ギンガ・THE・Live!   作:水卵

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第七章:正直に

 ──ティガブラスト。

 それが今リヒトの目の前に立つ巨人の名前。

『ティガ』ではあるが『ウルトラマンティガ』ではない『ソレ』は、光と闇に照らされながら静かに君臨している。

 

「…………」

 

 リヒトの頬を伝う一滴の汗。それはこの場に漂う緊張感から来たものか、それとも佇むティガブラストの気配からか。

 ティガブラストは『ティガ伝説』には記されていない。いや、そもそもこの姿自体今ここで誕生したのだ。誰も知るわけがない。

 今この瞬間に誕生した新たな『ティガ』。

 ウルトラマンティガとの違いは顔と胸に走るラインが黒いことだけ。(ウルトラマンティガ)(ティガダーク)が融合したとも見れるその姿は、闇でもあり光でもあり、そして同時に闇でも光でもない中途半端な存在。『異形の海(ここ)』の恩恵を受けられるが、だからと言って完璧に恩恵を受けられるわけではない。闇と光が中途半端に混ざり合ったソレは異様な雰囲気を漂わせながら存在していた。

 やがてゆっくりとティガブラストを覆っていた光と闇が晴れていき、その姿が鮮明になって来る。

 同時に、周囲に戦いの緊張が広がっていく──―。

 

 

 ──刹那、ティガブラストが光弾(ハンドスラッシュ)を放つ。

 

 

 不意を突いた一撃。暗めの青い光弾は一直線にカオスワロガへと向かう。

 しかしギリギリのタイミングでカオスワロガは反応して見せた。腕をクロスしてハンドスラッシュをガード。多少の火花は散るが、それでも些細なダメージに過ぎない。

 不意の一撃を防がれた。

 しかし、ティガブラストにとってこの一撃などカオスワロガの動きを封じられればそれで合格。

 本命は別。左足を軸に体を回転させ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──―!!」

 

 それは予想などしていなかった。いや、そもそも予想できるはずもなく、予想できたところで対策などできるものではない。気が付いた時は巨大な何かが横を通り過ぎ、それから生まれる風圧に体が(さら)われ、背中から『柱』に激突していた。

 

「がはっ、ごほっ」

 

 肺から空気が押し出され、何度も咳き込む。

 明らかにリヒトの身など考えていなかった一撃に怒りがこみ上げてくるが──、

 

 

「──ッ」 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「──―っ」

 

 この光景を見るに、ティガブラストの蹴りはリヒトを狙ったローブ男に向けて放たれたものだと推測できる。

 が、それにしてはあの蹴りは乱暴すぎる。希ならリヒトの身の安全を考えた上での攻撃手段を選んだはずだ。それなのに先ほどの蹴りは明らかにリヒトの身など考えていない。ただ単純に目標を攻撃するためにだけに放たれた蹴りだ。

 

「はははっ、やられたよ……まさかこんな一撃を放ってくるなんてね」

 

 ティガブラストの蹴りが予想外だったのはリヒトだけではなく、ローブ男も同じだったようだ。予想外の一撃が故に躱すことができず、かなりのダメージを食らってしまった。

 体半分が消し飛ばされるほどの一撃はかなりの激痛を伴うはずだ。それなのに悲鳴の一つも上げないのは、彼なりのプライドだろう。しかしダメージは大きいのか膝が笑っている。

 

「参ったな……油断していたわけじゃないけど、さすがに彼女を甘く見すぎていた……いやいや、慢心もしすぎるのはダメだね」

 

 そして、リヒトが見る中ローブ男が初めて片膝を着いた。

 

「ぐっ……あーあ、ホントに……まったく……これはあれだ、倍返し、が必要だね。うん、そうだよ、倍返し……そのためには順番を変えなくちゃぁ、いけない……くくく、ああははは、あああはははははははははははははははははははは!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 狂ったような笑みは次第に雄叫びへと変わり、最後はただの咆哮に変わっていた。人の声ではない何かを叫びながら、ローブ男は狂い始める。彼の持つ闇の力が波動となって周囲を破壊し始め、リヒトの体を叩く。

 

「ぐっ──!?」

 

