その代わり今回めっちゃ長いです。
えぇ、過去最高文字数だと思われる今回ですが、切りどころが見えなかったので。
それでは、よろしくお願いします!
[第三章]
その日、音ノ木坂学院アイドル研究の部室には、重苦しい空気が漂っていた。
理由は単純。今日ですべてのテストが返却されるからだ。
数日前に終わった期末試験はすでに返却期間となっており、μ’sメンバーの手元にも着々とテスト用紙が返ってきている。
そして今日、一年生は英語、二年生と三年生は数学が返却され、全学年すべてのテストが返ってきたことになる。奇しくも三バカの苦手科目が最後に返って来るという状況に、誰もが息を飲んでいた。
「いよいよですね」
海未が緊張を含んだ声音で告げる。
「凛は大丈夫だったよ。それより今までで最高点だったにゃ」
「じゃなきゃ困るわよ。あれだけ叩き込んだんだから、それ相応の点数を取ってよね」
問題であった三バカの一人、凛は苦手だった英語で過去最高得点を出しており無事に赤点を回避していた。自信満々に語る凛に釘を刺した真姫の方も、全教科90点以上を叩き出しており無事に試練をクリアしている。
「にこも大丈夫だったわよ」
数学の苦手なにこも、希のワシワシ地獄から逃れるために必死に勉強し、無事赤点を回避。
残るは穂乃果ただ一人。
しかし、同じクラスの海未とことりが先に部室に来ている時点で、メンバーの中には嫌な予感を抱く者もいた。
「海未ちゃん……」
「ことり、今は……信じるしかありません」
二人の脳裏に、慌てた様子で教室を出て行く穂乃果の姿が浮かび上がり、もしかしたら最悪の結果を覚悟しなければ……と思っていた時、部室のドアが開かれ穂乃果がやってきた。
「穂乃果」
「……海未ちゃん、みんな」
全員の視線が穂乃果に集中する。
そして穂乃果は、ゆっくりとカバンの中に手を伸ばし、最後に返ってきた数学のテスト用紙を取り出す。
「──危なかったよ」
そう前置きをして、穂乃果はついにそれを取り出した。
「──先生が採点ミスをしていて焦ったけど、無事に赤点を回避したよ!!」
ブイサインをしながら結果を告げる穂乃果を横目に、全員の視線がテスト用紙へと集まる。数ある問題の中で、一つだけペケをされていた問題が青ペンで○に返られており、点数もその分上がっている。修正後の点数も、担当教師が返却前に言った赤点の点数より高い。
──穂乃果、赤点回避成功。
それはつまり、メンバー全員が赤点を回避したこと。
それはつまり、『ラブライブ!』出場条件をクリアしたということ!!
『や、やったああああああああああああぁぁぁぁぁ!!』
少女達は溢れんばかりの歓声を上げ、そして本日の練習に向けて準備を開始する。
本当ならばリヒトにも今すぐにこの結果を伝えたいのだが、なぜかここ最近連絡が取れなくなってしまっているため伝えることができない。きっと休学の間の遅れを取り戻すために必死なのだろうと各々が解釈し、次に会った時に報告すればいいと思った。
それよりも赤点を回避し『ラブライブ!』の出場条件を満たした嬉しさが上回っており、リヒトへの報告は完全に忘れ去られていった。
穂乃果達は早速出場を認めてもらうために理事長室へと向かう。高まる気持ちを抑え、理事長室前へとやってきた穂乃果はドアをノック。
『……』
しかし返答がなかった。
「いないのかな?」
来客が来ている様子はない。理事長自身が外出しているわけはないし、となれば中で誰かと話している?
そう思いそっと扉を開けてみると、
「そんな! 説明してください!!」
生徒会長の焦った叫び声が聞こえてきた。
中にいるのは生徒会長の絢瀬絵里と、その向かいに座っている理事長の二人だけ。絵里の姿は背中しか見えないが、理事長の机に手を付いていることや先ほどの声音から、焦っていることがわかる。
「ごめんなさい」
そんな焦る絵里に向かって、理事長は静かに謝罪した。
「でもこれは決定事項なの。音ノ木坂学院は、来年より生徒募集を止め──」
目を伏せていた理事長は顔を上げ、どこか悟った瞳で──、
「──廃校とします」
──そう、宣言した。
『なっ……!?』
その言葉には誰もが驚き、誰もが言葉を失った。
☆☆☆
早朝、音ノ木坂学院理事長・
比奈が来ることを予期していたのか、それとも早起きが習慣なのか、いずれにせよ比奈より先に身支度を整えた奉次郎は、比奈の姿を見るなり家へと案内した。
「ごめんなさい、こんな朝早くから」
「なに、構わんよ。リヒトが帰ってから最近の朝は暇でのう、ちょうどよかったわい」
そう言っておどけて見せる奉次郎は、比奈の向かいに腰を下ろす。
「それで、やっぱり廃校決定は時間の問題か?」
「……はい。二週間後のオープンキャンパス次第になりました」
「二週間後のオープンキャンパス、か……」
二週間後に開催される音ノ木坂学院オープンキャンパス。一般の人達が音ノ木坂学院にやって来て、在校生が学校のことを紹介するイベントなのだが、やはり入学希望者減少に伴いこちらの希望者も今のところ芳しくはない。
