ギンガ・THE・Live!   作:水卵

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第五章:少女の夢

 [6]

 

 

 

「……んっ」

 

 高坂穂乃果は目が覚めた。

 重たい瞼を開け、ぼやけた視界に広がるのは薄暗い天井。

 起きたばかりであるため、頭もぼんやりとしており現状自分がどこにあるのか理解するのに時間を有した。

 背中と頭に感じる柔らかいクッションの感触、体を包み込むように覆いかぶさっている塊。そこで穂乃果は自分がベットの上で寝ているのだと理解した。

 上半身を起こし、あたりを見回してみる。薄暗いため詳しくは見えないが、本棚や小型テレビ、勉強机などが見受けられ、部屋に充満する香りが自分のではないことがわかる。

 つまりここは、

 

「りーくんの部屋?」

 

 なぜ自分はここに? 率直な疑問が浮かぶ。

 確か自分は希に呼ばれ榊家を訪れ、お祓い部屋に行き、夢で見た森を走って、赤い光に包まれて、巨人と怪獣の戦いを見て、怪獣の攻撃がこっちに向かってきて、その攻撃から守るように、赤い光が広がり、──そこからの記憶が無い。どう思い出そうとしても、そこからの記憶がプッツリと途切れていた。

 んー、と首を傾げていると部屋の扉が開くのと当時に明かりが点き、一人の人物が現れる。

 

「おっ、目が覚めたみたいだな」

 

「りーくん」

 

 現れたのは一条リヒトだった。部屋に入ってきたリヒトの手には水の入ったペットボトルが握られており、それを机の上に置くと穂乃果の元へと近づく。

 穂乃果へ近づくリヒトは、微笑みながら右手を上げ、頭に手を置く。そして、そのままぐしゃぐしゃと撫でまわし始める。

 

「ちょっ、りーくん!?」

 

 突然のことに驚きの声を上げる穂乃果。乱暴に撫で回されるリヒトの手を払いのけようとするが、リヒトは左手までも使って穂乃果の頭を乱暴に撫でる。というか、もはやただかき乱しているようにしか見えなかった。

 

「りーくん!!」

 

 穂乃果は声を上げ、リヒトの両手を大きく払う。ぐしゃぐしゃになった髪を整えながらリヒトを睨むも、リヒトは飄々としてその視線を受け流す。

 

「その様子じゃ、もう大丈夫みたいだな」

 

 リヒトは机の上に置いたペットボトルを取るため、机へと向かう。

 穂乃果は乱れた髪を整え終わると、差し出されたペットボトルを受け取る。

 

「ありがと」

 

 受け取ったペットボトルのキャップを外し、喉を潤す。冷たく冷えた水が喉を通り体内へと流れ、ふー、と一息つく。

 

「ねえ、なんで私りーくんの部屋にいるの?」

 

 水を飲み終えた穂乃果は真っ先にそのことを聞いた。

 リヒトは回転式の椅子に深く腰掛けながら、

 

「ギンガと怪獣の戦いに決着がついた後、気を失ったみたい」

 

「ギンガ?」

 

「あの『ウルトラマン』の名前。それが『ウルトラマンギンガ』」

 

「ウルトラマン……ギンガ……」

 

 ポツリとつぶやく穂乃果。

 

「あれは、夢じゃなかったんだ」

 

 おぞましい姿をした巨大怪獣と光の巨人──ウルトラマンギンガの戦い。その光景はまさしくテレビや映画の中でしかありえない出来事で、現実の世界では絶対にあり得ない光景だった。オレンジ色のオーラがかった空に、赤褐色で青色の光を発光した物体がある地面。神田明神の境内の上から重ねたような舞台で戦う怪獣とウルトラマンギンガ。

 思い返すだけでも、『夢』のような出来事だった。

 そういえば、あの場には自分以外に希と奉次郎もいた。自分と同じように怪獣とウルトラマンギンガの戦いを見ていたはずだ。二人も覚えているのだろうか? 

