・♯.7『覚悟完了』その3からの続きです。先にそちらを読むことをお勧めします。
白玉楼の道場で道着姿の妖夢は一人黙々と木刀を振っていた。日課にしている朝の鍛錬の一環だ。
この瞬間はいつも無心になれると彼女は思う。
「…998、999、1000!!……ふうー」
「朝から精が出ますね」
聞こえた声に振り向けば覚悟が立っている。
「あ、覚悟さん。おはようございます」
「ええ、おはようございます」
「昨日はちゃんと眠れましたか?」
「おかげさまでよく眠れました。妖夢さんはいつも朝に鍛錬をしているのですか」
「はい。拙者の毎日の決まりでして、今旅に出ている剣の師匠の祖父との約束なんですよ」
彼女の祖父『魂魄妖忌 』は現在旅に出ていた。
行き先は聞いてはいないし、いつ帰ってくるかも聞いていない。
ただ妖忌は『突然閃いてしまってな、じじは真実を求めにいかねばならない』 と言っていた。
「そうでしたか」
「ところで覚悟さん。お願いがあるんですが、よろしいですか」
「何でしょう」
「昨晩の動きを見ますに、覚悟さんは剣術が使えますよね」
昨晩、目の前の少年は、自分の一撃を的確に受け止めた。それは素人では到底できない芸当だ。
だから聞いた。
「一応は父から習っています」
その言葉に、彼女はおおと笑みを作り、ではと続ける。
「拙者の稽古の相手になってもらえないでしょうか!」
妖夢は常々稽古の相手を探していた。
しかし彼女の剣は、一撃必殺と呼ぶに相応しいそれであり、
人里にある道場では相手になる人間は存在せず、
唯一全力を出せたのは妖怪の山の警護隊の面々だけだった。
「私でよければお相手しましょう。木剣を」
「ありがとうございます!」
覚悟の返事に深く頭を下げた妖夢は彼に木刀を渡す。
そして二人は向かい合い剣を構える。
「手加減は無用です。いざ!」
「了解」
両者が動き、直後、道場に激しい破砕音が響いた。
●
「で、木刀が折れて頭に直撃したわけね」
朝食後、幽々子は湯呑みを持ちながら、頭を慎重に触っている従者を見る。
「そういう感じです…痛ッ!」
妖夢は涙目になりつつ答えた。そのおでこの辺りは、ほのかに赤く少し腫れている。
道場で二人が稽古を開始してすぐにちょっとした事故が起こったのだ。
両者が手加減なしに木刀をぶつけあった結果、
その衝撃に耐えられず木製の剣は中央部付近から砕けて飛び、妖夢の頭にクリーンヒットした。
彼女は気絶こそしなかったが、しばらく絶叫しながら床を転がっていた。
「あまり触れないほうがいい」
『その通りだ』
分かってはいるが、ついつい触ってしまう。
「はい…しかし覚悟殿、朝食の手伝いまでしてもらって申し訳ないです」
「気になさらずに。慣れております」
今日の朝食は妖夢が本調子ではなかったので、覚悟が手伝い二人で作ったものだった。いつもと違う味付けに幽々子はたまにはいいと残さず食べた。
「ところでさっきから覚悟君を『殿』って付けて呼んでるけど、なんで?」
昨日は『さん』だったと幽々子は記憶している。
「敬意です。覚悟殿は素晴らしい戦士です。道場で色々とお話を聞いてそう思いました」
目を輝かせるように語る妖夢を見て、幽々子はふーんというような顔で流した。
「そうなんだ。まあ、あなたがそう言うんだからそうなんでしょう」
興味のなさそうな主人の様子に従者は噛み付いた。
「適当に流しましたね!覚悟殿は本物の
覚悟は興奮する妖夢をなだめるように冷静に一言呟く。
「いえ、私はまだまだ未熟です」
その言葉に彼女はぶんぶんと首を横に振る。
「いやいや、そんなことはないですよ」
しかし彼はきっぱりと言う。
「いえ、未熟なのです」
だが妖夢は反論するように高速で手と首を振った。
「いやいやいや!そんなことはありませんて!!」
