ギンガ・THE・Live!   作:水卵

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前回更新からずいぶん空いてしまいました。
気づけば2022年が終わり2023年。
今年は更新速度上がるよう頑張りたいです。


第二章:いざ海合宿

 矢澤にこによる、なんとも締まらない合図から始まった今回の合宿。

 目的地は西木野真姫が所有する、近くに海がある別荘。

 合宿の提案者は高坂穂乃果。連日続く夏の暑さによって、普段練習場として使っている学校の屋上が死と隣合わせの場所になっている模様。

 そこで夏合宿を立ち上げた。この合宿にはμ’sのレベルアップ、メンバー間での先輩後輩禁止、そして不調の続くリヒトのリフレッシュが目的とされている。前二つはともかく、最後の『リヒトのリフレッシュ』はほぼおまけだ。

 しかし、穂乃果の様子を見るにおまけではないのだろう。

 心配をかけている、ということに自覚を持ちつつ、リヒトは今回の合宿でμ’sからの信頼回復を掲げるのだった。

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 音ノ木町を出発してしばらく。

 目的地の別荘へと到着した。

 

「……………………」

 

 目の前に聳え立つのは間違いなく『別荘』と呼べるもの。その圧倒的な存在感にリヒトたちは面食らっていた。

 

(マジか……医者の娘ってすげぇ)

 

『別荘』と聞いていた時点で、ある程度は予想できていた。

 しかし、こうして実物を見ると改めて実感する。

 

 

 西木野真姫はお嬢様なのだと。

 

 

 リヒトが普段見ていたのは、同年代の少女たちと共にスクールアイドルに勤しむ姿。そして制服に身を包み、勉学に励む姿。どれも一般的な女子高生の姿と変わりない。

 時々、言動に『お嬢様の価値観』が見受けられたが、それよりも普段の姿の方が目にすることが多かった。

 だから、こうして改めて実感するとなんとも言えないものである。

 別荘の外観に感想を述べた穂乃果と凛に対し、

 

「そう? 普通でしょ?」

 

 と言ったときはさすがに「わーお」と言ってしまった。

 

「何よ?」

「いや、別に」

 

 どうやらリヒトの声が聞こえていたらしい。

 鋭い視線が飛んできたので、リヒトは慌てて話題を変える。

 

「これからどうするんだ? すぐに練習ってわけにはいかないだろ?」

「そうね。まずは荷物を置きに行きましょう。そして休憩を挟んだ後、練習をしましょうか」

 

 リヒトの疑問に絵里が答えた。

 真姫の案内の元、各々割り振られた部屋へと向かう。ちなみに、別荘の中身は外観に負けないほどすごく、一つ一つにみんな声を漏らしていた。

 穂乃果たちの案内が終わると、最後にリヒトが案内された。

 

「リヒトさんはここを使って」

「…………」

「?」

 

 リヒトから返事が返ってこなかったことが気になったのか、真姫は首を傾げてきく。

 

「どうしたの?」

「いや、別に……なんか、落ち着かなくてな」

「え? リヒトさんが?」

 

 真姫の表情には『意外』という驚きが見て取れる。

 

「……なんだよ、変か?」

「変じゃないわ……ただ、意外というか……」

 

 続きを言っていいのか、というのが真姫の表情に出ている。

 ──はあ、とリヒトはため息をついてしまった。

 真姫の反応。それはリヒトがよく見るものだった。

 どうやら『記憶喪失前の一条リヒト』を知る人間からすると『今の一条リヒト』の言動には違和感があるらしい。その違和感を感じた人のほとんどが、今の真姫のような反応を見せる。

 それはまるで、『今のお前は一条リヒトではない』と言われているような気がしてならない。もちろんこんなのはリヒトの妄想であって、実際には言われているわけではない。だが、同一人物であるはずなのに、そのような反応をするのはどうなのかと、思ってしまうのだ。

 

「記憶喪失前がどうだかしらねぇけど、今の俺は落ち着かない。そもそもなんで女子の合宿に男が参加してんだって──あー今更か……悪い、俺も少し気疲れしてるみたいだ。中で休んでるから、時間になったら呼んでくれ」

 

 つい言葉が強くなってしまった。それを誤魔化すように言葉を羅列して、部屋の中へと逃げるように入る。

 荷物を下ろして、備え付けのベッドにダイブする。

 さすが別荘。いい素材だ、なんて感想を抱くが、慌てて頭を振って起き上がる。

 ベッドで横になるのはまずいと判断。床に座って、顎に手を当てる。

 

(ここまで襲撃の気配はなし、か……俺がもっと疲弊するのを狙ってるのか?)

