とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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学園テロ編 罰ゲーム

学園テロ編 罰ゲーム

 

 

 

地下街

 

 

 

外の気温に合わせて段々と冷房から暖房へと快適な環境調節が行われている学園都市の地下街。

 

9月1日にイギリスからやってきた魔術師シェリー=クロムウェルと、彼女の操る<ゴーレム=エリス>によって結構な被害が出た場所だが、今ではもう破壊の爪痕は見当たらない。

 

砕かれた床や柱は補修され、喫茶店のウィンドウなども新しいものと交換されており、よほど顔を近づけてじっくりと見ない限り、違いは分からないだろう。

 

こんな急ピッチ工事が行われたのは、その後に控えていた<大覇星祭>の影響もあっただろう。

 

開催目的の半分近くが学園都市のイメージアップを図った誘導宣伝(プロパガンダ)というぐらいなのだから、街が壊れていては話にならないのだ|(と言っても、結局当日に壊されまくったが)。

 

地下とはいうが暗いイメージはなく、ピカピカに磨き上げられた床や壁を、蛍光灯や発光ダイオードを束ねたLED電球が真昼のように照らし出しており、通路に面した喫茶店や洋服店などはガラスをふんだんに利用していて、実際の面積以上の開放感を演出していた。

 

で、

 

 

『黙ってついてきなさい!』

 

 

と、乙女の雷をイマジンブレイカーで防いだのは良かったが、罰ゲームまでは打ち消せない。

 

図星を突かれた? 目の据わった美琴に引っ張られ、コンサートホールを離れていく。

 

逃げたいのだが、ガシッと脅威のお嬢様パワーで掴まれた手を振り解く事もできず|(偶然、手と手を繋いで街中を闊歩しているのだが、幸か不幸か2人とも気付いていない)、顔を真っ赤にしてビリビリしている美琴に、当麻は罰ゲームに顔を真っ青にして戦々恐々。

 

そうして、問答無用に、ずるずると引き摺られ、連れて来られたのは地下街にある……

 

 

「あったあった。こっちよ」

 

 

美琴がその細い指で指差した先、カラオケボックスやゲームセンターなどの向こうにあるのは、携帯電話のサービス店。

 

サイズとしてはコンビニの半分ぐらいしかなく、大きなガラスウィンドウ越しには横一線に並べられたカウンターと椅子、後はマガジンラックに収まった薄っぺらい機種カタログぐらいしかない。

 

入口の前に置いてある宣伝用の縦長ののぼりには大手メーカーの物と学園都市オリジナルの物が分けてあった。

 

学園都市は、『外』と比べると科学技術が2,30年進んでおり、『外』と『中』ではもう別物。

 

互いの機種も一長一短ではあるのだが、緊急時にはどちらのサービスが先に復帰するか分からなかったりするので、何を選ぶかで1週間以上悩みまくる学生もいるそうだ|(当麻のはサービスよりも機体の頑丈さを優先にして選ばれた)。

 

ちなみに詩歌のは既存の最新版を更にカスタマイズされた三次元のホロタッチパネル式で、玄人でなければ扱い切れない|(どうやら、近未来的なもの好みらしい母、詩菜からの影響だそうだ)。

 

 

「アンタ、『ハンディアンテナサービス』って知ってる?」

 

 

「ん? あれだっけ。個人個人の携帯電話がアンテナ基地代わりになるってサービスだよな。近くにアンテナ基地がなくても通話できるようになるとかってヤツ」

 

 

ようは、街中で携帯電話を持ち歩いている人全員が中継アンテナになるのだ。

 

例えば当麻の近くにアンテナ基地がなくても、人物1、人物2、人物3……と中継アンテナを繋いでいき、最終的に人物Xの近くに本来の設置型アンテナ基地があればそのまま通話できる。

 

実際には複数の人物を伝い、網の目のように通信ルートを構築するので、そうそう簡単に断線する事もないそうだ。

 

元々は震災下で地上の通信基地が全滅した際、数の少ない飛行船に設置型アンテナを付けて飛ばし、臨時の空中通信網を整備するために開発されたものだそうだ。

 

そのため、まだまだ発展途上、プラスの話題としては、大学側がテスト運用として補助金を出すため、サービス料金がメチャクチャ安くなるとかいう話も出ているのだが……

 

 

「私さ、あれに登録してみようかと思ってんのよ」

 

 

「えー」

 

 

問題点も多い。

 

アンテナ基地の代用をするのだから、仕方ないとは思うが、音質などにあまり気を配っていない節もあり、その他にも、

 

 

「あの激マイナーな制度って、利用者みんなが携帯電話の電源を常にオンにしてないと中継アンテナ効果は期待できないんだよな。そのせいでバッテリーの減りがメチャクチャ早いんじゃなかったっけ?」

 

 

複数のネットワークを維持するには、相当バッテリーを消耗するらしく、詩歌も、

 

 

『ええ、特注で組み上げたバッテリーでさえも、1万もの回路を省エネなら48時間、常時フル活動させれば、15分しか保たないんですよ。まあ、改良の余地はありますので30分以上は制限時間を引き上げられるでしょうが』

 

 

と、やけに実情を交えて教えてくれた。

 

そして、音質や燃費の問題だけではなく、

 

 

「それ以前にサービス加入人数が少ないと何の意味もないって話じゃ……」

 

 

利用者が少ない=中継アンテナ数が少ない。

 

けれども、

 

 

「だからそのサービスを普及するためにも加入するっつってんでしょうが。ペア契約にしちゃえば『ハンディアンテナ』だけじゃなくて、その他の通話料金も随分安くなるみたいだしね」

 

 

「ペア契約って……、できれば、相談したいんだが。当麻さん家の財源を管理しているのは、詩歌さんで……いや、これは色々と不幸的なアクシデントを危惧したもので、決して当麻さんがヒモだという訳じゃないのでございますよ!」

 

 

「はいはい、大丈夫大丈夫、詩歌さんには予め了承済みよ。で話戻すけど、今ペア契約するとさらに『ハンディアンテナサービス』とペア契約をセットで受けるとラヴリーミトンのゲコ太ストラップがもらえるのね。カエルのマスコット」

 

 

「……、オイ」

 

 

「即ゲット。だから一緒に契約しなさい。」

 

 

「ようはストラップ目当てかよ!? 例え詩歌からOKサインが出ても、機種変するとかってんなら絶対にアウトだ。当麻さんはこのボロボロケータイをあと半年は使い続けるつもりでいるんだ!!」

 

 

そして、当麻は美琴が持つ学生鞄、そこにぶら下がっている緑色のカエルのマスコットを指差す。

 

 

「大体カエルならもう持ってんだろ!」

 

 

「ゲコ太とこの子を一緒にすんなッ!!」

 

 

ぎゃーっ!! と美琴は叫ぶ。

 

学園内で、未だに1人しか仲間を見つからない過酷な環境下で生きる生粋の『ゲコラー』の地雷を当麻は思い切り踏み抜いてしまった。

 

 

「ゲコ太はこの子の隣に住んでるおじさんで乗り物に弱くてゲコゲコしちゃうからゲコ太って呼ばれてんのよ! こんな簡単な違いが分からないほどアンタおっさんだった訳!?」

 

 

「……そのゲコ太おじさんのキャラ付けは本当にラブリーなのか?」

 

 

当麻は、げっそりとした口調で呟く。

 

可愛いもの好きの妹のおかげで、マスコットは見慣れている当麻だが、極めて常識的に大人目線から見れば、そのカエルのマスコットはどれも同じ。

 

だがしかし、美琴は旬の話題について来れない年輩者を蔑んだ目でこちらを見ており、幻滅しているようだ。

 

 

「ふん。機種変の心配ならしなくて良いわ。『ハンディアンテナ』は元々本体を換えるんじゃなくて追加拡張チップを差し込むだけでオッケーって話だし。ペア契約の方もあそこの会社のサービスなら全部対応してるから、機種変が必要なんて事はないと思うわ。アンタのケータイは別にいじらなくても構わないはずだけど」

 

 

「何だ。ようはこっちの番号とアドレスを書類に書き込めば良いだけじゃんか」

 

 

「そりゃそうなんだけど」

 

 

美琴は学生鞄についている小さなカエルを指先でムミムミ押しながら、

 

 

「一緒にお店に行ったりいっぱい書類を書いたり何時間も待たされたりするからさー、その辺の融通が利く人じゃないと協力してもらうのは難しいのよね。ま、半日はかからないだろうし、ちょっと我慢してもらうわよ」

 

 

んー、と当麻はお店の『男女ペア限定』と書かれたのぼりを見て、ああだから詩歌には頼まなかったのか、と思う一方、

 

 

「? どうしたのよ」

 

 

「いや登録に付き合うだけなら良いんだけどな。このペア契約ってさ、そもそも普通は恋人とかで交わすものなんじゃねーの? ま、苗字が同じなら兄妹なんだろうけどさ」

 

