とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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暗部抗争編 討入

暗部抗争編 討入

 

 

 

???

 

 

 

「ふむ。実に興味深い」

 

 

男は観る。

 

机の上に置かれた何十枚の紙束には、<書庫(バンク)>にある能力者達のAIM拡散力場のデータが記載されている。

 

その白衣姿の装いに相応しく、彼は<メンバー>から『博士』と呼ばれる科学者。

 

背後には、査楽という全体的に大きく膨らんだダウンジャケットを羽織った少年が控えている。

 

彼の向かいで、同じく白衣をボタンを全部留めて着込んだ黒ぶち眼鏡の赤髪の優男はその様子を見る。

 

 

「AIM拡散力場……世界に対する無意識の干渉する波紋、ですか、『博士』」

 

 

「ああ。“あの一族に仲間入りしている君”に言うまでもない事だが、この千差万別な力の種類や強さを調べれば、能力者の心も探る事ができる。解析を進めれば、その人物の持つ<自分だけの現実(パーソナルリアリティ)>の輪郭を浮き彫りにさせ、その人格や行動傾向を把握できる」

 

 

心理学のプロファイルよりも、『博士』からすればこちらの方が一目瞭然で実用的だ。

 

 

「流石。機械工学もそうですが、物事に簡単に答えを出せる『博士』のその数学的思考には頭が下がります」

 

 

「いや、これでも答えが出せなくて絶望した事もある」

 

 

12歳の時、『博士』は芸術に絶望した。

 

憧れだった欧州の建造物は、たった一つの美を完成させるために、膨大な人員と時間を惜しげもなく投入して、広大なスケールの作品を築く―――それに惚れた。

 

ただその作品の外観を眺めるだけで、美しい、そう思える。

 

でも、理解する事は叶わなかった。

 

細かな意匠の一つ一つに込められた、歴史と思想を丁寧に観ていくには、人の一生では短すぎる。

 

産まれるまでの過程が長すぎる。

 

見所が多すぎて、疲れてしまう。

 

だから、数式だ。

 

無駄がなく、機能的で、最小単位で、その一行に詰め込まれた多彩な美。

 

千日手(ステイルメイト)にならず、玉手詰み(チェックメイト)を打てる。

 

その存在自体が芸術的に美しく、俳句のような詩的な美も兼ね備えていて、さっと眺めるだけでその美を味わう事ができる。

 

 

「ああ、だが。今、私はまた愚行に走ろうとしている。この数式、夫人の謎めいた微笑のごとき美に魅せられてしまった!」

 

 

今、『博士』がその羽織った白衣に突っ込んでいた手を抜き、興奮に震えながらも、『学生代表』のが記載された一枚の用紙に皺を作ってしまうほどその情報に指をなぞる。

 

 

「建造物よりもコンパクトに視界に収まり、されど、その見所は深い、究極の美を凝縮させた芸術。絵画、医学、天文学、工学、地質学、文学、そして、数学においても才能を発揮し、万能人と称された稀代の天才が10年以上の歳月と共に描いた、理想の女性像。自然界に輪郭線など存在しないという観点から、全ての色をグラデーションで表現するぼかし(スマート)技法を用い、透明にまで近づけた薄い絵の具を絵の上に塗り重ねてヴェールを表現するグラッシュの技法も随所にちりばめられている。遠方にあるものは空気中に含有された水分により青く見えることから、背景の山はラピスラズリで美しく仕上げるも、黄変やニスのせいで陰鬱なセピア色に落ち込んでしまっている。だが、そこには神秘性や幻想性などあやふやなものではない。流れる川と植物の葉脈、人間の血管から見出された大自然と人体構造の共通性。描かれた背景には、大気と地面の間を循環する水をテーマとしているのが見てとれ、夫人の心臓部はちょうど川の位置。これは、極めて緻密な計算の元に描かれた科学解析図。―――そう、今、私が見ている、魅せられている<幻想投影>は、またもや私を絶望させようとしている」

 

 

まだまだ私も若いな、と一気に語り終えた博士は毒々しいほど真っ赤な南国の果実に口をつけ、喉を潤す。

 

 

