加えて、この第三章が思いのほか長くなりそうなので、一度区切りのいい部分で投稿させていただきます。
約4,800文字といつもの半分以下ですが、その分サクッと読めるかと……。
……次回はなるべく早く更新できよう頑張ります。
リヒトとことりが向かったのは、近くにあったファストフード店だった。
時刻は夕方。休日だということもあって、店内は賑わいを見せていた。部活帰りの中学生や高校生たちの賑やかな会話の中をふたりは無言で歩く。
注文は別々で行った。今はなんとなく、一緒にいるのが気まずい。
バニラ味のシェイクとフライドポテトを注文し、レシートを受け取ってレジ横で待機。先に注文を終えていたことりと合流するが会話はない。
やがて注文番号が呼ばれ、二人はトレーを受け取った。
一階は人も多く、席も空いていない。自然と足は二階を目指した。
腰を落ち着かせる二人。
「…………」
「…………」
無言。静寂。
耐えきれず、シェイクのコップに手を伸ばす。
中身を飲みながら、リヒトは考える。
(このまま黙ってても話進まないし、どうすっか……ん?)
黙っていては時間が無駄に過ぎていくだけ。そう思って話の切り出し方を考えていると、ことりの背後にいる少女と目があった。
黒いショートカットの目の大きな少女。年齢はことりと同年代だろうか。やや幼さが垣間見える少女はこちらを見ながら、驚きと面白いものを見つけたといった表情をしている。
しかし、リヒトと目が合うとすぐに顔を逸らした。
まあ、同年代の少年少女が気まずい雰囲気でテーブルを挟んでいるんだ。色恋沙汰のことだと思ってこちらを見ていたのだろう。チラッと他を見てみれば、視線は向けずともソワソワとしているグループが何組かいる。
これ以上誤解を広めないよう話を始めるしかない。
そう思い、リヒトは意を決してことりの名前を呼んだ。
「なあ、ことり──」
「──っ!?」
大袈裟に、ことりの方が跳ねた。
「……いや、ただ名前を呼んだだけだぞ?」
まさかそんな反応が返ってくるとは思わず、リヒトの方も若干面食らってしまう。
「あ、あははは、そうだよね。おかしいよね……なんか緊張しちゃって」
「何に緊張──」
──するんだよ、と続けそうになって、その言葉を飲み込んだ。
自分だってその緊張のせいで言葉を発せなかったのだ。ことりのことを言える立場ではない。
「…………うん、ごめん」
「なんで謝るの!?」
頬に感じるほんのりの熱。それを誤魔化すようにシェイクを一気に飲み干す。
ズゾゾゾッ、と中身が空になった知らせが聞こえた。
──友人がメイド喫茶で働いている。
──そしてその友人に、接客をしてもらった。
──なんなら『美味しくなあれ』までやってもらった。
こんな経験なかなかないだろう。そのせいで湧き上がってくるこの感情をどう処理すればいいのかわからない。
再びの沈黙。
どうやらことりもメイド喫茶での出来事を思い出してしまったようで、頬を赤くしてストローを咥えている。
しかし、せっかく会話を始められたのだから、ここで止めてしまうのはもったいない。
「……あれは、ことりでいいんだよな?」
肯定の頷き。
「いつからバイトを?」
「穂乃果ちゃんたちとμ’sを始めた頃から……」
「μ’sを始めた頃って……え? ってことは四月から……!?」
こくり、とことりは再び首を縦に振った。
「スカウトみたいな感じで声をかけられて……私も少し興味があったし、制服が可愛かったから……」
「……すげえな」
つまり遡ることやく三ヶ月前。リヒトが音ノ木町にやって来て、ウルトラマンギンガと出会ったのと同じタイミングで、ことりはアルバイトを始めた。
ファーストライブに向けて練習している時も、ダークガルベロスに襲われた時も、オープンキャンパスに向けて練習している時も、同時にアルバイトもこなしていた。
元プロダンサーであるリヒトの母、美鈴の練習はそれなりに厳しいものである。練習を始めた当初はくたくたに疲れていたことりだが、もしかしたらその後にメイド喫茶で働いていたかもしれない。
なんというフットワーク。
南ことりという少女の新たな一面に驚きを隠せなかった。