 

「……ッ!?」

 

 

ビクゥ!! と美琴の肩が大きく動いた。

 

彼女は鞄についているカエルマスコットをムニューッ!! と握りつつ慌てて、

 

 

「い、いいいいや馬鹿違うわよナニ口走ってんのアンタ! べっ、別に男女って書いてあるだけで恋人同士じゃなきゃいけないとかって決まりはないじゃないそうよ例えば夫婦だって問題ないでしょうが!!」

 

 

「もしもし。恋人よりも重たくなってますよ御坂さん」

 

 

直後、ズバンッ!! と冷静に突っ込んだ当麻に雷撃の槍が飛んできた。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「……何だか、どこかで知人がひどく頭が痛くなるような会話をしている気がします」

 

 

あれから、詩歌は一飯の礼も含めて退院祝いに、あの最新の調理設備を使って何か作ろうかと買い物に行く事にした(一主婦としてあれだけの設備を見て心が騒がないはずが無い)。

 

『ミサカもミサカも詩歌お姉様の買い物についていくーっ!!』と打ち止めも同行を希望したが、彼女には華々しくK.Oされた学園都市序列第1位の看病を任せる事にした。

 

大変元気にはしゃいでいるが、彼女の身体は子供そのもの―――つまりは、まだ自己管理は未熟。

 

退院直後で、体力も完全ではないだろうし、あまり無茶をさせる訳にはいかない|(決してぶーぶー言って拗ねている姿が可愛いから意地悪しているわけじゃない)。

 

なので、打ち止めはお留守番。

 

そうして、行きつけではなく近場のスーパーで買い出しを終え、外へ出ると店前の自販機に寄り掛かりながらヤシの実サイダーを飲む、

 

 

「―――お、詩歌っちじゃん。どったのこんな所で?」

 

 

フルフェイスタイプのヘルメットに、ライダースーツ、そして、脇に停めてあるバイクは全て濃淡の差はあれど赤一色で、その声はヘルメット越しであろうと聞き間違えるはずがなく、

 

 

「買い物ですよ、陽菜さん。それで、夏休みに無茶して壊れたと聞きましたが、直ったんですか?」

 

 

と、隣にある前よりも幾分か成長しているような、大型の肉食獣の低く獰猛なフォルムを持つバイクに視線を向ける。

 

 

「うん、今はその調子を確かめてんの。バイトで修理費用を溜めながら(あと<大覇星祭>の賭けで……)、寮監にばれないようコソコソってね。おかげで時間はかかっちゃったけど加速装置も二段式に変えたし、『大紅蓮赤風』に卍解(パワーアップ)したんよ」

 

 

「……とりあえず、色々と言いたい事はありますが、あまり目立たないように。言っときますけど、師匠に見つかればバイクを没収されるのは覚悟するんですね」

 

 

「ほーい、じゃ、もうひとっ走りで我慢するよ」

 

 

そういうと、陽菜は缶ジュースをゴミ箱へ放り投げ、バイクに跨る。

 

 

―――とそこで、不意に、ざわつきを感じた。

 

 

学園都市に来る前に実家でバイクどころか車やヘリまで操縦経験のある陽菜は今まで運転ミスして事故を起こした事は一度もない。

 

だが、理由も根拠もなくただの勘、と言うべきだろうか。

 

錯覚なのかもしれないが、今日、9月30日で何かが変わる、いや、動く気がする。

 

そう、何千年も固まり続けた氷山の一角が崩れ落ちるように。

 

しかし、久々にバイクに乗れて嬉しそうな陽菜の顔を見て、

 

 

「……あと、これから雨が降るそうですから気をつけてくださいね」

 

 

了解(ラジャー)

 

 

軽くスロットルを回し、バイクは緩やかに前進し、車道に出ると猛々しくエンジン音を吹かしながら加速する。

 

その小さくなる後ろ姿へただ右手を上げて見送りながら、詩歌は再びあの胸騒ぎが甦るのを意識していた。

 

 

―――止めるべきだった、真っ直ぐ帰らせるべきだったという。

 

 

(……考え過ぎでしょうか。……けど、さっきから嫌な予感がするんですよね。―――ん?)

 

 

 

 

 

地下街

 

 

 

もう色々と、ビリビリお嬢様を宥めすかすなど十分に罰ゲームを受けている気がするが、まだ罰ゲームは続行中。

 

やってきたサービス店の中には、カウンターの前に座り、|(ずるずると引き摺られる当麻に、引き摺る美琴を見て、若干崩れているものの)こちらに営業スマイルを向けている店員のお姉さんが1人。

 

美琴はこの愚兄とペア契約を登録したい、ゲコ太のストラップはまだ余っているのか|(ここが最も重要)などのやり取りを行った後に、店員さんはたくさんの書類をカウンターの上に揃えつつこう言った。

 

 

『書類の作成にあたって写真が必要なんですが、お持ちでしょうか?』

 

 

ん? と美琴は目を丸くして、『そこらの証明写真用のボックスで大丈夫ですか? あと、写真の枚数とかサイズの指定とかってあるんですか?』と尋ねると店員さんはにこにこと笑って、

 

 

『いえいえ。そんなにお堅いものではなくてですね。これはペア契約でして、登録に当たって『このお二方はペアである』事を証明して欲しいだけなんです。今ならペアの写真立て型の充電器(クレイドル)を用意するのでそちらにも使用させていただきます。4社共通の規格のものですので、形式番号は気にせずにご利用できますよ』

 

 

……つ、つーしょっと?

 

 

『あら。そういうのはあまりやられませんか? なら、この機会にぜひいかがでしょう。登録完了の20分前に写真をお渡ししていただければ結構ですので、待ち時間などを利用して撮影していただけると助かります』

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでいっぱいある書類にボールペンを走らせると、当麻と美琴は一度サービス店の外へ出た。

 

問題の写真撮影である。

 

ツーショットである。

 

仲の良い友達や“恋人同士”がよくやる、あのツーショット。

 

が、沸騰しかけている美琴を他所に、当麻は何でもない事のように、魔術師の戦いで傷ついたり、アドリア海に落ちても使える頑丈さが売りの携帯を取り出すと、

 

 

「証明写真のボックスを探すの面倒だし、携帯のカメラでさっさと済ますか。御坂、お前って他にデジカメとか持ってないよな」

 

 

「え? ええ、まぁ、私の携帯電話はカウンターに預けちゃったし」

 

 

当麻はちゃっちゃと画面を見ながら操作してカメラモードに切り替えると、腕を伸ばしてできるだけ遠くに携帯電話を押しやり―――そこで、ようやくどこか上の空な感じの美琴の様子に気付いた。

 

 

「……おい、大丈夫か?」

 

 

「だ、大丈夫よ! 全然大丈夫! で、でも、アンタ妙に落ち着いてるし、手慣れてるわね?」

 

 

「そりゃあ、あれだな。週一で、詩歌やインデックスと一緒に記念写真撮ってるし、別に意識するような事でもねーだろ、これ」

 

 

イギリスにいる元保護者に報告する際、詩歌とインデックスのツーショットや、当麻を加えてのスリーショットの写真を添付して送っているので、免疫は十分にできている。

 

ただし、この前、返答で当麻個人に宛てられた封筒の中に『爆ぜろ』と書かれたメモ書きとルーンのカードが届いたのは流石にビビった。

 

と、その事を話したら、ちょっと距離を取り、顔をかなり赤くして学生鞄を握る両手がそわそわと動かしていた美琴は、一瞬だけムッとし、近づくか離れるかを逡巡した後、やがてヤケクソ気味に、

 

 

「~~ッ! 待ってなさいよゲコ太!!」

 

 

ぐいっと当麻の肩にぶつかるように、彼女は一息で急接近した。

 

肩と肩を擦り、負けず嫌いな美琴は首をわずかに傾げて、当麻の肩に頭を置いて、挑発するように

 

 

「こ、これくらいでビビってんじゃないでしょうね! 別に意識するようなもんじゃないんでしょ!!」

 

 

「え、いや、あのな……」

 

 

デジカメの画面の中にキチンと2人の顔が収まるが、『ちっと気合入れ過ぎじゃね?』と美琴の髪の匂いなどに今度は当麻が少し身体を強張らせる。

 

だが、『申し訳ありません。写真がないと登録はキャンセルされちゃうんですよー』とかいう展開になったら今までの時間と労力が全て無駄になり、当麻達も困って、店員さんだっていい迷惑だろう。

 

面倒事はとっとと終わらせるに限る。

 

なので、当麻もややヤケクソになって、

 

 

「よし。とにかく恋人っぽい感じでツーショットを撮りゃいいんだろ! 御坂こっち来い! こうしてやるーっ!!」

 

 

「え、なに? きゃあ!!」

 

 

ガシィッ!! と美琴の細い肩に腕を回して、自分の方に引き寄せる。

 

美琴の顔がさらに真っ赤になっているが、念のために右手で抑えているので漏電の心配は無いだろう。

 

