とある悪滅の妹達支援   作:愛及屋烏

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第00話 侵入者

20××年 冬 首都近郊

 

 

その男――『椿生《つばきしょう》』は怒っていた。

 

何に? と問われれば色々としか言いようがない。

 

例えば、半年かけて仲を育んできた異性とちょっと『イイ雰囲気』になったので

口づけを交わそうとしたら、やんわりと拒絶された事、とか。

 

例えば、傷ついた心をチューリップでも愛でて癒そうと思って訪れた遊戯施設で「もしも用の休憩代」どころか一週間分の生活費を花の肥料にしてしまった事、とか。

 

例えば、帰路の途中で脳ミソの足りてないオニイサン達に絡まれ、無い物ねだりされた事、とか。

例えば、そのオニイサン達に気に入っている髪型を『白菜』呼ばわりされて、無駄な運動をした事、とか。

 

例えば、ようやく帰りついた自宅の前で家の鍵の紛失に気づいて今来た道を戻る羽目になった事、とか。

例えば、久しぶりに『兄弟』から連絡があったかと思えば、とんでもない野暮用の知らせだった事、とか。

 

今日だけで色々と腹の立つ事はあったが……まぁ、一番はコレだろうとも思う。

 

『何処かのバカが、首相官邸地下のクローンプラントの跡地に侵入した事』だ。

 

まず、最初に知っておいて欲しいのが、この男は普通の人間ではない。

 

生身の人間を切るより気楽だからという理由で司法解剖専門の医師をしているアレな人間ではあるが……とりあえず、見た目は普通だった。そこそこモテる程度には。

 

だが問題なのは、その『普通の見た目』と同じ姿形をした人間が複数いる事である。

 

世の中には似た人間が三人はいるとか、ビッグダディの家に五つ子が生まれたとか、そんな生易しいレベルではない。

遺伝子レベルで同一の存在が、当人達の与り知らぬ所で数十人存在していたのである。

 

――『生』と名付けられた彼等はクローン人間であった。

 

何故、そんな存在がいるのか……とりあえずそれは置いておこうと思う。

 

「なんで今更、あんな所に入りこむんだよ!?」

 

夜の街を駆けながら、椿は携帯電話に向かって叫ぶ。

 

『俺が知る訳ないだろう、ネズミに会ったら直接訊いたらどうだ?』

 

応じるのは、自分と完全に同質の声。

暮らす環境や機械越しである為か……多少の違いはあるにせよ、慣れ親しんだ自分の声。

 

「そもそも、あそこにはもうプラントは残ってないんだぞ!? クローニング技術狙いにしては的外れすぎる!」

 

自分と電話の相手『一条生《いちじょうしょう》』の存在背景《バックボーン》とでも言うべき、研究施設であり、秘密基地。

自分達を造り出した、クローンプラントの跡地。

 

『例のクーデターの時にプラント自体は移設済みだからな。侵入方法は謎だが』

「だからって、一条の……お前冷静と言うか……呑気過ぎるだろ、警官の癖に」

 

表面的に焦りの色は隠されているが、相手もそれなりに動揺している事は判る。

その心の機微も自分と同一であるのだから。

 

『……そもそも、もう十年になるんだぞ?』

 

確かにそれを考えると真剣味に欠ける、というも事実であった。

 

『仮にクローニング技術を狙う輩がいるにしても、何故、今なんだ?』

 

現状では、プラントの移設に気付く可能性のある人間は既にこの世には一人もいない。

故に旧プラントへの侵入自体は予測の範囲内と断じる事は可能だ。

 

「……そうだ、よな」

 

『悪滅』に参加していた他のクローン達。

 

同じ顔、同じ声、同じ宿命、同じ信念。同じ怒り。同じ悲しみ。

 

悪を滅するというエゴを享受し、自らを死によって罰することで

『悪のW処刑』『一人一殺』を行い政府に、日本に、世界に波紋を投げかけた『兄弟』達。

 

その波紋によって起きた、政府機能マヒの隙を突いた悪党達による裏新政府設立。

多くの友、多くの仲間、多くの『兄弟』達の犠牲の果てに裏新政府に加担していた人間は駆逐された筈だ。

 

その事は、各々の事情で『悪滅』に直接参加出来なかった『残留組』の自分達が念入りに確認した。

 

共に命を賭けて戦えない以上、後始末くらいは、と。

 

「(そう……念入りに。念入りにだっ!)」

 

連鎖するように椿は思い出す。『後始末』の内容を。

 

