・♯.8『賢者という名の管理者』その1からの続きです。先にそちらを読むことをお勧めします。
全員が不思議な感覚に囚われていた。
身体の感覚がなくなり、視覚だけが自由に動く。
まるで自身の存在が、目だけになったかのような不安定な状態。
それを感じつつ、彼等は視線を周囲に向けた。
見れば先ほどと少し違う同じ部屋が広がっており、
部屋の中央では大きな卓を囲むように六人分の人影が座っている。
その中の一人、額から大小二本の角が生えた女性が言った。その腰には立派な刀がある。
「―――つまり、大結界の所々に綻びが生まれ、それらが広がりつつあると?」
声は直に耳元で囁かれている様に直接響いて聞こえた。
さらに言葉の意味も多少ではあるが頭に流れ込んでくる。
「その通り。残念ながら通常の方法では修復が間に合わないわ」
答えるのは金髪の小さな少女、過去の八雲紫だ。彼女の隣には服装こそ違うが〝博麗の巫女〟が座っており、真剣な表情で続けて言う。
「最近外の世界からの漂流物が多いのもその為なんだよね。それに、普通なら結界に弾かれるような危険な存在もだいぶ入ってきてるし……このままだと対処が難しいんじゃないかな」
その言葉に、退屈そうに胡坐を組み座っていた一本角の女、過去の勇儀が溜息を吐いた。彼女は歌舞伎役者のような派手な衣装に身を包んでいる。
「巫女がそういうならやばいって事だよな。で、華扇、現状の被害は?」
問われた少女の頭には小さな角が二本生えており、その右腕に包帯は巻かれていない。
「確認しているだけですと、ショッカーと名乗っている連中が里や山を襲いに来てますね。これに関しては今は問題なく殲滅できてます。しかし……」
「件の一つ目か」
「はい。あの鉄巨人が不味いですね。倒せなくはないですけど、こちら側の被害が大き過ぎます。複数で現れれば、間違いなく犠牲者が出るでしょう」
苦虫を噛み潰したような表情で彼女は告げる。
―――〝 一つ目の鉄巨人 〟―――
ごく最近現れるようになったそれは約20mの異形であった。
赤く光る目、強固な装甲、そして一撃で地面を大きく抉る砲……その全てが脅威に他ならず、幻想郷でも上位の戦闘力を持つ鬼でさえ、単身で挑むのは危険な敵だ。
「綻びが広がり続ければ、もっと厄介なのが来る可能性も否定できないわね」
紫の言葉に一同は沈黙してしまう。それほどに事態は重くなっていた。
「やはり大結界を制御し、これ以上の異物の流入を止めるしか方法はない……やってくれるか、桜華」
「待ってくれ、正義!」
しかし名指しされた本人より先に、今まで一言も発さず、じっとしていた小柄な影が叫んだ。過去の萃香である。
「確かに巫女である彼女なら、結界を直接制御する事も可能だろう……しかし桜華の身体ではそれに耐えられない」
大結界の制御には常に代償や犠牲が伴う。
最悪、命が失われる危険もあり、体が弱い彼女にとっては自殺行為と同意だった。
「いいよ」
「桜華!?」
「いつも身体の事で心配させてごめんね、萃香。でも私は博麗の巫女だから、その務めを果たすよ……だってそれくらいしか私を拾ってくれた
博麗の巫女、『博麗桜華』は迷うことなくそう言い切った。その瞳からは一片の迷いも感じられない。
「私一人でみんなが助かるなら、それでいいんじゃないのかな」
その言葉に勇儀はやれやれという調子で正義のほうに視線をやる。
「だとさ、正義。わざわざそんな質問するなんざ、お前も回りくどい奴だね」
言われて正義は愉快そうに笑う。そして何かを決心した様子で巫女を見つめた。
「悪い。だが聞いておきたかった、巫女として命をかける覚悟があるかどうか。しかし杞憂であったな……これで心置きなく後を頼める」
「後って…まさか」
「やっぱり自分で行くつもりだったのね。妖怪が自己犠牲精神なんてものを発揮したらお終いよ?」
「貴殿もその類だろう、八雲紫。でなければ、この箱庭のような閉じた世界はもうとっくに滅んでいるはずだからな。まったく賢者様にはかなわんさ」
「言ってくれるわね。でも正義、冗談抜きにあなた死ぬわよ」
