「んじゃ、これからよろしくな。箒」
「あ、ああ。よろしく頼む」
学園生活1日目の夜のこと。学生寮での部屋割りの結果、同室で暮らすことになった俺と箒は、荷物を片付けた後で改めて互いに挨拶を行った。
……篠ノ之箒。ポニーテールがトレードマークのその少女とは、小学生のころによくつるんでいた記憶がある。ある日向こうが突然引っ越してしまった後は疎遠になってしまっていたのだが、こうして昔のなじみと再会できたのは素直にうれしい話だ。
「周りが女子だらけで息が詰まってたところだ。千冬姉や箒がいてくれて本当に助かったよ」
「……なんだか、その言い方だと私や千冬さんが女として扱われていないように聞こえるな」
「実際、俺にとってはそんなもんだ」
千冬姉は家族として、箒は幼いころの友達として、頭の中ではっきりと印象付けられている。だから異性だのなんだのと気兼ねする必要はないのである。
「……そうか」
「どうした、急に不機嫌そうな顔して」
「別に、なんでもない」
と言いつつも、箒はむすっとした表情で俺から視線を外す。
「お前は昔から思ってることがすぐ顔に出るんだ。だから無駄に隠そうとするな」
「い、いつまでも昔の印象で語られていては困るな。お前と最後に会ってから1872日、その間に私も成長したのだ。この顔も……そう、お前を試すための演技だ」
何を試すつもりなんだか……というか、1872日って本当に正しく覚えてたのか? 今計算してみたらだいたいそのくらいの日数になったんだが、もし1の位まで合ってるのなら驚きだ。
「別れてから何日目かをちゃんと覚えてるなんて、そんなに俺に会えないのが寂しかったのか?」
「そ、そそそんなわけにゃいだろうっ!?」
「……お前にポーカーフェイスは一生無理だな」
ちょっとからかっただけでこのオーバーリアクションだからな。からかい甲斐があって俺は好きだけど。
「……私のことはもういい。それより、一夏のほうもデリカシーに欠けるところは変わっていないな」
「デリカシー?」
「さっきの私に対する発言は置いておいて……女子に向かってあそこまではっきりと嫌いと言い切るのはどうかと思うぞ」
「ああ……そのことか」
放課後にオルコットに問い詰められ、俺はあいつに対する嫌悪感を口にしてしまった。そのせいで教室の空気が妙なことになったのだが、逃げるようにそこから立ち去った俺はあの後どうなったのかを把握していない。
「私もあの場にいたのだが、オルコットは特に気にしている様子もなかったな。周りの者も少しの間ざわついていたが、最終的にはもとの空気に戻った」
「そうか」
まあ、明日登校してみればわかることだ。普通に接してくれればいいが、クラスメイトに変に避けられでもしたら少しへこむかもしれない。
「それにしても、なぜオルコットのことを嫌っているのだ? 今日より前に会ったことがあるのか」
「いや、今日が初対面だ。箒が授業中や放課後に見た以上の接触は何ひとつない」
「だったらなおのことおかしいではないか。私が感じた限り、オルコットは悪い人間には到底思えなかった」
不思議でしょうがないといった風に俺に尋ねてくる箒。……俺自身ですら自分の中に湧いた感情に多少戸惑っている節があるので、こいつの反応は至極当然のものだろう。
「なんつーかな……受けつけないんだよ」
「何がだ?」
「それは……」
俺が答えようとしたその時、部屋の扉がコンコンと軽くノックされた。
入口の近くにいた俺が応対するべくドアを開けると――
「げっ」
「女性を前にして『げっ』はどうかと思いますわよ、織斑さん」
廊下に立っていたのは、現在最も会いたくない人物、つまるところセシリア・オルコットその人であった。
「おい箒、オルコットが用があるらしいぞ」
「わ、私か!?」
「さも当然のように篠ノ之さんにバトンタッチしようとしているみたいですけれど、わたくしまだ何も言ってませんわ」
「じゃあ今言ってくれ」
「織斑さん。少しお話があるのですが」
「箒、お前に話があるみたいだぞ」
「さすがにその反応は無理があるとは思いませんこと?」
「………」
「というわけで、織斑一夏さんにお話があるのですが」
ボケ倒してこの場を流そうとした俺の作戦は、オルコットがまったくと言っていいほど動じなかったことであえなく失敗に終わった。やはり箒に対してみたいにはいかないらしい。
「放課後言ったことの繰り返しになりますが、わたくしと一緒に訓練する気はありませんか?」
「……またその話か。断るってはっきり言ったはずだぞ」
「わたくしのことが嫌いだから?」
「そうだ」
俺の言葉を聞くにつれ、はじめは微笑を浮かべていたオルコットの表情が硬くなっていく。
