それでは、どうぞ。
第一章:着信音
[プロローグ]
「いよいよだね、オープンキャンパス」
と言ったのは、音ノ木坂学院に通うひとりの女子生徒。ショートカットの活発そうな少女だ。
「そうだねー」
と返したのは、同じく音ノ木坂学院に通う女子生徒。ふわっとしたウェーブのかかった髪をしたタレ目の少女。
ふたりは来たるオープンキャンパスに向けて、自分たちの部活紹介の準備に勤しんでいた。とは言っても、活発少女は率先して行動しているが、タレ目少女はのんびりとしているため、実質一人でやっているようなものだった。
「あたしたちの部活もしっかり紹介して、なんとしても来年は入部希望者をゲットしないと!」
「おー、がんばれー」
オープンキャンパスに向けて、意気込みを語る活発少女と、のんびりとした返事をするタレ目少女。
活発少女は、手に持った荷物を整理しながら言う。
「今回のオープンキャンパスで廃校が決まっちゃうみたいだしね。とことんやり切らないと」
「え? なにそれ初耳」
「いやいやこの前話あったでしょ。聞いてなかったの?」
「あー……あったようなー、なかったようなー」
「あんたねぇ……人の話ちゃんと聞かないところ、直した方がいいよ」
「大丈夫ー、必要な時はしっかり聞いてるからー」
「……今回の、割と必要な話だと思うんだけど」
「それよりー、スマホ、鳴ってるよー」
「え? あ、本当だ。誰からだろ」
タレ目少女の指摘通り、カバンにしまってあるスマートフォンから着信音が聞こえてくる。しかも、聞こえてくる着信音は、SNSアプリではなく直接電話の方。
いったいこの時間に誰が直接電話をかけてきたのだろうか、と思いながらスマートフォンをカバンから取り出す。
画面に表示されているのは番号だけ。しかも知らない番号だ。
「誰からー?」
「知らない番号」
「おー、それは怖いねぇ」
だね、と言って少女は通話を切った。
しかし、すぐにまた着信音が鳴り響く。
「もしかして、緊急の連絡とか?」
「え?」
「ほら、スマホ使えなくて、誰かから借りてかけてるとかー?」
「まさか」
ありえない、と言いかけたが、そういえば最近、祖父の体調が優れないと母が話していたのを思い出した。もしかしたらそのことかもと、一瞬嫌な想像が頭を横切る。
そこまでではないと聞いているが、もしかしたらと一度考えてしまったら、不安のようなものが胸に渦巻く。
結果、不審に思いつつもその電話に出ることにした。
応答のボタンをタップし、スマホを耳に当てる。
「もしもし?」
☆★☆★☆★
──同時刻、三年生の教室にて。
「あれ? 由良? どうした?」
「……明美ちゃん、電話」
「は?」
「電話……出て」
「由良……?」
「電話……電話」
「ゆ、ら……?」
[1]
オープンキャンパスが迫っているμ’sにとって、この一週間はまさに追い込み期間と言えた。活動開始の時は三人だったメンバーも、今では六人増えて九人となっている。人数が増えれば、当然七人で練習していた歌と振り付けのタイミング、さらにはフォーメーションといったものが九人用へと変更となり、より難しいものになっていく。それを洗練させるために、朝は神田明神で、放課後は学校の屋上を使って練習に励んでいた。
特に、新たに加入した絢瀬絵里と東條希は、いち早く歌とダンスを覚える必要があるため、七人以上の練習をこなすことになっていた。
しかし、さすがはバレエ経験者というべきだろう。絵里はあっという間にダンスをマスターし、歌の方もすぐに覚えてきた。
もっとも驚く点は希の方だろう。言って仕舞えば、希は絵里のような経験者ではない。そんな人物が、たった数週間で穂乃果たちのレベルに追いついてきたことに驚くほかない。実はこっそりリヒトに練習を見てもらっていたのではないかと疑うほどだ。
絵里の元のレベルの高さと、希の驚くべき上達速度によって、μ’sはいよいよ最後の仕上げに取り掛かることとなった。
そんな少女たちだが、朝の神田明神での練習を終えれば、しばらくの間スクールアイドルから普通の女子高生に戻ることとなる。
音ノ木坂学院の制服に身を包み、九人で学校へ向かう。