 腕をクロスして衝撃に耐えるリヒト。だが、その腕の隙間から見える光景にわが目を疑った。

 ローブ男の姿が霧のような靄のような、白いナニカに変貌していったのだ。その姿にどこか見覚えのあるリヒトは己に困惑し、だが白い靄が迫ってきたのを見てすぐに思考を放棄。

 果たして、白いナニカはリヒトの横を通り抜け絵里の体へと乗り移った。

 

「────ぁ──ぁぁ──!!」

 

 ローブ男が絵里の体の中に入り込み、異物が入ったことで絵里の体が痙攣を起こし始める。すでに絵里の体の大部分は『柱』の中に埋まっており、顔も眼の部分はすべて蛇のような鞭に絡め捕られている。唯一露出している口を苦しそうに開き、体を襲う苦痛に喘ぐ絵里。

 ──闇となったローブ男が絵里の中で暴れている。

 リヒトはすぐにギンガスパークを構えギンガにウルトライブしようとするが、それよりも先に膨大な殺気の塊が近づいて来るのを感じ、ほぼ反射的にギンガスパークを構えたまま後ろに振り返る──。

 直後に襲ったのは衝撃。

 歯をくいしばって耐えると、その一撃を放った者の姿を確認して絶句した。

 ティガブラスト──それが一撃を放った者だった。

 

「…………」

 

 もしリヒトが反応しなかったら、絵里を巻き込みながらその身を焼かれていたかもしれない。先ほどの蹴りと言い、あまりにも容赦というか見境がなくなっている攻撃にリヒトはティガブラストを睨みつけた。

 しかしティガブラストの様子は変わらず、攻め込んできたカオスワロガとの戦闘を始める。繰り出される攻撃を最小限の動きで躱しカウンターを叩き込んでいくその戦闘スタイルは、どこかティガダークを彷彿とさせる動きであり()()()()()()()()()()()()()()()()

 先ほどの蹴りと言い攻撃の手に容赦がない。

 

「まさか……()()()()()()()?」

 

 戦闘スタイルは間違いなくティガダークを彷彿とさせるもの、決して希が戦っているようには見えない。

 ならば、考えられることは今戦っているのは希ではなく『ティガ』の意識なのではないかということ。ダークガルベロスのようにライブ者がいなくとも活動することはできると思われるが、希は間違いなくギンガライトスパークでティガのスパークドールズをリードしていた。それなのになぜ希の意識が消えている様に見えるのだ? 

 いや、それ以前になぜティガのスパークドールズをリードしたのにライブした姿はティガブラストなのだ? 

 明らかに事態がおかしすぎる。

 

「くそっ! 最悪ってレベルじゃないぞ!!」

 

 希が使用したティガのスパークドールズは先ほどまで闇に染まっていたものだ。もしかしたらそれが関係しているのかもしれない。わずかな闇がスパークドールズに残っており、それが何かしらの影響を受けてティガをティガブラストという形にし、希の意識を封じ込めている。

 と考えられるが、それならばなぜダークガルベロスにウルトライブしたときは何もなかったのだ? 怪獣のスパークドールズには『大いなる闇』の力の一部が封じ込められている。もし闇が影響しているならば、ダークガルベロスにライブした時も何かしらの影響が出るはずだ。それなのに……。

 だが、事態はさらに最悪な方に進む。

『柱』の蛇を模した触手がリヒトの方に放たれたのだ。

 

「ぐっ」

 

 両手足、さらには首までもが締め付けられ身動きが封じられる。だんだんと酸素が失われていき、疲弊した体から力が失われて行く。

 蛇を模した触手は徐々にリヒトを『柱』の方に引き寄せ、おそらくリヒトまでも『柱』の中に沈ませようとしているのだろう。

 明らかに状況は最悪。

 さらにはティガブラストが『柱』の動きに勘付き、こちらに必殺の一撃を放とうとしてくる。両腕を水平に開き、エネルギーを溜めているところを見ると、リヒトと絵里のことなど眼中にない様子。

 

「────ッ」

 

 リヒトは直感的に賭けに出た。

 後先を考えている暇などない。何とかしてこの状況を打破しなければすべてがここで終わってしまう。

 リヒトはすぐに抵抗をやめた。すると当然触手の力がリヒトの体を柱へと引き寄せる。

 リヒトの体と『柱』の間の距離がゼロになるのには、そう時間はかからなかった。リヒトの体が宙を走り、その間の距離がゼロになった瞬間──

 

