妖精世界の憑依者   作:慧春

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憑依者の記憶

 

 

 

 

「釈然としねぇ……」

 

 清潔に整えられた病室で、彼女――『エリック・ノア』はポツリと納得がいかないとばかりに憮然と呟いた。

 

 というのも、彼女はつい三日前までとある闇ギルドから依頼を受けて、仕事をしていた。

 そして、その内容とはなんと、かの伝説の黒魔導士の作品である【集団呪殺魔法呪歌(ララバイ)】を評議院ですら全滅した危険極まりない遺跡から見つけて持ち帰れという無茶苦茶な物であったが、彼女は依頼してきた闇ギルドの親玉と交渉し、戦力となる魔導士を向こうからも出させることで辛うじて、任務を達成することができた。

 

 しかし、彼女は最後の最後で、魔力を使い過ぎた為か、或いは初めて使う魔法を酷使したせいか【呪歌(ララバイ)】を守護していた竜を模した【守護者(ガーディアン)】を何とか倒せたと思った所で気絶した。その為、その後の顛末は、あまり詳しく覚えていない。

 任務に最後まで付き添ってくれて、おまけに完全に落ちて気を失っていた彼女を一番近い設備の整った病院に運んでくれた二人の魔導士が残した置き手紙で書かれていることしか知らないのだ。

 

 手紙によれば、あの遺跡から脱出した後に直ぐに『鉄の森(アイゼンヴァルト)』なる闇ギルドの集団と出くわしたので、これをウルティオが一人で瞬殺。

 更に拘束して、あの辺り周辺を隙間無く囲っていた評議院の魔導士部隊から逃れる囮として活用したとのこと――なんでも、評議院の連中が探していた闇ギルドとは彼らとの事だ。

 『鉄の森(アイゼンヴァルト)』が居てくれたお陰で見事に隙を作れたらしいのだが、彼等が下手を打って捕捉され、警備が厳重になった事を思えばウルティオに感謝の気持ちなど欠片も湧かなかった。

 

 その後も、アズマという重傷者と意識の無いエリックを連れて、ウルティオは魔法で周囲を誤魔化し、また自身が使える簡単な【治癒促進(キュア)】の魔法を使いながら、現在エリックが泊まっている病院までエリックを運んだらしい。

 

 らしいというのは、ウルティオとアズマは、医者にエリックを預けるや否や、直ぐに手紙を残して立ち去ったからだ。報酬らしき大量の金と宝石、更には良く解らん謎の黒い魔水晶(ラクリマ)を置いて。

 ここまで後腐れ無く別れられると、却って追うわけにも行かない。

 

 なんせ、依頼は既に果たしたし、一方的とはいえ報酬も貰っているのだ。

 それに、向こうにはこっちを病院にまで運んでくれた恩もある。それ以上彼らが何かをする義理はないし義務もないだろう……だが、心情は別である。

 

 エリックとしては、命を懸けて共に戦った訳だし、もうちょっと…こう、何かあるだろ……という心境だった。

 

 

 ――まだ満足に礼も言えていない。

 

 

 結局のところ、比較的義理堅い彼女からしたら、別れるならば礼の一つでも入れてからにしたかったというのが本音だ。

 

 

「まぁ、もう会えなくなる訳でもねぇし……恩はまた今度あったときにでも返すか……たまには俺が奢ってやるかね」

 

 考えてみれば、普段から彼にはたかってばかりのような気がするしな――と、とりあえず考え事を切り上げた。

 

「金はウルが払ってくれたみたいだしな。完治するまではゆっくり安静するか~~」

 

 そう思ったら、いきなり彼女の意識は眠くなり出した……そして、特にその眠気に抵抗すること無く、エリックは微睡みだし、やがてすぅすぅと寝息をたてながら意識を落とす――

 

 

 

 

 

(やれやれ……やっと眠ってくれたか……)

 

 彼女以外誰も居ない筈の病室に、もう一つの影が現れる。

 彼女の病室の窓の付近に、もたれ掛かるように坊主頭の男が居た。

 

 

(それにしても、結構な量を盛ったってのに、効果が出るまで時間懸かり過ぎだろ……また強くなったか?)

