一年が経過していました。
なので、2話同時更新して17話を終わらせます。
・前回あらすじ
ダークザギの復活により、ウルトラマンギンガは敗北。
深い絶望に打ちひしがれる絵里と海未。
二人の元に奉次郎と希がやってくるのだった。
第一章:空洞
[01]
ザアアア、というシャワーの音が鼓膜を揺らす。先ほどまで雨に打たれ、冷え切った体を包み込むように流れ落ちる温水。体が温もりに包まれていく。
だがその温かみは、次の瞬間に消え去る。
流れ落ちる温水は、絢瀬絵里の冷え切った心を温めることはない。
何も洗い流されない。洗い流したいこと、忘れたいことはたくさんあるのに、温水はぽっかりと空いた心の穴をただ流れる落ちる。
心の空洞はぽっかりと空いた穴。
その穴には消したくても消えない光景がある。脳裏にはっきりと焼きつき、流れ落ちない光景。
黒き暴力の嵐。過去、自分を助けてくれた光の巨人が手も足も出ず、よく跳ねるスーパーボールのように宙を舞い、黒き暴力に飲まれていく。
そして彼が消えていく。
帰らぬ人となった。
その衝撃はこれまで感じたことのないショックだった。
「──っ」
体が震え出す。
寒さからではない。
心に負った傷が絵里の体を震わせるのだ。
未だ心の傷は癒えない。
──絢瀬絵里の頬を流れるのは果たしてシャワーの水滴か。
☆★☆★☆★
希と奉次郎が二人を見つけた時、その様子は酷い有様だった。二人ともの放心状態と言える有様であり、特に絵里のほうがひどかった。ダークザギの暴力を目の当たりにしたことよりも、一条リヒトが帰らぬ人となったことのほうがショックだったのだろう。側から見て痛々しいほどの姿だった。
絵里と海未。その違いは一条リヒトの事情を知っているか否か。知っている絵里は理解してしまったから。知らない海未はただ目の前で起きたことの理解が追いついていないから。
知ってしまっているからこその不幸。
知らないからこその幸。
そんな二人を、雨宿りのために榊家に運んだ。
運びながら考える。
これからのこと。
彼のこと。
希は二人が何を見たのか具体的には知らない。ダークザギの気配を感じ取った『のんちゃん』が推測を立て神田明神にやってきただけだ。
だが、二人の様子からおおよその事を把握することができた。
──ウルトラマンギンガは負けた。
そして、一条リヒトは帰ってこない。
つまり、この町にはもう守り人はいない。
相手はあのダークザギ。
勝つことが不可能な相手。
ダークザギとは出会ってはいけない。
ダークザギを復活させてはいけない。
ダークザギと戦ってはいけない。
ダークザギは襲来と共に『終焉』を告げる。。
この状況はもはや詰みと呼んでいい。どうすることもできない。希望はどこにもない。
状況を理解できる希でさえ、身体を恐怖で震わせる。
であるならば、奉次郎はどう感じている?
「……シャワー、ありがとうございました……」
と考えていると、絵里が居間にやってきた。
少しは落ち着いたのか、顔色は先程よりはマシになっている。
とはいえ、海未に比べればまだ酷い。海未のほうも落ち着いてはいるが、困惑した雰囲気が伺える。
テーブルを挟み、四人が座る。しかし、言葉は発せられない。エアコンの音だけが響く。
先にシャワーを浴び終えていた海未は、先ほどからずっと黙っている。何から聞けばいいのかわからないのだろう。
絵里は落ち着いきはしたものの、未だ現実を受け止めきれていない様子。
奉次郎は瞳を閉じ、眉間に皺を寄せ何かを考えている様子。
それをなるべく俯瞰して見るように努めている希。
希と奉次郎、そしてテーブルを挟んで絵里と海未。各々なんて切り出せばいいのか探っているような、そんな雰囲気。
それを断ち切ったのは奉次郎だった。
「すまんかった」
奉次郎は頭を深く下げて謝罪をした。
「ワシが留守にしていなければ、こんな事態にはならなかった。ダークザギが復活することも、リヒトがこうなることも……本当にすまなかった」
その声が僅かに震えている。
自分たちの何倍もの人生を歩んできた奉次郎でさえ、冷静を保っていられない状況。それでも努めて誠意に謝罪を述べた。