 

「……あれ?」

 

 そこで一つ疑問が浮かんだ。それは、とっても簡単で素朴な疑問。

 穂乃果は回転式の椅子で左右に揺れているリヒトを見て、言う。

 

 

 

 

「りーくん、()()()()()()()?」

 

 

 

 

 素朴で純粋な疑問が、穂乃果の口から放たれた。

 

「……、え?」

 

 穂乃果に問われ、回転式の椅子で遊んでいたリヒトが止まる。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

「…………」

 

 あの光景を思い返しても、あの場にいたのは自分を介護する希と、錫杖を手に乱れた息を整える奉次郎の二人。自分を含めれば三人ではあるが、リヒトの姿はどこにもなかった。

 怪獣の攻撃がこちらに来た時も、身を挺して守ろうと動いたのは奉次郎でリヒトではない。というか、あのそう長くはない時間の中でリヒトの姿を一度も見ていない。

 

「りーくんはなんであのウルトラマンの名前が『ギンガ』って知ってるの?」

 

「……………………………………………………………………」

 

 リヒトは、答えない。

 

「りーくん?」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 リヒトは固まったまま動かない。

 

「……、もしかして、怖くて隠れてた?」

 

「ばっ、そんなわけないだろ!!」

 

 リヒトは穂乃果に抗議するべく椅子から立ち上がる。

 

「ちゃんといたぞ! 穂乃果寝てたから見えなかったんじゃないのか? 怪獣の攻撃だって『しまった!』って思って守ろうとしたら、赤い光が穂乃果たちを守って、その光が怪獣に一撃与えて、チャンスだって思ったんだし」

 

「チャンス?」

 

「いや、えっと、ギンガが決める『チャンス』って意味だよ!」

 

 身振り手振りを加え、声を張りあの場に自分がいたというリヒト。だが、何を慌てているのか挙動不審となり、視線があっちこっちに向いており、信憑性はないに等しかった。

 穂乃果はジトッとした目を向けると、

 

「……ホントにいたの?」

 

「居たよっ!」

 

「……本当に?」

 

「本当だ!」

 

「じゃあ、希先輩と奉次郎さんにも聞いてみよう」

 

「………………………………………………………………いや、その必要はないんじゃないかな」

 

「なんで?」

 

「いや、ほら、……あの二人もギンガと怪獣の戦いに見入っていたからさ、たぶん俺に気付いていないんじゃないかな」

 

「そんなの、聞いてみないとわからないじゃん」

 

「いや、だから」

 

「さっきから、なんで慌ててるの?」

 

「別に慌ててねえよ」

 

 そう言って椅子に座り直すリヒト。しかし、どう見てもリヒトの言っていることに信憑性はなかった。むしろすがすがしく隠れていた也、逃げていました也、そういったことを正直に言った方が早いのではないか? 穂乃果にはわからないが『男のプライド』というものが、それを認めないのだろうか。

 尚も、必死にあの場にいたことを証明したいのか、「あーと、うーんと」と唸り続けるリヒト。仕舞いには腕を組み真剣に考え始めた。その姿が『あの時』と重なり、穂乃果は笑いだす。

 

「……ぷっ。あはははははははははは」

 

「ちょっ、なに笑ってるんだよ」

 

 リヒトの眉間に皺が寄る。

 

「ごめん、ごめん。ちょっと、思い出しちゃってさ」

 

「何を?」

 

「昔のこと」目に浮かんだ涙をふきながら、「小さい頃にね、お母さんに言われたことがとても辛くて、家を飛び出したことがあるの。泣きながら飛び出して、無我夢中に走ってたら、知らないところにいてね。そしたら、今度は寂しくなっちゃってさ、家に帰ろうとしたんだけど、帰り道がわからなくて。知らない場所に一人ぼっちで、とっても寂しくなって、また泣きながら走ったの」

 

 そうだ、あの『森』も寂しくて、怖かった。

 あの静寂の世界に居たのは、穂乃果ただ一人。他には誰もいない、誰もいなかった。

 

