第16話の佳境。
どうぞ。
[02]
神田明神へと急ぐ一条リヒト。その足は次第に早まっていった。まるで小包から感じる恐怖に突き動かされているように足を動かす。事実リヒトの頬を一滴の汗が流れ落ちていた。
リヒト自身、なぜここまで急ぐのかわかっていない。わからないが、一刻も早く神田明神へ辿り着かなくてはいけない事だけはわかる。焦りと恐怖を脇に抱えているなんの変哲もない小包から与えられる。
しかし、西木野総合病院から神田明神まではそれなりに距離がある。残念ながら恐怖が支配している頭では、最短ルートの候補が思考に浮かび上がってこない。故に、途中の信号機で足を止めることとなった。
その時、背中に何か強い衝撃を受けた。
「──!?」
車道に体が飛び出る。別の恐怖が一条リヒトに走る。車に轢かれるかもしれないという死の恐怖。
歩行者用の信号機が赤ならば、当然車道の信号機は青。車に轢かれてもおかしくはない状況。
しかし──幸というべきか──信号が変わったタイミングだったので、車はまだ発車していない。代わりにクラクションと運転手の怒号が飛んできた。
運転手に頭を下げ、一体誰がこんなふざけたことをしたのかと、後ろを振り返る。
しかし、そこには誰もいない。
「…………」
犯人は逃げた。そう考えられるが、それにしては姿を消すのが早すぎる。リヒトの背中を押して、それから音も気配もなく姿を消せるのか。
疑問は解決しないが、今優先すべきは小包を神田明神へ届けることだ。考えることを中断し、手放してしまった小包の行方を探す。
先ほどの衝撃で手放してしまった小包は、幸い車道ではなく歩道の端に転がっていた。拾い上げると、その形は落とした衝撃でより歪んでしまっていた。元々、奉次郎を訪ねてやってきた男性が持っていた時点でボロボロだったのだ。それがより歪んでしまっている。
「ん? 破れてる」
破れている箇所を見つけた時、
ゾワリと、とてつもない嫌な感覚が背中に走った。
「──っ!?」
咄嗟に手で破れた箇所を覆う。
背筋に走った感覚は、今までに感じたことのない感覚だった。生命本能が危険を知らせるアラート。この小包の中身は常識の範疇を超えた得体の知れないもの。今すぐこれを捨てろ、手放せ、関わるなと、様々なアラートが脳内を走る。
濁流の投げれる思考を止めるように、肩に手を置かれた。
反射的に払い除けて振り返ると、それは絵里の手だったことに気づく。
「ちょっと、そんなに驚かなくてもいいじゃない」
むすっとした絵里の表情。
「わ、悪い」
謝ると、絵里の表情が怪訝なものへと変わる。
「大丈夫? さっきより顔色悪くなってるけど」
「……大丈夫、だ」
と、まるで自分自身に言い聞かせるように言う。
息を吸って、
「それよりなんで着いてきてるんだ?」
と言った。
「あのね、見送るって言ったでしょ」
呆れながら絵里は続ける。
「それにいきなり、なんの説明もなしに帰ると言われて、置いていかれるこっちの身にもなってちょうだい」
少し怒っているようだった。考えれば、寝不足なリヒトの容体を心配してわざわざ家にまでやってきてくれたのだ。それを放置、とまではいかないが、せっかくの行為を無碍にされてはたまったものではないだろう。
どうやって機嫌を直してもらおうかと考えると、絵里の隣で海未が神妙な顔つきになっていることに気づいた。
「海未? どうした?」
リヒトが問いかけると、海未は震える指先でこちらを指してきた。
「リヒトさん……その、小包……」
正確にはリヒトが持つ小包を示している。
「これか?」
「はい……」海未の声はとてもか細い「なんだか、とても嫌な感覚がするんです……いえ、私がそう感じているのではなく、これが感じとっていると言いますか……」
海未の持つ『イージスの破片』が震えている。先ほどよりも強く震えるそれは、何か危険を知らせているように見える。先ほどリヒトが感じたものが、とても危険なものであるかのような、そんなことが読み取れる。
