ギンガ・THE・Live!   作:水卵

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第四章:イベント激闘

 日付が変わり翌日。

 リヒトはアスカとともに再びメイド喫茶を訪れていた。

 昨日同様、白いTシャツを着たラフな格好のアスカが、ニヤニヤとした視線を向けてくる。

 

「なんだよリヒトぉ。おまえやっぱりハマったのか?」

 

「違うって何度も言ってるだろ」

 

 肘で小突いてくるアスカを突っぱねて歩き出す。

 

「ハハッ、冗談冗談。でもまあ、本当にハマったんなら気をつけろよ。メイド喫茶は──沼だぞ」

 

 真剣な顔で何を言っているのだろうか。

 ここで働いているのは、一条リヒトの『友人』なのだぞ。幼い頃出会い、今でも交流が続く『友人』。普通の喫茶店ならまだしも、メイド喫茶というところで友人の接客を受けるのは、なかなかに気まずいものがある。

 メトロン星人(ハットさん)の件があるとは言え、そう何度も訪れたくはない場所に今一度足を運ぶことになった理由を思い出しながら、リヒトは扉を通った。

 

 

 

 

『実は明日、喫茶店でイベントがあるの。そのイベントで、リヒトさんにはなんとしても優勝して欲しいの』

 

 

 

 本当に可能なのだろうか。いくら『一条リヒト』の身体能力が高いとはいえ、ゲームとなれば運が絡んでくる。

 リヒトは特別自分が運のいい人間だとは思っていない。

 いや、そもそも運が良ければ記憶喪失なんてならないだろう。この場合、運が悪い方だと言える。

 ことりの大きな期待と信頼に応えようとはするが、果たしてどうなるのか予想ができない。

 念のための保険として、アスカを誘いはしたがこれが吉と出るか凶と出るかすらわからない。

 求める最高の結果はリヒト、もしくはアスカが優勝すること。

 反対に最悪の結果としてリヒトもアスカも優勝できないこと。

 求める結果の白黒がはっきりしているのはいいことだが、その落差があまりにも大きい。

 ちなみに、アスカにことりの事情は話していないが、逆にことりにはアスカを誘うことを話している。

 返答は「アスカ先輩ならいいか」だ。

 

(ま、こいつが写真を売るようなやつじゃないのは、なんとなくわかるしな)

 

『お帰りなさいませ! ご主人様!』

 

 ニヤニヤとした視線を背中から、正面からはメイドさんたちの元気な声を受けながら、二日連続のメイド喫茶への入店。

 メイドさんの顔ぶれは、昨日見た顔もあれば見なかった顔もいる。昨日は出勤日ではなかったメイドさんたちだろう。

 一応、ミナリンスキーの姿を見つけておく。

 ミナリンスキーは今日も元気よく接客中だ。この分なら、リヒトたちを接客することはないだろう。

 続いて、店内の様子をざっと見回す。客数は十数人。昨日より数が多いのはイベントのことを知っているからだろうか。

 この人数の中から一位にならなくてはいけない。

 そしてそれ以上に、最大の難関としてやはりあの男が立ちはだかるだろう。

 すでにテーブルに着席し、優雅にカップを口へと運んでいる男。

 メトロン星人。ここではハットさんと呼ばれているその男は、リヒトの視線に気づくと、不敵な笑みを返してきた。

 

(……厳しいな)

 

 状況を確認し、あまりの難しさに思い悩んでいると──、

 

「ちょっと、なんて顔してんのよ」

 

 ──聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「え? 美村?」

 

 その声の主は、メイド服に身を包み、やや呆れた表情を浮かべている美村(みむら)(りょう)だった。涼は腰に手を当てて、フランクな姿勢でリヒトとアスカを迎えている。

 その姿はどこからどう見てもメイドさんだった。昨日再会した友人が、翌日にはメイド服に身を包んで目の前にいる光景に、つい唖然としてしまう。

 一方、驚いたリヒトとは対照にここで涼が働いていることを知っているアスカは、なんともない様子で言葉を返す。

 

「なんだ涼、今日出勤日だったのか」

 

「……そうよ」

 

