とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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学園テロ編 偽善使い

学園テロ編 偽善使い

 

 

 

ファミレス

 

 

 

明かりがついてないのでおぼろげだが、調理器具や厨房のシルエットが見える事から、ここはファミレス。

 

ガンッ! と破壊音が響き、重厚な鋼鉄の扉が盛り上がるが、それでも進行を妨げている。

 

この店の対能力者強盗対策を施した防犯設備は中々の優秀で、力任せに突破するのは叶わぬらしかった。

 

一瞬息を吐き、当麻は打ち止めを床に下ろすと、とりあえず目の前の扉へ向かう。

 

とにかく、光のある場所へ行きたい。

 

 

「あの人、大丈夫かな」

 

 

その時、ポツリと、

 

 

「このまま、本当に助ける事なんてできるのかな、ってミサカはミサカは自分の力のなさを嘆いてみたり」

 

 

打ち止めが不安そうな目でこちらを見上げてきた。

 

力がないと悔やむのは当麻も同じだが、それでも醜態は見せられないし、分かる事もある。

 

 

「さあな。でもここを生き延びない限り絶対に助けられない。ソイツを助けたかったらまず自分が死なない事だ。ソイツだってお前が死んで喜ぶような事はないんだろ?」

 

 

「……うん、ってミサカはミサカは首を縦に振ってみる」

 

 

「よし、じゃあ生きるぞ。俺達には死んだら悲しむ奴がいるんだからな」

 

 

我ながらとんでもない台詞だ、と当麻は苦笑しながら目の前の扉を開けた。

 

そこは客が料理を食べるメインフロアで、白々しい蛍光灯の光に満ち、有線放送が場違いに明るい音楽を流していた。

 

壁に埋め込まれた大型テレビにはCMが映っていて、レトルト食品特有の、脂っぽい匂いが鼻をつく。

 

ごくごく普通のファミレスの風景だ。

 

ただし、

 

 

「……ここもかよ」

 

 

上条当麻は思わず呻いた。

 

店内にいる複数の客と店員が全員意識を失っていた。

 

そう、眠るように倒れていた<警備員>と同じく、ぐったりと力を抜いて、傷一つないまま。

 

パニックが起きた痕跡はなく、誰も彼もが自分でもよく分からない内に倒れていた……という感じの光景。

 

ともあれ、ここを放置するのは危険過ぎる。

 

あの軍団は自分達を狙っているようだが、それでも進行の邪魔はあの黒づくめの男達と同様に容赦なく叩き斬るだろう。

 

この状況下で助けが来るとは考えにくい―――と、

 

 

「あれ? 何だか、外、静かになったね、ってミサカはミサカは首を傾げてみる」

 

 

さっきまでガンガン鳴り続けていた音が止んでいる。

 

ファミレス内に満たされる恐ろしいほどの沈黙。

 

外に感じていた気配もいつのまにか消えている。

 

だが、感じる。

 

 

(殺気……? いや、そんなもんじゃない。もっと断定的な……“排除”の意思だ)

 

 

遠くから、無音なれど、比べ物にならない『前兆』の予感を。

 

 

(どう、する)

 

 

安易に動くのは危険だという心と、

 

早く動かないとチャンスを失うかもしれないという心が交錯する。

 

 

「……、」

 

 

密着するほど近くにいる打ち止めが、心細そうにこちらのシャツを、ギュッと掴んできた。

 

彼女の小さな手の存在が、辛うじて当麻の平常心を繋ぎ止める。

 

そのまま30秒が経過。

 

硬直しながら、懸命に耳を澄ませる。

 

目立った物音は無く、足音もしない。

 

息を殺す。

 

目を瞑る。

 

時を待つ。

 

そして、来た―――

 

 

「くっ―――」

 

 

閉ざされた扉の外側からの猛烈な衝撃が叩きつけてきた。

 

あまりにも唐突で、不意打ちとしては完璧なタイミングだった。

 

爆風が壁を吹き飛ばし―――だが、そのすぐ前で上条当麻は右手を突き出していた。

 

強烈な『前兆』を纏う斬撃は、右手と拮抗した後、ガラスが砕けたような音と共に打ち消された。

 

