翌日。
サクラは仕上げた班編成の報告に、そして、サラダは任務へと向かったため、家にはサスケ一人が残されていた。サスケは神妙な面持ちでゆっくりと歩を進める。サスケの足が止まったのは、昨夜、サクラと共にいた場所、パソコンの前であった。
パソコンが置いてあるデスクに備え付けられている椅子を引き、サスケはそこに腰を下ろす。今から戦場に向かう新兵のような顔付きでサスケはキーボードの横にあるマウスに手を触れた。
「……なぜ、動かない?」
昨日の夜、サクラと話し込んでいた内に、いつの間にか黒くなっていた画面。それがこのマウスとかいうものにサクラが触れた途端、光ったのをオレは見ていた。まさか、昨日の光景は幻術?
いや、それは違う。オレの写輪眼は幻術を見抜く!
ということは、これは現実だ。
「それに、サクラはオレを裏切ることはない」
サスケはその言葉を力強く口にした。
ナルトはずっとオレを信じてくれていたが、それはアイツが底抜けのウスラトンカチだったからだ。そのナルトの態度に救われたことは確かだが、それよりも、一般人で常識人であるサクラがオレを裏切ることがなかったからこそ、戦争の後のオレの帰る場所がサクラの隣だと思うことができた。
確かに、一度、サクラはオレを殺そうとしたが今となってはその意味が分かる。サクラはオレが他の誰かに殺される前にオレを殺すことで救おうとしてくれていたんだと。そして、オレを殺した罪を自らが背負うことでナルトたちの手が汚れることがないようにしたのだと。
「フッ」
仲間想いであるサクラの姿を思い浮かべてサスケは穏やかな笑みを浮かべる。その顔は目の前の暗いスクリーンセーバーに映る。サスケはそのことに気が付くと、すぐに表情を戻した。
「起動しろ」
気持ちを切り替えたサスケは、なんとなしに口頭で命令してみる。
「……」
結果はダメ。目の前の画面は依然として黒いままだった。
「写輪眼!」
サスケは写輪眼で観察するが、パソコンにチャクラが流れている様子は見て取れない。
「万華鏡写輪眼!」
パソコンは電力で動く。しかし、長年、電気が通っていないような未開拓地で活動していたサスケの思考には電力というものが入っていない。どのような原理でパソコンが動いているのかという知識を得ることができなかったサスケにとって、目の前を阻む敵は強大であった。
「輪廻眼!」
サスケとナルトの最大の敵、輪廻眼を開眼したうちはマダラも『崇高なる輪廻眼をこんな所で使うとは』と草葉の陰で泣いているだろう。能力の無駄遣いであるが、サスケとしてはそんなものには拘っていられない。なぜなら、夫として、そして、父としての沽券を掛けた戦争がここで行われているからだ。
ここで、引くことはできない。オレの持ちうる最大の能力を使い、パソコンを操る!
彼は眼に力を入れるが、その眼に映る景色は変わることがなかった。
「このウスラトンカチがッ……」
サスケは思わず悪態をつく。そして、昔、彼がウスラトンカチと呼んでいた人物と過ごした最近の出来事が頭に
///
「ナルト、報告書だ」
「サンキューな、サスケ」
夜の火影執務室でナルトに報告書を渡した夜があった。ナルトの机の上に置いてある発泡スチロールの容器に目が留まる。
「また、お前はカップラーメンか。体を壊すぞ」
「るっせーってばよ。オレってばラーメン好きだし」
ナルトは唇を尖らせて顔を横へと向ける。
「さっさと仕事を終わらせろ。この時間ならまだ空いている飲食店もあるだろう」
「そうは言っても、なぁ。なかなか終わらないんだよ」
「……手伝ってやるって言っているんだ。寄こせ」
「え? ……ニシシ。サンキューな、サスケ」
「何、笑っているんだ?」
「オレってば嬉しーんだってばよ。お前と一緒にこうして里のために仕事ができるってことが」
「お前は働き過ぎだ。少しは周りを使うことを覚えろ」
「へーへー。言われなくても分かってるってばよ」
そう言って、ナルトは折り畳んでいたパソコンを開けて……
///
「そうか、電源ボタンか」
ナルトがノートパソコンの丸いボタンを押している光景を思い出したサスケは目の前のディスプレイへと視線を注ぐ。
……あった。
サスケは目の前のディスプレイの下の方に付いていたボタンを自信満々な表情で押した。そのボタンのすぐ上のランプがオレンジ色に点灯する。
「なぜ動かない……」
サスケは思わず頭を抱える。目の前には相変わらず黒いままの画面。取り敢えず、マウスを上下左右に動かして見るが、ディスプレイは反応しない。黒いままだ。
諦めずに、サスケはもう一度目の前のボタンを押す。オレンジ色の光が消えた。それを見たサスケの目が細くなる。
なるほど、このボタンを押すと点灯していたオレンジ色のランプが作動する。つまり、これは何かのサインであることは間違いない。そして、ランプが点いているということは、これまでの経験から起動を表していることは予測がつく。
「ここか」
サスケはディスプレイの下を覗き込んだ。そこには長方形の箱が置いていた。その前面の中央にはこれ見よがしに丸いボタンがあるのをサスケの目は捉えた。
大方、二重ロックと同じだろう。この家の鍵も二重ロックで防犯面はサクラの強い拘りが感じられる。
サスケは大きく頷くと、ボタンを押した。ボタンの表面が緑色に光り、ディスプレイの画面が変わる。起動したスクリーンセーバーをその眼に映したサスケの表情は自信に溢れていた。
「フッ……それでいい」
腕を組み頷くサスケであったが、実はサスケの考えは事実とは異なっている。
確かに、サクラは防犯のために家の玄関の鍵は二重ロックにしているし、窓の鍵もそれと同じように二重ロックにしている。
だが、パソコンは違う。
パソコンに関してはサクラも詳しいと言えるほど精通しているとは言い難く、毎回操作に悩みながら使っている。そのようなサクラがパソコンのセキュリティを固くしているということはあり得ない。では、どういうことがサスケの考えと違っていたのか?