「……とにかく、俺は神田明神に行かなくちゃいけない。海未のソレもこの小包に反応してるしな」
リヒトは小包を指しながら、
「これがここにあるとまずい。詳しくは俺もわかんねえけど、でも、とにかく安全な場所へ行かないといけないことだけはわかるんだ」
自分でも説明になっていないと自覚している。
二人は訳がわからない、という表情を浮かべているが、リヒトも詳細な説明ができるわけではない。とにかく、今優先すべきなのは二人への事情説明よりも、急いで神田明神へ行くことなのだと、それを理解してもらうしかない。
リヒトはその足を再び神田明神へ進めるが、ギンガスパークが『闇の波動』を感知する。
ふわりと、音もなくローブ男が現れた。
「やあ」
なんの変哲もなく、唐突に現れたローブ男。まるで道端ですれ違った知人に挨拶するかのような気軽さ。緊張感も、こちらへの殺意も何もない。
だがリヒトはすぐに警戒態勢を取る。
ローブ男の目はリヒトの持つ小包に向いた。
「君が持っていてくれたのか。なら事を早く進めよう」
すっと手を差し出して、
「それは僕の物だ。こっちに渡してくれ」
「……断る」
リヒトの中に確信が生まれた。
この小包は決してローブ男の手に渡してはいけない。
渡すわけにはいかない危険な物なのだと。
「そうか。ま、そう答えるのはわかってたけどね」
リヒトの答えを予想していたか、仕方ないといった様子のローブ男。
「なら、力ずくで行くしかない」
ローブ男が手を構える。
防御のため、ギンガスパークを突き出すリヒトだったが、放たれた衝撃波は明後日の方向へ飛んでいった。
「……当たらないことはわかっていたけど、ここまでとは思わなかった」
ローブ男は信じられないといった声音で言った。
よくわからないが、ローブ男の攻撃はリヒトに当たらないと考えてよさそうだ。
リヒトはギンガスパークを振るった。斬撃を飛ばし、ローブ男を攻撃。
同時に、
「二人とも走れ!!」
二人に声を飛ばしながら、別ルートで神田明神へと向かう。
「リヒトさん! せめて説明を──」
「──そんな場合じゃねえんだよ!!」
ビクッとリヒトの声に海未が怯える。申し訳ないと、心の中で謝罪を述べながらリヒトは走った。
小包の中の『何か』が大きく反応を示している。これは『ローブ男』の存在に反応していると考えていいだろう。これが『ローブ男』の手に渡ることだけは絶対に阻止しなくてはいけないと、直感でわかった。
その瞬間、リヒトの真横を衝撃波が通り過ぎる。衝撃波はリヒト達の行先を邪魔するかのように着弾。爆風に足を止める。
ぞわりと、すぐ横に気配。ギンガスパークを握った右手をそのまま横に振り抜く。
「おっと」
伸ばしていた手を引きながら『ローブ男』は大きく後ろに下がった。
「ソレは見えるから手を伸ばしてみたけど、ダメだね。あははは、目で見えているものと実際の距離がバグってる。笑えるね。加護って本当に厄介」
ぷらぷらと手を揺すりながら、ローブ男はどうしようもないと言いたげに笑った。
その姿がとてもローブ男らしくないと思い、ふと、おかしな点に気づいた。以前、音ノ木町の外で『リーブ男』の襲撃を受けた時は、手も足も出ずに一方的にやられた。しかし、その時に比べて今の『ローブ男』の攻撃には正確性がない。さっきだって、音ノ木町の外ならリヒトが反応していた頃には腕を掴まれていたはずだ。
しかし、腕は掴まれていなかった。
もしかして、『イージスの加護』の効果によって『ローブ男』の攻撃がリヒトに当たらないようになっているのかもしれない。
好都合。『ローブ男』との決着も考えられるが、今重要なのは神田明神へ行くこと。いくら加護があるからと言っても、まともにやりあえる相手ではない。『ローブ男』を牽制しつつ、神田明神へ向かう。それが今の最善の手だろう。
しかし、
「……うん、ここら一帯巻き込めばいいか」
瞬間、広範囲でローブ男の攻撃が行われた。
(──ふざけんな!)