 

 ──眩い光が解き放たれる。

 

 

 その光は、ギンガスパークの先端が『柱』に衝突した際に起きたもの。リヒトは手首を返しギンガスパークの先端を『柱』にぶつけたのだ。

『光』そのものである神秘のアイテムギンガスパークが『闇』の塊である『柱』に当たればどうなるか、そんなの考えるまでもない。

 これまで何度も『闇』を払ってきたギンガスパークの光は、『柱』事態に大きなダメージを与え、リヒトの体に巻き付いていた触手が緩み体の自由を取り戻す。

 リヒトはすぐに体を大きく回転させ、ギンガスパークに力を込めて振るった。

 

「──────っ!!」

 

 振るったギンガスパークからは斬撃が飛び、必殺の一撃を放とうとしてたティガブラストの額を叩く。

 大きくのけ反るティガブラスト。それをチャンスと見たのか、カオスワロガが背後から襲い掛かりティガブラストを吹き飛ばす。

 一方、触手から解放されたリヒトは地を転がり、『柱』の方を一瞥してからティガブラストの方を見る。吹き飛ばされたティガブラストは膝を着くと、頭を振って辺りを見回し始める。それから自分の姿を確認しているところを見ると、どうやら希の意識が戻ったようだ。

 

(ったく、無駄な力使わせやがって)

 

 心の内でそっと愚痴をこぼすと、ティガブラストがこちらの方に視線を向けて来て背筋が伸びるリヒト。

 だがこれで、無事に希の意識が戻ったとみていいだろう。あのまま戦われていたら、戦闘には勝っていたかもしれないが誰一人として救われない結果になっていたに違いない。現にリヒトと絵里もろとも消し飛ばそうとしたのだから、そう考えれば多少の弱体化には目を瞑ろう。

 

「よかった……」

 

 そう呟いた後だった。

 

 

 

『あーあ、これでテメェの勝利はなくなった。さっさとテメェも死ね』

 

 

 

「──ッ!?」

 

 背後からドスの効いた声。

 心臓を鷲摑みされたかと思う緊張がリヒトの体に走り急いで振り返る。振り返った先にいたのは、人型をした白いナニカ。靄のようにも、霧のようにも見える白いナニカで形成された人型の、頭部といえる部分がリヒトの視界いっぱいに広がっていた。

 

「──―!」

 

 抵抗、反応、そんなものをしている暇はなかった。人型の白いナニカはリヒトの体に溶け込むように侵入すると

      その 

 せ                    い 

                            し  

                                      んを 

    はかかかかかか

                 か

 

                              か 

                                        いいいいい  

        し

 

 

                             て

 

 

 

 

 

 

 

 

「があ、ぁぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?!?!!???!!」

 

 ガツンッッ!! とギンガスパークで頭部を殴り、壊れかけていた意識を呼び戻す。

 なんだ、なんだこれは!? 不快、なんてレベルの感覚ではない。身体をかき混ぜられる、いや、精神をかき混ぜられていると表現した方が正しいか。形容しがたい、体の中をかき混ぜられている様な不快感がリヒトの中を走る。

 外からではなく中からの攻撃。先ほどまで絵里に取り憑いていたものがリヒトの乗り移った、と考えていいだろう。

 と、状況を整理している余裕などすぐに消え失せた。

 体の中を走る不快感は、文字通り精神を破壊しようとリヒトの中を駆け巡る。形容しがたい不快感は気を緩めればすぐにでもリヒトの意識を消滅させるだろう。何度もギンガスパークで自分の頭を殴り、声を荒げて飲み込まれそうになる意識を繋ぎ止める。

 地を転がり、全身を打ち付けてもなお体の中を、いや、精神を駆け巡る『ナニカ』は消えない。

 ティガブラストもリヒトの異変に気付いたのか、すぐさま体勢を立て直そうとするがカオスワロガに邪魔をされる。

 すぐさまカオスワロガとの戦闘になるが、先ほどまでとは違いその動きは拙い。その理由はティガブラストの意識ではなく希の意識が戦っているからだろう。戦闘能力がない希が主導権を得たことで、ティガブラストの戦闘力が著しく低下している。