 気恥ずかしそうに、頬を赤く染めながら答える涼。

 いったいどこに気恥ずかしさを感じるところがあるのだろうか。

 そう考えながら、リヒトは涼のメイド姿をじっくりと見た。

 さすが高身長の涼だ。ことりのような『可愛い』ではなく『綺麗』が当てはまるその姿は個性を放ち、店内にいる他のメイドと比べてもしっかりと存在感がある。

 もともとここのメイド服がロングスカートの、どちらかといえば淑女のイメージを抱くメイド服であることが、艶のある黒い長い髪の涼と合わさり個性を放っているのだろう。

 と、そんな感想を抱いていると、涼がジト目でこちらを見てきた。

 

「……何よ」

 

「え?」

 

「なんだ? リヒト。お前ミナリンスキーだけでなく、涼にも惚れたのか?」

 

 どうやら、涼の姿を見すぎていたようで、また変な誤解を与えてしまっている。

 違う、と否定する声を上げる前に、

 

「ハイハイ、わかってるわよ。別にそういうつもりで見てたわけじゃないでしょ。私はわかってるから、安心しなさい。

 それと、あんたはまたそうやってリヒトを揶揄わないの。いつもやられてるからって、こんな時に仕返しするのはダサいよ」

 

 と、涼が言った。

 

「はあ!? ちげえし! 全っ然っ違うしっ!!」

 

「その反応がもう証明しちゃってるでしょ……。まあいいわ。こちらにどうぞ」

 

 友人であるからだろうか。涼の接客はとてもフレンドリーだ。

 しかしその方が変に気にする必要がなくて、リヒトとしては気持ちが楽だった。

 涼に案内され、席に腰を落ち着かせるリヒトとアスカ。涼はすぐにその場を離れることなく、二人が座ったテーブルの近くに(とど)まった。

 

「この時間帯に来たってことは、もしかしてあのイベントが目的?」

 

「おう! 目指すは優勝のみ! ミナリンスキーとのツーショットっていう滅多にないチャンス、逃してたまるかよっ!」

 

「……リヒトも?」

 

「……ああ、まあ、な」

 

 涼の雰囲気に気圧され、答えに詰まるリヒト。

 なぜ、そんなに機嫌の悪い顔をしているのか。その雰囲気を纏ったまま疑問を投げかけてくるのは勘弁してほしい。

 涼の顔つきは凛とした女性のイメージなのだから、怒るとそのキリッとした表情がより鋭くなる。

 直感的に感じる、怒らせてはいけないタイプの女性だと。μ’sにはいないタイプだ。

 そして涼の雰囲気を目の前のアスカは感じ取っているのか、と視線を向けてみると、これからのイベントにワクワクと見てわかる表情をしている。

 これは絶対に涼の雰囲気に気付いていないやつだ。

 

「ま、私には関係のないことだからいいけど。イベントに参加するなら、エントリーしなさいよ。じゃないと参加できないから」

 

「え? マジかよっ」

 

 涼にそう言われて、アスカは席を立つ。

 言われてみれば、イベントに参加するなら普通参加受付があるはずだ。リヒトはアスカに自分の分のエントリーも任せて、席にとどまった。

 

「じゃ、注文決まったら呼んでね」

 

「──あ、そうだ。涼」

 

 何か言うことを思い出したのか、アスカはくるりと振り返る。

 

「メイド服、意外と似合ってるよな」

 

「……バカっ」

 

 そう言って、涼は去っていった。

 

「んだよ、せっかく褒めてやったのに……ってリヒト、なんだよその顔は」

 

「……いや、お前ってバカだけどすげえよな」

 

 首を傾げるアスカを見て、リヒトはとりあえず殴ろうかという思考を抑え込むのだった。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 しばらくして、店の奥からひとりの女性がマイクを手に店内にやってきた。

 他のメイドさんたちと同様の衣装を身に纏ってはいるものの、漂う雰囲気は周囲とは異なる。

 どこか凛とした、落ち着いた雰囲気とも言えるその女性は、ゆっくりと店内を見回す。

 その姿を見たアスカが意気揚々と言う。

 

「おっ、キタキタ」

 

「? あの人は?」

 

「このメイド喫茶の店長さん。あの人が来たってことは、イベントの開始アナウンスをするんだろうぜ」

 

(なるほど、店長の貫禄ってやつか)

 

 女性から感じる雰囲気の正体がわかったところで、いよいよイベント開始のアナウンスが流れ始める。

 

『店内にお集まりのご主人様方ー! まもなく本日のメインイベント! 当店のナンバーワンメイド様とのツーショット券をかけた、素敵なイベントが始まりますよー!』

 