「私は世界の隅に隠れた美を見つけ、この素晴らしい美をそっと愛でたいのだよ。そのためならば、アレイスターの犬と呼ばれても構わんし、誰の足元にも平伏そう」

 

 

 

 

 

研究所跡地

 

 

 

赤い線を引いて疾走する大型特殊装甲車が、<メンバー>の『別荘』、記録上閉鎖された研究所の門扉を突き破った。

 

 

「はい、到着~。有善、運転ご苦労さん」

 

 

「……クソお嬢。強引突破もいい加減にしやがれ」

 

 

「大丈夫大丈夫。一目おじさんが造ったモンは頑丈だから。それに出入りは派手にするのがウチの伝統だよ」

 

 

助手席のドアを開け、車を降りる鬼塚陽菜は運転手に向けて楽観的にひらひら手を振る。

 

悪路を走行中、いきなりアクセルを横から踏まれ、時速百km超にさらに爆炎の破壊力で衝突。

 

ハンドルを握っていた金髪スポーツ刈りの不良坊主の無悪有善はいきなりスタントマン並みのハイレベルな運転を要求され、青筋が浮かぶのも当然だ。

 

 

「ボス、ここにあの男がいるのは確かな情報なんだろうが、今の正面突破で確実に気付かれた。早急に動かないと逃げられるぞ」

 

 

そんな無悪の心情を察しつつも、すでに陽菜のやり方に慣れた、容姿の整った美形の金髪白人のミハエル=ローグも日本刀を持って、陽菜の後に続く。

 

 

「あちゃー、今ので子ブタさんピヨッてますねー。ピヨピヨって目ぇ回してるー。面白ーい」

 

 

「止めておけ。キジの野郎でも真っ青なドライブで、捕まえた後はふん縛って、後部座席に転がしただけなんだから」

 

 

陽気で、今日は戦闘用のメイド服を着込んだ(見た目は全く変化がない)銭本戌子。

 

陰気で、ひょろっと細長い身体と影の薄い少年、烏帽子十影。

 

オオカミに捕まり、チャーシューのように紐で縛られた子ブタの馬場芳郎を笑いながら携帯で写真を撮ろうとする戌子を、彼を哀れんだ十影が引っ張って、車外へ出る。

 

ノリの軽い奴らに無悪もチィッと舌打ちをすると降りる。

 

が、

 

 

「じゃあ、急ごうか。トカゲっちとミハエルっちはここで退路の確保と逃げ出そうとする奴の始末。無悪とイヌっちは私のアシスト―――っ、これは……血の匂い」

 

 

遭遇は意外に早かった。

 

これから中へ進もうとした時に、相手はホール状の玄関フロアに隠れもせずに奥の方から現れた。

 

 

 

「おやおや? わざわざそちらから妾に会いにやってきて来るとは、気のきいた小鬼ねぇ」

 

 

 

しゃらしゃら、と鳴る金属輪を手首に付けた、可憐で艶美な桃髪のチャイナドレスの少女。

 

とんとん、と身の丈以上の大きな方天画戟を肩で叩く、見た目以上にパワーファイター。

 

そして、その顔にある二つ輝きは<火眼金晴>、魔性の妖瞳。

 

無悪は唖然として、その見覚えのある少女の名前を言う。

 

 

「<鬼道>―――!?」

 

 

それは本家の『真眼』を離れて大陸で消息を絶った鬼の一族。

 

邪流の『身贋』。

 

あの時、『外』との繋がりを匂わせて、立ち去ったはずの彼女が何故、この暗部組織の『別荘』に―――!

 

<メンバー>は、『0930事件』で解体された<猟犬部隊(ハウンドドック)>の代わりに学園都市の『統括理事長』の手足となる組織なのに。

 

まさか……

 

 

「ええ、ここで下っ端だと身の程を弁えず妾に盾突いた輩は、一人残らず消してやったわ。―――このようにね!」

 

 

方天画戟の先槍から蒼き炎が伸びてくる。

 

それを即座に<貪鬼>を抜き、組み立てた陽菜が撃ち返す。

 

青と赤の炎は相殺され、陽菜は叫ぶ。

 

 

 