 そのことはカオスワロガも気配で察知しているのか、その攻撃の手が先ほどより鋭い。加えてティガブラスト自体の力も不安定であるため、より希の力が要求されてしまっている状態だ。カオスワロガの攻撃を大きく躱すが、隙だらけの態勢に容赦のない攻撃が迫る。

 

「あああああああああああああ!! がっ、うぐっ……あがああああああああああ!!」

 

 悲鳴、絶叫。

 体の内側から破壊されるその感覚は、痛みではなく不快。ただひたすらに『不快』という感覚がリヒトの中を駆け巡り、叫んでいなければ自我すら崩壊する。

 だが同時にその絶叫は(ティガブラスト)の耳にも聞こえており、優先順位がリヒトの救出に傾き始める。

 カオスワロガの攻撃を避け、急いでリヒトの元に駆け寄りたいという焦りが、ティガブラストの動きを鈍らせる。

 大振りの一撃がティガブラストの胸を引き裂く。

 散る火花、ティガブラストの絶叫、襲い掛かるダメージフィードバック。

 

「──ぐ、ぅ──ぁ、希!!」

 

 不快感に耐えながら、リヒトは希の名を叫んだ。

 ティガブラストの視線がリヒトに向けられる。その視線の先では、リヒトは襲い掛かる不快感に顔を歪めながらも、ギンガスパークで頭部を叩き意識を保ちながら、

 

「こっちはこっちで何とかする! お前はそいつの相手をしろ!!」

 

 叫んだ。

 

「お前は任せろって言ったよな! 俺もこっちは任せろって言った! なら、お互いに自分がまかされたことぐらい、しっかりやろうぜ……俺だって、こんなの問題ないからっ! さっさとこいつ追い出して絢瀬助けるから、お前も、そいつ相手に集中しろ!!」

 

 そう言ってリヒトは、光を高めたギンガスパークを己の胸に突き刺した。

 

「あがっ、ぐきぃ、負けるかよ……負けて、たまるかっ!!」

 

 ──―瞬間、眩い光は天へと昇り、同時にリヒトの脳裏に様々なビジョンを流す。

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 ()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()

 どのビジョンも真相が気になるものばかりだが、今それに構っている時間はない。流れてくるビジョンを無視して、リヒトは自分の中を自由に走っている不届き物を追い出すために全身全霊の力を籠める。

 ギンガスパークの眩い光、そしてリヒトの体内から溢れる光が取り憑いた白いナニカを体から追い出すために輝く。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 雄叫び。

 天へと昇る光はより輝きを増し、最後は四方へと飛び散った。

 

「…………」

 

 ────最後の一瞬、ローブ男の悲鳴を聞いたような気がしたが、よく覚えていない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけリヒトの呼吸が止まるが、すぐに疲れがどっと押し寄せ呼吸が再開される。同時に体が鉛のように重くなり手を付いて荒い呼吸を繰り返す。

 ここは『異形の海』。常人であれば数分と持たないこの空間は、ウルトライブしていないリヒトには重苦しい空間に感じる。いくらここで呼吸を整えようとしても無理だろう。それにもう、呼吸を整えている時間がない。

 リヒトは顔を上げ、一度だけティガブラストのようにサムズアップを送るとその重い足を動かし始める。

 

『…………』

 

 ────希は、その姿を見てひっそりと笑った。彼の顔が『どうだ』と語っていたからだ。

 ティガブラストは構える。視線と意識はカオスワロガに向けられ、その構えには若干の隙が見受けられるものの先ほどまでとは違う。完全に戦う『戦士』の姿勢に近い。

 その変化にカオスワロガは少なからずの驚きを覚え、しかしすぐさま構える。

 両者の激突が始まる。

 先ほどまでとは違い、希が戦闘に集中しているためティガブラストの動きは良い。だがそれは先ほどに比べたらの話。カオスワロガと比べればそれはまだまだ未熟。故に戦闘状況はカオスワロガが有利と見ていいだろう。

