とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
学園テロ編 ひだまり
学園テロ編 ひだまり
???
『お姉ちゃん、こっちこっち!』
『ちょっと待ちなさい。迷子になったら大変じゃない』
『もう! 待ってたら人並んじゃうよ! 早く早く!』
『いいから。逸れないように手を繋ぎなさい』
ひだまりの下、賑やかな喧騒に満ちた遊園地の中を、姉が引っ張られつつも逸る幼い弟の手を握り締める。
科学技術を駆使した最新のアトラクションがたくさん詰まった夢のテーマーパーク。
今日、初めて遊園地に来た弟は興奮し過ぎて、その前日から寝ておらず、今も感動し目を輝かせている。
でも、遊園地にいる人の数は圧倒的で、その人の波に呑み込まれれば、探すのにも一苦労だ。
もしそうなれば、楽しむ時間が減ってしまう。
『ちぇ、折角今日はお姉ちゃんと一緒に全部まわろうと思ってたのに……』
『そんなの無理に決まってるじゃない。あ、あそこが空いてるわね。じゃあ、あのアトラクションに乗るわよ』
『うん!』
そして、姉弟はあるアトラクションに乗り―――
『え―――』
―――突然、暗闇に包まれた
三沢塾
『“魔弾を装填、即座に、人間の動体視力を超える速度にて、射出を開始せよ”』
拳銃から轟音が鳴り響き、右腕を失った自分に形を持った殺意が襲いかかる。
自分はここで死ぬ、そう覚悟したが―――魔弾は当たらなかった。
それを理解するのに、その時の自分は数秒の時間を要した。
そして、把握した後も、固まったままだった。
『……ごめんね……大好きな…お兄ちゃん』
魔弾に撃たれて血に染まり、己の腕の中で鼓動を弱めていく妹。
死ぬよりも辛く痛く苦しい絶望の味に感覚が麻痺していく。
『し、いか』
これは神様がくれた幸運な奇跡なんかじゃなかった。
自分は不幸から助かった訳じゃなかった。
そう、この上ない不幸に、最悪の地獄に堕とされたのだ。
『あ、あああ』
ここは敵地で命の危機だとか、相手の銃口がまだこちらに向けられているとか、どうでも良かった。
妹が自分の身代りになって撃たれた。
それ以上何を知る必要があるのだろうか。
『詩歌ああああああああぁぁぁッッ!!!』
上条当麻はその時、記憶を失ってから初めて、明確な殺意を抱いた。
とある高校
9月30日。
9月末日であるこの日は、学園都市の全学校が午前中授業となる。
理由は単純で、明日から衣替えだからだ。
東京西部を再開発し、都の3分の1もの面積を誇るようになった学園都市は、180万人前後の学生を抱えており……となれば衣替え1つを取り上げても服飾業界は大忙しだ。
実質的な採寸や注文は大覇星祭前後に済ませているので、今日行うのは新調した冬服の受け渡しだけとなる。
しかし、そうであっても1つのイベントとして大混雑が起こる辺りにスケールの特殊性が見出せるだろう。
また、新しい服を『慣らす』意味も含めて、この日から冬服を身にまとうのも風習の1つとなっている。
今年に入学の新入生の上条当麻のように衣替えに縁のない学生にとってはただの午前中授業である。
今日の混雑に巻き込まれて、バタバタと慌てているのは主に2年生や3年生で、1年生には全体的にのんびりしているものだ。
でも、最高学年ではあるが、事前に用意している者もおり、
『ふふふ、どうですか? 当麻さん、今年度初披露です!』
ベージュ色のブレザーに紺系チェック柄のプリーツスカート、そのスカートから伸びる足にはその白皙の肌に映える黒のニーソックス。
今朝も、わざわざ常盤台学生寮からではなく、自分の部屋で着替えた妹の姿に新鮮味を感じ、自然と頬が綻んだ。
ただ、夏服と比べ、全体的に露出は少なくなっているのだろうが、ちょっとスカートが短いんじゃないかと、そして、スカートとニーソックスの間に見える美脚の太股、所謂、絶対領域と呼ばれる部分に心が熱いものを―――じゃなくて、ちょっと危険過ぎやしないかと。
ただでさえ、十人いれば十人共振り返り、その内の半分は釘づけに足を止め、感嘆の息を漏らすであろう幻想的ともいえる美貌の持ち主なのだ。
やはり、ここは邪な狼共が近づかないように、より警戒に……とそれはさて置き、記念に1枚。
父さんからも催促されているし、土御門の野郎にもわからせてやるために、それから、お兄ちゃんとして―――
『とうま……ナニヲシヨウトシテルノ?』
―――やめておこう。
振り向かなくても分かる。
背後で、瞳から光彩を無くした居候のシスターがその牙を研いでいらっしゃるのは。
朝から流血沙汰は勘弁願いたい。
『当麻さんも良く似合ってますよ。はい、とっても格好良いです』
『よく似合っているぞ、詩歌』の返し言葉で、そう言われたのは少し苦笑してしまったが。
平均的な身長と体重に、でも、運動部には所属していないが鍛えられた身体には少し自信があり、この黒くてツンツンしている髪型は一応、ファッション誌を参考にしている。
しかし、妹と比べれば、自分は平凡な容姿をしている|(と思う)。
なので、服装を褒められても、嬉しい事は嬉しいが、ちょっとは身嗜みに気を使うか、という程度だ。
詩歌は妙に自分の事を持ちあげてくるが、まあ、それは兄妹としてだからだろう。
他の女の子からそんな事は一度も………
さて、今は3時間目と4時間目の間にある、10分程度の休み時間。
上条当麻は廊下の窓を開けて、外の風景をぼけーっと眺めていた。
前の数学の授業が死ぬほど退屈で、数秒ほどだがうたた寝してしまったのだ。
おかげで、昔の悪夢のような失敗談を思い出してしまい、眠気と共に鬱蒼とした気分をすっきりさせようと、休み時間が始まると同時に水飲み場で顔を洗ってきた所だった。
それでその後も頭を空っぽにしながら、窓枠に肘を突き、残暑の厳しさも引いた秋の初めの緩やかな風を浴びつつ、ポツリ、と、
「はぁー……一度でいいからモテてみてーな」
常盤台中学 詩歌の教室
グシャアッ!
不意に詩歌が持つちょうど空になったお茶のペットボトルが握り潰される。
「ど、どったの詩歌っち!? いきなり!?!?」
マンツーマンで宿題を教えてもらっていた陽菜は、怨念染みた陰影のある暗い笑みを浮かべる親友の姿に思わずたじろぐ。
まさか、授業中に眠そうに大きな欠伸をして、今も教えてもらっているのに背筋を伸ばしたあまりの学習態度に呆れられた?