余波で建物全体が震え、骨組みを何本か崩し、ガラスが全て砕け散った。

 

当麻の頭上にも雨のように土と瓦礫の破片が落ちてきて―――それでも死傷者はいない。

 

裏口からの厨房が削り取られるように損壊し、前の見通しが良くなり、再び雨の降る曇り空が見える。

 

あ、と打ち止めが今の衝撃で落してしまった携帯電話を拾うとするが当麻はそれを手で制す。

 

迂闊に動くのは危険だ。

 

そして、濛々と立ち込める粉塵の中から、最初に出会った漆黒のシルエット――異形の鎧騎士が浮かび上がり、その前に、

 

 

 

「ハッアァーイ♪ びっくりしちゃったカナ。ゴメンねー、これでも加減させた方なんだよ」

 

 

 

甲高い声を上げる黄色い女性が立っていた。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

黄泉川愛穂は車のハンドルを握っていた。

 

見た目は国産の安っぽいスポーツカーだが、エンジン音が妙に低い。

 

だがこれは、逃走者を追う為に、見えない所をガチガチにチューンしているからだ。

 

ギアが七速まで入るという辺りで、どれくらい無茶をしているのかを想像して欲しい|(それでも加速装置などという馬鹿げたものはついていないが)。

 

今日の午後にマンションからいなくなった打ち止めを捜して、適当に車を走らせている訳だが。

 

 

(……? どうにも、道が空いているような……)

 

 

元々、学園都市は学生の街だ。

 

教員や業者、大学生ぐらいしか車を使えない為、普通の大都市圏に比べると交通量はそれほどでもない―――が、それにしても今日は車がない。

 

定期的にワイパーの動いているフロントガラスの向こうに広がっている道は、それこそ滑走路のように見える。

 

 

「どうなってんだか……」

 

 

黄泉川はつい呟いた。

 

その時、カーオーディオの代わりに突っ込んである車内の無線ランプが光った。

 

彼女はウィンカーをつけると、速度を落として路側帯へ車を寄せて停車する。

 

無線機の方を見ると、ガーッ、という低い音と共に葉書サイズの紙切れが吐き出されてきた所だった。

 

デジカメ用の小型プリンターと原理は同じだ。

 

<警備員>の司令本部から各端末へ、指名手配所の顔写真などを送る時に使われるものだ。

 

写真は粗かった。

 

遠距離から撮っただろうか、カメラが揺れていて、輪郭もぼやけている。

 

それでも、大勢の<警備員>が倒れている中、黄色い服を着た女が突っ立っているのが分かる。

 

 

「?」

 

 

黄泉川は戸惑った。

 

普通なら、写真の他にも現場の情報などの文字情報もプリントされている筈だが、それがない。

 

これでは、そもそも写真の女が何をやったかも不明だ。

 

何らかの事件の容疑者なのか、それとも保護対象なのかも判断がつかない。

 

迷子になっている打ち止めも気になるが、やはり優先順位は『迷子』より『事件』だ。

 

黄泉川は無線機のスイッチを押して、それから言った。

 

 

「こちら黄泉川から本部へ。コール334についての詳細を求める」

 

 

連絡ミスかな、と思って確認を取ろうとしたのだが、返事はない。

 

サーッ、という低いノイズだけが彼女の耳に届く。

 

その後も何度か無線機に向かって話しかけたが、応答が返ってくる事はなかった。

 

 

「……、」

 

 

黄泉川は無線機のスイッチを切った―――その時、

 

 

「え、『駆動鎧』。まさか、あれは……」

 

 

窓を横切る頭でっかちな西洋の鎧の機体。

 

大型トラックとその周囲を警護するように、複数の『駆動鎧』が並走する。

 

そのトラックの壁面に書かれた文字は―――<MAR(Multi Active Rescue)>。

 

<警備員>内に常設された災害時における救助を目的として出動する緊急時用の部署、『先進状況救助隊』。

 

対能力者に特化していて、装備も充実。

 

戦車をよりも高性能な『駆動鎧』が隊員に支給されており、今まで幾度も暴走能力者を押さえてきた実績もある。

 

所謂、<警備員>の中で、エリート中のエリート部隊だ。

 

ただ……

 

 

(この組織って、何だか胡散臭いじゃん)