一点集中攻撃ができないなら全体攻撃をしよう、なんて脳筋がしそうなことをローブ男がやるとは思ってもいなかった。急いで絵里と海未を引き寄せ、ギンガスパークでバリアを張る。
バリアを叩かれた衝撃に体が宙を舞う。
目を回すわけにはいかない。すぐに反撃できるように体制を立て直そうとするが、『ローブ男』のやみくもな攻撃が再び襲いかかって来る。
世界が何度も回った。
アスファルトに倒れ込むと、所有していた怪獣のスパークドールズが転がった。
「っと、なんだ、持っていたんだ」
テレスドン、キングパンドン、ゾアムルチ、モンスアーガー、グワーム、バルタン星人、バリュード、ボーダ星人。つい先日リヒトが手に入れた怪獣たちを含めて合計八体のスパークドールズ。襲撃に備え、全戦力を所有していたのがここにきて裏目に出てしまった。
以前、音ノ木坂学院にて南ことりの母親が狙われた際、『ローブ男』はスパークドールズを食べることで、闇の力を回復できると『白い少女』が言っていた。スパークドールズには『大いなる闇』の力の一部が封印されているからだ。あの時は二体だったが、今回は八体もある。全て食べられてしまっては、回復される闇の力はどれほどのものになるか。
すぐに手を伸ばして、ボーダ星人のスパークドールズを掴む。しかし、運悪く手の届く距離に落ちていたのはこれだけ。他は全て『ローブ男』の手に渡ってしまった。バリボリと噛み砕かれるスパークドールズ。
「うーん、やっぱり薄いな」
まるで薄味の食事をしたかのような感想。
しかし、これでリヒトの手札はボーダ星人、ウルトラマンギンガ、ウルトラマンティガの三枚。バルタン星人が回収できていれば、この場から即退避できたかもしれないが、ボーダ星人では退避が難しい。ウルトラマンのどちらかにウルトライブすれば、すぐに退避できるかもしれないが、あくまでウルトラマンの力は切り札。最悪、ティガを絵里と海未に預けなくてはいけない可能性を考えると、迂闊には切れない札だ。
選択を迫られる。ここで『ローブ男』に応戦するか、それとも無理やり神田明神へ向かうか。怪獣のスパークドールズを食べたことで、僅かではあるが闇の力が増幅している。先ほどまでであれば、無理やりに突破することができただろうが、今の状況では突破するために『ローブ男』の相手をしなくてはいけない。小包を絵里と海未に預け、応戦する。それも手の一つだろう。
考える。考えて、
「よし」
と、ローブ男の何気ない声と、すぐに「きゃっ」と短い悲鳴が隣から聞こえた。
海未の首元に添えられる『ローブ男』の右手。
「君に比べたら見えるからね。さて、お決まりのセリフとしてこう言うべきかな。この子の命が惜しければ、その小包を渡せ」
「…………」
選択肢がなくなった。今、リヒトが取れる選択肢は一つだけになった。だが、この選択肢は『終わり』を告げる最悪の選択。だがこれを選ばなければ、海未の命はない。
リヒトが小包を渡そうとした時、海未の持つ『イージスの破片』が輝きを放つ。
「──それは!?」
ローブ男に明確な動揺が走った。『イージスの破片』は強い輝きを放ち、その光に危険を感じたのか、『ローブ男』は海未から離れた。
刹那の瞬間に生まれた隙。リヒトはギンガスパークの力を解き放ち、一気にゼロ距離に接近。『ローブ男』の腹部にギンガスパークを突き刺し、一気に力を込めて吹き飛ばす。
「海未!」
海未の無事を目線だけで確認。そのまま手を取り、絵里を抱き寄せ、ギンガスパークの力を解放。光となって移動する。事情を知らない海未から戸惑いの声が上がるが、もう今更説明する暇もない。このまま一気に神田明神へ向かう。
しかし、
「──残念。怪獣を食べる前だったら、それで逃げられたのにね」
進行方向に突如現れる『ローブ男』。
リヒトの視界が闇に染まった。
☆★☆★☆★
『ローブ男』が行ったことは至極単純なことだった。一条リヒトの行き先がわかるのなら、見え難くても関係ない。『
こうした荒技ができるのも、スパークドールズを食べ闇の力を補充できたからだ。
『大いなる闇』の力の一部が封印されているスパークドールズ。それを合計七体分の力を補充できたのは、『ローブ男』にとって嬉しいことだった。