「希が最近よく練習を休むって言ってたけど、もしかしてそのバイトが理由か?」
「うん。一緒に働いている先輩が最近よく休んでいて、その代わりに出てるんだ。でも、もう少ししたら復帰するみたいだから、そうしたら練習の方に復帰できるよ」
「なるほどな。てっきりバイトの疲労かと……でもまあ、あの接客スキルを見たら納得。頼りたくなるよな」
「そ、それはっ」
「照れるなって。ホントすごいから。ことりに接客なんてしてもらったら誰だって見惚れ──」
「──え?」
「──ゴッホンっ! いや、なんでもないぞ」
何か変なことを口走ろうとしたところを、無理矢理誤魔化す。
アスカのせいだ。これは、アスカのせいで何か変なことを口走りそうになったのだ。次会った時小言のひとつやふたつ言ってやろう、と思いながら、しかし誤魔化す必要があったのかと振り返る。
誤魔化すことなどせず、素直に褒め言葉として言っておけばよかったのではないだろうか。変に誤魔化したせいで、ことりが変な表情を浮かべてしまっているし、何より怪しまれるに決まっている。
ことりの視線から逃げるようにシェイクを飲もうとして、それが空になっている事を思い出した。
仕方なく、フライドポテトの方に手を伸ばす。
「リヒトさん、訊いてもいい?」
「ん? 何を?」
「どうやって、あのお店に来たのかなって」
ことりとしてはそこが気になるのだろう。
誰にも話していないバイト先に、突如やってきた友人。それがことりから見たリヒトの状況だ。
「アスカに……っと、ほら、俺以外にもふたり一緒にいただろ?」
アスカの名前を出したところで、その名をことりが知らないと思い言い直す。
しかし、
「アスカ先輩と涼先輩だよね?」
ことりの口からはあっさりとアスカと涼の名前が出てきた。
「知ってるのか……って、そういえば美村も同じトコで働いてるんだったよな」
脳裏に『なんで休みの日にバイト先に来てんの……私』と頭を押さえていた涼の姿が思い浮かぶ。
「うん。私が入る数日前に面接を受けたんだって。シフトも一緒になることが多かったし、研修も一緒だからすぐ仲良くなれたんだ。アスカ先輩は涼先輩がよく話してたし、お店にもよく来てたから覚えちゃった」
「……あいつ、もしかして常連?」
「んー、この前まで部活をやっていたからあまり来てなかったかな。引退してからはよく来てるよ」
「…………」
まあ、十中八九『ミナリンスキー』目当てだろうな、と思った。
「アスカと美村とは、俺が記憶喪失になる前に遊んでいた仲らしくてな。それで久しぶりに再会することになって、そしたらアスカの提案で訪れたってわけ。そしたらびっくり。よく知る友人が働いているんだもん」
「私もびっくりしたよ。リヒトさんがくるなんて思いもしなかったから……でも、逆によかったかも」
「? よかった?」
ことりの発言に首を傾げる。
会話の流れ的に、ことりにとってはあまり良くないことのはずだ。それなのに『よかった』とはどういうことだろうか。
「あのね、リヒトさん。お願いがあるんだけど」
ことりの表情は真剣だ。
「明日もお店に来てくれないかな?」
「……それは、どうして?」
「実は明日、喫茶店でイベントがあるの。そのイベントで、リヒトさんにはなんとしても優勝して欲しいの」
「…………」
ことりはなんと言ったのか。
何やらすごく無理難題のように聞こえたのだが……。
「ことり……? もう一度言ってくれるか……?」
「明日の、イベントで、優勝、してほしいの」
わざわざひと言ひと言強調して、再度言葉を繰り返してくれた。
どうやら、明日あのメイド喫茶では何かのイベントがあるようだ。そのイベントで、どうしても優勝してほしいというお願い。
「いや、率直に言って無理だろ!?」
「できるよ! イベント内容は『叩いて被ってじゃんけんぽん』だもん」
「だもん、じゃないよ。そのイベント内容のどこが大丈夫なんだ。つか、イベント内容を外部の人間に言っちゃいけないだろ!?」
叩いて被ってじゃんけんぽんなんて、実際に耳にするのは初めてに近い。もちろんそういったゲームがあるとは知っていたが、まさか自分がそれをやる側になる機会が訪れるとは予想もできないだろう。