「来てくれた中学生たちにどれだけ音ノ木坂に興味を持ってもらえるかが、勝負じゃの」
オープンキャンパスの最後に、来てくれた中学生を対象にアンケートを行う。その結果次第で廃校かどうかが決まるのだが、もし希望者がこのままの人数であり、こちらに何らかの手がなければ、正直に言って廃校の色が強いだろう。
そもそも音ノ木坂学院の廃校話はすでに数年前からあった。
その話が浮き上がった一番の要因は、秋葉原に出来たUTX学園で間違いないだろう。音ノ木坂学院は歴史ある女子校ではあるが、その反面建物の老朽化などがうかがえる。最新設備を導入したUTX学園に比べれば、古いと言われても仕方がない。
若者は最新のものに惹かれる──、それは仕方のないこと。
むしろ数年間あったというのに、まったく改善できていない私の能力不足ではないのか、と比奈は思ってしまっている。
「比奈さんや、まだ自分を責めとるな」
「え?」
「表情でわかるんじゃ。せっかくの美貌がだいないじゃぞ」
と、どこから取り出したのかわからない手鏡を向けてくる奉次郎。
確かに鏡にはまた暗い顔をした自分が映っていた。
「そう自分を責めるもんじゃないぞ。まだ廃校と決まったわけではない、諦めるんじゃないぞ」
「……」
「それに今年は穂乃果ちゃん達がおる。スクールアイドルが大人気の今、穂乃果ちゃん達の存在は廃校を阻止できる希望の星。彼女達ならば、きっと成し遂げてくれるはずじゃ」
そう、今年は今までと違ってスクールアイドルが存在する。その人気の高さは比奈も実感しており、娘達のグループの人気も密かに調べていた。
パフォ―マンス力はA-RISEに比べてしまうと劣ってはいるが、それでも彼女達のひたむきな姿に絶賛を送る声が多く、彼女達の人気が高いことがわかる。
「……それは、そうなのですが」
「なんじゃ、何か問題でもあるのか?」
「絢瀬さん──生徒会長の子が、あの子達の活動を認めていなくて」
──生徒会長の絢瀬絵里はスクールアイドルを認めていない。
これは生徒間だけではなく教師間でも密かに囁かれていることであり、真面目で何事にも誠実な彼女にとって、スクールアイドルはチャラチャラしたものに見えるのだろう。
それ故か、それとも別の理由か、絵里は穂乃果達に学校の名前を背負ってほしくないと思っているらしく、代わりに自分が『生徒会』として、『生徒会長』として学校の廃校を阻止しようと考えている。その為によく理事長室にやって来るのだが、今の彼女の心では任せることができない。
それが比奈の本音だった。
だからこそ、彼女が自分達で行動させてほしいと言ってくるたびに濁していたのだが、そろそろそれも限界だろう。この件は彼女に伝えなければならないのだが、おそらくその時はもう濁すことはできない。
と、一人考えていると奉次郎の方は『絢瀬』という名に聞き覚えがあるのか、顎に手を当て『絢瀬……』と呟いていた。
「絢瀬……もしかして、その子の名前は『絢瀬絵里』と言うか?」
「はい。もしかしてご存じなのですか?」
「そうか、確かリヒトのガールフレンドの名前が『絢瀬絵里』だった気がしてのう。じゃがまあ、ここしばらくは会っておらんらしく、ワシもよく覚えとらん」
なんだかさらっと孫の秘密を暴露している祖父に苦笑いが漏れてしまうが、ここは聞き逃したことにしといた方が彼のためかもしれない。
「しかしまあ、その子の気持ちもわからんではないのう。穂乃果ちゃん達の実力はワシもそれなりに見ておるが、完璧かと問われれば、素直に『はいそうです』とは言えん。学校の名前を背負うには、まだまだ未熟じゃろう」
じゃが、と言って奉次郎はその瞳で比奈を見つめる。
「だからと言って、このまま何か手を打たなければ音ノ木坂学院は『廃校』になる。ならば、多少なりとのリスクを伴ってしまうが、穂乃果ちゃん達に託すのも一つの手ではないのかのう」
それは比奈に向けられた言葉か、それとも絵里に伝えるように向けられた言葉なのか、比奈にはどちらの言葉にも聞こえ、その真意を見つけることができなかった。
もし自分に向けられたことを示すならば、奉次郎は比奈の心の内をわかっているのかもしれない。
──心のどこかで、もう諦めていることを。
「……本当は、廃校なんて考えずに、伸び伸びと学園生活を送ってほしいんです」
と、比奈はポツリと呟いた。
「たった一度の高校生活を、残された、高校せ──」
パンッ!! と、奉次郎の両手が比奈の目の前で叩かれた。
──その名は猫だまし。
突然目の前で大きな音をたてられ、呆気にとられている比奈を、奉次郎は真剣な眼差しで見つめる。その瞳にはどこか『怒り』の様なものが見受けられ、比奈はとっさに謝罪をした。
「すいません……!」
「比奈さん」
奉次郎は静かに比奈の名を呼んだ。
「お主がここ数年で、どれだけ廃校を阻止するために努力してきたかを、ワシはそれなりに理解しているつもりじゃ。そしてその度に、お主の心が疲れて行くのも」
