キャスはトンデモ発言をしたあと、待ち合わせ場所だけを告げて去って行ってしまった。μ’sメンバーからの好奇の視線に晒されながら、取り残されたリヒトは天を仰ぐ。
「どうすんだよこの状況……」
説明に苦労したのは言うまでもないだろう。
それからしばらくして、リヒトは服装を新たに正して待ち合わせ場所へとやって来ていた。『デート』と銘打たれてしまった以上服装を正したいという個人的な考えもあったし、なにより気持ちの整理もしたかった。
(デート、か……キャスのやつ一体なに考えてんだ)
もちろん本気のデートではないと、リヒトだって理解している。
聞いた話によると『一条リヒト』とキャスリン・ライアンの関係は、周囲に恋人関係にあると思われるほど良かったらしい。しかし、実際のところはそのような関係ではなく『一条リヒト』からすれば拙い英語ではなく日本語で話せる相手として、キャスからすれば高いダンス技術と自分が以前住んでいたことのある国の出身者として興味が湧いていただけであり、友人兼ライバルといった表現の方が正しい。
(いや、もしかして特に何も考えてないんじゃないか)
だから、今回『デート』という単語を持ち出したのは冗談や揶揄いの類だと考える。リヒトがキャスへ乱暴に迫ったことへの罰に提案しただけ。その方が難なく呑み込める。
記憶喪失でなければ色々推測できたが、残念ながらいまのリヒトでは、キャスの思惑のカケラを掴むことすらできない。だから妥当な答えとしてはこれで十分。
時間を割きたかったのは、気持ちの整理が主。
それは思ってもいない形で過去を知る機会と巡り会えたことに、少しだけ不安を感じていたのだ。もちろん、失った記憶を取り戻すことはリヒトが第一に掲げていること。今までいくら調べても、記憶の手がかり、失った手がかり、思い出すようなきっかけ、それらすべてにかすりもしてこなかった。
それが今、失った原因がわかる状況にある。
不安、緊張。それらすべてが建物の窓に反射する自分の姿から見て取れる。
(……落ち着け、俺)
今は、その感情がなにに向けてなのかを考えるよりも、キャスを楽しませる事を考えなくてはいけない。楽しませることができなければ、思い出した事を話してくれない、と言うなんとも理不尽な状況なのだ。なんとしても、キャスが思い出した事を聞き出さなくてはいけない。
「ライト」
そんなことを、あれこれと考えているとキャスがやって来た。服装は先ほどと一緒。ただ、モデルのようにスタイルが良いキャスは周囲の視線を集めていた。
「さっきぶり。デートの承諾ありがとう」
「半分脅しだっただろ。なにが目的だ?」
「目的なんて物騒。
そうね、あるとするなら純粋にライトとデートしたいの。さあ、行きましょう。エスコートがあまりひどいと話してあげないわよ」
「おい、その人質はずるいぞ」
エスコートを任されたはずなのに、キャスの方がリヒトの手を握ってくる。
そのままキャスに引っ張られる形で始めるデート。
これでは自分がエスコートされているではないか、とリヒトは思うのだった。
☆★☆★☆★
高校生であるμ’sには、当然夏休みの課題が出されている。学生の夏休み期間における最大の敵。その多くは早いうちに手をつけないため、夏休み終盤に慌てて行うのが原因だろう。それを回避するために、μ’sは午前で練習を終え、午後は課題を進めることになっていた。
そんな中、絵里と共に課題を進めていた希の耳にパキッという音が聞こえてきた。
「エリチ……?」
音がしたのは絵里の手元。
ノートに文字を書くために使用されているペンが二つに割れていた。
絵里は壊れたペンを数秒見つめ、やがてペンケースから新しいのを取り出す。
そして、自分を見ている希に向けて、
「……気にしないで。ちょっと力が入っただけだから」
夏にそぐわない、涼しい顔で言った。
☆★☆★☆★
リヒトとキャスが訪れたのは秋葉原。元々日本のサブカルチャーが大好きなキャスは、真っ先に秋葉原に行くつもりだったらしく、デート開始と同時に秋葉原へ足を進めた。
さらに、穂乃果との会話から『スクールアイドル』に興味を持ったらしく、スクールアイドルの専門店に行きたいと提案してきた。スクールアイドルの専門店ならリヒトも一度行ったことがある。早速スコートできる状況になったのと同時、
