風見幽香の殺し方【完結】   作:おぴゃん

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11『俺とあんたの長い午後』

 そいつが初めて死にかけたのは二歳の時だ。

 インフルエンザに罹って三日三晩生死の狭間をさまよい歩いて、医者に後遺症が残るかもと脅された両親はヒヤヒヤしながら寝ずの看病についていたらしい。

 

 で、結局何事も起こらずにそいつは布団から自分の足で立ち上がった。

 その数ヶ月後にバックしてきたトラックに横っ面をひっぱたかれることになったのだが、血まみれで帰ってきた少年はやはりというか痛いの一言も漏らさず積み木で遊び始めたという。

 

 数年後にまたまた車にはねられる。初めての骨折は顎だった。

 目を離したスキに『お父さん見てて』と飛び込み台からプールへ。浮かんでこない。

 遠足で山へ。ふと脇道を見ると茂みが揺れて――何が起こったかは敢えて語らない。

 

 毎回命懸けのトラブルに巻き込まれては、その度に何だかんだで生還してきた。

 一生こんな感じなんだろうなと呆れつつ、ある面で両親は安心した。こいつは間違いなくジョン・マクレーン並みの不幸さとタフネスを持っていやがるぜ、と。

 

 一方で後遺症は確かに残ったというのが本人の見解だ。

 

「やっちまったなぁ」

 

 鶴見ハジメはよく死にかけている。おまけに最近は途方もない不幸の渦中に突き落とされ、もがき苦しみ続けるような毎日だ。

 たった今最高記録を更新した体温計も、二歳から続く不幸の連鎖、もとい後遺症の延長であるように思えて仕方がない。

 

「俺、学校何日休んでたっけ」

 

 一週間にわたる逃走生活。不規則な食事と睡眠。手荒い針と電気マッサージのフルコース。親友との命をかけたガチバトル。ストレス、ストレス、ストレス。

 

 思い当たる原因は数あれど、水浸しのままに幽香を探して一月の夜長を駆け抜けたことがトドメとなったのは間違いない。

 

 結果として幽香は未だに鶴見家に留まり、一方でハジメは四十度越えの体温計を手にうんうんうなされていた。

 

「千晃、千晃―」

「なんだよ、ばかあにき」

 

 ハジメの大声に慌ただしく階段を昇ってきた彼の妹が、不機嫌そうにエプロンを畳みながら部屋の入口に顔を出した。その頭越しにひょっこりと幽香も現れる。

 

「喉渇いた。コーラ持ってきて」

「病人だと思って調子に乗りやがって…………もうちょっと待っててったら」

「はぁ? 俺は今」

「ハジメ」

 

 千晃をそっと横に除けて入ってくると、幽香はハジメの額に掌を乗せた。ひんやりとしている。彼女に隠れて千晃の姿は見えないが、ヤキモチでむくれた顔を想像するのはたやすかった。

 

「待っていてあげなさい。きっと驚くから」

 

 その謎めいた微笑みに戸惑っているうちに二人の姿は階下へと消え、ハジメは仕方なしにサイドボードの上に昨日から放置されていたぬるいお茶を口に含んだ。

 

 風邪と言われて思いつく全ての症状が入れ替わり立ち代り襲いかかってくるような地獄ではあるが、それでもまぶたを閉じて呼吸を落ち着けていると、なんとか眠ることはできるのであった。

 

 しばらくすると台所と庭先からおかしな音が聞こえてくるが、それも耐え難い頭痛に比べれば気にするまでのことではない。

 

 ◆◆◆

 

 幽香は土に触れている瞬間がたまらなく好きだ。

 妖怪としても規格外になりつつある今となって、その感情は一層強まった。

 

 荒れ果てた鶴見家の庭を何とかして復活させてやろうと頭をひねる。物置の隅に長らく放置されていたスコップ一本で雪をかきわけ、土をほじくり返し、ふと手を止めてはまた考える。

 