当麻はそのまま今できる精一杯の笑みを作り、

 

 

「笑え御坂! 撮り直すのも面倒だし一発で決めるぞ! ようは書類を作れりゃ何でも良いんだろ!」

 

 

「え? え、まあ、そうよね。あはは! 別にそれっぽく写真を撮るだけじゃない。そうよねそうそう写真を撮るだけ! ようし行っくわよーっ!!」

 

 

美琴はヤケクソというより顔の赤さを悟られるのが嫌で無理矢理に気分をハイに変えている。

 

美琴の方に腕を回す当麻に合わせるように、自分の腕を当麻の腕に回して距離を縮めていく。

 

2人……というより美琴と他1名を眺める通行人が、『おおっ』と少し羨ましそうな目で見てくるがハイになっている御両人は気付かない。

 

そして、

 

 

「撮るぞーっ!」

 

 

「イエス!!」

 

 

ばちーん、という白々しい電子音が―――

 

 

 

 

 

オープンカフェ

 

 

 

学園都市のとあるオープンカフェ。

 

そこのテーブルに2人の常盤台のお嬢様がお茶をしていた。

 

キラ星でも詰まっているかのように輝く瞳、陽光を照り返し瞳に負けぬほどキラキラ光る蜂蜜色の長髪、文句のつけようがないほど完璧なスタイルを誇る少女。

 

常盤台中学における最大『派閥』を率いるLevel5序列第5位、学園都市最高の精神系能力者<心理掌握>――食蜂操祈。

 

いつもは何人か『派閥』の子を引き連れているのだが、珍しい事に彼女の取り巻きはここにはいない。

 

 

「うふっ、詩歌先輩とこうしてお茶できるなんて、嬉しいわぁ(ハート)」

 

 

食蜂が最も敬意を表する同校の先輩で、『派閥』こそ持たないが自身に匹敵するかそれ以上の影響力を持つ<微笑みの聖母>――上条詩歌。

 

と言っても、食蜂は、声に緊張を響かせる事なく、顔を強張らせたりする事なく、いつも通りの余裕の笑みを浮かべているが。

 

 

「全く、お茶のお誘いは、苦無さん達に迎えを寄越してまで、大袈裟にするものではありません」

 

 

一方、やや苦言を呈すものの、詩歌の方も柔らかな笑みをたたえながら、紅茶を口に含む動作には一分の乱れもない。

 

鏡面のように波紋のない、森に囲まれた閑かな湖のような洗練された佇まいは、あたかも世俗からは隔たれた空間に誘う、そんな雰囲気を秘めており、その中の2人もまた、浮世離れした美貌を持ち合わせていた。

 

ただし、それは外観での話で、内側はその限りではない。

 

もし、この2人が声を合わせて呼び掛けたら、常盤台全学生が動く、と断言できるが、ここまで彼女達が話しているのは、普通の親しい先輩後輩がするような他愛のない会話だ。

 

 

「だってぇ、詩歌先輩って、神出鬼没ですから捕まえるの大変じゃないですかぁー? あ、でも、操縦はしてませんよぉー」

 

 

「ええ、そんな事に使っていたら、拳骨でしたね」

 

 

「きゃー怖ーい。体罰ハンターイ♪」

 

 

「ふふふ、操祈さんには、口より、拳で分からせた方が、覚えが良いようですから。もしくはグラウンド10周とか」

 

 

若干暴力的な表現が含まれる上下関係だが、それでも彼女達は先輩後輩である。

 

軽く冗談半分ではあるが、両手を頭の上に乗せておどける、と言った白々しいことこの上ない演技をする食蜂にやれやれ、と『美琴さんと同じくらいに世話がかかります』と息を吐き、そして、

 

 

「操祈さん、わざわざ人払いまでしたという事は何かお話があるのでしょう?」

 

 

付き添いのお嬢様だけでなく、店員や客もいない。

 

このカフェテラスは、ゆったりと落ち着ける空間を提供するのが持ち味なのだそうが、周囲に1人もいなくなる事は無い。

 

最低でも、注文を受け取る為の給仕が、控えているはず。

 

だが、詩歌はさして驚くような事も警戒する事は無く、ただ食蜂を促す。

 

食蜂は勿体ぶるかのように、すぐに話を切り出さず、紅茶で喉を潤し、カップを皿に置いてから、ようやく口を開いた。

 

 

「確かぁ、御坂さん、<大覇星祭>で詩歌先輩のお兄さんと勝負していたんでしたっけ? 昨日、先輩に罰ゲームの相談していた所を見ましたよぉ☆ とっても楽しみって感じでしたよねぇ♪」

 

 

「ええ、それが?」

 

 

「本当に良いんですかぁ? だって―――」

 

 

食蜂は心中を慮るように見えるように目を伏せ、

 

 

 

「―――詩歌先輩が一番止めたがっているはずなのに」

 

 

 

歯に衣を着せず、真っ直ぐ核心に突き刺す、最短距離の食蜂の問い掛け。

 

昨年の新入生歓迎会で、知られたのは<幻想投影>の事だけではない。

 

事故で、表面上だけの少しばかりとはいえ、食蜂は、長年連れ添った幼馴染である美琴以上に胸襟を開かした仲で、親友や母親と同じその秘めた想いを知る相手だ。

 

だから、

 

 

「はい、そうですね」

 

 

僅かな躊躇も動揺もなく、詩歌はそれを認めた。

 

その事に、寧ろ食蜂の方が動揺する。

 

その矜持として取り乱すという事は無かったが、こうまで率直に来るとは思わなかった。

 

 

「……なら、しちゃえば良いじゃないですかぁ?」

 

 

食蜂は覗いたのだ。

 

表層とはいえ、彼女が抱くその深き『 』としての……

 

欲しいものなら、何でも手に入れる。

 

それは人が抱く当然の望みだ。

 

なら、何故何でもこなせるであろう完全無欠の先輩は……

 

後輩の質問に、先輩は困ったように微笑した。

 

 

「そうはしたいけど、同時に、止めたくもないも思っているのです。私は2人の事が好きですし、愛してます。幸せになって欲しいと強く願っています。だから、相談にも乗ってあげましたし、ここでお茶をしてるんです。……きっと、見れば邪魔しちゃうでしょうし、見つけられたらお邪魔になっちゃうでしょうから」

 

 

まあ、私以外の介入までは知りませんが、と不穏な予告をして、再びお茶で口を湿らす。

 

今まで多くの人間の考えを覗いてきたが、彼女ほど矛盾したものを抱えた者はいないし、普通、それほど相反する心を持っているなら張り裂けて、正常でいれるはずがない。

 

常識と非常識を混在させる心理は、食蜂操祈でさえも掌握し切れず、また………

 

 

「……敵いませんねぇ。折角、御坂さんとの仲を引っ掻きまわして、詩歌先輩とお兄さんをゲットしてやろうと思ったのに。ほーんと先輩みたいな読んでも読めない人は初めてです」

 

 

「ふふふ、それはそれは。でも、勘違いしないでください。私は諦めた訳じゃありません。そして、今のままでは――と認められないから、少し手伝ってあげてるだけ。本気で――なった時、私は“敵”として立ちはだかるでしょう。たとえ、美琴さんでも。そして、操祈さんでも、ね」

 

 

白旗を上げる食蜂に悪戯っぽく片目を閉じた。

 

 

「では、買い物の途中でしたので失礼しますね」

 

 

それを最後に、席を立ち、さりげなく食蜂の分もお茶代を支払って、店を去った。

 

そして、気配が消え去ってから、

 

 

「……ホント、御坂さんも1度くらい人の頭を覗いた方が良いわよねぇ」

 

 

どこか切なそうに、カフェテラスで、食蜂は呟いたのであった。

 

 

 

 

 

教員用住宅

 

 

 

「………という事があったの、ってミサカはミサカは事後報告してみたり」

 

 

<警備員>、黄泉川の住む教員用住宅前の通り。

 

そこに、空色のキャミソールの上から男物のワイシャツに腕を通して羽織っている打ち止めと、

 

 

「その報告ならば既にネットワークを介して全ミサカへ配信されている為わざわざ口頭で言い直す必要もないのでは? とミサカは当然の疑問に対して確認作業を行います」

 

 

その打ち止めのお姉様(オリジナル)とおでこに大型の電子ゴーグルを引っ掛けている|(と短パンを履いていない)事以外、同じ容姿服装の少女、検体番号10032号、御坂妹。

 

2人は上司とその部下といったような関係で、一応、その上位個体は見た目幼女の打ち止めである。

 

 

『たまには通常五感を介したコミュニケーションを取って時計の誤差みたいなのを補正する必要があるの……うんちゃらかんちゃら』

 

『悪いのはミサカじゃなくてあの融通の利かないオートロックなんだもん! ……うんちゃらかんちゃら』

 

『欲ーしーいーミサカもそのゴーグルが欲しいのーっ! ……うんちゃらかんちゃら』

 