今回の発端はある男が奉次郎を訪ねてやってきたこと。その男はとある小包を奉次郎に届けにきたのだ。その小包の正体こそ、『ダークザギ』のスパークドールズ。そのスパークドールズを奉次郎が受け取っていれば、このような事態にはならなかった。
奉次郎は責任を感じていたのだ。自分が留守にしていなければこの悲劇は起きなかったのだから。
そんな奉次郎へ言葉を返したのは、
「……どこに、行ってたんですか」
絵里だった。普通を務めて出したような声だった。
奉次郎は顔を上げ、絵里の目を見る。
「ワシは『特殊な家系』の集まりに行っていたのじゃ」
その返しは必然的に二人に話すことが決まったことを意味した。
「『特殊な家系』、ですか……?」
「うむ。その話をするために、まずは見てほしいもんがある」
そう言って、奉次郎は一冊の古文書をテーブルの上に置いた。
「これは『ティガ伝説』と呼ばれる古文書じゃ。はるか昔にこの音ノ木町で本当にあった光と闇の戦いの記録が記されておる。この戦いがあった時代、ある一族は特殊な力を持っていた。その一族というのが、わしらの先祖であり『特殊な家系』のことを言う。まあ、今はそれほど力は残っとらんがな」
奉次郎の手によって、古文書のページが捲られる。
イラストと文字で綴られている光と闇の戦い。
はるか昔に宇宙の彼方で生まれた『大いなる闇』が漆黒の魔人と共に襲来したと書かれている。
『──!?』
そこに描かれている『漆黒の魔人』の姿に、絵里と海未はびくりと肩を震わせた。
紛れもない『ダークザギ』の姿がそこに描かれている。
「今から話すのは、荒唐無稽。摩訶不思議。絵に描いたような物語に聞こえるかもしれん。じゃが、全て本当のことじゃ。お前さんたちもその目で実際に見たじゃろ。ダークザギ、怪獣、ウルトラマン。故に、ここに書かれていることは全て真実じゃ。全てを読み、理解する必要はない。じゃが、これから話すことを理解してもらうために、まずは読んでほしい」
奉次郎の手が古文書から引かれる。
テーブルには開かれたままの古文書がある。
海未と絵里は互いに顔を見合わせ、やがて絵里が古文書を手に取った。
二人して内容を読み始める。
古文書に書かれているのは、かつて音ノ木町で実際にあった『光』と『闇』の戦いの記録。
その時代の人類の生きた記録。
現在、神田明神が建てられている場所には『イージスの力』というのが眠っている。それを知るものは四家系のみであり、世間で知る人は絶対にいない。しかし『ティガ伝説』の時代では今以上に人々に知れ渡っており、高貴な力として祀られていた。
『イージスの力』はその時代よりもさらに昔に、この地球に降り立った光の巨人が残してくれた力とされているが詳細は不明。イラストではY字型の石像のようなものとして描かれている。
『イージスの力』は『ティガ伝説』の時代を生きる人々の中から選び抜かれたごく一部の人間に、特殊な力を授けていた。その力は人智を越え、まさに神の力と言えるものだった。
その力は来るべき、人類の存亡をかけた戦いの時のためのものだったという。
そして、その人類の存亡をかけた戦いというのが、『光』と『闇』の戦い。
開戦の合図は宇宙より飛来した『闇の波動』。
それにより、光の守護神である『ティガ』が闇の力に染まってしまい、『ティガダーク』となる。ティガダークは人類に牙を向くが、宇宙より来訪した光の巨人によって、ティガダークは倒された。正確には闇の力が浄化され、元に戻ったと記されている。
その光の巨人の名前は『ウルトラマンビクトリー』。
ビクトリーは人類に宇宙の彼方で『大いなる闇』が生まれたこと。そして、怪獣軍団とともに地球へやってきていることを告げる。
その言葉通り、次々と怪獣軍団が現れ、戦いは激しさを増していく。
ウルトラマンティガが復活し、さらに別の宇宙から現れたウルトラマンたちが怪獣軍団を倒していく。
だが、『大いなる闇』は地球へ降り立った。『漆黒の魔人』を連れて。
その漆黒の魔人こそ、先ほど絵里と海未が見た『ダークザギ』である。
二人の脳裏にあの圧倒的な姿が蘇る。
