ギンガ・THE・Live!   作:水卵

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第二部第6章、色々な意味で満足でした……。


第二章:心動くメイド喫茶

「ことり……?」

 

 リヒトの声に、目の前のメイドさんの肩が僅かに動いた。

 しかし、それはほんの一瞬の動揺。次の瞬間には何事もなかったかのように笑顔を保っている。

 たとえ、その頬に一雫の汗が伝おうとも、たとえ笑顔のまま固まっているのだとしても、彼女はその笑顔を決して崩したりはしない。

 笑顔のままメイドは固まる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 リヒトの視界に映るのは、とても知っている顔。一瞬、「双子の姉妹いたっけ?」と考えもしたが、そんな話を聞いた覚えはないし、そもそもこの反応からして間違いなく本人だろう。

 固まらずにアクションを起こしていれば、多少の無理はあっても誤魔化しは効いただろう。しかし残念ながら、突然の不意に対応できるほど彼女は強くなかった。

 いや、そもそもこんな不意を完璧に対処できる人間などいるのだろうか。リヒトですら頭の整理が追いついていないというのに。

 

「…………」

 

「…………」

 

 数秒の沈黙。

 同時に、その数秒でふたりの困惑が周囲にも伝わり始める。

 何より同じ『働く側』のスタッフたちが、完璧な接客をするミナリンスキーの数秒間硬直を見逃すはずがない。

『これは何かまずいことが起きている。でもそれが何なのかわからないし、でもこの目の前の男性客が原因なのはたしかだし、しかしあのミナリンスキーが硬直するとはどう言うことだ、一体どうすればこの微妙な空気を打破できる!?』と、周囲ももはや困惑するしかない。

 明らかに微妙な空気が流れ始め、誰もがどう行動すればいいのか迷っていると、

 

 

 

 

「おお〜! マジモンのミナリンスキーだぁ!!」

 

 

 

 

 そんな空気を一瞬にして覆す大声が響いた。

 声の主は桐島アスカ。

 彼は目の前のミナリンスキーにテンションを爆発させていた。

 

「マジモンだよマジもん!! うわ〜、やっば、めっちゃ可愛い! はあ〜天使だー!」

 

 それが意図してなのか、それとも何も考えずに起こした行動なのかは彼しかわからない。

 だが、アスカの声がきっかけとなり、その場にいた全員が正気に戻った。

 

「お席にご案内しますね!」

 

 復活したミナリンスキーの声に、震えや戸惑いはなかった。もうそこにいるのは完璧な接客でお客を虜にする、ナンバーワンメイド『ミナリンスキー』の姿。その代わり様に、リヒトは一瞬で圧倒された。

 

「……でもまあ、あれだな。助かったよ、アスカ。お前はすごいな」

 

「あんたのその能天気で空気を読まないバカさに感謝する日が来るなんてね」

 

「え? なに、俺は褒められてるの? それとも貶されてるの?」

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 ひとまず、ミナリンスキーとことりの関係性は置いておくことにした。ほぼ本人で間違いないのだろうが、ここではミナリンスキーと呼ばれている。ならば、ここでの彼女は『ミナリンスキー』であるのだ。

 リヒトがウルトラマンギンガであることを、周囲に隠していることと同じ。そう考えれば割とすんなり飲み込むことができた。

 この場にいるのは『ミナリンスキー』であり、『南ことり』ではない。

 それに、ことりに会おうと思えばいつだって会えるし連絡だって取れる。今日の真相を訊くのは、まだ別の機会でもいいのだ。

 今日はこのメイド喫茶に訪れたひとりのお客として、楽しもうではないか。

 ……そう思いつつも、リヒトの視線は自然とミナリンスキーを追ってしまった。

 なぜなら、その接客があまりにも完璧だったからだ。細かな気配り、聞き取りやすい発声、スムーズな体運び。どこを切り取っても、その姿は魅力的に映る。

 ミナリンスキーだと認識するように頑張ってはいるのだが、やはりリヒトの脳裏にはことりの姿が思い浮かんでしまう。

 練習中のことりも、周囲への気配りや周囲との連携が上手いのだ。幼い頃膝が弱くてよく周囲を観察していたため、空間把握能力と動体視力が他者に比べて秀でていると、以前本人から聞いたことがある。

 その能力がダンスだけでなく接客にも生きているのだ。

 

「……なるほど。これは人気ナンバーワンになるわけだ」

 

 と、つい呟くと前に座るアスカがニヤニヤと表情を浮かべこっちを見てきた。

 

