とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 夕の激闘

閑話 夕の激闘

 

 

 

???

 

 

 

あの男に“用意”させた優秀な個体の血統を持つ女性に子供を産ませる事は出来たが、邪魔になった。

 

この母体自体は何の力を持っておらず、怪物の眷族だろうと今となってはほとんど人間だ。

 

元からそう言った怪物を用意させるのではなく、己の子供でなければだめなのだ。

 

だが、この子供がその力を発現したかどうかが分かるには時間がかかる。

 

だから、その代わりの繋ぎの品として3333人もの『聖歌隊』を勧められ――――それで、私は円卓最強の騎士の座に就く事が出来た。

 

そう、この我が名家の財を成した、あの人造人間にさえ打ち勝った、初代と同じ栄光の名を。

 

と、ここにきてあの男の口車に乗せられて、買ってしまった己の不明瞭さを恨む。

 

あれが奴隷娼婦だと教皇にバレれば、折角手に入れた称号が不意になってしまう。

 

元から怪物ではなく、武器を用意させればよかった。

 

まあ、しかし、邪魔ならば無かった事にすればいい。

 

幸い、あれは身内の無い商品で、力のない始末が簡単な、いらなくなればいつでも捨てればいいのだから。

 

そこらに放置すれば、どこかの誰かに拾われるかもしれないが、記憶を処理すれば問題はないだろう。

 

子供の方も、残念なことにその力を発現させることができなかったのなら………

 

 

 

 

 

 

 

あの男が、この街に来ている。

 

個人的な親交で、まだ繋がりのあるかつての情報屋に、0930事件に騎士団に封印されていたはずの人造兵器が襲来して以来、その動向を探るように依頼していたが、あの男が大変不名誉な称号剥奪、そして、脱団した、との情報が入った。

 

ざまあみろ、それが貴様の実力だ。

 

あの時は一度たりとも剣を合わせた事が無く分からなかった、いや、見ないようにしていたが、今になって思い返してみれば、その才能は全くない、三流が精々で、称号を得たのもその大層な家柄とあの『聖歌隊』のおかげだ。

 

でも、その切り札も、ある一件でルーンを扱う若き天才魔術師に破られてしまったようだがな。

 

そして、昨夜未明、奴がこの街に来た。

 

野良の荒くれ者に堕ちたあの男に、どういった目的があるかは知らない。

 

ただ、自分に会いにきたというのはありえない。

 

あの性根がとことん腐り切った人間が、そんな情を見せるはずが無く、またこっちも見かければ、即座に叩き切る。

 

新しいボスが腕のいい病院に回してくれたおかげで、先日の一件での拒絶反応のツケでまだ本調子ではないが、こうして病院を抜け出せる程度には身体は動く。

 

そして、その心は、この刀のように曇りない。

 

殺す。

 

この機会、絶対に逃さない。

 

 

 

 

 

ビル

 

 

 

アラスカルーンの価値は絶大だが、その利用法は分からない。

 

<禁書目録>の知識があれば分かるだろうが、それが無くても物事の優先順位は判断できる。

 

相手はこのアラスカルーンの碑文の欠片と、それに特殊な封印を施した<明け色の陽射し>。

 

封印を解くには<天体観測図>と、唯一解ける<明け色の陽射し>のボス、またはその血縁が必要で、その2つが無い限り回復は不可能である。

 

魔術は才能のない者の為に発展したもので、<聖人>などの特殊な例を除けば遺伝的な素質は関係ないが、中にはわざわざ『血の情報』を鍵にした術式を作る魔術師もいる。

 

だから、まずはパトリシア=バードウェイを学園都市に保護させる。

 

ボスと血を分け与えられた彼女は必要だろうが、別に他の親族でも代用がきくのだ。

 

きっとこの中では優先順位は低く、学園都市の治安維持機関に保護されていると知れば手を引く可能性もある。

 

それから、<天体観測図(ホロスコープ)>だ。

 

この黒幕の狙いは、アラスカルーンの碑文の完全復元と、その知識を手に入れる事。

 

そのために今、テオドシア=エレクトラが所有する『碑文の欠片』とパトリシア=バードウェイ、そして、ドナーティ彗星と呼ばれる、2000年を超える周期で地球に近づく稀有な彗星の魔術的影響を計算するための<天体観測図>が必須。

 

『碑文の欠片』は魔道書の<原典>であり、人の手で破壊することは不可能で『手を引かなければ破壊する』なんて脅しは通用しないし、パトリシアの命を盾にするのは論外。

 

どれが1つ欠けても、致命的で、<天体観測図>は唯一無二。

 

盾に取るには格好の標的だ。

 

現在、学園都市の中を輸送されているという<天体観測図>を強奪し、これを餌に作戦を練れば………

 

 

 

「さて、かくれんぼは終わりかな? 諸君」

 

 

 

無いはずの出入り口に、後ろ手を組む新たな人物の姿。

 

ちっ、とステイルは舌打ちする。

 

どうやら、<スキールニルの杖>の防衛網を突破してきたようだ。

 

 

「早く! 逃げるのデス!! あれは<破滅の枝>! まともにぶつかれば何もかも燃やされてしまうデス!!」

 

 

ふざけた余裕のない切羽詰まった声は、その男の危険度を端的に示す。

 

テオドシア=エレクトラは宝の守護と解放を司る術式の使い手であり、この部屋を見れば、パトリシアを守るために様々な魔術を準備済みのはずだが、彼女がそれらを一切発動させる素振りさえも見られない。

 

 

「今度は鬼ごっこかね」

 

 

テオドシアが先と同じように<スキールニルの杖>の爆炎防壁を生み出すも、その炎――リチャード=ブレイブの<破滅の枝>の一振りに、軽々と悔い破られてしまう。

 

 

(ただ逃げるだけじゃ追いつかれるか……ッ!!)

