とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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天塔奇蹟編 オリオン

天塔奇蹟編 オリオン

 

 

 

3年前

 

 

 

オリオン(Orion)座。

 

3つ星が目印のトレミー48星座の1つ。

 

その名の由来は、ギリシア神話の月の女神『アルテミス』に愛された狩の名人『オリオン』。

 

『オリオン』と『アルテミス』はいつか結ばれるだろうと言われるほどの仲だったが、それを知った『アルテミス』の双子の兄であり、太陽の神『アポロン』の『沖を泳いでいる獣を弓で射抜いてくれないか』と策略に嵌り、その獣が実は愛する人だとも知らずに、狩猟の神でもある『アルテミス』が『オリオン』を射抜いてしまった。

 

自分で愛する人を殺してしまった『アルテミス』は父であり天空の神『ゼウス』に願い、『オリオン』を星座として空へと上げてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ、心配です。兄が中学に入って一人暮らしをしているんですが、いかがわしい本を隠し持ってました。妹物はありません。どうしましょう」

 

 

今年から中学校に進学した訳だが、怒りと失望がないまぜになった視線で妹に見上げられた時の対処法はまだ習っていない。

 

父曰く、女が起こった時はとにかくまず土下座すべきなんだと言われているも、それが役立った事は今までない。

 

 

「あのな。昨日も言ったけど、あれはお兄ちゃんが買ったものじゃなくてですね。友達から渡されたモンなんだって」

 

 

事の発端は、箪笥の引出しの二重底で隠していた、ちょっと中坊には敷居の高い本。

 

友人からお勧めだと渡されて、付き合い的にも断る事ができず、……あと、そこに出ていた名前に何となく興味が惹かれて、こんな事になると知らずに、ついつられてしまったのだ。

 

それが隠して初日でその在り処を看破されたから、ほとんど使われる事がなく、妹と一緒に朗読会を開きながら焚火でさようなら。

 

その時、本と一緒に燃え尽きたのは何だとは言わなくても分かるだろう?

 

兄の威厳だ。

 

その時の、この先、記憶を失っても忘れる事がないだろう責め苦に思い出して、身を震わすのを見て、妹が頬に手を当てはぁと大きな溜息をつく。

 

 

「また言い訳ですか。別に私はそういうのに理解力はあるつもりですが、こんなやさ“しいか”わいい妹がいるのに、妹物がないとは一体どういう事なんですか! 大事なことなので二回訊きました!」

 

 

「スルーしたのに、女の子が二回もこういう話題を振るんじゃありません事よ! だいたいもしお兄ちゃんが本当にい、いも――そういう系を持ってたらどうすんだよ!」

 

 

「ええ、身の危険を感じますね。でも、やさしいかわいい妹なのでどんな性癖でも受け止めて見せますよ。ばっちこいです」

 

 

「お前のその全面受け入れ態勢の包容力はどっからくるんだよ。つーか、妹とこんな話題で盛り上がっている兄はどうなんだよ―――あ、流れ星!」

 

 

「急に話題を変えましたね」

 

 

帰り道の河川敷。

 

兄に釣られて妹も空を見上げれば、空に一条の筋。

 

 

「違うでしょう。後ろから出ているのはジェット気流ですし、本当の流れ星よりも遅いですね」

 

 

「ああ、そういわれるとそうだな」

 

 

「でも、折角ですし、願い事でもしましょうか。何だか叶いそうな気がしますし」

 

 

と、何かを感じ取ったのか真剣に手を合わせて眼を閉じる妹の様子を観察し、星に願いを、だなんてオカルトだなぁ、と兄は思う。

 

このオカルトのない科学の街で、お化けや幽霊などを信じている子供達なんて少数派だ。

 

自分も、神様に祈る事はここに来る前から止めている。

 

けれども、誰かが真剣に祈る姿を馬鹿馬鹿しいとは思わない。

 

目には見えず、言葉でも説明できず、全ては心の中に行われているのに、何かに祈ると言う行為には、確かに神聖さがあるような気がするからだ。

 

そして、それが世界で最も大事な者の願いなら、尚更そんな無粋な真似はしないし、誰にもその投影した幻想を殺させはしない。

 

出来るなら、叶えてあげたいと兄は思う。

 

そうして、数秒後、静かに目を見開く妹に、どこかサンタさんに扮装するために欲しいプレゼントを子供に尋ねる親のような感じで、兄は訊く。

 

 

「それで何を願ったんだ」

 

 

「はい。皆が怪我をすることも病気をすることもなく、そして最後は皆が笑い合えるように。それが一番嬉しい事ですので。なので、私にとっての願いは、そういうことなのです」

 

 

「……そっか。なるほどな」

 

 

難しいな。

 

365日不幸な自分にとって、日々の日常は綱渡りのようなもの。

 