 

 ──現在のリヒトは、音ノ木町にいるときとは違い『イージスの力』の加護を受けていない。

 それは、敵勢力に直接襲われる可能性がある、ということを意味する。

 

 

 

 音ノ木町には、かつて『ウルトラマンノア』が訪れたという記録がある。その時、ノアは遥か未来に起こる災厄を予知し、自らの力の一部を地球へ残していった。

 それが『イージスの力』と呼ばれているもの。『イージスの力』には様々な力があり、そのうちの一つは戦闘時、戦闘による被害を防ぐために戦いの場を別位相の空間へと転移させる力。これにより、ウルトラマンと怪獣の戦いが公になることはない。

 また、『イージスの力』が展開した位相空間では、光の戦士の力は増幅する。つまり戦いを有利に進めることができる空間を形成してくれるというわけだ。

 そしてもう一つ。『イージスの力』による加護を受けられる。これはリヒトが日常生活を送る上で発揮されている効果であり、この加護によって、リヒトの身が守られているのだ。

 リヒトが持つ『ウルトラマンギンガ』の力。それは『ローブ男』や『白い少女』の目論見を阻む力だ。そんな力を持つ人間がいるとなれば、放っておくわけがない。隙があれば変身する前に襲う、力を奪うなどやり方はいくらでもある。

 つまり、リヒト自身を直接襲えば済んでしまうということだ。

 それらを防ぐために働いている力が『イージスの力』の加護。これによってリヒトは敵から直接狙われることを防いでいる。

 しかし、この効力は『イージスの力』が眠っている音ノ木町でしか発揮されない。リヒトが音ノ木町から離れれば、効力は失われ、直接襲われる。

 実際、一度音ノ木町を離れた際に『ローブ男』に襲われ、絵里がワロガにダークライブした際にとても大変な危機に陥ったことがある。

 加護ないない状態で狙われれば、最悪詰んでしまうことだってあり得る。

 

 

 だが、これほどのリスクを冒してでもやることに意味があった。

 それは、リヒト自身を危険に晒すことで『ローブ男』たちの意識を向けられるということ。今までは、誰かが『ローブ男』と接触した時、心の闇が増幅させられ怪獣にダークライブする。そこで、ギンガスパークが闇の波動を感知し、リヒトが動き出す。

 一歩遅れての行動になってしまうのだ。

 しかし、今リヒトが狙われればすぐにギンガスパークが反応し、迎撃が可能となる。それに前回は自分が守られていると知らなかった。知っている今なら、備えることができる。

 

(もちろんタダで勝てるとは思っていない。けど、やるしかないんだ。もうこれ以上、時間をかけるわけにはいかない)

 

 敵の魔の手はμ’s以外にも及ぶようになった。もしこの先、さらに範囲が拡大し無差別に怪獣化されたら、リヒト一人では守りきれなくなってしまう。

 戦えるのはリヒトだけ。一人では守れる範囲が限られている。

 だから、この合宿で自らを危険に晒し、戦いに決着をつける。

 それがリヒトが合宿に参加した一番の理由。

 すでに精神的な疲労も感じられる。この先、経過する時間が長引けば、より疲労は溜まっていくだろう。それまで待っているのかもしれない。

 だとしても、

 

「……よし」

 

 例えどんな状況であろうと、リヒトは勝たなくてはいけないのだ。

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 とはいえ、リヒトにはもう一つこの合宿で達成しないといけないことがある。

 

 

 μ’sからの信頼回復だ。

 

 

 コーチを引き受けたのにも関わらず、ここ最近は情けない姿を見せてしまっている。そのせいで穂乃果に心配をかけ、今回の合宿を企画する要因の一つになってしまったのだ。

 理由はもちろんある。しかしそれはリヒトの問題。穂乃果たちが知らない、リヒトの戦いで生まれた『悩み』のようなもの。それを解決するのもまた、リヒト自身で行わなければならない。何も知らない少女たちには、何も知らないままでいてほしい。

