「大丈夫、わたしはかわいい。自信を持って。みんなイモ以下。うじ虫。わたしはかわいい。」
まだ言っている。
エリは呪文を唱えながら爽也の横を歩く。
中庭の中央には大きな木が植えてあり、それの横を通るように校舎への道が設けられている。
周りには2人と同じようにおろしたての綺麗な制服を着た生徒たちでいっぱいである。
男2人で歩いていたり女2人で歩いていたりと同性どおしで歩いているグループは多かったが、爽也とエリのように男女で歩いているグループは少なかった。
「ほら、あの子もあの子もイモ以下だわ。大丈夫、わたしの方がかわいい。エリ自信を持ちなさい。大丈夫だから。あの子も・・・あれ?あの子かわいい。あれ?あの子も・・・。あの子も・・・。ダメダメ。ダメよ見ちゃ。ダメよエリ。自分を信じて。かわいい子なんていないわ。この制服がかわいくて補正がかかってるだけだわ。」
門を抜け中庭に入ってから数十秒だっただろうか。
エリは既に現実から目を背けて自己暗示をする段階に入っていた。
「なんで?なんであんなかわいい子が多いの?いや、気のせいだわ。かわいいのはわたし。他はイモ以下よ・・・。」
ここまでくると少し鬱陶しくなってくるが、急にエリは下を向き、呪文を唱えるのをやめて黙ってしまった。
爽也がどうしたのかと顔を覗き込むとガバッと顔上げた。
「もーいいわよ!自分で自分を騙して慰めるなんて惨めすぎるわよ!どんだけかわいそうなのよ!何よ!この学校かわいい子ばっかりじゃないの!どんだけ〜よ!」
なんで開き直ってなお半ギレなのか。
ほっとこうとも考えたが、後でめんどうなことになると思い爽也は聞く。
「なんでかわいい子が多いことにイラついてんだ?関係なくないか?」
「あんたわからないの?かわいい子が多いってことはわたしが損をするってことじゃないの!」
爽也の頭は情報処理に追いつかず少しの沈黙が流れる。
「えっとー・・・全然言ってる意味がわからないんだけど?」
「だーかーらー、わたしは彼氏がほしい、しかしかわいい子が多い、つまり男はみんなそのかわいい子たちの方に行く、よってわたしのとこには誰も寄ってこない、はい、付き合えない。高校3年間もさよならーってことよ。わかった?」
「あー、なるほどねー・・・。それでさっきまで自分はかわいい、他はイモだ。とか言ってたのね。もしかして門を通るとこから始まる勝負ってこのことだった?」
「そうよ?」
「へぇ〜・・・んでもう惨敗したの?」
「そうよ?」
「・・・開始数十秒で?」
「なによ・・・」
「いや、入学式からおもしれえなと思って。」
腹にパンチを見舞われる。
「殴るわよ。」
「いや、もうやられたよ。それは手を出す前に言ってくれ。」
「うるさい。あんたバカにしてんじゃないわよ。勝負もしないで不戦敗のあんたにはバカにされたくないわよ。」
「勝負って言ったって、ただ悪口言いまくってただフォッ」
2発目。
「殴るわよって言ったでしょ。」
「いや、2発目は聞いてないぞ。」
「殴るのをやめるなんて言った覚えはないわ。」
なるほど。反論するだけ無駄なことを悟った。
「でもまぁ俺はそおゆうの興味ないから勝ちも負けもねえんだよ。」
「あんたそんなんだからいつまでたってもひとりぼっちなのよ。」
「いいんだよ別にひとりぼっちでも。友達なんかいなくてもお前がいるしな。・・・おっと、そのファイティングポーズの拳はおさめてくれ。」
「あら?もう1発欲しいのかと思ったわ。」
「残念ながらMではないんでね。」
「残念ね。でも何回も言ってるようにあんたに一緒にいられると迷惑なの。ずっとあんたといなきゃいけないあたしの身にもなれって話よ。」
「はいはい。」
「まぁいいわ。どんなにかわいい子が多かろうとわたしはこの高校で彼氏の1人ぐらい絶対作ってやるんだからね。」
「はいはい。頑張ってください。」
中庭を抜け校舎に着くと玄関口前に生徒たちが群がっている。
「なんだなんだ?」