「作戦変更。私がここに残って、コイツの相手をする。お前らは全力で中へ走れ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ああ。

 

初っ端からボス遭遇。

 

鬼と鬼の激突で、破壊の渦に呑み込まれるフロアからどうにか離れられたが、無悪は他の三人とも離れてしまい、単独大ピンチだ。

 

クソお嬢が<貪鬼>を抜いたってことは、ヤバい。

 

危険信号が点滅してる。

 

前回もそうだったが、あの<鬼道>は本家の<鬼塚>に匹敵するほどの何かを持っている。

 

だから、もっと慎重に危険度の低い場所から行くべきだっつったのに、面倒くさいからノリで突っ込ませてんじゃねぇよ。

 

これじゃあ敵地に攻め込んだんじゃなくて、逃げ込んでんじゃねーか。

 

逃亡中の犯罪者が警察署に駆け込むような間抜けな事態だ。

 

 

(イヌとトカゲが不安だが、ミハエルがいる。こうなったら、クソお嬢は無視だ。無視。勝手にやってろ。こっちも勝手にやってやる!)

 

 

先程大まかに暗記した見取り図を思い浮かべ、<脅威(メナス)>という危機感に特化したサーチ能力を駆使し、本気で駆けだす

 

途中、厳重にロックされたドアがあったが、

 

 

ドン!! と。

 

 

弾丸をその制御盤にぶち込んで破壊。

 

今、無悪の手には無骨な銃器。

 

射程距離が2000mを誇る連射可能な対戦車ライフルの<鋼鉄破り(メタルイーター)>と弾道調整と反動軽減、軽くて丈夫な誰にでも使えるアサルトライフル<オモチャの兵隊(トイソルジャー)>を組み合わせてカスタムした<鋼鉄兵隊(メタルソルジャー)>。

 

能力ではなく、武器を求めた無悪の片手でもマグナム以上の破壊力をぶっ放せる化物銃だ。

 

それをぶっ放しながら障害物を次々と破壊していく。

 

 

(ちっ、リスの野郎がいれば、この建物を支配できたんだが、それでもこんな手段を使うなんて、俺の頭もクソお嬢に毒されてんのか、クソッたれ)

 

 

 

そして、無悪が駆け込んだ――――その先に、

 

 

 

「なっ、貴様は―――」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「きゃー、マジでヤバいです! ここって動物園なんですかー!」

 

 

振り返らずに逃げる逃げる。

 

鬼塚組の諜報工作員『軒猿』の一員である銭本戌子は逃げ足だけには自慢がある。

 

<韋駄天>

 

脚力に特化した肉体強化能力。

 

でも、逃げていた。

 

いつも通りに、相手に背中を見せられないほど突き放す事ができずにいた。

 

 

「ほれほれ早く早く隠れ身の術! じゃないと追いつかれて食べられちゃいますよー」

 

 

「分かった! 分かったから降ろせ! いや降ろすな! なるべく揺らさないで移動してくれ! これを使うには結構集中すんだよ!」

 

 

そんな彼女が距離を稼げない一因となっている右腕に抱えられた少年は、烏帽子十影。

 

一応、同郷のもので何か役に立つかと思って拾ったが、無茶な要求を突き付けてくるとは生意気なヤツだ。

 

よし。

 

いざとなったら、餌にしてやろう。

 

 

「何か不穏な事考えてんなテメェ! もし捨てたら恨むぞ!」

 

 

「えー、普通、こういうのって男の子の方が女の子を抱えて逃げませんー?」

 

 

<韋駄天>は足だけに特化しているので、腕の方は伽弱い女の子のものと同然。

 

なので、ここでうっかり落としても不思議じゃない。

 

 

「分かった分かった! 二度と生意気言わねーから、キジみたいな運転だけは止めてくれ! ください!」

 

 

そうしてぶつぶつ文句を言った後、癖なのか印を作って十影は瞑目する。

 

彼の能力は<風景擬態(カメレオンコート)>は周囲の景色の溶け込む結界を張る能力。

 

十影自身の影の薄さもあってか、消えると本当に気付かない、隠密向きの力だ。

 

