・♯.9『ROCKY&POCKY』その2からの続きです。先にそちらを読むことをお勧めします。
「お嬢様も困った人だわ。いきなり難しい問題を出してくるのだから……」
地下へと続く階段を下りながらメイドは溜息を漏らした。
「デザートを届けるだけなのにやけに深刻そうだね、メイド長」
後ろからはトレーを持った少年執事が続く。
彼の手にあるトレーの皿の上には、大きめに切られたリンゴのタルトが乗っていた。
「間違いなく深刻よ。
口止めされてるから詳しくは言えないけど、病み上がりの人間に任せるなんて信じられないわ」
「その口振りじゃあ、何かあるわけだ。なんとなくそんな気はしてたけど、不味いのかい?」
「そんなところよ。
妹様はちょっと問題を抱えていてね。そのせいでずっと地下に居るわ、一人で」
「一人で?何故?」
当主の妹の扱いではないと彼は思う。
「それを言うのを口止めされてるのよ。まったく厄介だわ……ただ、一つだけ憶えておいて」
一呼吸置いて、咲夜は真剣な声でウォルターに言った。
「妹様は子供なの、本当に純粋な子供。だからそれを忘れないで」
「子供ね…頭の隅に置いとくさ」
そして、階段は終わり、何もないただの部屋に着いた。
「ここからはあなた一人よ」
彼女の言葉に彼は壁を見る。
「行き止まりのようだけど」
「カモフラージュしてあるの。人が間違って入り込まないようにね」
咲夜が壁の一部に鍵を差し込むと、機械音と同時に壁が変形した。
「こいつは驚いた。この奥に妹様がいるわけだ」
「ええ、そうよ。それとこれを」
唐突に渡された物を見て彼の表情から余裕が消える。
「これは……こんな物をどうしろと?」
それは黒いグローブと、不思議な輝きを放つ糸の束だった。
グローブの甲には金属板が取り付けられており、表面には読めない文字が刻まれている。
「お嬢様があなたにって。
材質は呪術加工されたミスリル、グローブの方も特殊な素材で作られているらしいわ」
「もしかすると、この服一式もそうなのかな」
聞かれて彼女は頷いた。
「そう、あなた専用よ。他に質問は?」
なんともいえない表情をしてから、彼は首を横に振り意志を示した。
「これ以上は後で聞くさ。ここまで色々とありがとう、メイド長」
「気にしなくていいわ……気をつけてね、ウォルター」
「
そして彼は入り口の奥へと消えていった。
――――――――――――――――――――――――――――
「戻ったか、咲夜」
ダイニングルームにメイドが戻ると、ワイングラスを片手に彼女の主人が出迎えた。
既にパチュリーは退席したようで姿はない。
「はい、ただいま……失礼ながらお嬢様、今回ばかりは度が過ぎるのではありませんか」
「ウォルターのことか?」
言われて、咲夜は目を細めて強い口調で言う。
「そうです。彼は普通の人間ではないようですが、
事前の説明もなしに妹様の部屋に向かわせるのは危険過ぎます」
メイドの態度に、怒られているような感覚を感じたのか、レミリアはまあまあと手を動かした。
「まあ怖い顔をするでない。お主が言いたいことは理解しておる」
「では、何故です」
問われて吸血鬼は遠い目でどこかを見た。
「出会いというのが必要だからじゃ、フランにとっても、ウォルターにとってものぅ……」
――――――――――――――――――――――――――――
「面倒かもな」
二つ目の鉄扉をくぐりながら彼はぼやく。
いくらなんでも厳重すぎると思うからだ。
そしてまた、すぐに扉が見えてきた。
しかし、その扉は異常だった。
表面が所々盛り上がっており、内側からの強い衝撃で変形していたのだ。
厄介そうだと感じつつも、彼はドアをノックし、ノブに手を掛けた。
「失礼します」
変形した鉄扉を開けると、そこは広い空間になっていた。
照明の類は見当たらないが明るく、壁や床、さらに天井が同じ黒と白のチェック柄だ。
「妹様、デザートをお持ち致しました」