先月までは考えられない光景。その中に自分がいることに、心が軽く、幸せだと感じるられることに絵里の頬が少し緩んでいた。
「あれ? エリチ、どうしたん。なんだか嬉しそうな顔して」
「え? そ、そんな顔してないわよっ」
「ええ〜? そう言う割には、頬がほんのり赤くなっとるよ」
「っ!?」
咄嗟に頬を手で覆うが、ニヤリと笑う希の表情を見て、それが失策だったとすぐにわかった。恨めしそうな視線を向けてみるが、希は意に介さないように微笑む。
「ふふっ、よかった」
「え?」
「今のエリチ、とても楽しそうやから。全然表情も雰囲気も違う」
「……それ、亜里沙にも言われたわ。私って、そんなに表情に出やすいのかしら」
「出やすい方やと思う」
断言されてしまった。
むすっとして、何か言い返そうかと思ったが、
「いよいよやね」
それより先に、希が真剣な声音で言った。
「……そうね」
「エリチから見てどう? みんなのレベルは」
「始めた頃に比べたら、みんな上手になってるわ。これなら、素敵なステージになるはずよ」
「本当ですか!?」
と、そこへ穂乃果が目を爛々と輝かせながら言った。
後ろから大声が聞こえてきて、びっくりした絵里は驚いた声を上げてしまう。
「ああっ、すみません。上手になってるって言われたのが嬉しくて」
あははは、と穂乃果は照れ臭そうに笑った。
「ちょうど昨日、ファーストライブの動画を見返したんです。そしたら、自分でもびっくりするくらい下手なところがあって。
でも、今は違うんです。前はわからなかったことや、気づけなかったこと、見えていなかったことが、わかるようになって、気づけるようになって、見えるようになって。今、絵里先輩から『上手になってる』って言われて改めて感じることができたんです。レベルアップしてるなって」
穂乃果の熱弁に、絵里はふっと微笑んだ。
「そうね。あの時から比べれば、とても上手になったわ」
「はい! だから、絶対! ライブを成功させたいんです!」
「ええ、それは私も──いいえ、私たちみんなが思ってることよ」
絵里の視線につられて、穂乃果は後ろを向いた。
そこにいるのは、同じ志を持つメンバー。
「オープンキャンパス、絶対成功させましょう!」
『はい!』
少女たちの力強い返事が響くのだった。
☆★☆★☆★
学校に到着する直前、穂乃果の持つスマートフォンが着信を知らせた。
誰からだろ。そう思いながら画面を見ると、〝ヒデコ〟と表示されていた。疑問を感じながらも、穂乃果は画面をタップして、スマホを耳に当てる。
「もしも──」
『──繋がった! もしもし穂乃果! 今日絶対学校に来ちゃダメだから! いい!? 絶対だから! ぜった──』
『──ザザッ──ザ──キャハハハ──』刹那、耳鳴りに似た嫌な音が穂乃果の鼓膜を刺激する。
「──っ!?」
意識をかき混ぜられるような不快感が全身を駆け巡る。何かすごく嫌なものが、耳から脳に向かって走っている気が──しかし、次の瞬間、音は消え去っていた。
「穂乃果? 大丈夫ですか?」
「──え? あ、うん。大丈夫」
心配そうに声をかけてきた海未に返事をして、穂乃果はスマホを見つめる。
今のは、いったいなんだったのだろうか。
「ん? なんだろ……暖かい?」
ふと感じた暖かさ。それは、ポケット付近。お守りとして、赤い輝石を入れているポケットだ。手を入れてみれば、赤い輝石からわずかに暖かさを感じる。
暖かさの正体はわかった。だとしたら、なぜ輝石から暖かさを感じるのだ? そんな疑問を抱くが、
「電話の相手は誰だったのですか?」
と、海未が言ってきたため、疑問は後回しにすることにした。
「ヒデコから。なんだかすごく焦っているような感じだったんだけど……」
「焦っている?」
「うん。来ちゃダメって言ってた」
「どう言う意味ですか」
「わかんない。すごく焦ってて、早口だったからうまく聞けなくて」
試しにこちらから電話をかけてみるが、コール音が続くだけで電話は繋がらない。
「でない」
「おかしいですね。向こうから電話をしてきたのなら、すぐに出るはずですが」
「ふたりともー! 早くしないと遅刻するわよー!」
結局、絵里の声に促されて、ふたりは学校へ向かうことにした。いったい何を伝えたかったのか、本人に直接聞けばいいだろうと、思いながら。
