慧音さんと別れた後、俺とアリスは人里の茶屋で休憩も兼ねて昼食をとった。
もちろん俺が幻想郷の通貨など持っているはずもなく、アリスの驕りである。
博麗神社に着くまでにあといくつアリスに借りを作ってしまうのだろうかと思うと、肩身が狭い思いをする俺だった。
休憩後、程なくして人里を抜け、そこから更に暫く歩きに歩くと、博麗神社があるという山の麓までたどり着いた。
ここまででかなり歩いたのだが、長い長い石段が山頂まで延びているのを見ると、気が遠くなる。
だが、アリスがさっさとその石段を登り始めたので覚悟を決める。
「おしっ」
と、俺は自分の両頬を叩くと気合を入れ、長い長い石段を登り始めた。
*
「つ、ついた……」
息も絶え絶えに、俺は一番最後の石段を踏む。
日は既に真上を通りすぎ、傾き始めていた。
「ご苦労様」
俺より少し先を登っていたアリスが、労ってくれる。
だが、相変わらずの平坦なトーンで、なんだか社交辞令感が拭えない。
あの長い階段を登っても、相変わらず汗一つ掻いてない。
やはり、魔法を使っているのだろうか。
「ふぅ……」
呼吸を落ち着かせながら、俺は気を取り直して、山頂の博麗神社を見る。
歩いて数歩のところに鳥居が構え、その奥には本殿がある。
「ここだ……」
写真で見た景色だ。
写真の裏に書いてあったとおり、どうやらここで撮影したのは間違いないようだ。
アリスが境内へ入っていくのに従い、俺も鳥居をくぐった。
周囲を見回しながら、アリスは歩みを進める。
おそらく、博麗神社の巫女を探しているのだろう。
だが、人影は見当たらない。
「留守なのかな」
俺が問いかけると、
「どうせ母屋の方よ」
と、アリスは本殿の横を通り裏手へ歩みを進める。
果たして、本殿の奥の方にも平屋の建物があった。
その平屋の縁側で、恐らく中学生ぐらいだろう、奇抜な服装の少女が、湯のみを手にぼんやりと寛いでいる。
……え、あれ……?
「あら、アリスじゃない」
少女は気だるげにアリスに視線を向けた。
「こんにちは、霊夢」
……レイムと、そう呼ばれた少女にアリスは軽く手を上げ挨拶する。
……レイム……。
目を見開き、霊夢を見る。
「なんの用?……って外来人か」
頭の大きな赤いリボンを揺らしながら、霊夢は俺に視線を向ける。
だが、俺の様子を見て、怪訝な表情になる。
「ええ、彼は外の世界へ――」
と、アリスが話しながら俺を振り返る。
だが、霊夢を凝視したまま固まっている俺を見て、話が止まった。
「悠基?」
アリスの呼びかけに、俺はどこかぎこちなく視線を向ける。
頭の中は混乱と困惑でいっぱいだ。
どうして、
なぜ、
彼女が、
霊夢が……?
「あの」
かろうじて、声を出す。
「霊夢」
「何?」
ただならない俺の様子に、訝しげに顔を歪めながら彼女は応じる。
「その、俺は、君を知っているかも、しれない」
一昔前のナンパのような台詞だ、と思考が纏まらない中でそんな感想を抱く。
だが、先ほど人里でも感じた疑念が、ここにきて想起される。
「知り合い?」
アリスが霊夢を見るも、霊夢は首を振る。
「いいえ。覚えがないわね」
「どういうこと?」
アリスは俺に視線を戻す。
「……すごい、馬鹿馬鹿しい話をするんだけど……」
俺は少しずつ思考を整理しながら、ただただしく話し出す。
東方……と、確かそう呼ばれていた。
俺自身は、それほど詳しくないが、友人が熱弁していたのを覚えている。
曰く、弾幕シューティングというジャンルのゲームが原作なのだが、二次創作が非常に盛んで息も長く、その界隈では凄まじい人気を誇る一大ジャンル……らしい。
正直なところそこまで関心を持たなかった俺なのだが、それでも何人かは登場人物を知っている。
知っているといっても、名前と顔が一致している程度だが。
