風見幽香の殺し方【完結】   作:おぴゃん

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2『幻葬(下)』

「他の世界線において、鶴見君は幼少期に確実に死亡しています。理由はインフルエンザだったり、ちょっとした交通事故だったり。ひどいものでは妹さんの誕生と共に息を引き取る、なんてことも。気を悪くしてほしくはないのですが」

 

 それを心の底から彼が言っているかは非常に怪しいところだ。

 

「ですが君はこの瞬間まで途方もない死のリスクの連鎖を乗り越えてきてしまった。これで、この世界線がいかにおかしなものか理解できたでしょう」

 

 本来なら鶴見ハジメが表舞台に立つことすらあり得なかった。

 身の丈を越えた願望を抱くことも、あの妖怪と出会うことも。

 

「とんでもない奇跡の連続。天文学的な低確率がこの世界線を生んだのです」

「出たな。あんたの嫌いな奇跡が」

「はい。つまり僕たちは奇跡の権化のような君も嫌いな訳ですが」

 

 血の混じった唾をハジメは吐き捨てた。

 ちょっと映画のワンシーンをマネしてみたかっただけだが、見慣れた教室の床に落ちた彼の血は、思いの他凄惨な雰囲気を醸し出してしまっていた。

 

「……奇跡は起こらないから奇跡なのです。誰もが幻想を本の中に閉じ込めて、現実を正しく定義できる。それこそが、人類が大人になるということなのではありませんか?」

 

 万場は狂ってはいたものの。

 

「鶴見君。重ねてお願いします。幻想の時代を終わらせてください。君が適任なのです。僕たちにこれ以上カードを切らせないでください」

 

 その異様な歪みは外見だけでなく内側にも達していたものの、彼は至って真剣に人の行く末を憂えているのだろう。

 

「残念だったな」

 

 万場をまっすぐに見据えて、ハジメは挑発するように笑った。

 

「俺はあいつと一緒に楽しく大人になるって決めてるんだ。それができないなら、大人になんてなれなくっていい」

「結構」

 

 万場は素早く手札を切った。ジャケットの内側から最悪の小道具を取り出し、ハジメの顔面に突き付ける。ひんやりとした回転式拳銃の銃口が、否が応でも額に神経を集中させた。

 

「少し、プロファイリングとは違う反応ですね」

「言いたいなら言えよ。こうすりゃヘタれると思ってたんだろ?」

 

 恐怖で息は荒れ、声は震えていたが、ハジメは目を瞑りもしなかった。瞳孔を縁取る黄金の光の輪郭を目でなぞって、万場は低い声で笑った。

 

「ひまわりは好きですか。僕たちはあまり好ましく思わないのですが」

「知ったことか」

「だって陰気でしょう。太陽に嫉妬するみたいにいつも首をめいっぱい反らせて」

 

 ハジメの瞳の中には、いつも太陽がある。

 

「君も結局、ありもしない太陽に焦がれたヒマワリだったのですかね」

「……ごちゃごちゃ言ってないでやれよ」

「よろこんで――――寺田君。こちらへ」

 

 万場はそれまで壁際で固唾を呑んで事の成り行きを見守っていた寺田に手招きした。

 

「さぁ、どうぞ」

 

 手渡された拳銃を、若い刑事は信じられないものでも見るような面持ちで握りしめた。その手を万場が取り、再びハジメの額に狙いをつける。

 

「ヒーローになりたいのでしょう。手柄は君に差し上げます」

「こ、こんな話、聞いていなかった」

「話していませんでしたからね」

 

 容赦なくぎりぎりと引き金に力を込める万場の指に、寺田では抗いようがない。前にはハジメの燃える瞳。板挟みになった寺田は子供のように喚いた。

 

「待ってくれ。撃ちたくない。いや、俺に撃てるはずがない!」

「おい万場、いい加減にしろ」

「今井さんは引っ込んでいてくれますか。彼は絶望的な進退を挽回するために僕たちの所へ来てから、こうしたことに手を染める覚悟はしていたはずです」

「クソ。この――――」

 