☆★☆★☆★
教室へとたどり着いた穂乃果は、いつも通りドアを開けるのと同時に大声で叫ぶ。
「おっはよう! ……あれ?」
しかし、いつもであれば『おはよう』と返って来るはずの声が、今日はひとつも返ってこない。おかしいな、と思いつつ見渡してみると、クラスメイト全員が自分の席に座っているという、なんとも奇妙な光景が広がっていた。
「?」
チャイムがなるまでにはまだ時間がある。それなのに全員が着席しているのは異様だ。いつもならば、他クラスの友人のもとへ行っている人や、友人と雑談をしているはずのクラスメイトですら、大人しく席に座っているのだ。
「みんな、どうかしたのかな?」
「異様な光景ですね……」
ことりと海未も、教室の異様な光景に疑問を感じているようだ。
「ドッキリ、とかかな?」
「そんなはずはないと思いますが、とりあえず自分たちの席に行きましょう。もうすぐでチャイムもなることですし」
海未に促されて、穂乃果とことりは自分の席へと向かう。
その最中、席に座っているクラスメイトの顔を伺ってみるが、前髪で隠れていてわからない。
席に着いたところで、ヒデコの姿を探す穂乃果。席に座っているのを見つけて、朝の電話のことを聞こうと席を立つ。
「ヒデコ、おはよう」
「…………」
挨拶は返ってこない。
無言のまま。
「えっと……あのさ! 朝電話くれたけど、よく聞き取れなくて。それで、なんの用だったのか教えて──」
ガタっと、音を立ててヒデコが立ち上がった。
「ヒデコ……?」
すると、スマートフォンの着信音がなり始める。
「ヒデコ? スマホなってるよ。マナーモードにし忘れるなんて──」
「電話」
「え?」
「……電話。なってる」
「うん……なってるけど……」
「出て」
「出てって……」
「出て。電話、出て」
手に持つスマートフォンを差し出しながら、何度も同じ言葉を繰り返すヒデコ。
友人のおかしな言動に、穂乃果はただ戸惑うだけだ。
すると、ヒデコの隣に座る生徒のスマートフォンからも着信音が鳴り始める。
「電話……電話だよ」
その生徒も、立ち上がって穂乃果に向けてスマートフォンを差し出してくる。
ここまでくれば、さすがにこの状況が異常だと穂乃果でもわかった。海未とことりの方へ視線を向けると、すでにふたりも隣の席のクラスメイトによって同じ状況に陥っている。
「電話」「電話……」「なってる」「出て」「……電話」
まるで呪文のように同じ言葉を繰り返すクラスメイトたち。気づけばさっきまで座っていた全員が、立ち上がって穂乃果たちの方を見てくる。
「みんな……どうしたの……?」
「電話だよ」
「──っ!?」
逃げろ、と本能が叫んだ。
あとはもう体を動かすだけだ。突き出されたスマートフォンをしゃがんで避けて、穂乃果は廊下に出ようと教室のドアを目指す。
しかし、行手を阻むクラスメイトが立ちはだかる。
(どうしよう!?)
だが、ここで捕まってはいけない。捕まって仕舞えば、他の人たちと同じことになってしまう。
「穂乃果!!」
「──! 海未ちゃん!!」
海未が穂乃果の手を引っ張った。そのままクラスメイトの手から逃れて、ことりと一緒に廊下に押し出される。
「行ってください!」
「でも!」
「私のことはいいから! ことりのことを頼みましたよ!」
そう言って、海未はクラスメイトの中に飲み込まれていった。
ドアの向こうでは人が揉みあう音が聴こてくる。いすが倒された音だろうか。机が倒れた音だろうか。ガタガタと音を立てるドアは、いつか開いて廊下に逃げた自分たちを追って来るだろう。
「海未ちゃん……」
「行こう、ことりちゃん」
「でも海未ちゃんが──」
──ことりの言葉を遮るように、教室のドアの開く音が聞こえてきた。
目の前の教室からではない。
隣の、もうひとつのクラスのドアだ。
二年生は、二クラスあるのだ。
「逃げるよことりちゃん!!」
まだ中から人は出てきていない。
だけどわかる。
なぜだかわからない。
理由は不明。原因不明。
とにかく、この場から逃げなくてはいけない衝動に駆られるのだった。
第11話のサブタイトル結構気に入ってます。
第二章へ続く……。