そして、俺が知っている数少ない登場人物の一人が、
「私、というわけね?」
霊夢が自身を指差しながら言った。
俺は黙って頷く。
霊夢は明らかに訝しげな視線を俺に向けてくる。
「つまり、彼女を題材にした物語があるってこと?」
僅かだが困惑を表情に見せるアリスの問いかけにも、「そんなところ」と頷く。
ゲームと彼女たちに言っても伝わらないと思うので、その辺りは適当な言葉を代替に使って話していた。
暫くその場を沈黙が支配する。
俺は、気まずくなり頭をやや大げさに掻いた。
まあ、荒唐無稽な話だよな。
話している俺ですら、逆に信じられなくなってきたくらいだし。
「いや、すまん。やっぱり何かの勘違いだろう。忘れてくれ」
という俺の言葉に、霊夢が嘆息する。
「なーんか釈然としないわね」
半眼で俺を見据える彼女に、俺は軽く頭を下げ、再び謝る。
「変なことを言って悪かったな」
だが、彼女は湯のみを脇に置きながら、「違うわよ」と言う。
「悠基、だっけ?あなたが言ってること、なんだか本当のことのような気がするのよね」
「どういうこと?」
アリスが首を傾げるが、俺も同様である。
「まあ、ただの勘なんだけど」
と、霊夢は縁側から立ち上がる。
「ねえ悠基。あなたはどうして、自分でも荒唐無稽と思うような話をわざわざ私たちに話したの?」
「え……?えぇと」
不意の質問に一瞬考え込む。
「他にも、その話が事実かもしれないという根拠があったのね?」
霊夢のその言葉に、俺は「あ」と小さく声を漏らす。
そういえば、確かに人里のときから感じた違和感が、霊夢を見て確信に変わったのが、その話をするきっかけだった。
霊夢は、俺の数歩前まで近づいてきた。
「ねえ、その『東方』とやらの、あなたが知っている他の登場人物のことを、教えてもらえるかしら」
もしかしたら、この霊夢は相当な切れ者なのかもしれない。
と、俺は、霊夢の視線に息を呑む。
「あ、ああ。まず、あの鈴仙って子だ」
「レイセン?誰よそれ」
霊夢が眉根を寄せる。
「ほら、この前の竹林の屋敷で会った子よ」
「あー、あの大きい方の兎ね。そんな名前だったわね」
アリスの説明で霊夢が得心がいったという風に頷く。
……なんだか今のやり取りで、鈴仙が不憫に感じられたが、それは置いておく。
「俺の記憶では、うどんげ……とか呼ばれてた気がする」
「ウドンゲ……あー聞いたことがあるような」
「確か、鈴仙のフルネームが、鈴仙・優曇華院・イナバだったはずよ。それと、永淋が彼女のことをウドンゲと呼んでいたわ」
首を傾げる霊夢に対し、アリスが思い出すように視線を上に彷徨わせながらスラスラと語る。
ウ、ウドンゲイン……?なんだか強そうだな……。
だが、どうやら俺が知っている知識と一致しているようだ。
「ああ、確かにそう呼ばれてたわね。ていうかアリス、よくそんなこと覚えてるわね」
と感心したように霊夢が言うと、
「あなたはもう少し他人に興味を持った方がいいと思うわ」
とやや呆れ声でアリスが嗜めた。
「それから、慧音さんが言ってたマリサって名前」
俺は、もう一つの記憶を辿る。
「魔理沙?会ったの?」
どうやら霊夢はそちらはよく知っているようで、アリスに視線を向ける。
「私の知る限りでは、ないはずよ」
アリスは首を振った。
「その魔理沙って子は、俺が記憶している限りでは、金髪で、黒い服を着てて、箒に乗ってた。そう、魔女みたいな服装だった気がする」
「……他の特徴は?」
「他……?ええと……」
霊夢が掘り下げてきたので、俺は腕を組み、眉間に皺を寄せつつ記憶を掘り起こす。
………………ああ、そういえば。
「語尾に『ぜ』とか着いてた……ような……」
思い出したことをつい口にしたのだが、なんだこの情報……。
すごい間抜けなことを言ってないか……?
