「だぁもうっ、疲れたぞチクsyんゴフ」
支部のエントランスに戻って開口一番叫んだ直後、真後ろから突如降り下ろされた会心の一撃により、俺の体は沈められた。
「二階は関係者以外立ち入り禁止とは言え、下の受付と繋がっている事を忘れるなバカモノ。いい歳した大人が公共の区画で叫ぶんじゃない」
会心の一撃を繰り出した張本人、雨宮ツバキ大尉からお叱りの言葉。確かに、色んな人間が出入りする所でいきなり声高らかに叫ぶのはマナー違反だが、自分に極端なストレスを与え続ける特務から解放され、その解放感をつい口に出してしまったという事は理解してもらいたいもんだ。ちっとミスすりゃその瞬間ミンチ確定。たまたま無茶苦茶攻撃が効く弱点を見つけられたから良かったものの、もし弱点を見つけられなかったら今頃どうなってたか。
しかもそんな極限の戦闘を終えて報告をすりゃ、すぐに防衛班の救援に出向けと言われて戦闘続行が確定。一体一体は大した強さじゃないが如何(いかん)せん数が半端じゃない。ごちゃごちゃに群れるアラガミの隙間や死角から不意に訪れる予想外の攻撃を警戒しながら戦うのも、中々に精神を消耗するもんである。
幸いだったのは、この前の一件以来周りに意識を向ける様になった小川シュンと、そのパートナーのような立ち位置にいるジーナのコンビが上手いこと機能してくれていた所だ。以前までの自分勝手なやり口だったり、命をぶん投げる位に危なっかしい行動は鳴りを潜め、効率的にアラガミを駆逐しつつ味方のサポートに入るなど、目覚ましい変化を遂げてくれている。お陰で俺とリンドウも思ったよりかは戦いやすくて助かった。
が、それはそれ。これはこれだ。
いずれにしても心身共に疲弊してることに変わりはなく、まあその結果として少し恥ずかしい行為をしてしまった訳だ。解放感のあまり叫ぶってなんだ。まるで露出狂の様な言い訳だ。うむ、今考えるととてもとても恥ずかしい。
そして地味に、ツバキちゃんのタブレットフルスイングはクソ痛い。角で叩いてるから当たり前だが、元神機使いの腕力でフルスイングして頭頂部に当てるとなりゃその威力は桁が違う。痛い。痛いぞ。一直線上に筋になったたんこぶが出来てるんじゃないか?これ。
・・・。
こんな調子でぶつぶつと考えてる時点で、どうやら俺はメンタル面でかなり疲れているようだ。普段の精神状態なら、まるでギャグを狙う(ギャグになってないが)ようなノリで思考しない。もう少し冷静に思考してる筈だ。
「イテテテ...。あーその、悪いツバキちゃん。それじゃあ、俺は改めて支部長に報告することがあるんで、防衛班のメンツの後始末は任せる。お前らも、出来る限りゆっくり休むんだぞ。それとリンドウ、お前は後で覚えとけ」
「ンなにぃ!?」
最後の一言で表情を驚愕に染めるリンドウを尻目に、ピラピラと手を振りながらエレベーターへ乗り込む。本来の任務なら、下の受付にいるヒバリへ任務報酬の会計と任務中の一連の流れの報告を済ませりゃ終わりなのだが、特務は支部長から直接発注された任務の為に、わざわざ報告と会計をするために支部長室へ出向かなきゃならない。顔を合わせたくない人間の、しかもこの支部のトップと面会しなきゃならない事もあって、特務の報告という行程は面倒臭さ倍増である。
はぁ...。
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疲れた。本当に疲れた。
俺ことアークレインはつい先ほど、やっと支部長への特務の報告から解放されて部屋に戻ってきたところだ。長々と報告する気は全く無く、淡々と簡潔に必要事項だけ述べてオサラバする気でいたのだが、今日はなぜだか支部長がやたらと質問というか疑問点をグイグイ聞いてくるために、予定では10分も掛からず報告を終えるはずが30分も掛かってしまった。当初の3倍の時間を要している。疲れてる中でのこの焦らしプレイは止めていただきたい。さっさと帰らせろという思いが『早く帰らせないとブッコロすぞコンニャロウ』的なオーラを纏っていたんじゃないかと思う。顔に出ないように気を付けてたのだが、多分確実に支部長を威圧していたと思う。話しているときの支部長は若干目元がヒクついていたから。
さて、何かと多趣味な者なら、残る1日の時間を有意義に過ごすこともできるのだろうが、生憎体力とメンタル面の疲労が酷くて外に出歩く気にならない。いつもの俺ならトランペット持って屋上に出て演奏したりもするもんだが、今日は吹いてと頼まれても勘弁してほしい。
「あー...ったく、だりぃなぁ」
結局、何に対しても無気力な感じで、なんにもやる気が起きない。でもこのまま寝ちまうのは時間をドブに捨てる様に思えて嫌だ。じゃあ何かしろよと自分でも思うが、そうするとなんにもやる気が起きなくなる。じゃあ寝るか?いやそれはダメだ。こんな思考をさっきから延々と繰り返している。
グダグダとハッキリしないまま時間を無駄にしていると、インターホンの呼び出し音が鳴った。応答と書かれたスイッチを押しながら応対すると、インターホンに設置されたカメラはミストの姿を映していた。