☆★☆★☆★
「さて、これで君の逃げ場はもうない」
王手とも言える状況にリヒトは唇を噛んでいた。すでにその足は止まっている。これ以上進んでも、出口があるかなんてわからないからだ。『闇の異空間』が展開された以上、ここから抜け出すには『ローブ男』を倒すしかない。
『ローブ男』の言う通り、逃げ場を失った。
「──リヒトさん」
考えるリヒトの耳に海未の声が聞こえてきた。
「これ……」
海未が持つ『イージスの破片』が僅かに輝いている。それは小包に反応を示していた時と同じ──ではない。全く別の意味で輝きを放っていた。
瞬間、ハッとなってリヒトは行き先──位相が変わる前であれば神田明神がある方角を見た。どこまでも続く赤紫色の景色の先で、一番星のように輝く光を見つけた。その光はまるで出口を示すかのような小さい光。
「まさか……」と呟いてリヒトはすぐにギンガスパークを光の方へ向け、光となって移動を始める。
『ローブ男』を通りすぎ、神田明神の方角へと進む。海未の持つ『イージスの破片』もその輝きを増していき、まるで共鳴しているようだ。
いや、まさに共鳴しているのだ。神田明神に眠る『イージスの力』と海未の持つ『イージスの破片』。それは同じ力である。故に『イージスの力』が闇の異空間への介入を始めている。
今、闇の異空間の端は『イージスの力』によって光の異空間へと塗り変わりつつある。そこへ辿り着くことができれば、この場所から脱出できるとリヒトは判断した。いや、そうでなければ困る。
祈りながら進むリヒトだったが、
「通す訳ないでしょ」
冷徹な声に叩き落とされた。二人を気遣う余裕もなく、バラバラに落下する。その衝撃で小包がリヒトの手元から飛んでいってしまう。
「二人とも、無事か!?」
痛む体を抑えて声を飛ばす。
「なんとか……大丈夫よ」
「私も……」
絵里、海未それぞれから声が返ってきた。幸い、大怪我はしていないようだった。
束の間の安心。しかし、最悪の気配を感じてすぐにそちらを見る。
『ローブ男』が小包を手にしていた。
──ドクン、とリヒトの心臓が跳ねる。
「やっと、戻ってきた」
『ローブ男』の手によって、小包が乱雑に開けられる。
「やっぱり『封』はしてるよね。まあ、もう意味ないけど」
札のようなものが見えたが、『ローブ男』の手によって一瞬で燃えてしまった。
何かが解放されようとしている。急いで止めなくてはいけない。リヒトは立ち上がり、ギンガスパークを振るって『ローブ男』の動きを止めようとするが、振るわれた右手に弾かれてしまう。
「さて」と言って小包の中から取り出されたのは、一体のスパークドールズだった。
「あ」
──まずい。まずい。まずい。逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。
それはもう本能に近い行動だった。『死』から逃れるための当然の行動。
逃避。
リヒトはすぐに絵里と海未と共にその場から逃げた。思考など回っていない。あるのはただ『今この場からすぐに離れないと死ぬ』と言うことだけ。
☆★☆★☆★
『ローブ男』が取り出したのは人型のスパークドールズだった。全身真っ黒、そして赤いラインが走った人型のスパークドールズ。『ローブ男』はそれを愛おしそうに撫でたあと、飲み込んだ。
──一瞬の静寂ののち、世界が揺れた。
とめどなく溢れる力。
湧き上がってくる力。
『ローブ男』はその姿を変え、産声を上げた。
『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎────!!』
世界が揺れる。
空気が震える。
終わりが生まれた。
☆★☆★☆★
その雄叫びが聞こえた時、三人は反射的に後ろを振り返った。地平線の向こうから聞こえる、世界そのものを揺らす雄叫び。姿は見えないが、間違いなく生まれてしまった。蘇ってしまった。最悪の終わりが。
全ての可能性が失われた、絶望しかない世界。絵里も海未も生命の本能がそれを理解させた。
──同時に、三人の視界に紫色の光が迫った。避ける暇などない。リヒトは咄嗟に二人を抱き寄せ、着弾の衝撃に備える。