『うおおおおおおおおおぉぉぉ!!』

 

 店長の第一声と共に、軽快なBGMが店内に流れ始める。その大音量で流れるBGMに負けず劣らずの大声、店内が揺れるのではないかと思えるほどの、大きな雄叫びがこだまする。

 もちろん、リヒトはそのノリに着いていけていない。そしてアスカはノリノリで声をあげている。

 

『それではまず、ルールの説明です! ゲームは「叩いて被ってじゃんけんぽん!」を行います。対戦相手はクジによって決まり、その相手とじゃんけん! 勝ったら、こちらのピコピコハンマーで攻撃! 負けちゃった方は銀色のトレーで防御! 防御に成功したら再びじゃんけん、防御に失敗してしまったら攻撃側の勝利の一発勝負! 勝っても負けても恨みっこはなしよっ!』

 

 店長の説明に合わせて、ピコピコハンマーと銀色のトレーを持ったメイドさん二人が、ゲームの進行をジェスチャーで表現。

 

『ここで注意点! 攻撃側のピコピコハンマーは、必ず真上に振りかぶってから振り下ろすこと! 下からの攻撃や、斜めからの攻撃、横からの攻撃なんてもってのほか! 禁止行為ですから注意してくださいねー!』

 

『はーい!』

 

 ……熱量が圧倒的に違う。

 ここにいる参加者は、リヒトだけを除いて全員本気で一位を取りに来ている。それほどの熱が、空気を伝って、肌に伝わり、リヒトの感情に流れ込んでくる。

 この場にいる全員が熱くなるほどのものが、今ここにある。

 これほどの多くの人を引き寄せる人気が『ミナリンスキー』にはある。

 この場にいる全員が、生き生きとした表情で、やる気に満ちた表情で、己の目標を成し遂げるために、ここに集っている。

 みんなが『ミナリンスキー』という一点を目指して。

 ただの友人だった南ことりは、この場においてはなんだか遠い存在のように感じられて、リヒトは──、

 

「──ハッ」

 

 ──笑みをこぼしていた。

 口角が上がる。

 視線が鋭くなる。

 それは、周囲の熱にうかされてか。

 それとも、記憶を失ってもなお心にある『一条リヒト』の感性が呼び起こされてか。

 いずれせによ、そこはもうどうでもいい。

 いま、この場にいるリヒトがすべきことは──。

 

『──以上がルールとなります! ご主人様たち? 卑怯な戦法はダメだぞ♪

 正々堂々! 切磋琢磨してくれると嬉しいな!』

 

『了解しましたああああああああ!!』

 

 ──この熱に乗り、心の底からの雄叫びをあげることだ。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 くじ引きを行い、最初の対戦相手が決まる。

 用意された戦いの舞台(テーブル)は全部で四つ。四組の試合が同時に行われる。

 その一つに、リヒトは着いた。

 テーブルにはリヒトの対戦相手となる男性と、公平なジャッチを下すために配置されたメイドさんがひとり。

 正直、初戦からハットさんと当たったらどうしようかと思っていたが、ここは運が味方してくれたようだ。

 三人四組が揃う。

 漂う緊張感。

 ゴクリ、と誰かが息を飲む。

 

『それではゲーム、スタートぉ!!』

 

 店長の合図。

 同時に、

 

『叩いてぇ、被ってぇ──』

 

 メイドさんたち全員の声が響く。

 合わせてそれぞれ拳を構える。

 じゃんけんとはほぼ運で決まるもの。心理戦の要素として、じゃんけん開始前に『俺はグーを出す』などの発言する作戦はあるが、メイドさんが着いているこの場では行えない──そもそも心理戦をしたとして勝てる確率が変わるのだろうかという疑問がある──。

 だから、ほぼ運で決まる勝負となる。

 そこに問題はない。

 問題はその後だ。

 このゲームの重要なポイントはジャンケンではなく、その後にある『叩く』もしくは『守る』なのだ。勝敗に関係してくるのはこっちのアクション。

 だから、ジャンケンに気を張る必要はない。

 勝ったか負けたか。それを瞬時に判断し、適した行動をする方が重要だ。

 

『──じゃんけん!』

 

『ポン!!』

 

 リヒトの手はチョキ、相手の手はパー。

 

「──っ!!」

 

 すぐにリヒトはピコピコハンマーへ手を伸ばす。

 同時に相手はトレーへと手を伸ばし──、その手に返ってきた感触と同時に息を吐く。

 

「──っはあ!!」

 

 止まっていた呼吸が再開する。

 見れば、トレーによって防がれるよりも早く、ピコピコハンマーが相手の頭部を捉えていた。

 

「そこまで! 勝者は一条リヒト様!!」

 

 メイドさんが勝者の名を告げる。

 悔しそうに項垂れる相手。

 緊張感から解放され、テーブルに手をつくリヒト。

 

(何これ!? このゲームってこんなに疲れるもの!?)