言って周囲を見回すと部屋の隅で動く影があった。
赤と白の洋服を着た金髪の少女だ。
彼女の手には、ツギハギだらけの熊の縫いぐるみがあり、それを大事そうに抱えている。
ウォルターを見た少女は力なく呟く。
「……誰なの……」
「失礼しました、ウォルター・C・ドルネーズと申します。
今日からここでお世話になる執事で御座います、以後お見知りおきを」
彼がそう言って頭を下げると、虚ろな瞳が執事を見た。
「…そうなんだ…フランはフランドール・スカーレット…
…ねえ、ウォルター・C・ドルネーズ……あなたは壊れない人?」
刹那、彼は跳ぶ。
直感的に危険を感じたからだ、死の気配を…。
次の瞬間に彼が立っていた場所は崩れ、何かがめり込んだかのように沈んだ。
「―――どうして…どうしてみんな壊れたり、逃げたりしちゃうの…フランはただ…」
そこにいない誰か達に問いかけるように彼女は囁き俯く。
表情は見えないが、床に透明な雫が落ちる。
そして、悲鳴のような嗚咽と見えない破壊の嵐が響き吹き荒れた。
「あああああああああああああぁぁぁ――――――――――ッ!!!!!!」
……確かにこれは難しいな!……
トレーを入り口付近に滑らせ、執事は戦闘態勢をとる。
装着したグローブの感触は悪くない。
「なんでッ!!なんでッ!!なんで――――――――――ッ!!!!!!」」
少女は狂ったように叫び続ける。
まるで何かの答えを欲しているかのように。
その間にも破壊の嵐がチェックの部屋を蹂躙していき、
壁も床も天井も見境なしに崩れ潰れていく。
……どうする?どうやって止める……
嵐の隙間をギリギリで走りながら、ウォルターは自問自答を繰り返していた。
相手は雇い主の肉親。
手荒な方法は避けたいが、この状況で手段を選んでいる余裕はない。
少しでも気を抜けば一撃で終りだろう。
「逃げないでよッ!!!ねえ―――――ッ!!!!!!」
迫る不可視の暴力が執事を確実に追い詰めていく。
そして遂に捉えられた。
「ッく!!」
振り下ろされた力を防御すべく、彼は鋼線で〝盾〟を編み、正面に展開する。
しかし、それでも威力を殺しきることはできず、強く弾き飛ばされた。
……くそッ!力も早さも足りない、せめて全盛期の身体だったら……
ないものねだりと分かっていても思ってしまう現状に、彼は心の中で悪態を吐く。
直後、ウォルターは壁に激突した。
――――――――――――――――――――――――――――
屋敷全体が不規則に揺れる。
「やっとるのぉ、なかなかに激しく」
グラスを片手にレミリアは床に視線を落とす。
その横で咲夜は不安そうに主人を見た。
「本当に大丈夫なのですか、お嬢様?」
「咲夜は心配性じゃな。わしが問題ないといっとるのだから、60%くらいは大丈夫じゃ」
「かなり微妙かと…」
「なんじゃ、信用できんのか」
機嫌を損ねたような主人にかまうことなく、メイドは答えた。
「割と……今回も正直無理なのではと私は思っています」
その言葉にレミリアはグラスの中身を揺らす。
「ふん、正直な奴じゃ。
まあ、ぶっちゃけて言えば、わしも期待はしとらんがな……だがのぅ、あの男は面白いぞ」
「面白いですか?」
問われて吸血鬼は笑いの表情を作った。
「ああ、そうじゃ、非常に面白い運命を辿ってきておる。
そしてこれからもそれは続いていくように見える…本当に愉快じゃぞ」
「お嬢様の面白いの基準はやはり分かりません」
言われてレミリアは、グラスの中身を一気に煽ってテーブルに置いた。
「どういう結果であれ、わしが望んでいる方向に事が進めばそれでよい。
……さて、執事は泣く童をあやせるのかのぅ?」
――――――――――――――――――――――――――――
朦朧とする意識の中、彼は声を聞いてた。
「あなたも壊れちゃうの?フランは一人なの?」
囁くように発された言葉に、敵意や悪意は一切感じられない。先程もそうだった。