 

 

その<破滅の枝>の脅威は、事前にテオドシアから、そして、今、現物を目の当たりにしたから良く分かる。

 

懐からルーンのカードを取り出すステイルに、リチャードは緩やかに首を横に振り、

 

 

「目晦ましにもならんよ」

 

 

「そうかい。なら試してみようか」

 

 

虚勢の笑みを貼り付けたステイルは、リチャードに向けて炎剣を爆発させた。

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

「ほう。全く心配はしていなかったが、思い切って魔術を使って捜して、貴様らの姿を見たら、ちょっぴりイラッときたぞ」

 

 

「?」

 

 

帰りの遅い部下の様子を、その反応を辿って、見に来て見れば、可愛い女の子と話していた。

 

余所の人間にホイホイ懐かないように、きちんとしつけたはずなんだが、これは、どうも、あれだ。

 

私は、“甘かった”らしい。

 

反省しなくては。

 

早急に。

 

 

「ぼ、ボス!?」

 

 

無論、彼らは、駄犬は、魔術結社のボスであるレイヴィニア=バードウェイの事をよく知っているだろう。

 

彼女が決して部下を見殺しにするようなぼすではない―――たとえ、部下が人質にとられようと、黙っているような性格ではない事を。

 

これ以上なく―――知っている。

 

知ってしまっている。

 

あの笑みは、話の通じる状態ではない。

 

 

「ここは我々に任せて、早く、お逃げなさい」

 

 

事態は一刻も争い、説得にかけている時間はない

 

庇うように少女の前に礼服の男たちが並ぶ。

 

そして、その少女の手には、<天体観測図>。

 

 

「ボス、お願いですから話を」

 

 

「悲しいな、ああ、悲しいな―――部下をこの手にかけるなんて。しかし、逆回転する歯車に生きている価値はないな。いいや、貴様らは元々私の部下ではなかったのだろう。むしろこうしてホイホイと任務を放り投げて、私の手を煩わせたという点において―――同情の余地もない。死刑だ」

 

 

「ぎゃああああああッ!! ボスの邪悪フェイスが出たぞおおおぉぉ!! 全員、気を引き締めろ!!」

 

 

頬に片手を当て、ちょっぴり顔を赤らめつつニコニコと微笑むバードウェイの手には、いつの間にウサギの前脚型虐殺マッサージグローブがはめられていた。

 

あれは、まずい。

 

この前、同僚のM・Sが『かわいそうな趣味な人』と社会的に、精神的にも死刑にされた奴だ。

 

 

「さっきから一体これは―――なっ!?」

 

 

と、ここで少女が人の壁の隙間から、ボスの姿を視認。

 

彼女もボスから放たれる邪悪オーラにあてられてしまったのか、固まってしまう。

 

仕方あるまい。

 

何せ、自分達のボスは、容姿や声は妹さんに良く似て可愛らしいものであるが、その中身は結社のボスに相応しい残虐に富み、全てを暴力で黙らせるドSちゃんだ。

 

ボスもまた、彼女の姿を視認。

 

 

「ほう、なるほどなるほど……そういうわけか」

 

 

その口角が、彼女の面白愉快度を示すようにどんどん釣り上がり、その声の調子は明るいが、今後の自分達の未来はお先真っ暗だ。

 

 

 

「可愛いウサギちゃんゲットです!!」

 

 

 

「ぬなっ!?」

 

 

ガバッ! と背後にいたはずの少女、上条詩歌はボスを抱き捕まえていた。

 

 

「うん。目つきは悪いですが、それがまた、まさにスイカにしょっぱい塩を加えて甘さを引き立たせるように良い感じ! 拗ねた寂しがり屋の構ってウサギちゃんです!」

 

 

速い、そして、凄い。

 

あれを可愛いと言えるのは、まだ彼女がその恐ろしさを知りえないから命知らずな真似をできるのだろうが、あのボスを“一瞬”とはいえ、捕まえたのだから。

 

 

「ようし、こうなれば、当麻さんのトラウマでお蔵入りになったウサ耳を早速封印解除―――っ!?」

 

 

解析不能で証拠も出ない、お手軽暗殺系魔術攻撃が腹に打ち込まれた詩歌はしかし、同時に威力を殺すように後方へ下がっていた。

 

まさに獲物を見つけた狩人のようにその目を爛々♪ と輝かせ、

 

 

「ふふふ、お望みとあらば、ウサ耳だけじゃなく、尻尾用のふわふわ毛玉もつけます。ええ、私のお望み通りに!」

 

 

「ふざけるな! これ以上調子に乗るとこの『スーパーふわふわウルトラ可愛いミラクル虐殺肉ミンチ機能付きラブラブプリティ白ウサギグローブ』で屠ってやるぞ!」

 

 

……今日は、この兄妹に捕まえられる運命なのか?

