それは突然起きた。
俺が鳥居をくぐったのと、ほとんど同時であった。紅い霧が湖のあたりから大きく広がり空を覆い隠していった。
「貴方が帰れないことの方が重要な気がするし、返したいのも山々なのだけれど、今幻想郷がおかしくなってしまうのは感心しないのよね。この異変が解決するころには貴方も外の世界に帰れると思うわ」
俺が帰ることができないのは事実だ。それに霊夢の言う通り、この赤い霧の異変を解決したら帰れるのかもしれない。
「つまり、この異変を解決するってことでいいんだな?」
「そういうこと。貴方はここで待っておきなさい」
霊夢がお祓い棒らしきものを持つと、霧の中心である所に飛んで行った。
俺はこの異変に覚えがないわけでもなかった。しかし、ゲームの中の出来事である。実際に起きているこの赤い霧は俺がどうこうしても治めることは出来ない。
だから俺は、この神社で大人しく待つことしかできないのである。けれども待っているだけだと落ち着かない。何かが胸の奥でもやもやしている。俺はのんびり神社で待っていられない。自分が行かなくてはいけないと、そんな気がした。
「さっきみたいに飛べるかわからないけどもう一度」
その場でぴょんぴょんと跳ねてみたが、飛ぶことはおろか少しでも浮き上がることさえできなかった。
何故さっきは飛べたのか、わからなかった。
そうなるとやることは一つ。走って霊夢を追いかけるということだ。もう姿は見えないが、向かっていた方向は嫌でもわかるのだ。そして、俺が持ってきた鞄の中に入っているものはライター、携帯の充電器、白紙のミニノートに筆箱。あとは財布だった。
「こんなものが役に立つとは到底思えないな」
それでも何かの役に立つだろうと、小さな願いを内に秘め赤い霧が発生したであろうと思われる所に向かった。
しかし、博麗神社から向かおうと思うと、森ばかりで、上を見上げてもどこに向かって歩いていけばいいのかわからなかった。それでも、俺は歩みを緩めることはせず森を抜けた。
すると村のような、江戸風の街並みが目の前に広がっていた。街を観光したいという気持ちを抑え、赤い霧の発生地へ向かう。
実際の所、走りっぱなしで肩で息をしている状態である。急ぎたいのは山々だが、ずっと走っているのは疲れるので、少しだけ歩くことにした。
そして街を抜けると、また森に入った。しかも、なんだか体力がなくなるのが早いような気もする。
戻りたい。そう思わせるほど体力が減っていくのが感じられる。けれども、俺は戻ったりはしなかった。
「あなたは食べてもいい人間?」
そんな声が、後ろから聞こえた。振り返ると、さっき俺が紅魔郷をやっていた一面のボス。金髪のおかっぱで、そして赤いリボンをつけており、黒いワンピース。まさしくゲームで見たルーミアそのものだった。
「悪いが、俺は食べ物じゃないんだ」
こんなことを言っても彼女は、帰ってはくれないだろう。そう感覚でわかる。けれども言わずにはいられなかった。
「でも、あなたみたいな人間がこんなところにいるっていうことは、食べてもいいんだよね!」
やはり話は食べることから離れてはくれないようである。何か食べ物はないか……そう思い鞄を漁る。
ガサッ
ビニールの音がして、そのままそれが食べ物と確認もせず取り出す。
「メロン……パン?」
メロンパンだった。しかも俺が一番好きなメロンパンであった。けれども、メロンパンと自分の命、どちらが大事か、そんなことは分かりきっている。
「これ、やるから。俺を食べないでほしい。というか俺なんて食べてもおいしくない」
「そんなことはないよ。人間は美味しいもの。でも私に食べ物をくれる人は食べないでおいてあげる」
そう言って、メロンパンを手に取る。
「そ、そうか人間よりもそれの方がおいしいぞ。それは外の世界の食べ物でメロンパンっていうんだ。めちゃくちゃうまいぞ。俺が保証する!」
「でもこれ、どうやって食べるの?」
中身だけでなく袋も食べようとしているルーミアを制してメロンパンを取る。
「ああ、袋ごと食べようとするな」
俺は袋を開けた。開けた瞬間、小麦の焼けた香ばしい香りが鼻を刺激する。
「はい。んじゃ俺急いでるから」
メロンパンをルーミアに渡し、走って先を急いだ。
先ほど、少年からもらったメロンパンという物にかぶり付く。すると、口の中で甘さと香ばしさが広がり、脳を刺激する。
「美味しい……」
黙々と食べていると、無くなってしまった。
「また食べたいなあ」
こうして、宵闇の妖怪、ルーミアはメロンパンの魅力に取り憑かれたのだった。
はてさて、まさかのルーミアがメロンパンの虜になってしまいましたが、いかがでしょうか? こんなルーミアちゃんもかわいいとは私は思います。(まる)
引き続き次話をお楽しみくださいませ。