ガンダムビルドファイターズ Anything goes -エニシングゴウズ- 作:oyakata
マンションの一室、薄暗い部屋に置かれた机の上にあるモニターに、青白い光が煌々と灯る。
机の前には、無精髭を生やしたボサボサ頭の男が椅子に座っている。
床には空き箱やペットボトル、教科書や着替え、ガンプラなどが無造作に散らばっている。
だが男はそれらには目もくれず、青白い光の中に佇む少女達を眺めていた。
男の表情は恍惚としたもので、まるで恋人を眺めるかのような眼差しだった。
「はぁ、ヲ級たん……」
小さく呟いたその声に反応するものは、居なかった。
第3話「深き者の翼」
うちの学校は制服が自由だ。
指定の学生服はある。たまに上着が違う生徒がいたり、冬はスカートじゃなくてズボンを履く女子生徒がいるらしい。
生徒手帳の校則の欄に、協調性よりも個性を尊重する云々書かれている。
だが……今目の前にいる生徒は、個性を尊重しすぎていると思う。
「廊下に貼ってあった席表によれば、あの最前列のがアシダ・カイトみたい」
「先輩……俺、あいつと関わりたくないです」
アシダ・カイトは、白い軍服のような服装で帽子を被り、机に座っていた。帽子の下から、アムロ・レイみたいな天然パーマの髪の毛が溢れている。
月曜日。サオリの情報を元に日曜日の間に先輩が行った調査で、アシダ・カイトが2組だと知った俺たちは、朝から先輩と2組の教室へ向かった。入り口付近には、まだ入学して間もない生徒たちが座る席に迷わないように席表が入り口付近に貼ってある。その名前を頼りに視線を彷徨わせて見つけたのが、ヘンテコなやつだったというわけだ。
「でも、あんな変な格好している天パ野郎に頼らなきゃいけないなんて……」
「抑えるんだユウジ。例えアレが変態でも、バトル中だけ我慢すれば何とかなる」
「でも変態かもしれませんよ」
「白ランは変態というのはラノベの常識だからな」
俺と先輩がアシダ・カイトがどんな変態かを想像で話し合っていると、背後から突然肩を叩かれた。
何事かと振り返ると、アシダ・カイトが立っていた。いつの間にか背後に回られていたようだ。
「お前、さっきから俺のこと見ていたよな。一体何者だ?」
「あ、あのえっと俺たちは……」
「俺たち?」
振り返ると先輩が居ない。逃げたのかよ先輩の薄情者。
「そ、その……アシダ・カイトさんだよね?」
「そうだけど……別に呼び捨てでいいぞ。同じ一年だろ?」
同じ一年に見えないくらい声が野太い……!
身長も大きい。180……もしかしたら190くらいあるんだろうか?
「おっと、すまないな。帽子を被ったままなのはマナーが悪いよな」
カイトが帽子を取ると、押さえつけられていた天パがボワンという音を立てたのかと思うくらいの勢いで膨れ上がる。アムロよりでかいアフロだ。
「あ、そのですね、今少しお時間よろしいでしょうか?」
「だからタメ口でいいって。要件はなんだ?」
「そのですね、ガンプラバトルなど、どうかなーと思いまして」
「ガンプラバトル?」
俺のセリフを聞いた瞬間、カイトの声色が若干低くなる。
「すまないな……えーっと……」
「あ、ミズシマ・ユウジです」
「そうか。すまないなミズシマ、俺はガンプラバトルはしばらく休憩中なんだ」
カイトは懐に手を突っ込んで、提督日誌と書かれた大学ノートを取り出した。
手渡され、パラパラと捲ると、数字がびっしり書き込まれている。
「これは……艦これのプレイ記録だ。俺は今、艦隊これくしょんってゲームにはまっていてな。他の趣味に手を回せないんだよ」
俺は聞いたことがないゲームタイトルに首を傾げ、改めてノートを見るが、どんなゲームなのか想像もつかない。
資源運用、遠征効率、建造レシピ、ドロップ記録……本当にゲームなのかこれ?