 

このとても邪悪な笑みを浮かべているが、それはそれで可愛いと、それに、最近、打ち止めを置いてどこかへ去ったウサギのように赤眼白肌の友人もそんな感じなので全く問題なし(友人本人が聞いたら、ブチッときそうだが)

 

 

「な、なんて恐ろしい、その可愛さMAXな凶器でわたしを(モフ)ろうとは……っ! <破滅の枝>の炎よりも萌えてしまいそうです!」

 

 

……何だろうか?

 

さっき命からがら逃げ延びたはずなのに、北欧神話最強が著しく脅威度が下がっているように感じる。

 

 

「だったら、その<天体観測図>をこちらへ渡せ。それで50モフを10モフにまで減らしてやろう」

 

 

「よし、断る。そんな勿体ない真似―――詩歌さんは脅迫には屈しません。脅迫してくる相手には徹底抗戦です! 差し出しません。負けるまでは!」

 

 

人権を無視した拷問器具(ウサギマッサージグローブ)に、何故かバッチこいと大歓迎の構えをとる。

 

その目は純粋で、とてもきらっきら☆ している。

 

そして、こちらも邪悪度がますます上昇中↑

 

 

「ほほう。『黄金』系では最強ランクに属する魔術結社を率いる私に逆らおうとは面白い。後で後悔しても知らんぞ」

 

 

「ふふふ、それならば逆に捕まえてモフって上げます。ぎゅ~っと抱きしめちゃいます」

 

 

詩歌に白ウサギマッサージグローブはない。

 

だが、代わりに、それ以上の柔らかさを持つ、ある意味凶器な豊満なクッションは2つある。

 

 

(ああ、あれならボスの小顔は軽く挟めそうだな……)

 

 

すっかり蚊帳の外な<明け色の陽射し>のみなさんは思う。

 

あの少女はその年代で大人顔負けなスタイルだが、こちらのボスは『変なクリームを胸に塗って乳輪を超巨大にし、おわん形アイテムを胸にくっつけて得体の知れない青紫色にした挙句、最終的にはバスト5mで乳首は8個に増えてガトリングガンになった』という超巨大爆乳伝説を、

 

 

「貴様らは絶対に、後で死刑だ」

 

 

ビウン!! と風を切るような音が聞こえ、白ウサギマッサージグローブから霊装の魔術剣が飛び出す。

 

 

ビクン!! と不穏な考えを察知されてしまい、いい年した大人達の肩が跳ね上がる。

 

 

「ふははははは!! ようし、兄同様に良い悲鳴を上げさせてやるぞ。この私に盾突いたのが、どんなに愚かなことか、たぁ~っぷり、とそのおっぱいをビクンビクン震わせて思い知らせてやる。ああ、想像するだけでちょっと吐息が熱くなってしまう」

 

 

例え東洋の<聖人>が相手だろうと、このコンプレックスを刺激させる奴は誰だろうがぶっとばしてきたバードウェイ。

 

魔術剣が唸りを上げ、その瞳の色が、嗜虐心に満ちた色に変貌。

 

 

「な、なんてサービスな―――ではなく、ボスがご乱心!」

 

「これは是非―――いや、ダメだ。早くボスを押さえろ!」

 

 

世界ランキング上位の超ドSを見た部下たちは色めき立つ。

 

 

「ほう、兄同様……悲鳴を上げさせた、ですか」

 

 

そして、今の気になるキーワードに顔色が変わった詩歌さんの目にも、お仕置きに定評のある、同じく超ドS世界クラスのオーラが沸々と……

 

 

「ああ、先ほど貴様の不幸不幸が口癖の熱血愚兄が出会っていきなり(お姫様だっこ)私の“初めて”を奪ってくれてな。お礼にロープで縛って良いオモチャにさせてやったよ」

 

 

「なん、ですと……」

 

 

詩歌さん呆然。

 

不幸と熱血愚兄のキーワードに該当するのは、彼しかおらず、このボスと呼ばれる少女も嘘をついている雰囲気ではない。

 

まさか、こんな小さい女の子を襲うような輩に育てた(躾た)覚えはないが、これは、どうも、あれだ。

 

私は“甘かった”のか。

 

いや、それはないはずだ。

 

いくらフラグを建てようが兄は、そんな腐った性根は……とにかく、その真偽は後で、じっくり愚兄(の体)に聞くとして、

 

 

「……分かりました。小さくて可愛い子には、3度のわがままを笑顔で受けるつもりでしたが、当麻さんを泣かせたのなら別です。心苦しいですが、おしりペンペンです」

 

 

何!? ボスのお尻をペンペンだって! まさかこっちもドS世界ランカーだったのか!? とさらに色めき立つ部下達。

 

そして、2人は1対1の決闘をするように構え、激しくオーラをぶつけあい。

 

そして、先日、日本の大河ドラマを見た部下の1人が路地の先にある電柱を指差し。

 

 

「電柱(殿中)です! 電柱(殿中)でございます、ボス!」

 

 

 

 

 

 

 

例え、裏切るような奴でもそうでなくても、俺達の帰る場所であることには変わりない。

 

大多数の<警備員>の捜査網を潜り抜けて、黒い礼服のマークと上条当麻が、途中、仲間からの連絡を受けてきて見れば……そこに魔術剣と<筆記具>をぶつけ合う2人の姿、

 

 

ガギギギギギッ!!! と加減はしているんだろうけど部下達が割って入れないほど熾烈な打ち合いを演じ、また、会話の内容が大変問題だ。

 

 

止めたいんだけど、今の彼女たちには近づきたくない。

 

