ギンガ・THE・Live!   作:水卵

42 / 75
今回より、第二部が始まります。
まずはその序章の物語。
亜里沙と雪穂を待ち受ける冒険とは……?

3年半ぶりの本編、よろしくお願いします。


第10話 小さき少女たちの冒険
第一章:奇妙な出会い


 [0]

 

 時刻は夜の十時過ぎ。あと二時間ほどで『今日』が終わり『明日』を迎える。

 そして、それは同時に『運命の日』が近づいていることを意味していた。日に日に近づいてくる『運命の日』。当事者ではないのに、どこか緊張しているのはなぜだろうか。

 そんな事を思いながら、絢瀬(あやせ )亜里沙(あ り さ )は窓の向こうに広がる夜空を眺めていた。

 

「亜里沙」

 

 後ろから名前を呼ばれ振り返ってみると、そこには姉の絢瀬絵里(え り )が立っていた。いくら姉妹とはいえ、部屋にノックせず入ってくるような姉ではない。となれば、きっと亜里沙の方がノックに気づかなかったのだろう。

 それを証明するかのように、絵里は不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「ノックしたけど、反応がなかったわよ。何をそんなに夢中になって見てたの?」

 

「ちょっと、夜空を眺めてたの」

 

「夜空?」

 

「うん。友達にね『流れ星が消える前に三回同じ願い事を唱えると、その願いが叶う』っていう話を聞いたから、試してみようと思って。でも……やっぱり東京の空じゃ無理みたい」

 

 亜里沙は残念そうに言いながら、絵里に向けていた視線を窓の方へと戻す。

 窓の向こうに広がっているのは、どこまでも続く黒一色の空。東京の空は街の光の方が強いため、星が見えなくなってしまっているのだ。

 音ノ木町に来たことで姉と一緒に暮らせるようになったのは嬉しかったが、その反面、星が見えなくなってしまったのは亜里沙にとって大きな不満だった。

 

「何をお願いしようとしたの?」

 

「えっと……秘密」

 

「えー、教えてよ」

 

「いくらお姉ちゃんでも、これはダメ。絶対に秘密なの」

 

「……絶対?」

 

「絶対」

 

「……そう。なら仕方ないわね」

 

 そう言って部屋から去って行こうとする絵里だったが、ドアノブに手をかけたところで何か思い出したのか、

 

「あ、そうそう。明日日直なんでしょ? 早く寝なさい」

 

 と、言ってきた。どうやら元々これを伝えるために亜里沙の部屋にやって来たようだ。

 

「あ、そうだった!」

 

 日直当番の人は、朝の職員会議が始まる前に日誌を職員室に取りに行かなければいけない。亜里沙の家から学校まではそう遠い距離ではないのだが、いつもの時間に家を出ると、学校に到着する頃には既に職員会議が始まってしまっている。間に合わせるには家を早く出る必要があり、そのためには早起きをしなくてはいけない。結果、早く寝るという事前準備へとつながるのだ。

 絵里の言葉がなければ、このまま夜空を見つめ続けていたかもしれない亜里沙は、やや慌てた様子で就寝の準備に入る。

 だが、

 

「……ねえお姉ちゃん、最近楽しい?」

 

 ふと、亜里沙は気になっていたことを訊いた。

 

「??? どうしたの? 突然そんなことを訊いてくるなんて」

 

 亜里沙の問い掛けに、やや驚いた様子を見せる絵里。

 

「だってお姉ちゃん、この前までとっても辛そうだったのに、今はとっても楽しそうにしてるんだもん。別人みたい」

 

 絵里の表情が先ほどとは違う驚きに染まる。きっと、妹にそこまで言われるとは思っていなかったのだろう。

 気恥ずかしくなったのか、明後日の方を向きながら訊いてきた。

 

「……やっぱり、わかる?」

 

「うん。すごくわかる」

 

「即答ね……そっか、うん。亜里沙の言う通りよ。私は今とっても楽しいわ」

 

 そう言って笑顔を見せる絵里は、幼い頃亜里沙がよく見ていたもの──大好きなお姉ちゃんの笑顔だった。

 

「見ててね、亜里沙。私──いいえ、『私たち』の姿を」

 

「うん。オープンキャンパス楽しみにしてる」

 

「ありがとう」

 

 おやすみ、と言って絵里は部屋から去って行った。

 絵里の姿を見送った亜里沙は再び視線を夜空へと向ける。

 しかし、いくら見つめてもそこにあるのは真っ黒な夜空だけだった。

 

