・♯.5『博麗の巫女1/楽園の管理者』その3からの続きです。先にそちらを読むことをお勧めします。
突然の出来事にその場の誰もが動きを止めた。向けられた視線の先、鳥居の内側には少女が二人重なるように立っている。だが手前の少女、黒と赤で彩られた巫女の胸部中央からは刀が鋭い刃を覗かせており、その部分から徐々に濃い色の染みが広がりつつあった。
「まったく…イレモノが台無しじゃない。どうして失敗作はどれも私の邪魔ばかりするのかしらね」
黒い巫女は煩わしいといった口調で背後の襲撃者を見た。その顔は血の気が失われひどく白い。
「あ~あ、残念だけどしばらくお休み。
急所をやられたんじゃ…別の身体に移るしかないわ……次からは気をつけなきゃ」
まるで軽い失敗をしたかのような調子で黒い巫女は目の前で身構えた彼等へと視線を移した。そして唇から漏れる赤を気にする様子もなく彼女は笑った。怪しく、儚く、不敵に…。
「じゃあね異邦人のみんな…今度はもっと楽しませてちょうだい…もっともそれまで生きていられればだけど…お友達は大勢いるもの……そう…大勢…ね―――」
言葉を遮るように刃が引き抜かれ鮮血が噴出する。直後に黒い巫女は前のめりに倒れ、その体は地面に触れることなく黒い結晶へと変わっていき、次の瞬間には砕け散っていた。それと同時に社の周囲に展開していた機械の兵士達とドーパントも同じく結晶となり消えていく。
「紛い物か。ならば本体は何処に…」
刀を腰に戻した黒い忍は粉々に砕けた巫女だったものが消えるのを確認すると、前方の異邦人達に構うことなく対極図を展開しその場を去ろうとした。
しかしそれを引き止める者が一人。
「待てッ!!」
戦鬼だ。彼女は右手に周囲の岩や木々などを能力で集め固めた塊を持ち、怒りに震える声で叫ぶ。
「どうして…どうして殺した!!!」
だが黒いくノ一は答えない。無表情に戦鬼を見るだけだ。
「なんとか言えよ!!」
苛立った萃香は高密度で圧縮された塊を対象に投げつけ、自身も飛び出していく。その衝撃は凄まじく、蹴られた大地にははっきりと跡が残り周囲には亀裂が走っている。
「無意味だ」
黒いくノ一は再び腰から刀を抜き投じられた塊を細切れにすると、向かってきた戦鬼に対して防御の構えで応戦した。
「何が無意味なんだ!答えろッ!!」
拳をガードされた萃香は続けざまに蹴りを繰り出す。しかしくノ一はそれを避け右後方へ跳躍した。そこは林が広がっており彼女は素早い動きでその中へと消えていく。
「待て!」
それを追い萃香も林へ飛び込む。残された異邦人と住民達はただ呆然とするしかなかった。
「やれやれ一体どういうことなんだろうね…皆目検討がつかないよ。それよか、霊夢はどうなっちまったのさ」
懐から煙管を取り出した小町は、なんともいえない表情で二人が消えていった方向を見つめぼやくと、河童に抱きかかえられた巫女に視線を移した。
「怪我とか傷はないし心臓も動いてるんだけど、呼びかけても全然起きないんだ」
不安そうににとりは答え、腕の中で眠るようにしている少女の名前を呼び続ける。だが一向に目覚める気配はない。
『とりあえず医者に連れて行くべきだろう。場所はどこなんだ』
「そうですね。早苗さん、お医者さんはどこにいるんですか?」
トニーと忍の問いに早苗は少し考えてから答える。
「急を要するので仕方ありません。永遠亭に行きましょう」
『永遠亭?』
「ええ、あそこにいけば恐らく幻想郷一の医療が受けられます。しかしですね…」
どういうわけか守矢の巫女は口篭ってしまう。
「しかしなんだってんだよ。気になるじゃぁねえか!」
堪らずカミナが叫ぶ。それに応じたのは魔理沙だ。彼女は腕を組み、うーんと唸ってから諦めたように口を開いた。
