東方己分録   作:キキモ

35 / 67
三十五話 そうして始まるその異変

「――――るですよ――――」

「…………?」

今、何か聞こえたような……。

 

時間が早いのもあって少々肌寒さはあるが、それでも日が高くなれば随分と暖かくなってきた。

いつものように寺子屋前を竹箒で掃除していた俺は、ふいの声に空を見上げる。

青い空の一点に、鳥でも虫でもない存在を発見した。

空高くを飛んでいるため定かではないが、白い衣服を纏い背中に羽を生やした幼い少女の姿、先ほどの声の主だろうか、妖精だと分かる。

 

それほど珍しい光景でもないが、なんとなしに気になり目を細めて注視していると声をかけられた。

「おはようございます、悠基先生」

「ああ、おはよう。早いな、お春」

ベタな唐草模様の風呂敷に包んだ教材を手に、寺子屋の生徒の一人、春が近づいてくるところだった。

 

「なにを見てたんですか?……あら」

さっきまでの俺の視線を追って空を見上げた春も白い衣服の妖精を目に留めた。

同時に、なぜか神妙な表情を浮かべる。

 

どうも彼女のことを知っているかのような様子だ。

「あの妖精を知ってるのかい?」

「まあ、有名ですからね。あの子は――」

俺の問いかけに春は空を見上げたまま応じる。

だが、彼女が答えを告げようとした時、再び空からあの声が聞こえてきた。

 

 

「春ですよーーーー!!!!」

 

 

「………………」

「……ハル?知り合いか?」

 

冗談半分で問いかけてみると、春は恥ずかしそうに頬を染めながら口を尖らせる。

「……違います……あの子の名前はリリーホワイト。春告精って呼ばれてる妖精です」

「春告げ……」

 

視線を春に固定したまま呟くと、とうとうジト目になって睨まれる。

「季節の方ですよ」

「すまんすまん」

さすがにからかい過ぎたようだ。

 

ついでに察するなら、リリーホワイトなる妖精を見る彼女の様子を見るに、おそらくその手の話で幼い頃からかわれていたのだろう。

俺は頭を掻きながら謝ると、春に少々呆れた様子でため息をつかれた。

 

「もう……いつまでも子供扱いしないでください。弟ならともかく」

「俺からしたらまだまだ子供だよ。というか伍助を売るのか」

春の発言を意地悪く解釈すると、彼女はすまし顔で言い放つ。

「あの子は楽しんでるからいいんです」

「それもそうだな」

 

やはり寺子屋の中でも一層聡い春をからかうのは一筋縄ではいかないようだ。

だが、それはそれで張り合いがあって楽しいものだ。

いや子供相手に張り合いってなに言ってんだこいつって思わないこともないんだけど。

 

「春ですよーーーー!!!!」

 

俺たちの遥か上空を通り過ぎ、リリーホワイトは陽気にふらふらと飛んでいる。

あの距離からしっかりと聞こえてくるのだから大した声量だと感心しつつ、俺はしみじみと呟いていた。

「そっか。もうそんな季節か……」

「悠基先生?」

「いや、もうすぐお前たち年長組は寺子屋を出てしまうのだなと思うと、目頭が熱くなってな……」

 

そんなことを言いつつ、俺は上を見上げたまま目頭を押さえる。

「もう。そんな大袈裟な。からかうのもほどほどにしてください」

「……そのつもりだったんだが、なんだか本当に零れそうになってきた」

「…………先生」

春からの呆れの視線が痛い。

 

俺は頭を振ると、唐突に緩もうとする涙腺を閉めなおした。

「まあ、短い間ではあったけど、俺としても感じるものがあるということだ。春、お前は寺子屋の中でも一番聡い子だ。それに素直で愛嬌もある。ここを出てからも立派にやっていけるさ。自信を持っていくといい」

「せ、先生……」

真顔で褒めちぎると、春は頬を染めて視線を泳がせた。

 