「……仕方ないよね」

 

 見えないなら仕方ない、と考え亜里沙は気持ちを切り替えた。例え星が見えなくても、そこに星はあるのだ。その星に向かって祈りを捧げればいい。

 亜里沙は両手を合わせた。その姿は、まるで協会で祈りを捧げるシスターのようである。

 願うことはただ一つ。

『オープンキャンパスの成功』、それだけだ。

 姉の通う学校は、今廃校の危機に瀕している。年々入学者が減って行き、今年入学した新一年生は『一クラス分』しかいなかったと聞く。この結果を見て、学校側は今週末に開かれるオープンキャンパスの結果次第で廃校を決定させると決めたのだ。

 絵里は『生徒会長』として廃校を阻止するために活動してきた。だが、その姿はまるで自分を押し殺しているようであり、とても苦しそうに見えていた。

 そんなつらい毎日を送っていた姉が、ここ最近はとても楽しそうに過ごしている。きっと自分が心の底からやりたいことで、学校を救おうとしているのだろう。

 だから成功してほしい。過去を乗り越えて、もう一度夢に向かって歩んでいる姉が今度こそ『夢』を掴み取ってほしい。そんな思いを込めて亜里沙は毎日祈りを捧げていた。

 

「──よし」

 

 祈りを終えた亜里沙はカーテンを閉めようと手を伸ばす。

 ──その時だった。ちょうど亜里沙の視線が空に向かった時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──え?」

 

 一瞬、頭が真っ白になった。東京の夜空は星が見えない。それはここ最近で嫌というほど思い知らされたことだ。

 それなのに、今亜里沙の目の前には流れる星がある。いや、流れるというよりは()()()()()()と言った方が正しいのかもしれない。

 とにかく、垂直に落下している謎の光があったのだ。

 何かの見間違いか? そう思って目を擦ってもう一度視線を向けてみると、そこには一面真っ黒の夜空が広がっていた。

 

「今のは……」

 

 何だったのだろうか? そんな疑問が亜里沙の頭の中を埋め尽くしていた。

 

 

 

 [1]

 

 

 翌朝。日直当番である亜里沙は、いつもより早い時間に家を出た。正門のところで、もう一人の日直当番と合流し、昨日話し合った通り亜里沙が職員室へと向かう。職員室に日誌を取りに行き、先に教室に向かったもう一人が空気の入れ替えをする。本日の時間割を記入して、朝にやる仕事を一通り終えれば、あとは普段通りにやってくるクラスメイトを待つのみだ。

 そして、親友の高坂雪穂(こうさかゆきほ )がやって来たところで、亜里沙はさっそく昨晩見た『落ちる星』のことを聞いてみた。

 

「落ちる星?」

 

「うん。流れ星じゃなくて、本当に落下してるみたいな星。雪穂は見てない?」

 

 雪穂は昨晩のことを思い出しているのか、「うーん」と少しうなった。

 

「それって十時過ぎぐらいの時間なんだよね? 確かその時間は……雑誌を読んでたから、そもそも空を見てなかったかも」

 

「そっか……」

 

「私以外には聞いたの?」

 

「うん。でも、みんなそんなのは見てないって」

 

 雪穂以外にも、クラスメイトの何人かに同じことを訊いては見たものの、返答はどれも『見ていない』の一言だった。

 

「なら、亜里沙の見間違いじゃなかったの? もし亜里沙以外にも見た人がいたなら、話題になってるはずだよ」

 

 言われてみればそうである。これほど記憶に焼き付いているのだから、ほかに見ている人がいれば話題になるはずだ。それこそ、流行の話題に敏感な学生──さらい言うならその中の女子──ならなおさらだ。それに、星の見えない東京の町で、落下する星が見えた。これだけで相当な話題性を持っている。

 それなのに、亜里沙以外にこの話を口にしている者はいない。雪穂の話によればテレビやネットニュースにもなっていないようだ。SNSにすらそれらしき書き込みは見当たらない。

 ならば、昨晩見たアレは一体何だったのか? そんな疑問が残る中、朝のホームルームの開始を知らせるチャイムと、担任教師が教室のドアを開いたのは、ほぼ同時だった。

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 日誌に今日のまとめを記入し、窓に鍵が締まっているかを確認して、亜里沙は職員室へ向かった。職員室にいた担任に日誌を渡し、一礼をして廊下で待ってくれている雪穂の元に急ぐ。

 

「雪穂ー!」

 