「リヒトさんや〜、早速ミナリンスキーに見惚れちゃってるじゃんー。さては……惚れたな?」

 

「いや、別にそういうわけじゃ……」

 

「隠すな隠すな。見惚れるのも無理はない。ミナリンスキー、めっちゃかわいいからな〜。一発でハートを撃ち抜かれちまったってことだよな〜。わかる。俺もそうだったから。でもな、ミナリンスキーは人気ナンバーワン! つまりそれだけライバルも多いってことだぜ! 加えて、ここ店員との恋愛禁止だから、叶わぬ恋はするなよ」

 

 ビシッと指を差すアスカ。その隣の座る涼がものすごい目をしていることについて気づいているのだろうか。

 いや、きっと気づいていない。

 気づいていないし、リヒトが触れるべきことでもない気がする。触れない方がきっといい。触れたらきっといい方向には転ばない気がするから。リヒトの勘がそう告げている。

 しかし、次の瞬間アスカは何かを思い出したのかのようにハッとなった。

 

「でもお前彼女いたんじゃなかったっけ? ほら、えーっと……涼、名前覚えてるか?」

 

「え? えーっと……『エリー』って名前じゃなかったかしら?」

 

「おおう! それそれ! 『エリー』だよ『エリー』!」

 

 思わぬところへの会話の発展。

 その話題は、できれば記憶喪失の現時点もっとも避けたい話題であった。

 

「悪い、それは避けてくれないか。ほら、今の俺記憶喪失だから、それについては置いときたい」

 

 リヒトがそう言うと、アスカはハッとなって気まずそうに頭をかく。

 

「あー、それもそうだよな……記憶喪失ってどこから覚えてねえんだ?」

 

「去年の12月以前はまったく。覚えているのは、アメリカの病院で目を覚ました時から今日まで。自分の名前も、家族も、どこで生まれてどうやって育ってきたのか。何も覚えてない」

 

「結構忘れてるんだな」

 

「そういえばアメリカに行ってたのよね。そこで何かあった感じなの?」

 

「ああ。でも、何があったかも覚えてねえんだ。一緒にいたやつもショックで記憶をなくしてて」

 

「誰かと一緒にいたの?」

 

「一緒にダンスを学んでた子と。その子と俺が同じ場所で、一緒に倒れてたみたい。同じ病院に運ばれて、そいつはその日だけの記憶をなくしてて、俺みたいに完全に記憶喪失ってわけじゃないんだ。だから、俺より早くに記憶が戻るかもって。だから戻ったら連絡をくれるって話にはなってるけど……まだないんだ」

 

「そう……私たちの知らない間に、大変なことになってたのね」

 

「まあ俺たちって、基本夏休みとか冬休みにしか連絡取らないもんな。アメリカ行くって聞いてたから、余計に連絡取ってなかったし」

 

 涼の言葉に付け足すようにアスカが言った。

 

「そんな関係なんだ。俺たちって」

 

「ん? 何が?」

 

 リヒトの驚きを含んだ言葉にアスカが反応した。

 

「夏休みとかにしか連絡取らないって。もっと頻繁に連絡取り合う仲かと思ってた」

 

「まあ、リヒトが音ノ木町(こっち)来るのって夏休みとかじゃん? だから会うのもこの時期になるわけ」

 

 アスカの言う通り『一条リヒト』が音ノ木町を訪れるのは、主に夏休みや冬休みといった長期の休みのみ。こっちに住んでいるアスカたちと会うのは必然的にその時期になる。直接会う予定がないのであれば、あまり連絡を取り合うこともないだろう。

 それにしては、かなりフレンドリーな仲だとリヒトは感じている。

 

「それじゃあ、俺たちの関係って俺が思ってるより淡白?」

 

「そうでもないわよ。リヒトがこっちに来た時は必ずと言っていいほど、連絡取って会ってるし」

 

「野球部って、めちゃくちゃ忙しいイメージあるんだけど」

 

 先程の自己紹介でアスカは『野球部エース』と言っていた。リヒトのイメージでは、野球部──正確には高校の部活動全般──は特に忙しい部活だと思っている。

 実際、リヒトが通っている学校の野球部は朝練はもちろん、放課後も夜遅くまで練習している。

 それに、夏は特に高校球児にとって大きな大会があるのだ。それなのに、『一条リヒト』と頻繁に会えるものなのか。

 