「あんたさー入学案内の紙読んでないの?」
「読んだよ。9時半教室に集合だろ?」
「そこもだけど、他のところは?」
「え?読んでないけど。」
「もしかしてクラス発表に関してのとこも読んでないなんて言わないでしょうね?」
「え、知らん。そんなのも書いてあったのか?!」
「あんたねークラスもわからずどうやって教室に集合しようとしてたのよ・・・」
「あ・・・確かに、そうだな。それで玄関前にクラスが貼り出されてるってことか?」
「そおゆうこと。」
「なるほどな。俺は何組なんだろう。」
「見る前に言っとくけど、くれぐれもわたしと違うクラスになったからって泣きついてくるなんてことはしないでよね。」
「そんなことしねえよ。」
「ならいいわ。ふふっ、あ〜これであんたとクラスが違えばわたしの輝かしい高校生活が始まるってものだわ〜楽しみだわ〜。」
群れに近づきクラス分け発表紙を見ようとするが、新入生のほとんどが集まっているためなかなか見えない。
「爽也ーあんた見えるー?」
「全然見えねー。・・・あ、見え」
見えかけたその時だった。爽也の横にいた180cmはあるであろう眼鏡をかけた男が声を荒げた。
「な、なぜだ!なぜこの僕が2組ではなく5組なんだ!!わざわざこんな高校まで追いかけて来たのになぜ!なぜクラスが違う!僕が何をしたってんだ・・・。」
その場にいた全員がその男を見る。
しかし誰もどうした?の一言もかけようとはしない。それも当然だ。初日の入学式からどこの誰かもわからないようなこんな危ないやつに誰も関わろうとは思わない。すぐ全員は何も見なかったかのように自分の名前探しに戻った。
その男は地面に崩れうずくまって泣いている。合格発表で不合格だったかのような落ち込み具合であまりにも痛ましい状態だ。
「ねえねえ、あの人どうしたのかしらね。」
エリが爽也の肩をたたき小声で話す。
「知らん。興味ないしどうでもいい。」
「でも追いかけて来たとか言ってたわよね?好きな子追いかけてこの高校来たのかしらね。」
「かもな。」
「これだけクラス多いんだから同じになれる可能性なんてほぼないに等しいのにあんな発狂しちゃって痛い人ね。」
「おいやめろ、聞こえるぞ。」
「大丈夫よ周りうるさいんだし。それよりまだどこのクラスか見えないの?」
「クラスが多くて今探してるとこだよ。・・・あ、待って、お!見つけた!俺は5く」
エリの方に振り返りながら言ったときだった。
「いやーーー!!!!」
発狂とともにエリが膝から崩れ落ちた。当然また発狂の元に振り返る他の生徒たち。
「なんで・・・こんなにクラスがあるのに・・・。」
ほとんど聞こえない声でエリが呟く。
「おい、どうした?」
注目されるのが好きじゃない爽也は恥ずかしくて焦る。
「ウソだ・・なんで、なんでなの・・・。こんなにいい子にしてるのに。わたしが何をしたっていうの。またわたしに苦しめというの?この世に慈悲は、慈悲はないの?こんなのあんまりよ・・・。」
まさかと思い、5組の名簿を見る。
河野、小松崎、・・・佐々木、・・・あ、あった。柴崎英理。
同じクラスになれる可能性なんてほぼないに等しいって言ってた矢先にこれだ。
生徒たちは半泣きのエリをまだ見ている。
爽也の右には発狂し終えてうずくまり半泣きの眼鏡男。左には絶賛発狂中のエリ。自然とその場にいた生徒たちの目はうずくまってる2人から爽也に向けられ声に出さずとも目で言っている。
(なんだ、こいつらの仲間か・・・)
「勘弁してくれ・・・」
とりあえずエリだけでもどうにかしようと爽也のズボンの裾を掴み「慈悲を〜慈悲を〜」と泣き叫んでいるエリを立たせようとする。
「なんで、なんでわだしがあんだと同じ5組なのよ〜。わたじってぞんなに悪いことしだー?」
「わかったわかった。俺が悪かったよ(全く悪くはないけど)だから早く教室行こうぜ。な?」
「だっでぇ〜・・・」