「ど、どんなゲームなの?」
「なんだ、ミズシマは知らない……あぁそうか、このゲーム18禁だからな。俺も父親のアカウントを借りてやってるし」
「……???」
俺の中の18禁のイメージであるアダルトでエロエロなギャルギャルの上の存在と、このノートがどうやっても結びつかない……
「まぁ、そういう訳で、申し訳ないけどガンプラバトルはできないわ」
それだけ言い残し、カイトは教室へ戻って行ってしまった。
「残念だったわね」
「……先輩どこにいたんですか?」
「すぐそこの女子トイレに逃げ込んだ」
悪びれもせず戻ってきた先輩は、俺にスマートフォンの画面を見せる。画面には、何やら武装した女の子の絵が表示されていた。
「これが艦これみたい。私も今気になって調べたんだけど」
どうやら先輩は女子トイレに逃げ込んで話を立ち聞きし、艦これについて調べていたようだ。
わかったのは、プレイヤーが提督となって艦を擬人化した女の子を出撃させるゲームだということだ。確かに面白そうだが、18禁要素も数字が出てくる要素も見当たらない。
「よく分からないけど……このゲームにハマっているってことは、もうガンプラバトルには戻ってこないんですかね」
「でも彼、休憩中って言ってた。完全に興味を失ったわけじゃなさそう」
先輩と一緒になって小さいスマホを覗き込み、検索して出てきた画像を眺める。ふと、俺は先輩とめっちゃ顔近いことに気がつく。先輩は気にしていないみたいだけど、なんかさっきの18禁の下りから頭の中にエロいことが過る。
俺は顔が赤くなってきたのを感じた。
「ん、さっきから黙ってどうしたんだいユウジ」
「い、いやその……こ、このキャラクターってフォビドゥンガンダムに似てるなーって思ってたんですよ!」
顔を見られないように画面に映っていたキャラクターを指差した。先輩の視線がそっちに移動する。良かった、顔が赤いのばれなかったかな。
「……ユウジ。それよ」
「え?え、ちょっと先輩!?」
先輩は顔を上げて2組の教室の中へと入っていく。突然現れた2年生に教室がざわつくが、御構い無しにカイトの元へ歩み寄った。
困惑する人々を前にして、先輩はスマホの画面をカイトの眼前に突き出し、告げた。
「これがあなたのガンプラになる」
「……は?」
「あなたにしか作れないガンプラを作って、私たちと一緒に戦いなさい。それがあなたがガンプラと艦これをやっていた意味になる」
その瞬間に予鈴が鳴り、学校中が騒がしくなる。
俺は慌てて2組の教室に入って先輩を引きずって脱出した。
「お騒がせしましたぁー!」
戻ろうとする先輩を押さえつけて2年生の教室のある階まで押し戻し、昼休みにもう一度行くことで妥協した。
ちなみに俺は遅刻した。
放課後、俺と先輩とカイトは模型部の部室で長机に座っていた。
昼休みにカイトの元を訪れた時に放課後に部室に行くことを約束し、今に至るわけだが……どういう状況なんだろう、これ。
俺はこれから何が始まるのか分からずに視線を泳がせていると、先輩が口を開いた。
「それでアシダ・カイト、ガンプラバトルは……」
「カイトでいい。ミズシマたちのチームが人手不足で経験者の加入を望んでいることも理解した。それよりも、朝に先輩の言っていたことの続きが知りたい」
先輩はスマホを取り出し、今朝と同じキャラクターを写して机の上に置いた。
「今朝見せたこのキャラクター、空母ヲ級って言うのね。さっき改めて調べたわ」
「なんだ、名前すら知らなかったのか」
「えぇ。私にアイデアをくれたのは、ユウジだもの」
カイトが俺の方を向く。俺はローエングリンを撃たれた時のムルタ・アズラエルみたいな顔になって椅子ごと少し後ずさった。
「私が提案するガンプラは"ヲ級風ガンダム"よ。あなたがガンプラバトルを再開するなら、このアイデアでガンプラを作りましょう」
「ベースはフォビドゥンガンダムだけでカラーリング違いにするのか?」
「いいえ、フォビドゥンガンダムで使用するのは胴体と背面武装だけよ。主に使用するガンプラは、深海棲艦を海賊に見立てて宇宙海賊のダークハウンド。武装はダークハウンドのフックガンともう一つ、オリジナルで近接武器がいいかと」
「艦載機を積みたい。ファンネルとかドラグーンでそれっぽいものは作れないだろうか」
「着艦、もとい格納が難しいから、ファンネルミサイルなら可能かもしれない。大型化を考えなくて済む」
「胞子ビット、もといレギルスビットは……いや、そうするとレギルスのパーツを使用する必要があるな……」
「モデルが女性型だから他の細身のモビルスーツでもいいかなと思ったんだけど」
「いや、完成品を飾るだけならそれでいいが今回の目的はガンプラバトルだろう。武装にも比重を置かないと……」
カイトと先輩がいきなりガンプラ改造談話を始めてしまった。なんなんだこのスピード。
っていうかあれ、カイトは模型部に入るってことで良いのか?