 と、声をかけながら雪穂の元へ行く亜里沙。二人は途中まで一緒の帰り道であるため、よくこうして一緒に帰っているのだ。帰り道に話す内容はその日にあった出来事や、これから先にある学校行事など他愛のない事が多いが、最近は決まってスクールアイドルのことを話す。

 やはりお互いに姉を持ち、その姉が同じ学校、同じスクールアイドルに所属しているからだろう。加えて、いよいよ音ノ木坂学院の運命を決める『オープンキャンパス』の日が迫っていることも大きい。

 

「それでね、お姉ちゃん毎日がすっごく楽しそうなの。いつも笑顔でいるんだ」

 

「そんなに? ちょっと大げさじゃないの」

 

「そんなことないよ。雪穂も見たらびっくりすると思う」

 

「本当?」

 

「本当に! 絶対に!」

 

 ここ最近の亜里沙は、決まって姉の事を話す。

 とても楽しそうに。

 とても嬉しそうに。

 そこにはきっと、雪穂が抱いてしまっている『絢瀬絵里』のイメージを良くしたいという思いがあるのだろう。

 なぜなら、雪穂が会ったことのある絵里は『生徒会長として』学校の廃校を阻止するために奮闘していた時期であるため、常に眉間にシワを寄せ難しい顔をしていたのだ。いつもピリピリとしていて、尖った雰囲気を纏っていたその姿は、妹である亜里沙から見ても、とても冷たい印象だった。身内の亜里沙がそう感じていたのだから、雪穂はもっと刺々しいものを感じていたかもしれない。

 しかし、今の絵里は自分の心の底から『やりたいこと』をやっている。だからその姿は、はっきり言って前とは別人だ。だから、きっと今の絵里を見れば、雪穂が抱く『絢瀬絵里』のイメージが一気に変わるはずだ。それを伝えたいのだろう、と雪穂は思っていた。

 でも、心配はいらない。亜里沙の伝えたい思いは、しっかりと雪穂に届いている。

 だからだろうか。

 あまりにも活き活きと語る亜里沙を見ていて、ついこんなことをつぶやいてしまった。

 

「──ほんと、亜里沙はお姉さんの事が大好きなんだね」

 

「うん、大好き! 雪穂は違うの?」

 

「え?」

 

 独り言のつもりでいたのに、どうやら聞こえていたらしい。

 亜里沙はその青い瞳で雪穂の目を見て言う。

 

「雪穂は穂乃果さんのこと、好きじゃないの?」

 

「…………」

 

「雪穂?」

 

「………………私、亜里沙のそういうところは、本気ですごいと思ってる」

 

 くるりと、雪穂は亜里沙から視線をはずしてそんな事を言った。

 ──一体何が凄いのだろうか? 亜里沙の方からでは雪穂の表情が見えないため、先程の言葉に込められた真意を知ることができない。気になった亜里沙は雪穂の表情を見ようと先回りを試みるが、その途中、視線の片隅に映った『あるもの』が気になった。

 

「何、あの子……」

 

 亜里沙が視線を向けたのは、帰り道の途中にある公園。以前、絵里と海未が意見をぶつけ合ったことのある公園だ。

 

 

 

 その公園に、ひとりの少女が立っていた。

 真っ白い少女。

 

 

 

 比喩ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 よく『雪のように白い肌』と言われる人がいるが、それはあくまできれいな肌の例え方であって本当に白い訳ではない。

 しかし、今亜里沙の目の前にいる少女は()()()()()()なのだ。まるで人形のように白い少女。純粋な白。純白の白。そう言っても過言でないほどの『白』がそこにいた。

 その人形めいた白い少女は、普通であれば薄気味悪い存在だろう。

 しかし、

 

「ハラショー……」

 

 亜里沙の口から漏れたのは賞賛の言葉だった。それは、薄気味悪さを全く感じないほどに、少女の白が美しかったからだ。

 ──きっと、汚れのない『白』というのは、あのような『白』を示すのだろう。そう思えるほどに、少女の『白』は今まで見てきた『白』の中でも飛びぬけて美しかった。

 唯一の例外は赤い瞳だけ。だが、この赤い瞳もきれいな赤色をしており、『白』と合わさってよりその美しさを高めていた。

 そのあまりにもきれいな存在に、亜里沙は一瞬にして虜になった。

 

「…………」

 