一歩誤り、足を踏み外せば、それで終わり。

 

 

「ああ、でも、願い事って誰かに口にしたら叶わないって……」

 

 

「いや、叶う。神様がダメでも、お兄ちゃんが叶えてやる」

 

 

でも、言う。

 

力強く、その願いを支持する。

 

例え、それが奇蹟でも。

 

神様から見放されようと、絶対に。

 

上条当麻は、上条詩歌に泣いてほしくはないのだから。

 

 

「ふふふ、一番心配なのはお兄ちゃんなんですけどね」

 

 

この微笑みを守る為なら、死の淵からでも甦って見せる。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

  ラ♪―――

     ララ♪――――

       ラ ラ♪―――――

 

 

 

『スペースプレーン・オリオン号』

 

『オービット・ポータル社』は、打ち上げロケットなしで地球と宇宙を往還するために必要とされる、高度によって変化する大気圏の性質に、速度、空力効果のない大気圏外とそれぞれの状況に対応できる推進装置を、学園都市の最新技術によって集約化と実用レベルへの技術開発を実現させた。

 

そう、人類の発展は海から空、そして、宇宙にまで届くようになったのだ。

 

夢の宇宙旅行を実現させるこの『オリオン号』は、華々しく(そら)へと開業記念試験飛行―――だが、地球への帰還直前にスペースデブリと接触し……

 

 

「左翼エンジンブロック脱落! も……もう駄目です!」

 

 

「諦めるな! まだやれる事はある」

 

 

けたましく警報が鳴り響き、副長もパニックに叫ぶ。

 

左舷エンジンブロックに深刻な損傷を受けてしまう大事故。

 

飛行士の誰もが体験したことのない人類初の宇宙旅行という名誉ある舵を取り、そして、誰もが味わったことのない試練。

 

高度はあるので、墜落にまで時間はあるが、当然人類初の航宙にマニュアルで対処できるような問題ではない。

 

そのような事故を起こさぬために、センサーは万全だったはずなのだが、整備不良だったのかスペースデブリの接近に反応できなかった。

 

 

「おお……!?」

 

「大丈夫か……なあ、このまま!」

 

「神よ、どうか。私達を……」

 

 

激しく揺れる機体に誰も立ち上がることもできず、椅子に身を埋め込むように縮こまり神頼み。

 

60億もの中から選ばれた88人。

 

天さえ超えた文字通り天上の幸運な旅行は、反転して、黄泉へと続く死出の旅路。

 

最悪な不幸だ。

 

 

「い、いやだ……うわぁあああ!」

 

 

空気摩擦し赤熱する先端面。

 

共に舵を取っていた副長は、この重圧に耐えきれず、席を離れてしまった。

 

 

(くっ、この中には―――もいるんだ。絶対に)

 

 

諦めない。

 

まだ時間はある。

 

一人でも、この局面を乗り越えてみせる。

 

この命が燃え尽きるその時まで、諦めない――――

 

 

 

 

 

そして、『奇蹟』は起きた。

 

 

 

 

 

『スペースプレーン墜落事故』

 

学園都市23学区の空港に、試験飛行中だった『スペースプレーン・オリオン号』が不時着し、炎上。

 

帰還直前にスペースデブリと接触し、エンジン故障などのトラブルが発生したが、着陸のショックで、損傷した左舷と中央客席部が分断され、被害は最小限に。

 

乗員乗客“88”名は、全員生存が確認された。

 

この航空史上最も“奇蹟”的な出来事は、以後<88の奇蹟>と語り継がれることになる。

 

 

 

 

 

駅前

 

 

 

「―――というわけで、今日は何でも好きなのを食べてOKですよ」

 

 

よく晴れた午後―――

 

学園都市の駅前に、3人組の若い男女の姿があった。

 

 

「本当に! 本当に好きなだけ食べても良いの!!」

 

 

「ええ、全部当麻さんの奢りです」

 

 

先頭を歩く女子2人。

 

わくわくと優美な曲線を描くその頬を膨らませて喜びいっぱいとその表情に見せているのは、その小柄で長い銀髪の少女。

 

精緻な人形のように美しい顔立ちをしていたが、この街では風変わりな金刺繍の真白い修道服を纏った少女だった。

 

彼女はインデックス。

 

とある一件で、この科学の街に住まう事になった魔術の叡智<禁書目録>の魔道図書館。

 

その隣で、柔らかな陽光を浴びながら爽やかな風に銀髪と一緒に、リボンで尻尾のように背中のあたりにまとめた艶やかな黒髪を揺らしながら共に歩む少女。

 

インデックスと同じく最高ランクの美少女で、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる大人顔負けの抜群のスタイル。

 

この学園都市で最高峰の女子中学――常盤台の制服を着る上条詩歌はインデックスをいつもの優しい瞳で見つめていた。

 