「いや、なんていうかそこで先生やってる奴がさ、医者というよりマッドサイエンティストなんだよ。これが」
「……」
それを聞いた異邦人一同は黙ってしまう。だが帽子を被った彼は違った。スカルは腹部のベルトに手をかけると、メモリを引き抜き変身を解除する。そしてそれに驚く周囲を無視して、河童に抱かれた少女の前でしゃがむと重ねるようにその手を握った。
「…この状況では選択肢はない。人命優先だ」
彼の言葉に周囲は頷く。今必要なのは議論ではなく決断であり行動だった。
「よし、そうと決まれば行くしかないな。適任なのは私だろ。早く霊夢を背中に乗せてくれ、固定も忘れずに頼むぜ」
そう言って魔理沙は箒にまたがろうとしたが、その前方に異常が起る。
―――――――やはり間に合わなかったか―――――――
突然、凛とした声が境内に響き、何もない魔理沙の前の空間に小さなひびが生まれた。それを見て彼女は驚きもせずその名称を口にする。
「スキマ」
見れば景色を割るように出現したひびが徐々に大きくなりスキマへと変わっていく。そして人一人が丁度入れるくらいの大きさまで広がったそこから声の主が現れた。
「出遅れてしまったようだ」
二股に分かれた帽子を被り黄金色にも見える九本の尾を背にした彼女は、引き締まった表情で目の前の異邦人達に一礼する。しかしそんな事は関係ないとばかりに黄色い球体が彼女と魔理沙の間に割って入った。
「なんでい!新手か―――ってウボァー!!!」
「ああー!!八雲の式神!!」
だが身構えた音速丸は後ろから来た死神に吹き飛ばされてしまう。
「今の今まで連絡もなしに何してたんだい?うちの上司がカンカンで困ってるんだけどね!っていうかどうなってんのさ」
小町はまくし立てる様に目の前の九尾に言葉を浴びせた。それに対して彼女は冷静に答える。
「閻魔様には申し訳ないと思っている。しかし今は無理なのだ」
「どういうことだい?」
「詳しくは主の家で話そう。巫女の治療も必要のようだしな…急ぐので少し術が雑になるが容赦してくれ」
彼女は冷静なままだがその言葉には焦りが感じられた。そんな様子を見ながらカミナは聞く。
「わけがわからねえが、とりあえずあんたは誰だ?」
「私は『八雲 藍』、時間がないので今はそれだけだ。行くぞ」
直後に藍は五枚の札を袖から取り出すと真上へと投じた。刹那、札は散らばり神社を囲むように五芒星を形成する。
「こいつは…」
閃光が走り、周囲の林が明るく照らされた。そして次の瞬間には神社は無人となっているはずだった。
「あれ?風景変わってないような気がするんですが」
「うん。変わってないな」
サスケとチルノは拍子抜けした様子で周囲を見回した。周りには同じ格好の忍者達がただ先ほどと変わらないように立っているだけだ。
「忍ちゃんと早苗さんがいませーん」
「リーダーと社長もです」
「巫女さんとキュートな河童女子もだな」
「死神姉御と渋い中年ダークヒーローも見当たらない」
どうやら移動したのは名前が挙がった彼らだけで、チルノと残りのその他大勢は居残り組みらしい。
「完全に置いてけぼりですね。我々は留守番ということでしょうか、音速丸さん」
冷静に状況を分析しているサスケとは正反対に、音速丸は地面で駄々っ子のように転がりながら喚きたてている。
「だあ――納得いかね――――!!!!なんで頭領の俺様が置いてかれて、見習いの忍が重要視されてるんだよぉ!!!!」
「うるさいぞ、安息丸」
「音速丸だ!!!!」
そんな二人を眺めつつサスケはやれやれと空を見た。
「とりあえず話で聞いた香霖堂の店主さんに会いに行ったほうが良さそうですね。道は分かりませんが…」
――――――――――――――――――――――――――――
博麗神社の周囲に広がる林の斜面を駆け抜けていく影が二つある。一方はただ逃げるように、もう一方はそれを追うように。