「入部って言うことで良いのよね、カイト」
「良いに決まっているだろう。ヲ級たん風ガンダムを作ると言われて参加しないなど提督の風上にも置けないクソ提督だからな」
その後、今までカイトが作ったことがあるガンプラや操作した経験、得意な距離や癖なんかを話し合い、今からGミューズに行くかとかアナハイムにしとくかとか盛り上がりに盛り上がり、下校時間になってお開きとなった。
「じゃあなミズシマ、先輩。帰って艦これ終わったらジャンク漁ってみるわ」
隣の駅に住んでいるカイトを駅まで送って、俺と先輩もそれぞれの自宅へ向かって歩き出した。
駅前から少し離れた位置にある住宅街のマンションが、俺の家だ。まぁ姉のだけど……。
先輩の家は俺と同じ住宅街にあるって言ってたけど、詳しい場所は聞いていない。
「良かったねユウジ。カイトがチームに入ってくれて」
「……そ、そう……ですね」
「どうしたの?」
「その……カイトって、艦これ止めないんですかね」
「どうして?」
「それは……艦これするためにガンプラバトルを止めたのに、ガンプラバトルを再開しても艦これやるみたいだったから」
「そうね。それは、カイト次第なんじゃないな」
「……そうですね」
その後も、俺はカイトが苦手だと言い出せず、先輩の言葉に適当に頷いた。
カイトが何を考えているのかわからない。艦これというゲームが好きだと言っていたのに、突然ガンプラバトルを再開すると言い出すし、すぐに作りたいものの形を模索し始めた。
それなのに、艦これは続けると言っていたし、先ほどもガンプラよりも艦これ優先みたいだった。カイトがちゃんとガンプラバトルをやってくれるのかどうか、心配だ。
(……折角やってくれるんだから、文句を言っていられないか……はぁ)
俺は先輩が最初に言ったように、バトル中だけ我慢すればいい。そう思うことにした。
それから金曜日までは一瞬だった。
矢のごとく過ぎ去るという表現が最も適切だろう。
俺はサオリの手帳を元にストライクフリーダムガンダムの細かい改修を、先輩は3人目が見つかるまではと言う条件付きで参戦すべく、ザクコマンドーを修復していた。カイトは模型部の部室には顔を出さず、家で作成しているらしい。下校時間にいきなり連絡が来て一緒にパーツを補充しに行ったり、昼休みや登校時間に構想を話したりと、いつ何をやったのか覚えていないくらい色々なことをやった。
気がつけば金曜日の昼休みで、放課後には選考会が始まる。
「カイト、準備はできている?」
「ばっちりだぜナガサキ先輩。名付けて"ティフシーガンダム"。ドイツ語で深海って意味だ」
「いい名前ね」
「まぁ今やってるソシャゲのキャラクター名パクったんだけどな」
カイトはしっかりとガンプラを完成させて持ってきた。
出来栄えを言うなら、先輩のザクコマンドーと並べても遜色がないくらい。少なくとも、俺の作成技術よりは上だった。
もちろん先輩もザクコマンドーを修復して持ってきた。これが今の俺たちのチームの最高戦力であることは間違いない。
「ユウジはスラスターの縮小化と関節部分の露出を抑えた感じね」
俺はサオリのアイデアノートを元に、粒子の放出を抑えて内部機構を制御するように細かな調整を加えた。これで長時間持ってくれればいいんだけれど……
「勝つぜミズシマ、ナガサキ先輩!」
カイトのやる気も十分だ。
唯一の懸念と言えば、まだ俺がカイトに対して苦手意識を持っていることだ。
俺は盛り上がる二人を見て漠然とした不安を抱えたまま、選抜会を待つのだった。
結果、俺たちのチームは1回戦で敗北した。
敗因を一言で述べるなら、それは連携不足だろう。明らかに異色なティフシーガンダムが敵チームから総攻撃を食らい、それを守ろうとした先輩は最初に落ちた。俺は仇とばかりに敵に突っ込んでエネルギーが切れ、回復を待つ暇もなく落とされ、ティフシーガンダムもいつの間にか落ちていた。
「……くそっ」
俺たち3人は選考会が終わった後、逃げるように部室から出て屋上へと続く階段に来た。
3人共ずっと無言だったが、ここに来て初めてカイトが口を開いた。
「艦載機を飛ばす時間すら与えてもらえなかった……もっと改良が必要か」
「私もフォローが遅れたわ。ティフシーは艦載機を飛ばし終えるまでどこかに隠れるのも手かもしれないわね」
「そうだな……あぁちょっと待ってくれ、ソシャゲのスタミナ消費しちまうから」
