第一印象から決めてました
第六感、というものの存在を信じている人はどのくらいいるのだろうか。
シックスセンス、いわゆる直感。理屈や思考をすっ飛ばして『これだ!』という結論が見えてしまう現象。昔からよく言われる『虫の知らせ』なんていうのがいい例だろう。
ただ、この曖昧な感覚を科学的に説明することはなかなか難しいようだ。だから、第六感が優れている人とか直感が鈍い人とか、そういう分類が果たして正しいのかどうかは不明なままだ。直感といっても、その判断に至るまでに無意識のうちになんらかの論理的思考が働いているのかもしれないし、そもそも言ってしまえばすべてただの偶然という見方だって十分ありうる。
「えー……織斑一夏です。趣味は……まあ、本を読むのとかは割と好きです」
ちなみに現在、学園の入学式を終えた後のホームルームで、生徒ひとりひとりが順番に自己紹介を行っている最中である。
「これから3年間、よろしくお願いします」
無難に挨拶を終えた俺は、そのまま席に座ってぼんやりと教室全体を見渡す。教壇に立っている教師2人のうちの片方と、窓際の席にいるポニーテールの女子以外、見知った人間はいない。さらに付け加えると、俺以外の人間はすべて女だったりする。
「はあ……」
どこかのハーレム漫画にでもありそうな状況に置かれている自分に、改めて『どうしてこうなった』という思いが込み上げてくる。
……話を戻すが、俺自身は第六感の存在を信じてはいない。ついこの前、それの存在を認めたくなくなったのだ。
「では、織斑くんの次はオルコットさんですね。自己紹介、お願いします」
昔から、俺は直感が優れていると結構な回数言われてきた。実の姉とか周りの友人たちに、危機回避能力が高いだのギャンブルに強いだのという評価を受けていたわけだ。なので俺自身も、自分の第六感には少しばかり自信を持っていたのだが。
――勘がいい人間が、たまたまIS学園の受験会場に迷い込んで、たまたまそこに置いてあったISに触れて、こともあろうに起動させてしまい、男子生徒はひとりだけなどという最悪な環境を強制される羽目になるなんてことがあるだろうか。
だから第六感を信じられなくなった。あの時勘に任せてテキトーに目についたドアを開けたりしなければこんなことにはならないで済んだはずだ。半分……というか9割以上八つ当たりだが、とにかく俺は直感なんてものは存在しないと思うようになったのである。
「皆さんはじめまして。わたくしはセシリア・オルコットと申します」
いつの間にか俺の次の生徒の自己紹介が始まっていたので、そちらに注意を向ける。いまさら何を言おうがこの学園から出ることはできないので、今はとにかく少しでも女子たちと打ち解けて居心地をよくしていけるよう努力するしかない。そのためにも彼女らの情報を頭に入れておくことは大事だ。
「ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、わたくしはイギリスの代表候補生をやらせていただいています。そのため、ISに関する知識や技術については皆さんの大半よりも一日の長があると自負しておりますわ」
俺から少し離れた席で自己紹介を行っている女生徒は、金髪に青い瞳の典型的な西洋人だ。顔立ちはかなり整っており、雑誌に載っているモデルとかと比べても遜色ないほどだと感じる。
「なので、ISのことで困ったことがありましたら是非わたくしにご相談ください。きっとお役にたてると思いますわ」
柔和な笑みを浮かべ、上品に一礼するオルコット。その優雅な仕草あるいは言葉の内容に触発されたのだろう、生徒たちの拍手は今まで自己紹介を終えた人の時よりもずっと大きかった。
「………」
……さて、これは非常に困ったことになってしまった。
今しがた、第六感なんてものは信じないと決意を新たにしたところだというのに。
「参ったな……」
その顔を見た時、その声を聞いた時、ピンと来てしまった。それはもう、どうしようもないくらいにはっきりと。
……これがいわゆる『一目見た時から』ってやつなのだろうか。まさしく俺が否定しているシックスセンスそのものなのだが、この心拍数の高まりは間違いなく俺がそれを感じてしまっていることを示している。
いくらアンチ直感の立場にいるとしても、ここまで強く感じてしまっては安易に誤りだと突っぱねることはできない。
つまり、俺は今思い浮かんだ感情を受け入れるしかないのだ。
「はい、では次は櫛灘さんですね。お願いします」
副担任の山田先生の声を耳に入れながら、俺は心の中で改めて今の想いを言葉にしていた。
――俺、オルコットのこと――
*
「私は織斑くんを推薦しまーす!」
「あ、わたしも織斑くんがいいと思います」
「私も!」
「おかしいだろこの状況……」