「鍵は開いてる。とりあえず入りな」
『はい。お邪魔します』
プシューと空気が抜ける音と共に開いた扉から、後輩で偵察班のミストが入室する。
「あの、師匠...」
「ん、適当にくつろげばいいさ」
「ありがとう、ございます」
ミストはそう言うと俺の前に寝転び、頭を俺の膝の上に乗っける。これこそまさに『THE 膝枕』というもの。俺がミストと同年代の青年なら、今頃間近に感じる異性に興奮していたかもしれないが、彼女は歳にして12年も離れている。親子とまではいかないが、兄妹とすれば十分通じるほどの年齢差。無論、彼女が俺にいきなり膝枕を要求するのには、彼女が歩んだ辛い人生の経験からくる確かな理由がある。
ミスト・ハーモニー・ルイン、彼女の両親が彼女に与えた名前。日本人にはミドルネームという概念が無いゆえ、感覚的に少し理解しにくいかもしれないが、ミストというのはご存じの通り「霧」を、ミドルネームのハーモニーは「調和」を表す単語だ。彼女の両親は、霧を『皆を柔らかく包むもの』というイメージを持っていたそうで、霧の様に柔らかくみんなを包んで、調和させる様な子に育って欲しいという願いが名前には込められているという。親がきちんとこの行く末を想い、素敵な名前を付けたというわけだ。
ところでこのミストという人物、実は極東支部がある旧神奈川県近郊で生まれた訳ではない。
彼女が生まれた頃というのは、各国の軍事組織がフェンリルから提供されたオラクル技術によって、かろうじて抵抗が出来ていた時代である。元々彼女の両親はフェンリル本部に属する研究者であり、彼女が生まれる数週間前に両親が自衛隊の要請で大阪に派遣され、その地で生を受けた、という事だ。
研究者として日々忙しなく人類のために働く両親の姿を見て、当時は彼女も研究者になろうと夢見ていたそうだ。難しいなりに懸命に勉強し、オラクル細胞が持つあらゆる可能性やそれを用いた技術の進歩の為に、自身も貢献できるようになりたいと。
ーーーそう思っていた彼女を一瞬で絶望させる出来事が起こった。
出張のため、極東支部より少し離れた場所に作られた研究施設にいたルイン一家と研究者達の一団は、現在と比べて不十分だったアラガミ防壁を突破したアラガミにより、壊滅したのだ。ただ一人、アラガミの脅威から必死に身を潜め命からがら助かった彼女が目にしたものは、無惨に食い散らかされた研究者達の亡骸。ただ喰らうという本能のままに捕食するアラガミに、慈悲などあるはずもない。彼女は両親の凄惨な状態を見て、大きな絶望を感じずにはいられなかっただろう。
間もなく駆け付けた神機使いと自衛隊の対アラガミ部隊により、彼女は唯一の生存者として救出された。齢12歳、まだ親と共に生き、愛情を受ける年頃であるのは言うまでもなく、そんな当時の彼女にとってこの事件は非常に大きなトラウマとして、現在も心に深い傷を残している。
ミストはその後、両親の友人知人の伝を辿って極東支部へと来た。両親がフェンリルに所属する研究者であったこと、彼女自身に神機使いの適正があったことから、彼女は神機使いとしてフェンリルに所属することになった。
しかし、先の事件で受けた傷が癒えることはなく、実戦でアラガミの姿を見るたびに事件の光景がフラッシュバックすることもあってか、入隊当初の成績ははっきり言って悲惨なものであった。それこそ、いつ死んでもおかしくないほど。そんな彼女の教練担当として渇を入れ続けたのが、実はツバキちゃんではなく俺だった。
失敗がそのまま死に直結する極限の戦場。直せるミスはとにかく指摘し、覚えが悪ければ何度も訓練をして徹底的に覚えさせた。正直スパルタ方式でも行き過ぎも良いところまでやったのだが、とにかくつまらないミスで命を落とすことが無いように、徹底的に発破を掛けてやったのだ。時には、素晴らしい功績を残した彼女の両親を敢えて侮辱するような事もしたり。発破を掛けるためとはいっても心は痛んだが、それも彼女を本気にさせるためだと思って本気でやった。
そうしたお互いの努力が実り、トラウマをほぼ完全に克服した事もあって、今や彼女は間違いなく最強クラスの神機使いとしての実力を持つに至ったのだが、ふとした瞬間に言い様の無い恐怖に駈られる事があるようだ。自分一人を残して、みんな何処かへ逝ってしまうのではないか?頭ではそんなことが起こり得ないと分かっていても、過去に自身の心に刻まれた恐怖が消える事はない。一度その恐怖が再燃すると、中々落ち着けられないのだ。
だから俺は、時にミストの先輩として、時に師匠として、そして時には『少し年の離れた兄』として、こうして接しているのだ。ここに恋愛感情なんてものは無い。あるのは、信頼感と仲間としての絆、それと『妹に対する親愛』か。
無論、この姿は俺以外に知ってるものはいない。普段がクールなジト目スナイパーで通っているだけに、これを知られれば彼女は羞恥の余り大暴れするやもしれん。
あと、これも俺しか知らないことだが...