自分は鬼ごっこは得意だが、十影はかくれんぼをやらせると負けなし、そのまま見つけずにみんな帰ってしまったくらいだ(『苛めだろ』とその後、本人は泣きついてきたので一度きりだが)

 

 

「よし。演算完了。そこの曲がり角に飛び込め!」

 

 

ブレーキしてクイックターン、そして、ストップ。

 

十影の<風景擬態>が発動し、自分達の姿は相手に見えなくなったはず。

 

 

 

ぐる………という背筋を凍らせる唸り声。

 

 

 

そう、戌子達を追い掛けていたのは、3mぐらいはありそうなオオカミのような灰色の獣。

 

巨大で、圧倒的な、大型犬なんて目じゃない、動物園の檻だって軽々と破壊してしまうほどの獣。

 

平気で人体を噛み砕いてしまうほど凶悪なモンスター。

 

事前に馬場から得た情報からすると、この研究所の警備機能として組み込まれている通称『犬』と呼ばれる、生物工学の天才が生み出した作品の一つ。

 

 

(しっかーし、このかくれんぼのチャンピオンがいる限り―――ってありゃ)

 

 

曲がり角で留まりそのまま立ち去ろうとした所で鼻をクンクンと鳴らした後、『犬』はこちらを睨んだ。

 

そういえば、『犬』は『能力開発』されており、元の特性も合わせて感応系センサーに優れている。

 

つまり、<猟犬部隊>の<嗅覚センサー>が備わっているも同然。

 

見つかった―――

 

 

「よし、トカゲの(T)しっぽ(S)切り(K)の術!」

 

 

びゅん! とメイドは去った。

 

 

クソッたれ、などと毒づく猶予なんてない。

 

大口開けて迫る『犬』。

 

だから代わりに。

 

烏帽子十影は―――『犬』の口に向かって毒噴いた。

 

 

ギャァァアアアオオン!!

 

 

絶叫が響く。

 

『犬』が身悶えし、悲鳴を上げて暴れ回る。

 

もし人間なら思わず顔を手で覆い、哭声をあげている。

 

見れば、『犬』の舌がどす黒く変色していた。

 

 

「悪いな。ちっと毒を撃たせてもらった」

 

 

口の開いた十影の舌に載っていたのは、食道に仕込んでいた長く太い針。

 

それを舌を吹き矢の筒に見立てて、まるでカメレオンが獲物に舌を伸ばすように『犬』の口内に放ったのだ。

 

 

「『軒猿』に暗器は必須科目なんだわ」

 

 

そして。

 

暴れる隙を見て、十影は『犬』から離れて、入れ替わるように先程逃げたはずの、

 

 

 

トカゲが(T)隙を作って(S)キックで決める(K)の術!」

 

 

 

銭本戌子が<韋駄天>の全力疾走で接近し勢いを乗せた―――飛び蹴り。

 

その愛らしい西洋靴の先端から刃が飛び出し、その喉元を容赦なく掻き切った――――

 

 

「あららー。お元気ですねー」

 

 

「のんびりとしてる暇じゃねーぞ」

 

 

ぶっ飛ばされ、向こうの壁に叩きつけられたが、『犬』は平気な顔でこちらを見据えていた。

 

その体毛は防刃繊維でできているのか、突き蹴りを入れた喉元から鮮血が垂れているが、頸動脈を掻っ切るほど重症ではなかった。

 

 

「うっ……」

 

 

そして、予想以上の肉の硬さに逆に銭本戌子の方が足を挫いてしまった。

 

これでは速く走れない。

 

それは戌子本人だけでなく、十影にも分かった。

 

 

「トカゲ……今度は、イヌのしっぽ切りの術です」

 

 

「馬鹿野郎! そんなの出来るはずが―――」

 

 

そして、今度は牙ではなく、爪を立てて、『犬』は襲い掛かった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

影が揺らめく。

 

ほとんど機能していないはずの研究所の実験場。

 

仄かな電灯に照らされて、―――が立っている。

 

 

「―――鬼塚、百太郎(ももたろう)

 

 

「ああ、確か君は無悪有善。東条さんとこの甥っ子だろう。よく遊んでやった。けど、簡単な礼儀も忘れてしまうなんて悲しいな」

 

 