リヒトの知識通りなら、じゃんけんをして勝った方がピコピコハンマーなどのアイテムで相手を叩き、じゃんけんに負けた側はトレーなどを使ってそれを防ぐ。防ぐ前にピコピコハンマーで頭部を叩かれたら負け、防がれたらもう一度じゃんけんからやり直し、と言った感じだった気がする。
これがメイド喫茶のイベントとなると多少の独自ルールが追加されそうだが、いずれにせよこのゲームで優勝するのは難しいことだ。
それなのにことりは『リヒトさんなら大丈夫!』と力説してくる。
「何が大丈夫なんだよ……」
「だってリヒトさん、反射神経すごいでしょ? だから、大丈夫かなーって」
「…………」
まあ、『一条リヒト』の身体能力が高いとはよく聞く。反射神経がどれほど良いのかは聞いたことはないが、身体能力が高いのなら反射神経も良い方なのだろうと想像できる。
しかし、だからと言ってここまで期待を寄せられるものなのだろうか。
「……ちなみに、なんで俺に優勝してほしいんだ?」
「……その、優勝者には『ミナリンスキーとのツーショット券』が贈呈されるの。本当はマイ先輩……私の先輩なんだけど、その先輩とのツーショット券だったんだ。だけど、マイ先輩が最近お休みしてるから急遽私に変更になって」
やや暗い表情で語ることりを見て、リヒトはなんとなくその心中を察した。
「本来の人がいなくなって、急遽代役として選ばれちゃった、か」
「うん。マイ先輩は写真撮影とか全然OKな人なんだけど、そのせいでトラブルもあったらしくて。私の場合、スクールアイドルもやってるからあまり写真撮影はしたくないんだ。だから店長に何度か相談したんだけど、イベントの告知は前々からしちゃってたから中止できなくて……」
「その写真を、どこかの店に売る
有り得そうな事を適当に言ってみたら、どうやら本当らしくことりは頷いた。
「うん。もちろん写真は売ったりしないように店長も注意するって言ってくれたんだけど……聞いた話だと、やっぱりそういうことがあったらしくて……でも、リヒトさんが優勝してくれれば、写真が出回る心配もないし、私も安心できるんだよ」
「…………」
スクールアイドルであれば、自ずとファンが増え、グッズだって販売されることがあると耳にしたことがある。もちろん、本人たちの申請が必要だが、今回の場合は本人の承諾なしに写真が出回ってしまう可能性がある、というのが問題だ。その点にことりは不安を感じている。
「……まあ、俺としても、どこぞの知らないやつに撮られた写真が店に出回るのはあまり良い気分じゃねえけどよ、さすがに優勝は難しいと思うぜ」
「そんな……」
「いや、そう露骨に落ち込まれると俺も大変心苦しんだけど」
もちろんどうにかする方法がないか、頭の端でちゃんと考えている。
しかし、いくら身体能力が高いからと言って、叩いて被ってじゃんけんぽんで優勝できる訳ではないだろう。
せめてもっと他に確実な方法がないのか、と口にしようとしたところで、ことりの様子の変化に気づく。
「……リヒトさん」
(あ、これやばい)
それはほぼ直感。
伏目がちに名前を呼んだことりの雰囲気から感じ取った、本能的危機。
やがて潤んだ瞳がリヒトを捉え、脳が警告を鳴らすのと同時に、それは放たれた。
「──お願いっ!」
──ことりの小悪魔ボイスがリヒトの鼓膜を刺激した。
「…………………………………………」
長い沈黙。
大きく、大きく、そして深く息を吐いたリヒトはひと言。
「…………わかった」
「ありがとう!」
瞬間、笑顔の花が咲き誇る。とても可愛くて、とても眩しいほどの笑顔。
それは、心から喜んでくれているとわかる笑顔。
しかし、その反対にリヒトはどこか不服を感じながら、もう中身のないドリンクのストローを加えた。
そして、なんとなく、本当になんとなく、将来ことりと付き合う人は苦労するだろうなと思った。
読み手としては、このぐらいの文字数が読みやすいのでしょうか……?
自分はこのくらいの文字数がサクッと読めていいんですけど、なにぶんこの作品は1エピソードが長いので、4,000字での更新にするとかなり分割することになってしまうのです。
そのため、おそらく次回からはまた約10,000文字の更新になるかと思います。