 

「……なあ、おたくらのボスって」

 

 

「はい、何かすみません」

 

 

「いや、こちらも妹が」

 

 

信頼は裏切られても良い。

 

でも、信用してほしいと思う。

 

 

『ああ、それから(うっかりシャワー室で)産まれたままの姿をじっくりと観察されたな』

 

 

『そんなのうちの当麻さんには日常茶飯事です。ええ、これは後で兄妹会議です』

 

 

これもある種の信用なのかもしれないが………泣きたい。

 

乗せる方も乗せる方だが、乗せられる方も乗せられる方。

 

お兄ちゃんは後の兄妹会議がとても怖いでせう。

 

当麻はマークから同情の視線をもらうと、胸の底から息を吐き出して、

 

 

「とにかく、アイツらを止めるしかねぇ。そうだろ?」

 

 

「はい、ご愁傷様です」

 

 

そうして、喧嘩を止めるために行動を開始する。

 

 

 

 

 

ビル

 

 

 

混乱に現状を忘れて、激突しているのとは打って変わって、こちらはシリアス。

 

何だかさりげなく馬鹿馬鹿しい会話に混ざってたような気がするがリチャード=ブレイブご自慢の<破滅の枝>は、ステイルのなけなしの反撃を焼き尽くした。

 

標的のステイル達は、もうこちらに背を向けて逃げており、とてもこちらの癪に触るようなマニュアルに素直な行動だ。

 

 

「ふむ」

 

 

注意深く神経を尖らせると、どこか別の場所にもう1つの気配を察知する。

 

やはりその感覚もやたらとキッチリし過ぎていて、命の危機に襲われ、そこから本気で逃げている人間のものではない。

 

こんなにも冷静なリズムを打つ足音は、おそらくまやかし。

 

リチャードは笑みを深めると枝を一振り、

 

 

「律儀な男だ。わざわざ挑発に乗るとはな。だが―――」

 

 

ゴン!! という爆音とともに放たれた炎は前方へ逃げていく人影を吹き飛ばし、死体も、灰も残さない。

 

ここまであっさりと消えてしまったとなるとやはり幻覚だった。

 

そして、ステイルが直前に取り出したカードの絵柄、言動や霊装などから術式構造の逆算をすれば、すぐに足跡――まやかしを生むための魔力が漏れている事に気づき、位置など簡単にに看破できた。

 

 

 

 

 

 

 

「……立ち去った、か」

 

 

だが、それも偽物(まやかし)

 

至近距離で息を潜めて様子を窺っていたステイルの後ろには状況が判断できていないパトリシアとほっと一息つくテオドシアの姿が。

 

ステイルは、魔術的な蜃気楼を生み出し、己の身体を隠す術式を持っており、相手はテオドシアが苦戦したという事から、確実に欺くためにそれにさら3段階のダミーというに工夫を重ねた。

 

1つ、路地裏に逃げていく蜃気楼の幻像。

 

2つ、本来なら存在しえない人工的な気配。

 

3つ、それらの術式を作る魔力の出所を誤魔化すように発動した事。

 

自分の魔力を一度ルーンの方へ移し、そこを経由させて術式を発動させた―――そのネズミの背に張り付けた中継地点のカードから。

 

つまり、あの男が意気揚々と追い詰めようとしている可愛らしい獲物は、ネズミである。

 

そうして、周囲を確認し、リチャード、それから、ビットリオ達の姿を確認してから、

 

 

「すぐに気付く。こちらも早く離れよう」

 

 

「はい」

 

 

3人は頷き、リチャードとは反対方向に。

 

とにかく一時的に撒いただけでは、根本的な解決にはならないし、この手のごまかしは2度も通用しない。

 

次に見つかったらアウトだ。

 

逆転へのきっかけも欲しいが、それには時間も情報も足りない。

 

 

「ッ!?」

 

 

ボン!! と唐突に、背後から真っ赤な輝き―――<破滅の枝>の炎。

 

 

「くそ、早いな!!」

 

 

仕掛けた小細工を見抜いたのだろう。

 

距離は遠いが、いずれは追い付かれる。

 

足で走って撒ける相手ではなく、先ほどのごまかしも通じるはずが無い。

 

顔を真っ青にするパトリシアを見て、ステイルとテオドシアは目を合わせた。

 

 

「二手に分かれるぞ」

 

 

ステイルはパトリシアを、テオドシアは碑文の欠片を。

 

優先順位に差はあれど、どちらもアラスカルーン解明には必要で、こうして標的がバラければ、最低でも“どちらか”は<破滅の枝>から逃れられるはずだ。

 

 

「ステイル、彼女の事、頼みマスした!!」

 

 

テオドシアはそう言うと分かれ道でビルの裏口へと続く方の通路へ消えていった。

 

ステイルはパトリシアと一緒に、路地の分かれ道でもう片方の通路へと走る。

 

すぐに正面玄関のあるメインホールに――――

 

 

 

「こちらは行き止まりだ、若造」

 

 

 

 

 

ビル 玄関ホール

 

 

 

「ふん。待ち伏せしかできない、三流が」

 

 

そう言ってステイルはパトリシアの手を引き物陰に隠れると、周囲の壁や柱へ攻撃、回避、幻覚、さまざまな意味を持つルーンのカードを複雑に配置し、少しでも己に有利な布陣を固めていく。

 

あの眼に見られるのはまずい。

 