当たり前だ。俺だって誰かに面と向かって嫌いだと言われたら不快な気分になる。
だからこそ、そういうことを言わずに済むように、オルコットには関わらないようにしようと考えていた矢先、またもあちら側から接触してくるんだから性質が悪い。
「理由を聞いてもよろしいかしら」
「………」
「初日からクラスメイトの方と溝を作るようなことはしたくありませんの。わたくしに問題があるようでしたら善処いたしますから――」
「しゃべり方」
「え?」
「そのしゃべり方が、どうにも気に食わない」
ここまできたらはっきり言ってやるほかないと判断した俺は、渋々ながらもオルコットの質問に答えてやった。
「……御冗談では?」
ぽかんと口を開けた後、ものすごく疑いを持った顔つきで問い返すオルコット。……自分で言っておいてなんだが、第三者から見れば本当にくだらない、嘘くさい理由に聞こえることだろう。でも事実だから仕方がない。
「俺はつまらない冗談を言うような人間じゃない」
「先ほどつまらない冗談でお茶を濁そうとしていた気がするのですが……」
「そうだぞ。昔からお前はくだらん冗談ばかりで私をからかって……」
「失礼な」
ちょっと傷ついた。オルコットはともかく、決して短くない間仲良くしていた箒にもそんなふうに思われていたとは……
「それで、本当の理由はなんですの?」
「いや、だから今言ったろ。正直俺もよくわからないんだが、お前のお嬢様言葉を聞いてるとイライラしてくるんだ」
いい加減相手をするのが面倒になってきたので、少々配慮に欠ける物言いを解禁してさっさと帰ってくれという意思表示を行う。
オルコットはそれでもまだ困惑していたようだが、やがて首を縦に振り、毅然とした表情を作り出す。
「……わかりました、あなたの言葉を信じましょう。ですが、それなら尚更わたくしは織斑さんにこの提案を受けてもらわなければなりませんわ」
「どうして」
「納得がいきませんもの。言葉遣いひとつであなたに嫌われるなんて……。訓練で親交をある程度深めれば、きっと織斑さんもそんなことを言わなくなると思います」
「……そんなまわりくどいことしなくても、お前が普通に話せばいいだけだろ。まさかお嬢様風の日本語しか覚えてないわけじゃあるまいし」
「それは……できませんわ。わたくしにもこだわりがあるのです」
少しうつむいて、歯切れの悪い言葉を返すオルコット。……学校じゃいかにも威風堂々って感じの様子ばかり見せていたのだが、こいつでもこんな顔するんだな。
「なら諦めろ。模擬戦まで俺たちは敵同士、そういうことだ」
「……やはり駄目です。こちらも退けません」
「じゃあこっちから提案だ。お前の指導を受けるから、代わりに言葉遣いを普通にしてくれ」
「………」
ふるふると首を横に振る眼前の少女。……こいつも大概強情だな。
ここまで来ると、俺としても相手の思惑というものを真面目に考えなければいけないような気がしてきた。
話し方を変えるのをなぜそこまで拒むのか。
そして、俺とISの訓練をすることに何か大きなメリットがあるのか。はじめは考えられる利点として、俺を最低限戦闘のできるレベルにまで到達させておいて、それをオルコットが余裕をもって倒すことで、あいつの強さ、技術をクラスの人間によりはっきりと示すことができるという内容のことを想定していた。だがそれだけのために、こんなに言われてもなお食い下がる必要はあるのだろうか。俺を鍛えるということは、その分俺の成長に期待して投票する人間の数が増えるという危険性も孕んでいるというのに。
「一夏。鍛錬くらい、付き合ってやったらどうだ。……私も、話し方だけで人をそこまで遠ざけるのはよくないと思うぞ」
「箒……」
縋るように俺を見つめる幼馴染は……そういえば、小学生の頃に男みたいなしゃべり方を周りの連中にごちゃごちゃ言われていた時期があったっけ。
……そりゃあ当然、オルコットの肩を持つよな。俺にああいうつまらない連中と同じことをしてほしくないと思っているんだろう。
そして、俺は昔から彼女のこういう表情に弱い。
「わかったよ、箒。久しぶりに会えたんだ、今日はお前の意見に従うことにする」
お前をいじめてた連中はお前の話し方を『篠ノ之箒をからかうための口実』とみなしていたにすぎないのであって、俺がオルコットの口調を『セシリア・オルコットを嫌う直接の原因』と考えているのとはまた事情が違う……というのは野暮な話だ。いちいち説明するのもややこしい。
「オルコット。とりあえず訓練を一緒にやるという提案に関しては受けることにする。ただし、ひとつだけ条件をつけてな」
「条件、ですか」