 同じ切り札を今井も上着の中に用意していた。最悪、警察学校時代の同期を撃ち殺すつもりでいた。しかし今、微動することも許されない。今井は腰を沈めた姿のまま、短機関銃を突き付けられて固まっていた。

 若い刑事に救いはもうない。進むことしか許されない。

 

「やれよ」

「寺田君、さぁ」

「それでいいのか、寺田ァッ!」

「うわああああああああッ!」

 

 トリガーが限界まで引き絞られた瞬間、寺田の抵抗が僅かに銃口を下に逸らした。

 

「そう。それでいいのです」

 

 万場のよじれた笑い顔。ずぱん、という発砲音。

 

「ぐ、う」

 

 ハジメの左腿に食い込んだ銃弾が筋肉と組織を食い千切っていった。残忍にひしゃげた弾が腿の反対側を椅子の座面ごと突き破って吐き出された。

 

「そんな簡単に君を逃がしたりはしませんよ」

 

 あれはただの銃弾じゃなかった。

 焼かれて貫かれて叩かれて。しかし、この半年に味わったどんな痛みよりも鮮烈な痛みだった。いかなる我慢も覚悟も、この激痛の前では無駄なことを、ハジメは絶叫しながら知った。

 茫然自失の寺田を投げ捨てて、万場は男たちに手招きした。ハジメの耳元に口を寄せ、囁く。

 

「これから君を限界まで追い詰めたいと思います」

 

 万場の片手が、赤々と開いたハジメの傷口に重みをかけてくる。

 

「ただし彼らはプロですから死ぬことはないでしょう。今回はですが」

 

 この部屋はとことん不快なにおいしかしない。耐え切れず寺田が吐いていた。抵抗の一つも許されずに、今井の内ポケットから拳銃が引き抜かれていく。

 

「次からは僕たちも蹴ります。もちろん心得なんてありませんから、そのつもりで」

 

 拳が肉を打つ音を背中で聞きながら、万場は部屋を後にした。

 

 ◆◆◆

 

「鶴見君、生きてるか」

 

 医務室から薬箱を持ち出した今井が教室へ戻ると、満身創痍のハジメは一人椅子に縛り付けられ、ぼんやりと黒板を見つめていた。

 

「げほっ…………俺、どう、見えます?」

「ありのままを言って欲しいか。それとも励ましてほしいか?」

「せめて面白く言ってください」

「俺じゃなくてよかったと心底思ってる」

 

 咳き込みながらハジメが笑う。その顔は青ざめていた。左腿は止血されていたが、かなりひどい状態だ。

 

「あぁ、クソ!」

 

 消毒を済ませてから、今井は傷口を抑える包帯がないことに気付く。

 

「裸はもうごめんだ」

 

 ハジメのシャツに今井が手をかけると、彼は僅かに体をよじって抵抗した。

 

「確か、ケツのポケットに包帯が入っていたと思います。あいつらに取り上げられていなきゃ」

 

 言われるままにして今井が取り出したものは、明らかに使用済みの薄汚れた包帯だった。泥と煤にまみれ、数々の戦いを彼と一緒に潜り抜けてきたはずのそれは、微かに花のにおいがした。

 

「それでいいんです。なんか、安心できる」

 

 傷口を始末してやりながら、そのにおいに今井は風見幽香を思い出していた。

 

「待ってろ。逃がしてやる」

 

 自分の足をぐるぐる巻きにするテープを今井が切ってやる間、信じられないものでも見るようにハジメはその様子を眺めていた。

 

「何、してるんすか。怒られますよ」

「それで済めばいいんだけどな…………よし。今回ばかりは鶴見君の王子様を待っている時間もなさそうだ。歩けるか?」

「っ……なんとか。頑張れそうです」

 

 軽く地面を蹴って顔をしかめたハジメは、血の気のない顔でうなずいた。

 結局最後まで屈しなかったことといい、そのしたたかさに今井は舌を巻くばかりだ。感心しっぱなしでもいられないので、用意していた分厚い茶封筒を渡してやる。

 