だが、霊夢とアリスは顔を見合わせると、何かを考え込むように、難しい顔になる。
「確かに、言われてみれば、そうかも」
アリスが困惑したように言うと
「なんだか妙な情報だけど、確かにしっくりくるわね」
と霊夢は複雑そうに俺を見る。
だが、どうやら俺が言ったことは正しいようだ。
「……まあ、いいわ。他に知っている人は?」
暫くして霊夢が頭を振って気を取り直し、問いかけてくる。
「ええと、その、東方に出てくるキャラクターで覚えてるのは……あー、チ、チルノ、だったかな」
俺の言葉に、アリスも霊夢も再び困惑顔になる。
「意外な名前が出てきたわね……」
「……他には?」
霊夢が先を促す。
チルノのことはもういいのかな、と思いつつ頭を捻る。
「あーあと、なんて言ったかな、確か銀髪で、短いスカートのメイド服の……て言っても分からないよな」
と、メイド服をどういい返ればいいか一瞬悩むが。
「メイド服ってことは、咲夜ね」
と、霊夢が確信しているかのように断言する。
「そ、そうそう、そんな名前だった……というか、メイド服は分かるのか……」
「他は?」
俺の後半の呟きを聞き流し、霊夢が先を促した。
「あー、他にもいたかもしれないけど……今思い出せるのはこれくらい……かな」
「なるほどね……」
霊夢は腕を組んで考え込む。
暫くして顔を上げると、
「アリス、ちょっと」
同じく考え込むように黙り込んでいたアリスの腕を掴み、俺から若干距離をとってから、声を潜めて話し出した。
どうやら、俺には内緒にしておきたい様子なので、俺は黙って待つことにした。
暫く話し込んだのち、二人は頷く。
相談は終わったのだろうか、と思うと、霊夢がこちらに向かって歩いてきた。
「それじゃあ、アリス。留守番をお願い」
「分かったわ」
霊夢の言葉に、アリスは頷く。
「それじゃあ、悠基」
霊夢は俺の前で立ち止まった。
「外へ、行きましょうか」
* * *
霊夢は一度母屋に戻ると、白い紙のついた棒を手にして戻ってきた。
よく神社の神主さんなんかが、儀式を行うときなんかに持っている物だ。
昔父からその名前を教えてもらった記憶がある。
えっと……ヌサ、だったか。
そのまま霊夢は、俺に着いて来る様に言って、神社の本殿へ向けて歩き出す。
アリスは母屋の縁側に座って俺と霊夢を見送った。
「いってらっしゃい」
「あ、ああ」
相変わらずなんの感情も篭っていないようなアリスの言葉に、俺は当惑しながら応える。
ん?いってらっしゃいって、変だよな……。
そのまま霊夢に連れられ、神社本殿前まで歩いたところで霊夢は歩みを止めた。
「この辺でいいかしら」
霊夢は周囲を見回しながら呟く。
いったい何を始めるのだろうかと見ていると、懐からお札を取り出した。
そして、本殿の間の前から、鳥居の方を向き、直立する。
左手の中指人差し指で札を挟み、顔の前に掲げてなにやら小声で何かを呟く。
そして、右手にもった幣(ぬさ)をゆっくりと頭上に掲げると、上から下へ振り下ろした。
瞬間、霊夢の目の前の空間が裂けた。
見えない布が、幣によって断ち切られたかのように、その軌跡を辿るように真っ直ぐと亀裂が走る。
俺はその光景に瞠目する。
空間の裂け目はそのまま横に広がり、人一人が何とか通れる程度の幅になる。
その向こうは水面のように揺らぎ、セピア色に染まった世界が広がっている。
「鳥居……?」
裂け目の向こうの世界は、揺らぎのせいでよく分からないが、俺はその景色に鳥居らしきものがあるのに気づいた。
ちょうど、こちらの世界の博麗神社の鳥居と同じ位置だ。
俺は目を丸くして、その光景を眺めていると、霊夢は左手に持った札をその空間にゆっくりと差し込んだ。
札は、裂け目の揺らぎに溶けるように飲み込まれる。
「さて」
と霊夢は幣を肩に担ぐと、隣に立つ俺に左手を差し伸べてくる。
「行きましょうか」
手を掴め、ということだろうか。
「あ、ああ」
と俺は応じるままに、差し出された手を握る。
柔らかい、と思った瞬間、俺の手が握り返され、そのまま驚くべき力で引っ張られた。
声を上げる暇もなく、霊夢に手を思いっきり引かれ、俺は裂け目へ顔面から突っ込んだ。
* * *
俺は恐る恐る目を開く。
目の前には小さな鳥居。
博麗神社で見たものと同じ大きさだが、なんだか古く見えた。
「着いたわよ」
背後で声がし、振り返る。
俺が抜けてきた裂け目が、ゆっくりと閉じつつあった。
霊夢がその脇で、パンパンと手を払う。
気づくと、握っていた手を離していた。
「ここは……」
裂け目が閉じ、なにもなくなった空間を見ながら俺は言った。
裂け目があった空間の先には、博麗神社の本殿がある。
だが、先ほど見たものと比べると、随分廃れていた。
それにしても、日が傾き始めたせいか、なんだか肌寒い。
「外の世界の博麗神社よ」
霊夢が応えながら、再び懐から御札を取り出す。
先ほどと同様札を目前に構え、何事か呟く。
と、日差しで分かりにくいが、霊夢の体が淡く発光する。
何かの術だろうか、と目を丸くして見ていると、光はゆっくりと消えた。
「……何したんだ?」
「幻想郷の外では、この格好は目立つからね」
俺の問いかけに、霊夢は体を捻り自分の体を見下ろしながら応える。
外『では』?外『でも』じゃないのか?