「…………」
秋葉原は、先日の件が未だ尾を引いているリヒトにとってはあまり訪れたくない場所だった。
自然と表情が引き攣っていったリヒトを、覗き込むようにキャスが見る。
「どうかしたの?」
「いや……なんでもない。それより、スクールアイドルのグッズが置かれてる店に行きたいんだろ。なら、前に行ったことがある。案内するぞ」
「さっそくエスコートしてくれるのね」
クスッと笑みを浮かべるキャスの手を引いて、リヒトは歩き出す。
ふと、ブルッと嫌な気配を感じとった。
「…………」
「ん? また立ち止まって、どうかしたの?」
「……いや、ちょっと……気のせいか」
何か、とても引っかかる感覚に襲われたのだが一体なんなのだろうか。まさか『邪悪な魔の手』? と考えてみてが、ギンガスパークが反応したわけではない。もっとこう、本能の部分での反応というべきか。
気にしても仕方ない、と結論づける。
ともかく、秋葉原の街を歩くふたり。リヒトは脳裏に浮かぶ情報を振り払い、必要な道順のみを考える。なるべく
やがてふたりがやって来たのは、とあるスクールアイドルショップ。この店は以前、μ’sのメンバーに連れられて訪れたことのある店。自分たちのグッズが販売されている、と喜んでいたのを覚えている。特にスクールアイドルを目指して一年生の頃から日々努力していた矢澤にこの感動と言ったら、まさに『感無量』と言えるほど。その強烈な光景を覚えていたおかげで、こうして再びやって来ることができた。
「あの子たちのグッズ、もう出てるのね。活動は長いの?」
店内に入ると、さっそくキャスはμ’sのグッズを見つけた。
それを手に取り眺めている。
「活動自体は四月に始めたからな。専用サイトにも何曲かアップしているし、『ラブライブ!』出場を目指してるからいろいろアプローチはしてるらしい」
「ラブライブ? なーにそれ」
「スクールアイドルという部活動においての大きな大会。そこで優勝して、あいつらが通う学校の廃校を阻止するのが目標」
ヘェ〜と、キャスはどこか感心したように声を漏らした。
一方、リヒトは店頭に並んでいるグッズの数が以前よりも増えていることに気づいた。
(この前のライブの効果か?)
以前、μ’sはここ秋葉原にてライブを行った。その時披露したのが新曲の『Wonder zone』。ことりが働くメイド喫茶のメイド服が衣装となり、注目を集めたそのライブの効果が出ているのだろう。
実はライブを行ったタイミングがマイマイの件後だったため、リヒトとしてはことりのメンタル面に心配があった。しかし、そこはメンバーの、特に穂乃果と海未のおかげかライブは問題なく行われた。その成果もこの結果を見れば問題はないと見て取れる。
そもそも、ことりの様子がおかしいのはリヒトと接するときだけで、穂乃果たちとは普通に接している。
そう思ったとき、ふと胸が痛くなった。
「…………」
「ん? どうしたの?」
「いや、ちょっと胸が痛くなっただけだ」
そう答えると、途端にキャスは口に手を当てて「まあ」と驚く。
「大変。恋の病かしら」
「違う。てか、なんで恋につなげた」
「自分の胸に手を当ててみたら。今目の前にいるのが太陽のように明るい少女なら、ドキドキするでしょ」
にっこりと、それこそ太陽のように眩しいと表現できる笑顔でキャスは言った。
「自分で言うか」
「それが取り柄だもの。それに、デートなんだからドキドキしてほしいわ。
ちなみに私はしてる。久しぶりの男の子とのデートに」
「…………」
「あ、照れてる」
「照れてない」
「照れてる」
「照れてねえ!」
「きゃー! ライトが怒ったー!」
「店で叫ぶなって、おい! どこに行く気だ!」
足早に売り場から走り去っていくキャス。一度こちらに振り返ると、にいっと笑みを浮かべてまた走り出す。
追いかけて、という事なのだろう。もちろんリヒトはすぐにその姿を追いかけた。
キャスの容姿は特徴的であるため見失うことはない。太陽に輝く金色の髪を見失わないようにあとを追う。
夏の炎天下。さすがに全力疾走はしない。汗まみれになるのはごめんだ。