「海未ちゃんやことりちゃんの名前を叫んだんだけど、だんだん疲れてきちゃって。結局、走るのをやめちゃった」

 

 リヒトはただ静かに聞いていた。

 

「もう全部が嫌になってさ、自分性格が特にそうだった。『なんでこんなにおっちょこちょいなの? なんで穂乃果が何かすると、周りに迷惑がかかるの?』、そう言って自分を責めてた。全部投げ出したくなった。……でも、りーくんの言葉を思いだして、上を向いて、手を伸ばして『たすけて』って叫んだんだ。そしたら、本当にりーくんが来てくれて、穂乃果を助けてくれた。そして無事家に着いたんだけど、帰ってこれた安心感からまた泣いちゃった私を見たお父さんがりーくんに詰め寄ってね、りーくん真っ青になって……ふふっ」

 

 その光景を思い出したのだろう、穂乃果はまた笑いだす。

 ちなみに、その時の『一条リヒト』がどういった状態だったのかを説明するならば、蛇に睨まれた蛙といったところか。しどろもどろになって話すリヒトの姿は、とても面白かった。

 なお、本当のところは無事に娘を連れて帰ってきてくれて『ありがとう』と伝えようとしている穂乃果パパだったのだが、無愛想な顔付きプラス無口ということもあって、リヒトには『何娘を泣かしているんだ?』としか見えていなかった。

 そしてこれが、この出来事が『高坂穂乃果』という少女にとって『一条リヒト』との掛け替えのない思いでとなっている。もしこの時、『一条リヒト』が現れなかったら、どうなっていただろうか? 

 おそらく、家には帰れただろう。だが、きっと今みたいな性格にはなっていなかったはずだ。『一条リヒト』がいたから、『一条リヒト』の言葉があったから、『失敗』をそれない『強い心』を持つことができた。

 ……なのに、

 

(もしかして、あの怪獣って、私の心の弱さから生まれたのかな)

 

『一条リヒト』と出会って変わったはずなのに、『一条リヒト』と出会って『強い心』を手に入れたはずなのに、自分の心は弱いままなのか。その『弱い心』があの怪獣を生み出したのではないか? 『失敗』なんて恐れない、ただ全力で前に進んできたけど、本当は心のどこかで不安だったのではないか? 大好きな学校の廃校問題を聞いて、居ても立ってもいられなくて見つけた『スクールアイドル』という可能性。その可能性を信じ、幼馴染を誘い、学校の廃校を阻止する為に始めた『スクールアイドル活動』。

 そして、『やりたい』という気持ちを抑えきれずに立ち上げた『ファーストライブ』。

 すべてに不安がないかと問われれば、もちろんある。失敗したらどうしよう、学校を救えなかったらどうしよう、不安だらけである。でも、そういうのは考えないようにした。考えてても、行動しなかったら何も変わらない。動かなければ、『失敗』なんか恐れてちゃ、掴めるものも、見えるものも何もない。

 だけど、その『ほのかな不安』があの怪獣を生み出したのではないのか? 

 いろんな考えが、穂乃果の中を駆け巡る。そんな時だった、

 

 

 

 

「悩んだり、苦しかったり、不安だったら上を向け。下には何も落ちてない。何かを掴みたい、何かを成し遂げたいなら上を見ろ。そして、どうしてもダメな時は手を伸ばせ」

 

 

 

 

『一条リヒト』の言葉が聞こえた。

 ハッ、となって顔を上げると、こちらに背を向けたリヒトが立っていた。

 

「助けてほしい時、一人じゃ不安な時は手を伸ばせ、そうすれば──」

 

 リヒトは振り返る。

 そして、優しい笑みを浮かべながら手を差し伸べてくる。

 穂乃果も、手を伸ばす。

 リヒトと穂乃果の手が、繋がる。

 

 

 

 

「俺が、助けてやる」

 

 

 