身を隠し、隙をついて顔をそちらに向ける前に片をつける。

 

だが、それには問題が1つ……

 

 

「相変わらず、口の減らない若造め。―――『パルツィバル』」

 

 

ビットリオの影から浮かび上がるように、背後から、すっと現れた瞑目した少女が、己の身長よりも長大な槍<量産聖槍>を構える。

 

 

「こ奴に与えた新たな身体は、かの『魔眼』の王、<バロール>の眷族、<フィモール>の民の血を引き、そして、その中でもとても希少な『魔眼』を覚醒させた者だ。分かるな? 貴様らはもう終わっているのだよ」

 

 

(<フィモール>、だと)

 

 

<フォモール>。

 

醜悪な巨人族と蔑まれ、ケルトの民に討伐された『魔眼』の王<バロール>が率いたアイルランドの先住民族。

 

日本でも大和朝廷が地方を征服する際に抵抗した諸民族を、『鬼』や『天狗』といったもののけとして伝承や書物の中に残しており、つまり、歴史とは常に勝利者の正義を語る。

 

特に力を持った存在を『悪しき』とし、どんな卑怯な、人道に反する手を使おうと正当化させ、そこに彼らは当たり前の人権どころか、同じ人間とすら思われなくなり、駆逐されるべき畜生とされる。

 

そうして、獣面人食いの『悪』とされ、太古から住みついた土地から追い出され、討伐された後、生き残った彼ら<フォモール>は儚い妖精のように、ひっそりと人里離れた場所で暮らしている。

 

 

「な、何を言ってるんですか!? その人、ただの学生さんじゃないですか!」

 

 

パトリシアの目の前にいる『パルツィバル』は、この街の平穏を享受していた学生であるその少女だ。

 

 

(シベリアで焼いてきた魔術師共と同じだな……)

 

 

『魔眼』の所有者であることには驚いたが、先に対戦したステイルももちろん気づいている。

 

 

(この三流の実力からすれば、よほど良い霊装を使ったんだろうが)

 

 

考えられるとすれば、降霊術。

 

一度死した魂を、生きた人間に憑依させる業の深き魔術。

 

その禁術を何の関係のない人間に。

 

 

「確認しておこうか。『パルツィバル』……貴様は、本当に生き返りたいと願ったのか?」

 

 

自分の居場所を知られるリスクを負ってでも、ステイルは問う。

 

 

「ええ、“アウレオルス=イザードに殺され”、無念の死を遂げた私を、ビットリオ様は蘇らせてくれたのです」

 

 

「ああ、そうだ。私が貴様の恩人だ」

 

 

ステイル=マグヌスは、知っている。

 

彼は<吸血殺し>救出で三沢塾の際に彼女に救われており、あの<使徒十字>を巡る<大覇星祭>の事件で、彼を火葬した。

 

つまり。

 

これはあの男の過去なのだと。

 

これはあの男の残滓なのだと。

 

これはあの男に改竄されてる、と。

 

この手の降霊術には、死者の魂を書き換えるのはつきものだ。

 

 

「ふざけるな……貴様はこの男を捨てたんだろうが!」

 

 

彼は命は救われた。

 

だが、捨てられた。

 

そう、この元『ランスロット』隊のビットリオ=カゼラに、何の恩賞も与えられず、死人とされて、そして、この男は狂ってしまった。

 

なのに、おこがましくも、この男は蘇らせた。

 

あの時、己がその魂を燃やして力の限りを尽くした死闘に対して、この上ない侮辱だ。

 

 

「一体、何を?」

 

 

「戯言だ。耳を貸すな。くくっ、あの男はな、怖いのだよ。知っておるぞ。貴様はこの街で『パルツィバル』に負けた。真っ向からその無様な炎の巨兵を払われ、聖槍からの一刺しでなぁ。所詮、お前はコソコソ隠れることしかできない腰抜けよ」

 

 

「そうか」

 

 

ステイルは無表情にカードを数枚切る。

 

あの時は、本気で何度も殺したくせに、こういう時は素直に怒りと、哀れみが湧き出るものらしい。

 

ステイルはその心を否定しなかった。

 

矛盾だろうがなんだろうが、それが間違いだとは思わない。

 

無言でパトリシアと繋いだ手を離すと、掌の動きだけで、ここで待つように伝える。

 

 

「駄目です。まだ、あなたは怪我を……それに、あの人をどうするつもりなんですか?」

 

 

だが、その手はすぐに握り直される。

 

パトリシアは12歳前後の、魔術師でも何でもない、今日自分の周りで起きている現象すら理解していない。

 

そして、ステイルと自分を狙う『パルツィバル』の少女さえも心配してしまう、愚かな少女だ。

 

魔術について知らないとはいえ、彼女は元来聡明な子だ。

 

何かしらの『不思議な法則』がこの場を支配しており、またあの少女が操られていることぐらいは察しているのだ。

 

だから、ステイルはパトリシアの手を一度握り締めると、

 

 

「僕の敵は、そこにいる三流だ。あの哀れな道化じゃない」

 

 

テオドシアから投げ渡されたマッチ箱――<スキールニルの杖>を擦る。

 

構造自体はもう見抜いており、これはルーンの分野だ。

 

<大覇星祭>で陰陽博士に用意させた探索術式<理派四陣>よりも扱い易い。

 

 

轟! と立ち上がる炎の壁。

 

 

