・♯.1『俺にはさっぱりわからねえ!』その2からの続きです。先にそちらを読むことをお勧めします。
「リンノスケ、急げ。ほかに電子機器みたいなものはないか?」
その男は不機嫌そうに白髪の青年に問いかけた。
「残念だがそれだけだよ。前はいくつかあったんだが正しい使われ方をしないうちにガラクタになってしまってね。あれは今思うともったいなかった。ああ、でもたしか残骸が残ってたな」
香霖堂店主『森近霖之助』は下に置いてあるいくかの箱の中から無造作に一つを男に渡した。
「これはゲーム機じゃないのか。たしか日本製のなんたらXとかいったクソ高くて売れなかったやつだ。それに日本版のNESまで混じってるぞ」
「あれ?間違ったかな…ごめん、こっちだった」
「まったく。まあPSなんたらの部品は使えそうだな」
男は慣れた手つきでゲーム機のカバーをはずし中身を分解していく。そして不要な部品は即座に投げ捨てられた。その様子に霖之助は感心する。
「しかし、まるで魔法のような手さばきだね。外の人間は何人か見てきたが君のように機械に詳しい人間は初めてだ。いったい何者なんだい?」
「そうだな、あえていうなら正義の味方といったところか。あと会社の社長もやってる。ついでに国防関係の組織にも所属してる」
その男、『トニー・スターク』は当然といった様子で答えた。その間も手は止まらず作業を続けている。
「色々兼任してるみたいだけど、正義の味方っていうぐらいだからそのMk-Ⅰて鎧を着込んで戦うわけだ」
コウリンの視線の先、作業中のトニーの目の前には全身が鉄板で覆われた無骨な銀色の鎧・・・もといパワードスーツが立っていた。所々塗装や英語で書かれたロゴが見え胸板の中心にはぽっかりと丸い穴が開いていた。そこにトニーは何かを取り付けている。またスーツからはコードが伸びておりそれは霖之助のPCに接続されていた。
「Mk-Ⅰは私がはじめて作ったスーツでね。命の恩人に手伝ってもらってなんとか完成した代物だ。まあ、最新型と比べるときついが今はこれしかない。心許ないが一応急ごしらの装備も追加した」
アフガニスタンでの出来事とインセンのことが一瞬頭をよぎるがその記憶に浸る余裕は今はない。トニーは急いでPCを操作しスーツの制御OSを立ち上げた。
「よし、これで起動準備は終了だ」
その時、外から銃器の発射音や何かがぶつかったり弾かれたりするような音が響いてきた。状況は切迫しているようだ。
「外が騒がしくなってきたがあの子は大丈夫なのか?」
「魔理沙は大丈夫さ。こういう厄介事には慣れてる。でも急がないとね」
今外では魔理沙が一人戦っていた。敵の数は不明だが明らかにこちらを狙って攻撃を仕掛けてきている。
「リンノスケ、今からこいつを装着する。OSのほうは急ごしらえでいまいちだがやるしかないだろう。そこの工具でボルトを締めてくれ。時間がない」
「まかせてくれ」
トニーはスーツを装着しながらどうしてこのような状況になったのか思い出していた。あれは前日の夜、自宅の工房でスーツのメンテナンスをしていた最中のこと…。
――――――――――――――――――――――――――――
「こんばんは、Mr.スターク」
それは聞いたことのない女の声だった。反射的に振り向けば東洋風の格好をした女性が立っている。女性は室内だというのに傘を差しどことなく胡散臭くも妖艶に見えた。
「君は誰だ?どうやってここに入ってきた。今日はとくに誰も呼んではいないんだが…」
はてとトニーは考えた。今晩は何の予定も約束もはいってはいないはずだ。それともまた何か忘れているのだろうか。ペッパーに聞いてみるべきかと思ったが女性は軽く笑いこう言った。