 

 

色々と黒い噂が絶えず、夏休みにも『武装無能力者事件』の黒幕であったのではないのかと疑いがもたれている。

 

ついでに、その能力者とはいえ学生を力で押さえつけようとするやり方が、黄泉川は気に喰わない。

 

まあ、疑いがもたれている程度で、証拠も何もなかった訳なのだが。

 

路側帯に停めた車の中でそれを見送ると、改めてその葉書サイズの紙切れを注視する。

 

そこには、雨の中で倒れている<警備員>達と、その真ん中に突っ立ている黄色い服の女が写っている。

 

 

(この女……)

 

 

もう片方の手の指で、写真の中の女を弾く。

 

 

(一体これは何なんだ。見た感じじゃ、保護対象ってツラじゃないじゃんよ。まるで、ウチの同僚を叩き潰した後みたいな……)

 

 

不気味な感触が、背筋を駆け抜け、それと同時に、自分の同僚が地面に伏している事に怒りを覚える。

 

 

(ま、ツラを見かけたら丁重にお話を伺うとしますか―――)

 

 

適当に考えたが、黄泉川が再びスポーツカーを走らせる事はなかった。

 

 

ゾン!! と。

 

黄泉川愛穂の脳に、唐突に衝撃が走ったからだ。

 

 

「あ……ッ!?」

 

 

悲鳴すら上げられなかった。

 

そのまま全身から力が抜け、彼女の上半身がハンドルにのしかかった。

 

胸が圧迫されて苦しかったが、どうする事もできない。

 

身体の芯から指先まで、全ての力が奪われている。

 

急速に視界が狭まっていく。

 

 

(な、にが……)

 

 

訳の分からないまま、黄泉川の意識が落ちていく。

 

ほんの数十cmの所に車内無線のスイッチがあった。

 

しかし、手は動かず、助けを求められない。

 

呼吸すらもままならなくなってきた。

 

 

(……この、写真)

 

 

気をつけろ、という同僚からのサインだったかもしれない。

 

もしかしたら、自分と同じ状況に陥った<警備員>が、最後の力を振り絞って送信してきた可能性もある。

 

だが、それが生かされる事はなかった。

 

 

(……くそ……)

 

 

親指と人差し指の間に挟まっていた写真が、ひらりと落ちた。

 

それと同時に、黄泉川愛穂の意識も完全に失われてしまった。

 

 

 

 

 

ファミレス

 

 

 

(何者だ? これまでの奴らとは明らかに違う)

 

 

妙な女性だ。

 

服装は、中世ヨーロッパの女性が着ているようなワンピースにも見える。

 

髪は全て頭で束ねられた布で覆われ、毛の1本も見えない。

 

顔は、口も鼻もまぶたもピアスが取り付けられていて、バランスは非対称に崩れている。

 

目元には強調するようなキツい化粧が施されていて、威圧感が余計に増していた。

 

そして、手には全長1mを超す巨大なハンマー。

 

柄の掴まれないための防御策か、それとも儀礼的な装飾なのか、グリップの中ほどから先端にかけて鋭い有刺鉄線がグルグル巻きにしてある。

 

殴れば痛いでは済まされない物騒な凶器だが、それよりも、

 

 

(後ろのアレの動きが止まっている? いや、まさかこの人が止めているのか?)

 

 

道の前を立ち塞ぐものなら誰であろうと断つあの異形の親玉が、何もせずに停止している。

 

 

「ハハッ、怖がってるなぁ。ま、あんだけピンチってたら仕方ないでしょうけど、大丈夫よー、このお人形さん私の命で止まっているからー」

 

 

こちらの動揺や警戒などお構いなしに女は笑いながら続けるが、その瞳には冷酷な光が湛えている。

 

味方ではなく、敵だとするなら、あの怪物と同時に襲い掛かってきたとするなら、

 

間違いなく、打ち止め、そして、背後にいる人達は死ぬ。

 

 

「お前は……」

 

 

当麻は隠すように打ち止めを庇いながら、低い声で尋ねる。

 

瓦礫を蹴り飛ばしながらファミレス店内へ入り、女は正体不明のハンマーを軽く揺らしながら、静かに告げる。

 

 