 そこにいずれ芽吹くだろう花々のことを考えて幸せになれると、まだ自分が世の理の中に身を置いているということが実感できるのだ。

 

 幸せになれることがあるのはいいこと。

 だから彼女はそいつの邪魔をしようとは思わなかった。庭先のフェンスに寄りかかって彼女の庭仕事を見つめる彼もまた、幸せそうだったから。

 

「あなたの力なら一瞬じゃないんですか」

 

 気が済むまで幽香の横顔を観察して、そいつはフェンスから身を乗り出すようにして頭を下げた。

 

 サングラスに目出し帽、そのうえに長いコートを羽織ってフードも用心に被る。太陽なんて見れたもんじゃないので常に俯きがちだ。現代の吸血鬼は閑静な住宅街の雰囲気から絶望的に浮きまくっている。

 

「久しぶりね、ユキ」

「えぇ。ご無沙汰してました」

 

 足元にスコップを突き立てて幽香は雪之丞を振り向いた。額に浮いた汗を拭う姿が眩しくて、思わず吸血鬼は目を細めたほどだ。

 

「汗をかくのは嫌いじゃないの」

 

 やはり美しい。雪之丞は緩んだ顔が隠れていることを心の底から感謝した。

 

 昔の幽香はどちらかといえば野獣に近い、ぎらぎらとした殺気をあちらこちらにぶちまけるような妖怪だったという。

 

 くどいくらいにハジメに覗かれてきた白絹の肌も、彼女が途方もない努力の末に大妖怪と呼ばれる力を手にするまでは傷跡と火傷に埋め尽くされた、それはそれは目も当てられないような酷いものだった――というのが雪之丞が紫から聞き及ぶところだ。

 

 紫は霊夢にも彼にも等しく優しいが、時折常軌を逸する彼女の言動をどこまで信じてよいのかはわからない。

 

 彼の目に映る妖怪は、そんな後ろ暗い過去など微塵も感じさせないほどに優雅で完璧な美をたたえているのだが。

 

「俺がハジメと戦ったこと、怒ってます?」

「いいえ」

「よかった」

 

 その安堵に偽りがないことは明らかだ。

 人をビビらせるプロである妖怪にはそれがよく分かる。雪之丞の周囲にうっすら漂っていた緊張の糸が急に解れていく様。

 

「言っておきますが俺、無茶苦茶強かったんですよ。能力ってのに覚醒したばっかりなのに」

 

 いつもどおりの滑りを取り戻した雪之丞の口に幽香は思わず微笑んで、意地悪を口にしていた。

 

「あら。でもハジメはあなたを倒したって」

「あ、あれは。ちょっといい気にさせてみようかなって思っただけで。それに俺、また新しい力が使えるようになったんです。まだまだ俺は強くなります、有望株っすよ!」

 

 見守る幽香の内心は複雑だ。雪之丞の心には気づいている。それが彼をここまで取り返しのつかない存在にしてしまったことを悔いてもいたし、嬉しそうに成長を語る様は微笑ましくもあり。

 

「……幽香さんはまだ、あいつがあなたを殺せると思ってるんですか?」

 

 雪之丞が沈黙で答えるという技術を知ったのは、うっかりと紫の歳を聞いた瞬間であった。

 隠れ家に充満したいたたまれない空気から逃げ出してご機嫌取りの甘いものを買いに来たというのも、この外出のひとつの目的だった。

 

「俺はできますよ」

 

 気を取り直して言い放つと、庭仕事に戻っていた幽香が手を止めた。

 

「俺はできる」

 

 決心を固めるように、もう一度。

 

「ハジメなんかじゃ及びも付かないくらい強くなって、きっとあなたを救ってみせます。約束する」

「吸血鬼の質は嗜む血の質に依ると聞くわ」

 

 予期せぬ難解な言葉に戸惑う雪之丞の前で幽香は髪をかきあげた。細い首筋から肩口にかけての白い柔肌。うっすら浮いた鎖骨。

 

「試してみる?」

 