「うふふふ。残念だけどそういうのじゃなくてね。じつはお願いがあってお邪魔させてもらったのよ」
「お願い?」
「そう、あなたの力を…アイアンマンの力を貸してほしくてね」
次の瞬間、床に何かが現れた。それは女性の足元から工房全体を呑み込むように広がっていく。まるで何かの裂け目のように。
「これは一体!?」
「スキマよ。あなたを招待するためのね。私は八雲紫。くわしくはあっちで」
「ちょっとまて、わけが分からな・・・」
「残念だけど時間がないの♪どうかよい夢を」
そしてトニー・スタークは工房ごとスキマに呑み込まれ意識を失った。
――――――――ひどく頭が痛む。スーツのメンテナンス中に相当飲んだのがいけなかったのだろうか。一体今は何時だろう。たしか今日はニック・ヒューリーにシールドの件で呼ばれていたはずだ。遅れると後が面倒になる。
「…おいジャーヴィス・・今は何時だ…ジャーヴィス?」
しかし彼の忠実な執事とも呼べるそれの声は聞こえない。
「おッ!目を覚ました。おーい香霖!」
かわりに元気のいい少女の声がする。
「ここは…一体どうなっているんだ」
まぶたをひらいて彼は驚く。そこは見知らぬ場所だったのだ。どことなく古い時代の日本を思い起こさせるような室内で彼は布団に寝かされていた。こういう経験は二度目だがゲリラの本拠地で目覚めるよりはだいぶましだと思う。
体を起こし周りを見回していると入り口の障子から、青い着物風の服を着た白髪に眼鏡の男が入ってきた。その後ろには金髪の少女が立っている。
「君はうちの店の近くで倒れていたんだ。それをここにいる魔理沙が見つけて担ぎ込んできたわけさ」
「なかなか重かった。箒の寿命が短くなったかも。じゃ私はこれで帰るぜ。あとはよろしく」
「おいおい。彼を霊夢のところに連れていってくれないのか」
「ちょっとにとりに呼ばれてるんだ。なんでも面白そうなものを見つけたとかでさ。待たせちゃ悪いから私は行くよ。じゃ」
そういうと少女は出て行ってしまった。男はやれやれという素振りをしている
「まったく」
「なかなかいい性格の娘だな。礼も言わせてくれないとは」
状況は理解できないがどうやらあの少女に助けてもらったようだ。
「昔からああなんだ彼女は。たぶん死ぬまであの性格は直らないと思うね。そういえばあんた名前は」
「トニー・スタークだ。で、そっちは?」
男は一瞬しまったという表情をしたがすぐに咳払いをして再び口を開いた。
「おっと失礼したトニー・スタークさん。僕は森近霖之助っていうんだ。まあ、しがない道具屋の主人だよ」
『モリチカリンノスケ』、日本人の名前の響きだ。それに先ほどの少女は『マリサ』と呼ばれていた。室内を見る限り作りは間違いなく日本のそれだ。つまりどういう理屈かは分からないが自分はなぜか日本にいる。どういうことだろう。
だがトニーはそれよりもおかしなことに気がついた。どうして自分は彼等と同じ言葉を話しているのか。意識して日本語は使っていない。それなのに確かに今自分は日本語で話をしている。それもごく自然に。
「状況を確認したい。ここはどこなんだ。少なくとも私の家でもなければアメリカでもなさそうだが日本なのか?それになぜ私は普通に君と会話できる?日本語は一応話せるがこんな流暢には話せないしそもそも…」
わけが分からない、おそらく自分はどうしようもなく混乱しているのだろう。だが聞かずにはいられない。ここがどこなのか、なぜこんなにも他の言葉を使えるのか、そもそも自分はどうなってしまっているのか。
「だいぶ混乱してるみたいだね。まあしょうがないけど。とりあえず今いる場所は僕の店兼家の香霖堂さ。もっと正確にいうなら君が今いる世界は幻想郷という場所だ。君がいた世界とは隔離された特殊な世界としか説明できない。それとすまないが言葉についてもよく分からない」