 

「な、なあ、2人とも鬼塚のやっているお好み焼きで手を打たないか?」

 

 

そんな2人の様子を後ろから見ている平凡な高校に通うツンツン頭の少年が、上条当麻。

 

どこか頼りない風貌で、まるで従者のように2人の後をついていくが、その足取りは重い。

 

 

「残念ですが、あそこの喰い放題は夏休み期間限定です」

 

 

やんわりと減刑を求める当麻を、関係上兄妹な詩歌は冷ややかに睨み返す。

 

 

「だったら、割引の利くハンバーガーで」

 

 

「だめだよとうま! 何でも食べさせるって納得したのは当麻なんだよ」

 

 

そして、今度はインデックスがふん、と鼻を鳴らす。

 

妹と修道女(ダブルシスターズ)の破産宣告に等しい会話に割って入って交渉を求めるも先手を打たれて封じられる。

 

容赦がない。

 

 

「そうは言いましても、当麻さんの財布の入居者(なかみ)はちょっとしか……」

 

 

「ふふふ、『教材』を買う余裕はあるのにですか?」

 

 

『教材』とは、思春期の男子学生がこっそりもつ例のアレのこと。

 

同級の変態紳士青髪ピアスから『お兄ちゃんなカミやんにこれをプレゼントー!』と渡されたゲームディスク。

 

あまりにも是非是非と勧めてくるものだから、学生寮に帰ってゲーム機に入れて起動してみると、まずテレビに英字デザインのメーカーロゴが表示。

 

そして、次に映ったのが―――『このゲームはフィクションです』

 

……まあ、いまどきのゲームソフトはどれも基本的にフィクションだ。

 

ただ、『ゲームと同じ事をすると法的に罰せられます』と……

 

……まあ、これもゾンビゲーの『ブラッド&デストロイ』などそういう暴力系のものにあるものだ。

 

だが、同じ部屋の中に少女2人いる状況で、ここで止まるべきだった。

 

特に、妹がいる目の前でこれ以上進めるべきではなかった。

 

しかし、電源を消す前に、興味津々な居候さんが後ろからコントローラーをぽちっとボタンを押して、今まで文字しか写さなかった画面が切り替わった。

 

表示されたのは可愛らしい少女だった。

 

が、如何せんこの少女にはツッコミ所が満載だった。

 

 

最初に、なぜか鎖の付いた革性の首輪をつけている。

 

 

そして、なぜか服を着ておらず扇情的な下着姿をしている。

 

 

さらに、なぜか背後から男に抱き竦められている。

 

 

最後に、なぜかその状況で、少女は恍惚とした濡れたまなざしで、こちらを見ている。

 

 

全ての謎は表示されたタイトルロゴを見て、すぐ解けた。

 

 

『俺と妹の青春ユートピア』―――つまりは、『教材(エロゲー)』である。

 

 

何てもん勧めやがるっ!

 

ライトなタイトルとは裏腹に調教系。

 

タイトル通りに楽園とは程遠い、部屋の空気が一瞬でこの世で最も気まずいものになった。

 

愚兄は『必ず青髪ピアスをぶち殺す』、と硬く右拳に誓いを立てるも、1秒でも早く事態の収拾を図ろうと―――が、瞬時にインデックスの目を両手で隠した詩歌は笑っていた。

 

画面に映る可愛らしい少女の優しい笑顔を貼り付けていて、

 

 

『フフフ、そんなに天国に逝きたいんですね、お兄ちゃんは♪』

 

 

 

瞬極殺☆

 

 

 

徹底的に逆調教された愚兄は、部屋に『教材』や『参考書』が一つもなかった理由が分かった。

 

 

「だ、だから、あれはわたくしめが買ったものじゃなくてですね。青髪ピアスの奴がどうしてもというから仕方なく!」

 

 

「関係ありません。アレがインデックスさんの頭に危うく入りかけたんですから」

 

 

インデックスは、一度見たものを忘れない完全記憶能力者だ。

 

詩歌が瞬時に視界を塞がなければ、圧搾死していただろう。

 

それと比べれば、今日1日奴隷は安いものだ。

 

けど、やっぱり、

 

 

「不幸だ……」

 

 

もし財布の中身がゼロになろうと、詩歌が来月のお小遣い分を前借させてくれるので、問題はない……がそれはつまり、今日で来月まで金欠になる可能性が高い。

 

夏休みに赤大好きな少女を赤字地獄に突き落とした底無しの胃袋を持つ白い悪魔がいるのだ。

 

 

(だが、父さんとの(愛娘の写真)取引でどうにかやっていけるはず)

 

 

と、愚兄が撮らぬ妹の画算用をしていると、目の前にある駅ビルの大画面でニュースが流れる。

 

 

『いよいよ完成が間近に迫った宇宙エレベーター<エンデュミオン>! 記念式典は9月に開催される予定です』

 

 

その画面に映るのは男女2人の側近を従えるツインテールのゴスロリシックな少女で、

 

 

「ねぇねぇ、うちゅうエレベーターって何ー?」

 

 

「はっ!? インデックスさん? あなた完全記憶能力あるのに何言ってんの?」

 

 

インデックスの発言に当麻は立ち止まり、その肩を捕まえる。

 

そして、指差す!