「え、そ、そうだな」
霊夢の、胴部分か完全に分離された袖を見ながら、おそらく俺は微妙な顔をしているのだろう。
そんな俺の様子に気づいていないのか、はたまた気づいていて無視しているのか、霊夢は説明を続ける。
「私を知らない人が私に対する違和感を抱かないようにする結界を張ったのよ」
「……そんなことが出来るのか?」
「まあね。さあ、行きましょう」
「どこに?」
歩き始める霊夢に、俺は咄嗟に問いかける。
霊夢は振り返り、俺を見据える。
「着いて来れば、分かるわ」
その短い言葉に、言い知れぬ迫力を感じた。
頭一つ分も小さい少女のなにげない言葉に、俺は気圧され、黙って頷いた。
* * *
あ、れ……?
博麗神社の石段を下り、暫く道を歩くと、程なくして小さな町に着いた。
調度人里の辺りだ。
「おかしいな……」
俺が調べた限りでは、博麗神社は山奥にあったはずだし、近くには町どころか、村や集落が点在する程度だったはずだ。
不思議に感じながらも、自分が調べた情報が間違っていたのか、と自分を納得させ、前を歩く霊夢に着いていく。
少し寂れた商店街を歩いていた霊夢と俺だったが、霊夢がある書店の前で足を止める。
寂れた商店街にあるのが不思議に感じる程度に規模の大きな書店だった。
商店街の他の店舗の倍は敷地を占有している。
「ここか?」
俺の問いに霊夢は頷いた。
そのまま店舗に入ってゆく。
俺は黙ってその後に続く。
ふと、店頭に吊るされているカレンダーが目に留まる。
月捲りの物で、実際に使われているらしく、何度か捲られている。
つまり、今、俺の目に映っているカレンダーの月が、現在の月を示すのだ。
「霊夢……」
呟くような俺の言葉に、霊夢が振り向く。
「今は、何月なんだ……?」
『11月』と記されたカレンダーを見る。
「……何月だと思っていたの?」
逆に問いかけてくる霊夢。
もし俺が『そのこと』に気づいてなければ、「5月じゃないのか」と半ば放心気味に、そう答えただろう。
だが、俺は答えられない。
カレンダーから目を離せない。
年号に記される『平成20年』の文字から目が離せない。
………………?
平成20年………………?
………………?
………………『平成』?
……平成ってなんだ?
年号……なのか?
いや、そんな筈はない。
だって、
昭和の後の年号は、
今の年号は、
『太平』……だろう?
混乱する。
何か、気づいていはいけないことに気づいてしまった感覚だった。
否、なにかしらの違和感はあったのだ。
それが、ここに来て顕著になっただけ……と、そう感じられた。
「なあ、霊夢」
俺は放心気味に呟きながら、彼女を見る。
「『平成』って?」
「…………」
霊夢は、カレンダーを見て、逡巡する。
「……私は外のことはよく知らないけど、年号みたいね」
「日本の?」
「ええ。日本という『国』のよ」
と、霊夢は再び俺に視線を戻した。
……?
霊夢の言い方に、引っかかる。
何気ない言葉なのに、そこには確かに違和感があった。
「なあ、霊夢」
と、壊れたレコードのように再び呟く。
「ここは日本だよな?」
「?ええ。そうよ」
「いや、言い方が悪かった」
眉を潜める霊夢に、俺は頭を振る。
「ここは『日本国(にほんこく)』……だよな?」
「…………」
俺の問いかけに、霊夢は答えない。
だが、その沈黙の返しが、答えと言ってもよかった。
「悠基、私は確かめに来たの」
霊夢が、書店の一角、小中学生の教科書を取り扱っているコーナーへ歩き出す。
「それをね」
霊夢の言う『それ』が、何を示すのか分からなかった。
俺はなにも理解できないままに、霊夢が教科書コーナーから引き抜き俺に差し出した一冊の書籍、中学生向けの歴史の教科書を、黙って受けとった。
主人公の世界には「東方Project」があるようです。メタ的にいえばそういう設定です。
この設定だとちょっとした齟齬があるのですが、まあ追々触れるつもりです。いつになるかは分かりません。
ちなみに主人公は「東方Project」には疎いようです。なのでほぼ死に設定になります。今はかろうじて生きてますが。
平成20年とありますが年代は特に今はないです。メタ的に言えばサザエさん時空なので気にしない方向でお願いします。
やや今更感がありますが、誤字脱字誤用等ございましたらご報告くださるとありがたいです。
それから次回の話はほのぼのした話になりません。