東方己分録   作:キキモ

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三十二話 再び、訪問者

「うう゛…………」

呻き声を洩らしながら俺は布団から体を起こす。

酷い頭痛だ。

というか、二日酔いだった。

 

今日は甘味処は定休日、更に言えば寺子屋もない。

珍しく完全な休日だった。

故に昨日、夕暮れ時に男衆の酒盛りに誘われた俺は午前中の予定がないのをいいことに喜んで参加したわけだが。

 

「………駄目だ。思い出せない……」

案の定、鈍く痛む頭を捻っても飲んでる記憶が途中から曖昧になっている。

一体どうやって家に帰ったのかすら覚えが無い。

おかしなことをしていなければいいんだけど…………してるんだろうなあ。

 

思い出せないものは仕方ないと、俺は頭を振った。

とにかく、顔を洗うか。

午後は洋菓子の試作に紅魔館に行くと伝えているし。

 

俺は立ち上がりざまに布団を足蹴にすると、洗い場に向かうことにした。

おそらくぼさぼさになっているであろう頭を掻きながら大きな欠伸をしたそのとき、玄関の扉が叩かれる。

 

「すいませーん」

扉越しに少女の声がする。

 

こんな朝早くから誰だろうと窓の外を見ると、影の向きからして陽が高いのが分かった。

うわ、もういい時間だ。

紅魔館に向かう時間ではないが、寝坊と言っても差し支えないだろう。

もし訪れたのが慧音さんなら怒られても仕方ない。

「はーい」

しまったなあと反射的に掠れた返事をするが、しかし、直後に更なる失敗に気付く。

寝ぼけていてまともに働いていなかった頭が、ここに来て急に目を覚ましたようだ。

 

激しい寝癖の残る頭。

寝起きの顔。

肌蹴気味の着物。

漂わせる酒気。

 

……とてもじゃないが、人前に出れるような姿ではない。

しかも訪問者は声からして歳若い女性もしくは少女。

寺子屋の生徒ではないと思うが、どちらにしても顔を出すのが更に憚られる状況だった。

だが、返事をしてしまった以上居留守というわけには行かない。

 

仕方がない。

酒気は仕方ないものの、多少身なりを整えるために少々お待ちいただこう。

俺は短く嘆息すると、扉に向かって呼びかける。

「ちょ、ちょっと待――」

「失礼します」

 

……どうしてこうも、幻想郷の女性というものは人の返事を待たないのだろうか。

頭の片隅でそんなことを思いながら固まる俺は、両手で引き戸を開いた銀髪の少女と対面することとなった。

霊夢と同じくらいか、それより下程度。

生真面目さを漂わせる凛々しい顔つきの少女は俺を見据える。

一瞬の静寂の後、背中に物騒な刀を背負った彼女は、前述したとおりの俺の姿を見て、思いっきり眉を顰めた。

 

 

* * *

 

 

「コ、コホン」

最低限の身なりを整えた――酒気は拭えなかったが――俺は、気を取り直すつもりで咳払いをしつつ腰を下ろす。

俺の目の前には、魂魄妖夢と名乗る少女が脇に刀を置いて行儀よく正座している。

 

「さっきは見苦しい所をみせたね」

「いえ、どうぞお気になさらないでください。入る前に一言断りを入れておくべきでした」

漂わせる雰囲気通りの生真面目な返事に、俺は心の中で嘆息する。

 

もう顔には出していないが、それでも彼女の俺に対する第一印象は最悪といっていいだろう。

それでも俺の家に上がりこんでくるのだから、何かよっぽどな用事があるのかもしれない。

とするならば、どこかで汚名返上といきたいところだ。

「それで、俺に何か用かな?」

「はい。その、大変心苦しいのですが、折り入って相談があるのです」

 

「相談?」

鸚鵡返しに彼女の言葉を繰り返しつつ、頭の片隅で強烈な既視感を覚えた。

あれ……?このやりとり…………。

 

「聞くところによると、この辺りの甘味処でケーキという菓子を作っているそうで」

「……あぁ」

既視感の原因と妖夢が俺を訪ねてきた目的が同時に分かった。

先月咲夜が俺の家を訪れたのと同じ展開だ。

何かを察したように頷く俺に、妖夢は首を傾げる。

「あの、何か?」

 