 といっても、ティガブラストの役割はあくまで足止めだ。勝つことなど最初から希の頭にはない。それは自分の実力を十分に理解しているからこその決断であり、同時にそれはリヒトもわかっていることだ。だからこそ、リヒトは今にも倒れそうなくらいボロボロの身体を引きずって絵里の元に行く。

 

「あや、せ……」

 

 呼吸は荒い。ティガダーク戦で消耗した体に、ローブ男による精神破壊攻撃が襲ってきたのだ。光を使い排除したとはいえ体に蓄積されたダメージは重い。気を抜けばその瞬間リヒトの体は地に倒れ、起き上がることが難しくなるだろう。

 だから最後まで気を抜かない。絵里を助けた後はカオスワロガを倒しこの空間から脱出しなければいけないのだ。時間もそう残されていない。

 

「…………」

 

 背後ではティガブラストとカオスワロガの激突が響いている。

 だがそんな音は今のリヒトの耳に届いていない。絵里の元に辿り着いたリヒトは、疲労とダメージで止まりかけている思考を何とか回転させ、ギンガスパークを握る右手を上げる。鉛のように重い右腕を歯を食いしばって上げ、力いっぱい絵里の胸元にある青い輝石に突き刺した。

 なぜそうしたのかはわからない。ただこの行動で問題ないと頭の片隅で思っていたのだ。

 そしてそれはすぐに結果として現れる。

 ギンガスパークと青い輝石に残された光が共鳴し、二人を光が包み込んだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「────あれ? ここは?」

 

 気が付くとリヒトは外に立っていた。先ほどまでの灰色の世界ではなく、リヒト達が普段生活している普通の世界。だが街並みがリヒトの知る風景とは違い、直感的にここが日本ではなく海外だと悟る。

 

「海外……だよな? どうして──」

 

 こんなところに? と思った時、

 

 

「待って!」

 

 

 少女の声が聞こえてきた。その声はなんだか聞き覚えのある声であり、リヒトは自然と声のした方に振り返っていた。

 振り返った先にいたのは一組の家族と一人の少女。美しい金色の髪をした少女は目に涙を浮かべながら、黒髪の少年の袖を掴んでいる。

 

「本当に、帰っちゃうの?」

 

「うん。ごめんね、本当はもっとここに居たいけど、帰らなくちゃ」

 

「そんな……」

 

 少女の問いに困った表情をしながら答える少年。そして少年の返答を受けて少女は泣きだしてしまう。少年はより困り顔をして老婆に抱き着く少女に何と声を掛ければいいか、その手が右往左往している。

 ──直感的に、いや、二人の顔を見た瞬間この光景が何なのかすぐに理解した。

 これは『一条リヒト』がロシアから日本へ帰国する、絵里と別れる光景だ。実家の方に帰った時何度も見た幼い自分と絵里の顔。脳裏に浮かんだ写真の顔と、今目の前の二人の顔が一致するのだ。

 

「泣かないでよ、えりー……そうだ! ぼく……うんうん、俺さ、日本に帰ったらダンスを始める! そして絶対にプロになって、またエリーに会いに来るよ!」

 

 力強く宣言する『一条リヒト』。それは周りにいる誰もが驚き、唖然とする宣言だった。特に後ろにいる母親は『え? 聞いてないわよ?』と父親と顔を合わせて何やら会議中。

 そして同時に、ぷ、とリヒトは他人事のように笑ってしまった。

 それはバカにした笑いではなく、堂々と自分の夢を宣言した幼い自分に賞賛の意味を込めての笑み。気持ちがい程の正直なことを宣言した幼い自分は、成長した今の自分にとってとても眩しく見えた。

 

「なら私もプロになる! プロになってリヒトくんと一緒に世界を回りたい!!」

 

「なら約束しようぜ! 一緒にプロになって、一緒に世界を回る! それと、どっちが多くの人を魅了できるか勝負しようぜ!」

 

「うん! 約束する! その勝負も受けて立つわ!」

 

 握手を交わす二人。

 これが『一条リヒト』と『絢瀬絵里』の始まりだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 少年との『約束』をしてから、少女の実力はこれほどまで以上の成長を見せる。周囲が唸るほどの、そして魅了されるほどのバレエは講師の予想をはるかに凌駕し、コンクールで彼女の名前を見ない日などなくなった。