思わず悪態が口をついて出てしまうほど、俺は目の前で繰り広げられている理不尽なやり取りに頭を抱えていた。
「織斑以外に推薦する者はいないか? あるいは立候補でもかまわないぞ」
自己紹介や教師陣の挨拶が滞りなく終了した後の3時間目。授業を始める前にクラス代表を決めるという旨の発言を、このクラスの担任にして俺の姉である織斑千冬が行ったところ、いきなり複数名の生徒が俺を推薦し始めたのだ。
……いや、そこまでなら別に予想の範囲内の出来事ではあった。不本意ではあるが、今の俺はISを使える男として否が応にも注目を浴びてしまう存在だ。だから、クラス代表という目立つ役職を俺に押し付けようとする輩が何人か出てくる可能性があることはわかっていたのである。
問題なのは、俺が推薦された時に大部分の人間が満足げに頷いていたことだ。つまり大多数は俺が代表になることに異論がないわけで、他の候補者も出てこない今、本格的にIS素人の俺が重要な役回りを担う羽目になってしまう感じに話し合いが収束しつつある。
こうなれば誰でもいいからとりあえず他の生徒を推薦するしかないのだが――
「織斑先生。わたくしが立候補してもよろしいでしょうか」
「お……」
そんな折、俺に救いを与えた立候補者は、例のイギリス代表候補生だった。
「では候補者にオルコットを追加する。他には――」
「ああ、すみません先生。少しの間だけ、わたくしに発言する時間を与えていただけないでしょうか。このままでは投票したところで織斑さんに負けてしまいますし」
「……いいだろう」
「ありがとうございます」
千冬姉が進行を中断し、クラスメイトの視線が立ち上がったオルコットの方に向けられる。俺の代わりにクラス代表になってくれるかもしれないありがたい存在だ。ちゃんと話を聞くことにしよう。
「わたくしは曲がりなりにも代表候補生であり、その肩書きにプライドを持っています。ですから立候補させていただきました。皆さんの代表という立場に立つことへの覚悟と自信は持ち合わせているつもりですわ」
覚悟って……そんなに大げさなものなんだろうか。今だってクラスのみんなはおそらく話題性だけで俺を選ぼうとしているわけだし、そこまで深く考える必要はない気がする。
まあいいか。とりあえずオルコットがみんなの心をつかむ演説をしてくれて、それであいつが代表に選ばれれば問題はない。
「そこで提案なのですが……わたくしと織斑さんで、模擬戦を行うというのはどうでしょう?」
「模擬戦?」
生徒の誰かがオルコットのセリフを反復する。……模擬戦、か。よくある、勝った方が代表、ってやつだろうか。
「ええ、模擬戦です。それを行った後、結果を踏まえて皆さんに投票してもらうというのはどうでしょうか」
「ちょっと待て。そんな手順踏まなくても、勝った方がクラス代表ってことにすればよくないか?」
オルコットの話に口をはさむつもりはなかったのだが、不可解な彼女の提案に対して思わず疑問の声が出てしまっていた。
「それは駄目です、織斑さん。大事なのは勝敗ではなくわたくしとあなたの戦いぶりなのですから。結果だけならわたくしが勝つのはほぼ明らかですし」
……はっきり言うな、こいつ。そりゃ俺が負けるのは事実だから間違っちゃいないんだが。
「別に勝敗で決めてもいいだろ。実力がある方が代表にふさわしいっていうのは駄目なのか?」
「それでは皆さんの意見が反映されませんわ。代表になりたいのは確かですが、クラスの和を乱してまで奪い取るつもりはありません。ですから、模擬戦はあくまで審査の資料として扱っていただくというのがわたくしの希望です」
つまり、投票の前にパフォーマンスを見せて、それで自分に鞍替えする人間が多ければ理想。現状と変わらず俺への支持が多い場合は諦める。それがオルコットの考え方というわけだ。……あいつ自身の意思とクラスの意思、両方をくみ取った上手い案だと言える。自己紹介の時の話し方からも感じていたのだが、多分オルコットは頭のいい人間なのだろう。
「どうでしょうか。この方法に、皆さん賛成していただけますか?」
オルコットの問いに、生徒たちが首を縦に振る。反対意見も飛んでこない。
「織斑さんも、かまいませんこと?」
「……ああ、異論なしだ」
あいつの提案が通らなかった時点で代表が俺に決まってしまうであろうことを考えると、ここで模擬戦を断る理由はない。
俺の返事を聞いたオルコットはありがとうございますと一礼し、続いて千冬姉に確認をとり始めた。
「織斑先生。クラス代表を決める期限はいつまでなのでしょうか」
「2週間後に代表が集まって行われる会議がある。そこが限界だな」
「では10日後にわたくしと織斑さんの模擬戦を行い、その翌日にクラス代表を決定する……という予定にしてもよろしいでしょうか」
「問題はない。お前たちの納得のいくようにすればいい」
そんなわけで、俺は流されるままにオルコットとISで戦うことになったのだった。