とはいえ、やっぱり無償で了承するのはなんとなく癪に障るので、こちらからも何か付け足すことはしておこう。
「もし模擬戦で俺がお前に勝ったら、その言葉遣いをやめろ。その代わり、俺が負けたら何かひとつ言うこと聞いてやる。もちろん、厳しすぎる命令はなしな」
「……それだけでよろしいの?」
「ああ」
俺が勝つ確率が限りなく低いのは織り込み済みだ。あくまでこの条件は俺からのささやかな反抗意識の表れに過ぎない。
それをオルコットも察したのだろう。納得したように頷くと、俺に向かってぺこりと一礼をしてきた。
「ありがとうございます。それでは、早速明日の放課後からよろしくお願いしますわね」
「わかった。じゃあ、今日はこれで」
「ええ。おやすみなさい」
話が決まると、オルコットはニコリと笑ってすぐにここから立ち去って行った。俺の放つとっとと帰れという空気に素直に従ったのだろう。
「はあ……」
おそらく会話には5分もかかっていないはずなのだが、俺の体にはどっと疲れが溜まっていた。
「一夏。その……怒って、いるか?」
「怒ってる? 何に」
「……私が、勝手にお前たちの話に口をはさんだことについてだ。出すぎた真似をしたのではないかと」
「そんなこと気にしてたのか? だったら心配なんていらねえよ。お前の言ったことは決して間違ってなんかいないんだからな」
ただ、人の心は正しい正しくないでは割り切れないことが多いというだけだ。
「そうか……」
俺の表情を落ち着かない様子でちらちらうかがう箒は、俺に対してとるべき距離を測りかねているように見えた。……もっとも、それは俺自身についても言えることではあったが。なにせ数年ぶりに成長した幼馴染と再会したんだ、無理もないだろう。
「さて、訓練することも決まったし、早速参考書でも読むとするか」
本来なら入学前に読むべきとされている電話帳サイズの本を本棚から取り出して、そのままどかっとベッドに座り込む。
「まだ読んでいなかったのか?」
「恥ずかしながらな。ま、頑張って追いつくさ」
*
IS学園では、生徒の自主訓練のためにアリーナが放課後に開放されている。
オルコットに言われた通り、俺はそれらのアリーナのうちのひとつに足を運んでいた。
「ちゃんと約束、守ってくださったのね」
「疑ってたのか?」
「申し訳ありませんが、少しだけ。昨晩の件はあの場を収めるための方便だった可能性、あるいは単純にあなたの気が変わってしまう可能性……そのあたりは、考慮していました」
「一度受けると言ったんだ。そう簡単に裏切るつもりはねえよ」
2,3言葉を交わしながら、俺とオルコットは互いに自身のISを呼び出す。
「……真っ白ですのね、織斑さんの専用機」
「そっちは真っ青だな」
入学前に倉持技研というところから俺に与えられたISは、名前を白式という。こうして装甲を展開させたのは今日で2度目だが、相変わらず思うことは『科学の力ってすげーな』である。
対してオルコットの専用機は青を基調としたデザインだ。代表候補生と言っていたからにはおそらくイギリスの最新型かそれに近い機体なんだろうが……今まで興味なかったから全然把握していない。
「わたくしの専用機は、ブルー・ティアーズといいますの。イギリスが誇る第三世代型のISですわ」
聞いてもいないのに勝手に解説してくれた。『イギリス』って単語を強調していたあたり、愛国心の強いやつなのか。
「織斑さんの機体の名前、教えていただけるでしょうか」
「……白式だ。世代がどうとか、そういうのはよくわからないけどな」
「白式……いい響きですわね」
「とりあえず褒めてみましたって感じの感想だな」
「……織斑さん。失礼なことをお聞きしますが、よくひねくれていると言われたりしていません?」
「まったくないな」
多分。
「……まあいいですわ。そろそろ体を動かすとしましょう」
多少不満が残っていそうな顔つきをしていたオルコットだが、すぐに切り替えて空中に浮かび上がる。
「そうだな」
嫌っている人間と無駄話をしていても楽しくはない。俺がここに来たのは、あいつからISのことを少しでも多く学ぶため。そういうメリットがなければ、いくら箒に言われたとしても誘いを受けることはなかっただろう。
「まずは、空中における動きの制御についてですが――」
*
それからしばらく時間が経って、太陽が完全に地平線の向こうに消えたころ。
「では、今日はこのあたりで終わりにしましょう」
……もうアリーナが閉まる時刻、か。時間の流れが速く感じられたのは、俺なりに集中して訓練に臨めていた証拠だろう。
「……少し、驚きました」
最初はまばらにいた、他の自主訓練を行っていた生徒たちもいつの間にかいなくなり、アリーナに残っているのは俺たち2人だけ。そんな状況で、オルコットはぽつりとそんな言葉を漏らした。
