落第騎士と怠け者の天才騎士   作:瑠夏

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これで一巻の内容完結です。


episode.15

 

『七星剣武祭出場枠》を巡る『選抜戦』。その最終試合が始まろうとしていた。

前の試合の整理などで時間が少し取られたが、気にせずに控え室にて待つ。

普通ならこういう時間を使って対戦相手について最後の復習といくのだろうがあいにく白雪には必要ない。どんな相手であろうとただ勝つのみ。

 

「そう。俺に凍らせれないものなんてない」

 

そう呟くと同時に閉じていた瞼を開く。壁に掛けられた時計を見れば、もう試合の始まる時間。

ちょうどそのタイミングにアナウンスが入った。

 

『一年・春日野白雪君。試合の時間になりましたので入場ください』

 

焦りや緊張はない。する必要もない。

白雪はただ平然と、リングへと続く扉を開いた。

 

 

『さあ、本日最後の試合にして最も注目度の高いこのカード! すごい人入りです! やはりAランク騎士、それも先日行われた模擬戦では同じくAランクのセリス・リーフェンシュタールと互角に戦うあの映像を見たものは、彼に興味が湧かないなんてことはないでしょう! 《氷雪の覇者》! 春日野白雪選手ッ!』

 

白雪の登場に観客の学生たちが湧く。あの模擬戦を見れなかったものは大勢いるだろう。それ故に白雪の戦闘を楽しみにしていた生徒たちは興奮を禁じ得なかった。

だが盛り上がる生徒たちなど気にもとめず、白雪は静かに一部の観客席に目を向ける。そこは先ほど白雪が座っていた席だ。空いていた空席には何故か黒乃が座っており、変わらずタバコを吸いながら白雪を見ていた。

 

(本当に俺の審査に来たのかな……理事長ってのは暇なのか? それと、生徒が近くにいるところでタバコは吸うなよ)

 

いつもの仕返しに白雪は少し魔力を込める。

 

「ッーー!?」

 

黒乃が驚きに目を見開く。原因は彼女の咥えていたタバコ。その先端の火が冷えて消えていた。

その結果に満足した白雪は鼻で笑ってやった。その際、黒乃の頭に怒りマークが付いていたが無視だ。

珠雫が残っていることに驚いた。ステラと一緒に一輝の容態を確認に行く思っていたのだが、こちらを穴があきそうなほど見つめていた。まるで、一つの動作も見逃さないとばかりに。有栖院はウィンクをするだけなのでスルーし、最後に見るのはセリス。彼女は小さくだが手を振って微笑み掛けてくれていた。何とも彼女らしい。白雪は感謝の念も込めて頷くと、《氷輪丸》を顕現させ、試合の合図がなるのを待った。相手も固有霊装を展開していて準備が整ったところでアナウンスが流れる。

 

『それでは本日の最終試合の開始です!』

試合の火ぶたは切って落とされた。それと同時に、相手の刀型の固有霊装に炎が巻きつく。それを見るや否や、相手の応援に来ていた生徒たちが騒ぎ立つ。

 

『やっちまえ杉本ぉ! 相手は氷、相性は最高だぞ〜!』

 

『先輩の実力みせてやれぇぇ!』

 

様々な応援の言葉が飛ぶ。煩いがそれは別に構わなかった。しかし盛り上がりすぎたのか、見逃すことのできない言葉まで飛び出し始める。

 

『Aランクが何だってんだ! Fランクのクズでも勝てたんだ、俺たちだって楽勝だろう!』

 

『そうだ! あんな惨めったらしい能力でもいけるんだ。それよりも上の俺たちの力が通じないわけがねぇっ!』

 

それは最早応援でも激励でもない。ただの野次だ。それも、この試合に関係のない者を貶める最低の!

 

「へ、へへへ。そうだ。Fランクに負けるような連中に俺が負けるわけがねぇ! Aランクも地に落ちたなぁぁぁ!」

 

乗せられた相手、杉本が炎を纏った刀をチラつかせながら無理やり作ったであろう笑みを浮かべている。

それに触発されて、野次は更に過激さを増す。もう聞くに耐えない。セリスたちを一瞥すると、セリスは嫌悪感に顔を歪め、珠雫は殺気を溢れ出していた。自分の最愛の兄が関係のないことで貶められているというのだから当然の反応だろう。まだ一ヶ月近くしか知り合っていない白雪でさえ、怒りは禁じ得ないのだから。

