聖夜の奇跡
俺の名前は杉田一夜。大学生の二十一歳だ。
突然だが、俺は時々、不思議な体験をする。心霊現象や面白いものまで、そのジャンルは様々だが、今回は、クリスマス・イヴの不思議な出来事を紹介しよう。
そう、聖夜に起きた、あの奇跡の出来事をーー。
今日は十二月二十三日。明日はクリスマス・イヴだ。
と言っても、彼女のいない俺にとってはただの十二月二十四日だ。何をする予定もなく、明日は学校もバイトもない。家でゲームでもしようかな、と考えていた。いわゆる《クリぼっち》ってやつだ。
「ちょっと本屋行ってくる」
「なるべく早く帰ってきてね。」
母の言葉をしっかりと聞き、俺は靴を履く。玄関のドアを開け、外へ出る。十二月下旬の気温はとても低く、冷たい風が俺の体を包み込む。
「うぅー、寒ぃー‼︎」
俺は両手で身体を覆いながら、階段を下っていく。
団地を出て、街中に出る。そこに、その人はいた。年齢は三十代後半だろうか。誰が見ても、つい、かっこいいと呟いてしまう程、イケメンな顔立ちをしている、背の高い男性だ。俺は、その男性と目が合った。その直後、男性は俺の方へと向かって歩いてきた。
「あ、あんた!俺が見えるのか⁉︎」
「へ?」
俺は数秒の間固まった。寒さで固まったのではなく、男性の言葉に固まったのだ。だが、何とかその言葉の意味を理解すると、俺は男性を指差して呟いた。
「ま、まさか、幽霊……ですか?」
「はい……そのまさかです……」
何てこった。俺はよく、不思議な現象に遭遇するが、まさかこんなクリスマスシーズン真っ只中でも遭遇してしまうとは。
「あ、すみません。自己紹介が遅れました。俺は、関口勇気という者です。もうご存知かとは思いますが、幽霊です。」
勇気という名の幽霊男性は、俺に丁寧に頭を下げる。
「俺は、杉田一夜。大学生です。」
俺もそう言い、丁寧に頭を下げた。
少し間を置き、勇気は口を開いた。
「……俺が死んだのは、ちょうど一年前のこの日でした。俺には、娘がいます。今、中学三年生で、名前は玲奈です。」
俺はポケットに手を突っ込み、その話を聞いていた。勇気は下を向いたまま、話を続ける。
「俺は、娘のクリスマスプレゼントを買いに行く途中でした。娘はとても頑張り屋で、頭も良く、とても真面目です。それに優しいし、かわいいし。友達も多いです。そんな娘が、どうしても欲しい本があって、それを買いに行っていました。家もすぐそこなので、歩いて行ってました。すると、信号無視をしてきた車に跳ねられて……あとは、想像通りです。それに、娘には、母親がいません。数年前に、事故で亡くなってしまったんです。それ以来は、親戚の方と一緒に暮らしています。」
何くわぬ表情だった俺も、ついつい真剣にその話を聞いてしまった。娘のプレゼントを買うため外に出て、車に跳ねられた、か。何て悲しい話だろう。
すると突然、勇気は俺の方に身を乗り出してきた。
「そこで、お願いがあります。俺を、玲奈の所に連れて行ってくれませんか?」
突然の頼みだった。だが、俺は勇気の家を知らない。連れて行こうにも、連れて行けないのだ。そんな俺の心を見透かした様に、勇気は口を開いた。
「家までの道は、俺が案内します!お願いです!どうしても玲奈に会いたいんだ‼︎」
俺は乗り気ではなかったが、仕方なく頷いた。
勇気の指示通りに歩いていくと、確かにあった。家の標識には、関口と書かれている。ここで間違いないのは確かだ。
「インターホンを押して、玲奈に俺の事を話してくれ!」
「えぇ⁉︎」
俺はつい、驚きの声を上げてしまった。いきなり見知らぬ人が訪ねて来て、死んだ父の事を話すなんて、それはいくら何でも失礼だろう。
「む、無理だ‼︎いくら何でもそれはできませんよ!」
「そこを何とか‼︎」
何とかって言われても……。そうこうしている間に、家の扉が開いた。そこには、一人の少女が立っていた。やや低めの身長。背中まで伸びた長く綺麗な黒髪。可愛らしい顔立ち。
「玲奈です!」
「え、この子が?」
俺達がヒソヒソ話をしていると、その少女が口を開いた。
「あ、あのー、何か用ですか?」
俺達は一斉に振り返る。一体何を言えば良いんだ?