「ああ、巫女でもない我が結界を制御しようとすれば、確実にそうなるな」
「……それでも行くの」
「二言はない。我、星熊正義はただ進むだけだ、幻想郷の幸いを願ってな」
凛としたその言葉が響いた直後に場面が飛んだ。
●
場所はやはり同じ広間であるが様子が大きく変わっている。
それは部屋の半分が無くなっている為だろう。
「―――まったく、家中ボロボロ。こんな時に式神でもいれば便利なんでしょうね……今度適当に捕まえてこようかしら」
「なんだよ賢者様、泣き言かい?」
崩れかけた薄暗い部屋には紫と勇儀がおり、その手には酒瓶とお猪口が握られていた。
「そりゃ泣きたくもなるわよ。あなただってそうでしょう」
問いかけられた言葉に、勇儀は酒を一気に呷ってから答えた。
「まあ否定はしないさ……しかし正義は本当におかしくなっちまったんだな」
壊れた部屋を見回しながら彼女はさらに酒を呷る。紫もそれに合わせるようにお猪口の中身を飲み干す。
「結界を制御する段階までは問題なく進んでいたわ。でも大結界からの力の逆流に彼女は耐えられなかった…」
「難しい説明はいいよ」
紫の言葉を勇儀は遮った。
まるで、聞きたいのは説明ではなく結果だというように。
「つまり、大結界に魅せられて正気を失ったという事……聞いたでしょ、彼女の言葉を」
結界から帰ってきた正義は、ある言葉を残して彼女達の前から消えた。
その際に家は破壊され、華扇も重症を負っていた。
「〝新たな秩序を幻想郷に〟か…馬鹿野郎が」
吐き捨てるように呟き、勇儀はただ酒を喰らい続けた。
そこに疲れた様子の巫女が入ってくる。彼女の衣服は血で汚れ、黒い染みが各所に見えた。
「どう、彼女は?」
「治療も終わって今は寝てる。でも、起きたらショックを受けるよね」
「だな、あいつは正義と付き合いが長いから尚更そうなる。萃香も馬鹿野郎を追って飛び出しちまったままだし、これからどうする」
雰囲気のせいか、空気が重く感じられる。
「幸か不幸か結界は一時的に安定してるわ。まだ正義も完全に力を使えないでしょうから、今のうちに対策を考えるしかないわね」
「考えるっていってもな」
どうしようもない状態だった。
「……紫、外の世界から助けを呼べないかな」
そこで巫女は告げた。始まりの一言を。
「外って結界の?」
「うん。前にゼロって人達が来たじゃない。あの人達くらい強い助っ人がいれば、なんとかできると思うの」
「あいつらすごかったもんな。デカいし、光線出すし、なんかノリもよかったし」
それは以前の出来事。どこからか五人の異界の戦士達が幻想郷に迷い込んできた事があった。
彼等は時空を超えている途中でこの世界に辿り着いたらしく、誤解から一部の妖怪達と対立し、最終的には和解し去っていった。
その際に見せた力は強力であり、無敵といっても過言ではなかった。
「無理?」
巫女の言葉に賢者は渋い顔で言葉を吐く。
「なんとも言えないわね。私の能力で行ける世界は限られてるから……」
八雲紫は境界を自在に操る能力を持つ妖怪だ。故に現実の世界と、そこから切り離されて存在する幻想郷の境目を操作し自在に行き来している。しかしそれは、あくまで現実世界から派生した幻想郷だからこそできる行為であり、別の時空、別の現実世界に介入するのは彼女の能力を持っても不可能に近かった。
「お願い」
一心に頼まれて頭に浮かんだのは彼女の師匠の事だ。先の巫女にも散々無理な事を要求されていたと今更ながらに思い出す。
「はあ~、あなたも先代と一緒ね。分かった、やってみるわ。実際それくらいしか今はなさそうだもの」
「ありがとう。やっぱり賢者ってのは伊達じゃないね」
「まったく……本当に世話が焼けるわ」
そこで全員の意識が過去からはじき出される。
――――――――――――――――――――――――――――
気がつけば元の広間に戻っていた。
先ほどまで半壊状態の同じ部屋を見ていたせいか、違和感がある。
「戻ったのか?」
「なんだかふわふわして、不思議な感覚でしたね」
各自が体を確認したり、周囲を見回す中、カミナが言った。