ぐずるエリをなんとか立たせて校舎の中に入り、下駄箱で靴から上靴に履き替え教室にむかう。
「まあもう迷惑かけないから安心しろって。な?」
「どうぜんよ。でも同じクラスは嫌なの〜。ゔーー、あんたはまたわたしの青春を潰す気かー。わたしの青春を返ぜー。」「そうだそうだー。」
「ん・・・?」
爽也の聞きなれない声が聞こえて後ろを振り返る。いる。エリの後ろに。眼鏡男。
「えっとー・・・おい、なんでおまえ眼鏡を連れてきたんだ・・・?」
「眼鏡ー?ぞんなん連れてきでな・・・」
エリが振り返る。
いる。確かに眼鏡が。
「・・・」
エリの涙が止まる。
エリと眼鏡男はお互い見合ったまま硬直する。
先に口を開いたのは眼鏡男のほうだった。
「いや〜、先ほどは見苦しい姿を見せてしまったね。はっはっは〜。まあ過ぎてしまったことは仕方ない。ところで、君も僕と同じで5組になったことに不満があるようだったから勝手についてきたんだが、これから職員室に抗議しに行くとこかな?それなら僕も付き合おう。人数は多いに越したことはないからね。」
先ほどまであんなに泣き崩れていた男が不気味にもケロっとしている。
「それもそうね・・・。その手があったわね。教室になんて向かってる場合じゃないわ。いいわ、すぐに職員室に向かいまホゴッ」
眼鏡男のほうに歩こうとしていたエリの背中に一撃。
「ちょ、ちょっと!何すんのよあんた!」
爽也はエリを引き寄せ小声で言う。
「お前これ以上目立つようなことするな。全て被害が俺に来るんだぞ、わかってんのか?さっきも他の奴らにどんな目で見られたと思ってんだ。」
「じゃぁあんたはついて来なきゃいいでしょ。わたしとあの眼鏡で行くから。」
「お前バカだろ。2人で行ったとこでクラスを変えてもらえるわけないだろ。それにそんなことしてみろ、すぐさま噂が広まって『発狂眼鏡と慈悲慈悲女がまたなんかしたらしいぞ』って言われるぞ。そしたら一緒にいた俺まで同じ目で見られんだぞ。」
「あんたのことを見る目なんてわたしには関係ないでしょ。じゃぁ行ってくるわ。」
今度はエリの耳元で言う。
「お前わかってねーな・・・。どこにそんな発狂眼鏡なんかとつるんでる危ない慈悲慈悲女に寄ってくる男がいると思ってんだ?」
「なっ!」
固まるエリ。
「少し考えればわかるよな?そしたら高校3年間お前はまた男性経験0だ。男に見向きもされずにな。しかも今度は俺じゃなくてあの発狂眼鏡がずっと隣にいる状態でだ。」
「そ、それは・・・芳しくないわね・・・。」
爽也の思惑通りエリの心がぶれた。
「あれ?行かないのかい?職員室はこっちだぞ?」
眼鏡男の悪魔の手招きは続く。
「や、やっぱり抗議はやめとくわ。2人で行ってもクラスが変わるかわからないし、入学初日から先生たちに目を付けられるのも避けたいしね。ははっ。」
「むーー、そうかー。まぁそれもそうかー。人数がもっと必要であったか・・・。よし、わかった今日のところは休戦としよう。でわ、教室に向かうとしようか。はっはっはー。」
案外簡単に折れた眼鏡男だったが、もう仲間と認識してるのかまた一緒に行動しようとしている。
(開戦前に休戦か・・・。こいつもバカだな。)
そのまま1人で職員室に行ってくれればいいのにと思った爽也だったがそのまま無視して教室に向かう。
エリも特に何も言わず爽也についていく。眼鏡男もエリについていき先ほどと同じ状況に収まった。
「なんかあの眼鏡おもしろいわね。あんたのいい友達になりそうじゃない?」
眼鏡男に聞こえないようにエリが爽也に言う。
「冗談だろ。勘弁してくれ。俺は目立たず平和に過ごしたいんだ。熱血教師に発狂眼鏡、俺はもうこりごりだよ・・・。」
「そう?悪い人ではなさそうだけどね。まぁ初日から飛ばしすぎもよくないか。・・・あ、そうそう、今は一緒にいるけど教室に入ったら別行動だからね、いいわよね?」
「はいはい。」
熱血教師に発狂眼鏡。初日から激しいスタートをした2人だがまだ入学1日目は終わらない。