「<神の右席>の1人、前方のヴェント」

 

 

ヴェントと名乗った女は、悪戯のように舌を出し、

 

 

「で、早速質問何だけどさー」

 

 

その舌と繋がった細い鎖の先端に付けられた唾液で濡れた十字架をじゃらりと垂らしながら――――悪意に満ちた問いを投げかける。

 

 

 

「上条当麻。このお人形、アンタか、アンタの妹の上条詩歌、どっちを狙わせてあげた方が良い?」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

一方通行は携帯電話を使おうとしたが、もしかすると木原数多は電話回線上から番号を探知する機材を使っている可能性がある為、少し歩いて公衆電話からかける事にした。

 

すっかり使われなくなって久しいのだろう、やや汚れた感じのする公衆電話の電話ボックスに入ると、まずは緊急用の赤いボタンを押してから、救急車を呼んだ。

 

背中を刺されながらも車を運転した<猟犬部隊>の男は、彼女の的確な処置のおかげで命を繋ぎ止めている。

 

馬鹿みたいな話だが、誰であろうと死者を出さず、そして、意地でも自分に人殺しをさせるつもりはないらしい。

 

今も、色々と策を講じ、準備を進めている。

 

本当に馬鹿なので、黒づくめの男からも『殺せよ! 木原さんに目を付けられたのがどんなに恐ろしい事なのか分かってねぇのか!』と散々蔑まれたが、それでも変わらない。

 

むしろ逆に、あの平和馬鹿は説教で捩じ伏せた。

 

まあ、男がどうなろうがどうでも良いんだが……

 

それよりも『嗅覚センサー』の方が厄介だ。

 

警察犬を機械化したようなもので、五感情報をデータ化し、複数混じった匂いの中から必要なものだけを取り出し、メモリに登録する事ができる。

 

狩りにおいて、常に相手の位置を捕捉出来るのは、相当有利だ。

 

つまり、証拠隠滅班が持つ匂いを誤魔化せるそれ専用の洗浄剤がない限り、『嗅覚センサー』から逃れることはできず、常に『相手から奇襲される』とこちらは不利な状況下である。

 

しかも、相手側は『嗅覚センサー』の洗浄剤を持っている為、打ち止めの捜索の役には立たない。

 

なので、救急車を呼んだ後、今度は打ち止めの携帯電話の番号をかける。

 

 

「……、チッ」

 

 

相手が出る気配はなく、返ってきたのは『携帯電話の電源が入っていないか電波の届かない場所にいるかもしれない』という旨のアナウンスだけだった。

 

でも、これは予想通りだ。

 

狭い所に逃げ込んでいれば電波の届かなくなる事もあるだろうし、着信音や振動音が辺りに響くのを危惧しているかもしれない。

 

最悪の可能性が頭をよぎったが、今は自分のやるべき事を実行していく。

 

最後にかけるのは……

 

 

『こんな時間にどんな用件かな?』

 

 

あのシスターを送り付けた病院のカエル顔の医者。

 

最初は女性看護師が応対したが、一方通行が取り次ぐように言うと、すぐに医者に換わった。

 

 

「トラブルが起きた。デカいトラブルだ」

 

 

『一応、御坂妹さんとやらから大体の事情は聞いているよ? 彼女達の電気的ネットワークを介して情報の交換が行われているらしいね』

 

 

代理演算で間借りしている一方通行には利用できないが、<妹達>には<ミサカネットワーク>という独自の情報網がある。

 

 

「だったら話が早ェ。ソッチが知ってる情報を渡せ。あのガキはどォなってる?」

 

 

『今は追われているようだね。たまたま居合わせた一般人と逃げている。まだ捕まってはいないようだが……正直に言おう。時間の問題みたいだ』

 

 

どうやら打ち止めはあの場から離れた後、周りに助けを求めたらしい。

 

難点は、求められた方に期待していただけの力量がなかったという事か。

 

一方通行は舌打ちし、

 

 

「場所は?」

 

 

『彼女自身も掴めていないようだ。どこかのファミリーレストランのようだけどね?』

 

 

流石にその情報だけでは場所を特定するのは不可能だ。

 