その表情は優しげな笑みをかたどっていて、敵意も好意もなく、自然に話しかけてきた。

 

それが昔と変わっておらず、ほんの一刹那、軽い目眩が起きてしまう。

 

けれど、この男は敵で、自分達<ゴブリン>はその敵を倒すためにここに来て、無悪はゆっくりと<鋼鉄兵隊>を構える。

 

念のためにこの実験場を観察するが、人影はおろか、人の気配すらない。

 

いや、そもそも―――この建物に入ってから<鬼道>の少女を除いて、誰にも会っていない。

 

 

「危ないな。そんなモノを人に向けるなんて、誰かが怪我でもしたらどうするんだ」

 

 

彼の言葉は知人から預かった子供を宥めるように穏やかだった。

 

無悪はそれを無視して、銃器と共に言葉を突き付ける。

 

 

「……何を企んでいる。この街で何をするつもりだ」

 

 

生きていたのか、などとは訊かない。

 

もうそれは調べがついている。

 

己の死を偽装して、鬼塚組の先代で実父である鬼塚十座を木原幻生に売った、最悪の裏切り者。

 

 

「何を企む、などと詰まらない事を訊かないでくれ。私の目的はただ一つだけ。それを君に言っても理解できないだろうが」

 

 

「できねぇな。テメェの子供を喜んで実験動物にする奴の考えなんか理解したくもねぇ」

 

 

その上から目線にイラつき、口調は自然と攻撃的になる。

 

鋭く睨むも百太郎は苦笑して、当たり前の事を言うように、

 

 

「<木原>は例え身内であっても、必要であるなら犠牲にする。常識外の思考かもしれないが、<木原>には当然なんだよ」

 

 

「やっぱり、お前はもう<鬼塚>じゃねぇ……」

 

 

「世の中は弱肉強食。そこに好き嫌いがある方が失礼だと思うが」

 

 

柔らかな笑顔は崩れない。

 

無悪は何か、複雑な感情を押し込めるように目を閉じて、

 

 

 

ドン!!

 

 

 

片手で構えた銃器から飛び出した弾丸は百太郎の顔面を掠り、黒ぶち眼鏡を破壊した。

 

紙一重で避けた百太郎は、さして驚いた様子もなく、依然と笑ったままで、

 

 

「ああ、そうだな。だったら、今ここで大っ嫌いな屑野郎を喰ってやる」

 

 

ベルトに差し込んだ替えを、空になった<鋼鉄兵隊>に装填。

 

そのわずかな動作の間に、鬼塚百太郎の筋肉に力が籠る。

 

武器も、能力もない。

 

出来るのはその拳を相手に叩きこむ事だけ。

 

新しき知と、古き力の両方を兼ね備えた獣に、余分なものは必要ない。

 

地を蹴り、一直線に鬼は獲物を討ちに迫る。

 

 

「っ、は――――」

 

 

こっちにはそれだけの足はない。

 

鋼鉄兵隊(メタルソルジャー)>を構え、正面から襲い来る敵の胸元を見据え、

 

 

「っ、らあああああ――――!」

 

 

その重圧に怯むことなく発砲する無悪。

 

だが百太郎は両腕で頭をガードするだけで、前に進む。

 

この対猛獣用白衣は袖まで分厚い特殊防御繊維製。

 

素手で己の造った生物を仕留めるために百太郎が編んだもの。

 

例え『犬』の爪でも貫けない、それは対戦車ライフルの一撃も弾き返す。

 

そして、本家<鬼塚>の<鷹の眼>。

 

現組長で、百太郎の兄である鬼塚鳳仙は、弾丸の嵐の中で無傷に生還したという実話がある通り、百太郎もその軌道を見切っていた。

 

避けれないものがあっても、その強烈な衝撃を、彼が、『統括理事会』の薬味久子の研究協力で得た究極の鬼の筋肉の鎧は、骨と内臓を護り切っている。

 

そして、無悪有善の<脅威(メナス)>が警報を鳴らす。

 

 

「ぐ、っ―――!?」

 

 

百太郎の姿が無い。

 

相手の流れを読んで、隙を突くその技術。

 