「フフフ、いえ、ちょっと当麻さんがとっても面白い発言をしたような気がしまして、ね……」
「へ、へぇ~、そうなんだ……」
……とりあえず、自分に非がなくて良かった。
しかし、しっかり距離は取る。
普段は聖母のように大抵の事は許容できるほど懐の大きい親友だが、ある一点の事だけ沸点が低い。
例え、遠距離でいようと、その科学では説明がつかない竜神家の血を引く女性特有の第六感が不穏な発言をキャッチ。
「後で色々とお話ししないといけませんね……フフ、フフフフ」
(当麻っち、アーメン)
この潰れたペットボトルが彼の末路でない事を祈る|(その呪いが届いたのかは知らないが、悪友2人に愚兄の顔がそれと同じように潰され、その後さらに鉄壁の女子生徒に鉄槌が下された)。
それはさておき、話題を変えないとこの魔笑の凍気に凍えてしまいそうだ。
「で、でさ。その大荷物はなんなんだい? 今日は短縮授業であまり道具は必要ないかと思うんだけど」
「ああ、これですか」
陽菜が指摘したのは鞄以外に机にかけられたもう1つの大きな袋。
詩歌はそれに手を伸ばすと、丁寧な手付きで取り出したものを机上に置き、
「じゃじゃーん! 詩歌さんのハンドメイド、『ゲコ助』です」
学生カバンと同じ程度の大きさのカエルの人形。
おそらくハンドメイドと言う事は手作りで、そのモデルは『ゲコ太』と呼ばれるキャラクターだろう。
市販で売られていても遜色のない出来栄えだが、手先が器用過ぎる彼女にとって見れば……
「この『ゲコ助』の特徴は何と声に反応して動くんです。しかも、体表から発電系能力者の発する微弱な電流を蓄積して充電もできるんです」
『おはようございます』と起動命令に反応し、ピクッと顔をあげ、
『ばんざーい』と話しかければ、両手をあげ、
『こんにちは』と挨拶すれば、『げこげこ』と返し、
『おやすみなさい』と停止命令をすれば、そのまま、くてっと力が抜ける。
音声認識で反応し、遊び方で性格も変わるシステムが組まれている。
昔から妹分には甘いとは知っていたが……どうやら、中々の気合の入れようだ。
人形の頭の上に手を置きながら、陽菜は呆れた声で、
「いや~、これ、普通の手作りの領域から逸脱しているような気がしない訳でもないけど、すごいねぇ。きっと美琴っちも大喜びさね。でも、もうそろそろ大人っぽいのが良いんじゃない?」
生粋のゲコラーである彼女なら、この『ゲコ助』に大満足するのだろうが、これは明らかに小学生向けだ。
中学生なら、そろそろ卒業しなくちゃいけない、と。
「はい? これ、美琴さんのじゃないですよ」
え? と陽菜は驚き、手を止める。
「あれ、これって、発電系能力者でカエル大好きっ子の美琴っちに作ったものじゃないの?」
充電機能に、会話機能、そして、デザイン。
これの条件に当てはまりそうなのは、御坂美琴だと思っていたのだが。
「はい、これは本日退院する女の子に用意したものです。とっても可愛いくて、ちっちゃいものクラブとして、メロメロです」
「へぇ~、そうなんだぁ」
そういえば、愚兄を除いてあと1つ。
親友は小さくて可愛いものにも沸点が低い。
気に入った者には問答無用で着せ替え人形にし、映像記録に残してしまうほどだ。
自分の容姿が、彼女の好みから離れた背が高くスリムな体形で良かった、とつくづく思う。
それでも、この人形は大変クオリティが高く……ん?
「……ちょっと気になるんだけど、このカエル、もうちょい顔なんとかならなかったの? 小学生の女の子向けだったら、こう…ほんわかと愛嬌が良さそうな感じでさぁ」
「ふふふ、これで良いんですよ。このモデルは『彼』ですから」
詩歌は悪戯っぽく笑いながら、“つり目で赤い瞳、そして、どこか不機嫌な仏頂面した”『ゲコ助』の頬を突いた。
「……で、私が頼んだアレはどうなってんの?」
「アレ? ああアレですか。陽菜さんがどうしても頼むから試作型を作ったんですけど、旅行から帰ってきたらなくなってました」
「ええーーーっっ!!」
とある病院
病院の、立ち入りを禁止していると言う訳ではないが、自然とあまり人が立ち寄らない臨床研究エリア。
仰々しい名前に反してポカポカと暖かい日差しを取り込むこの区画の廊下に5人の少女が横一列で並んでいた。
彼女たち全員、茶色い髪に、透き通ったような肌と瓜二つで、さらには、目の形から色、光彩、DNAに至るまで全て一致しており、服装も灰色のぶり―つスカートに半袖の白ブラウス、袖無のサマーセーターと、やや季節遅れ名常盤台中学の夏服で統一されていた。
彼女達は、とある能力者のDNAによって生まれたクローンで<妹達>、<欠陥電気>、Level5の軍用量産モデル、と呼ばれている。
そして、遺伝子操作や薬物を用いた成長促進剤などの影響により寿命が削られ、それを打開するために病院で様々な処置を受けていたが、それも今日で第2段階へと移行する。
今までは、練習代わりにとある施設のお手伝いをしながらの病院暮らしだったが、これからは少しずつリハビリのために外へ出ていくのだ。
所謂、社会デビューと言う奴だ。
<妹達>の面倒を見てきたカエル顔の医者は、ウェイターが持っていそうな小型クリップボードを片手に彼女達に話しかける。
「で、外出着は全員常盤台中学の冬服で良かったのかな?」
「問題ありません、とミサカ10032号は返答します」
答えたのは5人の内の1人。
彼女達は名前ではなく
これは製造段階から定められている習性で、カエル顔の医者が付けたものではない。
「サイズの方は5人一緒で良いのかな?」
医者はクリップボードに『注文』を書き込みつつ言う。
質問に対して、<妹達>は顔を見合わせる事もなく、何を当然な事をと言った顔で、
「いちいち計測するまでもなく全員一致です、とミサカ10032号は答えます」
「全てのミサカは同一の遺伝子から製造された量産モデルですから、とミサカ13577号は捕捉します」
「そのように作られている以上、サイズの差異など考える必要はありません、とミサカ10039号は結論付けます」
「み、ミサカは……」
途中で1人、言い淀む。
「「「……?」」」
3人の<妹達>が歯切れの悪い台詞に振り返ると、検体番号19090号が目を逸らして身を縮めていた。
両手を使って上半身を隠そうとしている意図が受け取れる。
10032号――通称、御坂妹は、ほんの僅かに怪訝な目をすると、ふと何かに気付き、19090号の元へと近づいていく。
そして両手の拳を握ると親指だけを立てて、ひっくり返し、左右の親指を彼女のスカートと身体の間に、ズボッと突っ込んだ。
「むっ!? スペックシートではぴったりのはずなのに親指が2本も入るほど余裕があります、とミサカ10032号は緊急報告します!!」
「全てのミサカは同一であるはずなのに、とミサカ13577号は驚愕を露わにします!」
「ウェストもそうですがその他はどうなのですか、とミサカ10039号はあくまで冷静な態度で精密検査を提案します」
言葉に従って御坂妹がスカートに突っ込んだ指を抜いて上へと持っていこうとすると、19090号は両手を使って迎撃。
他の個体とは違い、顔がちょっぴり赤くなったりと感情表現も多彩な気がする。
と、その時、
「憐れですね、とミサカ9982号は不甲斐ないミサカ達に落胆します」
普段の無表情より、若干眉を寄せている3人の<妹達>が検体番号19090号から同時に意識をスライドさせると、そこに5人目の<妹達>、検体番号9982号――通称、美歌が胸を強調するように張りながらこちらを高い所から見下ろすようにこちらに視線を送っていた。
「いきなり、何を。ミサカ9982号もミサカ達と同じ―――なっ!?」
「どうしましたか、とミサカ13577号はミサカ10039号と視線を合わせ……ま、す―――なっ!?」
「あわわわわ、い、異常事態が発生しました、とミサカ19090号は動転します!」
ゲコ太の缶バッチを除いて自分達と全く同じ容姿をしているはず……なのだが、よくよく見てみれば、美歌のバストのサイズが他の<妹達>の姉譲りのものよりも僅か、でも、見て分かる程度に大きい。
横に他の<妹達>がいるのでその違いは良く分かる。
「……それはいったい、どうしたのですかとミサカ10032号は平静を装ってどうにか訊ねます」
静かに、されど念を込めてその相違点を睨みながら御坂妹は問う。
「ミサカ達がお姉様と同じDNA マップから生まれているとはいえ、食事、運動、顔や体格に個性は出ます、とミサカは日頃の努力を怠ったミサカ達に上から目線で教えてあげます」
余計な事を言ってしまったか、とカエル顔の医者は内心で後悔する。
女性と言うのは痩せて、メリハリが出ている方が優秀であり、優秀な女性を男性は選択する傾向が強い、と言った偏った知識を教えたらこんな調子だ。