それはキャスもなのか、意外とすぐに捕まえることができた。
「あーん、捕まっちゃった」
「おい、グッズは買わないのかよ」
「うん。だって今買ってもこれから遊ぶのに邪魔になるでしょ。またあとで行くことにするわ」
「別にそんなに邪魔にならないと思うけどな」
「いいの。私がそう思ったんだから」
立ち止まったキャスは、そこでふと何か考える素振りを見せた。
「それより、いまの追いかけっこ、ちょっと楽しかったわ。だからポイントを贈呈してあげる」
「ポイント?」
突然なにを言い出した? と表情で訴えるリヒトに対して、キャスは特に反応を示さず説明に入る。
「そう。私が『楽しい』と感じたら獲得できるポイントよ。ポイントを獲得したら、少しずつライトの過去を教えてあげる。どう? これなら少しはやる気出るんじゃない?」
挑発の色が含まれたキャスの視線。
「……そこは素直に教えてほしんだけど」
「えー、それじゃつまらないじゃない。つまらないのは、あなたが一番嫌ってたことよ。
……まさか、『楽しいこと』が大好きなライトが降りるわけないわよね?」
「…………」
そこまで言われて、黙っているわけにはいかない。
リヒトはキャスの挑発的な視線を見返すと、
「上等」
と言った。
それを聞いたキャスはにっこりと笑みを浮かべる。
「やっぱりライトはそうじゃないと。それじゃあ、まずはさっきのポイント分を話さないとね。
そうねぇ……いきなり話しちゃったらポイントにした意味がないから、ここは私たちの出会った時のことから行こうかしら」
「ホント最初からだな」
☆★☆★☆★
『一条リヒト』とキャスリン・ライアンの出会いはある意味で衝撃的だったと言える。
何せ『一条リヒト』が突然踊り出し、その情報を友人伝でキャスは聞き、興味を持ったキャスから『リヒト』に会いに行った。
これが二人の出会い方なのだ。
『突然踊り出した日本人がいる。しかもかなりのハイレベル』
簡素にまとめるとそんな感じに友人が言っていた気がする。
とにかく、キャスがリヒトの話を聞きつけてやってきた時、すでに『リヒト』は人混みの中にいた。その中で『リヒト』は少し満足そうにしていたのだ。
のちに聞いた話では『リヒト』曰く、『だって、拙い英語で話すより実力見せた方が舐められないって母さんが言ってたからな』とのこと。
つまり、初っ端から実力を見せてコミュニケーションを取ろうとしたのだ。
「うん、やっぱりライトは面白い」
「そこだけ聞くと、捉え方によっては嫌な奴に見えるな」
長く住んだ日本とは違う、異国の土地を訪れて真っ先に行ったゲリラ的なダンスパフォーマンス。それによって一気に自分に興味を引かせるのは、ある意味で『一条リヒト』らしい。
結果を見れば成功と言えるかもしれないが、もし失敗していたらどうするつもりだったのか。残念ながら、その疑問はキャスが胸の内に閉まってしまったため『一条リヒト』の解答は得られていない。
その後、『一条リヒト』の噂を聞きつけてやってきたキャスがその技術力の高さに興味を引かれ、声をかけたのが始まり。『リヒト』はまさかアメリカに来て日本語が話せる人物がいるとは思っていなかったのか、かなり驚いた表情をしていた。
「あの時のライトの表情は……ぷふっ」
どうやらキャスのツボにハマるくらい面白い表情をしていたようだ。
とはいえ、今の話はすでに聞いた話。この先ポイントを獲得しても、今のようにすでに知っていることを話されてはたまらないため、リヒトは先手を打つことにした。
すなわち、すでに知っているところまで話を進めるということだ。
「そのあと、キャスの紹介で出会った『クラウス』と『セラ』とチームを組んだんだよな」
「あら、覚えてたの」
「病院である程度は聞いたからな。ハロウィンの日に仮装して、めちゃくちゃ楽しんだことも聞きいたぞ」
記憶にはないが、そこまでの話は病院で目が覚めた時に聞いている。
ゲリラダンスからキャスと知り合い、そこからさらに『クラウス』と『セラ』という少年少女と知り合う。無論、二人はアメリカ人であるため日本語は喋ることができない。そこは間にキャスが入ってもらう、もしくは拙いながらも『リヒト』がコミュケーションを取っていただようだ。