しかも、<妹達>の方も、ただでさえ身体を調整中だと言うのに、今は何やら調子がおかしいようなので打ち止めの捜索には出せない。

 

忌々しいが、今は本来の仕事を果たす事にする。

 

 

「そっちに白い修道服を着たガキは来たか?」

 

 

『今、応対に困っていた所だよ。彼女、何で君の代理演算の事を知っているんだ』

 

 

「お前にゃ関係ねェ。だが、とにかくそのガキは保護しろ。おそらくこれから24時間程度は命を狙われるはずだ。目を離すなよ」

 

 

『やれやれ。<警備員>には任せられない問題なのかい』

 

 

「平和主義の教師共に何ができる」

 

 

今、この状況は予想以上に混沌だ。

 

非常事態ならとにかく、異常事態に<警備員>など役に立たない。

 

カエル顔の医者はやれやれと嘆息しながらも、病院内にある戦力について教える。

 

調整中の量産軍用<妹達>が20人ほど。

 

あとは『実験』当時使われていた対戦車ライフルの<鋼鉄破り《メタルイーター》MX>とF200Rの<オモチャの兵隊(トイソルジャー)>が人数分。

 

もし万全であったなら、とにかく、今の<妹達>は役に立たない。

 

病院にいる職員と患者は全員退避させておいた方がいい、と一方通行は忠告したが、

 

 

『僕に持ち場を離れろって? 一体、この病院にどれだけのベットがあるか知っているかな』

 

 

「300ぐらいか」

 

 

『700だ。新生児や重症者など、迂闊に動かすのが危険な患者が53名ほどいるね? しかも、その内の1人はつい先ほど手術が終わったばかりだ。この大移動がどれだけ無茶な事かは分かっているかな』

 

 

「……、」

 

 

『ここを離れれば、急患が出た時はどうする? そちらの問題もあるんだけどね』

 

 

カエル顔の医者の言葉に、一方通行は下手な言い訳や労いはかけない。

 

そんな暇はない。

 

 

「できるか?」

 

 

『やろう』

 

 

質問を即答で返す。

 

カエル顔の医者の雰囲気が、いつもの飄々としたものから、全く別のものへと切り替わっていく。

 

彼は患者であるなら誰の命を救うし、必要なものがあるなら何でも揃える。

 

火事に見せかけるように発煙筒を使用し、テロだと偽装する事で、強制避難の大義名分をでっちあげる。

 

動かすのに危険な患者もいるが、命を守るのが彼の仕事だ。

 

幸いにして、急患もいくつか代案はあるし、重傷者の移転先もある。

 

だけど、

 

 

『それで、君はどこまでやるつもりなんだい?』

 

 

「木原は……<猟犬部隊>と一緒に潰す。そしてあのガキを無傷で助け出す」

 

 

『不可能だよ』

 

 

即答。

 

いつもの彼には似合わない、あまりにも端的で冷徹な声に、一方通行は眉を顰める。

 

 

『この限られた状況の中で、君はあまりに多くの行動目標を抱え過ぎている。それでは絶対に達成できない。君の住んでいる世界は、あちこち寄り道しながらゴールを目指して何とかなる程度のものなのかな?』

 

 

彼は一方通行以上の地獄を見てきている。

 

医者という職業はそれだけ血と涙で溢れ返っている。

 

だけど、彼は地獄に留まるのではなく、きちんと帰ってくる。

 

故にカエル顔の医者はこう呼ばれる―――<冥土帰し(ヘブンキャンセラー)>、と。

 

 

『君と同様、闇ってヤツを知っている先輩からアドバイスをしよう。目標は1つに絞れ。木原率いる<猟犬部隊>を潰す? そんなつまらない事は後でもできるだろう。君が今ここでしなければならない事はたった1つのはずだ。それも分からないのかい?』

 

 

「流石は人命優先のお医者様だな。だが、あのガキを無傷で助ける事と、木原達を潰す事は同じなンだよ。どちらかを切り捨て―――」

 

 

『そうじゃない』

 

 

<冥土帰し>は宣告する。

 

 

 

『打ち止めを無傷で助ける? まだそんな、“できもしない”事を言っているのかい』

 

 

 

一方通行の血が凍った。

 

それほど今までの彼のものとは考えらない冷たい言葉。

 