「うん。要は、甘味処を訪れたところは今日はお休み。だが、どうにかしてケーキを手に入れたいと考えた君は、製作者がここに住んでいるという話を聞い訪ねてきた、ってところか」

ちなみに咲夜が俺の元を訪ねてきた際は、甘味処の主人である玄さんから話を聞いてきたらしい。

 

小首を傾けながら問いかける俺に、妖夢は目を見開いた。

「な、なぜそれをっ」

明らかにうろたえる妖夢を見るに推測は当たりだったようだ。

少しは悪い印象を改善できただろうかと思いながら、俺は半笑いになって肩を竦めた。

「もしかして、主人とか上司の命令でケーキを買いにきたとか?」

 

当てずっぽう……どころか、前回の咲夜の状況をそのまま言ってみただけだ。

だが、妖夢は更に目を見開いて腰を浮かせた。

どうやらこれも図星のようだ。

と俺が察する間に、妖夢は流れるような動作で脇に置いた刀に手をかけた。

 

そうして、

 

「え?」

間抜けな声が俺の口から漏れる頃には既に、小気味良い金属音を残しつつ俺の首元に冷たく硬い感触があった。

遅れて、状況を理解する。

 

目を離したはずは無いのに、正面に座っていた妖夢が気付くと既に抜刀していた。

その刃は、俺の首元に添えられている。

おそらくあと数センチ、数ミリ動かせば、動脈を傷つけ致命傷を与えるであろう位置だ。

 

数秒かけてその事態を把握した俺は動けなくなる。

背筋が凍り、恐らく顔はたちどころに真っ青になっているだろう。

 

「あなたは」

自分の首へ伸びる刃から、口を開いた妖夢に視線をゆっくりと移す。

「なぜ幽々子様直々の命をご存知なのでしょうか」

 

剣呑な雰囲気を漂わせる妖夢。

その目は敵意に満ち、蛇に睨まれた蛙を一瞬幻視した俺は息を呑んだ。

 

……印象上げるどころかマイナスに振り切ってる!!

とか言ってる場合じゃない。

いつもならこういう命の危険が脅かされる場合分身している場合が多いのだが、あいにくつい先ほど起床したばかりの俺は能力を未使用。

つまりは命の危機。大ピンチなわけである。

 

「あの、ちょ、ちょっと待って、くれない?」

「なにか」

「いや、なんでこうなってるのかな?って……」

恐る恐る問いかけると、鋭い刃が首に僅かに食い込む。

悲鳴を上げることすら出来ず、俺は再び息を呑んだ。

 

「質問をしているのはこちらです」

「え…………ああ、なんで君の事情を知ってるかって……」

と言っても、ただの当てずっぽうだ。

「し、知ってるわけじゃなくて、前も似たようなことがあったってだけで、適当な推測を立てただけなんだ」

「信用できませんね」

 

そんなことを言われてしまうとどうしようもない。

冷や汗交じりで眉を下げるが、妖夢は油断なく俺を見据えるばかりだ。

 

「貴方の噂は以前から耳に入っていました。故に警戒に越したことはないと思っています」

「う、噂?それってあの、現実味のない話だろう……」

萃香の騒ぎと紅魔館への訪問に伴った噂は既に下火になってはいるものの、どちらも馬鹿馬鹿しいくらい誇張されている。

「確かに眉唾物の話だとは思います。ですが、」

妖夢は剣呑な眼光をより鋭くする。

「火のないところに煙は立たない」

 

いやちょっとキメ顔になってるけど大いに買い被りだからなそれ!!

などと派手にツッコミを入れられる訳でもなく、俺はもはや涙目寸前で口を歪ませていた。

 

なんでせっかくの休日にいきなり押しかけてきた少女にこんな目に合わされているのか。

そもそもなんで刀なんて突き立てられてるんだ?

しかもめちゃくちゃ敵視してるし。

俺か?

軽い気持ちで適当な推測を立てた俺が悪いのか?