これらはカエル顔の医者の偏見込みの趣味嗜好なのだが、そもそも<妹達>に男性の知り合いが極端に少なく、彼女達にとってはカエル顔の医者=一般男性であり『この男がそういうならあの高校生もそう思っているのでは?』や、また身近にいるお手本の女性を参考にしており『それにあの方のような容姿が好ましいのではとミサカはゴニョゴニョ考え込んでみます』とかいう結論を弾き出したらしい。
そしてどこから仕入れてきたのか『世の中には薬指にはめる特別な指輪と言うものがあって、それを手に入れるには何事も優秀な方が良いらしい』と言う正解なんだか間違っているんだか判断に困る知識を基に行動している為、<妹達>の間にも少しずつ個性と言うのが現れ始めているようだ|(もっとも、それを自覚しているのは極僅かだが)。
「くっ、つまりは他のミサカ達に内緒でコソコソと
「全てのミサカ達を束ねる20001号<最終信号>は何をしていたのでしょうか、とミサカ13577号は使命や役割と言う言葉を使ってみます」
「あの小っこいのにはその行為が何のための努力か分からなかったのかもしれません、とミサカ10039号は心乱さずに推測して見ます」
其々が好き勝手に言い合っている最中、カエル顔の医者は言う。
「しかしそれほど色めき立つ事は無いだろうね? 君達はすべて同一の個体なんだから、その9982号さんと19090号と同じ事をすれば同じ分だけ変化が訪れるだろうさ」
「「「……、ッ!!」」」
グリン!! と3人の<妹達>が2人へ高速で振り返る、も、
「ノウ。情報を得たいなら対価を用意する事です、とミサカ9982号は極秘資料の開示を拒否します」
と、そこで美歌は線を引くように19090号の肩を抱き寄せる。
ぐぐぐ……、と悔しがる3人の<妹達>に優越感に浸りながら、
「さあ、ミサカ19090号、負け犬ならぬ負けミサカ共は放っておいて、情報交換をしましょう、とミサカは勝ち組の道を邁進します」
「え、あ、あのミサカは……――? あれ何か硬い感触が、とミサカはミサカ9982号の胸に何か違和感が……」
はっ、しまった、と美歌は慌てて、19090号を引き離すが、遅かった。
何かに気付いた御坂妹を筆頭に3人の<妹達>に囲まれてしまい。
一斉に身ぐるみを剥がされる――とそこにあったのは<妹達>に支給されている下着ではなく、それよりも少し、ちょうど他の<妹達>との差異分だけ厚みのある豊胸器具だった。
つまり、
「所詮は贋物だったと言うわけですか、とミサカ10032号は呆れを通り越して憐れみます」
「それで勝ち組のフリをしてミサカ19090号から情報を聞き出そうと、ミサカ10039号は憐れみよりも怒りを覚えます」
「ということは、ミサカ9982号はほとんどミサカ達と変わっていない、とミサカ13577号は安心します」
「ち、違います、これは見かけ倒しではなく、詩歌お姉様がルームメイトの為に開発した<
ギランッ、と御坂妹達の目が光る。
そして、美歌に視線が集中している間に、唯一の一足お先に痩身テクを身に付けた成功者、19090号はじりじりと後退しつつ、
「逃がしません、とミサカ9982号は<巨乳御手>を死守しつつ、ミサカ19090号を―――」
「ミサカは自身の危機管理能力に従い逃亡します! とミサカは―――ッ!!」
叫び終わる前に他の<妹達>が飛び掛かり、大混戦へと陥り、その時、興奮した際の高圧電流せいで<巨乳御手>が不良品になってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<妹達>が暴れ回っているのと同じ病院内に、芳川桔梗という女性がいる。
学園都市に存在する
『優しいのではなく甘い人格』を自認している彼女は、総数2万強ものクローン人間を作り出し、その内のおよそ半分を『実験』の過程で殺害している。
実際に手を下したのは絶対能力者候補と呼ばれていた、とある超能力者の学生なのだが、それが言い訳になるはずがない。
それを指示しお膳立てしたのは自分たちなのだ。
今、刑務所で罪を償っている天井亜雄と言う同僚と同じ、彼女もその牢屋の中にぶち込まれても文句は言えない。
そして、現在では『実験』は致命的欠陥があるとされ、凍結ではなく中止となっている。
だが、それは『実験』に関する全ての事柄が、その時点でスッパリと消えてなくなった訳ではない。
殺されるためだけに作られた少女達と、彼女達を殺すだけを命じられ続けた超能力者……特殊な環境や体質を得ているとはいえ、やはり彼らは人間の子供達だ。
その上にのしかかる精神的な重圧は想像を絶するものだろう。
個人の問題はもちろん、彼らの間には絶対的に深い溝があり、その人間関係など壊滅的の一言に尽きる。
普通に考えれば構築などできっこない……と思うのだが、
「やだーっ! ってミサカはミサカは拒絶してみたり!」
肩まである茶色い髪と同色の瞳に、空色のキャミソールの上から男物のYシャツに腕を通して羽織った少女。。
肩に提げられたスポーツバッグの上にチョコンと正座して、徹底抗戦の構えで領土権を主張する―――打ち止めと呼ばれる『殺されてきた方』
「オマ……ッ!! 人が肩で担いでるバッグの上ではしゃいでンじゃねえぞクソッたれがァ!!」
退院したばかりの病み上がり。
歩くのに現代的な杖が必要な杖つき。
そして、『殺してきた方』
そんな色の抜けた白い髪と赤い瞳が特徴的で、灰色を基調としたい服を纏っている『一方通行』と呼ばれる少年は見た目が10歳前後の打ち止めを乗せたスポーツバックを、杖をつきながら持ち上げている。
打ち止めがブランコを漕ぐように揺れて、その度に一方通行もフラフラ……この通り、当の被害者たる彼らは今日も元気である。
8月31日に額に弾丸を受けて入院していた一方通行だが、1ヶ月を経てようやく退院の許可が下りた―――が、厳密に言えば身体が治ったのではなく、やるべき処置は全部施した、というのが正確である。
砕けた頭蓋骨の破片によって傷つけられた脳の後遺症は抜け切れておらず、今も首に巻いたチョーカー型の電極によって機能の一部を補っている状態である。
それがなければ言葉を交わす事もできない、とまではいかないが、自分の足で立つ事ができず、計算や言語に少なからずの影響が出る。
まぁ、あれだけの傷を負って、日常生活に戻ってこれただけでも奇跡的ではあるのだが。
そんな事情もあり、彼らは現在病院の正面玄関に立っている。
芳川も天井と同じように自首をすべきかと悩んだ事もあったが、知人に連行されていく直前に彼に諭された。
『あの『実験』の『研究者』として、私は私の罪を晴らす。だが、貴様は、『研究者』としてではなく『先生』として、その罪を贖うのだろう?』
と。
だから、彼女はこの役を引き受けた。
やらなければならないのではなく、これは自分でやりたいから。
これこそ芳川桔梗が歩みたかった道なのだから。
「はいはい。じゃれるのは楽しいんでしょうけど迷惑よ」
ここは出入りの多い病院の玄関口。
遊んでいれば、他の患者さんたちにもいい迷惑であろう。
良い大人の手本としてきっちりと注意しなければ。
けど『ミサカは遊んでないもん!』と重心を下へ下へと押し付けてますます頑固になられたり、『この滴り落ちるほどのレジャー感覚が遊びじゃなけりゃ何なンだよオマエ!!』と幼子がかける重圧に押し潰されそうになるもやし……
これは彼女が書き貯めている『打ち止めさんを大人しくさせる100の方法』、『あー君を黙らせる100の方法(ほとんど物理)』、攻略法シリーズに目を通しておけばよかったか。
とかく、早速面倒になったのか芳川はそういったやり取りを聞かずに玄関から少し離れると、待たせてあったタクシーの運転手に軽く手を振る。
ゆったりと手慣れた動きで乗用車がこちらへやってきた。
一方通行が、打ち止めの乗っかった荷物を運転手に掲げて、トランクに押し込むと脅したが、そこは流石に打ち止めも後部座席に避難した。
一方通行も、後部座席にスポーツバッグを投げ込んで打ち止めをムギューと押し潰すと、空いたスペースに腰掛ける。
後部座席は人数的にまだ余裕があったが、あのドタバタに巻き込まれるつもりはないので芳川は助手席の方に回る。
とそこで、念のために、
「彼らは退院直後のシャバの空気でハイになっています」
「あはは、子供さんの場合はそれぐらい元気があった方が良いんじゃないですか」
運転手は子供好きなのか、騒がしいのを気にせず、目尻を下げる―――が、
「あと小さい方は車に慣れていないので吐くかも」
「ッ!?」
運転手がビクゥ!! と体を震わせた。
新人かな、と芳川は適当な評価を下した。
ただ、後ろのドタバタした音から、一方通行がスポーツバッグを確保して打ち止めから離れていくのが分かった。
