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「さて、何から話そうか」
ぎしり、と地下室に音が鳴る。
ネウロと名乗ったバーサーカーは、先ほどまで臓硯が座っていた上質な椅子に優雅に座り、考えこんでいた。
雁夜はある程度痛みも引き、出血も止まって今は壁に寄りかかっていた。
「そ、その前に一つ教えてくれ」
「ん?なんだ」
「お前……本当に、バーサーカーなのか?」
そう。
雁夜の懸念はこれだった。
臓硯を一瞬で消しとばしたこのサーヴァントが一級品だというのは自分でも分かった。だが、ここで問題がひとつ。
雁夜が召喚したのは、理性を失い、知性を無くし、言葉が発せない狂戦士。だが、目の前の青年は、流暢に喋っているしとても狂っているようには思えないのだ。
付け加えるなら、自爆覚悟の魔力消費をするバーサーカーにも関わらず、雁夜から殆ど魔力がもっていかれていないのだ。
ネウロは答える。
「吾輩がバーサーカーとして呼ばれたのには理由がある。狂化、だったか。吾輩はな、人間から見れば狂っている」
「……人間から見れば?」
「そうだ。吾輩は、人間ではない。魔人だ。メフィストフェレスだのディモスだの、ああいった人間が創作したものではない。正真正銘、こことは別世界である魔界から来た魔人なのだ。故に、人間とは感性や考え方も何もかも違う。だからこそ、狂っていると判断され、バーサーカーとして呼ばれたのだろうよ」
「……なるほど。そういうことだったのか」
これで納得がいった。
別世界、というのも気にはなったが、聖杯は場所や時代を選ばない。ならば、時空さえ飛び越えても不思議ではない。
これで疑問は一つ消えた。
「もう一つ。バーサーカーは凄く魔力の燃費が悪いと聞いたけれど、お前は、現界するのに魔力は要らないのか?」
「いや。吾輩とて、今はサーヴァントとして現界している身だ。僅かだが、貴様からの魔力は要する。自分で残りは賄えるのだ」
「自分で賄えるって、そんなばかな」
英霊一体を保持するのに、どれだけの魔力がいるのか分かっているのだろうか、こいつは。
ネウロはなんでもないといったように、天井を見上げた。
「吾輩はもともと、自力で時空を乗り越えて現界するつもりだった。それが運良く時空に穴が開いたため、そこを通ってきたに過ぎん。かなり弱体化しているのは変わらんが」
「………弱体化している、だって?」
「あぁ。貴様に魔力を任せれば、吾輩など一秒とて現界出来ていないだろうよ」
雁夜は、臓硯が呆気なく死んだのと同じくらい唖然とした。
この強さでいて、弱体化しているだと? いったい、元はどれほどの強さだったのか、想像するだけでも恐ろしい。
ごくり、と無意識に、雁夜は喉を鳴らしていた。
「そんなわけだ。それにステータスも貴様に任せれば、弱体化というレベルではないほど弱体化するしな。さて、そろそろ貴様の名前を教えてもらおうか、奴隷人形(マスター)」
「……雁夜。間桐 雁夜だ」
「カリヤか。ふむ、吾輩の奴隷人形としては貧相な名前だが、まぁいいだろう。貴様をーーウジムシを、おっと間違えた。カリヤを我がマスターとしてやろう」
「間違え方おかしくない!?……っ、ぃ、っづ……」
思わず、わざとらしすぎる間違え方につっこんでしまったが、その時身体を無理に動かしてしまったため、痛みが走った。
本来ならば、この痛みの数十倍もの痛みがあったのだ。それを考えれば、殆どの魔力を自己負担しているネウロには感謝せねばなるまい。
目が霞み、ネウロのステータスも読み取れないが、彼ならばステータスの殆どがAなのだろう。
「む。奴隷人形がさっそく死にそうだな。……魔力欠乏と、これは、蟲か?」
「ああ。俺は魔術師として急造だったからな。刻印虫っていう身体を蝕む蟲を身体に入れて、魔力を補っているんだ。ーーっ、ぐ、そうだ、ネウロ。頼みがあるんだ」
「なんだボロ雑巾。言ってみろ」
とんでもない言われようである。
まあ、自分はまともに魔力供給もしてやれないマスターなのだから、ネウロが言っているのも冗談ではなく本心なのかもな、と雁夜は自嘲した。
「こことは別の部屋に、小さな女の子がいるんだ。その子を、助けてやってほしい」
「まあ、いいだろう。だがその前にカリヤ。貴様の体調をなんとかする方が先だ」
