ギンガ・THE・Live!   作:水卵

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第二章:その子の名前は

 黄色い毛並みの小動物が、亜里沙に心を開いた。その光景はとても美しく、亜里沙の容姿の影響下、まるで一枚の絵画のように見える。

 女神のような笑みを浮かべながら、なつき始めた小動物を、優しく撫でる亜里沙。

 なんとも美しい光景に、雪穂は心を奪われた。

 

(──はっ! 違う! そうじゃなくて!)

 

 思考を現実へと戻し、頭を抱えた。

 今一度冷静になろう。まずは現状の把握だ。

 雪穂と亜里沙は、学校の帰りに公園に立ち寄った。そこで亜里沙が何やら大きな卵型カプセルを発見して、それについていた赤いボタンを押したら卵が割れて、中から明らかに地球上の生物ではない小動物がこんにちわ。

 

(おかしな点しかない! なんで!? なんで亜里沙は普通にしているの!? この状況に疑問を感じているのは私だけ!?)

 

 雪穂の頭の中は絶賛混乱中だった。無理もない。目の前で起こっている状況は、普通であれば疑問しか浮かんでこない状況だ。

 それなのに、亜里沙は何も疑いを感じることなく普通にしている。まるで道端で子猫や子犬と触れ合うかのように、初めて目にする小動物と触れ合っている。

 混乱しているのは雪穂だけ。

 幸い、公園にふたり以外の姿は見当たらず、人が近寄ってくる気配もない。

 それつまり頼れる人が周囲におらず、この状況を自分ひとりの判断でどうにかしなくてはいけないことを意味しているのだが、仮に誰かいた場合、それはそれで大ごとになるはずなので、結局、どっちに転んでも雪穂が苦労することにかわりなかった。

 

(と、とにかく! まずは亜里沙に一旦状況の説明を──)

「──わあ! すごい! 空を飛べるのね!」

「え?」

 

 突然聞こえてきた亜里沙の言葉に耳を疑った。

 空? 飛べる? 亜里沙は何を言っているのだと思いながら、ゆっくりと視線をそちらに向けると、

 

 

 

 そこには、背中にある小さな羽を羽ばたかせて空に浮かぶ小動物の姿があった。

 

 

 

「……………………きゅう」

 

 そんな可愛らしい悲鳴を上げ、雪穂は一旦思考を放棄した。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 ──神田明神・境内。

 竹箒を手に掃除をしているのは、ここ神田明神で働く男性、(さかき)奉次郎(ほうじろう)だ。奉次郎はあらかたの掃き掃除を終えると、その手を止めて一息をつく。

 初夏を感じる空を見上げながら、穏やかな一日だな、と思った。

 先日、孫がこの町で暗躍している闇の者を倒し、安息が戻ってきたのが大きいだろう。その日以降闇の波動を感じることもなく、平穏な日々が流れている。

 

(さーて、今晩の夕飯は何にするかのう)

 

 と、呑気なことを考えてはいるが、先日まで一緒に暮らしていた孫が家に帰ってしまったため、若干の寂しさを感じている奉次郎。あの広い家に老人一人ではいささか寂しいものなのだ。

 

「──奉次郎さん!」

 

 そんな時、悲鳴にも似た声で呼ばれた。

 果て、客人の予定はあったかな? と考えながら振り向くと、

 

「…………」

 

 こちらに向かってくる少女の腕に抱かれている小動物を見て、奉次郎は静かに『平穏』にさようならを告げるのだった。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 場所は変わって榊家の裏庭。

 案内された雪穂は縁側に腰を下ろして、奉次郎が差し出したお茶を飲みながら、ここに来るまでにあったことを語った。その目の前では、亜里沙と例の小動物が遊んでいる。

 榊家の裏庭は周りを塀で囲まれているため、飛ぶ高さに気をつければのびのびと遊べるスペースが十分にあるのだ。

 雪穂の話を聞き終えた奉次郎は、裏庭で遊んでいる亜里沙と例の小動物を見つめながら、

 

「なるほどのう……それでどうしていいかからずワシのところに来た、と」

「はい……」

「むぅ……頼られるのは嬉しいが、さすがに予想外すぎじゃの」

「お願いします! 頼れるのは奉次郎さんしかいないんです!」

 