 

身ぶり手ぶりを交えた打ち止めの愚痴。

 

見た目の年齢と精神年齢が一致している|(まあ実際の年齢と比べれば大人びているが)上位個体に偶然居合わせてしまった御坂妹は、

 

 

『これはリハビリに役に立つかもしれない』と無理矢理に自分の中で納得させたり、

 

『むしろ発電系能力者(エレクトロマスター)の力を受けてもびくともしないのは褒めるべき事柄ではないでしょうか』と客観的に指摘したり、

 

『あのミサカはあのミサカ、このミサカはこのミサカです』と切々と宥めたり、

 

 

など色々と愚痴に付き合うがやはり、それでも堪え切れぬモノがあるようで、

 

 

この間抜けな上位個体の個人スペックに疑問を抱いたり、

 

小さな外見を利用した駄々っ子交渉術にイラッと来たり、

 

というか上位個体はその容姿のおかげで詩歌お姉様に可愛がられているじゃねーかとブチッとキレそうになったり、

 

 

<ミサカネットワーク>でも同じ部下、検体番号9982号、美歌が『ミサカも成長促進剤など打たなければ今頃……』と悔いている通り、この上位個体はこの<妹達>で唯一の幼い見た目をその可愛らしい仕草で生かして色々と得しており、つまり、部下にとってウザい上司である。

 

もし<妹達>で無礼講となれば、批判の山は三日三晩になっても語り尽くせない。

 

しかし、それをすれば、きっとお姉様|(オリジナルの方ではない)に泣き付くだろう。

 

出世する事も、転職すると事も無理。

 

なんて世知辛い世の中でしょう、やはり9982号の<巨乳御手>の件も含めて内部告発をすべきなのでしょうか、と部下の御坂妹が嘆く|(ただし見た目は無表情のまま)と、御坂妹のスカートの端をいじくっている打ち止めが、

 

 

「ねぇ、10032号、ちょっとお辞儀してみて、ってミサカはミサカはお願いしてみたり」

 

 

「?」

 

 

はてどうしたのだろうか、と怪訝に思いながらも御坂妹は、とりあえず上位個体の指示通りにお辞儀を―――

 

 

「ハハハ隙ありーっ! ってミサカはミサカは強奪作戦に成功してみたり!!」

 

 

したら、下げた頭から勢い良くゴーグルが奪われた。

 

そのまま打ち止めはやたらハイになりながら背を向けて、

 

 

「こんな初歩的な手に引っ掛かるとは個体全体のルーチンをチェックし直す必要があるかも、ってミサカはミサカは捨て台詞を吐いてみたり! やーい、悔しかったら取り返してみろー、ってミサカはミサカは猛ダッシュしつつ勝利の余韻に浸ってみる!!」

 

 

ドダダダダーッ!! と外見に似合わずパワフルな走りでどこかへ消えてしまった。

 

あまりの不意打ちに御坂妹はしばらく呆然と打ち止めの消えた方角を眺めていたが、

 

 

「これは好機―――ではなく、上位個体からの直接オーダーとなれば仕方ありません、とミサカは大変不本意ではありますが学生鞄の中からサブマシンガンとゴム弾を取り出しつつ状況を確認します」

 

 

ジャギッ!! と不穏な金属音が街中に響き渡り、

 

 

「これは喧嘩ではなく演習です。そして、演習とはいえ相手は上位個体、下位個体であるミサカが本気で挑んだとしても大人げない行動ではありません、とミサカは当然の見解を述べてみます。これは決してミサカがキレているのではなく、論理に基づく適正な判断を行っているに過ぎないのです、とミサカは実銃を片手に全力疾走しながら己の思考能力の冷静沈着ぶりを自画自賛してみます」

 

 

無表情に淡々と述べている様は論理的な思考を働かせているように見えるが、良く見ると目元がピクピクと震えており、その目は真剣(マジ)である。

 

それがどれだけ真剣であるかは、その心の動きを正確に掴んでいる打ち止めも良く分かっており、<妹達>の脳波と微弱な電流波が形作る<ミサカネットワーク>内から、

 

 

『ハッハーッ! ただのミサカがこのミサカに勝てる訳がないだろー、ってミサカはミサカは平民共に勝利の高笑いをしてみたり!』

 

 

『革命の時は来ました、とミサカ10032号はここに宣言します』

 

 

そうして、御坂妹と、本来お留守番を言い付けられていた打ち止めは保護者から離れ、街中へと走り去ってしまった。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

凶悪な『兵器』には、いざという時の為に『安全装置』が必要だ。

 

そう、例えるなら、<禁書目録>。

 

頭の中にある『魔導図書館』には、<自動書記(ヨハネのペン)>によって、“少女の自由意思に関係なく”外部制御できるように『調整』されている。

 

それはこの<失敗作り>も同じ。

 

彼女の脳には特殊な器具が埋め込まれており、その許可なしには使う事はできない。

 

そして、その『スイッチ』は“2つ”あり、その片割れを持っていれば、テレビとリモコンのように誰でも使える。

 

凶悪だから無期限に操られる。

 

最悪故に無制限に操られる。

 

 

「―――ったくよぉー、2つ用意するなんて、しちメンドクセー仕掛けを作りやがって、おかげでぶっ殺しちまったじゃねーか」

 

 

その女性の足元には、1人の男性の“下半身”が転がっていた。

 

それは、血は繋がっていないが、同じ一族の一員だった。

 

しかし、彼女は例え、血が繋がっていようが殺すのに一切の躊躇いはない。

 

これは彼女が異端などではなく、この一族の常識だからだ。

 

一族は仲間だという『世間の常識』の枠に当て嵌まっているようではこの一族ではない。

 

効率を合理的に優先する。

 

己に利用できるものは何でも利用する。

 

姪でも、そして、孫娘でも。

 

生まれながらにして、<木原>じゃないこの新参者には分からなかったようだ。

 

 

「さぁってと、2つ目の『スイッチ』は回収したし次の行動に移すか。っとその前に、コイツの研究データーって何だっけ? 確か、生物学の……とにかくそいつも回収しておくか。あとで暇つぶし程度に読んでおいてやろう」

 

 

邪魔者は消し、準備は整った。

 

何事も己の研究を最優先に考え、利用できるものなら何でも利用する。

 

例え、学園都市が崩壊する事になろうとも。

 

 

 

 

 

地下街

 

 

 

―――ゴキィ!!

 

 

携帯のデジカメモードで証明写真を済ませようとしたのだが、何の前触れもなく<空間移動>で現れたお姉様命白井黒子のドロップキックカットにより、写ったのはツーショットではなく、当麻のツンツン頭と吃驚した美琴と黒子のパンツという極限のスリーショットとなってしまい、台無しになった。

 

その後、黒子は牽制するかのようにこちらを一瞥。

 

その視線は殺気めいたものを感じさせ、良く見ると手には金属矢が。

 

 

「い、一体何が!? しかもこれって大切なものなんじゃねーの!?」

 

 

戸惑いながらも当麻は命の危険を感じ、じりじりと摺り足で後退。

 

対する黒子は、白の手袋代わりに<風紀委員>の腕章をビシッ! と投げつけてやる。

 

ここ最近、黒子は寝不足に悩まされていた。

 

それは愛しのお姉様が恋する少女のようにふかふか枕をどこかの誰かに代用しながら両手でぎゅっと抱きしめ、『……んふふ……。罰ゲームなんだから、何でも言う事聞かなくちゃいけないんだからねー』とか『……まずは何をしてもらおうかなー……むにゃ』何だかとんでもなく幸せそうな笑顔と共に、可愛らしい寝言が飛び出したり……

 

北イタリアへ旅行にいった愛しの大お姉様にあの噂、『禁断の逃避行』の真偽を確かめようと旅の話を聞いてみると頬を意味深に桜色に染めつつ、『詳しくはあまり言えませんが、ここでは経験できない事がたくさんできて楽しかったですよ、ふふふ』と少女から女になったように見える一段と余裕のある微笑でかわされてしまったり……

 

と、それら発言の意味を、人間が生きていくのに必要な睡眠時間を犠牲にしてまで黒子なりに解釈した結果、『お姉様と大お姉様の義姉妹丼とはなんとうらやまけしからんですわ!!』となり、さらに夏休みに『詩歌と付き合いたかったら俺を倒してからにしろ! 俺より弱い奴に詩歌は任せられねぇ!』と言っていたので、上条当麻は、白井黒子の野望、百合百合三義姉妹ハーレムの宿敵であると認定、大認定。

 

でも、黒子にも一応は自制心というものがあり、また、先程の目から鱗が落ちるようなお姉様への忠誠の態度から、もしかすると奴隷? 宿敵ではなく同士? ともしかすると寝不足で頭のネジが2、3本飛んでいってしまっているのか、とりあえず平和的な『共存』の道を模索しようかと考えていたのだが、あのツーショットを目撃。

 

 

「(お姉様と大お姉様両方に毒牙にかけようとは)もう我慢なりません! わたくしと決闘ですの!」

 

 

ドーーンッ!! と宣戦布告。

 

カッとなってやってしまったが後悔はしていない。

 

ちょっと目を離した隙に何をしようとしていたんだこの愚兄は!