トニーはますますわけが分からなくなった。しかし一つだけ思い出したことがある。おそらく自分をこの状況に追い込んだ人物、八雲紫のことだ。
「そういえば女性が近くにいなかったか。胡散臭いというか妖艶というか…たしか八雲紫というんだが」
『八雲紫』という言葉が出てきたことに霖之助は驚いた様子でトニーを見た。
「まさか外の人間から彼女の名前を聞くことになるとはびっくりだね」
「どういうことだ?」
霖之助はトニーに自分の知りえる限りの紫の情報を教えた。そこから理解できたのは彼女が人間ではないこと、非常に長く生きていること、さらに神出鬼没で本当に胡散臭いということだった。
そしてトニーもスキマに飲み込まれたときのことを彼に話した。トニーの話を聞く霖之助はある言葉に強く反応した。
「招待か。いったいなんだろう。そもそも幻想郷に外から来るのは、妖怪の類かたまに迷い込んでくる人間か道具くらいなんだけどな。それに彼女、妖怪の誘致をしているとは聞いてるけど人間を招いたなんてのは初耳だよ。あっ、それと稀にだけど神様とかも来るんだよね。この世界」
彼の知っていることはどうやらこれで全てのようだ。情報は増えたものの逆に疑問は増える一方だ。
「モンスターに神か、なんだか眩暈をおこしそうな話しだ。まだ私は夢から覚めていないのかな…そういえば昨日は飲みすぎてたしな。うん、もう一度寝よう」
「信じがたいのは分かるけど残念ながら現実だよ」
再び布団を被ろうとするトニーに霖之助は続ける。
「まあ考えてもしょうがないこともあるさ。向こうでお茶でもどうだいトニー・スタークさん。一応打開策もないこともないし」
打開策という単語を聞いてトニーはとりあえず考えるのを止め布団から出た。確かに彼の言う通りかもしれない。それに自分は混乱しすぎてネガティブな思考に陥っているようだ。少し落ち着く必要もある。
「すまないがそうさせてもらおう。それと堅苦しいからトニーでかまわない、リンノスケ」
霖之助の後について部屋を出ると廊下には様々なものが重ねられていた。見るからに古い形の家具、新品同様の旧式ビデオレコーダー、何に使うのか検討もつかない器具・・・それらありとあらゆる種類の道具が無造作に重なり合っている。
「いや~整理が苦手なもんでさ。いつの間にかこんなふうになってたよ」
それ以前の問題のような気がしたがトニーは気にしないことにした。
廊下を抜けると店の玄関に出た。そこには商品と思しき道具が陳列されている。廊下ほどではないもののお世辞にも整理されているとは言いがたい。例えるならフリーマーケットやガレージセールのような状態だ。
一通り商品を見回しているとそこには見慣れたものが置かれていた。
「!!…Mk-Ⅰじゃないか」
そこに立っていたのは彼が最初に装着したアイアンマンだった。鉄板を張り合わせた装甲は鈍い輝きを放っている。
「これかい?店の近くにバラバラになって落ちてたんだ。それを魔理沙の知り合いが組み立ててくれてね。ちょうど君が運ばれてくる前だったかな。」
どうやらこの世界に飛ばされてきたのは自分だけではなかったようだ。トニーはMk-Ⅰに手を触れスーツ全体を確認した。目立った損傷は見当らず問題なく動きそうだ。
「これは私のだ。他には何かなかったか?」
「いや、これだけだったよ。何か足りないのかい」
「なんともいえないな。こいつはこれで全部だが他のやつもどこかに転がっているのかもしれない」
他のスーツもこの世界にあるのだとすれば見つけ出す必要がある。そう考えていると突然玄関が勢いよく開いた。
「おい!香霖!!」