 鋭い爪を伴い始めた雪之丞の指先が強ばって、ぎちぎちと骨を鳴らした。

 だが、吸血鬼が牙を剥いたのはたった一瞬のことだ。すぐに彼は自分の衝動を恥じるように顔を背けて、踵を返す。

 

「それは、あなたをモノにしたときの楽しみに」

 

 後ろ手を振って住宅街の坂を下っていく雪之丞の姿を幽香はスコップを担いだままに見送った。

 彼の頭上では日中だというのに常に数匹の蝙蝠が付きまとう。彼の指やコートの端に掴まって、ぶらぶらと遊んでいるものもいる。

 

「ははっ」

 

 あくまで陽気に彼らと戯れる現代の吸血鬼は、彼なりに彼の新しい生を満喫しているようだった。

 

 ◆◆◆

 

「お前が二歳の頃なんだがな」

「俺もそれを思い出してた」

「じゃあ小学生の時に猪が」

「遠足の話ならもう聞きたくない」

 

 激務から解放されてようやくの休日。

 それまで死んだように眠っていた父が起きるなりコーラを取りに行かせた非情な息子は、携帯の画面に目を走らせながら父の繰り出す会話の芽を片っ端から踏み潰していた。

 

 乱暴に鼻をすすりあげながら探すのは、最近ちらほらとウェブニュースにも載るようになってきた自分たちの町の名前だ。

 

『爆発事故』『不審火』『UFO』『プラズマ』『オーロラ』『テロ』

 

 それぞれ好き勝手騒ぎ立てる見出しの唯一の共通点は、そのすべてが語尾に疑問符を伴っていること。正確に事情を把握しているものなどごく一握りだ。

 その渦中の人物であるハジメは、今更ながら自分たちの戦いが引き起こしたコトの大きさにため息が出るばかりである。

 

「一ついいか?」

 

 父が置いた空のボトルは建て付けの悪い机の上で底を滑らせて横倒しになる。それには目もくれずに両手を膝の上で組むと、父はベッドに向けて椅子を寄せた。

 

「幽香さんをどう思う?」

「どう思う、か」

 

 相変わらず言葉少なな父だと呆れる。曖昧な問いだったが、親子というのは恐ろしいもので大抵のことは察しきれてしまう。

 

「千晃にとってはお姉ちゃん。俺にとっては新しいケンカ友達」

 

 家族という言葉を避けたのも、父の意図を言外に読み取っていたからだろう。

 

「廊下の一番奥の部屋を使ってもらってもいい相手、とオヤジは考えてる」

「やるな」

「あんたの子供だからな」

 

 今は空き部屋となっているその部屋に以前いた人物の顔が一瞬浮かんで、ハジメは必死にその面影を振り払っていた。あれはとっくの昔に彼らに愛想を尽かすとどこかへ消えた。ハジメだって戻ってきてほしくもない。

 

「幽香さんにはお前から頼んでもらっていいか」

「実はもう、そういう話はしてある」

 

 それは本当に偶然であったが、これには流石の父も目を丸くした。

 

「お前、最近やるなぁ」

「任せとけ」

「――でさ、お前本当に幽香さんと外泊してて何もなかったの?」

「あるかよ。尻は見られたがな」

 

 朗らかで、しかしどこか薄汚い親子の会話に水をさしたのは場違いにハイテンションな携帯の着信音だった。それまで穏やかに息子の成長ぶりに目を細めていた父は、携帯の液晶に表示された名前を見るなり顔色を変える。

 

「うっわ、最悪」

「どした?」

「ちょ、ちょっと行ってくる。もしもし――うおっ、すまんすまん」

 

 携帯を耳に当てたまま慌ただしく出て行った父はドアを開けた幽香とぶつかりかけていった。しばらくそれを見送って入ってきた幽香は盆を持っていて、その上には卵粥が載っていた。

 

「それを作ったのは千晃」

 

 呆気に取られていたハジメがふと部屋の入口を見ると、見慣れた後ろ姿が引っ込んでいくところだった。

 