「もちろんだぜ。だがな、その忙しいー合間を縫って俺はお前に会っているわけ。どうだ
? 素晴らしい友情だろ?」

 

「いや、あんたが無理矢理リヒトを呼んでたんでしょうが」

 

 コツン、と涼のツッコミがアスカに入る。

 

「いやだってよ〜! こいつ無駄に運動神経いいんだもん! なんで野球やってる俺より上手い時あるんだよ〜! それが悔しいじゃんよ〜! しかも! 女どもだち三人も連れやがるし、彼女いるしで、嫉妬するなってのが無理だ〜!」

 

 よよよ、と泣き真似をするアスカをよしよし、と慰める涼。

 そんなふたりを、なんとも言えない表情で見ていたリヒトに気づいたのだろう。

 涼が言った。

 

「気にしないで。これ、いつものことだから。あんたはほら、いつも通り飄々と──って、記憶喪失だから無理か……。こうなった場合のこいつは、適当にあしらうのが一番」

 

「……俺たちの出会いって、どんな感じだったんだ?」

 

「んー? そうね……私の場合はアスカに紹介されてだけど、アスカの場合はバッティングセンターで会ったみたい。なんでも、試合で負けた憂さ晴らししているときに、女の子の友達三人を連れてやってきたみたいよ」

 

 やや呆れの視線がリヒトに向けられる。

 ふと、なんとなくそのシチュエーションを想像してみる。

 バッティングセンターでひとり、試合に負けた憂さ晴らしをしている最中に、女の子の友達を連れてやってきた同年代の男子。そんなものを見てしまったら、ついムカッときてしまうのも無理はない。

 

「……なんか、わるい」

 

「あん時も同じこと言われたわー。ま、もう気にしてねえから。あの出会いがあったおかげで、効率のいい体の鍛え方とか知ることできたし」

 

「?」

 

「ほら、リヒトの母親って元プロダンサーだろ? だから、体の作り方のアドバイスをもらってたわけ。そのおかげで俺のパフォーマンスレベルは飛躍的に上昇! エースピッチャーになることができたってわけ」

 

「そっか、それはよかった……そうだ。夏の大会はどこまで行けたんだ?」

 

「…………」

 

 ふっとアスカの表情から明るさが消えた。

 

「……アスカ?」

 

「ん、まあ……そこそこだよ」

 

 一瞬にして、アスカのテンションが下がった。さっきまでの陽気さはどこへ行ったのか。その視線は遠くを見つめ、なんだかとても暗いものになっている。

 何かまずいことを聞いてしまったのだろうか。涼なら知っていると思い、視線を向けようとして、

 

「──っ!?」

 

「? リヒト?」

 

 ガタッと席から立ち上がる。

 涼の声を無視して、冷や汗をかきながら、店の出入り口の方へと視線を走らせる。

 そこにいたのは、白いシャツと黒のベストを着た、黒ハットの男性がひとり。メイドさんたちに迎えられている。

 男性客はここの常連なのか、気さくにメイドさんたちと言葉を交わし、席へと案内されていく。 

 その途中、リヒトの視線に気づいたのだろう。彼はニヒルな笑みを浮かべてこちらへとやって来る。

 

「随分と熱い視線ではないか。私のような人がここに来るのは意外かね? 少年」

 

「………」

 

「おっと、そう睨まないで欲しいな()()()()。私はただのメイド好きのダンディいなおじ様だ。君の考えているような危ない人じゃない。ここではよくハットさんと呼ばれている」

 

 渋く、低く、重い声が鼓膜を揺らす。

 男の身長は一八〇センチを超えている。夏場だというのに汗は一滴も流れていない。警戒を込めたリヒトの視線を受けてもなお、涼しい顔をしている。

 その表情には裏があると考えるべきか……。少なくとも、リヒトを少年と呼んでおいて、次にの瞬間には『光の少年』と呼んでいるその様はあまりにも不自然すぎる。

 リヒトを『光の少年』と呼ぶということは、言葉の外にリヒトが警戒する十分な理由を秘めているのだから。

 

「ん? そちらのお嬢さんは……確かここのメイドさんではないか。今日はオフなのかね?」

 

「はい。ハットさんは今日もいらっしゃったんですね」

 

「ハハハ、私はここの大ファンだからね。今日こそ『マイマイ』に会える気がしてやってきたと言うわけだ」

 

 渋い声に似合わず、声音は踊っている。

 

「彼女確か、今日はオフのはずですけど……」

 

 そんな彼に向けて、涼は申し訳なさそうに言った。

 