本当に素直な子だ。

だからこそ。

 

ぽん、と春の肩に手を置く。

「ま、ここから出てもお前は俺の教え子に変わりない。もしなんか困ったことがあったらいつでも相談に来な」

どこか含みを持たせて春に伝える。

春の、まだあどけなさが色濃く残る瞳は、俺を見て、視線を反らし、再度俺を見た。

 

そうして、彼女はいつものように穏やかに微笑んで、首を傾げた。

「はい。ありがとうございます」

「……おう」

 

いつのまにか、リリーホワイトは声が聞こえないほど遥か遠くまで遠ざかっていた。

 

 

* * *

 

 

「………………」

日は高く、暖かい陽気が漂う中、里の外を歩く俺は最低限の警戒をしつつも周囲の景色を楽しみながら歩いていた。

 

道に沿って生えた並木は桜。

その太い幹に蔦を伸ばすのは朝顔。

その隣にはコスモスの花群。

向こうの沼地には水仙。

スミレ、カーネーション、百合、菊、梅の花に紫陽花に金木犀、他......

 

当たり前のように、季節など知ったこっちゃないとばかりに、様々な咲き乱れていた。

ここまでくると豪華絢爛どころか節操なし……更に言えば混沌という表現の方が相応しい気もするし、花の知識が多少なりともある俺からすれば最初は眩暈すら感じた。

 

だが、細かいことは気にしない。

なぜならここは幻想郷。

常識に囚われてはいけない世界なのだから。

そう思うと、おのずとこの景色も目に楽しく感じるものだった。

 

幻想郷の性質なのか、それとも妖怪などの人ならざる物の仕業なのか、ともかくとして、元の世界では普通は見られないような光景だ。

だが、目的地の向日葵畑に住む花妖怪は、おそらくこの状況を大いに楽しんでいるのではないかという予感があった。

 

「お」

遠目にたくさんの妖精が飛び交うのが見える。

舞うように飛び、姦しい声を上げる彼女たちも、この光景を大いに楽しんでいるようだ。

とはいえ春の陽気に当てられ気が高ぶった彼女たちに一方的な弾幕攻撃をけしかけられるのは是非とも避けたい。

 

俺は身を屈め、近くの草むらに一時退避する。

どうも最近暖かくなってきたためか、夜にも昼にも妖怪との遭遇率が高くなってきている。

アリスから教えてもらった魔法で多少は抵抗したり逃走したりできるようにはなったものの、出来ることなら出会うことなく平和に済ませたいものだ。

だからこそ、遠目にでも妖怪を発見したらこうして隠れるようにしている。

まあ道を外れなければ妖怪に襲われる確率はぐっと下がるものの、用心に越したことはないだろう。

俺は妖精たちが過ぎ去るのを確認するために、茂みの影から首を伸ばし――

 

「わ」

「っひゃう!」

 

突然背中を軽く押された俺の口から奇声が漏れる。

驚きすぎて全身が痺れるような錯覚を覚えながら、俺は思いっきり草むらに突っ込む形で飛び退きながらも無理矢理振り返り襲撃者に相対した。

 

「だ、大丈夫ですか?」

あどけない少女が予想外の俺の驚きっぷりに目を丸くしていた。

「……だ、大妖精か」

痛いほどに強く鳴る心臓を抑えながら、俺はほっと息をついた。

マジでびびった。

 

「いつのまに……」

「ふふ、こっそり近づくのは得意なので」

大妖精は、珍しいことにチルノのような仁王立ちを見せながら鼻を高くした。

 

「いや驚いたよ。警戒を怠ったつもりはなかったんだけどなあ」

頭を掻いて感心してみせると、大妖精はいつものようにはにかんで見せる。

「えへへ……それより大丈夫ですか?」

「ん、まあ、これくらいはな」

俺は茂みから脱出しつつ立ち上がった。

 