 両掌を合わせ、懇願(こんがん)する雪穂。もう頼れるのは奉次郎しかいないと言った様子だ。最も、奉次郎以外に雪穂の持ってきた問題を解決できる者はいないだろう。そのため、奉次郎には『イエス』と答える選択肢しかない。

 

「それに奉次郎さん、こういうのに縁がありますよね!?」

「……もしかして雪穂ちゃん、ワシについて回っとる『噂』を本気にしとるな?」

 

 雪穂の言葉に苦い顔で返す奉次郎。

 

「火の無い所に煙は立たぬ……って、言いますよね?」

「ずいぶんやけになっとるの」

「それぐらいこっちはいっぱいいっぱいなんです!」

 

 それはもう後には引けない、窮地に立たされた人間が放つ迫力だった。噂、などという眉唾物に頼りたくなるほどに、雪穂の頭は限界を迎えていたのだろう。

 ──榊奉次郎には様々な『噂』がついて回っている。

 それは奉次郎自身も知っており、ちょうど神田明神にて働き始めた辺りから耳にするようになった。

 確か、最初は『霊感が強い』程度のことだったはず。それが次第に飛躍していき、『霊が見える』、『霊と戦ったことがある』、『不思議な力が使える』、『この世ならざるものと会話ができる』となっていき、最終的には『榊奉次郎はこの世の者ではない』と噂されるにまでなった──あながち間違っていないのが気になるところだ──。

 普通であれば作り話として聞き流されることなのだが、目の前に理解できない怪異が起きれば、その噂にわずかな信憑性が生まれる。そうなれば、頼りたくなるのも自然な流れだろう。

 しかし、奉次郎が気になるのは他のところだった。

 

(どういうことじゃ? 闇の刺客は倒したと聞いたが……)

 

 先日、神田明神でアルバイトをしている東條希から聞いた話と、目の前で起こっていることに差異があり困惑する奉次郎。希の話では、これまで暗躍していた闇の刺客である『ローブ男』は消えたと言っていた。なんでも先日の戦いにて、リヒトの目の前で消えたらしい。らしい、というのは希もリヒトからそう聞いたためはっきりと見てはいないのだ。

 とは言え、ここ最近闇の波動を感じていないことなどから、総合的に見れば闇の刺客は消えたと判断してもいい。それなのに、今目の前に明らかに地球上の生物ではない見た目をした生き物がいる。これは新たな闇の刺客が動き出した、と考えられるが、もしそうなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(神田明神には『イージスの力』が眠っておる。もしあの生き物が闇の勢力ならば、絶対に入れんはずじゃ……それを入ってきたということは、闇の勢力ではない?)

 

 神田明神の地下には光の力の象徴である『イージスの力』が眠っている。この力によって『闇』の力を持つ者は神田明神に入ることはできないのだ。

 ならば『光の勢力』というのだろうか。ウルトラマン以外にも『光の勢力』として戦った怪獣がいると、『ティガ伝説』には記載されている。目の前にいる小動物もそうなのかもしれない。

 

(じゃが、ならばなぜ今なのじゃ? 何かしらのタイミングがあるのか……それとも)

「奉次郎さん?」

「ん?」

 

 名前を呼ばれ、見てみれば不安そうな表情を浮かべた雪穂の姿があった。

 

「急に黙り込んで、どうかしたんですか?」

「いや、ちょっと考えことをしていただけじゃ」

「考え事ですか」

「うむ。あの小動物は一体──」

 

 

「──ハネジロー! おいで〜!!」

 

 

「「ん?」」

 

 突然聞こえてきた声に奉次郎と雪穂は顔を見合わせて首を傾げた。

 声がした方に視線を向けると、そこにいるのは亜里沙と例の小動物。亜里沙が両腕を広げて、飛び込んでくる小動物を待っている。小動物は器用に空を飛び、亜里沙の胸に飛び込んだ。

 

「上手に飛べるようになったね! えらいえらい」

「パム!」

 

 そう言って小動物の頭を撫でる亜里沙。すると、雪穂と奉次郎の視線に気づいたのか、パチリと瞬きをしてふたりの方を見た。そして小走りでふたりの元に向かう。

 

「ねえ雪穂! 見てた? ハネジロー、上手に飛べてたよね?」

「ハネ、ジロー……?」

「うん! この子の名前!」

「ハネジロー」

「そう、ハネジロー。羽が生えてるから!」

「…………」

 

