ハイジャックの一件から一週間が経った。その間某貿易会社が武偵に支援を行ったことで世間から賛否両論されたり、某ゴシップ社が倒産したり、警察の対応が後手後手だったことに非難が飛んだり世間は忙しいことだが、俺には関係のないことだ。
で、肝心の事件だが進展はあまり見られなかった。乗客・乗務員全てに事情聴取をしたが犯人らしき人間はおらず、恐らく犯人は航空会社の人間に紛れ込んで爆弾とその他トラップを事前に仕掛けたと推測されているが、不審人物などの情報もなく捜査は難航しているという。
「まあ、そんな簡単に捕まるなら苦労しねーわな」
自室のソファで寝転がりながら六個目のミニアイスを食いつつ、新たに提出された報告書を脇に置く。しかしやっぱミニは駄目だな、すぐ食い尽くしちまう。
続いて『極秘 神崎・H・アリアん☆』と書かれたアリアについての報告書を手に取る。作成者は言うまでもなく理子、☆が死ぬほどイラっとするがまあ無視しよう。
身体特徴、経歴、武偵としての活躍、家族構成、趣味嗜好、性格、果ては口座情報などプライバシーも何もあったもんじゃない情報が見やすく書かれている。アイツ、こういう文面の仕事はきちっとやるからな。
あと、何でスリーサイズ部分に赤線引いてあるんだ? いらねえよ重要でも何でもねえし。『昔妹と賭けポーカーをして罰ゲームにトランプ柄の下着を履くことを強要され、現在も律儀に守っている』とかもあるけどどうでもいいよ、というかアリア全敗かよ妹つえーな。
報告書を読み終え、アリアの方については焼却処分する。プライバシーの問題もあるし見付かると面倒だからな。口座番号? 別に金に困ってるわけでもないしどうでもいい。
「さて、出掛けるか」
本日は理子から呼び出しを喰らっている。直接ウチに来ては拉致する勢いでアキバ等に連れて行くアイツにしては珍しいことだ。ちなみにアリアはイギリスの武偵局にお呼ばれらしく、居ない。
指定された場所は女子生徒の間で人気の喫茶店。元武偵のマスターが経営してるらしく、理子は面識がありオープンの際に手助けをして懇意にしてるんだとか。
SVをかっ飛ばして三十分、都心から少し離れた場所にある店の駐輪場に理子のベスパを見つけ、隣に停車させて店の中に入る。
内装は女子向けコーディネートで普通の野郎なら気後れするんだろうが、甘いものを求めて三千里、理子と一緒に普通の喫茶店からメイド喫茶まで極上の甘味を探求した俺に取っちゃこれくらい何てことはない。そういやこの店は初めてだな。
「あ、潤じゃん! 珍しい、一人?」
「おう。理子に呼び出し受けてな」
この間ぶっ飛ばした強襲科時代の知り合いである女子に挨拶がてら来店理由を告げると、そいつはお仲間と一緒にキャアキャア騒ぎ出した。何だ急に。
「こ、ここに呼び出しってことは……理子ちゃん、ついに愛の告白ってこと!? 潤はどう思う?」
「あ? 告白? ねえだろそんなこと」
別の意味での告白ならあるかもしれんが。しかし俺が否定してもこいつらは黄色い声を上げ続けている。
「でもでも、この店奥にVIPルームがあるんだけど」
「そこに男女で入るとね、100%告白が成功するって噂が武偵高にあるんだよ!」
何その甘ったるい都市伝説、俺は甘味は好きだけどそういう
「ふうん、まあないだろうけど一応覚えとく」
手を振って先に進むと、「結果後で教えてねー」と声がした。結果ねえ、もっと血生臭い話だろうけど。
というか、恋愛から程遠い連中が多い武偵女子の間でもそういう話あるんだな。そんなことを考えつつ、指定された部屋の扉をノックする。
「はーい! おーユーくんいらっしゃい、待ってたよー!」
中にいた理子がまるで自分の家のように俺を出迎える。「お邪魔します」とノってみたらやたら嬉しそうな顔された。何だこの反応。
「って、お前もう食ってんのかよズリィ」
「いやあ、ユーくん待ってたらお腹空いちゃって、先に頂いてました!」
ごめーんね☆ などと言っている理子だが、珍しいこともあるもんだ。いつもなら「食事はみんなでワイワイ食べよう!」とか言って全員来るの待ってるのに。