 

 たった一戦を終えただけで、リヒトはとてつもない疲労を感じていた。

 いや、本来ならここまで疲労を感じるゲームではないのだろう。しかし、リヒトには負けられない理由がある。それがきっとリヒトにさらなるプレッシャーを与えているのだ。

 

(これ、最後まで集中力持つかわかんねえぞ……)

 

 何回戦あるのかわからないが、初戦からこの具合だとかなりの集中力が必要なのは間違いない。

 そう思いながら、リヒトはテーブルから離れる。

 入れ替わるように次のプレイヤーがテーブルに立つ。

 

「お疲れさんっ」

 

 そう言って、入れ替わるように戦いの舞台(テーブル)に向かったのはアスカだった。

 どうやらアスカの初戦はこれからのようだ。

 がんばれ、と言葉を送ってリヒトは休憩に入る。

 少しでも休まなければ集中力が保たない。一度自分の席に戻り、注文していたドリンクで喉を潤す。

 チラッと視線だけでことり──ミナリンスキーを探す。その姿は難なく見つかった。テーブルで審判をやるのかと思いきや、ミナリンスキーは店長の横で全体に向けて掛け声を送るポジションにいた。

 ちょうど次のゲームの準備中だったためか、ミナリンスキーはリヒトの視線に気づいたようだ。

 しかし、すぐに視線を外して全体を見回す。それは『ミナリンスキー』としてリヒトに関わることを避けるための行動だろう。人気メイドがひとりの客に変に視線を送るのは、周囲に気づかれれば大変なことになりかねない。

 そこらへんの気遣いができるのは、きっとことりの持つ高い空間把握能力がなせる技だろう。

 

「お休みのところすみませんご主人様。次のゲームのくじを引いていただけますでしょうか」

 

 と、そこへメイドさんがくじが入った箱を手にリヒトのところへやって来た。

 どうやら、次のゲームのくじを引かなくてはいけないようだ。

 

「了解っと」

 

 サクッと次のくじを引くリヒト。

 同時に、

 

「うっしゃ──! まずは一勝!!」

 

 豪快に勝利を手にした友人の声が聞こえてきた。

 やはり、アスカを誘って正解だった。元野球部エースの身体能力は、それなりに高い。これなら、快調に勝利を獲得していってくれるだろう。

 

(とはいえ、俺も負けてられないよな)

 

 張り合うつもりはないが、それでも心のどこかで『負けたくない』と思っているのが正直な気持ちだ。

 こちらへくるアスカ。

 

「…………」

 

 その視線はどこか挑発的だ。

 どうだ、と言っているように感じる。

 

「……負けるかよ」

 

 アスカの視線にそう返して、リヒトは次のゲームに向かった。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 奇跡とはあるのかもしれない。

 もしくは偶然の重なりか、それとも神頼みとして行った神田明神でのお祈りが通じたのか。

 

「うっそぉ〜……」

 

 気がつけば決勝まで来てしまっていた。

 

「おまえ……マジか……」

 

 隣では、つい先ほど負けてしまったアスカが、奇妙なものを見る目でリヒトを見ていた。

 その視線を向けたくなる気持ちはわかる。だが、決勝まで来てしまっていることに一番驚いているのはリヒト本人だ。これはもう、来世とかの運まで使い切ってしまっている気がしてならない。いや、それとも記憶喪失になってしまったからこそ、今すごく運がいいのかもしれない。

 

「なるほど、決勝の相手は君と言うわけか。これは、運命と言えるだろう」

 

 しかし、その運もここまでだろう。

 なぜなら、これから戦う相手はハットさん──つまり宇宙人(メトロン星人)なのだから。

 人間(リヒト)が戦って勝てる相手ではないだろう。一応、ハットさんが参加したゲームを何度か目にしたが、はっきり言って早すぎる。おかしいと感じ取られないギリギリのところの反射速度で、ジャンケンに勝ったときはピコピコハンマーを、負けた時はトレーに手を伸ばしている。そして危ない場面など一度もなく、難なくゲームに勝利しているのだ。