 

学園都市のどこでも見える、その頂上が天を突き抜けている建造物を。

 

 

「ほらあそこで堂々とあるのが宇宙エレベーターだよ!」

 

 

まるで初めて見たかのようにインデックスは驚き目をゴシゴシ。

 

 

「あれあれあれーっ!? あんなのあった~!?」

 

 

あったんです。

 

 

「まあ、発表は最近ですから、インデックスさんが知らなくても無理はないでしょう。建造期間は3ヶ月。赤道直下ではなくこの学園都市に造るのですからその苦労はとても困難。その大半は最初に支柱とするケーブル一本を安定させるために費やされ、今の形にまとまったのはごく最近なんです」

 

 

軌道上まで伸びるケーブルには学園都市製の特殊カーボンチューブが使われ、天上運搬用のエレベーターのみが往還するスペース分のみを確保しており、地上から空に向かい急激に細い形状になっている。

 

またそのワイヤーで吊るされた壁面などのガラスは紫外線で発電する透明な太陽光発電。

 

そして、発着場となる巨大な基盤は、商業・娯楽施設などを併設した周辺部と共に『エンデュミオンシティ』と呼ばれる一街区を形成している。

 

 

「ほえ~……それで、うちゅうエレベーターって何?」

 

 

「そりゃあ、ロケットとかシャトルとか使わないで、直接宇宙まで上がれるようにしたのが宇宙エレベーターだ……よな、詩歌」

 

 

「はい、今大画面(エキビジション)にも映っている『オーピッド・ポータル社』が主導で手掛ける学園都市の次期主力宇宙輸送機関です。『オーピッド・ポータル社』は3年前のオリオン号墜落事件――<88の奇蹟>で大きく揺らいだそうですが、そこから買収によって経営再建に成功し、次なる事業として宇宙エレベーターに着手したんです」

 

 

その美しい姿はまさしく空にかけ昇る天の橋立。

 

今、学園都市で最も注目されている技術的構造物である。

 

歩道橋の手すりに乗っかって、インデックスは食い入るように宇宙エレベータを見る。

 

 

「おお……科学サイドはバベルの塔まで現実のものにしようとしてるんだね……」

 

 

「ええ。机上の空論で実現不可能だった天に届く塔を学園都市の最新技術で現実のものとしたのがあの<エンデュミオン>」

 

 

科学分野に疎いインデックスは、己の<禁書目録>の中の知識と当て合わせると、わぁー、と下から上を舐めるようにその頂上を見る。

 

 

 

瞬間、華やぐ音の波が、3人の鼓膜を震わせた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「―――♪」

 

 

それは、聴く者を圧倒する、凄まじく美しい音律だった。

 

歌声の枠を超えて、人々の心を揺さぶるような、圧倒的な音の奔流で溢れた瞬間、彼女を取り巻く世界までもが、美しく変質したように感じられる。

 

その波紋の中心に存在しているのは、携帯式の電子ピアノと手作りポップの看板だけを置いた簡易なストリートライブのステージ。

 

派手な飾りもない、簡素なステージが、今は最高の舞台と化している。

 

演奏している一人の少女。

 

彼女の歌声によるもので。

 

 

(……すごい)

 

 

思わず感嘆の吐息を洩らす。

 

掃き溜めに鶴と言えば、言葉は悪いが、しかしどんな場所でも、彼女の声が届く限り、そこは一級のステージへと変わるだろう。

 

駅前を歩く人々も、彼女が奏でる美しい旋律に引き寄せられるように集まっていく。

 

演奏が長引くにつれて、その数は次第に増えていき、気づけばちょっとした人だかりができている。

 

その内の何人かが、ピアノと歌声のハーモニーを奏でる彼女の姿を見て、はっと気付いた表情をする。

 

 

(この曲は確か……この前、涙子さんに聴かせてもらった)

 

 

「――♪ ―――♪」

 

 

わぁー!! と曲が終わった時に迎えられたのは観客達の拍手歓声。

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

元気に顔をあげ、おじぎ。

 

 

「よかったら私のサイトからダウンロードしてください!」

 

 

詩歌は気付いた。

 

やや大きめの上着にスリムなジーンズというカジュアルな服装で、桃色の髪をくるんと輪を作りリボンでまとめ、トレードマークの鳥のマークを付けた帽子を被せている。

 