腕の辺りを軽く切ってはいるが、出血はほとんどない。

せいぜい血が滲む程度だ。

それに今は寺子屋に『俺』がいるから、能力を解けば傷は関係ない。

 

「ご、ごめんなさい」

「唾つけときゃ治るさ」

それでも俺の傷を慌てた様子で見る大妖精に、俺は微笑んで見せた。

「ま、あまり気に病むな。人を驚かせるのは妖精の本文だ。それに今回は警戒が足りなかった俺が悪い。まあでも、驚かすにしても時と場合と相手は弁えるようにな」

なんともどちらつかずな説教を垂れているが、大妖精は微笑んで頷いた。

「はい!ありがとうございます!」

 

可愛いなあ……。

なんだか今朝のお春に似通ったものを感じる。

素直な様子の大妖精に癒されながら、今更になって俺は「そういえば」と切り出した。

「今日はチルノはいないんだな」

高い頻度で大妖精と一緒にいる氷精の姿が見当たらない。

といっても、どちらか一方だけと遭遇することもさして珍しいことでもないので、特別不思議な話でもない。

 

「あ、悠基さんも見てないんですか。チルノちゃん、朝から興奮した様子でどこかにいっちゃって」

眉尻を下げる大妖精に、俺は「ふむ」と腕を組んだ。

「妖精たちがやけに興奮してると思ったけど、チルノもそうなのか」

「まあ、楽しそうだったのは確かですけど……」

 

興奮して人里なんかで暴れてなきゃいいけど……。

なんだか心配だし、一応気にしておこう。

「ん?てかさ、大妖精は平気なのか?」

妖精たちが浮き足立っているのなら、目前にいる彼女もまたそうなのではないかと問いかける。

 

そんな俺の問いかけに、大妖精は満面の笑みを浮かべ、両手を広げた。

「とぉっても、楽しいですよ。こんなにたくさん花が咲くなんて、初めてなんですから」

「初めて?」

首を傾げる俺に、大妖精は力強く頷く。

 

「はい!去年の遅い春だって、こんなにたくさんは咲いていなかったんですから!」

羽を広げると、大妖精は並木道の上を浮いて、舞うように踊る。

「……なあ、大妖精。幻想郷の春って、いつもはこんな風に季節に関係なく花が咲くものなのか?」

「え?いいえ。そんなことありませんよ?」

踊りながら、大妖精は答える。

 

「去年も一昨年ももっと前だって、こんなことはありませんでしたよ?」

「そうか」

浮かれて踊り続ける大妖精を眺めながら、俺は腕を組んだ。

 

どうやら、幻想郷といえどこんな風に季節関係なく花が咲き乱れるというのは例年にない、いわば異常気象の一種だろう。

……もし、もしもだが、この異常気象が幻想郷の中でのみ限定されているならば、という仮定が浮かぶ。

 

「…………まさか、な」

頭に浮かんだ考えに疑問を持ちながら、しかし答えは出ない。

考えても仕方ないか、と結論付けた俺は、しばし鼻歌まで歌い始めた大妖精を眺めて癒されることにした。

 

 

* * *

 

 

「異変、でしょうね」

実にあっさりと、俺の疑問に幽香は首肯した。

「あ、やっぱり?」

そんな幽香に、俺は目を丸くしながらカップをそっとソーサーに置いた。

 

大妖精と別れて一刻半ほど、到着した太陽の畑は予想通りつい数週間前のどこか寂しげな景色を一変させていた。

太陽の花と揶揄されることはあるが、ここの向日葵は格別だ。

一本一本が大きく、力強く、そして美しく咲き誇り、向日葵畑の全貌を眺めれば、黄色い花々からは眩しさすら感じさせる。

そんな景色を窓の外に眺めつつ、俺は幽香と向かい合って穏やかな午後のティータイムを洒落込んでいるわけである。

 