 そのためにも、本当の理由は隠しつつ、しかし失った信頼は回復しないといけない。

 今一度気を引き締め、みんなが待つ集合場所へと向かい──早速、頭を悩ませることとなった。

 

「…………」

 

 リヒトの目の前にあるのは、海未が考案した合宿の練習メニュー二日分。本来はリヒトも関わるべきだったのだが、リヒトの不調から任せるわけにはいかないと、海未に強く言われてしまった。

 結果、このメンバーの中で弓道部に所属している海未が、メニューの考案を行った。

 

「……なあ、海未」

「なんでしょうか」

「俺が言える立場じゃねえけどさ……これ、本気か?」

 

 張り出されたメニューには、後ろにいる穂乃果たちも絶句している。

 

「ランニング10キロ、腕立て腹筋20セット、精神統一、発声、ダンス、遠泳……アスリートでも組まねえぞこんなメニュー」

 

 メニューを読み上げたリヒトの後ろでは、穂乃果と凛が強く頷いているのを気配で感じる。

 海未の方も思うところがあるのか、グッと拳を握り込み、歯を食いしばって言う。

 

「考えたんです。私たちがもっと上達するにはどうすればいいのか、と。そして思いついたんです。すべての技術を上達するには、そのための『基礎』ができていないといけません。特に、最近はダンスの練習ばかりでした。なので、ここは今一度『基礎力』に目を向けるべきだと思ったんです。そして、最近おろそかになってしまっている体力作りに重点を置き、このメニューを考えたんです」

「いや、だからって限度があるだろ。持たねえぞ?」

「大丈夫です! 熱いハートがあれば!」

 

 とても熱のこもった瞳で力説する海未に対し、リヒトは頭を抱えた。

 まさか、自分が関わらないだけでこんなことになってしまうとは。しかしこれはある意味リヒトが引き起こしてしまったこととも言える。なんとかして打開策を考えなければ、と思っていると、同じく練習メニューに戦慄していたにこ、穂乃果、凛の三名が動き出した。

 

「あー! 海未ちゃんあそこー!」

「え? なんですか?」

 

 凛は海未の手を掴み、明後日の方向を指差す。もちろんそこには何もない。何もないが、『何かあるのだ』と叫ぶ。それは彼女の役目が海未の気を引くことだからだ。具体的に何か策があればよかった。しかし、知り合ってまだ数ヶ月の凛は海未のことをよく知らない。

 だから勢いだけで押し通す。

 それは結果的にいえば効果抜群だった。海未は『押し』に弱い。そして凛は『押す』のが性格に合っている。

 結果、凛は己の役目を果たすことができた。すでに穂乃果とにこを筆頭に、メンバーは海へと走り出している。

 

「あなたたち、ちょっと!」

 

 止めようと手を伸ばしても、すでに駆け出したメンバーの背中は遠い。

 まんまと作戦にハマってしまった海未にリヒトたちは苦笑するしかなかった。

 

「まあ、仕方ないわね」

「いいんですか? 絵里先輩……あっ」

 

 と、絵里を呼んだところで何かに気付いたのか、ハッとなる海未。

 そんな海未に向けて、絵里は片目を瞑りながら返す。

 

「禁止、って言ったでしょ?」

「すみません……」

 

 どうやら『先輩』をつけてしまったことが理由らしい。

 謝罪の言葉を口にする海未に向けて、絵里は仕方ないといった表情を浮かべる。

 

「μ’sはこれまで部活の側面も強かったから。こんなふうに遊んで、先輩後輩の垣根を取るのも重要なことよ」

 

 なるほど、とリヒトは思った。

 絵里の言う通り、これまで部活色が強かったμ’sがいきなり先輩後輩をなくすのは難しい話だろう。現に海未が絵里を先輩呼びしてしまったのがいい例だ。

 これを改善するには、練習よりも遊びのほうがうってつけだろう。

 加えて海未考案の無理なメニューも回避できる。さすが生徒会長と言ったところだ。

 

「ん? 希? なんでカメラなんて持ってんだ?」

 

 リヒトは希がカメラを準備していることに気づいた。

 

「PV動画を撮ろうと思ってな」

「PV?」

「メンバーも増えたことやし、こういった日常の動画があればμ’sのアピールにもつながると思うんよ。それに今サイトにあげとるのはエリチとウチが加入する前のもの。そろそろアップデートが欲しいと思ってたところなんや」

