第1話 うじ虫よ
「ほら、なに入学式の日からさえない顔してんのよ。そんなんじゃ中学のときの二の舞よ?わかってんの?」
「あー、うん。」
「あー、うん。じゃないわよ。ちゃんと聞いてんの?シャキッとしなさい。あんたがちゃんと友達作らないとまたわたしが3年間あんたの面倒見ることになるのよ?」
「わかってるよ、でも俺はそれでも別に・・・」
「よくないのよ!わたしが!わかる?あんたのせいで中学の3年間わたしは棒に振ったも同然なのよ。ちょっと顔のいいあんたがいつもわたしの隣にいるせいで他の男がわたしに寄ってこなかったのよ。その結果15にもなって男性経験0。こんなかわいい子が男性経験0なのよ。あんたそれについて悪くは思わないわけ?」
「あー、んー、そうだね・・・多少は?」
「多少はじゃない、めいっぱい思いなさい。本気で思いなさい。」
「はいはい。じゃぁほっとけばいいのに。」
「それはダメ。お父さんに爽也くんのことはエリに任せるからねって言われてるんだから。だからほっとかないけど迷惑はできる限りかけないようにしなさい。」
「お前・・真面目なんだな。バカだな。」
「バカ?ちょっとあんたケンカ売ってんの?」
「そんなの真面目に守る必要ないだろ、適当にやればいいのに。」
「わたしはなんでも手を抜くことができないのよ。だからあんたのことも本気で面倒見るの。」
「不器用でバカなんだな。」
「うるさい!バカバカ言うな!ちょっと!なに笑ってんのよ!」
「なんでもねぇよ、ほら急ぐんじゃなかったのか?遅刻するぞ。」
「ちょ、うるさい!それはあんたが歩くの遅いからでしょ!おい、待て!わたしの前を走るなー!」
まだ肌寒さが残るこの日
桜が散って少し物寂しい桜並木道を2人の影がかけて行く。
この公園のシンボルである噴水広場を右に曲がり公園を出て信号を渡り、2つ目の交差点を左に曲がる頃ようやく前方に同じ制服を着た集団を見つけた。
「はぁはぁ、けっこう走ったわね。あんたけっこう速いのね。まぁわたしの方が全然速いんだけど。」
「そんなことどうでもいい。なんとか間に合ったみたいだな。」
「そんなことって、まぁいいわ。じゃぁ気合入れて行くわよ。正門を通るとこから勝負は始まるわよ。」
「どうでもいい。俺は勝負なんてする気はない。」
「あんたもう負け戦のつもり?あ、ちょっと待ちなさいよ。またわたしの前を行くなー。」
集団に合流してしばらく歩いていると前方から大きな声が聞こえてくる。
「おはようございます!入学おめでとうございまーす!おはようございます!入学おめでとうございまーす!」
ずっとこの2つの言葉を繰り返し言っている教師がいた。生徒指導部の教師だろうか。
「あら、あの先生あんたと違って朝から元気で素敵じゃない。イケメンだし高まるわね。」
「そうか?俺はあんな風にキラキラ輝いてるような人は苦手だな。しかも朝からあのテンションはな・・疲れるだろ。」
「あんたねー。・・・ほんと」
エリが呆れ顔で何か言いかけたとき、さらに大きい声がかぶせられた。
「お?どうしたんだ君〜。これから我が校に入学するというのに随分とまぁ暗いじゃないか。君はこれから楽しくて輝かしい3年間の高校生活が始まるんだぞ。明るくいこうじゃないか。ほらスマイルだスマーイル!」
教師の横を通り過ぎようとしたときいきなり話しかけられた。
「・・・」
不意をつくとはこのことなのであろう。爽也はポカンとして返す言葉を探している。
そんな爽也をエリは笑いを堪えて見ている。
「ほら、君も彼になんとか言ってくれ。」
「え?わたし⁈あ、はい。えっとー・・・ほらシャキッとしなさい、とりあえず・・・先生にあいさつしなさいよ。」
エリはもう限界のようだ。我慢しているようだが声が笑い混じりになってしまっている。
「あ、え、うん。おはようございます。」
エリは口を押さえて、肩を小刻みに震わせている。
「声が小さいな〜、まぁいい。若者よ!元気出して青春しろよ!」
そう言いまた同じことを繰り返し言うロボットに戻った。
2人は教師から離れ正門に向かう。
「あはは!たまんないわねあの先生!マジ最高〜!マンガから出てきたみたいに熱苦しいわね!あんたにゃあれは無理ね。」
「最悪だ・・・。朝からあんなのに絡まれるなんて。幸先悪すぎる。俺この学校向いてない気がしてきた。」
「あんたはなんでも判断が早すぎるわよ。安心なさい。あのレベルになるとわたしも苦手の部類に入るわ。それにあのレベルの教師となると1つの学校に1人いるかいないかぐらいの絶滅危惧種ものでしょう。だからあの教師と会わなければ平和そのものだわ。まぁたまにはあんたがあんな風に不意をつかれるのを見るのもおもしろいけどね。」
「俺は二度とごめんだね。めんどくさい。」
「あはは、あ、ほら。着いたわよ。」
正門を目の前にその大きさに2人は改めて圧倒される。
公立高校にしては立派な門だ。
西洋風な赤褐色の格子に上の方には牡丹の花の紋章がある。
象でも通す気なのかと思う程に無駄に大きすぎる門は2人を含めここを通る者を見定めているかのような威圧感がある。
門のむこうには緑芝の広い中庭を手前に奥には真っ白な校舎が見える。
新設校と見間違える程のほころびのない白さ。
全てが完璧でこの高校の敷地内全てのものが自分に自信を持って立っているような印象を受ける。
「なるほど、王者の風格とはよく言ったものだな。」
感心している爽也の横に小さな小さな背中がひとつ。先程まで人を馬鹿にして笑っていたとは思えない姿だ。
「おい、なんだよ急に。」
「うるさい!さっきも言ったでしょ。ここを通るとこから勝負は始まるの。今気合入れてるんだから静かにして。」
「はいはい。つか門くぐるだけでビビりすぎだろ。」
「大丈夫、わたしはかわいい。大丈夫、かわいい。他の奴らはぶさいく。わたしはかわいい。他の奴らはイモ。いや、イモ以下よ。うじ虫よ。」
エリが小声でぶつぶつ呟きだした。
「ひどい呪文だな・・・。もういいか?行くぞ?」
「ええ、いいわよ。いつでも誰でもかかってきなさいってもんよ。」
「じゃ、行くぞ。」
2人は門を抜け校舎を目指し中庭に入る。