 

『一条リヒト』とリヒトが重なった。

 その言葉は幼い自分にかけてくれたもう一つの言葉。

 自分を奮い立たせてくれた、『一条リヒト』の言葉。

 

「うん」

 

 穂乃果は頷く。

 そうだ、人には必ず『強い心』と『弱い心』がある。

 穂乃果にも、そしてもちろんリヒトにも。

 だから、人と人は手を取り合う。己の弱さを補うために。手と手を取り合って歩んでいく。

 例えこの先、穂乃果たちが『不安』に押しつぶされそうになっても大丈夫だ。だって(リヒト)が照らしてくれるから。(リヒト)が道を示してくれるはずだ。

 泣きたいとき、言葉が見つからないとき、一緒にいてくれる『光』がいる。

 

「可能性、感じたんだろ?」

 

「うん」

 

「なら、前に進め」

 

「うん」

 

「笑顔、忘れんなよ?」

 

「うん! 大切なのは、明日を信じる笑顔だよね」

 

「お、良いこと言うじゃん」

 

「えへへ」

 

 楽しげに笑う穂乃果。

 それに応えるかのように、枕元に置かれた赤い輝石がわずかに光る。

 もうそこに、わずかな『不安』は、なかった。

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 その日の夜、すでに時刻は十時を回っているのだが、榊奉次郎は自室にて一本の電話を待っていた。

 リヒトはすでに就寝についており、今この家に起きているのは奉次郎ただ一人。

 まだか、と携帯電話を見る奉次郎。しかし、反応はない。

 仕方なく、奉次郎はその手に持つ冊子に目を向ける。

 和紙で作られたその冊子は、作られてからすでに幾年の年月が経っているのか、ページの端はボロボロで紙の色も褪せてしまっている。

 その冊子は榊家に伝わる古文書。

 遥か昔に、この地で起こったとされる『光』と『闇』の戦いが記されている。

 古文書に目を通していると、奉次郎の携帯電話が震えた。

 

「おお、待ちわびたぞ」

 

『こんばんわ、先生』

 

 電話から聞こえるのは、やや不機嫌な女性の声。

 

「なんじゃ、随分と機嫌が悪そうじゃの」

 

『当り前じゃないですか。かわいい教え子たちと飲みに行く予定だったのに、先生からの急なお届け物のせいで断らなくちゃいけなかったんですから』

 

「それは、すまんことをしたのう」

 

『……本当にそう思ってます?』

 

「思っとる」

 

『……』

 

 電話の声の主が一旦黙る。

 

「それで、本題の方なんじゃが」

 

『わかってます』

 

 プシュッ、と炭酸の抜ける音が電話越しに聞こえた。

 

「……お主、まさかワシと話をするというのにビールでも飲む気じゃないじゃろうな」

 

『いいじゃないですか、そんなことは気にせず。……はぁ、藤宮君と飲みたかったな』

 

「稲森くん」

 

『わかってますよ。藤宮君にはもう彼女いますから。はーあ、私の運命の相手はどこにいるのかしら』

 

「稲森くん」

 

 これ以上、電話の女性──(いな)(もり)の話を聞いていると、三〇過ぎても結婚できない女の泣き言を聞かされそうだったので、奉次郎は名前を呼ぶことで『さっさと本題に入れ』と促す。

 この稲森という女性は、昔奉次郎が大学教授をやっていたときに知り合った女性である。昔から気の強い女性で遠慮というものを知らず、我が道を行く。他人に厳しく、己も努力を惜しまない性格で、今では奉次郎と同じく大学の教授をやっている。一つ難点を上げるとすれば、何かへの依存が強いところと酒が好きと言うところか。

 そしてまた、『榊家』同様、少々『特殊な』家系に生まれた女性でもある。

 故に、今回事件の概要を突き止めるべく奉次郎は彼女にある依頼をしたのだ。

 

『わかってますよ。まったく、私じゃなくて娘さん二人か息子さんに頼めばいいじゃないですか』

 