 

 たしかに、と希の言葉に膝を打ち──しかし同時に首を傾げた。

 

「それなら俺、邪魔じゃね?」

「そこはうまくカメラワークを働かせるで。万が一の時は編集でどうにかするし、あとは……PV映像に使えなくても、思い出を映像に残しときたいんよ」

「ふーん」

 

 そう言ってにっこりと微笑む希。その表情にはどこか哀愁を感じられたが、次の瞬間には消えていた。

 ともあれ、これで練習ではなく海で遊ぶこととなった。希はPV動画を撮ると言っていたが、具体的なテーマはなく、ただ遊んでいる風景を撮影する方針らしい。

 そんな傍で一人、海には行かずに砂浜で読書をしている少女がいた。

 

「西木野は行かないのか?」

 

 西木野真姫は浜辺に設置したビーチベッドに横になり、パラソルで太陽の熱を遮断して、テーブルにはドリンクを用意して、完全に『私は読書して過ごします』と言った様子になっていた。

 

「私はいいわ。柄じゃないし」と、リヒトの問いかけにもそっけなく答えた。

「柄って……ませてんな」

「どういう意味よ」

「深い意味はない」

 

 真姫からの視線を避けつつ、同じく隣に設置してあるビーチベッドに倒れ込む。

 

「つか、西木野は俺に対してタメ口なんだな」

「……敬語にした方がいいですか?」

 

 何気なく言った一言だったのだが、どうやら真姫はそれをまずい方向に捉えたのか、咄嗟に敬語で返してきた。

 

「別に。お前は子供の頃から俺のこと知ってるんだろ? ならタメ口でも構わねえよ。つか、敬語だとなんかイメージが崩れる」

「イメージって……」

「イメージは大事だろ? アイドルとしての売り方にも関係する。何より“記憶喪失前の俺”と“今の俺”でイメージが違うって困惑する奴らがいるんだから間違いない」

「…………」

「あ、別に深い意味はないからな。もう慣れたから関係ないし」

「その割には気にしてるように見えるけど」

「えー、そう見えるか?」

「ええ」

 

 ズバリと言い切られてしまった。

 しかし、それは仕方のないこと。

 記憶喪失前と記憶喪失後。違うのは記憶があるかないかだけ。それ以外は同じ“一条リヒト”だ。

 それなのに、リヒトと“一条リヒト”がまるで別人かのような反応をされることが多い。気にするな、というのが無理である。

 

「……なあ、西木野から見て“一条リヒト”はどんな人間だった?」

「何よ急に」

 

 真姫は視線こそ本に向けられているが、しっかり会話を返してくれる。

 こういうところは真面目だな、と頭の隅で思いつつ続ける。

 

「ほら、せっかくの機会だし改めて聞こうかと思ってさ」

「別にいいけど……言っておくけど、私とリヒトさんとの関わりってあまりないから。怪我をして病院に運ばれてくるのをよく見た、くらいよ」

 

 それは以前にも聞いたことがある。“一条リヒト”は昔からいろいろやんちゃだったらしく、よく怪我をしていたそうだ。

 そこでよく運ばれていた先が真姫の父が医院長を務める西木野総合病院。

 

「そうなのか? 俺はてっきり交友がある仲だと思ってたんだけど」

「……まあ、私が誘拐されそうになった時以降は、それなりに交友があったけど。そもそもリヒトさんがこっちにくるのは夏休みと冬休みくらいでしょ? そしてそのほとんどは高坂先輩たちと遊んでたんだから、私との交友は限られてるわ」

「じゃ、その限られた中で思った“一条リヒト”のイメージってどんなのだ?」

 

 “誘拐”というワードが出てしまったため、なるべくそこから意識を外すように早めに次の問いを行った。

 真姫は読んでいた本に栞を挟んで閉じる。

 

「どんなのって言われても『いつも怪我してる人』とか『元気な人』とかよ。やんちゃ、うるさい、明るい、元気、嘘つき、夢、そんなワードがぴったり合うかしらね」

「……悪口、入ってないか?」

「それは捉え方次第よ」

「んじゃ、良い方に捉えとく」

 

 真姫はテーブルに置いていたジュースを手に取り、一口飲んで続ける。

 