「なんだと!?」

 

 涼の言葉が相当ショックだったのか、ハットさんは膝から崩れ落ちた。

 

「グッ……いや、たとえマイマイがおらずとも! 私は存分に楽しむと誓おう! 邪魔をしたね、少年少女たち。それでは……」

 

 一礼をして去っていくハットさん。

 渋い声ゆえのギャップがあまりにも激しく、大きな爪痕を残した彼の背中を追うリヒト。

 

「リヒト、ハットさんと知り合いなの?」

 

「……いや、そういうわけじゃない」

 

 涼の言葉に、難しい顔をしながら答えるリヒト。

 ハットさん……彼が来店した瞬間、ポケットの中にある()()()()()()()()()()()()()()

 それはつまり、あの男は闇のエージェントであるということ。

 ……どうする、とリヒトは考える。あの男はこちらのことを分かった上で接触してきた。じゃなければ、側から見ればただの少年であるリヒトを『光の少年』なんて呼ばない。

『光』、それがウルトラマンの力を示していると考えるのは、彼の雰囲気とギンガスパークの反応からして簡単に考えられる。

 ハットさんはメイドさんに案内されテーブルに腰を落ち着かせる。

 このまま、ここから彼を見張るべきか……。

 

「ちょっと、ハットさんのことがそんなに気になるの?」

 

 と、涼が言った。

 睨むように見ていたため不審にも割れたのだろう。

 ひとまず、何か誤魔化さなくてはいけない。

 

「あ、ああ。なんかこう、イメージ的にあまりこういうところには来ないタイプだと思ってな」

 

「リヒト、イメージでものを語るのは良くないぞ」

 

「あんたが言うな」

 

「なあ、みむ──」

 

「──お待たせしました!」

 

 あの男のことについて涼に訊こうとした瞬間、メイドさんが注文した品を持ってきた。

 三人の前に並べられる定番のオムライスや特製パフェなど。

 どういう運命か、リヒトの品を運んできたのはミナリンスキーだった。

 

「…………」

 

 刹那の硬直。

 笑顔のまま、互いの顔を見合わせる。

 ここで待っているのは、メイド喫茶特有の『美味しくなる魔法の呪文』だ。このメイド喫茶も例外はなく、その『魔法の呪文』が用意されている。

 その呪文を、リヒトはミナリンスキーからいただくということになっている。

 運命の悪戯か、それとも他のスタッフの策略か。

 視界の端でニヤニヤしているアスカが映る。

 

「──そ、それでは! 美味しくなる魔法の呪文をかけさせていただきますね!」

 

 もはやここまでくれば尊敬するしかない。

 しかしほんの少しだけの羞恥があるのだろう。頬をほんのり赤く染めながら、彼女は魔法の言葉をかける。

 

「────」

 

 その姿に、リヒトはつい見惚れてしまう。

 いや、これを見惚れるなという方が無理である。頬がほんのり赤いことが、きっと余剰効果を生み出しているに違いない。違いないと思いたい。

 魔法の呪文をかけ、去っていくミナリンスキー。

 その背中を見つめながら、リヒトはポツリと、

 

「…………悪く、ないな」

 

 とつぶやいた。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 ハットさんのことを気にしつつも、初めてのメイド喫茶を堪能したリヒトは、彼よりも先に店を出ることとなってしまった。

 先日の理事長の件を考えると、ここでリヒトが去った後、ハットさんが従業員の誰かを怪獣にするかもしれない。その可能性を考慮すると退店するのは憚られるが、退店を渋ると「何? ハマったのか?」とアスカがニヤニヤと聞いてきたため、否定するように店から出てしまった。

 

(美村が言うには、あいつはここの常連……誰かを怪獣にする機会はいくらでもあったはずだ。なのに、今日まで動いていないのはなんでだ? まだ誰を怪獣にするか決まっていないのか?)