「……? 何だお前、随分気合入った服装とメイクだな。しかも柄にもなく緊張してるっぽいし」
とりあえず飲み物とケーキ三個ほど注文し、隣に座る理子の姿をマジマジと見つめる。
所謂白ゴスという服のそれは、おそらく理子自身が製作、もしくはアレンジした一品だろう。派手好きなこいつにしては統一感のある落ち着いたデザインになっているが、腰や腕に巻かれたベルトと体のラインに合わせて作られているので、どことなく拘束的で背徳的な雰囲気を感じさせる。。
「あははー、流石ユーくん、理子の全てを良く見てるー! ねねところでさ、この衣装どう思う? 似合うかな?」
笑っている理子だが一方的に話すとは。いつもは人のリアクションを期待して待ってるのに。
「ああ、似合ってるぞ。どうと言われると……結婚衣装に見える、かな?」
ベールでも被ってればよりそれっぽいかもしれない。まあ着ていったら奇異の視線を向けられること間違いなしだが。
「! おー、ユーくんスゴイスゴイ! 理子のコンセプトがすぐ分かるとか相性ばっちしだね!」
「まあ婚期は遠のきそうだがな」
「ちょ、上げて落とすとかひど!?」
めっちゃ嬉しそうに笑ったと思ったらもういつものテンションに戻った。今の一瞬の笑みにほれちまいそうだったぜー(棒)
『そこに男女で入るとね、100%告白が成功するって噂が武偵高にあるんだよ!』
さっき会った女子の会話が蘇る。こいつぜってえ真に受けてやがる、みょんなとこで初心だからなー。
しばらくいつも通りゲームやアニメネタで雑談したりふざけていたら頼んでいたケーキと紅茶が届いた。しかし隣同士だと喋りにくいな、いつもは対面だっつうのに。
「お、ケーキ美味いな、食った中でもかなり上のランクだ」
「でしょでしょー? マスターね、前から喫茶店開くのが夢で以前から修行してたんだって」
「……なんで武偵やってたんだよここのマスター」
「マニーですよマニー。手っ取り早く稼ぐならでっかい依頼受けるのが一番だしねー」
「リアルすぎる裏事情に全俺が微妙な顔をした」
紅茶から血の味がする気がする。いや嘘だけど。
「……むー」
「? 何だよ?」
大人しくケーキを食ってると、横の理子がむくれだした。別に無視してるわけでもねえのに。
「理子はこんなに気合入れてドッキドキなのに、ユーくんだけいつも通りKOOLとかズールーイー!!」
「いやどこに動悸上げる要素あるんだよ」
「いつもと違う白ゴスりこりんにハートブレイクして思わず婚約を申し込んじゃうとか」
「ルールブレイカーでお願いします」
「
ガーン!? とか口で言ってるが、お前がドッキリしかけるなんて珍しくもなんともねえからな?
「つうか、いい加減本題に入ろうぜ。お前がわざわざ呼び出しするくらいなんだ、重要な用件なんだろ?」
「理子としてはこのままデートでもいいんだけど」
「仰ってる意味が分からん」
「ぶー。じゃあつまんない話と面白い話、どっちからする?」
「楽しみはとっておく主義だからつまんない話で。で、今回の件はどういうつもりなんだ、『武偵殺し』さん?」
ケーキを食べ終えて顔を上げると、理子はニヤアと猫みたいに笑った。ああ、こりゃ始まったな。
「何でだろうねー? アリアんとユーくんを引き合わせるため? 理子が武偵を嫌ってるから? アリアんの家と理子の家に因縁があるから? さーどれでしょー?」
「どれも不正解と来た。アリアと引き合わせたのは必然でも事件を起こす理由には薄いし、武偵嫌ってんならもっとエグイ殺し方をするだろ」
アリアと理子の家の因縁? 死ぬほどどうでもいい。
「くふふー正解~。というか前の事件についても気付いてたんだね~。ということは、お兄さんの事件にも?」
「当然だろ」
今年の一月に起こったシージャック。表向きは事故とされたその事件は一人の武偵が活躍したことで誰も死ぬことはなかった。救助に走った武偵を除いて。