「ダメじゃ、優子はお主ほど機械に強くない、美鈴は静岡と遠い、健介に至っては修行不足じゃ。それに、今回の件はお主の分野じゃ、ワシの中でこの分野で一番信用できるお主だけじゃ。だから稲森くんを選んだ」

 

『……、わかってますよ』

 

「なんじゃ? 照れたのか?」

 

『いいですから、本題に入りますよ』

 

 照れ隠しのためか、やや大声になる稲森。そして奉次郎の読んだ通りビールでも飲んでいるのか、喉を鳴らす音が聞こえる。だが、それが本人にとってスイッチの切り替えとなったのだろう。先ほどまでとは違い、聞こえてくる声のトーンが変わっていた。

 

『先生が送ってくれたお孫さんのヘッドフォン。調べてみましたけど、「黒」でしたよ』

 

 稲森の答えに奉次郎は「やはり」と思う。

 

『先生が先に払っていたので、根源である「ナニカ」は消えていましたが、痕跡は残っていました。これは……、チップのようなものですね』

 

 カチャリ、と電話の向こうから僅かな金属のぶつかる音が聞こえた。

 

『ヘッドフォンのちょうど耳に当てる部分にありました。これで音楽を聴くと、このチップに潜んでいる「ナニカ」が音の波に乗って、人の脳へと行く仕組みになってると思われます。まあ、その「ナニカ」は先生が取り除いてしまったのでわかりませんが』

 

 最後の部分はやや嫌味気味に言う稲森。教え子たちとの飲み会を楽しみにしていた彼女にとって、今回の案件はタイミングが悪かったらしい。

 

「そうか、ありがとのう、調べてくれて」

 

『どういたしまして。……先生、もしかして「闇」が動き出したんですか?』

 

 稲森の問いに奉次郎は戸惑う。もちろん『稲森家』も『榊家』同様特殊な家系に位置するため今回の事件のことを話しても問題はない。だが、いくら『特殊な家系』に属すると言っても、今はどこにでもいる平穏な生活を送っている者がほとんどだ。『日常』を謳歌してほしいと願う奉次郎にとって、今回のような『非日常』には巻き込みたくない。

 しかし、この案件を頼んでしまったためそう言う訳にもいかない。

 奉次郎は稲森にのみ話すことにした。

 

「そうじゃ。おそらく『闇』は動き出した」

 

『そうなると、やっぱり先生の奥さんの死も何か関係しているんじゃありませんか?』

 

 稲森の言葉に奉次郎は鼻で笑った。

 

「バカを言うな。ワシが『視た』限り京子は病死じゃったよ」

 

『でも、奥さん十一月から体調悪くなりだしたんですよね? 先生が「異変」を察知したのもそれぐらいじゃないですか』

 

「……」

 

 確かに、稲森の言う通り去年の十一月に奉次郎は遠い地にて『異変』が起きたことを察知した。その時はその気配が小さく遠かったため、奉次郎も確信をもって感じたとは言えず、京子が体調不良になり始めた方を気にし、『異変』の方を気にしている場合ではなかった。

 

「いや、京子は病死だった。これは間違いない」

 

『……先生』

 

「京子は普通の人間じゃ。『ワシら』みたいな特殊な家系ではなく、どこでもいる一般の家系で育った子じゃ。そんなことは絶対にありえん」

 

 断言する奉次郎。

 稲森も『その分野』では自分が疎いことを、そして奉次郎の実力を知っているからこそ、言い返すことはできなかった。穂能次郎がそう言うなら、そうなのだろう。

 

『すいません』

 

「いいんじゃ、ワシもそれはかなり疑ったからのう」

 

 もちろん奉次郎だって、その可能性を捨てたわけではなかった。妻の死に何か関係しているのか、それを確証を得るまで調べた結果、妻の死には影響していなかったとわかったのだ。

 

『でも、一つ気になるんですよね』

 

「何がじゃ?」

 