*
「それでは皆さん、学生寮は近くにありますけど、気をつけて帰ってください」
窓から射し込む夕陽が、少しまぶしく感じられる時間帯。山田先生によるホームルームが終わり、ようやく初日の授業がすべて消化された。
「ふう……」
周りの女子たちが談笑している中、俺は荷物を片付けながら思わずため息をこぼしていた。理由はもちろん、今後のスクールライフに対しての憂いである。
まず第一に、授業中、休み時間を問わず周囲から寄せられる好奇の視線が結構堪える。教室にいようが廊下にいようがチラチラ様子をうかがわれるのは、はっきり言って気持ちのいいもんじゃない。……まあ、月日を重ねていくうちに今の動物園のパンダ状態よりはマシになっていくとは思うが。
第二に、授業の内容がまったく理解できなかったこと。もっとも、こっちは入学前に読んでおくように指示されていた参考書に目を通していなかった俺に責任がある。さっさと勉強してみんなに追いつかないといろいろ面倒なことになるだろう。正直落ちこぼれにはなりたくない。
「織斑さん。少し、よろしいかしら」
なんてことを考えていると、不意に背後から声をかけられた。……オルコットだ。
「なんか用か?」
「ええ。いくつかお尋ねしたいことがありますの」
心の中で秘めている感情を悟られぬよう、平静を装って会話に応じる。
「まずひとつめ。あなたは専用機を持っておいでで?」
「……一応支給はされてるな。ほとんど動かしたことないけど」
「ふたつめです。ISに関する理解はどの程度おありですか? わたくしの勘違いでなければ、今日の授業を受けている間、何やら困っておいででしたが」
「残念ながらちんぷんかんぷんだ。少し前まで自分がISに乗ることになるなんて考えもしなかったからな。だから一般的な知識も足りてない」
「そうですか」
俺の返答を聞いて、オルコットはなぜか満足げに笑う。今の話のどこにそんな要素があったのだろうか。ひょっとして対戦相手の実力が底辺だとわかってうれしいとか……ないな。多分そういうタイプじゃないだろ、こいつ。
「では3つめの質問です。これから10日間、放課後にわたくしとISの訓練を行うつもりはありませんか?」
「……は?」
唐突な質問、というか提案に呆気にとられる俺。今まで俺たちの会話に聞き耳を立てていたクラスメイトたちもざわつき始めた。おそらく、女子同士の牽制をくぐり抜けてオルコットが俺に対して積極的に動いたためだろう。
「どうでしょう? 織斑さんにとって悪い話ではないと思いますが」
彼女の言う通り、これは俺に対して不利益な提案ではない。むしろ
だけど――
「悪いけど断らせてもらう。一応、模擬戦の日までは敵同士なわけだしな」
「……そうですか。それは残念です」
「じゃ、俺はそろそろ帰るから」
鞄をつかみ、軽く手を挙げて話を切り上げる。こうすれば、向こうも引き止めることはないだろう。
「最後にひとつ、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「わたくしの提案を断った本当の理由は?」
……踏み出そうとしていた足が、オルコットの一言によって押しとどめられた。
「本当の理由? 俺が嘘をついてるっていうのか」
「少し語弊がありましたわね。確かに『敵同士だから教えを請いたくない』というのはあなたの心の中にある理由のひとつなのでしょう。ですが、それ以上に大きな事情があるのではなくて?」
「………」
深い青色の瞳が、すべてを見透かさんとばかりに俺の顔を覗き込む。
「あなたはわたくしに特別な感情を抱いている。今日1日の間で織斑さんから向けられた視線から、そう判断したのですが」
……正直、驚いた。いくらオルコットが聡明だとしても、まさか1日で俺の気持ちが見抜かれるとは想像していなかった。しかも、近くに来て話したのはこれが初めてだというのに。
「……大当たりだ」
ごまかしがきかないと判断した俺は、観念してすべてを白状することにした。
俺は――
「俺は、お前のことが嫌いだ」
もともとは思いついたネタを書きなぐるファイルに保存されていた文章を、試験勉強やレポートの合間にちょいちょい手直ししていった結果、せっかくだから公衆の面前に晒してみようという決断にいたりました。
基本的には僕の連載中の作品「IS 鈴ちゃんなう!」の更新を優先させるので、こちらのほうはやや不定期気味に投稿していくことになると思います。あくまで僕はセカン党です。
主要キャラの性格変えてまで二次創作する意味あるのか? とか考えたりもしているのですが、とりあえずは完結目指してやっていきますのでよろしくお願いします。
……ハーメルンでISヒロインの名前を入れて検索するとセシリアがぶっちぎりで少なかったのが、連載に踏み切った一番の理由だったりします。