あの速度、あの勢いで襲撃した敵は、一瞬で視界から消え去り、長身を折り畳むように自分の左横に屈み、拳で腹を殴りつけ、迸る稲津めいた左右の脚で、身体を容赦なく蹴り上げた。

 

 

「は―――ず……!」

 

 

火を噴くような猛烈な連撃に無悪の身体が宙を舞う。

 

これがかつてこの地を攻め立てた<鬼塚>の力。

 

そして、これがその<鬼塚>を滅ぼした<木原>の知。

 

 

「が、はっ―――」

 

 

何m突き上げられたのだろうか。

 

胴から首を引っこ抜かれてもおかしくない衝撃。

 

いや、そもそも腹を叩いた一撃ですら、内臓を破裂する威力があった。

 

 

「て、めぇ―――」

 

 

いつの日だったか映画で、殺し合う宇宙の怪獣(エイリアン)に卵を植え付けられた狩人(ハンター)の母胎から生まれた化物(モンスター)を無悪は思い出す。

 

<鬼塚>の強力と<木原>の技術の掛け合わせ―――『鬼原』。

 

身体はただの人間だった狩人が怪物の身体を得た『木原』に弱点はないのか。

 

それでも<脅威>でいきなり急所を突かれて戦闘不能な事態は回避し、追いうちはさせないと牽制で<鋼鉄兵隊>を放ち、もう片方の手で動悸する胸を押さえながら。百太郎から距離をとる。

 

 

「この程度、簡単なこと。造作もない。なぜ驚くのかと疑問に思うくらいだ」

 

 

戦闘が始まってから、未だにこの男の笑みは崩せない。

 

それは作り物ではない本物の笑顔で、銃口を向けられても奴は全く危機感がない。

 

 

「っ―――」

 

 

百太郎の腰が沈む。

 

野生と科学が融合した肉体が、一秒先の爆発に備えるために、力を溜める。

 

 

 

―――『鬼原』が迫る。

 

 

 

格闘技術において、百太郎は無悪を遥かに上回っている。

 

『丑』のような頑丈さに、『酉』のような素早さ、<木原>の頭脳。

 

そして、鬼塚陽菜と同じ<鷹の眼>。

 

奴の拳は、大幹部の<十二支>で最強だった全盛期時代の叔父の東条英虎でも対抗できるかどうか。

 

 

「は―――」

 

 

目を背けず、火花じみた速度で迫る敵を迎え入れる。

 

やるべき事はただ一つ。

 

前回よりも超至近距離で<鋼鉄兵隊>を撃ちこむだけだ。

 

いくら強化繊維の白衣であっても、衝撃まで受け流すだけの時間を与えなければ、その肉体をぶち抜くはずだ。

 

 

 

―――耳朶に響くものは己の心音のみ。

 

―――視界に映すのは敵の急所のみ。

 

―――信じるのは感じる<脅威>のみ。

 

 

 

「ふん――――」

 

 

だが、相手は圧倒的だ。

 

銃弾を躱され、ガイン、と掌底が叩きつけられる。

 

外側ではなく内側の破壊を旨とした一撃は、無悪が防具で着込んでいた防弾チョッキを無視して容赦なく衝撃を通してきて、視界が真っ白に切り刻まれる。

 

それでも<脅威>が警告を鳴らす。

 

 

「―――!」

 

 

頭を守る。

 

顔だけは防具を着込んでいない。

 

頭に直撃されては一撃で終わる。

 

こっちの攻撃が当たらない以上、<鋼鉄兵隊>を盾にしてなんとか頭部への攻撃だけは防ぎきる。

 

痛覚は麻痺し、視覚も危うく揺れている。

 

もう痛いほど頭に警告が鳴り響いている。

 

今すぐこの男から逃げろ、とオンオフが壊れたようにずっと叫んでいる。

 

 

(いや、まだだ! まだ―――)

 

 

破れかぶれ。

 

そこにいると感じる脅威に向けて<鋼鉄兵隊>をぶっ放す。

 

弾かれる。

 

同時に、左わき腹に衝撃。

 

血液と胃液が入り混じったものが逆流してくるのを歯を噛み締めて堪え、もう一発。

 

 

「ぐぅ―――」

 

 

当たった。

 

今のは喰らった。

 

よし。

 

これで、これで決め―――

 

 

バキッ!