あの少女は何かを恐れ、求め縋るように泣いている。
それは何故だろう。
……分からないのか、子供だから……
どうしていいのか分からないから泣く。
どうしていいのか分からないから叫ぶ。
どうしていいのか分からないから壊す。
―――妹様は子供なの、本当に純粋な子供―――
咲夜の言った言葉の意味がなんとなく理解できたと彼は感じた。
情報不足で推測の域を出ないが、
恐らく彼女、フランドール・スカーレットは、
自身の力をコントロールできないが為に今の不安定な状況から抜け出せないでいる。
また、それが原因で心に恐れを抱き、虚ろにならざるをえないのだろう。
ならばどうすればいいか、どうやって状況を変えてやればいいか、ウォルターは考える。
……しかし……
どうしても足りない。
どうしても届かない。
力が、力があれば……そう強く思った瞬間に妙な感覚が全身を襲った。
まるで身体が膨張し、伸びていくような感覚。
これに近いものは一度だけ味わった事がある。
そう、あの忌まわしい連中にすべてを売り払い手にした力、
かつての自分、全てを賭けて死神と成り果てた自分。
その時と同じ感覚が今、身体を支配していた。
……一体、何が、これは……
「あなたは、ウォルター・C・ドルネーズ?」
不意にかけられた言葉で彼は自身の変化を完全に認識した。
「ええ、そうです。私は執事、あなたに仕えるのが仕事で御座います」
立ち上がったの少年ではなく、青年だった。
彼は全身に力を入れ、正面に力強い視線をやる。
「今度のあなたはどうするの?」
かけられた言葉に、すぐに破壊の嵐が来るのが分かった。
しかし彼は避けようとはしない。ただ真っ直ぐに歩き始める。
「妹様、どうして泣くのです。どうして叫ぶのです」
執事の問いかけに少女は半狂乱になりながら答えた。
それと同時に力もくる。
「だって、だってみんな壊れちゃった!
みんな逃げちゃった!!フランは…フランはただ一緒に居てほしかっただけなのにッ!!!!」
放たれる力に合わせるように、彼は両手を払うように振った。
動きを追うようにミスリル鋼線が独特の輝きで線を描く。
すると、その払った方向で破壊が起こった。
……いい調子だ……
自身に向けられた力の起点をずらす事で、ウォルターは攻撃を弾いていた。
無論完全ではない為に危険も大きい。失敗すれば先程の二の舞になるだけだろう。
だが彼は足を止めることなく、嵐の中心を目指して進む。
「どうして止まらないの?どうしてッ!!あははははははは」
今までなかった状況に、フランは半ば混乱しながら、泣くように叫び笑う。
その様子はひどく痛ましい。
「何があったのかは分かりません。
しかし、もうフランお嬢様は泣かなくていい。叫ばななくてもいい。
何故なら、私がこれからは一緒だからです」
できる限りの笑顔で、彼は少女に言った。
必要なものは信頼だ。
信頼こそがお互いの現状を変える唯一の要素だ。
「がああああああああああああぁぁぁ――――――――――ッ!!!!!」
どうしていいか分からず、ただ獣のように咆哮する少女の正面に執事は立った。
彼はしゃがみ込み、相手の目をじっと見つめる。
「大丈夫、大丈夫です……フランドール」
そして、ただ優しく抱きしめた。
離さないように優しく、包み込むように。
その瞬間、少女の目から再び雫が溢れ落ちる。
「う、ううッ、ああああ―――――」
抱きしめられて感じるのは、安堵と大きな身体の感覚だ。
それが心に染みて涙が止まらない。
「もう大丈夫」
改めて言われ、フランはウォルターの身体にしがみつき、大声で泣いた。
まるで生まれたばかりの赤子のようにいつまでも……。
という感じで三回目です。
原作の外伝が完結する日は来なさそうですが、できれば続きが見たいですね。
まあ、ドリフ終わっても作者さんが書かなそうですけど……。
そんなわけで次回。