 それはどうなのだろう、と喉まで出かかった言葉を飲み込む雪穂。安易ではあるが、亜里沙に抱えられている小動物はご満悦。むしろ気に入っているようにも見える。

 

「いい名前を付けたのう」

「本当ですか!? やったね! 名前を褒められたよ、ハネジロー」

「パム!」

 

 喜ぶ亜里沙とハネジローを微笑ましく見守る奉次郎。

 

(うむ……やはり見た目は地球上の生物に該当しないのう。わしが知らぬだけ、といういことあるじゃろうが……)

 

 いくら考えたところで、ハネジローと名付けられた小動物の正体に見当もつかない。

 そんな傍で、亜里沙は奉次郎が用意したフライングディスクを手に取ろうとしていた。

 奉次郎は慌てて声をかける。

 

「おっと、待つのじゃ亜里沙ちゃん」

「?」

「もうそろそろ日が沈む時間じゃ。ふたりはそろそろ帰った方じゃいいじゃろ」

 

 奉次郎につられてふたりは視線を空へと向ける。

 オレンジがかった空。いつの間にか日が沈みかけているのだ。

 

「もうこんな時間経ったんだ……」

「楽しい時間はあっという間じゃからの」

「あっ……」

 

 亜里沙の口から寂しそうな声が漏れた。

 家に帰るということは、ハネジローと一旦別れなければいけないということだ。それがとても寂しい。

 そこへ、奉次郎がしゃがんで亜里沙と目線を合わせてきた。

 

「ハネジローはワシが責任を持って預かろう。なあに、また明日くればいい。ワシの方でしっかり時間を確保しておくからの」

 

 約束じゃ、と奉次郎は付け足した。

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 ハネジローを預かり、雪穂と亜里沙を見送った奉次郎は、自宅の空いている部屋に簡単な寝床を作っていた。

 

「もう少しで完成するからのう」

 

 小皿に乗ったピーナッツを食べているハネジローに向けてそう言った。よほどお腹が空いていたのだろうか。小皿に乗ったピーナッツはみるみるなくなっていく。

 

「よし、できたぞ」

 

 奉次郎の声に反応して、小皿から顔を上げるハネジロー。テクテクと音が聞こえてきそうな可愛らしい足取りで、奉次郎が作った寝床に向かう。

 匂いを嗅いだり、一歩だけ足を入れてみたりと、それが安全なのかを確認するかのような動作をする。

 

「安全じゃよ」

 

 つい、言葉に出てしまう奉次郎。その言葉を聞いいたハネジローは、奉次郎を一度見てから寝床に着く。しばらくして、瞳を閉じたハネジロー。すやすやとして寝息が聞こえてきた。

 雪穂の話では、今日卵から孵ったと言ってもいい状況から、さっきまで亜里沙といっぱい遊んだ。疲れが溜まっていて当然だろう。

 奉次郎はその場を後にする。居間に移動した奉次郎は書物部屋から取ってきた『ティガ伝説』の古文書を開く。

 

(……んー、文字だけではわからぬ、か)

 

 古文書に書いてある文に目を通したが、ハネジローに関係するような記述は見当たらない。

 

(警戒は怠らず、見守るしか今のところは手がないのう)

 

 念のため、孫に連絡を入れようと廊下にある固定電話に向かうのだった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 ──ハネジローがやって来て、三日が経った。

 その間、奉次郎が『闇の波動』を感じることも、怪獣が出現することも、ハネジローが突然変異して暴れだすということも、新たな小動物がやってくるということもなかった。

 そう、何も起こらなかったのだ。

 何も起こらず、平穏で、平和な日々がただ流れていっただけだった。

 変わったことといえば、初夏が終わりいよいよ夏がやって来た程度のこと。そろそろエアコンの出番がやってくる。

 

「ハネジロー! 行っくよー!」

 

 榊家の裏庭では、今日も亜里沙の元気な声が響く。

 その様子を縁側に座って雪穂が見守るのが、ここ最近の決まった光景。

 

「亜里沙ちゃんは今日も元気じゃの〜」

 

 氷とお茶を取りに行っていた奉次郎が帰ってくる。

 雪穂はグラスを受け取りながら、

 

「学校でも、いつも早くハネジローと遊びたいって言ってますよ」

 

 と、言った。

 