「その時代でも、ダークザギは強かった」
と、希は突然口を開いた。
絵里と海未が顔を上げる。
「希……?」と絵里が呼んだ。
「書いてあるやろ。ダークザギはそれはもうとても強かったって」
希の言うとおり、古文書に記された記録にはダークザギの圧倒的な強さが綴られていた。
光の戦士たちの集結で活気に満ち溢れた人類を、再び絶望の底に突き落とすほどのものだったと。
「希は知っているの?」
絵里の問いに希は頷いた。希はその内容をすでに知っている側の人間だ。その理由を今語っても、余計に混乱を与えるだけだろう。
「ウチもちょっと訳ありなんよ。でも今話したら、二人は余計に混乱する。だから、ウチのことは後回しや。もちろん、知りたかったら後で話すよ」
その言葉を聞いて、二人は古文書に視線を戻す。
最終的にはウルトラマンティガが『禁断の力』とされている『ダークスパーク』を使い、『大いなる闇』の力を怪獣と共に人形の形に封印することで、『大いなる闇』を大きく弱体化させた。
『大いなる闇』は最後の抵抗として、次元に穴を開けるも、そこから新たに光の巨人が現れたこと。地球が『大地』と『海』の守護神を新たに生み出したことで戦いは終結したと記されている。
もちろん、その代償としてティガは消滅。
守護神たちは人類への干渉をやめ、『大いなる闇』の力が眠った怪獣の人形『スパークドールズ』たちと共に眠りについたと。
以降、『イージスの力』から力を授かっていた人間のみこの古文書が継承され、この記録ならびに『イージスの力』のことは秘匿されていった。
「ここに書かれている一族の末裔がわしら『榊家』の他に『早田家・綺羅家・稲森家』がおる。そしてこの四家系のみ、この古文書に記されていることを知っとる。それぞれ順番にこの古文書の管理と神田明神の地下で眠る『イージスの力』を祀っておって、その順番が今は『榊家』なのじゃ。だから、ワシは神田明神で働いておる」
二人は古文書を読み進めていく。
驚きに目を見開きながらも、目を通していく二人。
やがて、最後のページが閉じられた。
「……これは、本当にあったのことなんですか?」
「そうじゃ。海未ちゃんも見たじゃろ? ウルトラマンギンガ──リヒトの戦いを。だからこそに書かれていることは本当のことじゃ」
「…………」
「それを踏まえた上で、今回のことを説明させてもらおう。まず、古文書に書いてある通り、怪獣の力は人形の姿『スパークドールズ』となっている。これはダークザキも同様。奴の力を封じ込めたスパークドールズが存在している。おそらくそれを奴さんらは狙っていた」
奉次郎は一呼吸おいて、
「まずワシが留守にしていた理由からじゃ。実は四家系全てで
「とある異常現象?」と絵里が言った。
「うむ。実は前に……とある生物を拾った女の子がわしの家に来ての」
希は知っている。それは以前、絵里の妹・絢瀬亜里沙と穂乃果の妹・高坂雪穂が『ハネジロー』と名付けられた生物を拾った話。
しかし、絵里にこれ以上いらぬ心配をかけないために、名前を出さなかったのだろう。
「その女の子が拾った生物なのじゃが、見た目が地球上の生物ではなかった。真っ先に敵の刺客
かと考えたが、それにしては害を生むような力を全く感じなかった。無力な小動物、という印象じゃ。加えて、ワシはリヒトほどではないが、一族の末裔として闇の波動を感じ取ることができる。奴さんらが暴れれば、ワシはそれを感じるとることができる。そして、神田明神ならびにこの家にも結界を張り、安全を確保しておった。穂乃果ちゃんの件があったからの。結界も強力なものにした。家の中に『闇の波動』を持つものは入れないはずなのじゃ。じゃから、その生物が神田明神の敷地に入れたということはそれが闇の存在ではないということになる」
「……それは、どれぐらいの信憑性があるんですか」
「酸素がなければ人は生きていけない」
「…………」
奉次郎の返しに海未は黙る。