 

 事情を知らないアスカに引っ張られるかたちで店を出てしまったが、どうしてもハットさんの存在が頭に残り続けてしまう。

 結局、その後の三人で訪れたボウリングもゲームセンターもあまり楽しめなかった。

 ゲームセンター内のベンチに腰を落ち着かせると、自販機で買ったスポーツドリンクを飲み干したアスカがリヒトの様子に眉を曲げて言った。

 

「どうした、リヒト。全然楽しそうじゃねえじゃんかよ」

 

「……そんなことはねえよ。ただ、初めてのメイド喫茶で気疲れしただけ」

 

「は? 何で」

 

「それは……」

 

 誤魔化しのために適当に言っただけ。追及されても困るのだが……。

 しかし、リヒトが何か言うより先にアスカがポンと肩に手を置いてきた。

 

「やっぱりお前、ミナリンスキーに惚れたんだな」

 

「は? いやちが」

 

「隠すな隠すな。お前の相手、ずっとミナリンスキーだったじゃねえか。あの笑顔でずっと接客されて惚れないわけがない。俺は気づいてたからな。お前の視線がずっとミナリンスキーに釘付けになっていたことを」

 

 それはミナリンスキーがとても知っている友人であるため、見てしまっていただけなのだが。

 

「それに、ハットさんが来てから明らかに様子変わってたわよ。やっぱり知り合いだったんじゃない?」

 

「……いや」

 

「実は記憶を失くす前に会っていたとかあり得そうじゃない? 今から戻る?」

 

「……そうだな。俺、ちょっと行ってくる。この埋め合わせは、また今度するから」

 

 涼の発言に乗るかたちでリヒトはもう一度メイド喫茶へと向かうことにした。

 

「ん! 行ってこい! なあに、夏休みはまだ始まったばかりだ。今度は俺が持ってる写真とか、いろいろ持ってきてやるよ」

 

「私も、記憶が戻りそうなもの探してみる」

 

「ありがとう」

 

 二人に礼を言って、リヒトは走り出した。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 メイド喫茶に戻ってくると、店の外にハットさんが立っていた。

 待ち人来たる、といった様子でハットさんはゆったりと歓迎するかのように両手を広げる。

 

「やあ、光の少年。来ると思っていたよ」

 

「あんた、何者だ。何が目的だ」

 

 リヒトが問いかけると、ハットさんはニヤリと笑い、その姿が一瞬別のものに変わる。

 赤く長い上半身と青い下半身。ぎょろっとし眼に胸から腹に走る黄色い縁取りは発光器官となっている。手はチューリップのような形状になっており、一眼でそれが『宇宙人』だと判断できる容姿に変わった。

 しかしそれは一瞬であり、次の瞬間には人間の姿に戻っている。

 

「私はメトロン星人。君の想像通り、闇のエージェントだった者だ」

 

「だった……?」

 

 妙な言い回しに、リヒトは疑問を抱く。

 

「そうだとも。今の私は──」

 

 バサリと、ベストを翻し取り出される数多の写真──チェキとサイン色紙の数々。

 

「このメイド喫茶の一押しメイド『マイマイ』の熱烈ファンであり常連客であるハットさん! 闇のエージェントとしての暗躍などもうどうでもいいのだよ! 今の私は『マイマイ』のために生きる! 彼女のメイド姿に心を打たれた、ただのファン! よかったら君もマイマイのファンにならないかね?」

 

「………………………………」

 

 予想していた事より180度違うテンションとセリフ。そのあまりにもな変貌に、一瞬だけ思考が停止するリヒト。

 しかし、緩みそうになる緊張感を努めて保とうとする。

 それが向こうにも伝わったのだろう。

 彼は咳払いを一つしてから、話を続けた。

 

「コホン、おっと、私としたことがつい取り乱してしまったようだ。失礼した。改めて、私はメトロン星人。『大いなる闇』復活のために人間の心の闇を糧に育つ『種』の開発任務を担った者だ」

 

「種……?」

 

「そうだとも。小泉花陽の時に耳にしなかったかね? 心の闇を強制的に増幅させるもの、と。おそらく彼女は口にすると思われるが」

 

「──!」

 

 そこまで言われて、リヒトは思い出した。

 それはまだウルトラマンギンガの力を手にして間もない頃に起きた事件。

 穂乃果たちの後輩であり、現μ’sメンバーである小泉花陽が闇のエージェント『ユーカ』によってキングパンドンにダークライブさせられた際に、彼女の口から語られた覚えがある。

 

「その様子だと、覚えているようだな。私が目覚めて間もない間は『種』を作ることを使命としていた。それ以外に存在する理由がなかったし、さらに言えば、それをしなければ私は殺されてしまう。生きるためには『種』を作り出すしかなかった。

 だが、今は違う。今の私はむしろ逆の感情を抱いている。あんなものを作り出した自分を嫌悪するほどにな」

 

「……どうしてだ?」

 

「ここに来たからだよ」

 

 そう言って、ハットさんは後ろのメイド喫茶を振り返る。

 