試合が始まり、白雪は構えもせず隙だらけだというのに杉本は一向に攻めてこない。彼は分かっているのだ。口では強く言えても、いざAランクという規格外を前にするとすくみ上がって体が自由に動かないということに。だから、精一杯の強がりとして、他者を貶めて自分が上だと言い張る。

白雪は呆れと怒りを抱きながらも、《氷輪丸》の柄を右手で握りしめて引き抜いた。

白雪は思い出す。先ほどの一輝の試合を見て、そして周囲の反応を見てあることを決意したことを。

 

(一輝はあの試合で実力を示した。まだ納得できていない雑魚どもが圧倒的に多いけど……。だけど、それと同時にAランクが下に見られるようになった)

 

ーーーーFランクにも負けるAランク。

 

Aランクを破ったのは間違いなく一輝だ。Fランクが破ったのではない。偶々一輝がFランクであっただけで、今回の勝利は一輝が文字通り死ぬ思いで努力に努力を重ね続けた結果だ。

それをFランクが勝てたからそれ以上の自分たちなら勝てて当然、と努力もしていない奴らに言われるのは腹がたつ。

無駄にプライドの高い白雪が許すはずもない。

鳴り止まぬ野次に、白雪は《氷輪丸》を地面に突き立てる。

冷気を放つ《氷輪丸》は地面を侵食し、リング全体を一瞬にして氷結させた。リング全体に影響を及ぼした白雪にざわめき声が湧き上がる。

が、

 

「黙れ」

 

怒気を孕んだ白雪の声音に、会場が凍りついたようにシーンと静まりかえった。

白雪は柄に手を乗せて言う。

 

「ほら、きなよ。俺とは相性が最高なんだろ? ならこんな氷、溶かすことくらい簡単だよね?」

 

「ナメやがってッ! こんな氷、すぐ溶かしてやるよぉ!」

 

炎が渦巻く刀を氷結している地面に叩きつける。氷は熱に弱いため、炎を纏った刃なら容易に溶かし、斬れる。そう、誰もが思った刹那だった。

 

「ーーーーッ!?」

 

杉本が驚愕に眼を見張る。眼前の光景が理解できていないのだろう。それもそのはず、杉本が振り下ろした炎の刃が、氷の地面と繋がり同化していたのだから。

 

「く、クソッ! 取れない! こうなったら……!」

 

杉本から魔力が練られているのを感じる。彼は伐刀絶技を使用するつもりだ。炎が凍った刀の周りをグルグルと回り始めたかと思うと、それは次第に大きくなり、フィールド全体に広がり始めていく。

それを見て杉本はニヤリと笑う。

 

「へへへ、これなら例えAランクの技だろうと溶かすことくらいーーーー」

 

そこまで言って、杉本の言葉が止まる。

ニヤリと笑っていた顔は、唖然と固まり、そして驚きに染まり、最後に絶望した表情に変わる。

 

「よく表情が変わる奴だな」

 

白雪がボソッと呟くが、杉本はそれを聞くほど余裕がなかった。

伐刀絶技はいわば伐刀者の切り札のようなもの。一輝の伐刀絶技、一刀修羅はAランク騎士のステラを破ったほどだ。全員が全員、そのような伐刀絶技を持っているわけではないが、能力や相性によっては格上の相手でも倒せてしまう。

そして杉本の伐刀絶技は炎。対して白雪は氷。相性は最高だ。

そのはずなのにーーーー

 

「ど、どうして……どうして俺の伐刀絶技が、俺の炎が凍っているんだ!?」

 

フィールドには、全体に広がる炎の螺旋がそのまま凍ったいた。その幻想的な光景に生徒たちの目は自然と奪われる。

が、杉本はそうはいかず、明らかに狼狽していた。

そんな杉本に白雪は冷ややかに言い放つ。

 

「で、その程度の炎で何を溶かすって?」

 

「クッ……!」

 

凍った炎を見ていた杉本が白雪の一言に悔しさで顔が歪む。

 

「それとあんた一つ勘違いしてるぞ?」

 

「勘違い?」

 

「あんた、これなら俺の技でも溶かすことができるっていってたよな? そもそもそれが間違いだ。俺は技なんて使っていない。そしてあんたの伐刀絶技は張り巡る氷と《氷輪丸》から放たれる冷気で凍っただけ」

 

信じられないのか、それとも信じたくないのか。恐らく両方だろう。杉本の顔が、恐怖に染まる。

 

「お前たちが馬鹿にしたFランクの伐刀絶技は冷気程度では何ともなかったぞ?」

 

「ば、化け物め……ッッ!!」

 