「これで遠くに逃げて、当分しのげ。その間に俺がなんとかしてやる」

「こんなに」

「クソ仕事ばっかりでも、この歳になればそこそこ金も貯まるのさ」

「なんとかって、できるんですか。あいつら国家権力ですよ」

「そしてこっちは窓際族のおっさん一人だ。いい条件だろ?」

 

 ハジメがまごついている間、今井はずっと背後の廊下に意識を集中させていた。しばらく巡回はこないだろうが、時間はそれほど無いはずだ。

 

「いいか、鶴見君。時にはヘタレも悪くないぞ」

 

 露骨にイヤそうな顔をするハジメを笑ってやりながら、今井は彼の肩に手を置いた。眩しい太陽を見つめる様に、目を細めて。

 

「大人たちが描く未来が気に食わないなら、ヘタれてヘタれて、君の望む世界の姿を思いつくまで大人になることを保留すればいい。その間、未来は俺が担保しておいてやるからさ」

 

 ◆◆◆

 

「遅かったじゃないか」

 

 建てつけの悪い戸をガタピシ鳴らして万場が入ってくると、今井は窓を開け放ってタバコをくゆらせていた。

 

「ちょっと、横槍が入りましてね」

「計画頓挫か。おめでたいな」

「それがプランBの遂行にはとことん好都合でして。今追加の人員を向かわせたところです」

 

 とことん気に食わないヤツだ、と今井は煙を吐き散らした。

 

「そういえば鶴見君の姿が見えませんね」

「あぁ。小便行くって言ってたからナワ解いてやったんだ。多分長くなる。一か月か、それ以上か」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 この裏切りで目の前の化け物の鉄面皮をどのくらい剥がしてやれるかと期待していただけに、今井は万場から放り投げられた言葉に眉根を寄せる。

 

「ありがとう、だって?」

「言ったじゃないですか。僕たちは今井さんの人間性を高く評価していると」

 

 万場がねじれた顎をしゃくると、武装した男たちがわらわらと教室になだれ込んできた。諸手を上げて立ち上がった今井がずらりと並ぶ銃口の向こうに視線を馳せると、虚ろな目をした寺田が幽鬼のように佇んでいる。

 

「重ねて礼を言います。ありがとう。僕たちが彼をいくら痛めつけて脅迫しても、ここまでコトはスムーズに運ばなかったでしょうから」

 

 ◆◆◆

 

「学校の装甲車なんて、気にしているヒマもないか」

 

 町中に立ち並ぶガラクタ。

 忘れられたものたちが『ここにいるぞ』と声高に叫ぶ中を足を引き摺りながら走って、ハジメはまず家を目指した。幸いこの混乱のただなかではハジメを呼び止めるものもいなかった。

 

『いいな。逃げたらケータイは使うな。家に連絡するな。何が起こっているか、調べるのもダメだ。こまめに移動しろ』

 

 別れ際、今井に言われたことを忘れたわけではない。

 それでも最後に一度だけ千晃や父に会っておきたかった。会って謝って、礼を言っておきたかった。

 

「なんだ、アレ」

 

 猛然と住宅街の坂を駆けあがるハジメの足がピタリと止まった。

 

「あれ、俺んちじゃないか」

 

 雲一つない空に白い煙が一筋立ち上っていく。茫然とするハジメの隣を、騒々しくサイレンを鳴らして消防車が追い越していった。

 

「つ、つるみん!」

 

 坂の上で見慣れた姿が手を振っている。

 

「お前、無事だったか」

「ケガしてる。待ってて。救急車を」

「いや、いい」

 

 どういうわけか勢揃いしたクラスメートたちが次々によかったよかったと励ましてくれる理由も分からないまま、ハジメは自宅の、潰れたリビングを見つめる。

 

「つるみん、どうしよう。どうしよう」

「落ち着け。何があった」

「私達の前で爆発が起きて。千晃ちゃんが、アレに」

「なんだって? お、おい。泣くなよ」

 