<冥土帰し>は<ミサカネットワーク>経由で、自分達の事情をある程度把握している。

 

だから、言う。

 

現実を見ろと。

 

一方通行は、木原数多の前に無様に這いつくばり、死にかけた。

 

そんな勝つ事すら難しい相手から、打ち止めを無傷で助けるなど不可能。

 

だから、腕が折れようが、皮膚が剥がれようが、内臓が潰れようが、精神的にどんな深い傷を負おうが、『命』という一番大切なものがある限り、この<冥土帰し>の元へ連れてくれば必ず救う。

 

 

『………どんなに最高峰の手を打ったとしても、絶対に―――』

 

 

と、そこで突然、電話が後ろから取られた。

 

 

 

「―――絶対に打ち止めさんを“無傷で”助けます」

 

 

 

 

 

ファミレス

 

 

 

「………私の目的は、上条当麻“もしくは”上条詩歌。それ以外は全部おまけ。あの<禁書目録>ですら、アンタら兄妹に比べりゃ軽いってコトよ」

 

 

ヴェントは気軽に言いながら、巨大なハンマーで空気を薙ぐ。

 

今、この学園都市で無差別に起きている原因不明の仮死化現象はこのヴェントの仕業で、この一夜にして国を滅ぼし、先程繁華街を壊滅させた異形の鎧騎士の『最悪の人造兵器』――<聖騎士王>は彼女の道具。

 

そして、これらの理由は全て、

 

 

「今のアンタらは間違いなくローマ正教の敵。そして我々はどんな手を使ってでも敵を殺す」

 

 

『法の書事件』から始まり、『大覇星祭の使徒十字』、『アドリア海の女王』とローマ正教の謀を上条兄妹は悉く打ち破ってきた。

 

その損害は計り知れぬもので、

 

アニェーゼ=サンクティス率いるおよそ250人ものシスター部隊、

 

優秀な解読能力を持つオルソラ=アクィナス、

 

ローマ十三騎士団50名と隊長格3名、

 

司教と宣教師を1名ずつに、

 

そして、<アドリア海の女王>と<使徒十字>というローマ正教が誇る10の高位霊装――<聖霊十式>を2つも失った。

 

 

「極端な話をしてあげよう。我々は、日本という一国家を消滅させてでもアンタら兄妹を殺すわよ」

 

 

言いながら、ヴェントは手品のように取り出した書類をヒラヒラと振った。

 

何らかの命令書かもしれないが、暗がりで読めない。

 

そもそも日本語で書かれているかも怪しい。

 

 

「この通り、ローマ教皇直々のサイン付き。アンタらは20億人から狙われる身なのよ」

 

 

「何だよ、それ……」

 

 

当麻は愕然とする。

 

ここでローマ正教という言葉が出てきた事に対しても、

 

自分達兄妹の為に国家1つを歴史から消すという、あまりにもスケールの違う話についても。

 

これまで上条当麻と上条詩歌は『何らかの事件の中心に巻き込まれていく』事が多かった。

 

だが、これは違う。

 

 

「だから、今ここでこの店内にいる人間が、いえ、学園都市中の人間が全員死んでも、アンタを殺せるなら全て正当化される」

 

 

『2人のせいで、周りの皆を巻き込んでいる』

 

慄然とする当麻に、ヴェントは手品のように書類を隠し、そして、急に、

 

 

「でもねー、それってあまりにも可哀想じゃナイ」

 

 

同情するような口調で、されど、口には笑みを湛えながら、

 

 

「だから、サービスで、どちらか1人に罪を全部擦り付けんなら、もう片方は特別に免罪にしてあげようってワケ」

 

 

<神の右席>、前方のヴェント独断の慈悲深い配慮。

 

しかし、ヴェントの言葉の意味を理解した時、上条当麻の体は怒りと恐怖に震えた。

 

 

「お前、俺に、詩歌か街の人間の“どっちかしか”助けられないって言ってるのか?」

 

 

今、ここで自分を選ぶなら、きっと自分だけでなくここにいる打ち止め達全員も巻き込まれて死ぬ。

 

だが、もし詩歌を選べば、このヴェントと<聖騎士王>が理不尽な罪を擦り付けた上で妹を殺す。

 