 

 男は、彼女を起こさないように慎重に、彼女に向かって歩を進める。

 木の板を張り合わせるタイプの床は、本来ならば歩く度に体重が沈み込み、無視できない音となる筈だが、彼の歩法からは一切音が鳴らない。

 

 なんの事はない。彼は単にそういう技術を身に付けているだけだ。ましてや、今回の相手は耳が異常(・・・・)なほど優れてる。

 彼のこの歩法ですら、地面に接している以上は完全に音を消しきれてはいないだろう。物凄く小さく調整してはいるが彼女が起きている場合は、間違いなく気付かれる。

 

(……にしてもこいつ、本当に育ちやがったな……色々(・・・)と)

 

 近くにまで来て、改めて見てみると色々とすごい――いや、何がかは本人のために黙秘するが……

 

 その時、男は「ハッ!」とこの状況に気づく――普段は色気皆無のがさつな女だが、顔立ちは美人。スタイルは色々と凄い。

 

 さて、考えてみよう――そんな女が目の前で無防備に寝顔を曝している。しかも、自分は気配を読まれないように魔法で部屋に不法侵入し、今現在はその寝顔を間近で眺めているという状況――

 

(――完璧に犯罪だ。何やってんだよ俺……)

 

 不法侵入者は、頭を抱えるが密室に二人。一度意識すると己の内から溢れでる罪悪感と背徳感が抑えられない。

 

(さっさと記憶の調整だけして帰ろっと……どうせ、直ぐ会うことになるし……)

 

 彼は彼女に、今回のこれとは違う用があるため、近いうちに彼女の所を訪ねる予定だったのだ。

 なので、直ぐに会うことになる相手に対してこのような妙な気持ちは持ち続けるのはよろしくないと解っている。

 なので、彼の出した結論は諸々の感情はすべて脇に置いて、取り合えずこの場でするべき事を手早く済ませることだった。

 

 そっと――彼女の頭に手を伸ばした。すると、その手は別の手に捕まれた。とっさに魔法で逃げようとしたところで、万力のような力で締め上げられる。痛みで彼の魔法の発動が阻害され、彼はベッドの上に一瞬で組伏せられる。

 

「何時から評議員から犯罪者に降格したんだぁ~~? 『ドランバルト』よぉ?」

 

「……起きてたのか」

 

「色々あってな――五感の精度が強化されてね。当然味覚と嗅覚もだ。ほとんど臭いはなかったが、極僅かに薬品の臭いが部屋の水差しの水から匂ってきたら――流石に怪しすぎだぜ」

 

「やれやれ…しばらく見ない間に随分人間離れしたな」

 

「うるせーよ。で、此処に来たのはオレの記憶の事か?」

 

 そのエリックの言葉に瞠目する魔導評議院所属の魔導士であり諜報員――『ドランバルト』。その真の名は『メスト・グライダー』。魔導士ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のマスターである『マカロフ』が評議院に潜入させたスパイである。

 

「やっぱ戻ってたか………」

 

「中途半端に、だが……何のためにかは思い出せねーがな。それでもお前の事とウルティオ――そんで、後の二人についてのことも思い出したよ」

 

「はぁ……そうか……」

 

 堪えがたいものを吐き出すかのような彼の溜め息には、様々な感情が込められていた。

 

「わりぃな面倒をかける」

 

「全くだぜ。だから俺としてはお前とウルティオには距離を置いてほしいんだがな…」

 

「それは、オレもあいつと会わない方が良いと思ってるぜ?」

 

 ――多分向こうもな。と、申し訳なさそうに、或いはドランバルトに弁明するように呟く。

 