クラウスとセラもリヒトの技術力は一眼で見抜いており、キャスの提案ですぐにチームを組むことになった。話によれば、『リヒト』は基本このチームでいることが多く、学校で学ぶ時も、放課後ダンスの練習をする時も一緒だった。ハロウィンの仮装を楽しむほどの仲になっていった。
「ハロウィンを最高に楽しんだとこまでは前に聞いてる。話すならここから先のことにしてほしいな」
「…………」
「……キャス?」
キャスが停止した。笑っていた肩の震えは止まり、すとん、と両腕がぶら下がる。
「キャス……?」
もう一度彼女の名を呼んだ。
彼女の後ろ姿が不気味に見え始めた。
「キャ──」
「──ねえ、ライト」
リヒトの言葉を遮るように、振り返ったキャスの表情は真剣だった。
一瞬、気圧されるリヒト。
「ライトは、本当に過去を知りたい?」
「……なんだよ、急に」
「私たちの過去にどんなことがあっても、あなたはそのすべてを知りたい? という意味よ」
──それはどういう意味の問いかけか。
口に出かけた言葉を飲み込む。キャスの目に言葉を止めた。
キャスの問いかけを言葉通りに受け取るならば、『一条リヒト』の過去はそう易々と聞いていいものではない。
しかしそのような考えになるのはなぜか。
可能性の一つとして、アメリカでいじめもしくはそれに近いことを受けたことを思いつく。その場合は、それを避けて話せばいい。確認を取るということは、話すべき内容の中に含まれているということ。
ふと、リヒトの脳裏に浮かび上がることがあった。
傷が治る時に脳裏に流れる数々のビジョン。もしかしてそれが関係しているのか。
「……ああ。俺は全てを知りたい」
もしそうなら、尚更知りたい。
『一条リヒト』の身に一体なにがあったのかを。
リヒトの返答を聞いたキャスは、一度目を閉じる。
まるでそう答えるとあらかじめわかっていたのか。
「──そうよね。知りたいわよね」
ゆっくりと開かれる瞳。
それは──意地悪く開かれる。
「でも、ポイントを獲得したらね」
「…………そこは流れ的に話すだろ」
☆★☆★☆★
リヒトとキャスはデートを再開した。と言っても、高校生、ましてや本当の恋人関係にない二人のデートなど言い換えれば『遊び』に近い。
しかし、キャスが思い出した『一条リヒトの記憶』を引き出すには、キャスに『楽しい』と思ってもらわなくてはいけない。
ではどうしようかと考えて、ふと時刻を確認してみる。
午後二時を過ぎていた。
「そういえば、キャスは昼ごはん食べたのか?」
「ライトに会う前に済ませたわ。そっちは?」
「一緒に食べようかと思ってたから食べてないな」
元々、どこかの飲食店でゆっくり食事しながらキャスの話を聞こうと思っていたのだ。
済ませてしまっているなら仕方ない。一食食べなかったからと言って支障が出るわけでもない。
と、食べない方向に考えていると、キャスが突然声を上げた。
「あ! ならあそこ行ってみたいわ! メイド喫茶。日本に来たら一度は行ってみたかったのよ」
「え」
提案された店に表情が引き攣る。
なぜよりによってメイド喫茶なのか。
「おすすめのメイド喫茶とか知らないかしら」
「……知らないな」
「嘘つくとポイント減点になるわよ」
キャスの視線が刺すように細くなる。
「ライト、記憶喪失前の飄々としてる時ならともかく、通常時のあなたは嘘つくの下手なのよ。表情で丸わかり」
「……はあ、一店舗なら知ってる。けど──」
「──じゃあそこで決まり。早速行きましょう!」
リヒトの手を握って、視線で案内を求めてくる。
これではもう『一条リヒトの記憶』が人質だ。ここで案内をしなければ人質は離さない。そんな脅しをリヒトは考える。
無論、そんなつもりはないとも考えられるが。
「了解、わがままお嬢様」
「……ギリギリセーフにしてあげる」
キャスの手を引く形でリヒトはメイド喫茶を目指した。
どうか、知人がいないことを願って。
☆★☆★☆★
残念ながら知人はいた。
しかし、幸い南ことりは今日のシフトに入っていなかったようで店内に姿はない。代わりにいたのは
とはいえ、出くわしたのが涼だったのはある意味幸運かもしれない。向こうはリヒトとキャスの姿に面食らいつつも、無難に接客をこなしてくれた。