「……奉次郎さん」
「じゃが諦めるのはまだ早い。まだ希望が残っている。まだ穂乃果ちゃん達がおる。信じるのじゃ、穂乃果ちゃん達を──彼女達『μ’s』を。可能性はまだ、残されておる」
──信じること。
奉次郎の言葉に、比奈は何も言い返せなかった。
☆☆☆
ふぅ、と息をついて比奈は椅子に背を預けた。
絵里と穂乃果達にオープンキャンパスの説明を終え、穂乃果は二週間後への意気込みを、そして絵里は案の定『生徒会』でオープンキャンパスの内容を決めれるように提案してきた。
もうこれ以上濁すことはできない。そう判断した比奈は絵里の好きなように任せ、一抹の不安を抱えたままその背中を見送った。
(……私は、どうしたらよかったのかしら)
窓の外に視線を向け、脳裏にこの学校の風景を思い出す。数十年前に訪れたオープンキャンパスの時の光景、そして高校生となりこの学校に通った思い出。大学卒業後に教師として再び訪れたこの学び舎。
今では理事長となり、この学校から自分と同じように旅立っていく者を見届ける立場にあるが、それももう長くないのかもしれない。
(今は……信じるしかないのかもしれないわね)
まだあがく手はあるのかもしれない。それでも、ここ数年の間に自分の力ではどうにもできなかったことに、心を締め付けられるのだった。
☆☆☆
「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス──」
放課後の屋上。
穂乃果の声が響き渡る中、全員で新曲を踊っていた。
残り二週間。この短い時間で穂乃果達は、今取り組んでいる新曲を完璧に仕上げなければならない。この曲に取り組み始めた時間から逆算するに、完璧に仕上がるのはギリギリと見ていいだろう。それはみんなわかっている。だからこそ、全員が集中して取り組んでいた。
正直なところ、たとえこの曲が完成したとしても、生徒会長を説得しない限りオープンキャンパスでは披露できないと、真姫は考えていた。しかしことりによれば、必ず部活紹介の時間は作られ、そのタイミングで曲は発表できるとのこと。
故に練習し、完璧に近い形に仕上げることが、今の彼女達のやらなければいけないことだ。
「──おおっ!! みんな完璧!!」
最後のキメポーズも決まり、撮影した映像を振り返ってみると今まで以上にいい形に仕上がっている。
しかし──、
「──まだです」
──海未の声が静かに響き渡った。
「まだ、足りません……」
画面を見つめて言う海未。
「海未ちゃん……、わかった。もう一回やろう」
海未から何かを感じたのか、穂乃果は海未の意見に賛同するとスタートの位置に着く。周りはなんだか腑に落ちない様子だったが、穂乃果が位置に着いたのを見て、自分達もそれぞれのスタート位置に着いた。
再び刻まれるステップ。
穂乃果の掛け声の元、そして今度は海未の手拍子も加えて踊って行くメンバー。何がダメなのか、何が足りないのかを客観的に海未に見てもらうのだが、再び放たれた一言は、
「……ダメです」
それだけだった。
普段の海未ならばどこかダメ、何がダメなのかを明確に言うのだが、今回だけは違った。ただ『ダメ』というだけ。さすがにこれは真姫がしびれを切らし、海未に詰め寄る。
「なにがダメなのよ! ハッキリ言って!!」
「……足りなんです。感動が、心に響いてくるものが」
「……どういうことよ?」
「……説明するので、みんな部室に来てください」怪訝な視線を向けてくる真姫に、そしてその後ろで行く末を見守っていたメンバーに向け、海未は静かに言った。
☆☆☆
「みなさん、これを見てください」
海未の持つ携帯端末がテーブルに置かれ、全員の視線がその画面へと向かう。
そして流れている映像を見た瞬間、全員が衝撃を受けた。
画面には幼い金髪の少女が、バレエを踊っている姿が映し出されている。その少女の正体が絢瀬絵里だと誰もがすぐに気づき、画面越しにでも伝わってくる絵里のすごさに誰もが飲み込まれていた。
画面に映る幼い絵里は、今の険しい表情とは違い太陽の様な輝かしい笑顔をしている。ステージを優雅に舞う姿は美しく、その姿に全員が『魅了』されていた。
この動画は、先日海未が希の元を訪れ、絵里のことを聞いた際に見せてもらった映像だ。
『絢瀬絵里には、将来を有望されるほどのバレエの実力があった』。そう説明されたのと共に、希から受け取ったこの動画。これを見て、海未は直感的に悟った。
──自分達の未熟さに。
「確かに、コレと比べたら『足りない』わね」
腕を組み、険しい顔をして言うにこ。
きっと彼女も直感的に悟ったのだろう。今の自分達の力では、この映像に映る絵里の足元にも及ばないと。
リヒトの指導もあり、自分達のレベルはアップしている。しかし人を『魅了』できるほどのレベルに達しているか? と問われれば、まだ届いていないのが正直なところだ。穂乃果が先ほど『完璧』といたのは、おそらく『外』に関してだと思われる。日々の練習の成果もあり、『見た目』ならば上達しているに違いない。