そう、あの身体を真っ二つに両断された黒づくめの男達のように……

 

正しく意図を理解した当麻に、ヴェントはますます口角を三日月のように吊り上げ、

 

 

「諦めて、そこにいる幼子を救っておあげなさい。それとも、妹の為に皆死んでくれって言っちゃうのかしらー」

 

 

ビクッ、とシャツを掴む打ち止めの手が震え、ずしりと彼女の体重が肩に掛かった気がした。

 

いや、彼女だけじゃなく、この場にいる全員の重さが当麻の体を押し潰す。

 

その重圧に、当麻は奥歯を噛み締めた。

 

 

「たった1人の命と、ここにいる全員の命。どちらを選ぶかなんて明白でしょう? ほら、だからさっさとお選びなさい」

 

 

多くを救う為に、犠牲を認める。

 

増えた不幸の数よりも、守られた幸福の数が勝るなら、それは正しいはずだ。

 

 

 

しかし、上条当麻は正義の味方ではなく、己の独善の為に動く<偽善使い>で、世界が敵になろうと上条詩歌の味方を選ぶ愚兄だ。

 

 

 

「打ち止め――――」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

一方通行は、ハッと振り向く。

 

電話に意識を取られて気付かなかったが、そこに……

 

 

「誰も殺さず、打ち止めさんを助けます、先生」

 

 

今度は、カエル顔の医者の方が息を呑む。

 

そう、打ち止めの後に現れた彼女の存在を<妹達>は知らず、彼も予期していなかった。

 

しかし、すぐにカエル顔はまた冷酷な声で、

 

 

『詩歌君。君は極めて優秀だが、それでも、殺さずに<猟犬部隊>から打ち止めを無傷で助けるなど不可能だ。それは君も分かっている筈だ。あの“三沢塾の一件”で、痛感したはずじゃないのかな?』

 

 

「はい。ですが、先生は、どんなに重症だとしても患者の命を諦めた事がありますか?」

 

 

『ないね。命よりも大切なものはない。だから、僕は医者になった。望んだ程度で、人は救えない。もしできるなら、山に籠って365日瞑想しているだろうさ』

 

 

カエル顔の医者だって、大人の都合で子供の命が奪われようとしている、この事態に対して、何も思っていないはずが無い。

 

だから、自分にできる事を着実にやろうとしているのだ。

 

でも、

 

 

「私は命を助ける事だけじゃ満足できません。このまま打ち止めさんが傷ついたというなら、あー君の、命と同じくらい大切なものが無くなります。だから、先生が患者の命を諦めないのと同じように、どんなに挫けようと皆が笑顔で終われるハッピーエンドを目指します」

 

 

『やれやれ。普段は物分かりが良いけど、そう言う所は君のお兄さんにそっくりだ。いつもなら言わないけど、今回は言わせてもらう。詩歌君、君はわがままだ。もし、これで君まで地獄に落ちたらどうするんだ! 僕も、そして彼も、大勢の人間がそれは望んじゃいないはずだ!』

 

 

一方通行は、ただ目を見張る。

 

彼女はこのカエル顔の医者を先生として尊敬し、また、カエル顔の医者も患者や生徒というより、1人の孫娘のように彼女の事を案じていたはずだ。

 

その患者の『命』を救う為に『医者』として戦う彼と、人の『不幸』を失くす為に<偽善使い>として立ち向かう彼女の、その誰もを救おうとする主義は同じはずだ。

 

なのに、今、彼らは対立していた。

 

 

「申し訳ありません。ですが、もう私は、友人を“私と同じような目には”遭わせたくないんです」

 

 

『―――、』

 

 

ここまで、普通では考えられないほど彼らは口論していたが、そこで、先生と生徒の会話が途絶える。

 

そして、彼女は首を横に振りながら、

 

 

「先生。私は先生の事を親のように尊敬しています。ですが、これだけは譲れません」

 

 

『馬鹿者……』

 

 

彼の人を救う術を彼女は受け継いでいる。

 

<冥土帰し>はそう認識している。

 

願わくば理想も、彼女には伝わっていて欲しい。

 

それでも、

 

 

『僕が君に一番最初に教えたのは『命』の大切さだろう……』

 

