・♯.7『覚悟完了』その1からの続きです。先にそちらを読むことをお勧めします
夜。
すべてのものが静かに眠りにつく夜。
空に広がるのは闇と雲、そして爛々と柔らかな光を放つ月。
「満月はやっぱりいいな…」
漆黒の黒に浮かぶ丸を見ながら少女は呟いた。彼女の背後には、浮遊する半透明の青白い炎が一つ。
「さて、幽々子様もお休みになられたようですし、拙者も寝るとしますかな」
冥界にある白玉楼の庭師『魂魄妖夢』は、日課である屋敷の見回りを終え、中庭で月を眺めていた。
「ん?」
そこで彼女は気配を感じた。ちょうど中庭の中央辺りだろうか。
見ればいつの間にか人影が一つある。
「こんないい夜に侵入者とは残念です…何者ですか?」
月が雲に隠れつつある為によくは見えないが、影は目立つ白い洋服を着ており、左手には何かを持っていた。
影の主は、呼びかけられた声には答えず、ただ周囲を注意深く見ている。
それを妖夢は返答と受け取った。
「答えがないのであれば仕方ありません。この白玉楼に無断で立ち入った以上、問答無用でお相手させていただきます」
視線の先の対象を見据え、腰の刀に手をかけ、彼女は飛び出した。
「魂魄妖夢、参ります!!」
「!?」
いきなり飛び出した妖夢に、一瞬だけ驚いたように動いた影は、左手の何かを地面に落として即座に構えを作った。
刀を抜きつつあった妖夢は、それを直感的に防御の型だと判断する。しかしこちらの得物はあくまでも刀、それも妖怪に鍛えられた曰く付きの業物だ。素手で受けようものならば、確実に人体の一部を失う。
だが相手はこちらを待つように、防御の型のまま正面を見ている。
……受けるつもりですか……
直後、妖夢は躊躇することなく刃を振りかざした。真正面からの幹竹割りだ。
その瞬間に妖夢は終わったと確信する。だがすぐにその予想は覆された。それも思わぬ形で…。
「な、何ッ!?」
彼女の一撃が決まる刹那、影は正確に刃を左右から両手で挟み、攻撃を止めていた。所謂、真剣白刃取りと呼ばれる動きである。
「見事な白刃取り!!」
妖夢は叫ぶ。それは純粋な驚きから発せられた言葉であり、自分の全力の一撃を止めた相手に対する賞賛の意味も籠められたものだ。
「あなたは何者なのですか?」
刀の力を緩めることなく、彼女は再度問いかけた。そこでようやく影は口を開く。
「その前にこの刀の撤去を望む。こちらに争う気はない」
聞こえた声は低めではあったが、どことなく優しく、それでいて強い意志を感じさせる声だった。
「!」
その時、雲が切れたのか月光が射し込み、そこで妖夢は相手の姿を確認した。
見れば影は少年で、短く整えられた髪に眼鏡、全体的に白く清潔そうな学生服、そして足元は黒く鈍い光を放つ鋼鉄製のブーツという出で立ちだ。
「どうして屋敷に立ち入ったんですか」
「残念ながら自分でも分からない。気が付いたらこの場所に立っていた。ここは一体――」
「ねえ、なんだか賑やかなようだけど、妖夢のお友達?」
不意に聞こえた暢気な調子の声に組み合う二人が振り向くと、そこには寝巻き姿の女性が立っていた。
それを見た妖夢は刀を放し、慌てて女性に駆け寄っていく。何故かといえば、女性の寝巻きが今にもずり落ちそうだったのだ。
「幽々子様!服、服!まずいですよ!!」
「え?服がどうかしたの?」
「ですからパジャマが!!」
「?」
疑問符を頭に浮かべた女性の上着は、ぎりぎり肩に引っかかっている状態であり、開いた胸元からはバストの一部が顔を覗かせている。
「つまり未成年には刺激が強いといいますか、もっと羞恥心を持って下さいといいますか…あーっ!動かないでください!動くと間違いなくR元服です!あなたも後ろを向いてて下さい!!」
妖夢は女性の前に来ると急いで寝巻きを直す。その間少年は言われたとおりに後ろ向きになる。
「気をつけてください。幽々子様は寝相が悪いんですから…はい、これで大丈夫です」
「別に見られたって構わないんだけどな~…さて、そこのあなた。とりあえずお話しましょう、その鞄の中にもたくさんお客さんが居るみたいだしね」