 もはや、言葉を発することさえ忘れた。息をのみ、目の前の『白』すべてに視線を注いでいた。まるで目に焼き付けるかのように、瞬きも許さないほど見つめていた。

 やがて、次第にその『白』は亜里沙の見えるもの、感じ取れるものすべてを埋めていく。その白を見つめているだけで、だんだんとほかの風景が色褪(いろあ )せて、そして──。

 

 

 亜里沙の視界から周りの風景が消える。

 亜里沙の認識から、少女以外のすべてが消える。

 まるで、今世界にいるのは亜里沙と少女だけのような感覚。それ以外には誰もない、何もない。

 

 

 そういう感覚に陥った。

 

「────」

 

 少女が亜里沙の視線に気づいたのか、こちらに視線を向けてくる。

 交差する亜里沙と少女の視線。

 赤い瞳が亜里沙を見つめる。

 それだけで、亜里沙の意識がゆっくりと溶け始めた。ゆっくりと、まるで深い海の中に沈んでいくかのように亜里沙の意識が薄れていく。頭の片隅で何か危険な予感を感じているが、それを機に売るほどの思考はもう残っていなかった。

 ──白い少女が笑った。亜里沙にやさしくほほ笑みかけるように。

 そして、その微笑みが亜里沙の中の()()を断ち切った。

 

「……………………」

 

 一歩、足が前に出る。

 二歩、まるで神秘の光に吸い寄せられるかのように、足が自然と少女へと向かう。

 三歩、手を伸ばし、その『白』に触れようとする。

 四歩、五歩、六歩と、ゆっくりではあるが止まることなく、一歩一歩白い少女に向かって進んでいく。

 そんな亜里沙を、『白い少女』はほほ笑みながら待っている。両手をやや広げ、駆け寄ってくる最愛の息子を待つ母親のように。慈悲深く、すべてを受け入れるかのような雰囲気を漂わせながら、亜里沙を待っている。

 そして、亜里沙の足が公園の敷地を踏もうとしたところで、

 

 

 

「亜里沙」

 

 

 

 雪穂が亜里沙の肩をたたいた。

 

「──え? 雪穂?」

 

 肩をたたかれたことで、先程まで薄れかけていた意識が戻ったのか、気の抜けた様子で振り返る亜里沙。

 

「どうしたの? 急に公園に向かって歩き出して。公園に何かあった?」

 

「うん、それが──え?」

 

 公園に視線を戻した亜里沙は驚きに襲われた。

 

 

 

 公園にいたはずの白い少女の姿が、どこにもなかったのだ。

 

 

 

 左右に視線を振ってみる。

 しかし、少女の影はない。

 

「ねえ、雪穂。今、あそこに女の子がいたよね?」

 

 確認のために雪穂へと問うが、

 

「??? 誰もいなかったよ」

 

「え……」

 

 返ってきた言葉に亜里沙は耳を疑った。

 

「白い服を着て、髪も肌も全部白い女の子だよ? さっきまでそこにいた真っ白な女の子!」

 

「だから、誰もいなかったよ」

 

 詰め寄る亜里沙に、困惑した表情で答える雪穂。その様子から嘘をついているわけではなく、本当のことを言っていることがわかる。

 つまり、この公園には最初から誰もいなかったということになる。

 ──いや、それはおかしい。あの見ただけで虜になる少女が、はじめからいなかったというのか。人形のように美しく、普通であれば薄気味悪いはずが、逆に美しさしか感じられなかったあの少女が。

 ありえない。絶対にいたはずだ。今も亜里沙の脳裏にははっきりと残っている。あの美しい『白』に、気づかないはずがない。

 

「────!」

 

 気が付けば走り出していた。後ろから雪穂の声が聞こえてくるが、それを無視して公園へと足を踏み入れる。先ほどまで少女がいたあたりで止まり、周囲を見回す。

 しかし、どこにも白い少女の姿はなかった。立ち去った痕跡すら見当たらない。

 

「…………」

 

 少女は一瞬の隙に消えてしまった。まるで最初からそこにはいなかったかのように。

 しかし、さっきまではたしかにいたのだ。亜里沙のすべてが引き寄せられる、そんな雰囲気をまとった少女が見間違いだったというのか。

 ──なに? なんだったの? 