 隣にいるアスカも、野球部だった運動神経を生かして快調に勝利していたが、やはりハットさんの速度にはついていけずに敗北している。

 

『いや〜、やっべえわあの速度。本当に人間かよ……でもまあ、あそこまで綺麗に負けると、逆に清々しいな……ったく、どう足掻いても上には上がいるのかよ……』

 

 と、負けた時にアスカは口にしていた。

 ちょうどリヒトは待機していたこともあってその場面を見ていたが、アスカは一度ジャンケンに勝ち、ピコピコハンマーでの攻撃に回ったことがある。

 その一撃は、間違いなくヒットする速度だった。 

 事実、ハットさんの目がわずかに見開いたのをリヒトは見逃さなかった。

 しかし、防がれた。ギリギリのところでトレーで防いだのだ。

 あのタイミングで防がれては、勝てるはずがない。そんな絶望を与えるのには十分な結果。

 見た目は人間。しかし身体能力(スペック)は完全に宇宙人のソレだ。

 

「では、最後の戦いに参ろうじゃないか。光の少年よ」

 

 ハットさんはすでにテーブルでリヒトを待っている。

 

「…………」

 

 なぜだろうか。

 この一戦だけは今まで以上のプレッシャーを感じる。ウルトラマンギンガに変身して怪獣と戦う時とほぼ同じだ。

 

「ぜってえ勝てよ、リヒト」

 

 アスカからの声援を受けながら、テーブルへと向かうリヒト。

 テーブルについて、リヒトは今一度自分が置かれている状況を整理した。

 

「私は特別『ミナリンスキー』推しではないのだがね。しかし、この店の常連として、ミナリンスキーが可愛いこともまた事実。ならば、参加しない理由はない! さあ光の少年。正々堂々いこうじゃないか」

 

 ハットさんは右の人差し指でつばを押し上げ、不敵な笑みを浮かべて、準備万端といった様子。

 

(……いや、俺も別にミナリンスキーのファンじゃないんだけど……てか、ここに来たの今日が初めてだし……)

 

 チラリと、この戦いを見守っているミナリンスキーの方を見る。

 ミナリンスキー──ことりは、困った顔をしつつもこちらに声援を送っていた。

 

「……ほう、私を無視してミナリンスキーへ熱い視線を向けるとは。私のことなど眼中にないと言うわけかね」

 

「え? あ、いや別にそう言うわけじゃ」

 

「構わない。彼女にはそれほどの魅力がある。しかし、忠告しよう。目の前の相手を無視するとは、すなわち戦いに目を向けていないと言うこと。戦いにおいて、戦場から意識を外すことは愚か者のすることだ。覚えておくといい」

 

 そう言われて、リヒトは意識を引き締め直した。

 

「いい目つきになった。では、参ろうか」

 

 ハットさんが右手を構える。

 釣られて、リヒトも左手を構えた。

 両者の準備が整ったことを確認した店長が告げる。

 

『それでは決勝戦! ハットさん様VS一条リヒト様! 果たして、勝つのはどちらのご主人様? ゲーム、スタート!』

 

『叩いて〜、被って〜、ジャンケン──』

 

 張り詰めていく緊張感。

 呼吸を忘れ、リヒトは全神経を集中させる。

 

『──ポン!!』

 

 差し出された両者の手。

 リヒトの手はパー。

 ハットさんの手はチョキ。

 

「──っ!?」

 

 瞬間、リヒトはすぐに右手をトレーに伸ばす。ジャンケンに負けた以上、ここはなんとしても防がないといけない。持てる反射神経、全運動能力、脳から発せられる指令を『トレーに手を伸ばせ!!』に集中。

 だが、その視界の端で、すでにハットさんの手はすでにピコピコハンマーに伸びていることを認識する。

 まずい──と思考する暇はない。余計なことなど考えずに、持てる力全てを振り絞って、手にしたトレーを頭の方へ持っていく。

 結果、甲高い音を立ててハットさんの攻撃を防いだ。

 

「はぁ──はぁ──はぁ」

 

 防げた。それを認識してからようやく呼吸が再開される。

 再開された呼吸は酸素を求めて激しく行われ、同時にハットさんと視線が交差した。

 

 

 

 

 ──一戦で決着が着いてはつまらんだろう?