そして今、キャスは本日の店内イベントに参加しており、リヒトは席で待機中。
そこへ涼がやってきた。
「アスカが来てなくてよかったわね。あいつがいたらきっと面白おかしく揶揄われてたわよ」
「まだ運に見捨てられてなくてよかったぜ」
「まあでも、私もちょっとは気になるのよね。あの子誰なの?」
涼はリヒトの対面に座ると、ずいっと身を乗り出して聞いてくる。
「前も思ったけど、一人の客に対してこの接客はアリなのか?」
「私の場合は、アスカのせいで半分アリなの。あいつ、大体私にちょっかいかけてくるのよ。それで店長も半分了承してる。まあ、メイドにいじられるご主人様って形の見せ物だろうけどね」
涼の接客はメイド喫茶にしては素気ないと表すべきか、それともカラッとしたものと表現するべきか。とにかく、他のメイドに比べて独自のスタイルを確立しているようだ。
「それで、教えてくださるかしら。ご主人様?」
ニヤッとしながら、顎を手の甲に乗せて聞いてくる。
聞くまで居続けるつもりだろうと判断。渋々口を開く。
「『一条リヒト』とアメリカでダンスを一緒に学んでた友人」
「なんで一緒にいるの?」
「俺と同じ日に記憶をなくして、でも思い出したってことで来てくれた」
「アメリカから?」
「そう。ただ、すぐには話してくれなくて、デートして楽しいと思ったら話してくれるんだとよ」
「……苦労してるっぽいわね」
「まあな」
他人に気苦労させられるのは涼も身に覚えがあるのか、好奇心の視線から同情の視線に変わっていた。
ふと、会話が途切れたことでリヒトの脳裏にある人物のことが思い出される。
聞くべきか、聞かぬべきか。しかし一度浮かんだ疑問はそう晴れることがない。苦い顔をしつつ、リヒトは涼に問う。
「……なあ、聞いていいか?」
「なにを?」
「マイマイのこと。今もずっと行方不明か?」
『マイマイ』の名前を口にした瞬間、涼の表情が変わる。
周囲を見渡して、首を縦に振って、小声で言った。
「家にも帰ってないし、学校にも行っていないみたい。完全に行方不明。ま、一部ではハットさんと駆け落ちしたって噂もあるけど、これはマイマイを妬んでた奴らの戯言でしょう。警察に捜査依頼を出したみたいだし、見つかるといいんだけど」
「そうか」と言ってリヒトは目を閉じた。
ここまで来れば、自ずと最悪の結果になってしまったのだと考えつく。
『邪悪な魔の手』の生贄になった……しかし、ザムリベンジャーとなった彼女を元に戻すことはできたはずだ。それなのに、一体なにが足りなかったのか。
「ね、私からも聞いていい?」
「?」
「マイマイが復帰した日のこと。私、あの日のことなんかぼんやりしてるのよね。アスカに聞いても同じ。ことりは違うみたいだけど、話してくれなし。この日以降マイマイが姿を消した。あれだけ来てたハットさんも来てない。ねえ、この日何かあった?」
涼とアスカに関してはハットさんによってマイマイがザムリベンジャーになった時のことを忘れるようにされている。だから、『なにがあった』かを覚えていない。それでも、前後の記憶と辻褄を合わせるためにした結果、多少無理が生じてしまっているようだ。
涼曰く『ボヤッとしてうまく思い出せない。別になにもなかったような気もする』とのこと。
「別になにもないぞ」
「……嘘でしょ」
「嘘じゃない」
涼の細い目が向けられる。
嘘が下手なのはさっきのキャストの会話で知っている。だから、嘘だとわかるのは仕方ない。それを無理やり通すしか今のリヒトにはできない。
無言で涼の視線を見返す。
数秒の時が経過。
視線を飛ばす涼と受け続けるリヒト。
そこで、イベントを終えたキャスが戻ってきた。
「あはっ! 最高! とても楽しかったわ! ライトも参加すればいよかったのに! って、なんだか空気が重いわ。どうしたの?」
キャスの登場に涼とリヒトはそれぞれ視線を緩める。
「そっか。それはよかったな。けど俺は……ほら、キャスをエスコートするのが今日の役目だからな。キャスに楽しんでもらうのが優先だ」
「そう……質問の答えは?」
「このメイドさんとは知り合いでね。ちょっと睨めっこをしてたのさ」