「その生物を追って現れたと思われる怪獣も、リヒト──ウルトラマンギンガが倒した。そして生物は自ら離れていき、同じくギンガによって浄化された……この家にも、そして周りにも特筆するような痕跡はなかった。不気味なほどになのもなかったのじゃ。全てが謎のまま、時間の経過とともに忘れ去られていくかと思っておった。
『──え?』
「現れてたんじゃよ。全く同じ姿をした生物が、早田家、稲森家、綺羅家に。ワシもそれを聞いた時は肝が冷えた。じゃから、四家系が緊急招集されたのじゃ。その生物は
「……もしかして」
そこで絵里が何かに気づいたようにハッとした。
奉次郎は絵里が何に気付いたのかわかったのだろう。
頷いて、続ける。
「それが今回のダークザギのスパークドールズじゃった。敵はそのありかを探るために、結界を抜けられる生物をこちらに放ったのじゃ」
信じられん話じゃわと奉次郎は愚痴った。
「ダークザギは古文書からも読み取れるように、とても強力──いや、そんな言葉で片付けられる存在じゃない。常軌を逸した強さを持つ、まさしく災害級の存在じゃ。そんな奴のスパークドールズを何とか回収できた際には、決して保管場所が外部に漏れぬようされておった。それなのに、その生物によって保管場所が暴かれ襲撃にあった。スパークドールズは何とか持ち出せたものの、敵の襲撃は続き、その対策としてワシは招集された。じゃが、何かの手違いでワシの元にすでにスパークドールズの郵送が始まっておっての。その連絡が連携できぬまま、ワシは呼ばれて行った。そのすれ違いが発生し、今回の件に行き着くという訳じゃ」
つまり、奉次郎の元にダークザキのスパークドールズが送られているとしっかり伝わっていれば、奉次郎は家を留守にすることなく、スパークドールズは無事に届けられるはずだった。
しかし、敵の襲撃を受けたことでその連携がうまく取れなかったのだ。
元々保管場所は厳重にされていたし、秘匿性の高いものだった。暴かれることのない、襲撃などされることがない、そもそも『大いなる闇』復活を目論む宇宙人がやってくるはずもない、などと言った慢心が四家系の中で少なからずあった。
実は『大いなる闇』復活を目論む敵が出現し、新たな戦いが始まっていたのだ。しかし、その規模は今まで小さかった。この町で少女たちだけが狙われた。町全体には及んでおらず、町の外にも魔の手は広がっていない。
故に、榊家以外はそれほどの緊張感を持っていなかった。
長く続いた平和は、時に怠惰を産んでしまう。
「何ですか……それ……大人たちのせいで、リヒトさんがあんな目にあったっていうんですか!?」
海未が声を上げた。
どうしようもない怒りの声だった。
子どもが大人のミスによって命を落としたようなものなのだ。
「皆さんがしっかり連絡を取り合って、この町で戦いがあったってことを知っているのに、どうして何もしてなかったんですか!?」
「……すまん」
海未の言葉を受けても奉次郎は謝るしかなかった。
しかし、謝罪だけで収まる気持ちではない。リヒトは──海未たちの親友はもういない。もういないのだ。防げたかもしれない結末を、大人たちの怠慢によって引き起こされたこの現実を、飲み込めるはずがない。
一度燃え上がった炎は言葉となって海未の口から溢れ始め──それを絵里が止めた。
止められた海未は絵里を見る。同時に『絵里は平気なんですか』という言葉が喉まで出かかった。
しかし、
「海未。落ち着いて。もう怒っても仕方ないわ」
と、そう言う絵里の表情を見て海未は言葉を失った。
絵里だって海未と同じように『怒り』を感じている。堪えようのない怒り、本来だったら一番声をあげて、奉次郎たちを責めたいはずだ。
その瞳の奥には怒りがあるはず。なのに、絵里はそれらを押さえ込んで海未を止めた。
海未を抑える手が震えている。懸命に堪えている。
奉次郎を責めたところで、この怒りを吐き出したところで、何も解決しない。
気分がスッキリすることもない。
絵里はそれらを全て分かった上で、飲み込もうとしている。
「…………」
それを見せられたら、海未も抑えるしかなかった。
やり場のない怒り。
どうしようもない感情。
それらを堪えるように海未は唇を噛み締めるしかなかった。
同時更新していますので、後半もどうぞ。