「へえ、こういう異変もあるのか」

「みたいね」

幽香は軽く肩を竦めると、カップを口元に近づけた。

 

「嬉しそうだね」

僅かに上がった彼女の口角を指摘すると、幽香は目を細めて笑みを浮かべて見せた。

「ええ、とても」

 

「……あー、すまないな」

対して、俺は少々気まずい思いで頭を掻いた。

俺の言葉に幽香は目を丸くして首を傾げる。

「どうしたの?急に」

 

「いや、幽香は花妖怪なんだろ?いつもみたいに仕事で来たんだけどさ、この光景を楽しんでたのを邪魔したんじゃないかって」

籠に盛られた苺の山に視線をやるが、幽香は首を振る。

「構わないわよ。貴方とこうして花の話をする時間、私は好きよ」

 

そうして微笑んだ幽香にうっかり息を呑んだ俺は、次の瞬間慌てて目をそらした。

「っ……そりゃ、うん。良かった。お世辞でも嬉しいよ」

まあでも、幽香のような少女にそんなことを言われたなら仕方ないだろう。

チョロい俺の様子を楽しむように、幽香はなお一層笑みを浮かべた。

「嘘じゃないわ。じゃなければこうしてお茶なんて振舞わないもの」

 

「――あ、ありがと……ん……」

見た目年下に見える少女にからかわれていることを自覚しつつ、反撃の術が浮かばないあたり非常に悲しい俺は照れ隠しにカップを呷ることにした。

 

「っ!げほっ」

思いっきりむせた。

 

「何やってるの」

「っ、んふっ、こほんっいや、気にしないで」

本当になにをやってるんだかと自分に呆れ果てながら、楽しげに笑う幽香を見てほっと息をつく。

みっともないを振り切って、今ので頭が冷えたようだ。

 

「それにしても、凄い光景だな」

俺は窓の外の向日葵畑に視線をやりながら言った。

露骨な話題反らしだったが、幽香は「そうでしょう?」と頷いてくれる。

 

「いつもならあんな光景を見れるのはもう少し先の話なのよね」

「これも異変の影響か」

「ええ。そうそう、貴方が植えたマリーゴールドと、あと苺の花も、さっき見たら花が咲いてたわよ」

「…………ついこの間植えたばかりなんだけど……」

 

季節関係なしに花が育っている様は異常気象だと思ったが、植物の成長速度から見て異常現象と言った方がしっくりくる。

「なんというか、ここまで来るとさすがに不安になるな」

ぽつりと呟いた俺の言葉に、幽香は肩を竦めた。

 

「確かにちょっと不思議だけど、楽しいならいいじゃない」

思いのほか暢気な幽香の言い草に俺は思わず口端を上げた。

 

いや、暢気というよりは、慧音さんの言い方からして強い妖怪であるが故の余裕なのかもしれない。

目の前の可憐で陽気な少女を見るにちょっと信じられないけど。

 

「そっか」

どちらにせよ、幽香が楽しそうだし別にいいか。

一人勝手に納得しつつ、俺はもう一度カップに口をつけた。

 

「あら……悠基」

「ん?」

ふいに、声をかけられてカップから口を離す。

どういうわけか、幽香が僅かに目を見開いていた。

 

急に様子の変わった幽香に困惑しつつ、俺はカップを手にしたまま固まる。

「どうかした?」

「いえ、貴方……、――」

何かを言いかけた幽香が言葉を切った。

視線を玄関に向ける彼女につられ、俺もドアを見る。

 

だが、どこか変わった様子はなければ、なにかが起きるということもない。

視線を固めたままの幽香に心の中で首を傾げる。

「なあ、幽――」

 

パリン、と軽く鋭い音が足元から上がった。

 

――え。

下を見ると、陶器の破片が粉々に散らばり広がっていた。

……?