「あれ?にとりのところに行ったんじゃないのかい」
玄関から慌てた様子で魔理沙が駆け込んでくる。何があったのだろうか。
「なんかやばい連中が店に向かってきてるから戻ってきたんだよ!」
「へ?やばい連中。どんな人達なんだい」
魔理沙はどう説明していいものか迷っていたが、トニーの横に立つMk-Ⅰを指さし叫んだ。
「ありゃ人じゃないよ。なんか機械っていうか…そう!そこの鎧をもっと強そうにした感じのやつらだよ」
その言葉にトニーは急いで玄関から飛び出し辺りを見回す。だがここからでは何も確認できない。後ろから出てきた魔理沙はあっちだと道の向こうを指差したが、まだ影も形も見えない。
「リンノスケ、双眼鏡はないのか。望遠鏡でもかまわない」
「一応あるけど。はい」
店の中から使い古された双眼鏡が手渡された。レンズを覗き少女の指す方向を見ると、そこには全身が装甲で覆われた機械の兵士達の姿が見えた。
トニーは驚く。あれは確かにスターク・エキスポで自分と相棒が破壊し、最後には全機自爆したドローンだったのだ。それはジャスティン・ハマーが製作しイワン・ヴァンコが暴走させた、AIで動く無人のパワードスーツだ。
それらの中にはまったく姿の違うものも混じっているが問題はそこではなかった。
「間違いない。見たことのないタイプも混じってるがあれはハマーのところの出来損ないだ。なぜここにあんなのがある」
不味い状況だとトニーは思う。手元にあるのはMk-Ⅰだけ。せめてMk-Ⅴがあれば対処も出来た。どうするべきかトニーは思考を巡らせる。
「オッサン、知り合いだったら文句言ってくれないか。あいつら近づいたら問答無用で撃ってきたんだぜ。当たったら危ないっていうのにさ」
「その割にはずいぶん余裕だな。あと私はオッサンじゃなくトニーだ。それと、残念ながらあいつらに話しは通じない。工具とPCはあるかリンノスケ」
「ないこともないけど、どうするんだい」
トニーは香霖堂を見て言った。
「中のMk-Ⅰで迎撃する。不安はあるがやるしかない。用意を頼む」
霖之助は無言で頷き店の中へ走った。一方魔理沙は帽子を被りなおし、店先に立てかけられた箒を手にする。
「さっきの鎧を着るんじゃ時間稼ぎが必要だな。なるべく早くしてくれよオッサ・・じゃなくてトニー」
「何をする気だ」
「ちょこっと遊んでくるだけさ。こういうのは嫌いじゃないんだ私」
それだけ言って少女は箒に跨り空へと飛んでいく。トニーはただ呆然とそれを見ていた。
「…まったく、本当にいい性格だ。それに空も飛べるとは本当に分からない世界だな、ここは」
店の中に戻ると工具箱をもった霖之助が彼を呼んだ。
「うちにあるのはこれだけだよ。PCはそこにあるのを使ってくれ」
「わかった。それとすまないが電化製品があれば片っ端から持ってきてくれ。少し改造が必要だ」
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そして現在の状況に至る。
あのジャスティン・ハマー製のドローンを相手にするにはこのMk-Ⅰでは役不足だ。機動力でもパワーでも劣っている。せめてもの救いはその場凌ぎで取り付けた簡易式のユニビームだけだ。状況は悪いが今はやるしない。
「締め終わったよトニー!」
ボルトの固定を確認しトニー・スタークは全身に力を入れる。
あの八雲紫という人ならざる者はなぜ自分をここに招待したのか。そしてどうして破壊したはずのドローンがこの世界に存在しているのか。考える余裕もなく彼は扉の向こう側へ鋼の足を踏み出した。
『よし、いくぞ!!』
再びMk-Ⅰは動き出す。存在しないはずの敵を迎え撃つために…。
というわけで二話の1です。
その2に続きます。ではでは