「ただ、聞こえてくる『音』はいつも真っ直ぐだったわよ。最初は見栄を張っているような音だったけど、いつかそれが自然になっていた。相手を必ず楽しませる、そんな意思が込められていたわ」

 

 西木野真姫は耳が良い。それは単に聴力が良い、とうだけにとどまらず、その音に込められている意味なども聞き取れるのだ。

 ピアノをやっていた影響だろうと本人は言う。しかし、それで片付けるには難しいほどに、真姫の聴力は素晴らしいものだった。

 別の例を挙げるならば、南ことりの空間把握能力及び動体視力に並ぶもの。ことりの場合、幼い頃の事情から目が鍛え上げられ、時にはウルトラマンとして戦うリヒトを救ったことすらある。

 おそらくそれに並ぶほどの聴力を真姫は有していると、リヒトは思っていた。

 

「その真っ直ぐさだけは、リヒトさんの良いところなんでしょうけど」

「おい、それ以外にも良いトコあるだろ」

「最近の失態続きは?」

「…………」

 

 そこを突かれると痛い。

 というか、それにはとてもとても深く重い理由があるのだが、他言できない以上他者からそう見えても仕方ない。

 

「悪かった」

「?」

「最近の失態続きにだよ。自分のメンタルをケアできてない。そのせいで関係ない西木野たちに迷惑をかけてる」

「いや、別にそんな──」

「──理由はどうあれ、そう見えたんならそれが俺の評価だ。

 ま、西木野からもそういう評価ってことは、記憶喪失前の“一条リヒト”の為人(ひととなり)が理解できたよ。概ねみんなが言っていたことが合ってるってわけだ」

 

 今のリヒトとは異なる点が多い。

 それは、果たして記憶喪失だけで片付けられる理由だろうか。

 まるで別人。

 そんな印象をどうしても拭えなかった。

 結論が出たところで、ほんの少しだけ無言の時間が続いた。読書を再開した真姫だが、リヒトが隣にいることが気になったのだろう。本に視線を向けたまま言う。

 

「ところで、リヒトさんは向こうに行かないんですか?」

「希がカメラ回してんだぞ。俺が映ったら面倒だろ」

 

 それにリヒトはいつ襲われても迎撃できるように全体を見ていなくてはいけない。あの中に混ざったら、全体把握など到底できるはずがない。自分の役割を全うするためにも、ここにいるしかなかった。

 幸い、今は希がPV用にカメラを回している。その間はこの理由で混ざるのを回避できるが、もし撮影が終了しらたどうするか。

 

(希は俺の事情を知っているし、合わせてくれることを祈るしかないな)

 

 浜辺で騒ぐ少女たちの声をBGMに穏やかな時が流れる。

 そんな時、

 

「なら、今度は私の質問に答えて欲しいんだけど」

 

 と、真姫がそんなことを言ってきた。

 

「別にいいぞ。お礼になんでも答えてやる」

「その……」

 

 軽い調子で促して、真姫の言葉を待つ。

 しかし、なかなか次の言葉が出てこない。

 横目で様子を伺ってみると、訊きたい内容は決まっているがそれを本当に訊いていいのか、なんて言葉を並べるべきかを迷っているようだった。

 一体どんなことを聞こうとしてくるのか。

 こういったシチュエーション特有の水着の感想か?

 それともリヒトが合宿に参加した意図か?

 もしくはリヒトに対しての“先輩禁止”についてか?

 などなど、適当に聞いてきそうなことを考えていると、ようやく真姫が

 

「その、前に私がパパに向かって“音楽の道”と“医者の道両方”を歩むって言った日のことなんだけど」

 

 と、言った。

 その瞬間、リヒトの肩に力が入る。

“その日”のことを訊かれるとは思っていなかった。完全に意識していないところからの質問に一瞬だじろぐ。

 しかし、すぐに平静を取り戻し、努めて自然と質問の続きを促す。

 真姫は慎重に言葉を選びながら言った。

 

「あの日のことは鮮明に覚えている部分とそうでない部分があるの。まるで白昼夢を見ているよう。でも、時折はっきりと覚えている部分があるから、明晰夢とも言える不思議な体験。その中で私が訊きたいのは、()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

「あの日、怪獣になった私を助けてくれたのはウルトラマンギンガだってパパから聞いた。私もウルトラマンギンガに助けてもらったと思ってる。姿もはっきりと覚えている。けど、私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()。私は真っ白な空間の中で、リヒトさんと会話をした。リヒトさんに道標を示してもらった。けどそれは、白昼夢のように曖昧な部分があって……」