着弾の衝撃。リヒトは自らの背中から闇の異空間の地面へと落下。勢いを殺すことができず、ガリガリと背中で地面を削りながら滑る。途中、シャツが破れ、皮膚が裂け、血が飛び散るがすぐに治癒される。
ようやく止まった時、背中の残ったシャツの生地は真っ赤に染まっていた。
「リヒトさん!」
「リヒトくん!」
海未と絵里が顔を真っ青にして叫ぶ。
リヒトの呼吸は荒い。いくら怪我がすぐに治るとはいえ、その痛みまではすぐに消えない。あくまで死なないように体の傷が治るだけだ。霞んだ視界に、二人の泣きそうな顔が見える。
リヒトは笑って、
「……なぁーに、泣きそうな顔、してん、だ」
と言ってみたが、自分でも驚くほど掠れた声だった。
思いの外ダメージを受けてしまったらしい。
ググッと腕に力を入れて立ち上がる。立ち上がって、息を吸って、ここからどうするかを考えようとして、
『終末』の存在がその視界に映った。
「────────────────────」
呼吸が、思考が、生命活動が、命の働きが、一瞬止まった。目の前の『死』によってリヒトは絶命──。
「────はっ!?」
──する一歩手前でリヒトは現実世界に戻ってきた。
膝から崩れ落ち、両手を地面についく。
呼吸が荒い。汗が噴き出る。ボタボタと視界に落ちてくる大粒の汗。
今自分がいるのは現実の世界なのか、死後の世界なのか。生きているのか死んでいるのか、五体満足なのか。グラグラと思考が定まらない頭を振って、顔を上げる。
今はまだ視界にはっきりとは映っていない。だが間違いなく、いる。
『死』の具現化がこの地平線の先にいる。
「リヒト、さん……」
震える海未の声が聞こえた。彼女の持つ『イージスの破片』はまるで危険信号かのように点滅を繰り返している。その点滅にどうすればいいのか、訳がわからない海未は困惑するしかない。
もう片方、リヒトの身を案じて置かれていた手の震えを感じた。その手は絵里だ。彼女もまた恐怖で顔を真っ青にしている。
二人を見て、もう一度落とした視線にはギンガスパークがあった。そしてそれを握る右手の甲には六角形の紋章が浮かんでいる。
「…………」
リヒトは右膝を上げ、立ち上がる準備に入った。
「絢瀬。これを」
「え?」
困惑する絵里の手に、リヒトはウルトラマンティガのスパークドールズを握らせる。
「ここから脱出できたら、じいちゃんの元へ向かえ。脱出までの道は俺がなんとかする。海未はそれを絶対に手放すなよ」
「何を言っているの?」
「いいか。俺に何があっても、二人だけで脱出することを考えろ。優先しろ。絶対に戻るな。止まるな」
絵里の言葉を無視して、リヒトは二人の手を取る。そして絵里と海未、互いの手を握らせて、
「この手を絶対に離すな。いいな」
「待ってください! リヒトさん、説明をしてください! 何が起きているんですか! リヒトさんはどうするんですか!?」
「ごめんな、海未。巻き込んじまって。説明は……もうできそうにない。全部飲み込んで、言う通りにしてくれ」
「リヒトさん!」
「じゃあな」
リヒトは二人に止められる前に、ギンガスパークの光を解き放った。
☆★☆★☆★
天へと昇る眩い光。
少女たちの前でウルトラマンギンガへと変身した一条リヒト。
彼がウルトラマンギンガであることを知らない海未は、その光景に本日何度目かの驚きに襲われた。
ギンガは二人を光で覆い尽くすと、そのまま先ほどまで向かっていた方角へ投げ飛ばした。ギンガが力尽きるまで、その球体は保持される。つまり、二人が異空間を脱出するまで倒れるわけにはいかない。それまでの時間をなんとか耐えなくてはいけない。
可能性なんてない。
それでもやらなきゃいけない。
ギンガは二人の行く末から、後ろ──“死の権化”へと振り返る。
ゆっくりと、ソレは歩んできた。
真っ黒な体に血管のように赤いラインが走っている。胸にはリヒトが初めてギンガスパークを手にした時に見た二人の巨人の内の一人と同じく、Y字型の赤いコア。赤い瞳が静かにこちらを見据えている。
その巨人の名をリヒトは知っている。