幼さの残るあどけない顔立ちだが、スタイルも良く、その振る舞いを見る限りは高校一年生。

 

『ARISA』

 

今路上ライブなどで活躍して大人気のアーティスト。

 

 

「すごいすごいすごーーい! とーっても素敵だったんだよーー!」

 

 

ライブが終わり、駅前の広場から観客が立ち去る中で、すっかりお気に入りなインデックスが頭の上で絶えることなく無邪気に拍手を続ける。

 

その両隣で、上条兄妹も拍手を送り続ける。

 

わぁ……! と笑みが明るくなる。

 

 

「えへへ、ありがとう。私は鳴護アリサ」

 

 

夢中に喜んでくれる彼女達に鳴護アリサはお礼を言おうと駆け寄って、

 

 

 

ガッ―――! と機材のコードに足を引っ掛け、つんのめり、

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 

ぐら―――

 

 

「危ない!」

 

 

当麻が飛び出し、受け止める。

 

 

「お、おおっ!?」

 

 

「きゃあっ!」

 

 

も、仰け反り堪えるも思った以上に威力があったのか。

 

アリサの胸に仕舞った小袋が飛び出す勢い――その中の割れた青のブレスレットもあわや飛び出し掛けるほど顔をのぞかせ。

 

服が大きめのサイズで着痩せしていたのか意外にボリュームのある肉感。

 

押されて――せめて衝撃からは守ると少女の体を抱きしめて――ドミノ倒しのようにドシーン! ――――ではなく、ゴキリ。

 

 

「まったく、格好良く飛び出したならきちんと受け止めてください」

 

 

そのまま押し倒されかけた当麻の体を支えるように頭に五指を食い込ませ伸びた細い腕。

 

つまりは妹様のアイアンクローで。

 

 

「ま、マイシスター。助けてくれたのは当麻さん感謝するが、指が頭に食い込んで痛いでせう」

 

 

「本当にラッキーイベント(こういうの)になると反応の早い、いえ、異様に喰い付きの良い残兄なんですから、困ったものです」

 

 

ミシリ、と。

 

そして、ゆっくりと背後から迫る『と う ま~!』の怨嗟の重圧。

 

胸の中は柔らかいのに、後ろが振り向くのを躊躇うくらいに怖い。

 

 

「お、お兄ちゃんも、頭が潰れそうで困ってるんですがマイシスター。あとインデックスも今噛みついたら本当にヤバい!」

 

 

「だったら、すぐに体を起してあげてください。いつまでも公衆の面前で抱き締めているつもりですか」

 

 

「そうなんだよ! とうまは本当に女の子を見たら抱きつかないといけない性分なのかなー!」

 

 

新学期早朝に喰らったあのダブルシスターズの必殺ツープラントの予感に冷や汗をかきながら、慌てて当麻の腕の中で固まっている少女から体を離す。

 

 

「ごっ、ごめんなさいっ……!!」

 

 

「あっ、いや、こっちこそごめん……」

 

 

ササッと離れて消えた程良い弾力と温かなぬくもりに、爽やかなお日様のような残り香。

 

同学年の女の子との接触はやはり青少年的にドギマギするもので。

 

彼女の方も意外と逞しい男の子の胸板にドギマギと。

 

結果、2人はテレテレ………

 

きっとこれは―――

 

 

「さて、これで心置きなくやれますね、インデックスさん」

 

 

「うん、しいかが極めて、私が決めるんだよ」

 

 

きっとこれは吊り橋効果的なのもあったんじゃないかな?

 

膝カックンの要領で当麻の態勢を崩してそこへ潜り込むように体をいれ、ほとんど力を使うことなくアイアンクローからバックブリーカーに繋げて持ち上げて極めると、逆さまになった視界に飛び込んでくるのは大きく大きく開けた――――

 

 

「ぎょわぁああぁああぁあっ!!!!」

 

 

愚兄の絶叫が駅前広場に響き渡った。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「ほんとにほんとーにすごかった! 感動したよ! ね!」

 

 

「ええ、本当に。アリサさんって、確かネットでも活躍しているんですよね。聴くだけで良い事が起きるって評判ですし、今日も生で聞いて感動しました。―――はい、インデックスさんの携帯にも全曲ダウンロード完了です」

 

 

「わーい! ありがとしいか!」

 

 

お嬢様といえど、修道女といえど、女の子は女の子。

 

こういったものには喜ぶもので、かくいう普段あまり音楽を聴かない、アーティストは縁のなかった愚兄でも、凄いのは分かった。

 

細かいのは分からなくても、素直に感動させ人を魅了するのはとても素晴らしいものだと―――噛み痕を付けられ地面に正座する当麻も自分の携帯にダウンロードしている。

 

3人に絶賛され照れて、『ARISA』――鳴護アリサの顔が赤くなる。

 