 必死にクラスメートを落ちつけながら、ハジメはガラスに走る蜘蛛の巣状の亀裂に気付いた。腿がじくじくと痛んだ。

 

「それで?」

「わかんない。映画で見るようなヘンな車が来て、特殊部隊みたいのが銃撃ってた。そしたらあれが出てきて」

「アレ?」

 

 彼女はただ顔を覆って、項垂れた。

 

「本当に俺たちはここに来たばっかりなんだ。ただ、おまえんちが、その、ピカって」

「何も聞こえなくなったの。本当」

 

 頭をがしがしと掻きながら、ハジメはうろうろ歩き回った。いろいろなことが一片に起きすぎて、何が何やら分からなくなり始めていた。

 

「ごめん、つるみん。私達なにもできなかった」

 

 おびえたような彼女たちの視線に気づいて、ハジメはようやく欠片だけでも冷静さを取り戻すことができた。

 

「……ごめんはこっちのセリフだ」

 

 ハジメは空に視線を馳せた。こんな緊急事態に陽気をふりそそぐ、空気の読めない太陽。輝く街並みのなかに黒々とそびえる、崩れかけのビル。

 

「つるみん?」

 

 日輪を宿したハジメの瞳が、その並外れた視力をいかんなく発揮する。そして、ついにその姿を捉えた。今まさに廃墟の屋上へ降り立とうとする、翼の生えた赤い後ろ姿を。

 

 ◆◆◆

 

 連続した破裂音と閃光。悲鳴。

 

「千晃!」

 

 吹き抜けをまっすぐに飛び降りてロビーへと幽香が着地すると、既に何もかもが終わっていた。

 

「ちゅん」

 

 戦闘体勢をとったまま、血塗れのおーちゃんが崩れかけの黒羽を揺らした。彼女の頭を伝って顎から滴る血が、その片腕に抱えられた千晃を濡らしている。

 

「かえす」

 

 それを、彼女はあっさりと幽香に差し出した。

 奪い取るように彼女を取り返した幽香は、千晃のケガを調べながら薄暗い廃墟のロビーに視線を走らせる。ところどころにまき散らされた血と、人体のパーツ。

 柱と壁にはびっしりと弾痕が刻まれている。

 

「ちーちゃんはトモダチだから」

 

 ふらふら危なっかしく揺れながら、黒羽の怪異はカギ爪で自分の体に埋まった銃弾をほじくり返していた。その手がぴたりと止まり、彼女はげほげほと血を吐いた。とんでもない量の血潮が、幽香の足下にまで押し寄せた。

 

「すこし、つかれたかな」

 

 湿った足音を響かせながら、黒羽の怪異は崩れかけの体で暗がりに去っていく。

 

「えりちゃんたすけてくれて、ありがとね」

 

 幽香には彼女を引き止めることができない。ただ見送った。彼女がどこに行くのか、どこに行けるのかも分からないままに。

エリカの企みは半ば成功していたのかもしれない。もっと多くの怪異と時間を黒羽の怪異に与えてやれば、彼女が失った理性を取り戻すこともあったのかもしれない。

 

「……こちらこそ。ありがとう」

 

 弱弱しい羽音が遠ざかっていくのを聞きながら、幽香はぐったりとした千晃を抱きしめた。かすかな鼓動を感じるうちに、我知らず彼女は膝をついていた。

 

「ねぇ、千晃。起きなさい」

 

 黒羽の怪異は千晃を気遣って、例の高速移動を行わないまま戦ったのだろう。結果として千晃は命を拾ったが、防ぎきれなかった銃弾の数発が、彼女の体にむごたらしい傷を残していた。

 

「千晃、ねぇ。今日は大事な日でしょ?」

 

 もう準備は終わっているのだ。だが、千晃とハジメが居なければ何も始まらない。

 

「お願いだから目を醒まして。お願い、神様」

 

 そんなものが幻想郷の外にいるのか分からない。

 それでも幽香は生まれて初めて神に祈った。理不尽な運命ばかり勝手に押し付けて、ひどい目にばかり遭わせて。それでも名を呼んだのは、心のどこかでまだ奇跡を信じていたからなのかもしれない。