しかし『質』はどうだろうか? もっと客観的に見て、自分達の気持ちはダンスに乗せられているか? もっとダンスにキレが出せるのではないか? そこは、リヒトやリヒトの母である美鈴に見てもらわなければわからない。
「『質』を見てもらうリヒトさんとの連絡が取れない今、私はこの動画を目標にするしかありませんでした」
リヒトが帰省しているのはこの場の全員が知っていること。テストが終わればテレビ電話を介して練習風景を見てもらう予定だったのだが、テスト最終日の朝以降リヒトとの連絡が取れなくなっている。これが今のμ’sにとって痛手だった。
『質』の部分を見てくれる人を失い、その為に幼き絵里の姿と比べてしまったのは、仕方のないことだろう。
「そして絵里先輩は、これほどの力を持っていながら、『夢』には届かなかったそうです」
『え?』
二度目の衝撃がメンバーを襲った。
「届かなかった……?」「海未ちゃん……どういう意味?」驚きが混じった声音で聞いて来る幼馴染二人に対し、海未は静かに言葉を返す。
「夢に届かなかった、そのままの意味ですよ」
その言葉の意味を、穂乃果とことりだけではなく全員が徐々に飲み込んでいった。
動画から見てもわかるほどに、絵里の実力は相当なものだったはずだ。
将来を有望されるほど、そして本人はプロを本気で考えていた、という海未の追加の説明を受け、全員を襲った衝撃は倍になった。
これほどの力を有しておりながら、『夢』に届かなかった……。
そこで穂乃果はハッとなり、なぜ絵里が自分達に歩みを止めるように言ってきたのか、その理由が分かった気がして海未に視線を向けると、静かに頷き返してきた。
つまり絵里は、穂乃果達に挫折してほしくないために、止まるように言ってきたのだ。自分のようない体験を、してほしくないから……。
もし学校の廃校を阻止できなかった場合、自分達はどれ程のショックと挫折を味わうのか、それはきっと考えているよりも巨大なことだろう。それを阻止するために、生徒会長は嫌われる覚悟で止めに来た。大きな挫折を経験した者として。
それはこの場にいる全員が何となく察したのだろう。誰もが口を閉ざしてしまった。
「生徒会長は、本当は優しい方です。私達のことを思っていてくれた。それがわかった時、私はあることを思ったんです」
そして海未は、少しだけ笑みを浮かべて。
「この人に、ダンスを教わりたいと」
『──!?』
海未の発言に、
「これほどの実力を持っている人に見てもらえれば、私達のダンスはより良いものになるはずです。それにリヒトさんがいない今、ダンスを詳しく見てくれる人も必要です。その為には、生徒会長の力を借りるしかありません」
リヒトがいない状況で、新曲をオープンキャンパスまでに仕上げるには、確かな実力を持った人の指導が必要。その条件を満たしている絵里に頼むことはいい。しかし絵里は当初からあまりこちらの行動に関心を持っていない、ここで頼んだとしても引き受けてくれるかが不安だった。
「うん、私は賛成」
沈黙が訪れる中、穂乃果が頷きながら言った。
「それに、私達はどんなことがあろうと諦めない。それを生徒会長に証明したいんだ」
全員の視線が穂乃果に向かい、その言葉を聞いて納得した。
要は、生徒会長は自分達が必ず『挫折する』と決めつけている。それは、些か腹が立ってくる話だ。まだ自分達はその壁にすらぶつかっていないのに、勝手に決めつけてもらっては困る。
勝手に人の未来を決めないでほしい。
確かに自分達はまだまだ未熟だ。
だからこそ、必死になって練習するのだ。その壁をぶち壊し、自分達が望む結果を手に入れるために。
「……そうね、私も穂乃果の意見に賛成だわ。一条がいない今、絵里に見てもらうのが賢明な判断ね」
それに見返してやりたいし、と付け加えてにこは言った。
その言葉を皮切りに、そのほかのメンバーの賛成の意思を見せ、満場一致で明日生徒会長にお願いをすることが決まった。
☆☆☆
翌日。穂乃果達は早速生徒会室へと向かい、昨日の提案通りダンスを教えてください、とお願いをしていた。
「……」
「お願いします! 私達、もっとうまくなりたいんです!」
穂乃果の言葉を聞いて、絵里はしばらく考えた。
それは時間にすればほんの数秒だが、その間では様々な思いが絵里の頭の中を横切る。その中ではどうしても己の挫折が出てきてしまうが、正直なところ生徒会でもいい案が出てきていない。
ならば、もうここはこの子達に頼るのも一つの手ではないか? 彼女達の人気はそれなりに把握している。瞬時に様々なことを考え、最終的判断を下した。
「……わかったわ。屋上で準備して待ってて」
──現状を見て、ダメなら諦める。
それが絵里の下した判断だった。
☆☆☆
時間をおいてから屋上へ行き、絵里はまず基礎的な運動能力を調べることにした。聞いたところによれば神田明神でリヒトの指導を受けているらしい。もしリヒトが『一条リヒト』であるのならば、ある程度のことは教えているはずだと思い見ていると、絵里が予想していた酷い参事にはならなかった。