実は芳川のハッタリで、この文句を言っておくと運転がより丁寧になると言うだけだったのだが、あんまりメジャーな裏技ではなかったようだ。
今更一方通行にハッタリでしたなんて種明かしをするのもの面倒だし、と誤解を解く気はないが。
生卵の運搬業者のようにタクシーは滑らかに発進する。
芳川は運転手に行き先を告げ、メーターの上にあるデジタル時計を確認すると、時刻はもうすぐお昼の12時といった所だ。
先の吐くかも宣言を本気で信じた一方通行は、近づいてくる打ち止めの顔を掴んで遠ざけながら、怪訝そうな顔で芳川の後頭部を見た。
「どこ向かってンだ」
「私の知り合いが働いている学校。待ち合わせみたいなものよ。キミ、今の学校を辞めてしまうのでしょう? それが何を意味しているのは分かっているわよね」
学園都市に住むほとんどの学生は寮を利用しており、中には街のパン屋などに居候しているケースもあるが、それは極めて稀だ。
この街で学校|(正確には学校含む能力開発機関)の枠から抜けるというのは、同時に寮という住所を失う事でもある。
常に学園都市の不良達から狙われ、寮の部屋も荒らされている一方通行には住処に対する未練はなく、家具だって1つ残らず壊されているだろうから価値もない。
だが、屋根のある空間を奪われるというのは結構大きな出来事だ。
そういったリスクを負ってでも、一方通行が学校を捨てるという選択を採ったのは、
「
一応、直接的にその『実験』を行ってきた機関はもう潰れている。
しかし、<妹達>を使った研究施設が消えたとしても呪縛が全て解ける訳ではない。
彼の通ってきた学校にも、規模の違いこそあっても『
教室の生徒は彼1人だけという、実質的には実験動物を隔離する飼育小屋のような四角い空間が。
あらゆる意味で血まみれの世界と決別するなら、これまであった全てを捨てるしかない。
研究所も、学校も、学生寮も、その全てを、だ。
だから、今度はそういった『強い意志』を“持たない”学校を選ぶしかない。
あらゆるベクトルを操作し、Level5の中で唯一のLevel6候補――一方通行という魅力的すぎる研究対象を前に、本当に目の色を変えない研究者など存在するかどうかは分からないが、探すしかない。
何故なら、あまりにも特殊すぎる一方通行や打ち止めは、学園都市の『外』には居場所がない。
そして、学園都市内部で学校を利用しなければ、後は路地裏の<スキルアウト>のように生きていかなければならない。
学園都市最強のLevel5序列第1位がそんな選択を採れば、待っているのは全ての破滅だ。
一方通行は唇を歪めて、助手席に座っている芳川に言う。
「で、今後はオマエの管理下に収まるっつーのが統括理事会の決定か? まァ、オマエだったら研究分野的にもおあつらえ向きだとァ思うけどよォ」
芳川はかつて『実験』に参加していた研究メンバーで、打ち止めなどのクローン製造の他に一方通行のメンテナンスも行っていた。
『
芳川に色々調べさせて、新たな能力開発技術に応用できれば莫大な利益が得られるはずだ。
どこまで行っても何者かの思惑や影響を感じ続ける。
まぁ、一方通行がこれまで出会ってきた人間の大半は外道の一言に尽きるような連中ばかりだ。
そういった大人達よりも、ただの研究者ではあるが芳川の方が幾分かマシ。
無論、彼女のやり方に納得がいかない場合はさっさと叩き潰して他を当たる予定だが。
しかし、芳川桔梗は振り返りもせず、首を傾げると
「あら? 彼女から聞いてなかったの?」
「あン?」
「私はキミの次の管理者ではないわ。冷静に考えてご覧さないな。今の芳川桔梗は研究職を終われて無職に近い状態よ。しかも『実験』当時と8月31日の2回もキミが中心となる事件に関与した。これで保護者や務まると判断したなら統括理事会は全員今すぐ首を切るべきだわ」
「……って事はナニか? オマエはただの使いパシリってトコか。これから俺達を見知らぬ研究者に引き渡すっつー訳だな」
「猜疑的ね。キミの生活環境を見れば当然でしょうけれど。ただ、その意見には2つの間違いがあると指摘しておくわ。1つ目はキミも知っている人に引き渡すつもりだし、2つ目はその人は研究職の人間でもない」
「―――、」
一方通行は目を細めて芳川の言葉を頭の中で珍味する。
信用ならない。
隣に座っているこのガキの存在が気に喰わないが、この程度のハンデを抱えていても敵対者を叩き潰せる。
これから長期間にわたって見えない襲撃者を警戒し続けるよりも、ここで顔を見てから丁寧に潰していった方が手っ取り早そうでもある。
(……退屈な事になりそォだなァ……。ン? そういやァ、最初に、『彼女から聞いてなかったの?』って……『彼女』ってアイツの事だよなァ。そういや、あの時に―――)
と、そこで完璧に無邪気な打ち止めが呑気に言った。
「研究者じゃない人なんて、もしかしてヨミカワ、ってミサカはミサカは手を挙げてから発言してみたり」
「正解」
芳川は楽しそうに答える。
ヨミカワというのは、芳川桔梗としても数少ない『表世界の友人』であり、学園都市の<警備員>を務める女性の事だ。
一時期、暫定的に病室の一方通行と打ち止めの面倒を見ていたジャージ女である。
言われるまでその可能性に気がつかなかった一方通行は小さく舌打ちをした。
それを聞いた芳川は何を勘違いしたのか面白そうに、
「残念ね。上条詩歌さんはまだ学生で、あなたの面倒を見れる余裕はないの。でも、これからも時々お世話しに来たいからって、今日も一緒に愛穂の家に付き合ってくれるそうよ」
上条詩歌というのは、一方通行にとっての唯一の『表世界の友人』―――ではなく、ただのお節介な女子学生だ。
その実力を認めており、入院していた時もあれこれと世話を焼いてくれ、そして、命を救ってもらった恩もあるし、信頼できる相手………だが、ある意味で外道な大人達よりも非常に厄介な相手でもある。
「おい……、何勘違いしてンだァ? 俺がいつアイツの面倒になりてーっつったか」
脅迫ともとれる低いトーンで、威圧をしながら問うが、
「あら。私、アナタじゃなくて、打ち止めに言ったつもりなんだけど」
より笑みを深める芳川に、一方通行は奥歯を噛み締めながら助手席から視線を逸らし、忌々しげに車窓の外へと視線を移す。
「詩歌お姉様も一緒なの! ってミサカはミサカはテンションを上げながら聞いてみる!」
「ええ、退院祝いにプレゼントも用意してくれてるそうよ」
それとは逆に打ち止めはきゃいきゃいと嬉しそうにソファに身体を跳ねさせて喜びを表現する。
打ち止めにとってみれば、詩歌は<妹達>の恩人でもあり、母親や姉のような人物だ。
一方通行もまた認めている。
万を救い、表の世界を照らしてきた、万を殺し、裏の世界に沈んでいた自分とは違う正真正銘の『本物』よりも『本物』な『
「絶対の信頼のおけると思える相手は貴重よ」
芳川は振り向かずに告げる。
「キミは、これから他人からの甘い言葉に警戒する癖はきちんと身に付けておくべきだと思うわ。守るべきものの価値を知っているのなら、特に。でも、味方になってくれる人を頼りにするのも身に付けるべきね」
「……」
一方通行はそれに答えず、ただ無言で流れていく風景を眺める。
打ち止めだけはやり取りに気がついていないようで『え? ヨミカワと詩歌お姉様じゃないの? ってミサカはミサカはあなたの肩をぐいぐい引っ張ってみる』とか言っていた。
道中
お昼になったので学校は終わった。
特に部活などに参加していない当麻は、後は寮に帰るだけである。
彼は下駄箱で革靴を履いて、テクテクと学校の敷地の外へ歩きながら考える。
事の始まりは、いきなり土御門と青髪ピアスが左右のこめかみに正拳突きを打ち込まれ万力のように押し潰された騒動の後の青髪ピアスの一言。
『ほらこの欄にある『肩揉みホルダー君』ってのがあるやろ』
漫画雑誌の裏表紙に載っている通信販売のカラー広告。
その見本写真の1つに『肩揉みホルダー君』――15~20cmのプラスチック製のU字器具|(おそらく、U字の部分を肩に直接はめて使う)が2個セットでお買い得と掲載されていた。
ここ最近、肩こりに悩まされている青髪ピアスは、これは効果があるのかと当麻達に相談して来たのだ。
当麻もこの『肩揉みホルダー君』は深夜の通販番組で宣伝されていたのを目撃した事がある。
が、
『こりゃ多分ブラフだぜぃ。特に『気持ち良かったか気持ち良くなかったか』なんてのは明確な数字で示せるものじゃないし、『テストメンバーは全員気持ち良いと答えました。あなたは知りませんけど』ってオチじゃねーのかにゃー?』
と言う訳だ。
義妹、舞夏に揉んでもらっている土御門からすれば、こんなものはインチキで、効果は無い。
当麻も妹、詩歌に2日に一度、全身をケアしてもらっている、と話したら、―――『自慢かいな! マイラブリーエンジェル詩歌ちゃんにマッサージしてもらえるなんて、めっちゃムカつく!!』と青髪ピアス、そして、土御門まで『俺は肩揉みでも3日に一度だけしかしてもらえないんだにゃー!!』―――とキレられ、