 常にトップに君臨し続ける少女。

 少女のバレエは優雅であり、美しく、時に儚い。

 誰もが呼吸を忘れて見入るそのバレエは、きっと何より本人が楽しんでいるのが一番の魅力だろう。

 その顔には常に笑顔があり、それが彼女の最大の魅力だった。

 

 

 だが、少女のステージは突然終わりを告げる。

 

 

 ある日のコンクールだった。そのコンクールは今まで少女が参加してきたコンクールより大きなものであり上位入賞すればプロの世界に近づくとまで言われている。

 少女はそのコンクールに向けて最善の準備をした。今まで以上の美しさを求め、自分の中で最高のパフォーマンスをするために。

 その日は、自分でもわかるほどの体の調子及び気持ちの面でも絶好調だった。負ける気がしない、というのはこのことだろう。少女は今日の自分は最高の状態であると確信していた。

 そして、その頑固たる自信は──

 

 

 目の前に現れた『天才』により簡単に砕かれた。

 

 

 それは『天才』。

 それが『天才』。

『天才』としか言いようがないほどに、突然現れた少女のバレエは美しかった。

 ──圧倒的にレベルが違う。

 そう少女(えり)は思い知った。

 直感的に、全身が『この人には勝てない』と悟っている。どうあがいても勝てない。これが正真正銘の『本物』。

『努力』で得たモノではなく『最初』から得ていたモノ。

 神が授けし『実力』。それが『天才』。

『天才』のバレエを見ながら少女──絵里は自分の中で何かが砕けて行くのを感じていた。それが何なのかは考えるまでもない。

 それでも絵里はステージに向かった。あの日に誓った『約束』を果たすために。その為の第一歩がこのコンクールなのだ。こんなところで躓けない、『天才』を倒して一歩先に行くのだ──。

 

 

 ──だが、結果は『天才』の圧勝。

 絵里はその手に賞を取ることすらできなかった。

 

 

 それからの絵里のバレエは今までの輝かしいものとは違い、どこか影のあるものに変わっていってしまった。一番の違いはその表情の笑顔から『輝き』が失われていったことだろう。

 絵里のバレエから『輝き』が消えてしまった。それは彼女のバレエにとって致命的なことであり、次第に絵里自身からも『輝き』が消えて行った。今まで何度も賞を取っていたコンクールでは見るに堪えない結果を出したことすらあった。

 講師は『スランプ』だと判断し、絵里にしばらく休養を与えたが彼女が復活することはなかった……。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「…………」

 

 一連の光景を見て、リヒトは何とも言えない感情に言葉を失くしていた。

 これが絢瀬絵里の『始まり』と『終わり』。『夢』に向けて歩みだした彼女の最初で最後の挫折と絶望。

 話には聞いていた。大まかなことは知っていた。だがここまで詳細なことを見てしまうと、勝手に心の中を除いた罪悪感までも浮かび上がってくる。

 

「絢瀬……」

 

 と小さく彼女の名を呼んだところで、

 

 

「きゃあああああああああああ!!」

 

 

 悲鳴が聞こえた。

 リヒトは慌ててそちらの方に振り返ると、何かから逃げるようにして飛び込んでくる絵里の姿があった。相当な恐怖を感じているのか、リヒトにぶつかってもその勢いが収まることはなく、止めることができなかったリヒトは一緒に尻もちを付く。

 

「お、おい、絢瀬?」

 

 震えている絵里の肩を揺すり、涙目の絵里が上を向く。その表情にドキッとするリヒトだが、絵里は気づいていないのか後ろの振り返ると安心したようなため息をついてリヒトの胸に顔を埋める。

 それが余計にリヒトの心拍数を上げるが、さすがにこれは絵里も気づいたのか小さく悲鳴を上げリヒトを押し倒す。

 

「のがっ!?」

 

「あ、ごめんなさい! リヒトくん大丈夫!?」

 

 後頭部を襲う激痛におかしな悲鳴を上げるリヒト。絵里もさすがに突き飛ばしたのは悪かったと思い謝罪と同時にリヒトの後頭部を確認。それほど強く打ち付けていないのかたんこぶはできていない。

 

「ててて、ったく勘弁してくれよ。こっちはもう色々ボロボロだって」

 