まあ、多少なりともマシな状態でなければ、一体リヒトから何を教わっていたのだと問いただしていたことだろう。
「まずまずね」
と絵里が評価を下すと、穂乃果達は内心少しだけ嬉しかった。逆に言えばリヒトがいなかった場合、悲惨な状況になっていたかもしれないということに、彼女達は気づいているのだろうか。
「でも……あなた、ちょっとこっち来て」
しかし思うところがあるのか、絵里は一人の人物を呼び寄せる。
指名されたのは星空凛。凛は自分が呼ばれることを疑問に思い、首を傾げながらも絵里の元へと行く。
「ちょっとここに座って、足を開いて」
「…………」
そこで凛は、自分がなぜ呼ばれたのかを理解した。
絵里に指示されたのに、凛は固まって動こうとしない。なぜならそれはリヒトからも言われている、自分が最も苦手とするものだからだ。練習する様にと言われているが、正直なところサボっているので、今なお克服できていない。
「どうしたの? いいから座りなさい。時間が無くなるわよ」
絵里に急かされ、凛は渋々座り足を開いた。
そして次の瞬間、
「んぎゃあぁぁぁ!!!?」
絵里に背中をされ、女の子が出していいのか怪しい悲鳴を上げる。
「あなた、体硬すぎ。リヒトくんから何も言われなかったの?」
「にゃは、ああああ」
サボってました、とここで正直に言った場合、待っているのは地獄だろう。しかしそれでも、スクールアイドルを始めた当初よりかは柔らかくなっているのだが、お腹が地面に着くのはまだまだ先。
絵里は容赦なく凛の中を押し、その度に凛の口から悲鳴が上がる。
「生徒会長、今、りーくんの名前」
「っつ!? それより! ほかのみんなはどうなの? ちゃんとできるの!?」
絵里の口からリヒトの名前が出たことに驚いた穂乃果は、そのことを追求しようとするが、頬を染め激高を飛ばした絵里にかき消されてしまった。
「──ふっ」
「おお、さすがことりちゃん!」
反対側では、日ごろから柔軟をしているおかげで元から体が柔らかかったことりが、足を百八十度開脚し、お腹を地面につけていた。
そのほかのメンバーも、ある程度は柔軟性が高まっているがことりには及ばない。それはつまり絵里が合格とするラインに届いていないということ。
「これもまだまだね。次! 体感トレーニングは!?」
続いて体感トレーニング。二年生組は始めた当初にやっていたこともあり、それなりにバランスを保てて入るが、一年生組とにこはまだ揺れが多い。それでも、練習を怠っていなかったのか、絵里の設定した時間ぎりぎりまで何とか粘っていた。
「次! 筋力トレーニング!」
続いて筋力トレーニング。普段やっているモノではなく、より負荷のかかる形に変えたことにより、もとより筋力の少ないにこが悲鳴を上げる。
回数が増えるにつれ、普段から弓道部でトレーニングしている海未の顔にでさえ、次第に顔色が変わって行った。
「もう1セット! 行くわよ!!」
その後も絵里のトレーニングは続いた。普段穂乃果達がやっているトレーニングの何倍もきつく、流れ出る汗の量が尋常ではない。回数を重ねるにつれ練習着は大量の汗で濡れ、休憩の間は誰一人として声を発さず、酸素を求めて呼吸を繰り返すだけ。体力のないことりと花陽は膝に手を当て、そろそろ限界ではないかと思われる。
再びの休憩。
倒れ伏す穂乃果達を見て、絵里は一言放った。
「今日はここまで。もういいわ」
正直なところ、リヒトのおかげで多少はマシ、というのが感想だった。こちらが出したメニューをギリギリでこなすということは、おそらく基礎をしっかり細部までやっていないということ。特に花陽は次に移った瞬間、倒れるのが目に見えていた。ここまで倒れなかったのは、偶然と見ていい。
そもそも彼女達がスクールアイドルを初めて三か月。その間で二曲も新曲を出しているということは、ここ最近の練習時間は曲の練習に振り分けられたと考えられる。
柔軟及び体力はまだまだ完璧とは言えない。
床に座り込んでいる彼女達を一瞥すると、背を向け出て行こうとするが、
「待ってください!」
と、穂乃果の声が絵里を呼び止めた。
振り返ってみると、全員疲労から立つのもやっとだというのに、残りの力を振り絞って立ち上がっている。
なんだ? と身構えていると、彼女達は一列に並び──、
「ありがとうございました! 明日もよろしくお願いします!!」
『お願いします!!』
感謝の言葉を述べてきた。
☆☆☆
穂乃果達の感謝を受け取り、屋上から去る絵里は先ほどの練習風景を思い出していた。
彼女達は自分が想定していたレベルより高く、日ごろからしっかりとした指導の元、練習していたことがわかる。しかしそれでも、絵里が設定した合格ラインには届いてない。どのみち今のままでは学校の名前を任せるわけにはいかなかった。
しかし、もし残りの時間絵里が彼女達を指導した場合、もしかしたらというのがあり得るのではないか?