『いや、詩歌の|(マッサージの際の)手はすっげー気持ち良いし、この前も終わりには|(耳掃除をして)溜まっているモンをスッキリさせてくれんだが、ちょっと、いや結構、生殺しと言うか青少年的に我慢しなくちゃなんねーから、精神的にきつくて………』
と切々と苦労話を語ったのだが、『『ぶっ殺す!!!』』、と1人は漫画雑誌を武器にして、もう1人は急所を容赦なく狙ってきた。
血涙を流すその表情には本気の殺意が見て取れた。
その後、満足するまで2人の猛攻を捌きながら、話を元に戻して、
『肩こりなんて一言で言ってもいたむ個所やレベルは人それぞれだろうし、男女でも効果が違ったりすんじゃねぇの? それら全部まとめて『肩こりなら何でも解消!!』って言ってる時点でちょっと怪しいかな』
それでも『そんなの実験してみんと分からんやないかい!』と青髪ピアスがしつこく食い下がる。
そこで、以前、詩歌がふと当麻のクラスメイトに通販グッズに目がなく、肩こりに悩まされている女子がいるとの話をされたのを思い出して、
『吹寄! 一生のお願いだから揉ませて!!』
と、教室で姫神秋沙と世間話をしていた通販で健康系のグッズ収集が趣味な巨乳少女――吹寄制理に実験に協力してくれるようたのんだのだが、何故かブチ切れて土御門、青髪ピアスと共に瞬殺された。
そこで、当麻は『揉ませて吹寄』では少々馴れ馴れしいかったか? と考え、『揉ませて下さい吹寄サマ』と謙ってみたのだが殴られ、そこで、今度は季語を取り入れて排句形式でいってみようと『拝啓、秋の色も深くなり~~』から始めたら頭突きで吹っ飛ばされ、
朝はほのぼのクラスだったはずなのに、教え子が問答無用で凄惨な不良バトルを繰り広げていた事に担任で本日最後の4時限目の化学を担当する小萌先生は気絶してしまい、ストッパー不在のまま、最終的に、
『わ、わかった、詩歌に揉ませてもらえるか頼んでみる』
と別れようとしたらマウントポジションで骨と骨とを衝突させるくらい本気でフルボッコ。
不良バトルから、一気に残虐ファイトへ。
普通なら今頃救急車に運ばれて、カエル顔の医者の世話になるのは間違い無し……なのだが、この愚兄、基本的に身に降りかかる不幸に、さらに恐妹の地獄のフルコースにとにかく慣れていて、直接的な打撃に関してかなり打たれ強く、回復力も下手な<肉体再生>よりも高いので、絆創膏すらも必要ない。
心身ともに鍛えあげられた上条当麻の耐久力は半端ではないのだ。
そこで、吹寄が殴れ疲れてきた時を見計らって、もう一度、最初から説明したら、
『紛らわしいのよ、馬鹿!』
パンッ! と最後にビンタされた。
それで、事態は収拾されたのだが、『一体何を吹寄は勘違いしたのだろうか?』と根本的な問題に気付かないまま当麻は学園都市の整えられた街並みを歩き、妹に指定された場所へ向かっていく。
残暑の名残りも、9月30日となれば完全に払拭されていた。
風力発電のプロペラを回す緩やかな風は、もうエアコンの冷房が不要になった事を示していた。
デパートの壁に取り付けられた大画面に映っている天気予報も、『熱中症に注意してください』から『季節の変わり目なので体調管理にお気をつけて』へと一言メッセージが変更されている。
そうした中、『もう今日はこれ以上暴力沙汰は起きないよな? 起きないで! 起きないでください!』と当麻は祈るが、
「いたいたいたクソいやがったわねアンタ!!」
『昨今の日本語は乱れつつあるのです』と言語評論家の意見を丸ごと証明してしまうような台詞と共に、妹が通うお嬢様学校で知られる名門常盤台中学の見目麗しい|(はずの)女の子が、どだだだだだーっ!! と高速で接近してくる。
御坂美琴。
肩まである茶色い髪に、当麻よりも7センチほど低い背丈の少女。
今までの夏服と違い、今朝見たのと同じ冬服。
昨日の今日でピカピカの冬服を受け取った筈なのに、すでにスカートは短くなっていた。
詩歌もそうだったが、常盤台のお嬢様はスカートを短くするのがトレンドなのか?
何ともお嬢様な事に、薄っぺらい学生鞄の他に今日はバイオリンらしき楽器のケースを携えている|(それ以外にお嬢様っぽい所を探すのが難しい事でもあるが)。
当麻はその顔を見るなりうんざりした顔で、
「これは、まぁ、あれだな。―――不幸だー」
今日はまだまだ不幸フィーバーが続きそうだな、と。
『人の顔を見るなりその反応は何なのよーっ!!』と騒ぐ美琴は、Level5序列第3位の<超電磁砲>で、選択を間違えれば、拳ではなく凶悪な電撃の槍が飛んでくる。
愚兄的に青髪ピアスと土御門元春、そして、吹寄制理から割と本気で襲い掛かられるよりも不幸的インパクトは強い。
この右手が無かったら、姿を見かけただけで一目散で逃げている(だが、美琴もその右手があるから遠慮なくやれているのであり、そう考えると、不幸だ)。
「で、詩歌からここへ来るようにメール来たけどさ、なんか用事でもあんのかお前?」
用件は手短に。
できれば歩きながら。
いっそもう帰りたい。
必要のない事はやらない、やるべき事は手短に、と省エネ主義ではないが、面倒事は避けたい当麻。
「ただでさえムカつく対応により一層の拍車がかかってるわね……」
美琴はわずかに首を横に傾け、唇を邪悪に歪める。
会って早々この態度に電撃を投げつけてやりたいが、今の当麻に反抗する権利はないのだ。
なぜならば……
常盤台中学のエース、品行方正|(でないと困る)なるお嬢様は腕を組んで一言、
「罰ゲームよん♪」
上条当麻の眉がピクリと動く。
罰ゲーム、というのは9月19日から1週間も繰り広げられた、学園都市総出の大規模体育祭<大覇星祭>で当麻と美琴の間で取り決めを行った『賭け』にまつわるものだ。
簡単に言って、『順位の低かった方が相手の言う事を聞く』、という内容である。
能力開発の街である学園都市では、体育祭でそういった能力を使用する事も許可されていた。
そして常盤台中学の面々は数億Vもの高圧電流の槍、風速80mもの突風の壁、灼熱業火の火炎地獄、凍える氷柱の雹嵐など、自然災害クラスの暴威を用いて対戦校の生徒達を薙ぎ払う戦法、それに加えて、裏で神算鬼謀の微笑み軍師やその後輩で奸計狡知の女王様参謀が指揮するという全く隙のない万全の態勢。
唯一の実戦による経験値不足という弱点も、日数と共に克服されていった。
当麻は高校生で美琴は中学生なのだが、そんな年齢差など天災の脅威と天才の策略の前にはどうにでもなってしまい、3日目の直接対決など、主要メンバーを揃えたのだがボコボコにされてしまった訳である。
総合的な順位も常盤台中学は見事1位を飾り、当麻は勝負にも、順位にも完全敗北した。
正直、最大級の警戒をしていたのだが……それでも常盤台中学と言うブランドを甘く見過ぎていた。
というか、『エース』、『ジャック』、『クイーン』、『キング』、『ジョーカー』という一騎当千のメンバーが揃った『
それでも、賭けに負けたのには変わりない。
そんなこんなで、御坂美琴の『罰ゲーム』発言は正統な手順に従って放たれたものだったのだが、
「あれ? それってまだ有効だったっけ?」
「1人で勝手に水に流してんじゃないわよアンタ!!」
すっとボケようとしたってそうはいかない。
美琴はこの時をずっと楽しみにしてたのだ|(どのくらいかと言うと、漏れ出た寝言が同室の白井黒子を寝不足にさせるほど)。
「とにかく本当に何でも聞いてもらうんだから! 今の今まで利子とかつけず待ってただけでも美琴さんに感謝しなさいってのよ!!」
やたら勝ち誇って胸を張る美琴。
表通りの学生達が『何だ何だ?』と言う目を向けているが気付いていない模様。
どうも『もっと早くにやっておきたかったけど病院とかイタリアとかに行っててほったらかしにされていた分』の鬱憤が良い感じに爆発しているようだ。
『利子あるじゃん』、と当麻は呟きかけたが、大人なので黙っておく。
「別にそういう話なら良いんだけどさ。俺にできることなんてたかが知れてるぞ? それに……」
嫌な予感がする。
罰ゲームとはまた別の。
あの『苦い失敗談』を夢見てしまったからなのか、嫌な予感がするのだ。
場所を指定してきたのに、詩歌はここに来ていない。
何となく、その姿を一目見て、その不安を一掃したかったのだ……が、
「ふーん。そういう風に言ってごまかしちゃうんだー?」
「いやそういう訳じゃなくてだな」
「そーよねー。アンタみたいな愚兄じゃできる事なんて、た・か・が、知れてるもんねぇ? あら大丈夫よ。詩歌さんとは違って、アンタが愚兄である事は美琴さんも重々承知してるから。ちゃんと、愚兄でもできる程度の事しか頼まないから」
―――ビキィ!!