 

やはり、『共存』はありえないのだ!

 

勝つか負けるか、オールインベット!

 

 

「お姉様はそこで立ち会って頂ければ結構ですわ!」

 

 

「はぁっ!? 何勘違いしてんのよ黒子! 私はただゲコ太ストラップが欲しいからペア契約を頼んだだけで!!」

 

 

「お姉様! わたくしが勝ったら、わたくしと2人でペアになってくださいまし! そうすれば何の問題もありませんの!」

 

 

黒子ワールド全開でスーパーハイに陥っている後輩に、美琴はちょっと表情を引き攣らせ、その状況は良く分からないまま得体の知れない情念に押されていた当麻はそこで、おっと事態の解決法に気付いたように、

 

 

「え? それでオッケーなら、俺はもう帰っちゃって良い?」

 

 

「何で逃げようとしてんのよアンタはーっ!! つーか、男女のペアじゃなきゃ駄目だっつったでしょーがっ!!」

 

 

素の疑問がトリガーとなり、美琴の精一杯の雷撃の槍が両者に叩きつけられた。

 

あの名門お嬢様学校の女子生徒が感情のままに暴れるのは大変良く目立ち、周囲の耳目を集めて……

 

 

「あれは確か、御坂さんと白井さんに……先輩のお兄さん?」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「―――打ち止めさんがいなくなった?」

 

 

買い物が終わり教員用住宅へ戻ろうとした詩歌へ連絡が入る。

 

留守番を任せたはずのだが、いつの間にマンションの中からいなくなっていた。

 

何でも黄泉川の教員用住宅はホテルと同じオートロック式で外へ出るだけなら鍵は必要ない。

 

それに、『ミサカもミサカも買い物に行きたいーっ!』と駄々捏ねていた事から自分の後を付けようと、こっそり遊びに出ていても不思議ではない。

 

けど、詩歌は買い物の最中、そんな気配は感じなかったし、途中寄り道もしてしまっている。

 

 

(……迷子、で済むならまだいいですが……)

 

 

早歩きをしながら考える。

 

夏休み最終日に、打ち止め――<最終信号>はテロを目的に天井亜雄に攫われた事がある。

 

また、<妹達>を莫大な利益を生む研究対象と見て捜している組織はいて、<大覇星祭>でもそれを巡って、木原幻生という研究者と、御坂美琴、食蜂操祈、鬼塚陽菜などと一緒に事を構えた事もある。

 

 

『あーでも、何か下位個体? っていう子と追い駆けっこしてるって留守電が入っていたじゃん』

 

 

下位個体、つまりは、<妹達>の内の誰かだ。

 

それなら<妹達>で携帯を渡してある検体番号9982号、美歌に連絡すれば、何か分かるかもしれない。

 

 

「わかりました。私も打ち止めさんを探しに行きます」

 

 

『いや、詩歌ちゃんはそのまま戻って来て。迷子捜索は<警備員>の黄泉川お姉さんに任せておきなさいじゃーん』

 

 

学園都市には、店内BGMとかと一緒にスピーカーから流れている『耳に入らない音』がある。

 

厳密には可聴域外の低周波で、それを<警備員>が持っている特別な周波数をぶつける事で、きちんとした音になる。

 

そして、それはスピーカーごとに違う音が検出できるようにできていて、その音を調べれば留守電からでも『どこから電話を使っているか』、逆探知を妨害されていなければ大体分かる。

 

これは<警備員>の探索法の1つで、それ以外にも複数の手段を用いて情報を多角的に整理できるのだ。

 

 

(少し、職権乱用な気もしますが、打ち止めさんは逸早く見つけないと)

 

 

『それに、一方通行も探しに出てるじゃん』

 

 

「え、あー君が?」

 

 

一方通行というその名は悪名として轟いている。

 

今は落ち着いているが、その第1位という最強の座を狙って数多くの不良が勝負を仕掛けられ、そのどれも悉く返り討ちにしている。

 

『あの一方通行の顔見知りである』というだけで、人質にされたり攻撃対象にされてもおかしくはない。

 

迂闊に外に出れば、何らかの厄介事に巻き込まれる可能性が高いのだ。

 

しかも今の一方通行は退院直後の杖付きの身。

 

それに………

 

 

『まっ、心配するのは分かるけど、男の子は厳しく接してやった方が伸びないもんもあるじゃん。『くっだらねぇ』って言いながらも、負債を返していこうって気になってるから、しばらくは見守っていて欲しいじゃん』

 

 

だから、詩歌ちゃんは料理を作っててー、と。

 

しかし、詩歌は歩みを止めてしまう。

 

その足音が止んだことから黄泉川は詩歌の心中を察し、

 

 

『私ごとき下っ端<警備員>が彼の闇を推し量れる事なんてできないけどさ。私も同じ種類の“借金”を抱えてるから大体は察してるじゃん』

 

 

電話口から漏れる暗い感情の匂い。

 

黄泉川には、『子供に対しては武器を向けない』というルールがある。

 

例えどんなピンチでも、自分の腕で、もしくは盾しか使わない。

 

それは、子供に武器を突き付けると痛む“傷”があるからだ。

 

 

『彼は途方もない借金を背負っている。それは君も知ってるんだろう? もしかすると私以上に。いやいや別に説教しようって訳じゃないじゃん。柄じゃないしね』

 

 

「……知っていますが、彼の傷の深さが、痛みがどれほどのものかは分かりません」

 

 

<プロデュース>、<暗闇の五月計画>、<暴走能力の法則解析用誘爆実験>、そして、<絶対能力進化計画>……など非人道的な研究を裏で学園都市が行っているのは知っているし、関わったものも少なくない。

 

だが、それはきっと地獄なのだろうが、地獄の“底”ではない。

 

あの誰よりも己の能力を恐れていた彼が、孤高の怪物となり果ててしまったのは、<特力研>、<虚数研>、<叡智研>、<霧ヶ丘付属>などと言った“地獄巡りからも拒絶”されてしまったからだろう。

 

悪魔的であれば悪魔的である程、一方通行は恐怖と憎悪の対象として見られる。

 

誰からも好意を与えられず、誰であろうと好意を向ければ跳ね除けられる。

 

純粋に悪意しか存在しない世界、そして、純粋な好意すらも恐れてしまうのがどれほどの傷かは詩歌には分からない。

 

事実、一方通行から拒絶される事もある。

 

だけど、

 

 

「『不幸』なら分かります」

 

 

上条詩歌は言い切った。

 

 

「所詮、私の優しさは偽善なのかもしれません。同情は自己満足。共感は無意味。理解など論外。けれど、私は止めません。幻想でも彼の傷を少しでも癒せるなら、借金の苦しみが和らぐなら、いつまでも手を伸ばし続けます。だって、あー君は友達ですから」

 

 

その時、漏れ出ていた暗い感情の匂いが霧散し――――

 

 

『あれ? 友達?』

 

 

電話口の向こうの調子が急に変わった。

 

あれ? 聞いてたのと何か違うような……と言いたげな雰囲気である。

 

 

「はい! あー君は私の友達です」

 

 

あれ? 桔梗が言ってたのは……とボソボソ電話口の向こうから聞こえる。

 

どうやら情報の伝達に齟齬が生じているようだ。

 

一度、んんっと喉の調子を整えてから黄泉川の再度質問。

 

 

『えーっと、詩歌ちゃんは一方通行のガールフレンドって聞いてたじゃん?』

 

 

「ええ、“女友達”ですね。あー君とは『ずっと友達でいましょうね』と永遠の友情を誓った仲です」

 

 

『あー、そっちね……しかもずっと……』

 

 

そこで再び電話口から気配が遠ざかる。

 

そして、考え事のようによく聞きとれない小声のBGMが、

 

 

んー? さっきのハプニングの時の向こうの反応は明らかにそうじゃん……

 

桔梗に何だかそれっぽく色々と男女の付き合いについて聞かれた……

 

そういえば、打ち止めが……って言ってたじゃん……

 

それに確かこの子のお兄さんは、鈍感……で有名……小萌先生もそれに困ってて……

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

「あのー、どうしたんですか? 何か変な事でも言っちゃいましたか?」

 

 

『あ! ごめんごめん! ちょっと考え事してたじゃんよ。あーでもなるほどなるほど、道理であの反応じゃん……』

 

 

納得したように相槌を打つ黄泉川。

 

何だろうか?