そして、ステイルは他のルーンのカードで足りない文字を補った簡易的な『宝』を守護する結界の中にパトリシアを閉じ込めると、

 

 

この手に炎を(G A S T T H)その形は剣(T F I A S)その役は断罪(T R I C)

 

 

口の中で呪を紡ぎ、手の名から炎剣を生み出す。

 

敵を討つための力。

 

自ら居場所を知らせるような光を撒き散らしつつ、ステイルは覚悟を決める。

 

それをビットリオ=カゼラは嘲笑する。

 

 

「そんなに『魔眼』に見つけて欲しいのか、若造。<必要悪の教会>というのは案外正々堂々としているものなのか。それとも、真っ向勝負しか知らない馬鹿どもの集まりなのか」

 

 

「知らなくても良い」

 

 

短く遮る。

 

敵はこの男だが、最初から眼中にない。

 

 

 

「貴様がここで死ぬことさえ知っていれば、それで良い」

 

 

 

そして、告げる。

 

この燻り続けた炎にもう一度この『意味』を込める。

 

 

 

 

 

「―――我が名が最強である理由をここに証明しろ(Fortis931)

 

 

 

 

 

<魔法名>、それはそのものの在り方を示す。

 

その言葉と、一瞬で膨れ上がった魔力に瞠目する。

 

彼は問答無用に、殺すつもりだ。

 

 

「『パルツィバル』!!」

 

 

野太い男の声と同時、ビルの柱の1つが一槍のもとに両断された。

 

ステイルが背を預けていた場所がたちまち崩壊していく。

 

無論、ステイルがその程度で動揺するはずもなく、至極冷静な態度のままニヤリと笑う―――<量産聖槍>に貫かれたと言うのに。

 

 

「幻覚か」

 

 

『パルツィバル』が呟いた途端、瓦礫と化した柱が炎を纏い、燃え盛る隕石のように彼の頭上へ襲いかかる。

 

だが、それさえも炎さえも断ち切る聖槍は、一欠片も食らうことなく振り払う。

 

 

「―――貴様は」

 

 

『パルツィバル』は凍気を絡ませたような冷え冷えとした声で呟き、すぐさまビットリオ、恐怖と憎悪を露わにして睨みつける主の前へと戻り、飛来した炎剣を叩き落とす。

 

 

「『Fortis』。ああ、君の<魔法名>と同じだ」

 

 

「―――そうか」

 

 

そう呟きが聞こえた瞬間、瞑目する白金の少女は僅かに微笑んだのをステイルは見た。

 

ほんの一瞬、誰にも悟られないほど小さく、微かな笑み。

 

『パルツィバル』は、その時確かに口元を緩ませたのだ。

 

 

「『パルツィバル』! 殺せッ!! あの若造を、串刺しにしろ!」

 

 

ビットリオが背後から言葉をかけ、軽く頷き―――でも、その口は滑らかに繋げ、

 

 

「ならば、分かっておろうな。その<魔法名>は紛れもなく強者のもの。そして、己の前に2つとあってはならぬ。貴様がその『殺し名』を語るのならば、私と戦うのも偶然ではなく、必然という事だ」

 

 

どこか、その言葉に懐旧の念に染めた、また、同類への畏敬も込めた、無駄な言葉を口にする。

 

『パルツィバル』の闘志は、蒼き炎の如く燃え上がる。

 

息を殺す獣のように沈黙を守りながら、ルーンで場を己の領域にしていくステイルもしかし、静かにその戦士としての()気を滾らせていた。

 

ジリジリと、空気が焦げるような匂いがする。

 

それは魔力に生じる炎や聖槍に因るものか、それとも強者の凄まじい闘気が弾けているのか定かではないが。

 

ともあれ、『パルツィバル』にとって言える事は1つ。

 

 

 

「我が槍の暴威を以て、主の敵を殲滅する。ここが貴様らの死地と知れ」

 

 

 

歓喜し、最早、一切の邪魔は入らせまい。

 

どこまでも戦い、どこまでも殺し合おう。

 

己は最強の求道者にして、大狂人。

 

第二の生を得て限界した今でも、その信念は変わらない。

 

<魔法名>とはその在り方であり、魂につけられた焼印。

 

雄叫びはなく、裂帛の気合も無く、されど双方の闘気は灼熱の如く―――周囲の一切を染め上げていく。

 

ビットリオも、空気を読み、静かにその場から後退する。

 

猛る炎が熱でその危険性を伝えるように、生物としての直感がここでは近過ぎると知らせていた。

 

やがて、部外者が安全と思える場所まで離れた事をきっかけとして、生命を火花のように散らし合う戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ツン、と鼻につく、発酵したビール特有の匂いを感じ取った時、地面にスポンジのように穴が開き、虫食いのように炎が広がる。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

テオドシアは咄嗟に身を翻し、逃走に徹した。

 

火にこの渦に頭上を制されるより早く、風の流れを掴んで火の粉の来ない方向へと全力で走る。

 

しかし直接火の粉を浴びずとも、一度地面に落ちた無数の火種が、あっという間に周囲を取り囲む。

 

まさに城攻めで何百もの火矢をかけるように。

 

 

(まずいデス、囲まれてしまったデスマス……ッ!?)