『ティガ伝説』において『大いなる闇』と共に人類を襲撃した闇の魔神──ダークザギ。
絶望の化身が今目の前にいる巨人。
一瞬たりとも気を抜いてはいけない。
全神経を集中させ──、
──目の前にすでにダークザギの姿はない。
ギンガの体がくの字に曲がる。足が地面から離れ、打ち上げられた。
ダークザギの拳が腹部に突き刺さり、打ち上げられたと理解するのと同時、すでに上空に移動していたダークザギは、両腕を振り下ろしギンガを叩き下ろす。
地面と接触する寸前、今度はダークザギに蹴り飛ばされる。ワンバウンドしたところで、後頭部を掴まれ、叩きつけられ、再び上空へ投げ飛ばされる。
風圧に体の自由を奪われる。背後の衝撃。背中を殴られ、落下──地面と接触する前に足を掴まれ、叩きつけられる。
上下する視界、ただひたすらに叩き助けられ、蹴られ、殴られ、バウンドし、捕まれ、叩きつけられ、投げ飛ばされる。その繰り返し。反撃以前、体勢を立て直す暇さえ与えられない。
まるで嵐の中に放り出されたような感覚。地面に落下して、止まることさえない。地面を抉りながら引き摺られ、上空へ放り出されると、鋭い蹴りが突き刺さり、上へ飛ばされる。
鞭のようなしなやかな蹴りで、再び地面に叩きつけられる。光弾が豪雨のように降り注ぎ、浮いた体をもう何度目かわからない空中への打ち上げ。
何度も繰り返されるダークザギの攻撃。
ギンガはただその暴力に晒されるだけ。
最初の一撃からギンガは一撃も防げていない。
その光景は、先に飛ばしたはずの絵里と海未にも見えていた。
少女たちは信じられないといった表情でその光景を見ていいる。
あのウルトラマンギンガがここまで防戦一方になることが、ギンガの戦いを見てきた少女たちからしれ信じられないことだった。もちろん、今まで苦戦しているところはあった。彼女たちが信じられないのは、手も足も出ないでやられていること。今まで自分たちを助けてくれていたあの光の戦士が、ここまで一方的にやられていることを、信じたくないという心。
だが、少女たちの視界に広がる現実は、まるで子供に蹴られる石ころのように飛ばされるギンガの姿。
ギンガの体がボールのように何度も何度もはねる。
それをずっと見続けている。
「──もうやめて!! リヒトくんが死んじゃう!!」
絵里の叫びも虚しく、暴力の嵐はやまない。
打ち上げられたギンガの体。その先──さらに上空へと飛んだダークザギは、一撃、光弾を放つ。たった一撃。しかし巨大すぎる光弾はギンガの姿をあっという間に飲み込み、地面へ着弾。轟音と閃光。
──そして同時に、絵里と海未を包んでいた光が霧散した。
それすなわち、ギンガの力が尽きたということ。爆心地にウルトラマンギンガの姿はなかった。
闇の異空間へ投げ出される絵里と海未。そのんな二人の目の前にぼとりと、
小さい悲鳴が二人の口から漏れ、その物体が血で赤黒く染まった一条リヒトだと理解した。
あまりにも悍ましい姿に、二人は喉の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。
「あーあ、ひどいな。君たちを守った英雄を前にして吐いちゃうなんて」
黒い巨人の姿は『ローブ男』の姿に戻っていた。
「まあ、久しぶりの力にテンション上がっちゃったから、ついやりすぎちゃうこと人間だってあるよね。でも問題ない。彼は死なない。その塊もすぐに人の形に戻るから。ってか、いってる側からもう戻ってるか」
『ローブ男』の言う通り、赤黒い塊はすでに一条リヒトの姿に戻っている。先ほどの塊が見間違いかと錯覚するほどに、今の彼は五体満足でいた。
「はは、あれだけやっても人間の姿に戻るんだ。こう言っちゃなんだけど、それはもう化け物でしょ。人間じゃない。ああ! なら君たちが吐いたのも問題ないか。だって汚物見たら吐き出しちゃうもんね」
『ローブ男』は邪悪に笑う。
一方、少女たちは何をすればいいのか、どうすればいいのか何もわからずにいた。リヒトの姿についても、それを見た自分たちが嘔吐してしまったことも、『ローブ男』を前にしてどんな対応をすればいいのか。何もわからず、ただ茫然としているしかなかった。