「いい加減に戦え!!」
高密度で圧縮した周辺物の塊を手当たり次第に投げながら彼女、伊吹萃香は苛立っていた。こんなに頭に血が上ったのは久々だと実感できるほどに心と体が熱い。冷静にならなければいけないとも思うが怒りがそれを拒み、ただ感情のままに身体は動き続ける。
「どうしてもやる気がないのなら…!!!」
延々と続くようなイタチゴッコを終わらせるべく、彼女は己の肉体の密度を操り霧へと姿を変えた。そして瞬時に黒いくノ一の目の前に実体として出現すると、鋭い抜き手を放ちその前へと立ちはだかる。
「答えろ!何故殺した!あいつは…桜華はあたしの親友だったんだ!!」
感情のままぶつけられる言葉と攻撃を受け流しながら、黒い少女は観念したようにゆっくりと口を開いた。吐き出された言葉は先ほどと同じものだ。
「無意味だ」
「またそれか!何が無意味なんだよ!」
攻撃の間隔を詰めながら戦鬼は同じ答えに落胆した。
だが言葉が続く。
「無意味なんだ。この戦いも、私自身も、そしてお前の友の形をしているものもな」
「形をしたものだと?」
萃香の拳を防御しながらさらに彼女は続ける。
「そうだ。あれは確かにお前の知っている巫女に間違いはない。しかし中身は違う」
「どういう事だ」
そこでようやく戦鬼は拳を下ろした。くノ一も逃げようとはしない。ただお互いの目だけを見ている。
「かつての巫女の願いは何だった?」
問われた萃香はすぐに答えを口に出した。
「あいつはただこの世界の…幻想郷の明日を願っていた。ちっぽけなことでもいい、人も妖もすべての存在が何かを信じ生きていけるような、そんな世界のままであってほしいといつも言っていた」
忘れるわけがない。いつも親友が話していた事だ。たとえどんなに時が経ったとしても、自身が朽ち果てる瞬間まで心は憶えているだろう。
それを聞いたくノ一は一瞬だけ表情を緩めたが、すぐに無表情に戻り言葉を続ける。
「そうだ。だがあの紛い物はそんな事を願ってはいない。何故ならあの巫女の形をしたものは残骸でしかないからだ」
「残骸だと」
「かつて巫女は願った。幻想郷をいつまでも守りたいと…しかしその結果が今、世界に災いを呼ぼうとしている。あの『
「!?」
金熊正義、その名前は萃香を驚かせるには十分過ぎた。かつて存在した山の四天王の一人であったその鬼の名はすでに忘れ去られ、妖怪ですら憶えているものはほとんどいないだろう。そう、今や御伽話としてしか語られることのないあの事件に関わっているのだから…。
しかし目の前の黒い少女は確かにその名前を言った。あの金熊正義と。
「どうしてあの人の名を知っている!貴様は何者なんだ!!」
「………」
だがもうくノ一は答えない。次の瞬間には対極図が出現し彼女は光に包まれていた。そして光が広がり消える間際に声が聞こえた。念を押すような強い声が。
「絶対に気を抜くな。常に敵は狙っている……もし巫女との〝約束〟を忘れていないならそれを果たせ」
「お前は一体…」
最後の問いに答えるように残されたのは一言。
「…残月…」
それだけだった。辺りには何事もなかったよう静まり返っている。
残された萃香はどうしようなくただ叫ぶ。
まるであの時の、何もかもをどうにかできると信じ何もできなかったあの頃のように、
ただ叫んだ。
「くっそ―――――――――――――――――!!!!!」
こうして物語は進んでいく
過去と未来、昨日と明日へ………
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博麗神社での一件が終わった直後、
迷いの竹林で鋼の戦士と月の戦士は敵に囲まれていた。
次回、『機械化兵迷う』
そういうわけで五話終了です。ここから残りの三人の話がはじまります。
そんなわけで次回。