仲間達の遺体も何体、解剖したか分からない。

あの時は、事後調査やら関係者の護衛やらを任された他の『残留組』を羨ましく思ったものだ。

 

マスクに仕掛けられている爆弾によって、頭部こそないが、自分を……自分と同じ肉体を切り裂くという感覚。

仕事とはいえ、やらねばならない。他の誰かに任せるなんて出来なかった。

 

彼等の遺体をよからぬ目的で入手しようとする人間がいないかどうか、それを監視する為にも彼がやらなければいけなかった。

 

残された者達の平穏の為に。

悪を滅する為ではなく、滅する悪が現れぬように。

 

「でも、このままじゃ……」

『どこかの馬鹿に平穏を壊されるかもしれない?』

「……ああ」

 

自分達の平穏など、有って無いようなモノだし、それを声を大にして主張する気もない。

だが、仮に自分達の技術を得ようとしている者がいるのであれば、その目的は結局、大きな混乱を招くだろう。

 

『……本命が狙われたなら別だが、旧プラントを調べたところで何の手掛かりもない』

 

火種としての危険はあるが、大火には繋がらないだろう、と。

 

そもそも、クーデター事件で廃棄された後もプラントはそのままにされていた。

破壊されたセキリュティや防衛システムだけは復旧させて、だが。

 

その目的はクローニング技術を狙う輩に対する疑似餌である。

城壁だけは立派に修理しておき、中の城も健在に見せ掛けて実はハリボテ、という訳だ。

 

つまり今回の侵入者はまんまとそれに釣られた獲物である訳だが……

 

「しかしな、プラントには神宮路かパーフェクトONEに連なる……『生』の遺伝子を持った存在じゃないと侵入は不可能だろ」

『言っておくが、生き残っている『残留組』とは全員と連絡が取れた』

「10年前と違って誰かが捕まったって訳じゃないのか……だが、ならどうやって?」

 

仲間ではないが、同胞であるクローン体の一人が敵の手中に落ち、情報を奪われていた、という苦い経験が思い起こされる。

 

『セキュリティとは言っても、所詮は機械だからな……故障か……あるいは』

「あるいは? 何だよ?」

『ネズミさんは電子戦が得意なのかもな』

「おいおい、ver.1の俺にポ○モンか何かと戦えってのか……?」

 

思わず、不幸だとでも呟きたくなる椿であった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

~首相官邸地下通路~

 

 

かつて、アクメツ達の文字通りのライフラインとして機能していた旧クローンプラントは首相官邸地下300㍍の秘密施設にある。

よりにもよってそんな所にプラントを建造した神宮路の発想というかセンスには色々と言いたくなる。

 

まぁ……嫌いじゃないが。

 

第一、それに乗じて官邸内にも隠し通路を作ってしまう自分達も傍から見れば、同じ穴の狢なのだろう。

 

「ところでアクメツマスクは着けたほうがいいと思うか?」

 

懐から鬼のような角を持った漆黒の仮面を『2つ』取り出す。

 

『死にそうになったら着ければいいだろ。一度着けたら外せないんだぞ』

 

言われて想像する、日常生活で仮面を着けた己の姿。

……少しゲンナリした。

 

「とりあえず即死しないように首と心臓だけは死守する事にする……」

 

言いながら『本来の機能』の付いてない模造品のアクメツマスクを装着した。

果たして、これで顔を隠せるかどうか『残留組』の椿としては常々疑問であったが、こんなものは気分である。

 

『あと、イヤホン通話に切り替えろ。さすがに片手が塞がったままは不味い』

「そうだな……それにしても便利になったよなぁ、ここ数年で」

 

言われて椿は携帯を操作し、耳に小型のイヤホンをはめる。

 

『学園都市……だったか? あそこの技術が少しずつ外にも影響してるらしいな』

「あそこで暮らしてる安達の奴が言うには学園都市の中と外で20年は差があるって話だろ?」

『それだけ技術が進んでるなら、クローンだっているかもしれないな』

 

「いやいや、さすがにそれはないだろー」

 

一条の言葉に腹の底から笑った。

 

『おい、笑いすぎだ。気づかれたらどうする』

「スマン、でも神宮路以外にこんな技術を極める奴なんか、そう簡単にいてたまるかよ」

 

……これは笑い話だった筈なのだ。この時までは。

 

「しかし、すごいなこれは」

『何がだ?』

「侵入者だよ。防衛系の設備が見事に潰されてる。焼け焦げて……ショートしてるのか?」

 

破壊された機器から黒い煙が立ち上って、ただでさえ淀み気味な空気をさらに悪くしている。

 