 千晃の瞼が震えた。

 

「おねえちゃん、やっぱりオオゲサだね」

 

 身じろぎした千晃が、呻くように呟く。

 

「よかった」

 

 あらん限りの力で幽香に抱きしめられた千晃は傷の痛みに顔をしかめたが、それでも幸せそうに笑った。

 

「いつっ」

「ご、ごめんなさい」

「……へへ。でも、痛い思い、したかいがあったかな」

 

 認める。

 幽香は幸せだった。たった一人で孤独に生きてきて、とんでもない奇跡によってこの現代にやってきて、そこで見つけた小さな居場所は、間違いなく彼女の家だった。

 

「残念だけどパーティーはあなたが治るまで延期ね」

「アレ、だめになっちゃうね」

「また作ればいいわ。今度は、一緒に」

「うん」

 

 妹が静かに幽香の首に腕を回した。

 

「ゆう、か……?」

 

 幽香が今一番会いたい、とある青年。

 彼の到着がその幸せのトドメになるなんて思ってもいなかった。

 

「ハジメ?」

 

 その姿を見て言葉を失った。

 すりきれた唇。アザに覆われ、血の気を失った頬。尋常ではない量の血を、今この瞬間も垂れ流す足の傷。一目で彼への仕打ちが見て取れた。

 

「幽香、なにが」

 

 ロビー中にぶちまけられた死体の山。血まみれの千晃。

 

「あぁ、ハメられちゃったわね」

 

 唇の動きだけで呟いて、幽香は吹き抜けを仰いだ。台風明けの空は残酷なくらい澄み渡っている。

 鳥が飛んでいた。どこからか風にさらわれてやってきた一枚の桃色の花弁が、はらはらと舞って、幽香の掌に落ちる。

 白々とした明りの下、幽香は静かに髪留めを解いていった。

 炎のように、彼女の髪が広がる。三対の翼が姿を現す。

 

「なぁ、何か言えよ、おい――――ッ!?」

 

 どご、とハジメの胸を衝撃波が打った。

 正真正銘、手加減なしの幽香の一撃。

 彼の体は砲丸のような勢いですっ飛んで瓦礫の山を打ち崩す。分厚いコンクリートの柱がその上に倒れこんで、彼の姿は消えた。

 

「ふ、ふふふ。本当、神様って理不尽」

 

 だが、この瞬間を与えてくれたことに感謝した。

 説明すれば、いくらでもハジメは聞いてくれただろう。いくらでも信じてくれただろう。だが、そうしたところで、彼を取り巻く状況はどうにもならない。

 

「ハジメ。本気でやりなさい。じゃなきゃ、マジで死ぬわよ」

 

 必死で幽香は自分を律する。

 あの銃を持った男たちにの狙いはなんとなく分かっていた。ハジメと一緒に逃げる選択肢はない。逃げれば彼は一生穴倉に隠れ住むことになるだろう。

 家族を一つにするなんて野望が叶う日は永遠に訪れない。

 

「どうして、おね、ちゃ……っ!」

「もう違うわ」

 

 千晃の口を抑え込むと、幽香は素早く千晃の足を掴み、へし折る。

 

「ねえハジメ。隠れるのもいいけれど、この子、そんなに長くは持たないわよ?」

 

 くぐもった悲鳴を掌で受け止めながら、幽香は唇を噛みしめる。これで、兄妹を追い詰める残忍な狂った妖怪を演じる準備は整った。

 

「許して」

 

 危ないところだった。

 危ないところで風見幽香は踏みとどまった。幸せに頭まで浸かりきって、彼女の方が鶴見ハジメと殺し合いを演じることが出来なくなる寸前で。

 

「わかった」

 

 血と涙が絡んだ声。幽香が反射的に差し伸べた右手を、燃える弾丸が易々と貫通し、そのまま右肩をも撃ち抜いた。

 もうもうと立ち込める塵の中に、日輪が輝く。

 

 

 

 第二十一話『幻葬』おわり

 

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