「ごめんなさい……」

 

「まぁ、その様子じゃ変な異常は起きてないみたいだな」

 

 絵里の様子を見るにコレと言って特徴的な異変はまだ見受けられない。それはここが絵里の心の中であり、もしかしたら外的異変はあるのかもしれないが、一先ず『心』の方はまだ異常が発生していないと見ていいだろう。なにせ絵里の場合は異例が多かったため、こうして心だけでも無事でいることに少なからず安心していた。

 だからと言って完璧に無事、というわけではない。この後すぐに異変が起こるかもしれないし、こうしている間にも絵里の『体』の方には何かしらの異変が起きているかもしれない。なにせ体の大部分は『柱』に沈んでいるのだから、例え無事でも後遺症みたいなものが残った場合は元もこうもない。

 

(たぶん、これは西木野の時と同じだ。あの時を例とするならここで絢瀬の『心』を救えば、それは同時に絢瀬を救ったことになるけど……)

 

 リヒトは絵里の手を取りながら策を考える。ここが絵里の心の中なのは間違いない、となれば真姫の時同様心に住み付いた『闇』を払えば解決に一歩近づく。

 もう何度もこういったことを経験しているのに、いまだ具体的な解決策を見いだせていない自分に舌打ちしたくなるが、それを飲み込む。ともかく今は絵里の心の強さを証明できればいい。その為に何かヒントはないか……? 

 

「……? どうしたんだよ」

 

 と、そこでリヒトは絵里がリヒトの後方を見ていることに気付いた。

 そしてリヒトもまた聞いてから自分の後ろに何があるのかを思い出し、振り返って確認する。

 そこには先ほどまで見ていた絵里の『始まり』と『終わり』の光景が流れていた。

 

「あー……わりぃ、勝手に覗いちまった」

 

「……うんうん、いいよ。だって半分はリヒトくんも知っていることだし」

 

「…………」

 

 半分、とは『一条リヒト』が帰国する場面のことだろうか。しかし今のリヒトは記憶喪失であるためそのことは覚えていない。

 しかし今ここでそれを言っても先に進むのが遅くなるだけなので、黙っておくことにした。

 

「……絢瀬、お前」

 

「……そう。私は諦めたの。リヒトくんとの『約束』を、『夢』を。何もかも全部ね」

 

 そう語る絵里の姿はどこか寂しそうで、

 

「自分でもびっくりだわ。あの日の私には絶対的な自信があったのに、突然現れた『天才』にすべてを砕かれた。自信も夢も、私、『絢瀬絵里のすべて』を砕かれた。

 ……うんうん、少しウソついたわね。最後のは自分で砕いた。要は自滅したのよ。『天才』というのを肌で感じて、私が目指す世界はそういった人たちの集まりだと悟って、勝手に敵わないと思って……」

 

「…………」

 

「不思議よね、『天才』って普段は何もない普通の人間なの。演技前は普通に緊張していて、普通におしゃれをしていて、『パパ! ママ!』って笑顔で両親の傍にいて……可愛い笑みを浮かべていて。どこにでもいる普通の女の子。

 でも、その瞬間だけ『本物』になる。普通の子は、その瞬間に『天才』になるの。『本物』となって、私達『偽物』を封殺してくる。

 幼心ながら、すぐに思ったわ。『(かみさま)』が与えた『才能』には勝てないって」

 

 しかし、絵里は自嘲気味に笑い、

 

「……そんなの関係ないわよね。本当ならそこで『負けるもんか!』ってなるのが『夢』を追いかけている『本物』の証拠。でもね、私はそこで諦めちゃったのよ。『天才』のバレエに呑みこまれた私は、その後の自分のバレエを失敗。それを引きずってどんどん私のバレエは繊細さを失くしていった。

 そして気が付いたらもう、バレエを辞めてたわ。そして『夢』を諦めた私はリヒトくんに合わせる顔がなくなった。だから私は、バレエの思い出と一緒にリヒトくんのことを忘れたの」

 

 それは違うとリヒトは思った。

 なぜバレエを辞めただけで『一条リヒト』のことまで忘れる必要があるのだ? 