告げられた言葉に少年は振り向き、驚いたように言う。
「零の意志が分かるのですか……一体あなたは?」
「私は『
彼女は微笑んで少年を見る。
空の月は、変わることなく夜の闇を明るく照らしていた。
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白玉楼の茶の間で三人はテーブルを囲んで座っていた。台の上には湯呑みと急須があり、三つの湯呑みからは湯気が立ち上っている。
最初に幽々子と妖夢が大まかに幻想郷と冥界について説明をし、次に少年が自分の事とこうなった状況を二人に話して聞かせた。
彼の名は葉隠覚悟で、新東京にある私立逆十字学園に通う学生であり、それ以前は過去からの因縁で鞄の中身に憑依する三千の怨霊と共に各地を転々としていたということだった。ちなみに今は色々と終わったらしく、落ち着いた生活をしているらしい。
「…あのときは通学の途中でした。私は気配を感じ立ち止まったのです。そして直後に目の前が歪んで今に至ります」
覚悟の大体の話が終わったところで妖夢は主人を見た。
「幽々子様、これってやっぱり…」
「そうね。多分、妖夢の考えで当たり。心当たりもあるしね」
「心当たりとは?」
「知り合いに人攫いがいるの。まあ人攫いっていっても、ちゃんと理由があっての犯行なわけだけど」
「その言い方だと誤解を招きますよ。せめてソフトに神隠しと言いませんと」
『どちらでもいいが、その知り合いというのは何者なのだ!』
そこで部屋に声が響いた。声は覚悟の鞄から聞こえ、直後にそれは姿を現す。
「零、出てこれるのか?」
『ああ、ここは現世ではないからな』
鞄から出てきたのは怨霊だった。その数は多く、姿は皆全て首だけの骸骨である。
部屋に収まりきらないその数に、妖夢は驚きの声をあげて部屋を見回した。
「すごい人数ですね」
「賑やかでいいじゃない。それに大人数に見えても意志は一つみたいだし、みんなで一人よね?」
幽々子の問いかけに怨霊達は肯定の響きで答える。その声は男であり、女であり、子供であり、老人であり、年齢も性別もはっきりと分からないものだ。だが声は完璧に揃っており、まるで一人の人物が喋っているように聞こえた。
『そのとおりだ。我々は多いが一人でもある。そして皆の意志は一つだ』
「そうなんですか」
そこで覚悟は咳払いをして、話を先に進める。
「さて、話を戻しますがその知り合いというのは…」
「あら、ごめんなさい。それでね、その知り合いっていうのが妖怪なのよ。それも『物事の境界』を操るっていう珍しいやつでね」
「境界を操る妖怪?」
「ええ、その方は八雲紫といいまして、幽々子様のご友人でもあります。詳しくは知らないのですが、境界を操作して外の世界と幻想郷を自由に行き来しているらしいです」
「…ふむ」
「だから、外の世界の人をこっちに呼ぶなんて芸当ができるのは彼女くらいなの」
『では、その人物の犯行だと仮定して理由は何なのだ?』
「そこまではわからない…気まぐれなところは昔からだけど、むやみやたらに外から人を入れるようなやつではないのは確かね。むしろ不思議なのは、わざわざ冥界にあなた達を移動させたことよ」
「わざわざとは一体…」
「彼女がいたずら目的で人を攫うなら、普通は幻想郷のどこかに放り出すわ。だってそのほうが見ていて面白いから。幻想郷はここと違って人食い妖怪だの、怪しい神様だの、口うるさい仙人だのがそこら辺をうろついているから超エキサイティングよ」
その説明に、覚悟はなかなかに危険な世界だと内心思った。
「は~、なんか説明してたら眠くなってきた。まあ、明日になったら博麗神社に行くといいわ。それで万事解決」
眠そうに幽々子はあくびをする。
『先ほどの説明にあった神社か』
「そうです。そこに住んでいる巫女さんが覚悟さんや、えーと…」
妖夢は口篭る。今更ながら鞄の住人の名前を聞いていないことに気がついたのだ。
『気にするな。自己紹介が遅れたが我々は『零』だ』
