いててくださいよ?」
「はい…………」
「穂乃果、穂乃果! 聞いてましたか?」
「……海未ちゃん。どうかしたの?」
「どうしたのって、次体育ですよ? 早く着替えないと遅れてしまいます」
「あ、ごめん。すぐに準備する。
……あ、えへへへ、忘れちゃったみたい」
「穂乃果ぁ?」
「ごめん! ごめんってば!!」
その後も、穂乃果はいつも以上に失態を冒していた。
そもそも高坂穂乃果という少女は授業中でも平気で寝ていることが多く、成績の方もあまりよろしくない。中学時代も同様だったため、幼馴染である二人は『高坂穂乃果』という少女が学校でどう過ごすのかよくわかっていた。
だが、今日だけは違った。
授業中起きていることは良いのだが、どこか上の空といった感じなのだ。休み時間中、海未やことり、その他クラスメイトが話しかけても反応に遅れ、ぼーっとしていることが多い。
先ほども先生に問題を当てられていたのに、ぼーっとしていたためか大半を聞き逃していた。さらに、朝の練習着とは別に体育着を持ってくるよう昨日海未の忠告を受けていたのにも関わらずに忘れる、などいつも以上に様子がおかしかった。
「ねえ、穂乃果大丈夫なの? 朝から元気なさそうに見えるんだけど」
そう海未に聞いてきたのは、三人のクラスメートでもあるヒデコだった。その後ろにフミコ、ミカの二人の着いて来ており、三人とも朝から元気のない穂乃果が心配のようだった。
「大丈夫ですよ。朝早く起きてたのできっと眠いだけでしょう」
「でも、授業中起きてたよ?」
「それは……」
ミカの問いに言葉を詰まらせる海未。確かに眠いだけなら、いつも通り授業中に寝ているだろう。
「穂乃果、大丈夫?」
「えっ? うん大丈夫だよ」
一方、フミカは穂乃果に直接聞いてみるが、穂乃果は大丈夫としか答えなかった。
「それより海未ちゃん、次の休み時間一年生の所行くよ」
「一年生のところにですか?」
「うん、西木野さんに作曲頼まなきゃ」
ファーストライブに向けての曲作りで、海未が作詞を担当しているのだが作曲者はいない。そこで穂乃果が音楽室で出会ったという一年生、
穂乃果はすでに数回会っているらしいのだが、いずれも作曲をちゃんとお願いしたことがなく、今回正式にお願いするらしい。
だが、今の海未の目に映る穂乃果の様子では絶対に成功しないと考えていた。穂乃果本来の『明るさ』があれば成功するかもしれない。
しかし今の穂乃果にその『明るさ』がない。気丈に振舞っている穂乃果では、難しいだろう。
そう考えやめたほうが良いと言おうとした時、チャイムと同時に先生が教室に入ってきたため、言えなかった。
☆★☆★☆★
──放課後。
結局西木野真姫へのお願いは却下されてしまった。
しかし海未は、これは当然の結果だと考えていた。出会って間もない上級生からいきなり『作曲をしてほしい』と頼まれて、『いいですよ』と答える人は少ない。このままでは自分たちで作曲、もしくはリヒトさんの父親にお願いするしかないと考えていた。
リヒトの父、一条
それより、やはり第一の問題は穂乃果の様子だろう。
西木野真姫との会話でも、空回りすることが多く、交渉のほとんどを海未が行ったくらいだ。
もちろん、穂乃果だって人間であり一人の女の子だ。悩みの一つや二つ、落ち込むことだってある。だが、今回はそれだけでは片づけれない何かが、穂乃果の中にあった。
「……」
今も自分の席に座り、口元に手を当て何かを考えていた。おそらく、先ほど生徒会長に言われたことを気にしているのだろう。
『誰かを魅了したり、人を引き付けることはそんなに簡単じゃない。ましてや、始めたばかりで実力も功績もないあなたたちじゃ、とてもじゃないけど無理よ。それに──』
生徒会長の鋭い視線が脳裏に思い出される。
『──今のあなたじゃ、絶対に失敗するわ。やめときなさい』
生徒会長は穂乃果たちのスクールアイドル活動に最初から反対していた。スクールアイドルを始めるために生徒会室に行った時から、穂乃果達に「やめなさい」と何度も言い、まるで穂乃果達が諦めるようことを願っている様だった。
しかし、それを差し引いても今回の生徒会長の言い分は正しい。今の穂乃果のでは、後日に控えているファーストライブが絶対に成功しないと誰が見てもわかる。今の穂乃果からは、周りが心配するほどに異様な気配を感じられるのだ。
どうやらことりも穂乃果の異変は感じられていたらしく、海未の隣に来たことりは穂乃果を見ながら言う。
「穂乃果ちゃん、やっぱり様子が変だよね」
「ええ。雪穂が言っていた通り、明らかに様子が変です」
──―悪夢にうなされていた。
雪穂はそう言っていたが、たかが悪夢であそこまで様子が変わるものなのだろうか。海未だって夢でうなされることはあったが、ここまで引きずることはなかった。ならば一体、何があったのだろうか。
「そういえば穂乃果ちゃん、みんなでご飯を食べてる時もあまり話していなかったような……」
「やはり、そうでしたか」
朝食の内に穂乃果の異変を探ろうとした海未だったが、奉次郎が出した話のネタに『一条リヒト』に振り回された海未の思い出や、母親に叱られ落ち込んでいた海未を励ますために額にキスされたという、海未にとって絶対に思い返したくない話題が提示され、羞恥で叫んでいたのでそれどころではなくなってしまっていた(ちなみに、この話を聞いたリヒトは「もしかして、俺って女たらしだったのか?」と言うことを呟いたらしい)。
ことりの発言を聞く限り、穂乃果の様子はその時も変だったらしい。
「失礼するで」
そこへ、カバンを肩にかけ下校準備を整えた東條希が教室に入って来た。突然の上級生の登場に、クラスには小さなどよめきが広がるが希は気にすることもなく海未たちの元へやってくる。
「希先輩、どうしたんですか?」
「ちょっと穂乃果ちゃんに用があってな」
海未に答える希は、穂乃果の方へと視線を動かし、
「あー、えりちからある程度聞いていたとはいえ、重症やな」
「希先輩──―」
「──―大丈夫、ウチに任せとき」
海未の言葉を遮りながら、ウィンクをして言う希。希を止めようにも、その瞳が『大丈夫、任せて』と真剣に語っていたため、二人は希に任せることにした。
二人の横を通り過ぎ穂乃果の席へとたどり着いた希。穂乃果も希に気が付いたのか顔を上げ、驚いた表情をする。
希は、ただ一言。
「ほな、一緒に帰ろ」
今回は大きく描写が増えています。
元々この第二話の流れに違和感を覚えたのがきっかけで、リメイクすることを決意しました。後半はあまり変わっておりませんが、一部描写が増えていたりするのでよろしくお願いします!
第四章へ続きます。