 

「……『一条リヒト』は絢瀬とそのことについて話し合ったんだろ? なら、そこまでする必要はなかったんじゃないか?」

 

「…………」

 

「二人の間でどんな会話があったのかはわからない。でも少なくとも、『一条リヒト』が絢瀬を責めるようなことにはならなかったはずだ。『一条リヒト』だって『夢』を追う難しさは理解している。きっと絢瀬の分まで頑張ることを誓ったはずだ」

 

「ふふっ、記憶はなくしても、そこは変わらないのね」

 

 絵里はリヒトの言葉を聞いて微笑んだ。

 

「そうよ。リヒトくんは私の分も頑張るって言ってくれた。プロはダメでも、一緒のステージで踊ろうって。

 ……違うのにね。私が諦めたのは()()()()()()。バレエ、夢、目標、生き甲斐、すべてを諦めたの。あの日リヒトくんと『約束』したことだけじゃない。()()()()()()()()を諦めたの。そんな私が、()()()()()()()()()()()()()()()に立つ資格があると思う?」

 

「…………」

 

 だからすべてを諦めた罰として、『一条リヒト』のことまで忘れた……。

 それは絢瀬絵里が込める『夢』に対する覚悟から来た結果なのだろう。()()()()()()()()()()()()()ことが、当時どんな思いからその決断をしたのか予想がつく。とてつもない苦悩の末、きっと真面目な彼女だからこそそういった結果を下したのだろう。

 例え本来はそうしなくてもいいはずが、彼女なりのケジメ。それを考えるとなんて言葉を返せばいいのかわからなかった。下手な言葉は絵里の心を踏みにじることになる。それならばこのまま絵里の言葉を認めてしまえばいい、が、それは違うと何度もリヒトの心が訴えている。そもそも誰かの隣に立つ『資格』なんて必要ない。あるとすればそれは『想い』だけ。絵里には『一条リヒト』を想う心があるはずだ。それさえあれば『資格』なんてとうに所有している。

 だがこれはそんな言葉で片づけられるほど、簡単なものではない。

 

「……ねぇ、()()()どんな言葉を私にくれるの?」

 

 儚げな笑みを浮かべて、絵里は涙を流しながらリヒトに問う。

 それは、『一条リヒト』ではなく()()()に向けられた言葉。 

 絵里の心にある『一条リヒト』ではなく、記憶喪失のリヒトに向けられた言葉に、リヒトは静かに息を飲んだ。

 そして──、

 

 

 

「……自分の心に、正直になればいいと、思う」

 

 

 

 絞り出すように答えた。

 

「きみが一番、楽しく、笑顔で過ごせるように。『資格』とか『生徒会長』だとか、そんなことを考えないで、『絢瀬絵里』として、一人の女の子として、自分の心に素直な答えを出せばいいんじゃないかな」

 

 それは、褒められた返しじゃないかもしれない。

 彼女が望む答えじゃないかもしれない。

 それでも、リヒトが絵里に伝えたいのはこの一言だった。

『心に正直になれ』。

 どうも絵里は何かに囚われやすい、生真面目な性格のようだ。幼き日の罰や、今の生徒会長としての立場。様々なものに囚われ、自由に生きてきたことの方が少ないのかもしれない。

 リヒトの見当違いかもしれないが、それでもどこか絵里が窮屈に過ごしている様に感じられた結果、思い浮かんできた言葉がそれだった。

 

「…………」

 

 絵里はリヒトの言葉を受けて下を向いてしまった。

 ぽた、ぽた、と涙が落ちる。

 その姿を見て、やはり返す言葉を間違えたかと思ったリヒトだが、

 

「……そうよね、それが一番よね」

 

 絵里は小さく呟いた。

 そして顔を上げ、

 

「私は、やっぱりリヒトくんとまた一緒に笑いたい。あの子達の様に『夢』を追いかけたい。アイドルを──」

 

 涙をぬぐい、絢瀬絵里としての心を解き放つ。

 

 

 

「アイドルをやりたい!!」

 

 

 

 その一言にリヒトは背筋が震え、魂が震えた。

 あとはその手を掴むだけ。

 

「──ああ。なら行こうぜ! 絵里!!」

 

 二人が手を取り合う。

 その瞬間、眩い光が二人を包み込んで行った──―。

 




次回、いよいよ第9話完結―――。


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