 

 リヒトは視線を真姫に向けない。

 その言葉を邪魔することもしない。

 だから、真姫は意を決して言う。

 

「ねえリヒトさん。あなたはウルトラ──」

 

 ──しかし、真姫の言葉を遮るようにビーチボールがリヒトの元へ飛んできた。

 

「うおっ!?」

 

 顔面にヒット。

 とはいえ、リヒトめがけて飛んできたわけではないので痛みはない。

 ただ、こういったものは反射的にボールを飛ばした者を探そうとするものだ。

 

「誰だ!?」

「ごめ〜ん!」

 

 見れば、穂乃果がこちらに手を振っている。

 

「穂乃果! お前か!?」

「ごめんってばー。それより、りーくんもこっちに来て遊ぼうよ!」

「ったく……俺はいいよ、お前らだけで遊べよ」

 

 そう言ってボールを投げ返す。

 すると、にこが目を細めて言う。

 

「何言ってんのよ。一体誰が、誰のために今回の合宿企画したと思ってんのよ」

「いや、μ’sの強化合宿だろ」

「それに加えてあんたのリフレッシュもあんのよ。いいからこっちに来なさい。じゃないと、大変なことになるわよ」

「脅し文句が怖えよ」

 

 何が大変になるかはわからないが、この場において下手なことをすれば嘘でも大変な容疑をかけられかねない。

 リヒトは渋々と言った様子で立ち上がると、

 

「あー、悪いけど、また後でいいか? このままだと、俺の今後が危ない」

「……ええ、いいわよ」

「悪いな」

 

 とても不服そうな真姫に向けて謝罪する。

 しかし、ここはある意味穂乃果に助けられた、と言えるだろう。

 

(まさか、今それについて訊かれるとはな。心臓飛び出るかと思った……西木野は覚えてる様子……なら、小泉や矢澤はどうなんだ?)

 

 真姫は間違いなく、リヒトがウルトラマンギンガであるのかを確認しようとしていた。もしあのままボールが飛んできていなかったら、リヒトはなんと答えていただろうか。正直に正体を明かすか、それとも何か理由を作って隠すか。

 ちらっと希の方を見てみる。どうやらボールが飛んできたのは完全な偶然らしく、リヒトの視線に首を傾げるだけだった。

 

(ま、西木野がはっきり覚えてるなら隠せないだろうし、話すしかないよな)

 

 穂乃果たちの元へ向かう途中、ことりと目があった。

 ことりはリヒトと目があうと、気まづそうに視線を逸らす。

 

(……ことりとも話つけないとな)

 

 先日の件で、ことりもリヒトがウルトラマンギンガだと知っている人物となった。まだそのことについて話し合えていない。なんとかタイミングを見つけて話すべきかと、思うのだった。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 

 数分後。

 早速、リヒトはコート外へと移動することとなった。

 遊びながら周囲を警戒するのは至難の業だ。どうしたって片方に集中することになってしまう。顔面にボールがぶつかった時は、思わず失笑してしまうくらいだ。

 改めて自分が無理な状況に身を置いていると痛感する。

 

「大丈夫ですか?」

「……さすがに失態すぎて落ち込む」

 

 顔を押さえながらコートから出るリヒトに付き添って心配の声をかけてくれたのは、小泉花陽だった。

 

「ごめんなさい」

「謝る必要なんかないわよ。集中してなかった一条が悪いんだから」

 

 ボールを当てた人物、凛は申し訳なさそうにするが、それをにこが一喝する。悪いのは一条リヒト、だと。

 実際にこの言う通り、集中できていないリヒトが悪い。しかしそれでも、顔面にボールが直撃するのは心のダメージが大きかった。

 

「矢澤の言う通りだけどよ、そんなに言わなくてもいいだろ……なんか、最近あたりが強くないか?」

「当たり前でしょ」腕を組むにこは即答だった。「あんたの最近の態度見てたら言いたくなるってものよ」

「いや、そうだとしてもきつくねって思うんだけど……」

「確かに。にこ先輩、一条先輩への当たりがきつい気がするにゃ」

 

 凛もリヒトの意見に同意する。

 すると、にこはやや呆れたように言った。

 