そんな二人のやりとりに呆れながら、幽々子はさてと言葉を続けた。
「これからどうするの。朝ご飯も食べたしさっそく神社に行く?」
答えるのは髑髏達だ。
『我々としてはそのつもりだが、覚悟は町に寄りたいらしい』
「人間の里に?」
「ええ。少し気になることがあるので」
どうしてもあの声のことを調べておきたいと彼は思う。
「じゃあ妖夢に案内してもらうといいわ。私も行きたいけど、調べる事があるからパス」
珍しい主の答えに妖夢は聞き返した。
「何かあったんですか?」
普段であれば、何よりも娯楽と食を優先するはずの幽々子が、それよりも優先する事柄…気になると従者は思う。
「たいしたことじゃないから大丈夫。それよりもお土産を忘れちゃ駄目よ。私としては餡子or生クリーム系かしらね、気分的に」
「えっ、あ、はい」
その返答に妖夢はいつもの気紛れかと納得することにする。
「そういうわけで行動開始よ!』
そして冥界の管理人に見送られ、二人と怨霊達は白玉楼を出発した。
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冥界と幻想郷を繋ぐ〝門〟を抜け、覚悟と妖夢は人間の里に到着した。
周囲を見回せば建物が立ち並び、街の通りは多くの人で賑わっている。
そこに響くのは様々な声だ。
それは威勢のいい商人だったり、楽しそうな親子連れだったり、
はたまた友人同士の笑い声だったりする。
「活気がありますね」
『人々が多いな』
辺りを見ながら覚悟と零は呟いた。
「ここはいつも賑やかなんです。それに妖怪も人もここでは一応平等ですから」
弱肉強食といってもいい幻想郷においてこの里は唯一の安全地帯だと彼女は覚悟に説明する。
そして二人は並ぶように人込みを歩く。
すると通りの広場に多くの人が集まっていた。
「あれは…」
そこで目に留まったのは人集りの中央にいる人物だ。
「つまり!!人間は一日一膳をするべきなのです!!堕落した生活は堕落した心を生み、それがそもそも…」
熱弁をふるっているのは、右腕が包帯で覆われた少女だった。
彼女は人々に、ああでもないこうでもないと手振り身振りも交えながら何かを語っている。
妖夢は彼女を見てなんともいえない表情で覚悟に言った。
「山に住んでいる仙人ですね。たまに降りてきて妙な説法を道端でしたり、そこら辺の人に突然説教をしたりするんですよ。捉まると厄介なのでいきましょう」
「そうですか」
『触らぬ神に祟りなしだな』
二人はそそくさとその場を通り過ぎた。
●
しばらく店が続く通りを歩いていると、
「すいません」
突然呼び止められた。
声のしたほうを見ると、柔和そうな中年の紳士風の男が一人立っている。
その男は黒いスーツ姿で帽子を被り、手にはステッキを持っていた。
「はい。なんですか」
妖夢が答えると、男は申し訳なさそうな表情で言った。
「道を聞いてもいいですか。何せ初めて来た場所なもので、迷ってしまって…」
いかにも困っているという男を見て妖夢は笑顔で答える。
「そうなんですか。まあ意外とここは広いですからね。初めてではそうなります。行き先はどこでしょう」
「ありがとう。食事ができる店を探していましてね、もうお腹がぺこぺこなんですよ」
男は恥ずかしそうに笑い、腹の辺りを触る動作の真似をした。
「飯屋ですね。分かりました、案内しましょう。覚悟殿、すいませんが付き合ってください」
「私は大丈夫です」
答える覚悟は、男を一瞬だけ凝視したがすぐに視線を外した。
「それでは行きますか。あー…」
言葉に詰まる妖夢を見て、男は柔和な表情のまま自分の名前を告げた。
「これは失敬。私は『
●
「それにしても、さっきの井坂さんはとんでもない食欲の方でしたね。幽々子様と張り合えるレベルです」