武偵の名は、遠山金一。死後にクルージング会社を発端とし世間から貶められた、俺の兄貴だ。
「じゃあほらほら、お兄さんの仇が目の前にいますよ~?」
カモンカモン、と手招きしてくる理子に、俺は白けた目を向ける。
「するかアホ。殺したどころか兄貴の手助けした人間をぶちのめしてどうするんだっつの。どうせ兄貴のことだから生きてるんだろ? 『イ・ウー』に深入りするために」
『イ・ウー』。『教授』(プロフェシオン)と呼ばれる人間を頂点に置く、詳細不明の世界的犯罪集団。そのメンバーはどれもが超人であり、恐らく理子もその一人だ。
そもそも世間的に死んだとされる少し前、兄貴からとある犯罪組織の潜入捜査を行っていると聞いていた。疲れからうっかり漏らしちまったんだろうが、そんな情報があればそこに潜入するための工作を行ったことなど容易に推測できる。
「……そっか。お兄さんの葬式に出なかったのも」
「生きてる人間を弔う趣味はねえからな」
「でも、理子はお兄さんが貶められる原因の元凶だよー?」
「どうせ兄貴も承知の上だろ。あの会社への仕返しはお前も手伝ってくれたし、それでチャラだ」
当時、貶められた兄貴の評価を真に受けたマスコミや会社の質問という名の糾弾があんまりにもウザかったので、件のクルージング会社を含めたマスゴミ連中の不正だの裏取引等々を調べ上げ、世間に公表して社会的に殺してやった。その際理子も手伝いを申し出てきたのだ。というかあの時、俺より不機嫌というかキレてたな。
「ふうん、じゃあ理子のことは許してくれるんだー?」
「そもそも憎んでもいねえし許すことがねえよ。ぶっちゃけお前が『武偵殺し』だからってどうこうする気なんざ欠片もねえし、どうも思わん」
紛れもない本音だ。理子が犯罪者だろうがなんだろうが、逮捕する気も糾弾する気もない。世間的にはアウトだろうが、んなもん知らん。言わなきゃいいんだよ言わなきゃ。
クスクス、と理子は楽しそうに笑う。
「武偵失格だねーユーくん」
「お前に言われたくねえな」
「そう? あ、そうだ。ユーくんもイ・ウーに来ない? そうなれば理子も嬉しいし、お兄さんにも再会できるよ?」
「だが断る。兄貴がいるんなら俺が出張る必要ねえし、俺は武偵である今の立場を気に入ってるんだよ」
「ちぇー、残念。じゃあ最後に問題、この事件における理子の目的はなんでしょ~?」
さっきからやたら間延びした質問の仕方をする理子。一見するといつも通りだが、これは『変わる』前兆だ。
「シージャックは兄貴のイ・ウーへの手引き、今回はアリアを連れ帰ること、だろ?」
一部トップか組織全体かは知らんが、『イ・ウー』はアリアを狙っている。じゃなければ母親にアホみたいな数の罪を押し付けるなんて訳分からんことしないだろ。俺の勧誘? ついでだろJK。
「ブッブー! 残念、一個足りませーん!」
「あ? 足りねえ?」
鸚鵡返しに問い掛けてしまう。兄貴の件で他にも目的があったとかか?
「お兄さんの件は正解、アリアんの件もたしかに命令されたよ? でもね」
そこで理子は妖しい笑みを浮かべ、こっちに擦り寄ってくる。砂糖菓子のように甘い匂いがする身体をこちらに密着させ、唇を俺の耳に寄せ、
「理子の目的はね、潤なんだよ?」
甘い声で、そう囁いた。
「は? そりゃどういう」
続きを言う前、理子に体勢を崩されてソファに仰向けとなってしまい、そんな俺の上に理子が馬乗りで跨ってくる。え、何この状況。
「ねえ、潤?」
顔同士が近付き、俺の名前を呼ぶ理子の声は、ギリギリで興奮を抑えているものだ。小柄な身体に反して豊かな胸が俺の胸板で潰され、巧妙に隠していた
「理子のものになって?」
カップルが結ばれるという喫茶店の一室で、理子は甘く甘く囁いた。
……マジかよ。
後書き
次回は短くすると言ったな? 守れなかったよ……
色々混ぜた言い訳をしつつ、後半に続きます。いや、このラストは原作一巻の山場で私が書きたかったところの一つなんだから仕方ないんですよ!
次回戦闘パート、の予定。
追記
1/6 誤字訂正しました。