 

電話口からそこはかとなく誰かに同情するような空気が流れてくる。

 

 

「でも、やっぱり黄泉川先生の言う通り、男の子は叩いて伸びる、私も大賛成です。優しさだけではダメですよね?」

 

 

『うんうん……逆にその優しさで傷つく事もあるじゃんねー』

 

 

「わかりました。料理を作りながら皆さんのお帰りをお待ちしております。それと私の方で何か分かったらすぐにお知らせします。ちょっとした伝手がありますので」

 

 

そうして、黄泉川との話し合いを終えた詩歌は教員用住宅へと足を向ける。

 

ちなみにその後すぐに<妹達>の美歌の携帯に電話を掛けたのだが『ミ、ミサカは何も、<巨乳御手>の事なんて何も知りません』と出てすぐに切られ、電話にも出なくなってしまった。

 

 

 

 

 

地下街

 

 

 

『はーい! もうちょい寄ってくださーい! ほらほらちゃんと笑って笑って』

 

 

ばちーん、と今度こそ証拠のツーショットをゲット。

 

 

『お、お姉様の愛が激し―――』

 

 

チーン……と真っ黒子はたまたま近くを通り掛かり、写真撮影まで買って出てくれた親切な後輩、佐天涙子に<風紀委員>第177支部まで連れて行かれ、その去り際、美琴に『頑張ってくださいね』と耳打ちされ、

 

 

『な、ななな何言ってんのよ佐天さん! 違うわよ! これはただ私はゲコ太ストラップが欲しいからペア契約を頼んだだけで!!』

 

 

と佐天に対する弁解というより美琴自身に言い聞かせているような気がしないでもないが、そのままサービス店の中へ駈け込んで行ってしまった……

 

まあ、罰ゲームなんだから多少の理不尽は覚悟していたし、“物理的に叩いて伸ばす”のと比べれば、イージーモードだ。

 

そして、美琴の後を追うように店に入ったのだが、最初はどことなく警戒されていたのだが、途中『ゲコ太と一緒にピョン子までもらえるなんてーっ!!』と瞳をキラキラさせてキャーキャー騒ぐゲコラーモードになってしまったので、先程の二の轍は踏まないと外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

という訳で、上条当麻は今、一人っきりで地下街の待ち合わせ用小広場|(禁煙)のベンチに腰掛け、売店で買った200mlのミニペットボトルのお茶で喉を潤していた。

 

地下街なので分かり難いが、妹お手製の腕時計を見るともう午後4時過ぎ。

 

書類だの申請だの色々とあった訳だが、やっぱり時間がかかったなー、というのが今回の率直な感想。

 

でも、これで罰ゲーム終わりだよな……と不安に駆られたその時、

 

 

「お、御坂、終わったのか? ……ん? 新しい携帯電話の紙袋とか持ってないけど、トラブルでもあったか」

 

 

当麻の元へ御坂美琴が帰ってきた……と思いきや、

 

 

「い、いえ、ミサカは……このミサカはいつもゴーグルを付けている方のミサカです、とミサカは10032号と検体番号を告げつつ認識を改めさせてみます」

 

 

「もしかして、御坂妹の方か」

 

 

言うと、御坂妹はコクンと小さく頷く。

 

御坂美琴と髪の毛一本一本まで同じ体格を持つ少女なので、見間違えるのも無理はない。

 

でも、いつもは一目で区別がつくようなゴーグルがしてあるのだが、今回はそれがなかった。

 

これには何やら特殊な事情があるらしく、

 

 

「……これぐらいのサイズのミサカをご覧にならなかったでしょうか、とミサカは自分の胸のちょっと下辺りに掌を水平に差し出します」

 

 

御坂妹が示しているのは、担任の小萌先生と同じかちょっと低いぐらいの高さだ。

 

当麻は彼女の仕草を見ながら、やや怪訝とした表情で……とそこであることを思い出し、

 

 

「ああ、打ち止めってヤツか? この前写真を見せてもらった事があるけど、何なんだ? お前ら、サイズ変更とかできたのか?」

 

 

「その反応からしてほとんど知らないようですね、とミサカは役立たずっぷりに幻滅しながらあのクソ野郎の逃走ルートの割り出しを続けます」

 

 

当麻の疑問も軽くスルーされ、御坂妹は息(と毒)を吐いた。

 

その学生鞄からは、何やらガチャッと重々しい金属音が聞こえる。

 

また不機嫌だなぁコイツ、と当麻が思っていると、察したのか彼女は事情を簡単に説明してくれた。

 

いつも付けているゴーグルをその打ち止めという<妹達>の中でも上位個体に盗られてしまい、それを取り返そうとサブマシンガン片手に追い駆けてたらツインテールと黒髪ロングの女学生に絶叫されたりと、このままだとオリジナルの美琴と間違われて、彼女の日常生活に支障をきたす恐れがあるので………

 

 

「………とミサカは暗に手伝えと上目遣いで訴えます」

 

 

「……、」

 

 

この強引さはDNAからくるものかもしれない、と当麻は思う。

 

サブマシンガンという不穏な単語が混じっていた気がしないでもないが、精神衛生上的にもう聞き間違えであって欲しいのでカット、これ以上追及はすまい。

 

 

「ともあれ、ゴーグルを取り返す前に暫定で良いから美琴と区別するためのワンポイントが欲しい所だな」

 

 

「それはミサカにおでこキャラになれと言っているのでしょうか、とミサカは首を傾げます」

 

 

「その単語は今すぐ削除しろ」

 

 

ポ○モン育て屋さんに預けていたら、いつの間に余計な技を覚えていた。

 

まさか妹が教えているんじゃねーだろうな、と愚兄は真剣に疑問に思う。

 

 

「おでこじゃなくても、そうだな。格好までおんなじ冬服だし……お前はブレザーを脱げば良いんじゃねぇの?」

 

 

「貴女には公衆の面前で脱げと強要する趣味があるのですか、とミサカはいまいち良さを理解しないままとりあえず従ってみます」

 

 

「ぶっ!? 何でいきなりスカートに手をかけてんだ! 分かったよ分かった脱ぐのはなしなしだ逆にアクセサリーとか付けてりゃ見分けが付くだろ!!」

 

 

「そういった装飾品は今手元にありませんし、購入ともなると値が張りそうです、とミサカは現実的な受け答えによって家庭的な雰囲気をアピールします」

 

 

やっぱり、あの育て屋さん(カエル顔の医者)には一度御坂妹達の生活環境や妹のナースコスプレの件も含めて問い質した方が良いな、と当麻は心の中にメモしつつも、

 

 

「いや、アクセサリーっつってもピン切りだからな。ほら、美歌が缶バッチを付けてるように区別がつけば良いんだし、そこらの露店で売っているようなもんなら1000円ぐらいでどうにかなるよ。その程度なら俺が買っても良いし」

 

 

「買って……」

 

 

その時、御坂妹の心の中でファンファーレが。

 

今まで、『上位個体より優れたミサカはいないのだーっ!』とちっこくて間抜けな権力者のミサカや『姉より優れたミサカなどいないのです』とほとんど生まれは一緒なのに年長者ぶっているミサカなど、運が良くミサカ内ヒエラルキーの上位に立つ、己のアイデンティティ持つミサカを御坂妹は羨ましい、と。

 

 

「何だろうな。女の子のアクセサリーって言ったら指輪とかが良いのか」

 

 

「……、ゆびわ」

 

 

まさか、詩歌お姉様から好感(なつき)度MAXで進化した打ち止めや、お姉様から『カエルのバッチ』を貰って|(正確には奪って)進化した美歌のように、いや、これはその上をいく人生のゴール、つまり、<妹達>最終進化形態の―――

 

 

「いや指輪じゃ駄目だな目立たないし。もっとパッと見で分かるようなモンだと、髑髏のマスクとかの方が良いかって痛ァ!?」

 

 

進化キャンセルされた瞬間、御坂妹の『やつあたり』が炸裂した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(何か誰かに同情されている気がすンなァ?)