『このチップ、人の手で作られたものなんですよ』

 

「……なんじゃと?」

 

『しかも、このヘッドフォンには絶対に必要のないパーツ。故意に仕組んだとしか言えません。お孫さんはこのヘッドフォンをどこで手に入れたんですか? 見たところメーカーの名前が見当たらないんですが』

 

「すまん、少し調べることができた」 

 

『え? ちょっ──』

 

 稲森の制止を無視し、奉次郎は通話を終了させる。二つに折り畳み、テーブルの上に置き、奉次郎は先ほどの稲森の言葉を思い返す。

 

(『チップは、人の手で作られた』、稲森くんは確かにそう言っていた。そしてあのヘッドフォン、リヒトの奴は留学先の友人が作ってくれたと言っておった)

 

 人の手で作られたチップ、留学先でもらったヘッドフォン。

 リヒトの誕生日は一〇月三一日。アメリカで誕生日パーティーをやったと言っていたリヒトは、向こうの時間で行っていた。つまり、日本時間にすれば、その時は一一月一日。()()()()()()()()()()()()()()

 

(リヒトが記憶を失ったのは十二月。そしてワシは、()()()()()()()()()()

 

 奉次郎は思考を巡らせる。ほんのわずかな手がかりから、今までに感じた『異変』のタイミングと、リヒトがアメリカに留学してから起きたことを照らし合わせる。

 わかるのは、確実にリヒトが言ったアメリカで『何かが起きた』ということだけ。

 あのダンスを披露した日も、リヒトはヘッドフォンを使っていた。いやそれ以前から、ヘッドフォンはリヒトのお気に入りだったらしく、送られてくる写真の中でいつも装着していた。おそらく、記憶喪失後も使っていたはずだ。

 ならば、もっと早くからヘッドフォンの細工の罠に陥っているはずだ。穂乃果の場合はヘッドフォンを使った瞬間から異変が起きたのだから。

 なのに、リヒトの起きたのは『帰ってきたあの日』だけ。それ以前にそれらしい反応はなかった。

 

(そういえば、リヒトの奴)

 

 そこで奉次郎は思い出す。リヒトが倒れたあの日、リヒトのみに起きた異変を感じた奉次郎はリヒトを『視た』。その時、奉次郎はリヒトの中に、まるでリヒトを守るかのように輝く光を見た。もしその光が、リヒトを異変から守っていたのだとしたら、なぜダンスを踊ったときだけリヒトは倒れたのか。

 

(細工は、つい最近行われた?)

 

 ならばいつ? 誰が? どこで? 

 考える奉次郎。だが、『答え』は出てこなかった。

 これ以上考えても、望む答えが出てきそうにない、と判断した奉次郎は立ち上がり、窓を開け夜空を見上げる。

 

「リヒト、一体アメリカで何かあったのじゃ?」

 

 月が輝く空に向け、奉次郎はポツリと呟いた。

 ヒュー、と風が室内に入り込み、先ほどまで奉次郎が見ていた古文書のページを持ち上げ、表紙があらわになる。

 そこには、墨字でこう書かれていた。

 

 

 

 

 ──『ティガ伝説』

 

 

 

 

 と。

 




以上リメイク後の第二話でした。


感想・評価・批評など、待ちしております。

~次回予告~
遂に迎えるファーストライブ当日。最終確認を終え、少女たちを送り出したリヒトは、奉次郎の部屋で「ティガ伝説」と書かれた古文書を見つける。そこには、遥か昔に行われた「光」と「闇」の戦いが記されていた。
一方、期待と不安が高まる穂乃果たちはライブ開演の直前、位相空間へと飛ばされてしまう。異変を察知した東條希だったが、謎の黒フード男により自分も位相空間へと飛ばされる。そこで彼女は見たものは、ダークガルベロスに襲われる穂乃果たちだった!
ライブ開演の時間が迫る中、少女たちに絶望が襲い掛かる。
次回、第三話「決意と誓い」


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