そんな淡い期待を抱くのと同時に、絵里の脳裏には『あの時』の光景が浮かび上がってくる。
──これで完璧。
──絶対にいける。
──失敗なんてない。
そう確たる自信をもって挑んだオーディションで、完膚なきまでに負けたことを。
「……くっ」
大きな自信、期待を持っている時ほど、それが崩れ落ちた時の反動は大きい。もし彼女達にオープンキャンパスを任せ、失敗した時、彼女達はどうなる? きっと自分と同じかそれ以上の『挫折』を味わうことになる。それこそ、二度と立ち上がれないほどの……。
そんな事態にはしたくない。
大きな挫折は、誰にも味わってほしくない。
ならばどうすればいい。
簡単だ。彼女達を止めるしかない。その為には、嫌われる覚悟で立ち向かうしかない。明日もきっと彼女達の練習を見ることになる。ならば、その時は今日以上にきつくして己の未熟さを、間に合わないことを知ってもらい諦めさせるしかない。
だが、
(……わかってる。そんなことしても、無意味なことくらい)
ああいう目をしている人ほど、諦めが悪いこともまた、過去の経験から分かっている。
ならば一体、どうすればいいのか。
もう、わからなくなっていた。
☆☆☆
そして、ローブの男はこうつぶやいた。
そろそろ頃合いだと。
☆☆☆
そして翌日。
絵里は屋上の扉の前で立ち止まっていた。すでに穂乃果達は集まっているらしく、扉の向こうからは元気な声が聞こえてくる。
やはり彼女達は、諦めていない。
「あ、生徒会長」
扉を開けるのを渋っていると、階段を上がってきた凛に声を掛けられる。彼女には昨日、無理やり開脚をさせ辛い体験をさせたというのに、ニッコリ笑顔で絵里の背中を押し始める。
「ちょっとっ!?」
「早く行きますよ! みんなが待ってるにゃ!」
凛に背中を押され、絵里は穂乃果達の元に姿を現した。
『おはようございます』「まずが柔軟からですよね?」絵里がやってきたとわかると、全員があいさつをし、ことりが続けて問いかけてきた。
昨日あれだけ辛い練習をしたというのに、今日も同じ練習を、下手をすればそれ以上のことをやるとわかっているはずなのに。
残り少ない時間でダンスの練習せず、繰り返す基礎の練習に不満はないのだろうか?
いや、それ以前に彼女達は怖くはないのか? 失敗することが。挫折することが、現実を知ることが。
なぜこんなにの明るく、前向きに進めるのだ?
「……あなた達は、怖くないの?」
だから、自然と問いかけていた。
「失敗することが、挫折することが、これまでの努力が水の泡になることが。どんなに頑張っても、どんなに努力しても、『夢』に届かなかったら!」
「怖いですよ」
「──え?」
穂乃果の声が、絵里の耳に滑り込んできた。
「怖いことだらけです。本番で失敗しないか、私達の『想い』がちゃんと伝えられるか、しっかり歌えるか、しっかり踊れるか。本当に学校の廃校を阻止できるか。もし失敗したら……なんて考えたら、キリがありません」
「……」
「不安だらけで、怖いです。
けど、このまま何もしないで止まっているのが、もっと怖いんです! あの時ああしていれば、あの時ああしていたら、何か変わっていたかもしれない。そう後で後悔する方がよっぽど怖いんです!
だから私は後悔したくない。後悔しないために進むんです。何かをやれば、必ず何か変わる。目先の不安におびえるより、その先にある『ワクワク』が楽しみなんです!
それに、私はやりたいんです。みんなで、一つの目標に向かって頑張れれる、このスクールアイドルを。
練習はきついです、体中痛いです。
でも、廃校を阻止したい気持ちは、誰にも負けません! 目標の『夢』を掴むために!
それに──」
と、穂乃果は一拍置いて、
「──最初から『失敗』を前提にしてたら、何事も始められませんよ」
「──っつ!?」
その言葉を放った穂乃果の瞳には、ほんの少しだけ『怒り』の様なものが込められていた。
「生徒会長だって、バレエをやっていた時はそうだったんじゃないですか? 難しいことは何も考えないで、ただ全力でバレエに取り組んでいた。がむしゃらに、
「……」
「だから私達は進みます。やりたいから、学校の廃校を阻止したいから、
「──っつ」
そこで、絵里の中で何かが弾けた。
次の瞬間には走り出し、屋上から去っている。自分でもどうしてこんな行動をしたのかわかっていない。いや、きっと彼女達の心の強さを目の当たりにし、自分の心の弱さが恥ずかしくなったのだろう。
彼女達は絵里が考えていた以上に心が強かった。おそらく彼女達が諦めることは絶対にない。彼女、穂乃果の心は滅多なことでは揺るがないことが、先ほどの言葉から分かった。
一体、彼女の心はどうしてあそこまで強いのだ?
一体、何が彼女の心を強くしているのだ?
「エリチ」
階段を下り切ったところで、希と出くわした。
「希……」
「ウチな、エリチと友達になって、生徒会をやってきて、ずーと思ってたことがあるんや。エリチは本当はなにがしたいんやろって」
「え……?」
希は絵里の瞳を見て続ける。
「エリチが頑張る時は、必ず誰かのため。今回だってそう。穂乃果ちゃん達に自分と同じ体験をしてほしくないから、嫌われる覚悟で頑張っている。自分の心に嘘をついてまで」
「噓だなんて、そんなの──」
「ついてるよ」
瞬間、希の口調がいつものではなく素の物となった。
普段から似非関西弁で話す彼女が、それを使わず素の言葉遣いをするということは、それだけ今の彼女が本気だということ。
いつもの雰囲気とは違い、本気でぶつかってきている。
その姿に、絵里は一歩足を引く。
「エリチはそうやっていつも何かを我慢して、後悔して、それを見せないように隠して頑張る。それが『私』にとってどれだけ辛いことかわかる? 親友が苦しんでいるのに、手助けも出来ない。何に苦しんでいるのか教えてもくれない。わからないまま、傷ついて行くエリチの心を見ていくことの辛さが、わかる?」
「……」
「教えて、エリチの心。本当は何をしたいのか。本当はどうしたいのか」
自分が、本当はどうしたいのか──。
そんなの、決まってる!!