「私が言わなかったら、あんたにだれも何も言わないでしょ。それに、他はどうか知らないけど、私はあんたから直接スカウトされた。このμ’sに。それには大きな感謝をしてる。もう一度スクールアイドルができるんだから」

 

 にこの表情から、その言葉に嘘偽りはなく本心だとわかる。

 矢澤にこは、一年生の時からスクールアイドルだった。穂乃果たちよりも早くにスクールアイドルを初め、しかしメンバー間でのいざこざが原因で解散。以後、彼女はずっと一人で燻っていた。スクールアイドルに対する熱い思いをその胸に抱きながら、同時に己の熱が原因でメンバーが去ってしまった心の傷を抱えながら。

 しかし今は穂乃果たちと出会い、再び舞台(ステージ)に立つことになった。

 そのきっかけを作ったのは、穂乃果たちではなくリヒトなのだ。スクールアイドルにとって必要な“アイドルとしての魅せ方”を学ぶためには“矢澤にこ”の力が必要だと判断してのこと。無論穂乃果たちに相談してのスカウトだったが、発案者はリヒト。そしてにこからしてみれば、そのスカウトは自分の人生を大きく変えた運命そのもの。

 リヒトはそのきっかけをくれた人なのだ。

 にこはリヒトをまっすぐ見る。

 

「いい? 私はあんたのスカウトを受けてμ’sに入ったの。それはつまりあんたの言葉を信じたってことよ。信じた言葉に応えてるんだから、あんたもにこをスカウトした分の責任を取りなさい」

 

 と、言った。

 まっすぐな言葉だった。

 思わず、目を見開いて数秒固まってしまうほど。

 

「……もしかして、矢澤って結構俺のこと信頼してんの?」

「……普通わかっても黙ってるもんよ。あとそこ、にこ先輩じゃないでしょ」

 

 気恥ずかしくなったのか、頬をほんのり染めつつリヒトを睨み、誤魔化すように凛の先輩呼びを指摘するのだった。

 自然を笑みが溢れた。

 

「……ありがとよ。すげえ嬉しいわ」

「何よ、急に」

「ただ礼を述べただけだって。ありがとう」

「え、ちょっと重いんだけど」

 

 なぜか礼を述べただけなのに引かれてしまった。

 むすっとした表情を返すと、

 

「あ」

「今度は何よ」

「いや……」リヒトは改めてこの場にいる三人を見る。「この三人とは初めて知り合ったんだなって思ったんだよ」

 

 リヒトの言葉の意味がわからないのか、首を傾げる三名。

 

「ほら、μ’sの約半分は“一条リヒト”を知ってる組だろ。でも三人は“今の俺”と初めましてな訳だ。それだけだよ」

 

 そう、それだけ。リヒトが気づいたことはそれだけだった。“一条リヒト”を知らない三人。彼女達が知っているリヒトは記憶喪失後の今のリヒト。

 

「なあ、三人には今の俺、どう見える?」

 

 だからだろうか。

 自然とその言葉を発していた。

“一条リヒト”を知らない三人には、今のリヒトはどう見えているのだろうか。

 そんな、純粋な疑問。

 

「どうって……」にこは怪訝な視線を向けてくる。

 凛と花陽は言葉の意味がわからず困惑している。

 言葉にしてみて、自分が突拍子もないことを訊いていることに気づいた。

 

「あ、悪い。深い意味はない。たださ、記憶喪失前の俺を知っている奴に聞くと、だいたい同じ意見が返ってくるから、記憶喪失前の俺を知らない三人からの意見を聞いてみたくなったんだよ」

「あんた、それ結構気にしてるわよね」

「……正直なところ、結構気にするさ。だって、まるで別人のようなことを言う奴もいるんだぜ? 参るって」

「一条先輩はいつから記憶喪失なんですか?」

 

 と、凛が言った。

 

「去年の十二月からだな。ダンスを学びにアメリカに行って、そこで何かに巻き込まれて、記憶喪失になった。それ以前の記憶はさっぱり」

 

 軽い口調で、軽い言葉で言う。

 でなければ、先日判明した自分の過去に押し潰されそうになるからだ。

 

「はあ……」

 

 説明しても実感がわからないのだろう。

 凛はポカンとした表情を浮かべている。

 