 

 

いくつかの隙間はあるものの、無理に通過しようとすれば間違いなく破滅の火に食われて、灰になる。

 

 

「この私からここまで逃げるとは大したものだよ」

 

 

オレンジ色のカーテンの向こうで、リチャードは笑う。

 

 

「けれど、これでもう終わりだ。誰であろうとこの<破滅の枝>からは逃れられまい。さあ、その『碑文の欠片』をよこすがいい」

 

 

<破滅の枝>を軽く揺するだけで、テオドシアを囲む炎の輪がジワリと狭まる。

 

この男からステイルとパトリシアを離すことはできた。

 

<破滅の枝>はあらゆるものを平等に灰にする。

 

故に、燃え尽きたように偽装すれば、身を隠す事も出来よう。

 

 

「……そうまでして、アラスカルーンが欲しいんデスか?」

 

 

だが、それは本当に最後の最後、一か八かの賭けだ。

 

気を引くためにも、テオドシアは口を動かす。

 

 

「あなたの行動を精査すれば不自然な点はいくらでも出てきマスデス。あのような“部外者”を雇っている時点で明らかデス。つまり、いずれはイギリス清教が動きマス。アラスカルーンは確かに希少な価値のあるものデスが、それだけデス。イギリス清教全体を敵に回すほどの価値はありませんデス」

 

 

「敵に回す? 何を言う。私の目的はイギリス清教の殲滅にあるのだよ」

 

 

リチャードはこれまでの皮肉でも嘲弄にない、うっすらと憎しみを滲ませた笑みを浮かべる。

 

 

「そもそもあれはアラスカルーンなどというちっぽけな『鍵』ではない。<黒小人(ドヴェルグ)>だよ」

 

 

北欧神話の神々の力は、その武器によって象徴される。

 

主神オーディンの槍――グングニル。

 

雷神トールの槌――ミョルニル。

 

雷神は雷撃を呼ぶ『霊装』とワンセットで存在するものであり、神の力とはこれすなわち武器の力。

 

当然、これは単に武器だけの性能ではなく、特別な『霊装』とそれに選ばれし者を強力に繋げる接続儀式を含んだワンセットであり、現代西洋魔術でも術者個人専用に象徴武器を仕上げており―――つまり、これはあまりにも強力に接続されるが故に、神の武器を持った者が神と呼ばれるようになる。

 

巨人スルトはレーヴァティンを得たから、神を殺せるほどの力を得て、豊穣神フレイはスキールニルに『ある武器』を譲渡してしまった結果、彼はその強大なる神の力を失い、そして、最後の決戦で、神の武器を失くした豊穣神フレイは、神の武器を得た巨人スルトのレーヴァティンに焼き滅ぼされた。

 

そして、不思議な事に、その『武器』は<黒小人>と呼ばれる、神とは別種の種族により作られ、神々は自分の力の象徴たる『武器』の作り方を知らない。

 

北欧神話の神々の力とは、神々のものではないのだ。

 

レーヴァティンの作成者は、『神々の一員』と分類できるか怪しいが確かに悪神ロキであるが、その悪神ロキにしても、雷神トールの逆鱗を鎮めるために、その妻である女神シフの切り落としてしまった本物と紛うほどの黄金製の髪を<黒小人>の兄妹に作らせた。

 

<黒小人>よりも優れた技術を持つのなら『黄金製の髪』を自力で作ればよかったのに。

 

神にも腕のある人物はいたのだろうが、このようなエピソードがあるということは、<黒小人>は、悪神ロキなどとは比べ物にならない技術水準を誇っている。

 

<黒小人>は地中に住む妖精の一種で、ドワーフなどとも呼ばれているが、その発生は謎に包まれており、北欧神話ではある一体の『巨人の死体』を素材にして、全ての世界が神によって作られたとされるが、エルフ(アルファル)と<黒小人>はその法則には当てはまらない例外だ。

 

これらは世界の素体となった『巨人の死体』から、勝手に湧き出てきた虫のようなもので、世界創造の前からいたのではなく、神の命令によって生まれたのでもなく、神々の支配とは離れて、自力で発生した稀有の存在だ。

 

 

「<黒小人>らの正体は分からんよ。しかし、主神オーディンの命令を無視して生まれた存在で、神々ですら知らぬ武器の製法を知り、神々に力を与えた真の存在……。知れば知るほど、北欧神話のルールから外れた者達とは思わんかね」

 

 

反撃されない事を良い事に、リチャードの口はますます滑りが良くなる。

 

 

「少なくとも、北欧神話を信じ、北欧神話を語るものでは説明のできない『何か』を持っていた。そう解釈することはできないかね?」

 

 

アラスカルーンは、北欧神話の中心点であるヨーロッパの北とは離れた場所で見つかった代物。

 

北欧神話を信じたヴァイキングは、最盛期には、コロンブスよりも早く大西洋を渡って北米大陸の東端に到達しており―――ならば、その先のアラスカまで踏破していても不思議ではない。

 

つまり、彼らの間には物資や情報の繋がりがあったかもしれない。

 

つまり、北欧神話の主神ですら扱えぬ、北欧神話の範疇には収まり切れぬ技術を持った<黒小人>種族とは―――

 

 

「人間だ。高度な技術、特に鉄の製法にまつわる伝説では、特定の人種や文明が『神話の登場人物』として扱われる事がある」

 

 

妖精は鉄を嫌う、といった伝承は『銅で戦った先住民族が鉄の武器に敗退した』というその典型だ。

 

『魔眼』の<バロール>も、光の神<ルー>の<ブリューナク>などの複数の『武器』にやられ、眷族である<フィモール>も、ケルトの『民族』により打ち滅ぼされ、妖精となり散っていった。