そう言った怨霊達は心なしか微笑んでいるように見える。
「失礼しました。それで、巫女の霊夢さんなら、覚悟さんと零さんを元の世界に送ってくれるはずです」
「なるほど」
「というわけで寝ましょう。妖夢、客間の布団は大丈夫よね?」
「はい、準備は終わってます」
『ずいぶん用意がいいな』
「こう見えてもそれなりの立場があるのよ。急な来客なんかもたまにはあるから、常に客間は使えるようにしてあるわ。そういうわけでおやすみ~」
「!?」
覚悟と零はその光景を見て驚いた。幽々子が何の抵抗もなく壁に消えていったのだ。その様子を見て妖夢は、
「あー、そういえば幽々子様が亡霊っていうのは言ってなかったですね」
などと軽く言う。
「あの人は死んでいるのですか」
「ええ、千年以上も前に。拙者も詳しくは聞かされていないのですが、色々とあったようです。拙者の祖父がそういっていました」
『まったく気がつかなかったぞ』
「あの調子ですからね。普通は死んでいるなんて思いませんよ。とりあえず客間に案内しますね」
「お願いします」
二人は茶の間を後にした。
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案内された客間は広く、十六畳くらいの部屋にはランタンが置かれたテーブルと荷物を乗せる台があり、既に布団が敷かれていた。又、壁をみれば桜の大樹を書いたと思われる立派な水墨画が飾られている。
「ちょっと大きいかもしれないですが、これしかないので我慢して下さい」
「問題ありません」
彼女から手渡された紺色の浴衣は柄のないシンプルなもので、覚悟が着るには少し大きかった。
「ではまた明日、おやすみなさい…」
そして正座のまま頭を下げ、妖夢は障子を閉めて廊下を歩いていく。それからしばらくして、覚悟は着替えながら台の上に置かれた鞄に話しかけた。
「零、どう思う」
『なかなか礼儀正しい少女だと思うが…』
「妖夢さんの事でなく、現在の我々の状況だ」
『分かっている。冗談だ』
軽く笑ったような口調で怨霊達は言う。覚悟は学生服をハンガーに掛けながら言葉を返す。
「こちらに飛ばされてから調子がいいな」
普段の彼等から比べると饒舌だと思う。常に共に居るからこそわかる違いだ。
『ああ、まったくもって快調だ。やはり死者である我々には、世界が違うといえど、冥界が馴染むらしい。ここはなんというか、以前飛ばされた天国に近い空気だ』
「成仏しかけたときの空間か」
零は一度、敵の策略で成仏したことがあった。あの時はなかなかに焦ったものだと浴衣を身に着けながら彼は思う。
『それよりも明日には新東京に帰れそうだ。状況に問題はないと判断するが』
「そうだな。ただ…」
そこで覚悟の言葉は止まってしまう。表情は変わらないが、感じられる雰囲気は疑問だ。
『何か問題があるのか』
「この異世界に呼ばれたのは、単なる妖怪の気まぐれではないような気がする」
『どうしてそう思うのだ』
それはある種の直感だった。そして、その直感を肯定するだけの材料が彼にはあった。
「ここに飛ばされた瞬間に声を聞いた。あれは救いを求める声だ」
覚悟は何かに飲み込まれる瞬間にかすかな声を聞いた、
…世界を、幻想郷を助けて…
と。
『だが我々には聞こえなかった…』
しかし怨霊達にはその声は届いていなかったらしい。
「確信はないが、間違いなくあれは俺を呼ぶ声だった。助けを求める声には答えねばならない」
それが自分の使命であり、人生の道標だと覚悟は思う。いつもそうしてきた。だから別世界であってもそれに変わりはない。
『ふむ、そのとおりだ。だが今は明日を待って寝るしかあるまい。情報が不足している』
「ああ」
そして覚悟はランタンの火を消し、眼鏡を机に置き、布団に入り目を閉じた。
聞こえる音は何もなく、無音と変わらない静寂が白玉楼を包んでいる。
夢に見るのは愛しい人の歌だろうか…。
というわけで二話です。時間が思っていたよりもかかってしまいました。
そんなわけで次回。