その答えは単純。サスケが最初に押したボタンはディスプレイを付けるための電源ボタンだったという話だ。パソコン本体の電源ボタンを一回押せばディスプレイも同時に起動するようになっているのだが、そのことをサスケが知るハズもなく無駄な大立ち回りを繰り広げていたのであった。
「後は……」
そう、後はプリンターをパソコンに接続するだけ。
ここからは簡単だ。
昨日のサクラがプリンターをパソコンに接続している動きを写輪眼でコピーした。……オレならできる!
まずはプリンターの電源を付ける! そして、コードをプリンターの後ろの穴に、パソコンの下に置いている機械の穴に差し込む! そして、この画面上のアイコンとかいう絵に白い矢印を合わせてダブルクリック、そうダブルクリックをする!
これは余談ではあるが、うちは一族は漢字を多く使った言葉が大好きである。写輪眼操風車三ノ太刀などの術を編み出したうちは一族。その末裔のサスケのセンスは師である大蛇丸の元で昇華した。端的に言うと横文字をも好むようになったということだ。
ダブルクリックという言葉をいたく気に入ったサスケは、続いて懐からデジタルカメラを取り出す。
「あとは、このサラダを映したカメラを別のコードでパソコンの下の機械に繋いで……」
もうすぐだ。もうすぐサラダの写真を現像できる。
サスケが動かすマウスの動きが早くなる。昨日の内にサクラが設定をしていたため、そのまま印刷ができるとサスケは聞いていた。ディスプレイ上に表示させたサラダの写真を右クリックして、印刷という項目をクリックしたサスケ。その顔付きはかつて彼の兄が幻術の中でサスケに一度だけ見せた表情に実によく似ていた。
[紙が無くなっています。紙を補充してください。]
「……チャクラ感応紙ならあるが、それでいいか?」
サスケの問いに答える者はいなかった。サスケの表情が無になる。楽しみにしていた遠足が雨で中止になった子どものような表情を浮かべながらディスプレイを見つめるサスケ。
画面は変わらず、[紙が無くなっています。紙を補充してください。]という文面を表示し続けている。
紙。
一言で紙と言っても、世の中には数多くの種類の紙がある。パルプ紙、再生紙、藁半紙などなど。そして、大きさもB5、B4、A5、A4というように分かれている。
だが、サスケが使用している紙はもっぱら巻物。そして、弟子の修行用として最近購入したチャクラ感応紙が数枚。サスケが持つ紙に対しての知識は壊滅的であった。
そのようなサスケが写真用で使われるものが光沢紙だということを知っている訳もなく、ものは試しとばかりにチャクラ感応紙を取り出す。しかし、そこでサスケは固まってしまった。
「紙を補充……」
サスケは思わず手に持つチャクラ感応紙を握りしめる。どうやったらプリンターへ紙を補充できるのか全く分からない。サクラから教えられなかったことであったし、何より紙の補充が必要になるとはサスケは知らなかったことだ。
サスケは唇を噛みしめる。
確かに、今回はオレの負けだ。認めてやる。だが、次は負けない!