「まぁ、今回の一件はしょうがない部分も在るけどよ――お前らは結び付きが強いから、ほんの些細な接触で記憶が呼び起こされる。あんま無茶すんなよ?」

 

 ドランバルトは、スパイとして潜入や逃走と言った分野に特化した魔法を使う非戦闘系の魔導士。

 他者の記憶や認識をある程度操る魔法を得意としているが、他者の記憶を完全に自らの思うがままに書き換えるなどという魔法は完全に『失われた魔法(ロスト・マジック)』級。

 それほどまでに強力な魔法なのだ。当然ある程度のリスクはある。魔法そのものが極めて不安定で、かつ解け易いということだ。これは魔法としては致命的と言って良い。エリックにもかつて似た魔法を覚えようとしたが諦めた記憶があった。ある意味当然だ。こんなものは余程、術者の腕前が卓越していない限りは使い物に成らない。

 

 そして、ウルティオとエリックは、深い信頼関係で結ばれており、それぞれがお互いの人生に大きな影響と刺激を与え合っている。

 なので、幾らドランバルトの腕が超一流で、しかも、『本人たちが望んで(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)記憶の封印を受け入れたから』と言っても限度がある。

 

「分かってんよ。因みにウルティオの方は?」

 

 それに既に処置済みだと答えるドランバルト。ウルティオの記憶に関しては、彼がこの場に来る以前に既に仕事を終えていた。

 

「と言っても実質は何にもしてないがな」

 

「はぁ?」

 

「あいつが記憶が直ぐ無くなると、困惑して困るって言ってな。確かにどうしたって違和感が出てしまうからな…あいつは既に掛けてある『魔法』に今の記憶が上書きされるのを待つ方が良いと判断したんだ」

 

「なるほどねぇ……オレは?」

 

「お前は……経過を見るに大丈夫そうではあるがな。一応封印しとくか?」

 

「いや、大丈夫なら良いよ。それに――もう少し、この記憶を覚えていたいしな」

 

「仲が良いのは相変わらずか……妬けるな」

 

 ドランバルトは思う――多分、ウルティオの方も似たような心境だろうと。一流のスパイであるドランバルトの魔法に掛かれば、記憶に違和感を残すことなく封印することなど造作もない。

 そして、ウルティオがその事を知らないはずもない。

 にも関わらず、記憶が緩やかに消えていくことを選んだのは――つまりそういうこと(・・・・・・・・・・・・)なのだろう。

 

 念のため魔法の点検をドランバルトが行ったその後は、少しの間、どうでもいい雑談に二人の魔導士は興じた。

     

 ドランバルトは、何故か最近『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のマスターに呼び出された事と、評議院の上の議員達への愚痴、それから『幽鬼の支配者(ファントムロード)』の壊滅で生じたあらゆる揉め事の対処等々――様々なことをエリックに話し、本題に入る。

 

 

 

「はぁ…行方不明? あの『黒鉄のガジル』が?」

 

「ああ、ついでに言うと、幽鬼の支配者(ファントムロード)本部のS級魔導士『エレメント4』に支部の方に所属していたS級魔導士も何人か消えてるな」

 

「――おい、何があるってんだよ」

 

「解らん。殺されてるのか、それとも拐われてるのかも現状では不明だ――だが、これだけは解る。不自然に幽鬼の支配者(ファントムロード)の優秀な魔導士が消えている」

 

 その時、彼女の脳裏には電流のように嫌な予感が駆け巡った。

 

「そこでお前に依頼を頼みたい――護送任務だ」

 

「いや、ちょっとまて! 俺は今、療養中だ!!」

 

 見りゃわかんだろ!? そう言い募る彼女の言葉を無視して、言葉を続けるドランバルト――

 

「元『聖十大魔導』にして、幽鬼の支配者(ファントムロード)の元マスター『ジョゼ・ポーラ』を監獄まで護送してほしい」

 

 それは、彼女にとって新たなる面倒事の始まりであったという――

 

 


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