視線で涼に問いかける。
「これ話は終わりだ」と。
それに対して不満げにしつつも、キャスが来たことで引き時だと理解してくれたのだろう。先ほどまでのフランクさが消え、仕事モードに切り替わった涼が立ち上がる。
「そうです、お嬢様。イベントはお楽しみいただけたでしょうか」
「もちろん! 最高だったわ!!」
「それはよかったです。どうぞこの後もお楽しみください」
そう言って、涼は離れていった。
入れ替わるようにキャスが座る。
「今の人もライトの友達なのよね? こっちでも友達多いの?」
「どうだろうな。記憶喪失の俺じゃあわからねえ。向こうはどうなんだ?」
「んー、こっちは基本チームでいることが多かったわね。クラウスがダンスばかだからよくそれに付き合っていた感じよ。飽きるくらいまでダンスを踊って、とにかく二人ともよく一緒にいたわ。でもそのおかげで、ダンス大会とかでいい記録残したのよ」
ドリンクで喉を潤しながら説明を始めるキャス。
「今の髪色もクラウスの影響で染めたものだし……あっそうだ。ライト、今でも炭酸は苦手?」
「そうだな。苦手だな」
「それもクラウスのせい。ハロウィンの日にたくさん飲んで吐いちゃったの。それ以来炭酸がダメになっちゃったみたね。かわいそうに」
なるほど、となぜかはわからないが炭酸飲料がダメな理由が意外なところで判明した。
「他にもリングやピアス、ネックレスなんかもクラウスの影響」
「クラウスの影響受けすぎてないか?」
「それはそうよ。クラウスからしたら、ライトはいいライバルでお気に入りだったんだもの。お気に入りだから、自分の好きなものを共有したい。そしたら、クラウスの提案をどんどんやっていって……ぷふっ、一度はひどい時があったわね」
何かツボにハマるようなことを思い出したのか、声を出して笑い始める。
「喧嘩した時もあったけど、それはお互いのダンスに対する想いから来てたものだし。
本当にあの日々は楽しかった……毎日一緒にダンスを踊って、買い物して、パーティーして。クラウスを取られたと思ったセラがライトにした悪戯は最高だったわ」
「取られたって……」
「ボーイフレンドが取られたら、ガールフレンドとして嫉妬するのは当然よ。ライトもそうでしょ? エリーって子が他の子と仲良くしてたら嫉妬するでしょ?」
エリーとは『一条リヒト』が絢瀬絵里を呼ぶときの呼称。なので、絵里が他の男子と仲良く会話している姿を連想してみる。
「…………」
なんとなく、むすっとくることだけはわかった。
とはいえ、正直なところ記憶喪失となった今では絢瀬絵里に対する恋心がよくわからない。もちろん可愛いと思うし、好きだっていう感情はある。しかしそれが、どこかずれているような気もするのだ。
今の自分とは違う、誰かの感情。だけどそれは間違いなく一条リヒトのものであり、しかしリヒトとは違うもの。
「……俺って、どんな人間だったんだろ」
「面白い人間よ」
ポツリと溢れた言葉にキャスが返答する。
「楽しい人間。諦めの悪い人間。そんな人間。
私の中にあるライトとの思い出はどれも楽しいものだったわ。あなたは常に笑顔で、周囲の人も笑顔にしてくれる。ライトも、その周りも、全てが楽しそうだった」
昔の思い出を懐かしむ彼女はとても楽しそう。
「ハロウィンの日もそう。楽しいイベントだから、みんないっぱいにハメを外して楽しんだ。仮装もしたわよ。お菓子をたくさんもらって、ハロウィンイベントのダンスにも参加して……」
ふと、そこでキャスの言葉が途切れた。
「キャス?」
気になったリヒトは声をかける。
また、糸の切れ人形のように止まったキャス。しばらくして、キャスは先程とは打って変わって静かなトーンで話し始めた。
「参加して……その日に全てが崩れた」
「は?」
「そうね……そう、この日がきっと崩壊の始まりだった」
不穏なワードが飛び出す。
店内に響く陽気な声とは裏腹に、キャスの雰囲気が反対のものに変わっていく。
「ライト、場所変えましょう。ここで楽しかったポイント分の話をしてあげる。
ライトが知りたかった、ハロウィン後の話を」
ゴクリ、と自然とリヒトは息をのんだ。
次回、いよいよリヒトの過去が紐解かれます。