当麻のこめかみから変な音が聞こえる。
大体こんな調子になるとロクな結果を招かないのだが、それを冷静に確認できるほど聡明であれば、上条当麻は愚兄とは呼ばれない。
「分かったよ」
俯き気味の当麻の投げやりっぽい返事に美琴は何故かホッと安堵する。
しかし、その端々から滲み出てくるオーラに美琴は気付かなかった。
「よろしい!!」
グパァ!! と突然俯いた頭を勢い良くあげ、美琴の顔を正面から見据えながら、腹の底から思い切り力を込めて一言、
「ならばこの愛玩奴隷上条当麻に何なりとお申しつけるが良い!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――ビキィ!!
またもや、上条詩歌の母、詩菜から受け継がれる竜神家の女に代々伝わる第六感が反応。
愚兄がまた馬鹿な事をしている。
虫の知らせの感じからして、『年下の女子中学生に跪いてペラペラの下敷きから風を扇いで、忠誠を誓う従者のフリをしながら、スカートを舞い上がらせる変態行為に及んでいる』というものだろう、と。
まるで見ているかのような具体的な推測だ。
しかも、特定の個人に限定されているが、この詳細な精度に加えて、この的中率は100%に近い。
(とりあえず、今度会った時に“身体”にお話を聞いてみましょうか)
兄妹特有の
ついでに、|(苦痛によって)天国に行けるような
詩歌は頭の中で新たに予定を付け加える。
……このままだと、愚兄は、本当に愛玩奴隷になってしまうかもしれない。
『うおっ!?』
その時、上条当麻の父、刀夜から受け継がれる上条家の男に代々伝わる第六感が警報を鳴り響いたが、残念な事に、こちらは具体的な予測までできる高性能ではなく、危険を回避できた試しが一度もない。
父から教わった心得も『元の優しい姿に戻るまで、男は黙って耐えるんだ、当麻。それしかない』と。
父さんが|(兄に)残した、熱い|(が、それだけで、全く役に立ってない)想い。
母さんが|(妹に)くれた、あの|(僅かたりとも笑っていない冷たい)まなざし。
と、当麻が精神的に天空の城|(ラ○ュタ)に行けるかはさておき、
「まだ、紹介するのは早そうですし、当麻さん、それに美琴さんを都合良く学校から離す事が出来るきっかけができてラッキーです」
とある高校
月詠小萌は職員室でやつれた息を吐いた。
身長135cm、見た目は12歳程度という外見からはあまりに不釣合いな疲労感だったが、それも無理はない。
午前中に起きた生徒間の暴力沙汰(そう、上条当麻の周辺では目立たないかもしれないが、普通の学生生活で考えれば結構大きなトラブルなのだ)もそうだが、その他にも原因はある。
それはスチール製の机の上に散らばっていた。
そこにあるのは安物の印刷物で『進路希望調査票』と書かれている。
もっとも、1年の段階での調査は結構曖昧なもので、『将来どんな仕事に就きたいか』ぐらいのものでしかない。
具体的な進学や就職、そして進学するならどこの学校のどんな学部を狙うのか、就職するならどこの企業へどんな手順でアタックするのか、といった話はもう少し先の事……なのだが、
「はぁぁぁー……」
小萌先生は思わず、このデルタフォース(クラスの三大問題児)の進路希望に頭を抱える。
まず、この上なく真面目な筆跡で書かれた土御門元春のは、
『メイドの国へ行きたい。そしてクーデターを起こし、このオレが軍師になって薄幸メイドを女帝にする』
そして、調査枠からはみ出るくらいに大きな文字で書かれた青髪ピアスのは、
『モテたい。あと、僕にも妹が欲しい』
最後に、何だか涙を誘うような切実な願いが記されている上条当麻のは、
『しあわせになればなんでもいいです。あ、でも、
(……最近の若者は具体的な仕事への意欲が欠如しつつある傾向にある、って偉い人が言ってましたけど、これは何だかちょっぴり違う気がするのですー……)
おそらく彼らは調査票を書く気がないから適当にシャーペンを走らせたのではなく、極めて真剣に取り掛かったのだろう……だからこそ、色々と困るのだが。
と、そこへ、ジャージ姿の同僚教師、黄泉川愛穂がやってきた。
「おっすー。センセ、気分転換は煙草とお酒のどっちがいいじゃんよー?」
「勤務中のアルコールは禁止なのですよー……」
いつもなら大声で反応して教師とは何かを説き始める小萌先生なのだが、今は、教え子たちの未来が不安なのか声に元気がない。
黄泉川は小萌先生の机の上をザッと目を走らせつつ、『じゃー煙草じゃんねー』と小萌先生に煙草の箱を差し出し、自分も1本引き抜き、口に咥える。
「あれ? 何やら高級感が漂ってくる口触りなのですよ?」
その幼い容姿に似合わず『
「そりゃあれだ、最近できた喫煙バーで手に入れたモンだから。1本70円の高級感ってヤツじゃんよ」
学園都市の人口を締める主要な割合は学生で、未成年がほとんど。
昨今、禁煙エリアが拡大しつつある。
でも、逆に喫煙専門の店舗を作る風潮も広まりつつあった。
カクテルの代わりに1本70円の煙草から3000円の南米産の葉巻まで世界各国の煙草を揃えたバーも珍しくない。
学校など大抵は全面禁煙が敷かれていそうなものだが、学園都市では意外に校内の喫煙が認められている場合が多い。
これは学校の教師が様々な分野の研究者が兼ねているパターンが多く、彼らの集中力をごっそり欠く事が学園都市全体の損益に関わる、という統括理事会からの配慮だ。
そんな訳で、喫煙申請を出した教師には今、小萌先生が取り出したような小型高性能空気洗浄機が支給される。
各々は一方向からの空気しか吸い込まないが、4つがそれぞれ作動すると、まるで洗濯機に攪拌されるように机の上の空気が円状に動く。
薄っぺらい紙切れ1枚動かないほどの空気の流れだが、それが確実に煙草の煙を捕らえて吸い込み、フィルタを通して清潔な空気を吐きだすのだ。
空気力学を応用した最新モデルであり、同時に無料支給できるほどコストを抑える事にも成功した、正真正銘の実用品だ。
ただし、その恩恵は『机の上』しかない。
「よっと」
小萌先生は机の端に置いた空気洗浄機のスイッチを入れる。
緑色のジャージを身に纏った信じられないほど巨乳教師、黄泉川愛穂は、空気清浄機が浄化してくれる範囲までやや前屈みになり、この咥えた煙草に小萌先生から借りた小さなライターで火を点けて、吸い始める。
そのまま、黄泉川は小萌先生ととりとめもない世間話に講じていたが、並べられた3枚の進路調査票、その内の1枚に――正確にはその記入者の名を見て――興味が引かれ、ふと、
「月読センセ、その問題児の妹さん、上条詩歌って、一体どういう子なんでしょうねぇ」
「どうしたんですか? いきなり……」
「いや、あの常盤台からウチにくるって、珍しいっつうか、普通なら考えもしないじゃんよ。噂じゃ、あの長点上機学園の推薦を蹴ったって。だから、どんな子なのか気になるじゃん」
そういえば、綿辺という小萌先生の知人で常盤台中学の教員も、|(今の小萌先生の悩みとはお見せできないほどレベルが違うが)彼女の進路には悩んでいた。
彼女の影響力は、『五本の指』常盤台中学でも持て余すほど強大であると。
教え子の妹|(で保護者)と言う事もあって、今まで何度かお話をした事もあったが、その才覚は未だ底知れぬ。
ただ、それでも1つだけ分かる事はある。
「とっても優しい子です。誰かの為に動ける、本当の優しさと言うのを胸に秘めた子ですよー」
これは、教え子で彼女の兄、上条当麻にも共通している事だ。