「愛情を注いであげれば花も、人も応えてくれる。ね?」

 

 幽香が差し出すままにスプーンを口に運んで、そこからは早かった。

 ハジメには千晃がたった一杯のお粥を作り上げるためにどこまでの試行錯誤を重ねたのか知る由はない。聞いたところで千晃はいつものように小馬鹿にして「そんなはずがないでしょ」と返すだけだろう。

 それでもハジメは、ある意味ではまっすぐな妹の気持ちが見えるようだった。

 

「あの子なりにあなたに歩み寄ろうとしているんじゃないのかしら」

 

 あっという間に空になった食器を片付けながら幽香が一瞬よこした視線の意味をハジメが考えあぐねているうちに、彼女は椅子の上で佇まいを正した。

 

「な、なんだよ。そんなかしこまって」

「ごめんなさい」

 

 実際に雷に打たれたからこその感想だが、その衝撃たるやまさに落雷であった。

 ハジメの前で僅かに頭を下げた幽香から放たれた言葉は、ハジメの知る限り彼女が決して吐くことはないと踏んでいたものだった。

 

「あなたとユキを危険に晒したこと、あなたの友達を失わせたこと。風邪をひくまで走らせたこと――あと、お尻に鮭が刺さっちゃったこと」

 

 シリアスに向かいつつあったハジメの表情が一気にこんがらがった。

 

「ずっと人間のフリをしていたことも」

「またその話に戻るのかよ」

「あなたの家族って話、嬉しかったけれどやっぱり」

 

 彼がどんどん俯いていく幽香の肩に触れたのはほとんど反射的なもので。それでも驚いた彼女の顔と自分のギクシャクした右手とを見比べて、自分が変わったことをしみじみと感じる。

 

「いいか、一度しか言わないぞ」

 

 ぼんやりとした頭でその言葉を組み立てていくのは容易なことではない。熱がぶり返してきたのかもしれない。搾り出すように一言一言を積み上げていく。

 

「俺はあんたのことが正直言って苦手だった。何をするにも完璧で『ね、簡単でしょ?』って顔も気に食わなかったし。俺を殴るわ蹴るわ大体お前人を殺すって言っておいて、おい、待て、まだ途中だって!」

 

 一気に気落ちした幽香をばしばし叩いて顔を上げさせる。

 

「見ろよ、情けないくらい必死になってるんだぜ」

 

 事実いつになく必死だった。本当に、殺し合いをする連中の会話じゃない。気づいているのかいないのか、はたまた熱か、ハジメの顔は真っ赤である。

 

「俺が見境なくなるのは家族とダチのためだけだ」

 

 ダチって言い方はちょっとダサかったよね、と茶々を入れる声が頭の隅っこを過ぎ去っていった。そいつを黙殺してハジメは次の言葉を探す。

 

「で、毎度毎度俺のピンチに息切らして駆けつけて、頼んでもいないのに敵をボコボコにしてくれるのはどこのどいつだ?」

 

 言い切った後には長い沈黙が訪れた。膝に目を落としたままの幽香からゆっくりと手を退くと、ハジメは布団を引き上げる。言うだけのことは言った。頭がぐらぐらする。まるで飲めもしない強い酒を一気にあおってしまったようだった。

 

 天井を仰いでいると不意に幽香が手を取った。

 予想以上に柔らかい感触と儚げに笑う彼女に、思わず息を忘れるほどだ。さっきの意趣返しなら、まんまとやられたことになる。

 

「あなたが、それでいいのなら」

 

 はにかんだ笑いを浮かべる幽香は悠久を生きる妖怪とは思えない。外見相応の、それもきれいな女性だ。ハジメは具合悪そうにせきをすることで照れを隠す。

 

「この家には俺とオヤジと千晃と幽香。決まり。オッケー」

 

 そう、これでいい。

 殺し合いをするというのは実のところハジメにとっては最終手段にすぎない。もっと別の結末を用意する方法はいくらでもある筈である。

 未だ雪之丞に仄めかされた彼女の真意は知れずとも、幽香との距離が近づくにつれ、ハジメのゴールも近づいているのは間違いないように思われた。

 