『監視カメラも侵入者を確認した時点でシステムごとまとめて潰された。中々の手練だな』

「……その割には扉についてる、DNA認証の為に装置は壊れていないな」

『やはり電子戦も得意なようだな。ハッキングされた可能性が高い』

 

厄介だな、と電話の向こうで溜め息を吐いているのが伝わった。

 

「んで、そのネズミは何処まで入り込んだんだ?」

『第三層までの侵入は確認したが、以降の動きはないな』

「おいおい、第三層なんて序盤の序盤じゃないか。幸せの箱どころか鉄の金庫だって取れやしないぞ」

『何の話だ……結構なことじゃないか、潜る手間が省けて。……もうすぐだな』

 

第三層の認証扉を開き、息を殺して中へと侵入する。

 

「………………?」

『椿? どうした?』

 

急に黙り込んだ椿を案じて、一条が問い掛ける。

 

「……侵入者は一人なんだよな?」

『確認できたのは一人だけだが……いたのか?』

「……なんか、女子中学生が倒れてるんだが」

 

椿は時間が止まった音を聴いたような気がした。

 

『……………………はぁ!?』

 

時間が動き出してから最初に投げかけられた言葉は病人を案ずるような声音だった。

 

『おい、医者の不養生とか笑えないぞ。眼科へ行け、眼科へ』

「だって、倒れてるんだから仕方ないじゃん!?」

 

あまりの事態に社会人になってから出てなかった共有の口癖までも出てしまう始末。

 

素数を数えたくなる心理状態を慌てて落ち着かせて、倒れている少女を観察する。

 

肩まである茶色い髪。倒れていてよく分からないが、かなりの美少女だと思う。

冬には少し不自然な白い半袖のブラウスにサマーセーター。

倒れてるせいで色んなモノが見えそうで見えない状態のプリーツスカート。

 

それらを電話越しの一条に伝えていく。

 

『本当に女子中学生っぽいな……?』

「なんか暗視ゴーグル? みたいのを着けてるから、この娘が侵入者だとは思うんだが」

『しかし、どう考えても不自然だろ。なんで中学生がプラントに侵入するんだ』

「あぁ……あと」

 

椿の真剣な口調に思わず、一条が息を呑んだ。

 

『何か気になるコトでもあるのか?』

「割と好みのタイプだ」

『おーけー、自首扱いにしてやる』

「少し胸が足りない感じだが、中学生だと逆にそれがっ!」

『よし、お前の彼女に伝えといてやる。面会には行かなくていいと』

「うるせー! どうせ、彼女とは少しアレになっちまったよ!」

 

なんかゴメン、と急に神妙になる一条に悲しくなるから素は止めて!? と涙目になって椿が咆える。

そんなやりとりをしていると、目前の少女の体が少し動いたように見えた。

 

「っ!?」

 

思わず駆け寄って抱き起こす。それは侵入者に対しての動きではなく――

 

「おい、しっかりしろ!」

 

――アクメツである前に一人の医者としての本能的な行動だった。

 

「……その……仮面は……」

 

いかん、この状況だと仮面の変質者みたいじゃないか、とか。いやでも侵入者だったら……等と思考が混乱する。

 

「ようやく……見つける事が……とミサカは……」

「ミサカ? それがお前の名前か?」

「はい……正確には……フル……チュー……グと呼称される……個体が……ミサカです、と……」

 

酷く衰弱しているのか言葉の端々が聞き取れない。

……見る限り、どうも侵入の際に傷ついた訳ではないようだが。

 

『個体? なんだ、その表現は……? 椿、目的を聞き出した方がいい、それも早急に』

「ミサカ、君はどうして此処に来た? 何が目的だ?」

「………………て」

「え?」

 

震える唇に耳を寄せ、微かに聴こえる声を拾う。

 

「……助けて……ください」

「(命乞い……? いや、違う…!)」

 

その言葉に対する印象は、予感ではない――確信として、生の胸に迫る。

 

「これから……量産される……ミサカの妹達を……その生命を……助けて……」

「お、おい!? しっかりしろ!」

『椿! 今すぐにその娘をプラントに連れて行けっ!』

「プラントって……俺達のか!? どうしてだよ!」

『一応、医者のお前なら俺よりもよく解るんじゃないか? ……その娘はきっと……』

 

ああ、解ってる。

医者がどうのこうの以前に判ってしまう。

目の前にいる少女がどういう存在なのか。

 

己がそうであるが故に痛い程、感じてしまう。

 

同じだと。

 

――彼女は誰かのクローンだ。

 


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