 分からない。それと同時に小さな恐怖が亜里沙の中で生まれつつあった。

 もし仮に、見間違いだったとしたら、なぜあんなにはっきり見えたのか。なぜあんなにはっきりと存在感を感じ取れたのか。

 分からない。一つの疑問から徐々に大きな恐怖へと変わっていく中、ふと亜里沙の脳裏に昨日の夜に見た『落下する星』が浮かび上がった。一瞬だけ目を離した隙に消えてしまった、白い輝きを放ちながら落下していく星。

 白い少女と同じように、一瞬で消えてしまった星。

 

「……そういえば、あの星の落ちた先って」

 

 亜里沙の脳裏に、家の窓から見える風景が浮かび上がる。その風景には、この公園が含まれていた。

 

「…………」

 

 亜里沙の中で少女と星が重なった。その瞬間、何だか分からないもやもやとした感覚が生まれた。具体的に何なのかは分からないが、何かあると亜里沙の貯圧巻が感じ取っていた。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、後ろの方を振り返る。

 おそらく、今亜里沙の後ろに何かある。その正体は分からないが、何か、大きなものが後ろにあることは確かだ。もしかして、さっきの少女が後ろにいるのか。

 そんな希望と未知のものだった場合の不安が入り混じる中、亜里沙は振り替えった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 突然公園の方を向いて止まったかと思えば、『白い女の子がいた』と言い出し、そしてまた公園内にある茂みに向かって歩き出す亜里沙。

 今までも何回か亜里沙の突拍子もない行動に巻き込まれていた雪穂だったが、今回ばかりは何か違う気がしていた。

 その根拠は、

 

「亜里沙、何を探してるの?」

 

「…………」

 

「……? 亜里沙?」

 

「…………」

 

 雪穂の呼びかけにまったく反応しないことだ。

 ──まただ。さっきも何度呼びかけても反応しなかった……一体どうして? と雪穂は怪訝に思っていた。亜里沙の性格を考えても、わざと無視しているとは考えにくい。そうなると、本当に聞こえていないという事になる。

 ──どういう事? そんな疑問が雪穂の中で浮かび上がった。

 一方、亜里沙の方は茂みをかき分けながら何かを探している様子だった。といっても、公園の茂みはそう大きくない。雪穂が考え事をしている間にソレは簡単に見つかった。

 

「……? 大きい、卵?」

 

「……なに、これ」

 

 亜里沙に続いて雪穂もソレに目を向けると、まず初めに抱いたのは疑問、そして次に困惑だった。

 茂みの中にあったのは、直径約六十センチ以上の卵のような形をしたカプセル。なにやらふさふさとした羽毛のようなもので全体が覆われており、上半分は黄色、下半分は乳白色に分かれている。そして、中央よりやや上の黄色の部分には『目』に見えるようなパーツが、下部分には赤いボタンが付いている。

 テレビ撮影か何かで使われるものだろうか。しかし、最近ここ周辺でテレビ撮影が行われたという話も、これからあるという予定も聞いていない。もし仮に卵だとしても、このサイズを産む生物が野放しにされているはずがないし、何よりボタンが付いている時点で本物だとは到底思えなかった。作り物と考えるのが妥当だろう。

 となれば、ネットに動画を上げている人たちが作り、仕掛けたドッキリか。その場合、見つけた時点で撮影者が出てくるはずだが、それらしき人影はない。つまりこの可能性も違うことになる。

 しかし、作り物と断定するには、次に感じた『困惑』が邪魔をしていた。

 

「何だろう。雪穂、これが何か分かる?」

 

「いや、私も分からないから」

 

(作り物……にしては妙にリアルだよね)

 

 作り物には作り物故の『質感』というものがある。もしこれが人の手によって作られたものであるならば、隠すことのできないチープな感覚などがあるはずだ。しかし、このカプセルから感じるのは作り物にはない『リアルな質感』。作り物がリアルに見える『職人技』とは違う、()()()()()()()()()がそこにあるのだ。

 これが、雪穂に大きな疑問を与えていた。作り物だと脳では思っているのに、視界からの情報がそれを否定する。これによって雪穂の脳は軽いパニックに陥っているのだ。

 しかし、亜里沙の方はあまり深く考えていないのか、最初は困惑した様子だったのに、次第にその瞳が好奇心に変わっていく。

 そして、その視線は主張の強い赤いボタンへと注がれる。

 

「このボタン……」

 

 亜里沙の手がボタンへと伸びる。

 

「──っ!? 待って! 亜里沙!!」

 

 雪穂はなんだか嫌な予感がして咄嗟に声を上げるも、亜里沙の指は吸い込まれるように赤いボタンの表面に触れた。

 そして、ポチッと、軽い音を立てて沈んだ。

 

「…………………………………………」

 

「…………………………………………」

 

 雪穂は目の前でボタンが押されてしまったから、亜里沙は次に何が起こるのか分からない好奇心から、僅かに時間が止まったような感覚に陥る。

 それは一秒にも満たない時間の経過であるが、二人にとっては少し長い時間に感じられた。

 そして──。

 

 

 

 ──パカッ! と勢いよくカプセルの白い部分が半分に割れ、開いた。

 

 

 

「っ!?」

 

 緊張が雪穂の体に走る。

 ──赤いボタンが押された。カプセルが開いた。

 なら、次に起こるのはなんだ? 