「驚いた?」
「あなたの呑み込みの速さ……というより、知識の量ですわね。正直基本的な用語の説明から始めなければならないかと考えていましたので、いい意味で予想外でした。今日だけで
「ま、昨日の夜はずっと参考書と教科書読んでたからな。本当に最低限ではあるが、基礎知識は頭に叩き込んだ」
「ずっと……何時まで起きていらしたの?」
「ずっとはずっとだ。一緒の部屋の箒には悪いと思ったが、徹夜させてもらった」
俺がそう答えると、オルコットは少し目を見開いて、それから口元を緩ませた。
「熱心ですのね」
「そういうわけじゃない。ただ単に本を読むのが好きなだけだ。3徹くらいまでならいけるぞ」
今朝箒にも『相変わらずだな』と苦笑いされたが、俺は昔から読書が大好物だ。しかもジャンルを問わない雑食系なので、教科書でも内容に興味が持てればのめりこむことができる。
春休みの間にISの参考書を読まなかったのも、前々から休み中に読みたいと思っていた本が山積みになっており、そっちを夢中になって片付けているうちに入学式を迎えてしまったという馬鹿な理由のためだったりする。
「………」
「なんだその信じられないって顔。そんなに俺と読書が結びつかないか」
「い、いえ。そういうわけでは……そういえば、自己紹介の時にそんなことをおっしゃっていましたわね。わたくしも読書は大好きです」
へえ、意外なところに共通点があったもんだ。
「もしかすると、気が合うのかもしれませんわね」
「それはあり得ないな」
「ふふ、そう言われると思っていました」
毒を吐かれても笑顔を崩さないオルコット。どうやらだんだん俺との会話に適応し始めたようだ。
「もしよければ、おすすめの本を紹介していただけませんか? せっかく日本に来たのですから、この国の書物も嗜んでおきたいのです」
「おすすめねえ……」
こいつのことは嫌いだが、本好きに自分好みの本を教えるのはいいことだ。優れた本はいろんな人に共有されるべき、というのが俺の意見である。
「なら、『放課後戦闘空間』とかはどうだ? 確か昨日立ち寄った校内の図書館の中に置かれていたはずだ」
「どんなお話ですの?」
「高校生がサバイバルゲームに情熱を捧げる物語だ」
「なるほど……今度読ませていただきますわね」
……さて、いつまでも話していても仕方がない。そろそろアリーナを出て寮の部屋に戻るとしよう。
「では織斑さん。明日もよろしくお願いします」
「………」
優雅に頭を下げるオルコットの表情は、やはり笑顔だった。
「オルコット」
歩き出そうとしていた彼女を、名前を呼ぶことによって引き止める。……そういえば、俺から話を振るのはこれが初めてか。
「なんで、俺との訓練にここまでこだわったんだ?」
「……ここまで、と言いますと?」
「夜に人の部屋に押しかけてまで執拗に勧誘した理由を聞いているんだ。正直、俺にはお前がそこまでするほどのメリットが見つからないんだよ」
昨晩から続く疑問の答えを、思い切って本人に尋ねてみる。答えてもらえなければ、また自分でいろいろ推測してみるしかないだろう。
「理由……お知りになりたい?」
……その言葉を聞いた途端、急に背筋に寒気が走った。
俗にいう『嫌な予感』というやつだろうか。答えを聞くべきではないという考えが、急に頭の中をもたげ始める。
だが第六感否定論者として、そう何度も直感のようなものに素直に従うわけにはいかない。論理的な思考の上では、ここでちゃんとした事情を知ってすっきりするのがベターだという結論が出ているのだ。
「ああ。ぜひ聞きたいところだ」
「そうですか。織斑さんがそうおっしゃるなら、お教えしようかしら」
アリーナの閉鎖を知らせるアナウンスが流れる中、俺は次の言葉を待つ。
オルコットは一度大きく深呼吸をしてから、俺の顔を真っ直ぐ見つめて――
「わたくしが、あなたのことを嫌いだから、ですわ」
満面の笑顔で、そう言い放った。
自分で読み返してみてやっぱりキャラの性格だいぶ変えちゃってるなあと実感しています。もともとそのつもりで書いているので当然ではあるのですが。
箒はあれこれいじられて焦っている姿が可愛いはずだと思っています。なんとなくですけど。
そして一夏には本好きの設定を追加しました。僕がキャラクターの性格、言動を考える際、やっぱり趣味などを設定していた方がいろいろ動かしやすいというのが理由のひとつです。原作一夏は無趣味ぽかったので。……あ、もちろん死に設定にするつもりはありません。
では、次回もよろしくお願いします。
……もしかしたら全5話になるかもしれない。