 

<黒小人>が特定の民族を指すのか、それとも極めて特殊な技術を習得した職人の独立した共同体を形成したのは不明だが、少なくとも、そういう存在は間違いなく『いた』。

 

『神の武器』とは『神』と『武器』が合わさって成立するものであり、極めて強力な『霊装』を作りだす腕がある<黒小人>でも、『武器』と『使い手』を強力に接続する儀式まではどうしようもなく、部分的にしか力を振るえない。

 

『神』は接続術式を独占することで、<黒小人>――人間に支配されぬように、莫大な力を生み出す武器職人を制御していた。

 

 

「だが、言い換えてしまえば、『武器』だけなら<黒小人>――単なる誇張された架空の伝説ではない、ただの人間でも“神々の製造できる”事の証明ではないかね?」

 

 

その発言は悪夢だ。

 

つまり、リチャードは、『武器』という形で神々に力を与えた、その技術を自由に振りかざそうとしているのだ。

 

確かに、十全に力を発揮するには『武器』だけでは不可能だが、それで充分だ。

 

現代で、『武器』を100%満足に振るえる『神』などおらず、故に神々ではなく人々の戦争ならば『武器』の優劣で世界は支配できる。

 

それは中途半端な『力の一端』に過ぎない―――そう、『神』の。

 

十字教も神の奇蹟にまつわる術式を扱っているが、まさか『神の子』の力を100%発揮することはできない。

 

一端でもそれは十分、人外の力なのだ。

 

ところが、<黒小人>の技術は違い、それは“神に与える”、『神譲』の力。

 

仮に、『武器』を入手したリチャード=ブレイブがさらなる研究を重ね、神々と同等か、それ以上の親和率の接続術式を手に入れれば、主神オーディンの神槍『グングニル』の力を“100%”―――主神オーディンと同じ攻撃力を所有できるのだ。

 

これは、<魔神>。

 

魔術を極めた結果、神の領域にまで踏み込んだ者。

 

 

「私の目的は、イギリス清教の殲滅。そのために<黒小人>の技術を利用するし、結果としてイギリス清教の解析は永遠に停滞する事になるだろう」

 

 

そんな力を持ち、それを復讐のために振るうとなれば、確実に戦争が起きる。

 

プロアマを問わず多くの人間が巻き込まれ、問答無用に殺される。

 

まさに、北欧神話で長く語られた、神々を含むあらゆる種族の絶滅と、全ての世界を崩壊に追い込む最後の戦い――――ラグナロクの幕開けだ。

 

 

「そろそろ終わりにするとしよう」

 

 

この男がそうまでして、イギリス清教を憎む理由は分からない。

 

 

「<天体観測図>は手に入れてある。パトリシア=バードウェイも『魔眼』の餌食」

 

 

轟!! と周囲を取り囲む炎が一際大きな音を立てる。

 

 

「後は『碑文の欠片』を手に入れるだけで、世界のバランスは私好みに染まる」

 

 

包囲が一気に迫る。

 

例えこれで『碑文の欠片』が灰になろうと、<原典>特有の再生機能を復活させれば、不死鳥のように、完成態の石板へと戻るだろう。

 

だから、ここでテオドシアを殺しても構わない。

 

 

(何か……)

 

 

『碑文の欠片』を餌にして逃げる案は駄目だ。

 

もうすでに相手は<天体観測図>を手にしており、また、ステイルがパトリシアを守り切れるか期待してはならない。

 

此処は何としてでも自力で―――

 

 

「無駄だ。諦めたまえ。私の<破滅の枝>は何人にも攻略不可能の最強の力だ」

 

 

リチャードは最後にそう切り捨てると、

 

 

ドバッ!! と炎が一気に迫り、

 

 

 

「―――!」

 

 

 

リチャードが<天体観測図>だと“思っていた”――共鳴による現在位置探知が可能な同質の波長を放つ、横道に囲まれし太陽のメダルが光となり散った。

 

奔る煉獄はその光に溶かしたように消え去り、テオドシアの前に1つの人影は降り立つ。

 

レンズ越しの、全てを受け入れる黒色に輝くふたつの瞳からの観測は、常識外の法則、つまり、異能の流れを読み取る。

 

 

「こんなのが、最強の力、じゃあありません」

 

 

ひどく哀しそうに、少女はそれを見つめていた。

 

ただ、一瞥しただけで、あたかも神の意志に逆らった罰のように、もしくは、より相応しい使い手を武器が選んだかのように、炎は霧散した。

 

仕組みを崩された力の残骸が、単純なエネルギーとして光と変換されて、幻想的な火花を曳いて、淡く溶ける。

 

 

「そして、力が、強さじゃない」

 

 

彼女を知る誰もが天才だと称賛する、全てに愛される、万能の使い手。

 

『神』ではなく、『神上』の接続親和を誇り、魔術師がすがる奇蹟の業を、幻想を投影する。

 

けれど、その背中は、小さな少女のもの。

 

突然、消えた<天体観測図>と、制御権を奪われて霧散した炎、そして、現れた幻想の賢

者を見開いた目に捉えながら、リチャード=ブレイブは総身を戦慄かせる。

 

 

「リチャード=ブレイブ。あなたに世界を染めさせはしません」

 

 

上条詩歌は不敵に微笑む。

 

 

 

つづく

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