「……私だって……私だって諦めたくなかったわよ!! リヒトくんとの約束も! 夢も! 全部諦めたくなかった!! でもダメだった! 私の心は死んじゃった! だって……、どんなに練習しても、圧倒的才能を持った人にはかなわない!! 才能だけはどんなに練習しても埋められなかった! だから……諦めるしかなかった……もう、立ち上がれなかった……」
心の内を吐露する絵里の瞳は、だんだんと濡れていき、何時しか大粒の涙となった。
「……希の方こそわかる? 私が夢を諦めた時の苦しさが! リヒトくんになんて言えばいいか、どうやって会えばいいかわからなかった私の気持ちが! 立ち上がれなくなって、リヒトくんとの約束に苦しんだ私の意持ちが!
だから私は、彼との思い出を……約束を忘れることにしたの。忘れれば楽になった。ただ空っぽになるだけで、また埋めていけばいいと思った。
……でもダメだった! あの子達の前に進む姿が! 心が! 私の中のリヒトくんを呼び起こしてきて、彼の背中を思い出させて! しかも、リヒトくん本人が来た……。
……私だってもう一度仲直りしたいわよ。また一緒に笑い合いたい、もう一度あの子達の様に『夢』を追いかけたい!
でも、私にそんな資格はないの……リヒトくんを裏切った、私には……」
「……」
「ねぇ、希……私は一体、どうすればいいの?」
「……エリチ」
「自分が不器用なことは分かってる。だからどうすればいいかわからないの……。お願い希、教えて? ボロボロになった私の心は、どうすればいいの?」
絵里の心の内を全て聞き、希も涙を浮かべていた。親友がこれほど辛い思いを抱えていたことに、ここまで苦しんでいたことに。そしてようやく吐き出してくれたことに。
絵里が今まで抱えてきた苦しみ。
今の目の前にいる親友は、もう身も心もボロボロだった。大粒の涙を流し、声が枯れるほど叫んで──。
ならば、救ってあげなきゃ。目の前でボロボロの親友を、助けなきゃ。
そう思い、一歩踏み出したところで──、
「簡単だよ。ぼくらのために働いてくれればいいのさ」
悪魔のささやきが二人の耳に聞こえた。
「──っ!?」
瞬間、希は絵里の後ろに現れた黒いローブの男に戦慄し、絵里は悲鳴を上げる間もなくその口をふさがれた。
「大丈夫さ。怖がることはない。今からきみの心を開放するだけだからさ」
鼻先にまで迫っているローブ男の顔。フードによって口元しか見えないが、恐怖を感じるには十分な距離であり、素顔がわからない故にその恐怖は倍増されていた。
絵里の思考が混乱する中男の手が絵里の視界を覆い──、
ちょ
く
ご
に
い
へ
ん
があ
った。
☆☆☆
「エリチ!!」
校舎の外へと飛び出し、ワロガへとダークライブしてしまった親友の名を呼ぶ。
迂闊だった。襲撃があるかもしれない、とリヒトから忠告を受けていたのに、まんまと襲撃を許してしまった。自分の危機感の無さに腹が立ってくるが、今はそれについて後悔している暇はない。
怪獣となってしまった以上、あとはリヒトに任せるしかない。急いで連絡を取るためにスマートフォンを取り出すが、
「無駄だよ」
「っつ!?」
ローブ男の声が耳元で聞こえ、急いでその場から飛び退いた。
背後に迫っていたローブの男は、希の反応が面白いのかクスクスと笑いながら、フードの下から覗く口元を歪めて言う。
「彼は来ないよ。ぼくが先に
「なっ!?」
その一言は、希に大きな衝撃を与えた。
「彼も馬鹿だよね。
つまりリヒトは、すでに敵の手の中に落ちてしまっているということ。今まではこの町にいたおかげで敵の魔の手から逃れていたという新たな事実と、そしてリヒトが、ウルトラマンが来ないこの最悪な状況に、希は戦慄した。
今まで幾度となく危機に駆け付け、敵の目論見を阻止していたウルトラマンギンガが、戦う前からすでに敗北している。一体誰が変身者自身を狙ってくると予想できるだろう。
だが確かに、変身前であればリヒトはただの人間。そこを狙うことは、もし希が敵側であれば真っ先に思いつく作戦であり、同時になぜ予想できなかったのかと歯噛みしていた。
「そう睨まないでよ。ぼくも呆れたんだよ? ぼくらからすれば邪魔者が無防備で外を歩いているんだもん。狙ってくださいと言っているようなものだよ? だからぼくに怒りの矛先を向けるのは止めてくれない。責めるなら彼を責めなよ」
と、まるで責められるのは心外だと言いたげなローブ男。
最悪だ。
絵里がワロガとなり、頼みの綱でもあるリヒトが敵に敗北しているこの状況は、最悪以外の何ものでもない。
一体どうすればいい? 誰かこの状況を打破できるものはいないか?
いや、ない。怪獣を倒せるウルトラマンはリヒトだけ。ギンガスパークの模倣であるギンガライトスパークを持つものならばいるが、彼女達に連絡をし、さらには状況を飲み込んでもらったうえで怪獣になって絵里を助けてなど、説明している時間がない。
詰みだ。
これはもう、詰んだとしか言いようがない。
「さて、それじゃあ彼女にも動いてもらおうか」
絶望の最中、ローブ男が無情にも命令を下す。
「きみも見ているといいよ。彼女の心が壊れるところを」
「……このっ」
「おっと、きみはここから動かないで貰えるかな。ぼくが
何か、何かないか? この状況を打破できるものは?