 

 

 

 

 なんとなく、彼はそう言っているのだと感じ取れた。

 おそらく今のは、リヒトが反応できるギリギリの範囲だったのだろう。それほどの余裕をハットさんから感じる。

 それはつまり、その気になれば一瞬で勝負をつけられるということ。

 まだ本気を出していないということ。

 

「…………っ」

 

 その事実に、舐められたことに憤りを感じ、しかし冷静にトレーをテーブルに戻した。

 

『……お、おお〜! 初回から息を持つかぬ一瞬の攻防! これは見応えがありますよ〜!』

 

 観戦者から熱い声が上がる。

 だがリヒトはそんなもに反応している余裕はない。

 相手がリヒトとの対決を『楽しんでいる』内に、なんとしても勝たなくてはいけない。もし『楽しんでいる』のを終えてしまったら、これは一瞬で決着が着いてしまうだろう。

 

『叩いて〜、被って〜、ジャンケン──』

 

 行きつく間もなく二回目のジャンケンが始まる。

 二手目。

 リヒトの手はチョキを。

 ハットさんの手も、同じくチョキ。

 一瞬、動きかけた手。しかしあいこなら手にするものはない。

 

『あいこで〜──』

 

 三手目。

 パーとグー。

 勝者はリヒト。

 

「──っつ!!」

 

 右手でピコピコハンマーを掴むが、コンマの差でハットさんの方が早い。

 リヒトがピコピコハンマーを手にした時、すでにハットさんの手は頭部への軌道を描いている。

 結果、この一撃はトレーによって簡単に防がれてしまった。

 

「くっ」

 

「ふっ」

 

 三回目の勝負。ジャンケンの勝者はまたもリヒト。しかし、速度がついていけないう。防がれる。

 四回目の勝負。ジャンケンの勝者はハットさん。全神経を使ってギリギリのところで防ぐ。

 五回目の勝負。あいこが三回続いた後、ハットさんが勝利。なんとかトレーで防ぐが、相手の速度がわずかに上がった。

 

(──くそっ! ここで速度上がるのかよ!!)

 

 着いていくのがやっとなのに、ここで速度を上げられたら次はない。

 防げたとしても、もう一速度上げられたらそれこそリヒトの負けが確定する。

 勝つには、次の一手──甘く見積もっても二回以内に決めなければ。

 

『叩いて〜、被って〜、ジャンケン──』

 

『──ポン!』

 

 六回目の勝負。

 リヒトの手はグー。

 ハットさんはチョキ。

 

「────!」

 

 勝機はここしかない。ここを逃せば負ける。

 リヒトの手がピコピコハンマーを掴むのと、ハットさんがトレーを掴んだのはほぼ同時だった。

 ──だめだ。このままだと防がれて終わる。

 それは、直感的に感じたこと。

 揺るがぬ事実。

 振り上げたピコピコハンマー。

 その進路を防ごうと構えられるトレー。

 またしても間に合わない。

 だが、

 

「──っ!?」

 

 ハットさんの目が僅かに見開かれ、その手が一瞬だけ止まる。

 この戦いにおいて、それは致命的な行為だ。僅かに生まれたチャンスを生かすため、リヒトが全力で右腕を動かした。

 

 

 

 

 ──ピコっ! と、軽い音が。

 張り詰めた糸のように、一瞬の気の緩みも許さない静寂の空間に、とても、場違いな音が響いた。

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

『…………』

 

 静寂。

 誰もが呼吸を忘れ、目の前の結果を遅れて認識する。

 

『──き』

 

 先に認識を取り戻したのは、他ならぬ店長。

 

『決まりました! 今回のイベントの優勝者は一条リヒト様!!』

 

『うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!』

 

 店長の声に釣られて、周囲が、リヒトが忘れていた呼吸を再開する。肩を揺らして呼吸を繰り返すリヒト。

 その前に立つハットさんは、唖然とした様子でトレーをテーブルに戻すと、ハットを深くかぶる。まるで、自分の失態を隠すように。

 

「……うむ、私の口から言っておきながら、最後に戦いから視線を逸らすとは……私もまだ甘いな」

 

 その呟きは、リヒトの耳にだけ聞こえ、彼はゆっくりとその場から去っていくのだった。




ひとまず、区切りの良いここで一度終了。
そしてそろそろ動き出す……。
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