そう言うなりネウロは右手に魔力を集中させ始めた。恐ろしいまでの魔力圧縮だ。例え雁夜が千人いたとしても、叶わぬ魔力量だろう。
俺のことはいい、と言いかけたが、自身の治療はネウロのためでもあるのだ。ネウロを現界させている自分が死ねば、聖杯の理に従って英霊の座に返されるだろう。
魔界から来たというネウロがどのような扱いになるのかはわからないが、ネウロとて自分の魔力だけでいつまでも現界してはいられないだろう。
雁夜は、おとなしくネウロの申し出を受けることにした。
「……わかった。頼む」
「貴様に死なれては、吾輩が困るからな。吾輩には、奴隷人ぎょ……もとい。良き協力者が必要なのだ」
「今明らかに奴隷人形って言おうとしたよなぁ!?」
いや、まあ分かってはいる。
分かってはいるのだが、あまりの扱いに雁夜は泣かずにはいられなかった。
これも臓硯がいた時に比べれば、だいぶ心は安らいでいるのだが。
そんな雁夜を見て、フハハハハ、と高らかに笑うネウロの左手に、一つの道具が現れた。
「魔界777ツ
暗い紫色をしたストール。だが、雁夜とて魔術師の端くれゆえ、そのストールに込められている魔力と神秘の強さにまたも唖然とした。
「ま、まさか宝具!?」
宝具。
別名を、
例えば、剣、槍、弓といった武器が多いとされるが、それらに限らず、盾、指輪、王冠といったものもある。
主に英霊が持つ、彼らが生前に築き上げた伝説の象徴。伝説を形にした「物質化した奇跡」である。
本来は、その英霊の伝説に登場するとりわけ有名なアイテムが宝具となるが、その英霊が有する伝説上の「特殊能力」なども宝具に該当する場合がある。
また、「生前に築き上げた伝説がカタチになったもの」という性質から、伝説には明確なカタチで登場せずとも、英霊となったことで得られた、いわば死後の後天的な宝具というものも存在する。
だが、ネウロのアレは、どうやら違うらしい。なんのことだ? とでも言いたげな表情をしていたから、それはすぐに分かった。
「宝具?なんだそれは。これは、吾輩の持つ777の能力のうちの一つ。【
「ぶっ」
無造作にストールが投げ捨てられ、雁夜の顔にぶつかる。
言われた通りストールを身につけてみると、僅かずつだが身体に魔力が戻ってきて、刻印虫の痛みも引いてきた。
魔力充填などという礼装の中でもかなりレアなもの。これが、能力のうちのたった一つ……?
「それは、身に着けて長時間動かなければ、空気中の魔力をかき集め、魔力を徐々に回復させる魔界のストールだ」
「………すごいな」
「難点は、立ったり歩いたりする程度でも集めた魔力が散ってしまい、回復速度が大幅に鈍ることだ。回復に専念するためには殆ど寝たきりを余儀なくされるが、今のゾウリムシにはそれがお似合いだろう」
「……あのー。せめて、節足動物には格上げしてほしいのですが」
そんな雁夜の言葉など聞いてもらえるはずもなく、ネウロは無視した。
先ほどの雁夜の頼みーー桜のいる部屋まで向かうべく、この地下室を出ようとドアノブに手をかけたところで、雁夜が引き止めた。
「……ま、待ってくれ、ネウロ。俺も、いく」
痛む身体を無理やりに動かし、立ち上がる。その瞬間、ストールからの効力が薄らいだのが感じられたが、苦しいなどと言っている場合ではない。
桜は、自分の何倍も苦しんでいるのだから。弱音など、吐けるわけがないのだから。
「……貴様は脳味噌までウジムシなのか? 吾輩は、動けば魔力回復は遅くなると言ったはずだが」
「それでも、行かなきゃ。お前に頼りっぱなしだけど……けど、これだけは、俺も頑張らないといけないんだ」
ネウロは、雁夜が中途半端な覚悟で、今にも死にそうな身体を動かしているのなら気絶させてでも回復させようとした。
だが、硬直しきった左顔面と、まだぎりぎり動く右顔面の眼球に浮かぶ強い意志を見て、同行を許可することにした。
「……いいだろう。ならば、貴様は道案内だ。せいぜい働け、ゾウリムシ」
「……せめて、ウジムシかゾウリムシかどっちかにしてくれ」
「ではゾウリムシだ」
よろよろとおぼつかない足取りで、桜のいる部屋まで向かう途中、雁夜は泣いた。
ーー桜ちゃん。おじさん、プランクトンになっちゃったよ。
もう一度言おう。
泣いた。
◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆
「ぐ、こ、ここだ。ここに桜ちゃんがいる」
「なるほど。確かに、魔力反応があるな。では、いくか」
ガンッ!と鉄製の扉を蹴り破り、ネウロと雁夜は部屋の中に入った。
部屋、というのは適切な表現ではないのだが。
正しくはーー蟲蔵、といったほうがいいのだろう。
深く設計されているその部屋には、臓硯の蟲が波打つ海のように大量に蠢いており、そのおぞましい海の中心部に桜はいた。
絶望しきった無表情に、魔術属性の強制変化の副作用によって青くなった髪の毛。
雁夜は思わず、ぎり、と歯が割れそうなほど歯ぎしりしていた。
「………ネウロ。頼む」
雁夜は、ネウロにーー自分のサーヴァントに頭を下げていた。
ネウロは答えず、ぐちゃり、と蟲を踏みつぶしながら桜の元へ向かった。
当然ながら、蟲達は桜を守るべくネウロに襲いかかるが。
「邪魔だ」
軽くネウロが手で払うだけで、空圧だけですり潰されて、文字通り跡形もなく消えた。
ネウロは桜を蟲の群れから掬いあげると、無造作に肩に抱えて、雁夜とともにその部屋を去った。
無論、去り際に蟲を一掃したのは言うまでもないことだ。
雁夜は、張り詰めていた精神の糸が切れたらしくーー部屋を出た瞬間に、ばたり、と倒れてしまった。
■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
間桐 雁夜は夢を見た。
ーーかたや、人類最悪の男。
ーーかたや、魔人最強の男。
その二人は、亜音速で動くジェット機の上で対立していた。
片方は、髪の色こそ薄くなっているものの、知っている顔だった。
ーー全ての人類は吾輩の玩具であり所有物だ。吾輩のみが弄くる権利を持っている。
ーー違うね。全ての人類は私の敵であり所有物だ。私のみが壊す権利を持っている。
鋼鉄の人類悪と、魔人。
その二人が対立したとき、争いは免れないだろう。
ただ。
どんな理由があれ、魔人は人類を守っていた。
それが、食糧源だからという理由でも、玩具という理由でも、所有物という理由でも。
決して、命を奪ったりはしなかった。
ーー留守はまかせたぞ。相棒。
ーーうん。任せてよ、相棒。
一人の女子高生と挨拶を交わして、魔人は魔界へと帰っていった。
そして、究極の『謎』を求めて、また魔人は地上にきたのだろう。
そこで、雁夜の意識は途絶えた。
■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
「……………はっ!」
目が醒めると、そこは、雁夜自身の寝室だった。
どうやら自分は、気絶してしまっていたらしい。首にはちゃんと、あのストールがまかれている。
………そうか。俺は、桜ちゃんが助かったのを見届けたあと倒れたのか。
「ぐ……っ、さ、桜ちゃんの安否だけでも確認、しなきゃ」
「ーーおじさん。私なら、大丈夫だよ」
ほぼ反射的に振り向いていた。
そこには、逆三角形の髪留めをした青い髪の少女ーーずっと助けてあげたかった少女が、『笑顔』で自分のことを見ていた。
「さ、桜、ちゃ……」
「ネウロから全部きいたの。おじさん。……助けてくれて、ありがとう」
ありがとう。
助けてくれて。
ありがとう。
雁夜は違う、と言いたかった。
自分は何もしちゃいない。
君を助けたのは、ネウロなんだ。
そう言おうとしたけれど……たった五文字の言葉が嬉しくて。ようやく、自分も救われて。
気がつけば、雁夜は桜を抱きしめて泣いていた。
「………おじさん?」
「………良かった。あぁ、良かった。本当に良かった、良かった………!!!」
良かったとしか言えないけれど、それでも良かったと言うしか、気持ちを表せなかった。
桜は戸惑いながらも、泣きだした雁夜を抱きしめ返して、そっとその頭を撫でていた。
側から見れば、大の男が女の子を抱きしめて泣いている情け無い図だっただろう。
けれど、構わない。
今だけはーー情け無くても、許して欲しかった。
「と、まあ。吾輩がこの写真を警察に渡せば貴様は終わるわけで」
「ネウロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!??」
台無しであった。