「あ、えーと、その……こ、ここに君のお父さんが立ってるんだけど、分かる?」
何を言ってんだ俺は。ふと横を向くと、勇気が玲奈に向かって手を振っている。
「や、やはり俺は見えてないのか?」
「当たり前ですよ!あんたは幽霊なんだから!」
俺達はヒソヒソ声で言い合う。この男、かなり天然だな。と俺は思った。
「……何よ……」
「へ?」
俺は玲奈の方を振り向く。見ると、玲奈が下を向いている。
「何で……何でお父さんの事知ってるのよ⁉︎あなた誰⁉︎」
玲奈はそう叫びながら、俺の方に近付いてくる。俺は次第に、両手が前に突き出ていくのが分かる。
玲奈は、強張った表情で俺を見上げる。
「あなた、お父さんを引いた人⁉︎そうでしょ!お父さんを殺した人でしょ‼︎」
「い、いや、俺はーー。」
確かに、この状況ならそう思われても仕方ない。すると、玲奈の目から涙が流れ出した。その涙を見た瞬間、俺は胸を詰まらせた。
俺は、いきなり家の前に来て、お父さんが見える?何て常識外の事を質問してしまった。それどころか、一年前の辛い出来事を思い出させてしまったのだ。
「もう、来ないでーー。」
玲奈はそう言い残し、家の中へと入っていった。その少女の背中を、俺は辛い表情で見つめていた。
「……何か、あの子に辛い思いをさせちまったな。本当にごめん。」
家に帰りながら、俺はそう呟いた。
「いや、謝るのは俺の方だ。この件に無関係な君を巻き込ませてしまったんだからな。本当にすまない。」
どうでもいい事なのだが、今気付けば、俺達はいつの間にかタメ口になっていた。
団地の前に着いた時、勇気は口を開いた。
「俺の姿が見えるからって、俺、君に頼り切っていたよ。これじゃ、いけないよな。自分の問題は、自分で解決しないとな。……最後のお願いがある。いいか?」
「……何だ?」
数秒の間を置き、俺は呟いた。勇気は続けた。
「俺は明日の夜、もう一度あの家を訪れる。もう君に、娘と話をしろとは言わない。ただ、俺と玲奈の様子を、俺が見える範囲から見守って欲しいんだ。時間は、夜の七時だ。来たくなかったら、来なくても良い。……なら、じゃあな。」
勇気はそう言い、どこかへ消えていった。
翌日。今日はクリスマス・イヴだ。街中もテレビも、クリスマスの話題で持ちきりだった。だが、俺はそれどころではない。昨日、勇気が俺に発した言葉。俺はどうするか、もう決まっていた。
時間はあっという間に経ち、夜の六時五十分。俺は、あの場所に向かう事にした。
家を出る時も、街を歩く時も、その事ばかりを考えていた。
やがて俺は、家の前に着いた。時刻は午後七時。そこには、勇気が立っていた。俺と勇気は目が合い、互いに笑顔で合図をした。
俺はすぐそこの家の壁からその様子を伺っていた。すると、家の中から玲奈が姿を現した。やはり、勇気の姿は見えていないのか?
(くそ……何で、俺に見えてあの子には見えないんだ⁉︎普通逆だろ‼︎)
俺は強く目を閉じ、拳を握り締める。その時だった。
「……お父……さん?」
その言葉に、俺は目を見開いた。玲奈に勇気の姿が、見えている!
「玲奈、俺が、見えるのか?」
「お父さん、お父さんよね⁉︎」
玲奈は走って、勇気に抱き付いた。勇気もまた、玲奈を抱き締めた。
「お父さん……私、ずっと会いたかった!」
「俺も、玲奈に会いたかったよ。ずっと、玲奈の事だけを想っていた。」
「なら、昨日のあの人は、本当の事を言ってたのね。何か、悪い事しちゃったな。」
二人はしばらく、互いに抱き合ったままだった。しかし、勇気の身体は次第に透けていった。
「そんな……嫌!お父さんと離れるなんて、私嫌‼︎」
玲奈の目から、涙が流れ始めた。それ程、玲奈は勇気の事が大好きだったのだ。
「玲奈……ごめんな。プレゼント、買ってやれなくて。」
「いいの!サンタさんに会う事より、プレゼントをもらう事より、お父さんとまた会えた。それが、何より一番のクリスマスプレゼントだもん!」
玲奈はそう言い、自分の顔を、更に勇気の身体に押し付けた。
「玲奈、もうすぐ高校受験だな。父さん、ずっとお前の事を見守ってるからな。頑張れよ!」
「うん、ありがとう!お父さん、大好き‼︎」
勇気もまた、泣いていた。
「じゃあな……幸せになれよ、玲奈……」
勇気はそう言い、消えていった。玲奈はその場に座り込んだ。そして、空を見上げながら、呟いた。
「お父さん、最高のクリスマスをありがとう……」
玲奈はそう言い、涙を拭った。
俺は立ち上がり、歩き出す。ふと、自分の目元を触る。すると、目の辺りが濡れているのが分かる。
「……あれ?俺、泣いてんのか?」
俺はそう呟いた。その時、一本の電話がかかってきた。
『お、一夜か?今、他の奴らと話して、今日か明日、カラオケ行こうって事になったんだけど、どっちが良い?』
「なら、明日で良いか?」
『OK!なら、他の奴らにもそう伝えとくな!なら、また明日な!』
会話を終え、俺は携帯をポケットに入れる。
「悪りぃな。今日は、そんな気分じゃねぇんだ。あんなに美しい《聖夜の奇跡》を見せられた後に、呑気にカラオケ何て行けるかよ。」
俺はそう呟き、歩き出す。街を歩けば、楽し気な声や音楽が聞こえてくる。久々に感動的なクリスマス・イヴを過ごせたな、と俺は思った。
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