井坂を飲食店に案内した二人はそこで一緒に休憩を取った。その際に見た井坂の食事風景は圧巻で、次から次に運ばれる皿は、次の注文品が来る頃には空の皿になっていた。
そして食事が終わるとテーブルの上には文字通りの皿の山が出来ており、山を作った当人は満足そうに、
『久しぶりに…いや本当に久しぶりに満足しましたよ』
などと食後の紅茶を飲んでいた。
「ええ、そうですね…」
「どうかしましたか。先ほどから何か気になることでも?」
店を出て井坂と別れてから、覚悟はずっと何かを考えているようで、僅かではあるが難しそうな表情で道を歩いていた。
「あの井坂という男に違和感を覚えまして」
「違和感ですか?」
首を傾げる妖夢に彼は真面目な顔で言う。
「はい。あの男は顔は笑っていましたが、心はそうではないような感覚を受けました。ただ、食事で満たされたと言っていた時だけは本心からの笑顔だったように感じます」
その言葉に覚悟の鞄が震えた。聞こえるのは怨霊達の肯定の声だ。
『やはりお前もそう思うか』
妖夢はそこであることに気がついた。
「そういえば、零さん達はどうして先ほどは出てこられなかったのですか」
問われた怨霊達は答える。
『警戒していたのだ。あの井坂という男、恐らく只者ではないぞ。顔は笑っているように見えたが、得体の知れない何かを心に隠している。用心したほうがいい』
「拙者にはそう見えませんでしたが、修行不足ですかね…え?」
それは突然だった。今さっきまで隣にいた少年がいなくなったのだ。そして何かが衝突したような音がした。急いで振り返れば、変わりに別のものが立っていた。
異形だ。
全身が隆々とした筋肉に覆われた異形がそこにいた。見れば、異形の身体のあちこちからは金属片らしきものが飛び出ており、その拳は鉄球のようになっている。
「これは…」
次の瞬間、彼女は本能的に剣を構えた。直後に来たのは凄まじい衝撃と異形の咆哮。
「っく!」
それをなんとか凌ぎ彼女は攻勢に転じる。口から漏れるのは異形にも負けない闘志と叫びだ。
「はあぁぁぁー!!」
一閃。
声を上げる間もなく異形は崩れ、音もなく消えた。残っているのは黒く変色しつつある長方形の何かだけだ。表面には『V』らしき文字が書かれている。それも次の瞬間には砕けて消えた。
「今のは一体?」
改めて覚悟が立っていた場所を見ると蹴ったような跡がある。
そこで彼女は理解した。彼は突然現れた敵から自分を庇い、攻撃を受けて飛ばされたのだ。
「気づかない拙者を守って…未熟なのはやはり拙者です」
手に力が入る。情けなくて泣きたかった。しかしそんな暇はない。何故なら街のいたる場所で悲鳴が上がっているのだ。
「覚悟殿、無事でいてください」
妖夢は走り出した。
今は行くしかない。誰かが助けを待っている。
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「完全に囲まれていますね。ははは、ピンチ」
仙人は気楽に笑った。二人は周囲を警戒している。
「これは驚いた。まさかあなた達がこんな強いなんて」
その時、ふいに声が響いた。見れば道に男が立っている。それも見覚えのある男が。
「井坂さん!?」
「むっ!」
見れば井坂深紅郎がゆっくりと歩いて来ていた。しかし周囲の異形や機械の兵士達は一切攻撃しない。
「あなたは何者ですか?」
妖夢の言葉に井坂は笑ったような表情のまま答える。
「医者ですよ。まあ迷い人でもありますが…それとこんな姿にもなれますよ」
井坂は手にした長方形のそれのスイッチを押し、耳に当てた。
『ウェザー!!』
黒雲と雷鳴が井坂を包んだ。
彼は笑う。
何かを取り戻したかのように心から…。
二週間も過ぎてしまいました。時間の使い方が下手で困ります。
そんなわけで次回。