「今じゃもう、亜里沙の生活の一部ですよ」

「なるほどのう」

「奉次郎さんの生活の一部にもなってませんか?」

「なっとるわい。まあ、孫がいなくなって寂しい老人にはちょうどいい相手じゃよ」

 

 雪穂の隣に腰を下ろし、一緒にハネジローと亜里沙を見守る奉次郎。

 亜里沙とハネジローは奉次郎が用事したフライングディスクで遊んでいる。

 

「雪穂ちゃんは、一緒に遊ばんのか?」

 

 ふと気になったことを奉次郎は訊いた。

 

「……私は、いいかな」

 

 と、少し寂しそうに雪穂は言う。

 

「なんだか、あのふたりの間に入れる気がしなくて……」

 

 そう言って、亜里沙とハネジローを見つめる雪穂。奉次郎もつられて視線を向けると、確かにと心の中でうなずいた。

 ハネジローと遊ぶ亜里沙の表情はとても楽しそうだ。心の底から、この瞬間を楽しんでいると、第三者からでも分かるほどに。ペットと飼い主の関係よりも強い信頼関係が築かれていると、よく耳にすることがあるが、まさにそれと同じことが起きている。

 だからだろう。そこには、ふたりだけの空間が出来上がってしまっているのだ。それこそ、他者が入り込むのを躊躇うほどに。あの空間に『入れて』と言うのは、なかなかにハードルが高いことである。

 

「それに私は……亜里沙と違って、まだ……」

 

 その言葉の続きを雪穂は濁した。

 だけど奉次郎には、その続きがなんとなくわかった。

 きっと、雪穂はまだハネジローに対して抵抗があるのだろう。地球上の生物の外見をしておらず、カプセル型の卵から現れた未知の生物。真面目ば雪穂だからこそ、亜里沙のように早い段階で打ち解ける事が出来ない。そのことを引け目に感じているのだろう。

 

「雪穂ちゃん──」

 

 と、奉次郎が声をかけたところで、家のチャイムが鳴り響いた。

 

「はて? 宅配便かのう」

 

 来客の予定はなかったはずだ。宅配の可能性も考えたが、何かを頼んだ覚えもなく、誰かから今日宛に荷物が届く連絡ももらっていない。

 

「すまんが、少し席を外す」

 

 雪穂にそう言って、奉次郎は玄関の方へ向かう。

 玄関の扉を開けると、

 

「──ほう、これはこれは、まさかの来客じゃの」

 

 一言、そう告げるのだった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

「あれ? 奉次郎さんは?」

「お客さんが来たみたい」

 

 奉次郎が席を外したのと同時に、亜里沙がこちらにやってきた。どうやら遊び疲れて一旦休憩を取るようだ。

 奉次郎が用意した緑茶で喉を潤す亜里沙。ハネジローの方も、皿に注がれた水を飲んでいる。 

 喉を潤し終えたハネジローはテクテクと歩いて亜里沙の腿の上に移動した。

 

「わっ。もー、ハネジローは甘えん坊さんなんだから」

 

 少しだけ驚きつつも、コップを置いてハネジローの頭を撫で始める。

 

「亜里沙のことをお母さんと思ってるのかもね」

「え? 亜里沙のことを?」

「そう。訊いたことない? 生まれたばかりの雛は、最初に見た動くものを母親だと思うって話」

「訊いたことあるような、ないような……」

(まあ、ハネジローにこの話が当てはまるかはわからないけど)

 

 と、心の中でそっと呟く雪穂。

 

「でも、そっか。亜里沙が、ハネジローのお母さん……」

 

 ハネジローを撫でる亜里沙の手の動きが、さっきと比べってもっとゆっくりになる。

 

「ふふっ、なんだか嬉しいな」

 

 よかったね、と呟いてお茶を一口飲んだところで、

 

「それじゃあ、雪穂はお父さん?」

「っ!? ゴホッゴホッ、なんで!?」

 

 亜里沙の爆弾発言に、危うくお茶を吹き出しそうになった。堪えることに成功したが、喉に詰まって壮大に咳き込む。

 

「え? 違うの?」

「違うに決まってるでしょ!」

 

 全く、と言って頭に手を当てる。

 

「……でも、お母さんしかいないのは、寂しいな」

「……はあ、わかった。いいよ、私がお父さんポジションで」

「本当!」

「本当」

「わー! よかったね、ハネジロー! お父さんができたよ!」

「パム〜?」

 