カイトはスマホを取り出してゲームを始めた。先輩もそれを見て、自分のガンプラの破損箇所の確認を始める。ダメージレベルはBだったので、パーツが破損するようなことはなかったはずだ。
「……」
「ユウジ、大丈夫……?ずっと喋っていないけど」
「え、あ、うん……」
何だろう。何故か、悔しくない……負けたのに。大会出場が遠ざかったのに。何故か、負けて当たり前だったと納得してしまっている自分がいた。
相手チームは3人ともとても仲よさそうだった。連携も取れていたし、動きに絆のようなものを感じた。
それに比べて、俺はただ敵を攻撃していただけ……俺、どうしちゃったんだろう。どうしたいんだろう。
「……うし、終わった。じゃあ、反省会と改良案出そうぜ。どこでやろうか」
カイトはこの後どこかで落ち着いて話そう、と提案してきた。俺は何となく気分が乗らない。
「ごめん、今日はちょっと帰る」
「えー、悔しくないのかよユウジ。それとも何か用事でもあるのか?」
カイトのその言葉に、何故かとっっっっっっってもムカついた。
何でそんなにムカついたのか分からない。だから、思わず口走ってしまった。
「お前と一緒に居たくないって言ってるんだ」
その言葉に、カイトと先輩は固まった。それを見た時、俺の口は止まらなくなった。
何だよ。まるで俺がおかしな事を言っているみたいじゃないか。
「そもそもいきなりガンプラバトル再開するってどういうことだよ。一度止めたんだろ。大人しく止めてろよ。再開しても艦これは止めない、ソシャゲなんてやってる、目立つガンプラ作ったせいで標的にされるとかバカじゃないの。反省会?改良案?負けたのはお前のせいだよ!悔しくないかって?悔しくなんて無い!負けて当然なんだから!俺はお前のことを信用できない!何でそんなに不真面目にガンプラバトルができるんだよ!お前が何考えてるのかわっかんねぇんだよ!」
俺は一息で言い切って、そして後悔した。
けれど口から出たものは戻せない。
もう、話しかけることもかけられることも無いだろう。俺は俯いて階段から降りようとした。
その瞬間、体が浮き上がった。
カイトが俺の後ろ襟首を掴んで持ち上げたんだ。
そして引き寄せられ、そのまま抱きかかえられる。
「プロレス技ジャーマン・スープレックスは危険な技です。用法用量を守って正しくお使いくださいっとぉ」
「え!?うわ、うわわわわわ!」
そのまま体が空中に浮かび上がり、視界が天井に向き、そのまま地面に落下していく。
ぶつかる、そう思った瞬間に締め付けが緩み、カイト体の上に落下した。
「……!???」
「びっくりしたか?ブリッジ直前に体を寝かせて受け止めたんだ。中学の頃にクラスメイトにこれやったらめっちゃビビって泣いちまったやついるんだぜ」
何がなんだか分からない。というか何がしたいんだか分からない。
「ユウジ、今のタイミングで逃げちまったら、もう俺と話せなくなるだろ。そうならないように捕まえたんだ。せっかく綺麗に決まったんだからもう逃げるなよ」
「……なんだよその理屈……もう逃げないから離してよ」
「うーん、ミズシマの言う通り、俺たちに今必要なのは反省会じゃないみたいだな。よし、部室戻ってガンプラバトルしようぜ!」
「……艦これはいいの?」
「いいんだ!今日の放課後はガンプラバトルに使うって決めてたからな!」
カイトに離してもらい立ち上がる。このまま逃げようかとも思ったけど、思いとどまった。
先輩が階段の下段に立って、俺が逃げないようにしていたからだ。話し合え……ってことかな。
俺は振り返り、カイトに頭を下げた。
「……カイト、君……さっきはごめん。どうかしてた」
「さっきの暴言は今のジャーマン・スープレックスで勘弁してやるよ。さ、部室へ行こうぜ。そこでお前に俺が何考えてるのか教えてやるよ」
「……!」
頭を上げた時、初めてまともにカイトの表情を見た。
その顔は、眩しいほどの笑顔だった。
後篇へ続く
読了お疲れ様でした。
後篇はユウジVSカイトのガンプラバトルです。
考え方、生き方の違う者同士のぶつかり合い、みたいな感じの話をかけたらいいなと思っています。
と言うか、この前半もそういうテーマなんで話が重くなりそうだったのですが、カイトが舵取りをしてビルドファイターズらしさを保ってくれたような気がします。
次回更新は12/10になる予定です。
追記:
とある事情で12/10中にアップロードできなくなる可能性が出てきたので、一応12/12を目途に更新をかける予定に変更します。
追記:
予定よりも早めに投稿できました。