あの一見、互いが対極に位置しているほど不釣り合いで似ていない兄妹が、実は似た者同士である事を小萌先生は知っている。
「ふぅ~ん、優しい子、かぁ。桔梗も同じ事言ってたじゃん」
黄泉川はその味を舌に慣らせるように、また、考え事をするように瞑目しながら煙草の煙をゆっくりと吐いて、
「さて、と。それじゃあそろそろ行くとしますか」
「あ、黄泉川先生の言っていた例の子達がそろそろ来るのですかー?」
「そういう事。ちょいと厄介な事情を抱えてんだけど、まぁ、それぐらい馬鹿な方が私好みだし。私のクラスは揃いも揃って優等生ばっかだからつまんねーじゃんよ」
「っとっと! まだ煙草は長いのです! もうちょっとだけ吸わせてくださいなのですよーっ!」
基本的に職員室外は禁煙。
小萌先生は愛穂の手を掴み、引き止める。
まるで駄々捏ねる子供が母親の手を引いているようにも見える、手元の煙草がなければだが。
数分後、フィルターのすぐ手前まできっちり吸い切った小萌先生はジャージ体育教師に連れて行かれる形で職員室を出た。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――なんだこれは……
ここは、遠目に見てもごくごく普通の平均的な、突出した所は何もない鉄筋コンクリートの校舎の一般校のはずだ。
しかし、今、一方通行の眼前にいるこちらの目を奪うほどの説明不能な生き物は何なんだ。
長い髪を後ろで束ねた、緑のジャージを着た体育系教師―――黄泉川愛穂とかいう子供に武器を向ける趣味はないので、Level3程度なら盾一つで叩きのめすというトンデモ<警備員>は知っている。
だが、そんな彼女の同僚、いや先輩教師と称するこの……
「な、何なのですかー……?」
月詠小萌と名乗った女性。
下手をすると、またもやスポーツバッグの上で正座を始めている打ち止めよりも小柄。
これはもしやどこから入り込んできたのか、と一方通行は少し考える。
確か、『実験』当時に小耳にはさんだ、細胞の老化現象を抑える研究―――『250年法』があったが、この『成功例』を見る限り、もう完成してたという訳か。
「クソッたれが、世界の裏の裏まで知ったつもりでいたが、学園都市ってなどこまで科学技術を先に進めちまってやがる……ッ!」
「え、ええと、そうでなくてですねー。先生はちゃんと大学を卒業して教師免許を取得しているのですよー」
もしくは。
研究はまだ未完成だが、この月読小萌はそれらを解析するために捕獲された生体サンプル。
と、同じ? 実験動物の観点から打ち止めが推理、そして、同情。
「……可哀想に、きっと実験だらけでもうこのままずーっと自由時間とかないんだ、ってミサカはミサカはハンカチ片手に語ってみたり」
「あのう! 何で先生は自己紹介しただけでそこまでシリアスな言葉を投げかけられなくてはならないのですか!?」
が、そんなことはない。
この腹を抱えて笑うジャージ女に助けを求めるおろおろするミニ教師はちゃんと立派な大人である。
一方通行達の保護者である芳川桔梗が、研究者魂に火が点き始めた少々危うい感じの表情を浮かべちゃっているけど、『250年法』とは何の関係はない……………はず。
とりあえず、このまま校門前を陣取っている訳にはいかないので黄泉川は一端笑うのをやめて話を進める。
「ってー訳で、これからはこの黄泉川先生が君達のお世話をするじゃんか。ま、部屋は余ってるしこっちは居候ができても問題なしじゃんよ」
「……あくまで暫定的だがな」
一方通行のつまらなさそうな声に対しても、『ごっ、誤解は解けたのですかー?』とか何とか言っている小萌先生の頭をぺしぺし叩きながら、黄泉川は笑っている。
「っつか、オマエはそれで良いのかよ?」
一方通行は極めて普通の口調で言った。
「俺の取り巻く環境がどンなモンかは分かってンだよな」
深夜に火炎瓶を放り込まれる程度だと思ってるなら考えが甘い。
第1位を匿うというのは、学園都市の醜悪な暗部を丸ごと相手にするようなものだ。
とても一教師に面倒が見切れるものではない―――しかし、
「だからこそじゃんよ」
黄泉川も、これに当たり前のように対応する。
「私の職業を忘れたか。<警備員>としちゃそっちの方がやりやすいじゃんか。つっても、<警備員>の自宅へ馬鹿正直に襲撃を仕掛ける連中は少ないと思うけどね。この街の闇は、私達から見えない位置で活動するのが基本じゃん。下手に宣戦布告すれば、どっちが潰されるかなんて目に見えてんだし」
例え、彼のせいで死んでも文句を言わない。
黄泉川の名前が『連中』のリストに登録されても好都合。
その不良グループを更生させるのが教師としての自分の仕事。
助けるべき子供を怖がっていたら最初の歩み寄りも出来ない。
「……、」
一方通行はわずかに黙って、その問答を吟味する。
この中で唯一一方通行と初対面な小萌先生だけが、『あれ? いつの間にか切り替わったこの空気は何ですか?』と、周囲を見回していた。
一方通行は舌打ちした。
打ち止めといいコイツといい、そして、アイツといい、いつの間にか自分の周りにはこの手の馬鹿が増え始めている。
彼は自分が凄く場違いな位置に1人立たされているような気分にさせられる。
苦いものを噛み締めている一方通行を、
(ちっ、とりあえずは最低限のチェックは終わった。アイツもまだ来てねェようだし。ここは早く―――)
その思索を裏切るように打ち止めが問いを投げかける。
「ねぇねぇ、詩歌お姉様は? ってミサカはミサカは詩歌お姉様を探しながら聞いてみる」
瞬間、一方通行は打ち止めの口を塞ぐ。
彼女は地獄耳ではないが、名前を呼んだら、空から超絶起動少女の姿をして現れた事例がある。
しかし、その開こうとする口を手で制す前に―――一方通行は、世の中はそれほど甘くない事を知る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
たっ、たっ、たっ、と。
微かに遠くから重さを感じさせない軽やかな足音が耳に届いたのと同時に、一方通行の目には漆黒の光が飛び込んできて、反射的に目を細めたが、光と思ったそれが、漆黒の艶やかな髪の輝きと気付くのにそう時間は要さなかった。
そして、それは一陣の突風のように走り抜け、スポーツバックの上に鎮座したマスコット、打ち止めをがっちりと捕獲し、同時に、華やいだ声。
「打ち止めちゃんつーーーかまーーーえたっ!!」
「わわっ!? ミサカはミサカは―――むぎゅ!?」
見事に奇襲を成功させた襲撃者は打ち止めの小さな体を反転させるや自らの豊満な胸にむっぎゅうううーっと包み込み、鼻にかかった声をあげる。
「ああん、旅行帰りから久々の感触。打ち止めちゃんは相変わらず小さくて可愛いですっ! 常盤台の学生寮で一緒に暮らしたいくらいですよっ! ホント、あー君との2人暮らしだったら迷わずこのままお持ち帰りしてますねっ!」
腰の辺りに髪飾りで纏めた柳髪が、本人の喜びと同調しているようにピコピコ揺れる。
そんな過剰な愛情表現をしまくっているのは、この高校のものではない常盤台中学の冬服を着ている女子学生。
一方通行よりも7cm身長が低いが、同年代の少女と比べると圧巻なプロポーションをベージュ色のブレザーと紺系チェック柄のプリーツスカートに身を包み、両膝の上までを覆う黒のニーソックス。
そして、その上に白衣のような修道服のような暖色のローブを羽織っている。
突然の事態に未だ打ち止めはじたばた暴れているが、見かけによらず高性能な彼女はそんな動きなど簡単に封じてしまう。