いきなり抱きつくという破天荒な初対面に、阿鼻叫喚のお仕置きが目の前で繰り広げられたが、すぐに打ち解けた。

 

どんな相手でも温かく受け入れてしまうこの3人の雰囲気もあるけど、ほんわかおっとりな外見に反して、なかなか順応性は高いようである。

 

 

「ありがとう。気に入ってもらえて嬉しいかな」

 

 

「ふっふーん! 私は歌にはちょっとうるさいんだけど、アリサのは本物だね。詩に呪文(スペル)を乗せてないのにあんなに皆を魅了しているんだもん!」

 

 

「え、すぺる?」

 

 

「うん! まじゅ―――「マジで“スペ”シャ“ル”に素晴らしいですってインデックスさんは言いたいんですね」」

 

 

我がことのようにアリサの歌を自慢するインデックスだが、途中禁句ワードが入ったので、詩歌が後ろからぎゅむっとあすなろ抱きに捕まえる。

 

 

「そこまで褒めてくれてうれしいよ」

 

 

幸いアリサは魔法使いに毒りんごを渡されてもそれとは気づかずに食べてしまうような素直な性格なのか納得してしまう。

 

モゴモゴと言い足りないインデックスを詩歌が抑えている間に、当麻もフォローに入る。

 

 

「ああ! すげーリアルに歌の情景が伝わってくるって感じでさ。―――そう、一瞬<精神感応(テレパス)>かなんかかと思ってたけど、違うみてーだし」

 

 

上条当麻の右手<幻想殺し(イマジンブレイカー)>は触れただけで異能の効果を打ち消すというもので、頭に右手を置いてもアリサの歌声の感動は変わらなかった。

 

つまりは、鳴護アリサの歌声は、幻想じゃなくて本物だ。

 

 

「あはは……それはないかな。だって、あたし“無能力者(Level0)”だもん」

 

 

屈託なくアリサは言う。

 

Level0。

 

この学園都市の学生社会ではそれだけで低辺無能であると認識されてしまいがちで、それが原因で学校を中退する<スキルアウト>になったり、幻想御手(レベルアッパー)事件で多くの学生がその苦悩で事件に巻き込まれたりしている。

 

けれども、アリサはそれで己を卑下するわけでも、可能性を諦めたわけでもなく、前を向いている。

 

 

「へぇ、そうなのか……」

 

 

「うん。昔は悩んだこともあったけど、今はLevel0に感謝してるの」

 

 

なぜなら、もし能力があれば、きっとそっちに頼っていただろうし、そもそも歌っていなかっただろう。

 

そしたら、こんな音楽と出会う事もなかったのだから。

 

それ以外の何もできなかったから、一つの事に打ち込める。

 

 

「私、勉強とかも全然ダメで、歌うことしかできない歌馬鹿なの。だったら、歌おう。そのためなら何でもしようって」

 

 

どんな努力も惜しまず、只管に頑張る。

 

今は飛べなくてもきっといつかは飛ぶ時が来る希望を胸に抱く雛鳥のように。

 

アリサは3人の正面まで走り、くるりと向かい合い、

 

 

「いつかね……ストリートじゃなくて……大きな場所で、たくさんの人の前であたしの歌を届けられたらいいなって!」

 

 

言葉ではなく、素直に感動して心で通じ合えたから、

 

一人の歌手として歌う想いを聴き取ってくれたから、

 

今日会ったばかりだとか時間の問題は関係なく打ち解けられた彼らだから、アリサは歌に託した自分の夢を語る。

 

上条当麻もそんなアリサの明るい前向きさに、真っ直ぐに夢を負う一直線な姿に同じLevel0として共感を、そして愚兄としても好感をおぼえる。

 

 

 

「それが今のあたしの夢! …かなっ!」

 

 

 

―――ま、眩しいよ! キラキラして輝いてるよ!

 

―――これが夢と希望って奴か……! なんつー眩しさだ……!!

 

 

全く邪気のない純朴を体現したような笑顔に、不覚にも当麻とインデックスは一瞬気圧され直視できない。

 

純粋な素直さは本当に眩しい。

 

パァァッ! と夢と希望に満ち満ちたアリサの笑顔には浄化パワーでも備わっているのか光のエフェクトまで背景に見えてしまうほどに輝いている。

 

 

「ふふふ、詩歌さんもその夢、全力で応援します!」

 

 

唯一平静を保っていた詩歌もつられて笑ってしまう

 

 

「詩歌? もしかして、常盤台中学の上条詩歌?」

 

 

「あ、紹介が遅れました。はい、上条詩歌です。是非、詩歌と呼んでください。それでこちらが」

 

 

「私はインデックス。よろしくねアリサ! でこっちが、とうま。あんまり似てないけど、とうまとしいかは一応兄妹だよ」

 