 ハネジローは亜里沙の言っていることがよくわかっていないのか、首を傾げる。

 

「そうだ! 今度は雪穂も一緒に遊ぼうよ」

「え……私はいいよ」

「どうして?」

「どうしてって……」

 

 雪穂は言葉に詰まってしまった。

 じっと、自分を見つめてくるハネジローに気づく。

 

「…………」

 

 改めて見ても、やっぱり気になってしまう。横に尖った長い耳、大きくて丸い青い目。口元には二本の牙が見えている。顔周りの毛並みは白いが、体は黄色のけで覆われている。大きくしっかりとした手足。

 どれをどう捉えても、地球上の生物には該当しないその見た目に、雪穂はいまだ抵抗を感じていた。

 

「……やっぱり、雪穂はまだ怖い?」

 

 まるで心を見透かされたかのような問いに、雪穂の心臓が跳ねた。

 そして、ゆっくりとうなずいた。

 

「亜里沙は、怖くないの?」

「うん。怖くないよ。だって、こんなに可愛いんだもん!」

「わっ!?」

 

 ずいっと突き出されたハネジローに、思わずのけぞる雪穂。

 亜里沙はハネジローを自分の元に引き戻しながら、

 

「……それにね、亜里沙まで怖がったら、ハネジローがかわいそうだなって」

 

 と、言った。

 

「え……?」

「だって、私たちと出会わなかったら、ハネジローはあのままひとりぼっちだったかもしれないんだよ。誰にも拾われないまま、ずっとひとりぼっち……そんなのかわいそうだよ」

「亜里沙……」

「亜里沙だってハネジローが本当はどんな生き物なのか気になるよ。でも、見た目だけを理由には避けるのは、何か違う気がするの。ハネジローが本当は悪い子だったとしても、私が叱ってあげれば大丈夫かなって。悪いことをしたら、だめって叱ってあげるのがお母さんの役目だもん」

「…………」

 

 雪穂はびっくりした。まさか亜里沙がそんなことを思ってハネジローと接していたなんて、思いもしなかったのだ。自分は、ハネジローの見た目だけを気にしていた。ハネジローの『外』しか見ていなかったのに、亜里沙は雪穂や奉次郎が気にしていることを全て踏まえた上で、ハネジロー側に立って行動していた。

 それは誰にでもできることなのに、誰にもできない難しいこと。

 

(うわっ……自分が恥ずかしい……)

 

 自分がとても小さい存在に見えて、雪穂は自己嫌悪に陥った。

 そうだ、亜里沙という少女はそうなのだ。優しくて、他人の立場に立ってあげられる。自分で心に感じたことを、善も悪も全てわかった上で、善として行動する。

 純粋という言葉がこれほど合う人がいるだろうか。

 

「あ、ハネジローお水なくなっちゃったね。待ってて、いまとってきてあげるから」

 

 そういって亜里沙は、皿を手にこの場を離れる。

 その場に残ったハネジロー。亜里沙のあとを見つめている。

 

「…………」

「……パム?」

 

 雪穂の視線に気づいたのか、ハネジローがこちらに振り返った。

 大きな青い瞳が、雪穂を見つめる。

 

「…………」

 

 なんて、声をかけるべきだろうか。

 ハネジローは、雪穂のことをどう思っているのだろうか。

 そんな迷いから訪れる、少しの沈黙。

 

「パム……ゆ、き、ほ?」

「──え?」

 

 聞き間違い、だろうか。いま、ハネジローが名前を呼ばなかったか?

 

「ゆきほ……?」

「な、名前……」

 

 呼んだ。確かに雪穂の名前を、ハネジローが呼んだ。

 

「ハネ、ジロー……」

「ゆき──」

 

 

 

「──雪穂! 逃げよう!」

 

 

 

 しかし、亜里沙の悲鳴にも似た叫びがハネジローの声を遮る。

 

「亜里沙?」

「逃げなきゃ! ハネジローを守らなきゃ!」

「ちょっと、どうしたの?」

 

 慌てた様子でハネジローを抱き抱える亜里沙。先程の様子からの急変に、雪穂は戸惑いを隠せない。

 そして、

 

「ハネジローが!」

「ハネジローがどうしたの!」

「ハネジローが殺されちゃう!!」

 

 衝撃の言葉が放たれるのだった。

 

 

 

 

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