「ま、記憶喪失なんてそう現実(リアル)で起こるもんじゃないからな。説明してもわからなくていいのさ」

「もしかして、最近の不調はそれが原因?」

「あー、関係あると言えばあるし、ないと言えば、ない?」

 

 嘘は言っていない。

 あると言えばある。しかしないと言えばない。

 じろっとにこから視線を向けられる。

 

「そんなに違うんですか? 記憶喪失前の一条先輩と」

「凛ちゃん!?」

 

 凛の直球の質問に隣で花陽が目を丸くする。

 

「らしいな。なんでも、記憶喪失前の方がもっと飄々としてたらしい。今の方が真面目だって」

「それって今の方がいいんじゃないの?」とにこ。

「そうか?」

「私に聞かないでくれる?」

 

 うーん、と首を傾げるリヒト。

 

「もしかして、記憶戻ったら今以上にダンスに厳しくなったりすんですか?」

 

 と、凛が言う。

 彼女の目は少し怯えている。

 その怯えはきっと、自分の体が硬いことを治すために行ったストレッチの地獄を思い返しているのだろう。

 

「いや、その……多分ないと思うぞ?」

「…………」

「わ、悪かったって。ダンスのことになると、どうも手が抜けなくて」

「凛とかよちんはダンスコーチをしてる時の一条先輩は怖いです、めちゃくちゃ怖いです」

「え? まじ?」

「うん。だよね、かよちん」

「う、うん」

 

 花陽もどちらかというと、リヒトに持っているイメージは『怖い』だろう。

 そこで、二人と会うのはほぼダンス練習の時だということに気づいた。ダンスの時の、コーチとして厳しく指導している時。

 

「……うん、ごめん」

「何謝ってんのよ」

「だって、ダンスの時めちゃくちゃ怖がらせちゃってるから」

「そうね。あんた、その時マジで怖いから」

「…………」

 

 リヒトはしゃがみ込んだ。

 心のダメージは深いものだ。

 

「……以後、気をつけます」

「けど、普段はお兄さんって感じですよ!」

「花陽。それフォローのつもりでしょうけど、今はこいつにとどめ刺すだけよ」

「え?」

 

 にこの言う通りである。

 しかし、

 

「……けど、ふふ。なんか新鮮だな。初めて聞く話だからか、ショックもあるけど」

 

 今まででは聞いたことのない言葉を聞いた。それは少しだけ嬉しかった。

 いつもとは違う回答。それだけで、ちゃんと『今のリヒト』を見てくれている。

 記憶喪失前のリヒトはではなく、今のリヒトを見てくれている人がいる。

 

「なんで喜んでのよ……」

「一条先輩って……よくわからないにゃ」

 

 凛の小言がリヒトの耳に聞こえてきた。

 うん、これは改めて頑張らないといけない気がしてきた。

 

「よっしゃ。んじゃ、二人への印象を良くするために思いっきり遊ぶか!」

「何して遊ぶのよ」

「んなもん決まってるって。海と言ったらスイカ割りだ。こっちに来る時に、西木野に聞いといたからな。待ってろ、すぐ準備する」

 

 そう言って、ビーチベッドの方へと向かうリヒト。

 

「あ、手伝います」

 

 後ろから花陽がついてくる。

 

「ん? 別に俺一人でもいいんだけど」

「えっと。その、実は一条先輩に聞きたいことがあって」

「俺に?」

 

 リヒトの横を歩く花陽。

 その表情はつい先ほども見た、真姫と同じもの。

 

「信じてもらえるかわからないですけど、私、怪獣になったことがあって。その時、一条先輩を見たような気がするんです」

「……俺を?」

「はい。大きな光の巨人の中に……」

「………」

「………や、やっぱり今のは聞かなかったことにしてください!」

「え? ちょっと!?」

 

 恥ずかしくなったのか、花陽は顔を真っ赤にして走り出してしまった。

 ポツン、と取り残されるリヒト。

 

(……マジか。そういや、小泉も怪獣になってたんだっけ。けど、西木野とは違ってはっきりと覚えている様子じゃなかったよな)

 

 ふと、μ’sの中でリヒトがウルトラマンギンガであることを知らないのは、穂乃果、海未、凛だけの三人だけでは? と思えてきた。

 

(これ……隠してるって言えない、よな)

 

 もはや、全員にバレるのも時間の問題な気がしてくるのだった。

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