 

「一応は余計だインデックス。詩歌の兄の上条当麻だよろしく。上条だと兄妹で分からないから、名前で呼んでくれ」

 

 

紹介が終わると、アリサは少し驚いたように目を開けて、

 

 

「去年の常盤台中学の<盛夏祭>でピアノ演奏したんですよね! 私、施設出身なんですけど、そこの後輩の子達が去年<盛夏祭>に招待されたんですけど、皆口を揃えて凄かったって。あたしも聴いてみたかったな」

 

 

常盤台中学学生寮の<盛夏祭>は、そこの寮の管理人の意向もあるが、チャリティオークションや様々なイベントが行われ、施設の<置き去り(チャイルドエラー)>を特別招待している。

 

それで毎年寮の学生の中で代表者がチャリティコンサートをするようだが、今年は御坂美琴のバイオリンで、去年は上条詩歌のピアノだったそうだ。

 

 

(そういや、RFOとかでも創作ダンスとか合唱の伴奏でよくピアノを引いてたっけ)

 

 

「あはは……そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 

「今度機会があったら―――!!」

 

 

そこでビクッとアリサが言葉を止める。

 

それが携帯電話の着信音。

 

そして、その着信先は―――

 

 

「……!!」

 

 

ハッと驚き、こちらへ遠慮がちに、

 

 

「……ちょっと……いい、かな?」

 

 

どうぞどうぞ、と3人揃って手で合図。

 

それを見て、こくりと頷いてから、

 

 

「はい鳴護です」

 

 

緊張した面持ちで電話に出るアリサを、当麻達は静かに様子を窺う。

 

 

「……はいそうです……はい―――え!? ホントですか!? あっ、ありがとうございます!! ……はい! はい! わかりました!」

 

 

何度も生真面目にお辞儀したりしながら、やがて通話が終わると、はぁぁーっ! と携帯を抱き胸に手を当てて大きく息を吐いて深呼吸。

 

? とそんなアリサの様子に見合っていると心境の整理がついたのかこちらへ振り向き、

 

 

「……オーディション……」

 

 

と、まずは一言。

 

 

「―――あたし! オーディション…受かっちゃった!! デビュー、出来ちゃうんだって!」

 

 

そう、舞い込んできたのはオーディション合格の一報。

 

最初は実感がなかったが、報告している内に、栓が外れたように実感が湧いて来て笑みが浮かび、跳び跳ねるほど喜びをいっぱいに表わす。

 

いの一番に駆け寄ったインデックスもとアリサと一緒にきゃーきゃーと騒ぎ、そして、上条兄妹も同じく我が事のように喜び合う。

 

 

「それはまた……凄いじゃないですか、アリサさん!」

 

 

「ああ! ってことはプロじゃん! テレビに出られるのか?」

 

 

「え!? テレビ!? それってカナミンと同じになるってことー!? わーっ! すごいよアリサ!」

 

 

キラン! と目を輝かせ鼻息荒くしてアリサに迫るインデックス。

 

TV=カナミンなインデックスの思考回路に、当麻はやれやれと息を吐く。

 

 

「ふふふ。カナミンは二次元のアニメですが、テレビに出るというのは同じです。きっと、アリサさんの歌が皆に認められる時がきたんですよ!」

 

 

「ひゃ~~~っ! ど、どうしよ~~~っ!」

 

 

夢が叶い、ついに羽ばたく時が来たこの瞬間に立ち会えた事に、当麻はうんうんと感激し、

 

 

「これは絶対にお祝いしなきゃだね!」

 

 

「そうですね。ここはパーッと豪華な食事にでもしましょう!」

 

 

えっ? と何だか会話の方向性が危うものに。

 

例えるなら、風吹けば倒れそうな入居者少数のぼろアパートに超大型台風が迫ってますみたいな。

 

つまり、当麻さんのお財布の中身が……

 

 

「じゃあ、アリサも一緒にご飯を食べよう! 今日はとうまが何でも好きなのをご馳走してくれるんだよ」

 

 

「……えっ! でも、そんな悪いよ」

 

 

「ふふふ、一人ぐらい増えても全然大丈夫ですよ。ねぇ、お兄ちゃん?」

 

 

……その時の妹の微笑みは、昨日のものと全く同じもの。

 

つまりは、ここが男の甲斐性の見せどころであり、激減した名誉を挽回するのは―――今でしょ。

 

インデックスも同じで、これはおねだりと言うより、命令に近くて。

 

 

「はは……2人も3人も全然一緒なのでございますよー。どんと来なさいどんと」

 

 

「じゃ、じゃあお言葉に甘えちゃおう……かな?