「『種』の開発に疲れたのか、それとも人間の文化に触れてみたくなったのか、それともほんの気まぐれで訪れたのか。ただ、ここを訪れたことで私の価値観がひっくり返った。所詮人間の文化だと思っていたのだが、それはとんだ思い違いだった。もちろん彼女たちの中には『これは仕事』だと割り切っている者もいる。しかし彼女は違った。彼女は本気で、心の底から、汚れなく純粋な想いを抱いてメイドをやっていた。その想いは美しく、想いが美しければ自然と姿も美しくなる。その美しさに私の心は感銘を受けたのだ。あっという間に彼女の虜になってしまった私は、己の使命を放棄して、ここに通い詰めた。おそらく、彼女の接客を受けていなかったら、こんなことにはならなかっただろう」

 

 ハットさんは、一枚のチェキをその手に持って続ける。

 

「その時に接客をしてくれたのが『マイマイ』でね。それからの毎日は素晴らしいものだった。新たに生きる理由ができたのだからな」

 

 そう語る彼の表情はとても穏やかで、嘘偽りのない正直な言葉であると感じられた。

 

「もちろん、私が開発した『種』によって、ひとりの少女が『大いなる闇』の生贄になりかけたことは重々承知している。謝罪などで許されるとは思っていない。君が私の前に現れた時、ついにその時が来たかと思った。私の幸せな時間が終わりを告げるのだとね」

 

「…………」

 

「だがどうしても、最後に『マイマイ』に会ってから終わらせて欲しい。最後に、彼女に『ありがとう』と言いたい。それまで待ってはくれないだろうか?」

 

 ハットさんの言葉、姿に嘘偽りはない。彼は本当に自分の行いを反省しており、また心から『マイマイ』との出会いに感謝している。

 そういえば、と彼が来店した時の涼との会話を思い出す。

 

『ハハハ、私はここの大ファンだからね。今日こそ「マイマイ」に会える気がしてやってきたと言うわけだ』

 

『彼女確か、今日はオフのはずですけど……』

 

『なんだと!?』

 

 今日こそ、ということはここしばらく会えていないと予想できる。

 そして、あの時ショックを受けた姿が芝居だったとは思えない。

 

「『マイマイ』が最近きていない理由を、あんたは知ってるのか?」

 

「……もちろんだ。彼女も普段はただの高校生。夏休み前の試験が大変だと、以前言っていたことがある。おそらく、今はその試験期間なのだろう。終われば来るはずだ」

 

 夏休み前の試験は、リヒトの学校にもあった期末試験のことだろう。時期を考えれば、その可能性はとても高い。

 

「…………」

 

 ここまでくると、あとはリヒトの判断だ。

 彼から感じる危険性は低い。これまでの言葉に嘘偽りはない。

 しかし、だからと言って彼が次『マイマイ』と会うまで待っていていいものなのだろうか。

 もし、その次までに彼が気を変えて誰かを怪獣にして仕舞えば、それは結局これまでとなんの変わりもないこととなる。

 どうすればいい、と考えていると、

 

「あれ? りひとさん?」

 

 ふたりの間に割って入る声。

 甘いその声はリヒトがとても聴き慣れた声だ。

 その声の方に視線を向けると、ちょうどメイド喫茶の裏手から出てきたと思われる南ことりがいた。

 

「ことり……」

 

「どうしてここに……」

 

 ことりの表情には強い困惑がある。

 おそらく、退店したはずのリヒトが店前にいることに疑問を感じているのだろう。

 さっきのことがリヒトの記憶に蘇ってきて、少々気まずい雰囲気となる。

 それをなんとなく察したのだろう。ハットさんはハットを少し深めに被り直すと、陽気な声で言った。

 

「おっと、これはどうやら私の去り時が来てしまったようだな。では少年、考えといてくれたまえ。なに、私はここの常連だ。ここに来ればいつでも会えるさ」

 

「あ、ちょっと」

 

 リヒトはその背中に向けて声を掛けるも、ハットさんは止まることなく去って行く。

 

「…………」

 

 その場に残ったのはリヒトとおそらくバイト終わりのことり。

 そしてほんの少しだけ微妙な空気。

 だが、ちょうどいい。ことりとも話したいと思っていた。

 

「……ことり、だよな?」

 

 確認のために彼女の名前を呼べば、彼女は頷く。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……とりあえず、どこかに移動するか? お互い、話したいことあるだろうし」

 

 リヒトの提案にことりは頷き、ふたりはこの場から移動するのだった。

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