「師匠...完全に崩して良いですか?」
「おう。気の済むままにしな」
「なら...。おおきに、師匠」
体の遺伝子こそ白人とはいえ、彼女は大阪生まれの大阪育ち。元々研究者であった親の手伝いをしていた事から、共通語もペラペラと話せる彼女。しかし本来の素の彼女は関西人であり、当たり前だが関西弁を話すのだ。これも周りに知られると恥ずかしいという理由で、バレないように隠してるそう。別にさらけ出しても良いと思うのだが、その辺はミストの気持ちに折り合いがついたら、といったところか。
「悪いなぁ師匠。本来なら早よ眠って休みたいとこ、急にウチが押し掛けてしもうて...」
「あの特務で疲れきってるのはお互い様だろ。気にしないでお前は休め。『家族』みたいなもんなんだから」
「うん...ありがと、師匠。ウチは師匠が指導者に就いてくれて良かったと思っとる。ホンマやで?」
「分かってるよ」
「せや。ウチの事を理解してくれて、兄貴として接してくれとる。ホンマに嬉しいねん...」
「ああ。兄貴だからな」
「おおきに、師匠...。ウチは幸せや...」
「...」
段々と言葉が少なくなったかと思うと、スースーと静かな寝息が聞こえ始めた。
本当に安心すると、彼女はこうして眠りにつく。こうしてみると本当に妹みたいで、可愛らしく思う。ふとサラサラの髪を撫でると、くすぐったいのか身じろぎをするが、また直ぐに寝息をたて始める。
(まったく、世話のかかる妹だな)
思わず苦笑を浮かべてしまう。
ブーブーっと、ポケットに入れていた携帯端末がバイブを鳴らす。片方の手で髪を撫でながら、もう片方の手で携帯を取り出すと、リンドウから『お前に用があるんだがインターホン押しても反応が無い。今どこにいるんだ?』というメッセージを受信していた。直ぐに『部屋にいるが、くれぐれも静かに入ってくれ。鍵は開いている』と返事をしてから10秒経たぬ内に『了解』と返ってくる。
ふたたび扉がシューっと空気の抜ける音を出して開く。来客は先程メールを送ってきたリンドウと、その姉のツバキちゃん。俺がメールで指示した『静かに入れ』という意味をイマイチ理解しきれず、怪訝そうな表情を浮かべながら入室する二人であったが、俺の膝の上に乗ってる彼女の姿を見て、初めは驚きつつも直ぐに納得したという表情をした。
「しっかしレイン、あのミストをこんな状態にするなんて、一体どんなトリックを決めたんだ?」
「勘違いされる前に言っておくが、別に懐柔しようと思って動いた結果こうなった訳じゃない。ミストにとって最も素の自分をさらけ出せる、心から信頼出来る人間が偶々俺だってだけさ。教練担当の時からずっと近くで見てきたんだ、血は繋がってなくてもこんな時くらい兄妹になっても良いだろ?」
「ああ...そういやミストも、中々辛い人生を歩んできたんだったなぁ」
「まだ親の愛が必要な時期に突然引き裂かれた...。家族という繋がりを、心のどこかで求めている、か...」
「そういう事だ。今日の事もそうだが、ミストは本当によく頑張ってると思う。こんくらいのご褒美はあって然るべき、だろ?ツバキちゃん」
「もちろんだ。お前がミストに邪な感情を抱かなければ、の話だがな?」
「んなことは天地がひっくり返ってもねえよ...」
「フッ、冗談だ」
結局、リンドウの用件というのは大した事ではなく、ツバキちゃんは特務帰りの俺を労う為にこの部屋へ来たところを偶然バッタリと会い、目的が同じなら一緒に行こうという事で姉弟揃ってお邪魔した次第である。
本来なら今この場でリンドウをしばき倒したい所だが、ミストが安眠してるので次回出会ったときに持ち越すとしよう。
なお、目を覚ましたミストがリンドウとツバキちゃんの姿を認識した直後、「にゃぁぁぁぁぁぁぁ△○×□#*∥♪~※〇@!!!!??」と意味不明な叫びと共に顔を真っ赤にしたのは当然の流れだったり。
今日は本当に疲れた。明日の仕事に向けてゆっくりと癒されよう。可愛い妹の慌てる姿を見てな。