だからってこんなことされる筋合いなくない???

 

頭の中で疑問と愚痴を並び立てるが、だからと言って状況が改善されるわけでもない。

 

「貴方は、何者なのですか」

妖夢の問いかけに俺は顔を歪める。

「ただの一般人だ」

「戯言ですね。騙されませんよ」

騙されるどころか自分で勝手に勘違いしてるまであるんですが。

 

「では質問を変えましょう。貴方は私の敵ですか?」

「敵ではないよ。少なくとも」

と答えてみるも、言う前から妖夢の反応が予想できた。

 

「信じかねます」

ほらやっぱり。

どないせえっちゅうねん……と投げやりになってきた俺の視界の正面、妖夢の頭の向こう。

俺の住処である寺子屋の扉が、ふいに開かれた。

 

「あら、お邪魔だったかしら」

以前訪ねてきたときと同様、大量の食材が入った籠を抱えた咲夜が軒先に立っていた。

 

「咲夜ですか」

妖夢は咲夜の姿を一瞥すると、視線を俺に戻す。

どうも知り合いのようだ。

そんなことを察しつつも相変らず刃先を首に当てられたままの俺は動けない。

 

「咲夜、助けて」

極めて端的な俺の呼び声に、咲夜は小首を傾げる。

「……そうね。妖夢、一体どうしてこうなったのか、話してくれる?」

 

 

* * *

 

 

「つまり」

咲夜が口を開いた。

 

「幽々子の言いつけで貴女はケーキを目的に悠基を訪ねてきたと」

「はい」

「大した事情を話したわけでもないのに貴女の目的を言い当てる悠基を只者ではないと感じたと」

「はい」

「そして、幽々子と貴女しかしらない筈の事情を言い当てられたと『勘違い』した貴女は」

勘違いの部分を特に強調しながら、咲夜は俺を一瞥する。

 

「もしや白玉楼の間者間諜の類ではないかと、そう思ったのね」

「はい」

「………………」

「そう思い込んだ貴女は、悠基を尋問していたと」

「仰る通りです」

 

「だ、そうよ」

「………………」

再び視線を向けてくる咲夜だが、俺は何も言葉が浮かばず閉口する。

 

そんな俺に咲夜は小さく嘆息すると、再び俺たちの前で正座する妖夢に視線を向けた。

「貴女から言うことは?」

「誠に」

妖夢はというと、俺に向けていた真剣な眼差しをすぐに伏せて深く頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」

 

「えっと……」

俺は目の前で土下座する少女に居心地の悪いものを感じて頬を掻く。

「あの、事情は理解したし、悪気はなかったんだろ?」

「悠基、貴方……」

咲夜の呆れた視線を受け更に気まずさを感じるが、俺は頭を下げる妖夢をついフォローしようと言葉を続けた。

 

「尋問ってことは、斬るつもりはなかったんだろ?だったら別に俺は――」

「いえ」

妖夢が頭を上げて真っ直ぐ俺を見据える。

「我が師の言葉に、『斬れば分かる』という物があります」

「は?」

「もし貴方が何者か判別しかねるなら、斬って判断する他ないと」

 

真顔で断言する妖夢に対し、俺は目を見開き顔を青くする。

ていうかなんでこの期に及んでそんなことを正直に言ってしまうのだろう。

知りたくなかった事実だった。

 

咲夜が疲れたように何度目か分からないため息をついた。

「貴女は極端すぎるのよ。彼は普通のなんの力も無い人間よ。斬られたら死んでしまうわ」

その言葉には語弊がある気もするが、まあ妖夢の前では同義と言ってもいいかもしれない。

 

「大丈夫です」

そんな咲夜に対し、妖夢は首を振った。

「峰打ちですから」

 

本当にそれは大丈夫なのだろうか……。

額に青筋を立てたまま、俺は咲夜を見る。

彼女が来なければほんとに危なかった。

いわば彼女は命の恩人である。

 

「咲夜、助かったよ」

「その顔色のまま言われても嬉しくないけど、お礼は受け取っておくわ」

「いやほんとに……ところで、咲夜はなんでうちに?」

 

ふと沸いて出た俺の疑問に咲夜は腕を組んで答える。

「貴方、確か午後から紅魔館に来るって言ってたでしょ」

「うん」

「それで、里に買い物に出る際、お嬢様がおっしゃったのよ」

「レミリア様が?」

「ええ」

 

咲夜は頷いて話を続ける。

「『里に行くならついでに悠基の迎えに行くといい。面白いものが見れるわ』って」

レミリア様っ……!