「それじゃあこれからもよろしく。改めてお世話するわ」

「そこは世話になる、じゃないのかよ」

「されてばっかりじゃない」

「ま、確かにな」

 

 こうして二人顔を見合わせて笑うなんてことも、幽香と出会ったばかりのハジメには想像もできなかったのだ。

 

「成長したわよね。あなたも、私も」

 

 それは幽香も思うところであったらしい。

 

「何でも聞いていい。今回は特別」

 

 成長にはご褒美が付き物。この取り決めとの付き合いも長くなってきた。もちろんハジメが聞きたいことは山とある。先の雪之丞の言葉にしたってそうだ。

 

 じゃあ、と間を空けてハジメは口を開いた。

 

「教えてくれよ。どうして妖怪だってこと、隠してたんだ?」

「あなた達に距離を置かれるのが怖かったから」

 

 彼女は我が耳を疑うようなハジメの様子を見て、

 

「あなたが思っているより、私ってずっと臆病なのよ」

 

 とそっぽを向いた。最近の幽香はとことん意表を突いてくる。ならばハジメもまたまた同じことをしてやるつもりだ。今日はとことんまでやってやる。

 

「俺が知りたいのはそれだけだ」

 

 予想通りに拍子抜けした幽香の表情が、ハジメには心地よい。

 

「ユキから聞いたんでしょ、いろいろ」

「あぁ」

「もっと気になること、ないの?」

「言わないのなら、言えない事情があるんだろ。幽香に準備が出来たんなら、その時でいい」

 

 それに、別に隠し事があるのは幽香に限った事ではない。

 

「ありがとう。優しいのね」

 

 礼を言われて、ハジメは余計自責に囚われた。

 幽香の肩ごしにそれが今もポケットに入っているはずの薄汚れたジャケットが見えて、ハジメは寝返りを打つ。

 

 包帯。

 

 ちぎれた幽香の腕と一緒にそれを拾い上げた理由なんてほとんど衝動的なものだ。

 

 捨ててしまえと思ったことも一度や二度ではない。それでも手放せない。あの夜からずっと彼女の血と匂いが染み付いた包帯をこっそり持ち続けていることが何故か恐ろしく後ろめたいことのように感じられる。

 

「何やってんだろな」

 

 彼の小さな後悔の声に幽香が気づいた様子はなかった。

 

「聞きたいこととか頼みとか、幽香にはないのか?」

「いらないわ。うふふ」

 

 己の身に起きた些細な変化にも気づけないままに、ハジメは首を傾げるばかりだ。

 

 ◆◆◆

 

「そんな急な話があるか!」

 

 階下。

 電話を片手に珍しく声を荒げるのはハジメの父だった。

 ねぐらのソファから立ち上がった千晃も、緊張の面持ちで父の後ろから受話器に耳をそばだてている。

 

「一週間後、だ? ――いくらなんでも一方的すぎじゃ、あ、まだ俺の話は――――おい――おい!?」

 

 有無を言わさず切られた通話に苛立ち全開で受話器を投げ捨てようとして、彼は隣の千晃に気付いたようだった。

 

「すまん」

 

 代わりによろよろと歩いて行ってどっかとソファに腰を下ろす。心配顔の千晃が隣に座った。

 

「マズいことになったぞ」

 

 息子が学校にも行かずに居候を連れて一週間以上放浪していても『そうか』の一言で済ませてきた父である。そんな父がマズいとコメントするようなことで思い当たる節など、千晃には一つしかない。

 

「……はーん。ついに本土決戦ってワケ」

「千晃はたまによくわからない例えをするな。でも、まぁ、そうだな」

 

 千晃の言葉はそれでもしっくりくるようで、父はゆらり立ち上がって、しきりに頷いた。

 

「戦争だ」

 

 

 

 1月編エピローグ『俺とあんたの長い午後』 おわり

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