そう吐き捨てる杉本を無視して、白雪は《氷輪丸》を地面から抜く。固有霊装を握ったということで警戒する杉本を無視して、白雪は《氷輪丸》を背中に背負う鞘に直していく。それを見た杉本が慌てて叫び出す。

 

「お、おい! 何で武器を仕舞っているんだよ! まだ勝負はついていないぞ! それとも何か、俺とは戦う価値が無いってかぁ!」

 

「価値があるとか無いとか、それ以前にもう勝負は付いているんだけど」

 

「………………は?」

 

「自分の周りを見て見なよ」

 

言われた通り、杉本は周りを見渡しーーそして膝をついた。

 

「あ、ああ、あああ…………」

 

杉本の口から悲鳴が擦れて漏れ出す。

 

「やっと状況がわかった? ま、今更わかったところで遅すぎるけど」

 

白雪はそう言って目の前の光景に目をやる。

杉本を中心に、無数の氷の矢が上空を支配していた。更に地面に足が繋がれ逃げ場もなく、百八十度全て狙われている。

氷自体に対した攻撃力はない。だが、それが数十、数百と数があれば別だ。

 

「俺はこの選抜戦を通して、もう一度Aランク騎士がどういう存在かをお前たちに認識させる。そのための第一歩だ」

 

そう言ったと同時に、氷の矢が一斉に発射された。矢が一つ刺さると、そこから広がるように体が凍っていく。

氷が人の体を覆い尽くしても更に降り注ぐ氷の雨。

最後の矢が降り終える頃には、天井を貫く寸前まで、氷の柱が完成した。

と、そこでアナウンスが流れる。

 

『試合終了! 勝ったのはやはりAランク騎士、春日野白雪選手!! なんと、一歩も動かずに試合を決めてしまった!』

 

会場がどよめきで揺れている。

しかし白雪は気にすることなくゲートに歩き、そして《氷輪丸》をしまう。

カチンと、《氷輪丸》が鞘に収まると同時にフィールドに広がっていた氷が煌びやかな輝きを放ちながら全て砕け散たーー。

 

「今日はお疲れ様、シロちゃん!」

 

「ん、ありがと」

 

日は落ち、窓から夜空を見上げていた白雪は、セリスの労いの言葉に空に向ける目をセリスに合わせて言う。

 

「そう言えばシロちゃん、何で急にやる気になったの?」

 

「……やる気になった訳じゃないよ。ただ、嫌だったんだ」

 

「嫌だった?」

 

白雪はうんと頷き言う。

 

「一輝や、俺たちAランクが舐められたこと。一輝は、俺が知る限りの人間の中で一番努力している。自分にはそれしかないからって。でも、その果てしない努力結果で、一輝は見事に格上の相手を倒してみせた」

 

「そうね。あれはスゴかったわ」

 

「なのに、金を渡して勝たせてもらっただの、マグレだの、仮に本当に倒したのならAランクがは大したことなく一輝が勝てたならその上のランクの自分たちも勝てるって。大して努力も行なっていない三下どもが……」

 

「…………」

 

「A級騎士が強いのは才能のおかげ。確かに才能があるのは確か。だけど人に過ぎた力は自分の身を滅ぼす。俺たちがその才能にどれだけ命を落としかけてきたか。俺たちも死ぬ思いで努力して、漸く今の強さを手に入れたんだ!」

 

セリスも同じ思いだった。

 

「わたしとステラも一緒よ。ステラは何度も体を焼いたし、わたしも何度も溺れ死にかけたもの」

 

「俺の場合、最悪だったのは自分だけじゃなくて周囲にまで被害が出たから……本当に死ぬ気で力を制御できるように頑張った。俺たちはそんな思いをしてきたんだ。そんな俺たちの努力を才能の一言で片付けられたくない。だから俺は決めたんだ」

 

白雪はセリスの瞳を見て、告げた。

 

「俺は、選抜戦を通じてもう一度Aランク騎士がどれだけ強いのか示す。圧倒的な力で『Fランクが勝てたなら俺たちも勝てる』なんて甘い考えをへし折るために……ッ!」

 

「でも、それだとますます黒鉄くんはお金でAランクに勝ったって思われないかな?」

 

「それに関しては大丈夫。気にしなくても一輝は必ず上まで登ってくるよ」

 

「あははは、そこは黒鉄くん任せなんだ。でも随分と信頼しているのね、彼のこと」

 

「当たり前だよ。何せ、一輝は俺やステラ、二人のAランクが認めた男なんだから」

 

 

 




次から二巻の内容に入っていきます。

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