プリンターを万華鏡写輪眼と輪廻眼で見つめるサスケ。項垂れてパソコンが置いてあるデスクから立ち上がろうとしたが、外から足音が聞こえてきた。
この足音は二人分。そして、どちらも大人の体重ほどの音には聞こえない。つまり、子ども。オレの家に尋ねてくる子どもはほぼいない。サラダと、そして、ボルトだろう。
……この状況、どうする? プリンターに負けを認めてしまったオレだが、そのことをオレを尊敬している弟子のボルトには知られたくないし、何より愛娘であるサラダにはオレのみっともない姿は見せることはできない。かくなる上は……。
サスケの拳がうねり、目の前のディスプレイを静かに叩き壊した。今では木ノ葉体術のスペシャリストと名高いロック・リーの体捌きを写輪眼でコピーしている。そして、自らも研鑽を積み、彼の体術は世界でも5本の指に入るほどの実力を有している。世界レベルに到ったサスケから繰り出された拳はディスプレイに防ぐ術はなく、音も立てることを許されずにその存在をサスケによって否定されたのであった。
「サスケのおっちゃん、久しぶり! 修行付けてくれってばさ!」
「ちょっと、ボルト!」
玄関のドアが開き、二人の子どもが飛び込んでくる。その二人はサスケの予測通り、七代目火影によく似た金髪の少年と自分の愛する
「ボルトか。それと、サラダ。おかえり」
「あ……ただいま」
長い間、別々に暮らしてきたサスケとサラダ。彼らはまだお互いの距離を掴めず、帰宅のあいさつをする度に照れ合うのが日常となっている。彼らが慣れるのにはもう少し時間が掛かることだろう。
と、ボルトが声を挙げた。
「あ……。おい、サラダ! 少し外に出るってばさ!」
「え? いきなり何なのよ、ボルト!」
サスケの方を見ていたボルトは慌てた様子でサラダの腕を引っ張り外に出ていこうとする。
と、サラダの目線が今まで見ていたボルトからサスケへと移った。そして、サスケの前にある壊されたディスプレイ、次いで、握りしめているチャクラ感応紙へと移る。
サラダの目が全てを悟ったように大きく見開かれた。
「サイッテー、クソオヤジ」
サラダの言葉がサスケに突き刺さった。
家を飛び出していくサラダを見ながらサスケは隣で不憫そうな目で見てくるボルトに尋ねる。
「なぁ、ボルト」
「ドンマイ、サスケのおっちゃん」
「そんなにダメだったのか?」
「そりゃ、女の子はそういうの、嫌いだし」
落ち込むサスケ。
「まぁ、気にすんなよ。そういうこともあるって。オレだってそういう本を読んでいる所を母ちゃんに見つかって嫌そうな顔されたし」
まさか、プリンターに関しての本を読むことさえ許されないのか。いや、その前にプリンターに関しての本があったとは。しかし、機械に強くないとここまで嫌われるとは思っても見なかった。
サスケは自分の情報収集の甘さに落胆する。
「で、いつまで持ってるのさ、それ。早くゴミ箱に捨てた方がいいんだけど」
「ああ、そうだな」
サスケは手に持つチャクラ感応紙をゴミ箱へと投げ捨てる。空中へと広がるチャクラ感応紙。それを見たボルトの目が大きくなる。
「ウオッ!」
自分の方に飛んできた一枚のチャクラ感応紙を全力で避けるボルト。その様子を見たサスケは眉を顰める。たかが、チャクラ感応紙。本来なら避ける必要もないハズ。
「あれ?」
ボルトは自分の近くに落ちたチャクラ感応紙を見て不審な声を挙げる。
「どうした、ボルト?」
「いや、これってばさ……汚れてない。綺麗なままだ」
「何を言っているんだ、お前は?」
「だって、拭き取ったら汚れるだろ? けど、これ汚れてないってばさ」
「何も拭き取っていないから綺麗なのは当たり前だ」
「ああ、お楽しみ中にオレたちが帰ってきたってことか。ホントにゴメンってばさ、サスケのおっちゃん」
「本当にお前は何を言っている?」
嫌な予感がする。すれ違っているボルトとの会話でそれをはっきりと確かめなければ……。
サスケはジッとボルトを見つめる。
「いや、だからさ。サスケのおっちゃんは、その、パソコンでさ……」
「おい、目を伏せるな。続きを言え、言ってくれ!」
「あのさ、パソコンで“えっち”な映像を見ていたんだろ?」
全てが繋がった。サラダの畜生を見るような目付きに冷たい言葉、そして、ボルトが紙を避けたこと。
確かに、状況はサスケがえっちな映像を見ていた時にサラダとボルトが帰ってきて、慌てたサスケがパソコンのディスプレイを壊したようにも捉えることができる、いや、そちらの方が一般的な解釈であるだろう。そして、自分が握りしめていたチャクラ感応紙は、一見、ティッシュペーパーにも見える。
「違う! オレはそんな物は見ていない! プリンターを操作しようとしていたんだ!」
「苦しい言い訳だってばさ」
「信じてくれ、ボルト! ナルトなら信じてくれた!」
「オレは父ちゃんとは違うってばさ。それに、言い訳をしてるサスケのおっちゃんはダッセーな」
「真実だ!」
そうして、サスケがボルトに一つ一つ説明して信じて貰う間に、サラダはサクラの元へと行き、自分が見たことをサクラへと述べていた。
サスケの選択は間違いだったのだ。ここで、ボルトから説明をするのではなく、サラダを捜して彼女から説明をしていれば、彼の夕食が米とみそ汁、そして、漬物だけになるのは避けることができた。
諦めずにサクラとサラダに説明をし続け信じて貰えたのは、実に彼の夕食が質素になった一週間後のことであった。