 爆発か? 

 いや、爆発はない。

 被害が発生するようなことは起きていない。

 ならば何が起きたのか。緊張した様子で次に起こることを二人が待っていると、

 

「パム~」

 

『……へ?』

 

 なんとも可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。

 

「パ〜ム〜」

 

 カプセルの中から現れたのは、黄色い毛並みの小動物だった。身長はそれほど大きくなく、カプセルの半分ほどの大きさから考えるに約三十センチほどだろう。まだ意識がはっきりとしていないのか、その目は半開きだ。転寝(うたたね)をしているかのように、首がこくんと下に落ちる。

 その姿はなんとも可愛らしいのだが、一点だけ雪穂は別の意味で絶句していた。

 なぜなら、その小動物の外見は、雪穂が知る()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。横に尖った長い耳に大きな青い目。そんな容姿をした小動物を雪穂は知らない。ましてや、カプセルから生まれてくる生物を雪穂は知らないのだ。

 故に、雪穂の思考がゆっくりと動き始め、次に発する言葉──悲鳴が喉まで上がってくる。しかし、それよりも先に、

 

「可愛い!!」

 

「パム!?」

 

 亜里沙の方が早かった。小動物の可愛さに心打たれた亜里沙は、瞳を爛々と輝かせて小動物へと近づく。

 小動物の方は先ほどの亜里沙の声にびっくりしたのか、半開きだった目がバッチリ覚醒していた。

 

「ん〜! 近くで見るともっと可愛い!」

 

 完全に虜になっている。

 傍から見ている雪穂はそう思った。

 小動物の虜になった亜里沙は早速触れ合おうとその手を伸ばす。

 しかし、

 

「パム!」

 

「痛っ」

 

「亜里沙!?」

 

 小動物が頭突きで亜里沙の手を攻撃した。

 攻撃されるとは思っていなかった亜里沙は、手の甲を押さえながら困惑の表情を浮かべる。

 

「どうして……」

 

「いきなり触ろうとしたんだから当たり前だよ。それに上から手を伸ばされると怖いんだよ」

 

 そう言ってのは亜里沙の後ろにいた雪穂だった。振り返ってみると、苦笑いを浮かべている。

 雪穂から見れば、今の光景は昔自分が体験したことと全く同じ光景だったのだ。近所の犬と初めて触れ合った時、今の亜里沙と同じく手を伸ばした。当然、頭上から手を伸ばされた犬は怯え、吠えた。びっくりして尻餅をついてしまったのは秘密だ。

 

「こういう時は、まずは顎とかしたから手を差し伸べるといいよ」

 

「下から……」

 

 雪穂のアドバイスのもと、改めて小動物へと向き直る亜里沙。どうやら先ほどのことで警戒されてしまったらしく、亜里沙を威嚇している。これではまず手を伸ばそうにも伸ばせない。

 そう思った亜里沙は、まずは警戒心を解くために微笑みかけることにした。

 

「ごめんね、びっくりしちゃったよね。でも大丈夫。亜里沙はあなたに危害を加えるつもりはないから」

 

「…………」

 

「亜里沙はあなたと仲良くなりたいの。ね?」

 

 そう言って、亜里沙は再びその手を伸ばす。

 しかし、その手は小動物を触ろうとはしない。伸ばした手は小動物に触れることなく、その前で止められる。

 待っているのだろう。小動物側から触れてくれるのを。それが自然とできるあたり、亜里沙のすごいところだなと、雪穂は思っていた。

 小動物の方は、差し出された手と亜里沙の顔を交互に見比べている。

 やがて、ゆっくりとその顔を亜里沙の手へと近づけていく。

 そして、亜里沙の手と小動物の頭が触れ合うのだった。




ほとんどの人が、あの鳴き声で小動物の正体がわかったのではないでしょか。
名付けは次回になりますが、そのまんまなのです。

それでは、また次回……。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。