そうして、ターゲットを捕獲し、満足するまで愛で続けた後、ようやく|(向こうは口をポカンと開けて驚いているが)黄泉川、小萌先生|(の所でピクッと食指が動いたが)、芳川、と大人達に順々に挨拶をし、最後に、一方通行を見て、優しく微笑んだ。
「こんにちは、あー君。無事、退院おめでとうございます」
これからの住居――黄泉川の住宅の位置を教えたくない|(決して彼女の姿に目が奪われそうになったからではない)一方通行は当然のように顔を背けて、黙殺する。
「おやおや? あー君、『反射』をしているんですか?」
生憎、音の『反射』はしていない。
だが、声の主が更に答えを求めても、一方通行は頑なにそれを拒む。
「ん? 顔が赤いですね? まさか……」
が、ここでもしふざけた事を言ったら、その口を黙らす為に、拳を振るってやるつもりだ。
信頼もし、恩もあるが、舐められる訳にはいかない。
そんな風に、少々物騒な思考をしながら、拳を固める。
「風邪ですか? そろそろ寒くなってきましたし、それに退院直後ですから体力も。きっと打ち止めさんとはしゃいじゃったんでしょう。全く、打ち止めさんは可愛いとはいえ、ちっちゃいものクラブは、ちゃんと年上として………」
しかし、予想外の台詞が出てきて、ガクッと力が抜けて、固めた拳が緩まる。
(……そうだ。コイツはこういう奴だった)
視界の端で、ぶふっ! と芳川が吹いたのをみて、一方通行は苛ついたように眉根を寄せる。
と、芳川に気を取られた隙に、
「ちょっと失礼しますね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ピト――っと。
彼女にごく自然な動作で一方通行はその額に触れられた。
それは、敵意と恐怖などと言った負の感情が微塵も無かったから可能だったのだろう。
そうでなければ、『反射』がなかろうと、未だに薄っすらと弾痕が残る額に不意に伸ばされる掌を避けようと動く。
本当に心配してくれたから、そして、撫でるように優しく触れたから。
力を得てから、『反射』を身に付けてから忘れしまった感触。
すぐに何が起きたのか理解できなかったのだろうか。
彼女の掌が、自分の額に当てられていると言うのに、一方通行は身じろぎ一つしなかった。
ただ、その温度を感じ、身体が熱くなるような感覚に思考が囚われる。
「熱も無し、精神も特に異常は無いようですね」
耳に心地良い落ち着いた声がそう語りかけた所で、一方通行はようやく瞬きをして。
ゆっくりと目線を動かし、彼女の瞳と焦点を結んだ―――瞬間、
「……っ! 離せっ!」
叫び、その手を振り払う。
それは無意識にも近い、衝動的な行動だったのだろう。
「ごめんなさい。……少し調子に乗り過ぎたようです」
驚いたように、そして、何処か悲しげに目を伏せる少女――上条詩歌が謝れば、一方通行は少し―――間を置いた後、落ち着く。
そして、
「……悪かった。……だが―――」
―――あまり迂闊にオレに触れンじゃねェ、と。
この距離感が、未だに自分の中で定まっていない曖昧なこの少女に今日こそは言おうと思った。
だが、何故か……そこに一瞬躊躇いが生まれ―――その一瞬で彼女の胸に埋まって窒息しかけた犠牲者が復活。
「詩歌お姉様久しぶり! ってミサカはミサカは詩歌お姉様にダイブしてみる」
窒息しかけたのにも拘らず、ハイテンションで、しかも今度は自分から飛び込んでくる打ち止めを、詩歌は両腕でしっかりと受け止める。
「ふふふ、打ち止めさんも退院おめでとうございます!」
打ち止めはその見た目通りに大変軽いので特にどうという事もなく|(スポーツバックに乗られて苦戦してたものもいるが)抱き上げられる。
そうしてやると、中々甘やかしてくれる、また素直に甘えられる相手がおらず、スキンシップに飢えていたのだろうか、打ち止めは機嫌の良い猫のように大きな目を細めて笑った。
「はーい、高い高ーい!」
「きゃっきゃっ♪ すごーい! って、ミサカはミサカは詩歌お姉様にさらなるアトラクションを求めてみたり!」
「それじゃあ、今度は―――」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そのままぐーるぐるメリーゴーランドのように舞い回る2人を見て、喉元まで出かかっていた言葉を呑み込む。
一体何を自分は意識しているのか、と。
何故、たかが触れられる程度の問題に頭を悩まされなくてはならないのか、と。
だが、そこで、ふいに先程額に触れた彼女の手の温もりを思い出してしまって――心臓はまた跳ねて、身体は熱を持ち始める。
何故、思い出しただけでこんな風になるのだろうか。
そして、何故その手を振り払ってしまったのだろうか。
(……ったく、こンなくっだらねェ事に頭を割く余裕があったら、もっと別のモンを……)
Level5序列第1位、学園都市最高の頭脳を持ち合わせているのに、結論を出すのではなく、先送りにし、その思考を放棄する。
今までどんな難解な問題であろうとその答えを導き出してきたのに、逃げを選択する。
一方通行に真っ直ぐ進む思考が、初めて停止した。
進むのでも、戻るのでもない。
……けれど、無邪気に触れ合う2人から視線が外れると言う事は無かった。
が、
「ねぇ、詩歌お姉様。詩歌お姉様のお部屋にお泊まりしてみたいって、ミサカはミサカはお願いしてみる」
「ふふふ、打ち止めさんには残念ですが、常盤台女子寮は基本、男子厳禁ですから。……あ、でも、あー君なら女装すれば何とかいけるかも。うん、鈴梨百合子と改名して……」
「おい! 今すぐ、その非常に面白愉快な想像止めねェと、その頭をスクラップにしてやンぞ!!」
この2人といると疲れる、という結論は一方通行の中で確定した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(……なるほどじゃん)
黄泉川は一連の行動を見て、理解した。
知人の2人がこの少女が『優しい』と評した事を。
拒絶された時、一瞬その長い睫毛の影が頬へ落とされたのが見えて、彼女はそこで、一方通行に与える衝撃は小さくないと覚悟の上で、そして、彼が抱える問題を承知の上で触れたのだと黄泉川は直感した。
そう、この上条詩歌という少女は、たとえ『自分が嫌われる事になろうと人の為に行動できる』――本気の優しさを持っている温かな少女。
そして、もう1人の彼は………
「良かったよ」
詩歌と打ち止めが手を繋ぎながら、車が停めてある駐車場へ進むのを数歩離れた背後から見つめる一方通行に黄泉川はあまり大人の女性らしくない笑みを浮かべて話しかける。
「アンタは聞いてたよりも助けるのは簡単そうじゃん」
少年は立ち止まらず、視線だけ寄こしながら、低い声で問う。
「本気でいってンのか?」
無論、本気だ。
黄泉川はこの少年が今までどれほどの『地獄』を体験してきた、また、『地獄』を生み出してきた事実を知らないし、今の言葉がどれだけ噛み合わないのも分かっている。
それでも、彼は更生できると思う。
「だってそうじゃんよ。何だかんだ言いながら、私と住む事になったって聞くとチェックリストに1つ1つ印つけていって死角を潰そうとしてんじゃん。つまりそれって私達を守る気満々なんでしょ?」
それに―――とそこで黄泉川は口を止める。
深い意図は無くただ何となく。
そして、それは言わなくても分かるだろうから。
「―――、」
一方通行は眉間にしわを寄せると、
「(だからこォいう現状を確かめらンねェ馬鹿は手に負えねェンだ)」
と、口の中で呟いた。
つづく