なんでもいい、奇跡でもなんでもいいから、誰かこの絶望的状況から助けてほしい。
しかし、希がいくら願ったところでワロガは止まらない。その腕を上げ、音ノ木坂学院の校舎に狙いを定める。
「そうだ、きみの面白いことを教えてあげるよ。実は今、きみの親友は
楽しそうに、まるでネタバラシを堪えている子供のように聞いて来るローブ男。
その姿はとても不愉快であり、希は睨み返すことでせめてものの抵抗を示した
「あれ? わからない? つまりね、ワロガは絢瀬絵里の意思ではなく
「……まさか……!?」
「そう、普通怪獣にダークライブしたものは『心の闇』に囚われ、いわば一種のトランス状態になる。でも今の彼女は違う。ワロガの細工によって、彼女本来の意思を保ったまま行動している。
つまり、今ワロガが学校を壊せば、彼女は自分で壊したと錯覚する。ま、位相が変異してるから、破壊しても元の位相のは壊れないんだけど」
愉快に解説していくローブ男。最後の一文はつまらなそうに言うが、もしこのままワロガが学校を破壊した場合、意識のある絵里の心はどうなる? そんなの考えるまでもない。いくら偽物を壊したとしても、その事実を知らない絵里からしてみれば自ら守ろうとしている学校を、その手で破壊したころになる。そんなことになれば、間違いなく絵里の心は崩壊してしまう!!
「エリチ!!」
「無駄だよ。いくら叫んでも、もう誰にも止められないさ」
☆☆☆
そして、絵里もまた自分の体が勝手に動き、その手が学校を破壊しようとしているのだとすぐに察した。
「やめて……! お願いやめて!!」
どんなにあがいても、自分の意思とは関係なしに体が動く。その手に握るダークダミースパークを伝い、ワロガの腕先にエネルギーが溜まっていくのがわかる。
「エリチ!!」
「希!!」
親友の声が聞こえてくる。
だがもう、誰にも止めることはできない。
「いや、いや」
絵里の抵抗も空しく、その手から──―、
「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
──無情な光が放たれた。
☆☆☆
アームスショットが放たれた瞬間、二人の少女の顔には絶望が、一人の男性の口元は三日月のように歪んだ。
このまま行けば一人の少女が壊れ、一人の生け贄が完成する。やっと邪魔者に邪魔されず一人目の生け贄を、
ようやくだ。ようやく一人目。ペースとしては遅いが、彼女の心を砕いた時に生まれる闇はきっと極上の物だろう。まだ『大いなる闇』が完全に復活するには足りないが、それでも十分な量を送れる。
ワロガの中の少女の悲鳴、そして隣の少女から上がる悲鳴を楽しみながら、ローブ男はその瞬間を見ていた。
光弾がゆっくりと音ノ木坂学院に迫る。
少女達の絶望がより大きくなる。
あの光弾は偽物とはいえ簡単に音ノ木坂学院を破壊し、少女の心を壊す。
さあ、あとはゆっくりと待とう。少女の心が絶望に染まるのを。
そして。
そして。
そして。
バリィィンッッッ!!!! と、
『!?』
空が割れ、少女達が驚き視線を上げる中、
同時に無情の光がかき消された。
ッドンッ!!!! と、体の芯まで揺らすほどの揺れを発生させながら、光をかき消した『なにか』は土埃を上げ落下した。
「……まさか」
少女の口から言葉が漏れた。
その声音は、嬉しさより驚きの方の声音だ。
それはそうだろう。その少女からしてみれば『彼』は絶対にこれないのだから。
しかし『彼』は来た。
当たり前だ、なにせ『彼』はヒーローなのだから。
ヒロインのピンチに駆けつける。それがヒーローだ。
静寂の中煙が徐々に晴れていき、その中にいる
その影は、赤と銀色の体をしている。
その影は、巨人。
その影は、クリスタルが特徴である。
その影は、闇を払う光の戦士である。
『させねぇよ』
絵里の耳に、聞きなれた少年の声が聞こえてきた。まさかと思い、視線を影の中へと向ける。自分のいる空間とは違い、輝く光の空間に立っているのは、間違いなく絵里が今一番助けを求めたい人だった。
先日再会した時と同じベージュのサマーセーターは土で汚れボロボロ、破けているところだってある。少年の白い肌には痣や血痕、見ているだけでも痛々しい数の傷があり、唇の端からは固まった血が見え、せっかくセットしてあった明るい茶髪も、台無しになっている。
立っているのがやっとなのか、時折バランスを崩し倒れそうになるが、足に力を入れ決して膝を着かない。
ギンガスパークを力強く握りしめ、
『お前らの思う通りになんか、絶対させねぇ』
その視線を上げる──。
『絵里の心は、絶対に壊させねぇ!!』
絶望から少女達を救うべく、
さぁ、第8話も半分を過ぎました!
変身前の主人公を堂々狙うローブ男はとんだゲス野郎です!
それはさておき、次回はいよいよVSワロガ。すでにリヒトはボロボロ(つかこの主人公はだいたいの場合でボロボロだけど)ですが、果たして絵里を救えるのか?
次回「#08-4」に続きます。
それにしても、
ヒロインが守りたい物を自分の手で壊そうとさせたり、
ヒロインを無理やり主人公と戦わせたり、
変身前の主人公を狙ったり、
と、悪役の鑑じゃないですがーローブ男さん。