 

 

「――――あ」

 

 

効いた。

 

身体の痛覚なんて麻痺したはずなのに、無悪の頭が痛みで泣きそうになる。

 

吹っ飛ばされた身体は床を滑り、今ので武器はぶっ壊れた。

 

 

「ぅ、ぁ――――」

 

 

立てない。

 

ああ、そうだ。

 

そう簡単に実力が格上の相手に勝てるはずがない。

 

それはあの時、あいつとやり合って思い知ったはずだ。

 

飛ばされ、蹲る俺の頭を潰そうと鬼がやってくる。

 

負ける負ける負ける負ける負ける。

 

<脅威>がならなくても、それは判り切った自明の理。

 

 

「有善君。君は最初から逃げて、陽菜を連れてくるべきだった。君を殺すなんて、私には簡単過ぎる」

 

 

最後にそう言うと、首の骨を折ろうかと動かない無悪を持ち上げられる。

 

 

『先頭に立って戦うのは私の役目だ』

 

 

それでも、あいつに、頼るのだけは――――

 

 

 

「死んでもゴメンだ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……全く、とんだ番犬がいるものだな」

 

 

「ミハエルッ!」

 

 

ごふっ、とミハエル=ローグは血を吐く。

 

内臓にまで達してはいないが左肩口から削がれ、胸元までの服が裂け、血が、勢いよく噴出している。

 

『犬』を見れば、右前足の爪が鮮血で濡れており、だが、その代わりに左目が抉り取られていた。

 

いくら『犬』が硬い体毛を持っていようが、口内、そして、目までは刃が通らない訳ではない。

 

 

(確か、『能力開発』された狂犬、だったか。ならば、“あれ”を試してみるか……)

 

 

片目を取られて、毒を射られたとき以上に悲鳴をあげる『犬』。

 

対して、苦痛に顔を歪めているが―――しかし、ミハエルはにやりとした笑みを浮かべたままで、そこにはむしろ、余裕の風格すら漂わせていた。

 

みるみるうちに、ミハエルの服が、足元が、血に染まっていく、大量出血。

 

十影は急いで駆け付けようとするが、ミハエルがとんとん、と耳を指で叩く合図(サイン)

 

それが何なのかに気付いた十影は、無駄に声を発するような真似はせず、隠し持った音響弾を『犬』に放り投げた。

 

沈黙(サイレンス)>。

 

自分の周囲に音波を遮断する力は、その耳をつんざく爆音を防ぎ、『犬』の鋭敏な感覚は、その頭を真っ白にさせた。

 

 

「血を出すのには慣れてる。それにこれくらいで悲鳴を上げるなら、腕を斬ったアイツに合わせる顔がない」

 

 

鯉口から血が垂れる。

 

それは、ミハエル自身の血液。

 

鞘内を血で濡らし、血を溜め、刀身を墨汁に筆を浸すように湿らせ―――刃と鞘の摩擦係数を格段に落とし、鞘走りの速度を上げる。

 

 

「ふん――――」

 

 

致命傷を負い、絶体絶命とは思えぬ静かさ。

 

無音の結界の中で、ミハエルの集中は限りなく高まっている。

 

もはや殺意や敵意すら失せている。

 

あらゆる邪念はなく、あらゆる感情もない。

 

ただ己の最高の刀を振るう事のみに全神経を傾けている。

 

永遠のような一瞬。

 

その精神は、あらゆる束縛の届かぬ俗世を超越した場所に至る。

 

 

 

「『我が勝利は皆のために(Victoria247)』――――」

 

 

 

秘めた闘気を解放。

 

抜刀からの切り返しの燕返しから、三段突きで、その硬い身体に血染めで魔力を込めた文字を刻む。

 

『十三詣り』

 

別名、知恵詣り、または知恵もらい、と呼ばれる儀式。

 

生まれた年の十二支が初めて巡ってくるとき――数え年の十三歳になったとき、虚空蔵菩薩に知恵を授けていただくために、神社仏閣で、祈願の一念を込めた一文字を奉納する。

 