「この後どうなった? 当然続きがあるんだろ」
その言葉に八雲紫は先ほどよりも辛そうに口を開く。
「ふう…ちょっと手短に話すけど、私は外の世界から五人の異邦人達を呼んだわ。そして彼等と協力して金熊正義と漂流者を排除した」
「で、結界も修復したってわけかい?」
「……ええ」
「だが、それが今にどう繋がる」
苦しそうにしながらも、彼女は話を続けようとしたがもう限界だった。
「…本題はここからになるわ……でも私じゃちょっと無理……藍、後の説明お願い…みんな…どうか力……幻想郷を…」
途切れ途切れの言葉を残して紫は前のめりに倒れこむ。
そして地面にその身体が着く刹那、九尾が体を抱き支えた。
「主はやはり無理ばかりする…壱式、紫様を寝室に頼む。思ったよりも消耗が激しかったようだ」
「はい」
壱式に背負われ八雲紫は部屋を出た。それを見送ってから藍は改めて話を続ける。
「では続けよう。この出来事の後に当時の巫女…桜華は、周期的に不安定になる大結界の綻びの幅を一定にし、不要な存在を極力防ごうとした」
「でも、そんなことが可能なのですか」
過去を見て早苗は思った。
「うむ。それに関してだが、彼女が手段として使ったのは、己を結界の一部に組み込む方法だったと私は聞いている」
「人柱ですか」
覚悟が無表情に呟く。
「表現としてはそうなるな。巫女は自身の霊力と肉体を結界に捧げ、大結界の一部となり幻想郷を見守る道を選んだという。実際その後、幻想郷に大きな災厄は訪れていない」
「それがあの姉ちゃんだっていうのかよ……だが、おかしいぜ」
カミナの口にする疑問に全員が内心頷いていた。
「確かにな。見た過去と話を聞く限り、その巫女が幻想郷の浄化など考えるようには思えない。狂ったとでもいうのか」
中有の道の船着場で遭遇した〝敵〟とはあまりにも違うと荘吉は感じていた。
「いや、彼女は狂ってなどいない。先ほど主は巫女をプログラムのようなものと表現したと思う」
「ああ」
「ではPCの場合、プログラムが不具合を起こすのはどういった原因が考えられる」
問われて答えたのはトニーだ。天才と呼ばれる彼にとっては考える必要もない問題だからこそ即座に返答した。
「まあ、色々と原因はあるが、OSやハードとの相性の問題が多いんじゃないのか」
すぐに出た答えを聞いて忍は感嘆したように声をあげる。
「そうなんですか。パソコンはあまりいじらないのでよく分かりませんけど、トニーさんはすごいです!」
「流石だ。ではこの世界をハード、結界をOSとして考えてた場合はどうだろうか」
問われた言葉を復唱しながら彼はある考えに思い当たった。恐らく答えであろうその考えに。
「世界がハード、結界がOS、そしてプログラムが巫女…つまり、幻想郷と大結界の変化に、プログラム化した巫女が対応しきれなくなったと?」
「私達はそう考えている。何故なら、絶えず幻想郷は変化し、それに合わせて大結界も歴代の巫女と主によって変わり続けているからな。その過程で巫女の形をしたプログラムは不具合を起こしてしまったのだろう。結果、彼女が出した結論がおかしくなった幻想郷の修正……すなわち浄化だ」
「バージョンアップについていけなくなったプログラムが奴の正体か。どうやら説得や話し合いは無意味そうだな」
数人が答えを得る中、数人は微妙な表情をしている。
「さっきから何を言ってるのかさっぱりわからねえぜ!」
「私も厳しいぜ…」
「拙者カラクリには疎いのでなんとも」
彼等を一瞬だけ見てから、九尾の従者は異邦人達に頭を下げ叫んだ。
「主があなた方を選んだ理由は、彼女が手駒として利用している異物達に対抗することができる力を持っているからだ。勝手な願いですまないが、どうか我々に力を貸していただきたい」
「………」
しばらくの沈黙が流れ、その後に声が聞こえた。否定の声が……。
「すまないが私は降ろさせてもらう」
声の主はトニー・スタークだった。
はい。そういうわけで二回目です。一応一週間であげられました。できれば次回も一週間以内にがんばりたいものです。
そんなわけで次回で8話は終了予定になります。