 

中に入っていたのだろう液体が広がっているのを見て、若干の時間を置いて俺は事態に気付く。

右手に持っていたカップが、俺の手をすり抜けて床に落ちたらしい。

幽香が用意してくれたカップだ。

失態に気付いて俺は慌てて視線を上げる。

 

俺の意思に反して、なぜか体の動きは緩慢だった。

「幽香、ごめ」

 

あ、れ、?

 

世界が、正面に座り目を丸くする幽香が、ぐらりと揺れた。

視界がぼやけ、重力が反転するような錯覚を覚える。

気付くと目前に割れたカップの破片が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

「悠基」

――一瞬、意識が飛んでいたらしい俺は、耳元からの柔らかい声に瞼を開く。

目の前に幽香の顔があった。

 

「っ――」

慌てて体を動かそうとして、現状に気付く。

床に横たえられた俺の上半身を起こす形で、幽香が抱くように支えていた。

倒れた椅子と床に広がるカップの破片を見て、俺は自分が急に意識を失って椅子から転げ落ちたことを察した。

「っ、あ」

 

強烈な違和感と倦怠感を感じると同時、胸がまるで熱した火鉢でも当てられたかのような熱さを帯びる。

食道から喉元にこみ上げてくるものを感じ、俺は慌てて幽香から顔をそらしてそれを吐き出した。

 

吐き出したその液体は生暖かく、どろりとした感触で、赤黒かった。

床に散った飛沫を見て、俺は愕然とする。

 

は?

あれ?

俺の――?

え?

何?

なんで?

何があった?

 

「悠基」

落ち着いた声音の幽香に、自分の吐いた血を凝視していた俺は顔を向ける。

「暫くここには来ない方がいいわ」

え。

 

動揺を露に、俺は目を見開いた。

何か、彼女の気に障ることをしてしまったのだろうかと、冷静ではない頭で考える。

「なん――ゆうか、ごめ。っカップ、割っちゃ、って」

喉の痛みで喋ることも覚束ない俺の言葉は、まるで悪戯がばれた子供のようで、幽香もそう思ったのか呆れたように息をついた。

かからないようにしたつもりだったのに、彼女の頬にも恐らく俺が吐いたであろう血が付着しているのを発見して、ますます罪悪感が募る。

 

そんな俺の心境を察してか、幽香が浮かべる笑みは、まるで子供をあやす母性を帯びていいるように見えた。

「違うわ。危ないから近づかない方がいいってことよ。カップのことは気にしないで。貴方のせいじゃないわ」

俺のせいじゃない?

 

幽香の言葉に内心首を傾げると同時、近くで爆発が起きたかのような衝撃音と床が僅かに揺れる感覚がした。

「……礼儀という物を知らないのね」

顔を上げ、玄関の辺りを見ながら幽香は言った。

 

酷い倦怠感に抗いながら、俺も首を回す。

「どうやらやっと毒が回ったみたいね!」

勝気な声を上げるのは、赤いリボンをした小柄な少女。

開け放たれた玄関に、不遜な笑みを浮かべて仁王立ちしていた。

 

いや、玄関のドアが開け放たれたわけではない。

離れた位置に拉げてしまったドアの残骸が転がっていた。

蹴破ったのか、何をしたのか分からないが、どうもあの少女が吹き飛ばしたらしい。

爆発かと思った衝撃音はその音だろう。

 

「貴女ね?この毒は」

幽香の問いかけに少女は「ええそうよ!」と得意気に頷いた。

「強いって噂だからまずは毒を撒いて弱らせたの」

…………なるほど。

 

つまりは、俺は急に意識が飛んだり吐血するようなことになったのは少女の毒のせいか。

アリスが言うには、俺にかかったバリア的な魔法は強力なものではないらしい。

ゆえに、散布された毒がバリアの許容限界を超えたのか。

それとも紅茶に混じった毒を摂取してしまったためかもしれないが、どちらにせよ、体を蝕む激痛は彼女の所業のようだ。

 