『ガラハッド』が座った円卓十三番目(イスカリオテ)の椅子は、座るものに呪いが降りかかる。

 

ミハエル=ローグは、ローマ正教十三騎士団で、将来を約束された天才だった。

 

それが生み出した、相手に『逃れられぬ不条理を甘受させる』オリジナル術式―――<十三夜>。

 

血文字で、知を与える、まさしく、知文字。

 

しかし、それは禁断。

 

対象が能力者であるなら、刻んだ文字との拒絶反応を引き起こす。

 

 

 

「―――<十三夜>。()(座)した責(席)からは逃れられぬ」

 

 

 

五臓六腑から血を吐くも、ミハエルは直立不動。

 

『能力開発』された魔獣の『犬』は止められぬ拒絶反応で、その身体を破裂した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『テメェはクソお嬢だが、次期組長だ。けじめだ。あの時くれた左腕、今ここで返してやる』

 

 

 

ボッ!

 

 

音を置き去りにするほど強烈な加速。

 

白衣の隙間に滑り込ませた左腕が打ち抜かれ、その胴体に拳がめり込んでから加速が聞こえた。

 

 

バキッ!

 

 

やや遅れて、何かが砕いた鈍い音が響く。

 

 

「―――!?」

 

 

『鬼原』は想像だにしなかった己の状況に、言葉にならない声を漏らす。

 

痛みを感じる暇もなく、その身体は浮かび上がり、空を飛び、激しい衝突音と共に壁に叩きつけられた。

 

無悪有善は知っている。

 

負けるはずがない、と他人を隠したと見下している奴が、鼠のような雑魚に噛みつかれた時の驚愕に染まる顔を。

 

 

「クソお嬢のオプションだって―――」

 

 

能ある虎が隠した爪は、鬼を打ち砕いた。

 

その驕りと共に。

 

軋み凹んだ壁からずり落ちた百太郎は、胸を抑え、口から吐血。

 

 

「―――ハッ、虎を舐めんじゃねぇぞ」

 

 

無悪は左袖をめくると、舌打ちしながら義手を操作し、パシュッという音を立てて、空薬莢を排出。

 

それを足元に転がし、同じく床に転がる鬼塚百太郎を見る。

 

 

(もしもこんなモンが暴発したらどうすんだ、あのクソ職人。自爆どころじゃ済まねぇぞ―――つっ! 一発で意識が飛ぶ―――内側からハンマーぶっ叩いているモンじゃねぇか)

 

 

一肌ではありえない硬質な輝き。

 

人工皮膚の下に隠されていた特殊な造形物――『鬼彫製戦闘用義手』は、鬼塚組の大幹部<十二支>の『午』、<鬼彫>の狂職人の馬面一目の作品だ。

 

そこらの二級品の武器とは格が違う。

 

腕の稼働域を無視した超高速の左ストレートは、爆発的な高出力推進装置によるもの。

 

当然このピーキーなゼロから最高出力は、反動のダメージは免れず、故にたった一発で、左腕から身体全体に染み入るように痛みが響き、

 

 

(だが、欠片も表に出すな。勝負は駆け引きで、ビビった奴が負ける。『何発だってぶち込める』、『今までボコられたのも誘い込むため』……ああ、今の俺は無様な馬鹿を見下す虎だ。全然、痛くねぇ。そうすりゃ―――あと一発で決められる)

 

 

少しでも勝ちに繋がるのなら、何だってやってやる。

 

激痛を歯を食い縛って無悪は耐え、決して表に出さず―――一気に駆け寄った。

 

 

 

―――左腕一本、それくらい捨てても構わねぇ!!

 

 

 

前進しながら腰のベルトに手を伸ばし、黄銅色の薬莢を指で挟み、カシャンという金属音を立てて、左腕の義手の中に装填。

 

これで準備は完了。

 

一発が限度で、二発で腕は動かなくなる。

 

だから、これは絶対に外せない、

 

ここで一気に畳みかける!

 

 

 

「ちっ、帰りの運転は片手でしねーとな」

 

 

 

鬼塚百太郎の顔面を、無悪有善の左拳が打ち抜いた。

 

 

 

つづく

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