 

 

一方通行は遠くから生温かい同情の念を察知していた。

 

ここは地下街を入ってすぐそこのファーストフード店。

 

乙女の『げきりん』から復活した一方通行は、起きたら消えていた打ち止めを捜す為に、この留守電から探知した地下街へ現代的なデザインの杖を突きながらやって来ていた。

 

別に、彼女と何だか顔が合わせ難いとか、こんな時に寝てたらまた『げきりん』がきそうだから逃げ出したという理由ではない、決して。

 

で、何故捜索途中に飲食店にいるのかというと、今目の前で積りに積もっている大量のハンバーガーやフライドポテト、サラダその他の山々|(これ全部一方通行が買い与えており、彼女は一銭もお金を持っていない)に挑んでいる真っ白な修道服を着た銀髪で緑色の瞳の少女とそれに抱えられた三毛猫に地下街へ来た所、横からいきなりぶつかってしまい、

 

 

「あれぇとうまじゃないとうまじゃないよとうまだと思っていたのに何でとうまじゃないのこの人とうまはどこに行ったの何でも良いけどお腹が減って動けないんだよあの塩と胡椒とお肉の匂いがジュージューと漂っていてとにかくあれ食べたいあれ食べたいどうすれば良いのあれ食べるにはどうすれば良いの?」

 

 

「……、」

 

 

と、本来ならこの時点で、この空腹少女の全身を粉々にしてその辺に捨てておこうと考える一方通行だが、何とも間の悪い事につい数分前に黄泉川から『たまには良い事でもしてみたら?』的な発言をされたばかりである。

 

いやはや慣れないトークなどするべきではないものだ。

 

別に黄泉川の言葉を律儀に心の隅に留めておく必要などどこにもないのだが、ここで真っ白シスターを殴り倒して先に進んでしまうと、何となく『お前の煙草やめます宣言は30分しか保たなかったなあっはっはー』みたいなニュアンスの台詞を言われる気がするのでそれはそれで癪だ。

 

人の話を聞かずに喋り続ける所があのガキと似ているな、と思ったがそれが気にかかったと認めるのは死んでも嫌だった。

 

そんな訳で、一方通行はその空腹少女を近くのファーストフード店に蹴り入れて財布を投げつけた所、『あれもこれも全部食べたい』と、馬鹿げた台詞を吐きやがったため現在に至る。

 

一方通行は過去に様々な研究(プロジェクト)に体を貸しており、金は使っていない口座に幾らでも放りこんであるのだから金銭的な面で問題はないなのだが……しかしまぁ、これだけの遠慮なしにハンバーガーをガツガツ消費していくこの修道女の許容量はどんなものなんだろう?

 

ついでに、この修道女が抱えていた三毛猫は店の外で野良猫たちとミニャーミニャーと今年の秋のトレンドについて集会している。

 

 

「馬鹿げてやがる……。あのクソガキ相手にしたってここまで疲れたりしねェぞ」

 

 

「もが?」

 

 

「いちいち動き止めてねェで一気に食え。そして俺に何か言う事があンじゃねェのか?」

 

 

「ごきゅ。うん、ありがとうね」

 

 

「―――一言かよオイ」

 

 

これは大変な人間と遭遇してしまったと一方通行は首を緩く振った。

 

修道女は並べられたLサイズの、ちょっとした小型ペットボトル程の大きさのあるジュースのボトルをそれぞれ5秒で飲み干していくと、

 

 

「えとね、私の名前はインデックスって言うんだよ?」

 

 

「味分かンかそれ?」

 

 

「とうまを捜していたんだけど途中でお腹が減っちゃってね。というか、そもそもお腹が減ったからとうまを捜そうと思ったんだけど」

 

 

大量のハンバーガーを全部平らげたインデックスという少女が地下街にいる理由は、自分と同じで『とうま』という人を探しているらしい。

 

日頃からこんなのを相手をされている彼女の知人――『とうま』にはご冥福をお祈りする。

 

無邪気というか食欲旺盛というか、あのクソガキのように口の周りにソースがべったりとついている事に気付いていないインデックスに、『チッ』と舌打ちをしてポケットティッシュを投げ渡す。

 

だが、ビニール包装からティッシュを取り出すのに悪戦苦闘するという現代知識の欠如っぷりを見せつけられて余計に溜息をつく。

 

とりあえず、こちらも人捜しの責務を果たす為に、携帯電話のスイッチを入れ、小さな画面に打ち止め……そして、アイツのツーショットのデータを表示して|(クソガキがいつの間に撮っていたもので、消すのも意識しているようで癪だった)、それをインデックスの方へ向けつつ、

 

 

「オマエ、コイツに抱きかかえられているガキを見た事があるか?」

 

 

「あ、しいか! それにこれ、この前、しいかに見せてもらった写真と同じだ。私は一度見たものは忘れないから、間違いないんだよ!」

 

 

一撃即答。

 

しかし、今、聞き逃せないワードが出てきた。

 

一方通行が眉を顰めるのも構わず、インデックスはまくしたてる。

 

 

「そっちの子は知らないけど、しいかは今日、“お友達”の退院の付き添いに行くって言ってたんだよ。だから、とうまを捜してたんだけど。本当ならしいかのご飯の方がおいしいし、やっぱりしいかの方を捜そうかな? でも、ここまできたらとうまを見つけないと何となく気が済まないし」

 

 

と、そこで、

 

 

「あ、もしかして、あなたが『あー君』?」

 

 

どうやら人違いではなく、この少女は間違いなく彼女の知人だ。

 

『あー君』なんて呼ぶのはアイツだけだ。

 

が、

 

 

「さァ、知らねェな」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

あれから、上条当麻は御坂妹の『いかり』を収めようと野口さん(1000円札)を生贄にして、安いネックレスをお納めした。

 

だが、それでもずっとずっとムスッとしており、時折唇がモゴモゴ動いて『指輪……』、『ミサカは左手の薬指の……』などブツブツ言っている。

 

なので、

 

 

「あのー、御坂妹? ネックレスがそんなに気に入らないんだったら返してこようかー?」

 

 

「―――これ以上ミサカから何も奪わないでください、とミサカは小さな声で切に語ってみます」

 

 

……ネックレス自体は気に入っているようだが、だったら、何が原因なのだろうか?

 

こう見えても年頃の妹を持つ兄ではあるが、女性心理というのはいまいち良く分からない。

 

まあ、だから愚兄と呼ばれるのだろうが。

 

それでも、『女の子は甘いものが大好きなんですよー』という金言が、

 

 

「お菓子売ってる。あれ食べよう御坂妹」

 

 

「もので釣るとしてますか、とミサカは単刀直入に告げてみます」

 

 

「ううっ!?」

 

 

当麻はもう一度頭の引き出しから妹からの金言を探したが………ない。

 

 

「しかしミサカの為を思っての言動を実行したその意思は尊重しましょう、とミサカは好意に甘えてみる事にします」

 

 

でも、とりあえず肯定のサインが出してくれた。

 

アイスクリームショップのように、地下街の通路に直接隣接した小さな貸し店舗。

 

そこで売られているのは、ヒヨコや仔犬の形をしたホットケーキ生地で中身はカスタードクリームの人形焼き。

 

そこで店員している大学生くらいのお姉さんから教えてもらった所によると、動物によって味は同じで、ただどんな形に人間は無意識に選んでしまうのだろうかを調べるアンケートを兼ねているらしい。

 

そうして、適当に当麻はヒヨコを選び、近くの机に御坂妹と着席。

 

 

「はい御坂妹、お食べー」

 

 

「……、」

 

 

「あの、御坂妹……?」

 

 

パックごとズズイと勧めるが、どうも御坂妹はヒヨコをじーっと見つめたまま動かない。

 

それに声をかけても無反応で、ただ『ちちちちち……』と小さく舌を鳴らし始めている。

 

と、そういえば、御坂妹は記憶喪失の自分よりも世の中の経験が浅く、居候のように世間知らずである。

 

もしかすると食べ方が分からないかもしれない。

 

何やらヒヨコの嘴を細い指先でチョンチョンとつついては『む、噛みつかないとは利口なヒヨコ達です、とミサカは感嘆の溜息をつきます』とか何とか言っている御坂妹にレクチャーするつもりで、当麻はおもむろにプラスチックのフォークの先端をそのヒヨコの背中に突き刺す。

 

すると、御坂妹はビクゥ!! と肩を大きく震わせて、

 

 

「ひっ、ヒヨコの丸っこいボディが!? とミサカは戦々恐々してみます……。この子は何故そこまで従順なのですか、とミサカは疑問を抱きますがヒヨコはピーとも鳴きません」

 

 

「ん? さっきからどうしたんだ御坂妹。お前が食べないなら俺が食っちまうぞ」

 

 

「た、食べ……ッ!?」

 

 

御坂妹が何やらソワソワしているが、当麻はヒヨコを口に入れてもにゅもにゅと噛んで、広がっているその洋菓子っぽい甘みを味わう。

 

売り物だけあって、実験品にしては中々。

 

が。

 

口に放り込まれたヒヨコのつぶらな瞳|(チョコレート製)に真っ直ぐ合わさった、御坂妹の瞳がブルブル動揺、

 

 

「…………………………………、た」

 

 

しかし、その間にももぐもぐという音と共に、その何か言いたそうな可愛らしい顔が噛み潰されていく……

 

 

「例え実験品であってもォ! ミサカはこのヒヨコの命をおォォおおおおおォォおおおおおおおおおおおおおおおおォォおおッ!!」

 

 

実験品のヒヨコを守るために、実験動物だった御坂妹は、まるで母親のように狩人――当麻に<欠陥電気>の精一杯の5万Vの電撃を放つ。

 

 

「ぶわーっ!?」

 

 

当麻は咄嗟に右手を盾にしようとするが、不幸にも左手にフォーク、右手にヒヨコの入ったパックとただ今食事中で―――ヒヨコのお菓子を地面に落してしまった。

 