いや面白いものって言われ方は引っかかるけど、レミリア様が咲夜に指示してくれたおかげで、咲夜が俺の家を訪れた。

その結果俺は命拾いしたことになる。

 

これからは心の中でも敬称をつけて呼びます!!と自分でもどうかと思うような感謝を浮かべつつ、表面上は冷静を保ったまま俺は「そっか」と呟いた。

……なぜか咲夜がジト目を向けてきてるけど、気にしないでおこう。

今日作る洋菓子の試作はレミリア様が喜ぶものを考えないと。

 

とはいえ、その前に目の前の問題から解決しておこう。

「さて、妖夢」

「はい」

尚も正座を続けたまま俺を見る妖夢に、俺は嘆息を堪えて問いかける。

 

「注文は?」

「…………は?」

妖夢が困惑の視線を向けてくる。

横に立つ咲夜が呆れを隠そうともせずため息をつくが、まあ気にしない。

 

「ケーキを買いに来たんだろ?ちょうど材料もあるし、作ってやる。時間はかかるけどな」

「……いいのですか?」

目を丸くする妖夢に、俺は咲夜の視線を無視しながら頷く。

 

「さっきみたいなことがあったとは言え客は客だ。蔑ろにしたら玄さん……うちの店主に怒られる」

と、いうのは照れ隠し交じりの方便だ。

実際のところは、

「ただのお人好しでしょ」

咲夜にあっさりと、非常にシンプルな言い方で俺の心情を暴露される。

 

気まずい視線を咲夜に向けると、咲夜も呆れ顔で見返してきた。

そんな俺たちを見て、妖夢はクスリと笑う。

 

「…………感謝します」

 

 

* * *

 

 

最後に深く頭を下げ去っていく妖夢の背中を見送りながら、俺は隣に並び立つ咲夜を見る。

「別に、待ってくれなくても良かったのに」

材料があるとはいえ、今の設備ではケーキ一つ作るのに数時間を要する。

妖夢にケーキを作ってやる間、律儀に咲夜は待っていてくれたのだ。

 

「あら、何か不都合でも?」

「そういうわけじゃないけどさ……」

 

わざわざ迎えに来てくれた咲夜を待たせるのは心苦しかったのだが、咲夜の方は気にした風でもない。

口篭る俺に対して咲夜は口元を上げた。

「さあ、準備して。お嬢様がお待ちになってるわ」

「俺じゃなくてケーキを、だけどな」

俺は笑いながら頷いた。

 

頷きながら、ふと、気付く。

「……なあ、咲夜」

「なにかしら」

 

「たまにはのんびり、歩いて行かないか?」

そんな俺の提案に、咲夜は目を細めながら笑みを浮かべる。

 

「却下」

「…………」

「遅れているのは結局のところ貴方の責任よ。さあ、急ぎましょうか」

 

この場合の急ぎましょうかとはつまり、飛んでいこうという意味を暗に示している。

結果、空を飛べない俺は咲夜にお姫様抱っこ……まあ、抱えられて紅魔館に向かうことになることを意味する。

そんな咲夜の言葉に、俺はその日一番のため息をついた。

「…………ですよね」

 




個人的には一応真面目な主人公と生真面目な妖夢ならそりは合うだろうしほのぼのとした話になるだろうなあとは思っていました。
蓋を開けてみればこれです。
どうしてこうなった。
それでも次からはそれなりに良好な関係にはなっていると思います。
さて、なんだか妖夢が頭おかしい子に見えなくもないですが今回がちょっと特殊だっただけで普段は癒し系真面目っ子なんです多分。
ですので今後はそんな風にはならないでしょう。願望ですが。
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