 

「はい。でも、私が先生から学んだ中で最も大切だと思う事は、『どんな事があっても地獄から戻ってくる』事です。だから、私も先生と同じように地獄から帰ってきます。打ち止めさん、そしてあー君を引き連れて」

 

 

その言葉に、カエル顔の医者は溜息を吐きつつ、

 

 

『……、頼むから命だけは落とさないでくれ。僕のお願いはそれだけだ』

 

 

「わかりました、先生」

 

 

その後、カエル顔の医者は、病院を一時放棄する事になればどこに身を隠すか、そして、打ち止めを回収した場合はそちらへ回すように、と告げると電話を切った。

 

そして、2人は電話ボックスから出て、

 

 

「さあ、木原やら<猟犬部隊>だか知りませんが、とっとと片付けて、打ち止めさんを迎えに行きましょう」

 

 

「……テメェは本当に平和ボケした馬鹿野郎だなァ。言っておくが、こっちはテメェのわがままに付き合うっつってねェぞ」

 

 

「あー君、男の子は女の子のわがままに付き合う義務があるんですよ」

 

 

「ンなの知るかよ。やっぱり、テメェはわがままだ」

 

 

善悪を問わず片っぱしから人を救おうとする<偽善使い>と目的のためなら善悪関係なくぶち殺す悪党は戦場へと向かう。

 

 

 

 

 

ファミレス

 

 

 

「――――逃げろ!!」

 

 

当麻の絶叫に、ヴェントは楽しそうに楽しそうに笑いながら告げる。

 

 

「<聖騎士王>。罪人は上条詩歌」

 

 

鎧騎士は黒い霞を噴出すると踵を返し、ゆっくりと移動を始める。

 

だが、当麻は動かず、打ち止めを一刻も早くここから避難させる。

 

 

「行け!! 早く!!」

 

 

当麻は叫んだが、打ち止めは呆然としながらも、首を横に振る。

 

見捨てたくはない、そして、上条詩歌を犠牲にさせたくない。

 

だから、言う。

 

 

「ソイツの言う事が全部本当な訳ねーだろ!! アイツらは俺と詩歌を両方殺すはずだ!!」

 

 

だから、

 

 

「早く!! 助けを呼んで来てくれ!!」

 

 

当麻は叶うはずもない偽りの理由と目的を与えた。

 

打ち止めはうん、と頷くと小さな足で走っていった。

 

その背中は焦燥に駆られ、ほとんど自失しているようにも見える。

 

それでも、打ち止めは必死に駆ける。

 

 

「やーん、嘘バレちゃってたーっ!?」

 

 

「ったり前だ。いきなりぶっ殺そうとしといて、どちらか片方だけ助けるなんて虫の良い言葉が出るはずねーだろ」

 

 

「だけど、残酷よねぇ。あーんな小さな子供にとって、暗闇の中をあてもなく逃げ続けるってそうとう重荷だと思うけど、恐怖でガチガチになって壊れ始めてるかもね」

 

 

巨大なハンマーを揺らし、

 

 

「それに例え嘘だったとしても、アンタは妹を犠牲にする事を選んだ。それは変えようのない事実。あの、お人形さん、この街を壊滅させてでもアンタの妹を殺すわよ」

 

 

当麻は右手を握り締める。

 

 

「詩歌を殺させねぇし、打ち止めにも重荷を背負わせねぇ。テメェをここでぶん殴って、あの鎧をぶち壊して、どんなにボロボロになろうが最後まで生きて、皆で笑って終わらせてやる」

 

 

所詮は偽善だ。

 

正しい善などできなかった。

 

世界と妹、どちらを選んでも正しくなかった。

 

だからこそ上条当麻の生命が激しく猛った。

 

この不可能という幻想をぶち壊す為に。

 

しかし、

 

 

「アラ楽しい♪ だけど―――」

 

 

その時、ヴェントの表情から笑みが消えた。

 

 

 

「私なら例え嘘だと分かっていても、異教の猿の為に弟を犠牲にするなんて口が裂けても絶対に言えない」

 

 

 

何の事だ、と当麻が問い質す前に、ゴッ!! と破壊の嵐が吹き荒れた。

 

 

 

つづく

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