そして、『何で突然暴走気味にバチバチしてんだーっ!?』とゴロゴロ床を転がる|(一応、恩人)当麻、ではなく、散らばっていくヒヨコを見て我に返った御坂妹は裏返しになった透明のパックを拾い上げ、せっせとヒヨコを(パック)へと戻していく。

 

その顔つきは真剣そのものだ。

 

それを見て当麻は申し訳なさそうに、

 

 

「う、うう。ごめん御坂妹……」

 

 

謝罪してきたので御坂妹は両手でヒヨコのパックを抱えつつ耳を傾け、

 

 

「……食べ物を粗末にしちまった。でも3秒ルールがあるので地面に落ちても食べます俺」

 

 

言い終わる前に、何も分かっていない愚兄に御坂妹の蹴りが放たれた。

 

『女の子の可愛いものを見た時の母性本能は時に友情を上回りますよー』とそんな金言が当麻の脳裏に駆け廻ったが、それはちょっとばっかしタイミングが遅かった。

 

そして。

 

用事が終わり、お目当てのものをゲットした美琴が、

 

一日専用機状態な罰ゲームの最中なのに他の娘に現を抜かす愚兄にビリビリポイント1点。

 

折角手に入れたゲコ太ストラップを物欲しそうにする御坂妹に過去、これとは別の個体(美歌)だが奪われた記憶が甦りビリビリポイント1点。

 

同じ可愛いもの好きの血が騒いで御坂妹のヒヨコのお菓子が気になったが『ミサカ“は”浮気しません』にビリビリポイント1点。

 

そして、そのヒヨコを買い与えたのが……

 

 

『人様の罰ゲームの最中だってのにあっちこっちで声かけやがって。そんなに妹って響きが大好きな変態シスコンだったのかこのボンクラがァァあああああああああ!!』

 

 

『ちょ、当麻さんは変態シスコンじゃ――ってうおっ!?』

 

 

浮気? 野郎に御坂妹の2万倍――10億Vの電撃が炸裂した。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

学園都市の繁華街を歩く地味な少女。

 

何も人の手を加えていない自然のままの腰まである長い髪の毛を一房だけ頭の横でゴムで束ねて分けており、整った顔立ちを隠すように野暮ったい大きな眼鏡が掛けられている。

 

それでも彼女は人の目を引く。

 

スタイルの優れた美人である事より、その『ノイズ』という不自然な現象が注目を集めているのだ。

 

ひっそりと咲く小さな花のような雰囲気の少女の輪郭が時々歪む。

 

風に流される霧のように、

 

受信状況の悪いテレビのように、

 

ザザザザと耳障りな音を立てて、

 

グニャグニャとシルエットが揺れ、

 

また元へ戻っていく

 

夏のワイシャツが揺れたと思った時には、青い色のブレザーに包まれていた。

 

普通なら大騒ぎになりそうな光景だが、周囲の反応は『注目を浴びる』程度でしかない。

 

ここは超能力と科学技術の街。

 

大抵の不自然な状況は、拒絶される事なく受け入れられてしまう。

 

そう、

 

 

「全く、“こんな立体映像なんか出しやがって”」

 

 

『少女』を“分析”したのは<警備員>。

 

事件が起きれば銃器すら扱って制圧に乗り出すエキスパートだが、彼らの本職は教師である。

 

学園都市に住む一般人である。

 

 

「どこに能力者はいるんだ。随分手の込んだ悪戯だな」

 

 

彼は“常識的に”『少女』を街の一風景として受け入れている。

 

少女としてではなく『本物と見間違えるほどリアルな少女の映像』として。

 

この街では大抵おかしな現象は全て、『あれは自分の知らない技術によって作られた現象また実験なのだ』で自己解決されてしまう。

 

だから『少女』は受け入れられている。

 

誰がどう見ても人間ではない、本人曰く『怪物』も、排斥されずに受け入れられる。

 

それは幸運なのか。

 

または不幸なのか。

 

怪物ではないが、能力者の手で作られた立体映像(ノイズ)として、1人の心を持った人間だと認めている訳ではない。

 

『少女』は小さく笑う。

 

僅かに苦い、寂しさを交えた笑み。

 

それは人間らしいとしか表現できない、あまりに淡い表現だった。

 

けれど、

 

 

「……また精密な幻像じゃないか。先生が照れるとでも思ってんのか?」

 

 

鈍感な人間は気付けない。

 

そして、

 

 

 

―――……て。

 

 

 

「え?」

 

 

声が届いた――だが、それを塗り潰すような怨嗟。

 

 

「……!」

 

 

この世界に、これほど穢らわしい音があったのか。

 

ひび割れ、嗄れ、悲鳴を上げてのたうち回りたくなあるくらい耳障りな音だ。

 

それが聞こえると同時に、視界に映ったもの全ての動きが停まった。

 

まるで時間が停まったかのような繁華街の光景が、ぐるりと回転し―――

 

 

 

―――逃げて!

 

 

 

しかし、ソレは『少女』の声が浸透した瞬間、世界は元に戻った。

 

 

「み、皆さん! ここは危険です! 学生達は早く逃げてください!!」

 

 

あの『黒い世界』に呑み込まれそうになった学生らは一目散に逃げていく。

 

この街は学園都市。

 

自分には理解できなくても超能力と科学技術で説明が付けると、

 

今のは解析不可能の現象ではあるが何かしらの理屈が通ると、

 

だが、例えどんな理論も、生存本能には敵わない。

 

それでも彼は<警備員>としての職業倫理として“学生”がいなくなってからこの場を離れた。

 

 

 

―――うっ……

 

 

 

『少女の幻想』――風斬氷華を置いて……

 

 

直後。

 

 

風斬氷華の目前30m離れたの地面に1つの黒点が生じる。

 

建物が生み出す自然の影ではない、光さえも呑み込む色濃い暗闇。

 

その真ん中から、とぷん、と小さな水音を発して、それは浮かび上がった。

 

 

「―――」

 

 

龍の顎を連想させる禍々しい兜。

 

深淵なる闇を思わせる滑らかな金属光沢を放つ重厚な装甲に覆われた胴。

 

逞しくもしなやかなラインを描く両脚に、4本の巨大な爪が装着された足先。

 

凶悪に輝く鉤爪状の十指を持つ強靭な腕。

 

そして、隙間隙間から漏れる濃密な瘴気。

 

この全てが、純粋な完全なる力の結晶である。

 

そして、風斬は動けないのではなく、動けなかった。

 

今、ここで自分が逃げれば、この怪物がどう動くかは容易く理解できたからだ。

 

何故かは分からないが理解できる。

 

人間の言葉でいうならアレは―――放心している。

 

自我を持たないモノが、より原初的な本能すらもどこか置き忘れている。

 

だから、己の『力』も存在も良く分かっていない。

 

その気になれば、ここら一帯を片手で消し飛ばせるが、その方法を憶えていない。

 

今は、思い出しかけている。

 

少しずつ、少しずつ、甕に水が溜まるようにして、自我を深めていく。

 

だから、少しでも、少しでも、我が身を犠牲にしてでも時間を稼ぐ―――と、その時、

 

 

 

「―――ったく」

 

 

 

重々しくも穏やかなエンジン音。

 

 

「か弱い女の子を1人置いて逃げるなんて、それでも<警備員>かよ」

 

 

風斬の頭上を飛び越え、巨大で強大なバイクがその姿を現す。

 

 

―――ダメ、逃げて!

 

 

風斬はその意思を振り絞り叫ぶ。

 

しかし、真紅の鉄騎にまたがる細身のライダーは振り返り――笑みを含んだ声で、

 

 

「心配する必要はないよ。アンタは逃げた奴らを気遣い、囮としてここに残ってくれたんだろう? ……その目を見れば分かるよ。だから、アンタのその役をこの<赤鬼>が代わりに引き受けてやる」

 

 

ヘルメット越しでも風斬はその優しい笑みを見た。

 

いつの日かに彼女が見た、自分の歓びではなく、他人を安心させる為の笑みだった。

 

 

―――あ……

 

 

それを最後に風斬氷華は、何者かの意思により移転された。

 

その背中に手を伸ばし、悔やむような顔を残像に。

 

 

「さぁーて……」

 

 

そして、鬼塚陽菜はその笑みを『一鬼当万』と謳われた<赤鬼>としての凶悪な人相に変え、真紅の煉獄を顕現。

 

漆黒の怪物に向かって言い放つ。

 

 

「テメェのその感じに見覚えがあるんだが―――」

 

 

バイクのハンドルをがしっと力強く握り、周囲の煉獄をバイクに巻き付かせ、エンジンから爆発染みた咆哮を轟かせる『火炎車』へと変貌する。

 

 

「―――まずぶっ殺す!」

 

 

地獄に支配された空間を一掃するように、爆風が吹き荒れる。

 

空気を振動させ、大砲のような勢いで突進し、容赦なく轢き。

 

そして、うねりを上げ、衝撃波を撒き散らしながら業火の奔流が漆黒の怪物を呑みこんだ。

 

 

 

つづく

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