他人事のように納得しながら、反面「可愛い顔してやることエグいな」と少女にドン引きしていた。

だが、怖いのは毒だけではない。

ドア板の残骸は、人間にできる所業ではない。

彼女も立派な、しかも見かけによらず結構な力を持つ妖怪のようだ。

 

「幽香」

未だに俺の体を支える少女に目を向ける。

俺は分身をしているから問題はないが、消えてしまうとこの場に幽香が残される。

「逃げろ」

「あら、ふふ」

 

俺の心境とは裏腹に、幽香はあまりにも暢気にクスクスと笑った。

彼女の様子に目を見開くと、そっと床に寝かされる。

「心配無用よ」

そうして立ち上がった幽香に、襲撃者の少女は狼狽えた声を上げる。

 

「な、あ、あんた、毒は?」

……あれ。

確かに、言われて見ればそうだ。

守護魔法のかかった俺ですらこうなのに、幽香には毒の影響が全く見られない。

 

「いいじゃないそんなこと」

その場でただ一人、いつものように優雅な空気を纏わせながら、幽香は首を傾げる。

「それより、貴女お名前は?」

 

ふいの幽香の問いかけに、少女は思わず後ずさった。

「メ、メディスン・メランコリー」

あ、答えるのか……。

予想外に素直な対応に拍子抜けしていると、幽香は不用意にメディスンへ近づいていく。

 

ちょっ。

「ゆうか、危、ない」

掠れた声を出すも、幽香は振り向かない。

 

「や、やろうっていうの!?」

自分がしかけたくせに勝手にたじろいでいるメディスンだが、転がったドアの残骸は彼女の所業によるものだ。

ただものではないと評されている幽香だが、メディスンのその矛先が向くと無事ではすまない。

にも関わらず、幽香は普段の足取りでメディスンに近づきつつ、頷いて見せた。

 

「ええ。でも」

そうして、

「外で遊びましょうか」

 

衝撃音。

突風に俺は思わず目を閉じた。

 

……?

そうして瞼を開くと、先ほどと同様の幽香と……あれ?

メディスンが消えた?

 

急な事態に混乱している俺に、いつもの、雑談をするときと全く同じ様子で幽香は振り向いた。

「あ、悠基」

 

目を見開く俺に幽香は小首を傾げて微笑む。

「また連絡を送るわ」

その、あまりにも悠々とした佇まいと、あまりにもいつも通りの仕草と、あまりにも頼もしすぎる笑顔に、俺は一つの事実を悟る。

 

 

あ、普通に大丈夫そうだ。

 

 

もはや声を出す元気すらないほど衰弱した俺は、虚ろな顔で頷いてみせる。

幽香は頷きで応じると、視線を正面に向けて家の外へ歩き出した。

 

そんな彼女の背中を見納めに、俺は意識を溶かしていった。

 

 

 

後に、幻想郷中で花々が咲き乱れるこの異変は、「花映塚異変」と呼ばれることとなる。

 




章タイトルを「そんな彼とXXX」から「そんな彼と花映塚」に変更致しました。
いやまあタイトルの割りに全く異変とは関係のないお話が20話以上も続いておりますが、「ほのぼの」を謳っている割になんかほのぼのしてなくない?みたいな軸がブレッブレの拙作ですので、その辺りはゆるーく流してくださいすいませんお願いします。

というわけで、主人公、初めての異変です。
初めてといってもこの異変の性質上なにか急展開が起こると言うわけでもなく、多分次回以降も普通に主人公の日常風景となるでしょうけど。
異変についても完全な原作準拠、とはならずオリジナル展開が含まれます。
メディスンが早い段階でいきなり幽香を襲撃したり、とかですね。
そしてメディスンは初登場にして大ピンチなわけですが、まあ一応「ほのぼの」を謳っているので惨たらしいことにはならないはずです多分。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。