だが、海未は自分の右手に何か暖かいものを感じた。その暖かさが止まっていた海未の思考を再始動させる。
海未の右手にあるのは『イージスの破片』。そして、その破片から広がり始める光。光は海未と絵里の後方──本来彼女たちが進むべき方角──へ広がっていく。同時にその光の先には、オレンジ色の地面が広がっていた。『イージスの力』が干渉し、こちらに広げている光の異空間。あそこまで行けば脱出できる。
そう思った時、
「行かせると思う?」
『ローブ男』の冷徹な声が聞こえてきた。
すでに『ローブ男』は力を取り戻している。こちらに侵食してくる光の異空間を跳ね返すなど簡単なこと。そして、破片を持つ海未の命など簡単に奪えてしまう。
今この場で、潰すべきは『イージスの破片』。絵里の持つ蒼き輝石もあるが、それが本来の力を取り戻せたとしても、この状況を打破するには弱すぎる。故に破壊するべきものは決まっていた。
しかし、
「させると思うか」
「なんで動ける!?」
流石の『ローブ男』も驚きの声をあげた。
なぜなら立ち上がったのは一条リヒトだからだ。全身を血で赤黒く染め、本来であれば生きているはずのないダメージを負い、意識を失ったはずの一条リヒトが今『ローブ男』の前に立ち、その腹部に掌底を放った。
普通であれば大した一撃にはならなかった。しかし、立ち上がることのないと思っていた人物が立ち上がった驚きによって、その一撃は通った。ローブ男の体が後方へ飛ばされる。
「リヒトくん!」
絵里が涙ながらに声を上げる。
しかし、
「すまないが、私は
リヒトの声が否定する。
え、と困惑する二人だったが、次の瞬間、二人は一条リヒトに押し飛ばされた。さらなる困惑が二人を襲う。
だが、押し飛ばされたことで絵里と海未の体は光の異空間側に入った。
「──諦めるな。逆転の手はある。君たちが持つ、破片とライトスパーク。方法は一度行っている」
一条リヒトの瞳が絵里を見る。
そして、背後に振り返り、突撃した『ローブ男』とぶつかる。
「もしかして、傷の修復効果の副作用で君が呼び戻された? てっきりアメリカで死んだかと思ってたよ」
「これは私も予想外のこと。しかし、おかげで貴様を止めることができる」
「一時的に、ね」
『ローブ男』が力を込めるだけで、一条リヒトの体は簡単に飛んだ。膝をつき、すぐに呼吸が荒くなる。万全ではないと一目でわかる。
しかし、仕事は果たした。
絢瀬絵里と園田海未。二人は光の異空間へ辿り着き、『イージスの力』は異空間を閉じた。
もうこの場に少女たちはいない。逆転の札は確かに守り抜いた。
☆★☆★☆★
そして、少女たちは気づけば神田明神の敷地内にいた。
あたりに人はいない。先ほどまでの嵐が嘘のようにあたりは静かだ。
ポツポツと雨が降り始め、やがて大粒の雨に変わる。
何が起きたのか、少女たちにはわからない。
ただ茫然と雨に打たれるだけだった。
第16話 ダークザキ襲来・完
◯あとがき
ウルトラマンギンガ劇場スペシャルでダークザギが登場したし、本作にも登場させよう。
でもダークザギってめちゃめちゃ強いし、どうせなら圧倒的強く描くか。
ギンガが手も足も出ない、石ころのようにボロボロ蹴飛ばされて負けよう。
……なんてこの作品を描き始めた私は考えていたのでしょうね。
盛った結果どうやって決着させるか頭を悩ませてます。
過去の自分、やりたいことを優先させて、その過程と結果をどうするかは未来の自分に託したのでしょう。
勘弁して欲しいものです。
でも、ちゃんと考えてますよ。逆転と決着の方法。
最後の一条リヒトの姿をした何者かの正体、どうして出てきたのか理由も考えてます。
第二部も残すところあと2話。次回は逆転のための準備回。
この作品を描き始めた時から考えていた、あるイベント回。
頑張ります。
◯次回予告
ダークザギの前になす術なく倒れるウルトラマンギンガ。
一条リヒトは帰らぬ人となり、ショックを受ける絵里。
心の傷が癒えぬまま、ワームホールからΣズイグルが出現する。
目的はただ一つ。東條希の捕縛。
大切な人だけでなく、親友を奪われる危機に絵里の持つ蒼き輝石がついに覚醒する。
次回、立ち上がる勇気