 

 

 

 

 

ファミレス

 

 

 

朝もしっかりと食べてるし、インデックス1人なら大丈夫。

 

詩歌はあまりそれほど食べるようなタイプでもないし、アリサもきっと女の子なんだしそうだろう。

 

だから、出費も意外と安かったり………そう思っていた時期が当麻にはありました。

 

 

「わーい! ハグ、ング、アグ………」

 

 

この白い悪魔の脅威を見誤った。

 

ちゃんと朝しっかりとおかわりするほど喰ったはずなのに、衰える事はない。

 

むしろモリモリ食べていくうちに加速している!

 

詩歌もアリサも当麻の予想通り、こちらに遠慮してくれたのか割安のセットメニュー(それでも結構がっつり系だった)で済ませてくれたが、この慈悲深きシスターに慈悲はあるかもしれないが、遠慮はない。

 

さっきから空いた食器を抱えて小走りするウェイトレスさんが何往復もしているし、今頃厨房は大忙しで料理を作っているだろう。

 

と、そこでインデックスの隣に座る詩歌が、

 

 

「インデックスさん」

 

 

おお妹よ! そなたがこの魔王を倒してくれる勇者に!

 

 

「そんなに急いで食べて。ほら、口元に食べかすがついてますよ」

 

 

「むぅ。今両手が塞がってるから……しいか、拭いて」

 

 

「ふふふ。はい、綺麗になりました。でも、ちゃんとゆっくり噛んで食べてくださいね」

 

 

「うん! ゆっくり噛んでいっぱい食べるんだよ!」

 

 

「よろしい!」

 

(よろしくないよ!)

 

 

ペースは少し落ちたが、食欲はまだまだ有り余っている。

 

躾けても、手綱(リード)は放しっぱなしである。

 

おかげで領収書の束が積み重なるこの『円出(エンデ)ュミオン』の塔はどんどんと上へと伸びていく。

 

ああ、ここの割引クーポン券ってあったっけ?

 

 

「それで、オーディションって、あの『オーピッド・ポータル社』が主催する<エンデュミオン>の開通イベントのなんですか?」

 

 

「うん! キャンペーンイベントに使われるイメージソングにあたしの歌が選ばれたの」

 

 

「知ってるよ! 宇宙に行くエレベーターだよね! じゃあ、アリサは宇宙に行くの?」

 

 

「それはまだ分からないけど、オープニングセレモニーでライブしたりするからもしかしたら行っちゃうかも!」

 

 

女3人揃って姦しく、楽しくおしゃべりして盛り上がり。

 

だが、『円出ュミオン』の建設は着々と進行している。

 

黒一点は止まる事を知らない財布からレジへと引っ越しを約束された領収書の増加に哀しく消沈。

 

しかし、さらに、

 

 

「あ、すいませーん、あとカキフライと―――「もう勘弁してくれーっ!!」」

 

 

レシート・バベルに泣きの愚兄の雷が直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

まるで風船のように膨らんだお腹をぽんぽんとするインデックス。

 

大変ご満悦。

 

 

「(う゛う゛~っ。詩歌さん、お願いだから、来月のお小遣いを前借りさせてくだせえ)」

 

 

「(良いですけど。きちんと来月分は引きますからね)」

 

 

そして、こそこそと(兄が妹にお小遣い管理してもらっているのを隠すため)愚兄は賢妹に泣きの交渉。

 

机の下で詩歌の財布から数枚の新入居者が当麻の(いわくつきの)財布の中に加入。

 

そんな様子を横目でちらり見して、アリサはくすり。

 

 

「それで、これってきっとアリサの願いが神様に届いたんだね!」

 

 

「うん! ……あたしね。なんかわりと運が良いみたい。今度の話も、本当に運が良いって……」

 

 

少し、自嘲気味にアリサは語る。

 

この今話題の宇宙エレベーター<エンデュミオン>でライブを成功させれば、きっと一躍時の人になれるだろう。

 

だが、このたった1人しか入れない狭き登龍門にはきっと数多の人が挑み、そして、アリサが通ったということは自分以外の全員が脱落、不幸になったという事。

 

だから、

 

 

 

「―――それは違うだろ?」

 

 

 

 

 

バッティングセンター

 

 

 

「チャンスだとか成功とか言うのはっ! 怖がらずに打席に立って! 打ちたいと本気で思って!」

 

 

愚兄は言う。

 

誰よりも見てきた幸福に恵まれた一人の少女。

 

才もあるのだろう。

 

力もあるのだろう。

 

運もあるのだろう。

 

しかし、それでもやる意思がなければ、何もできない。

 

妹は、どんな状況にも勇敢に、『私の幻想で皆の幸せを投影する』という確固たる信念で立ち向かった。

 

だから、成功する。

 

この球速180kmを超える通称『野球魔神』の球は、正規の野球部員でも打つのは困難だ。

 

だが、それを最初から無理だと諦めて、己の武器(バット)を持たず、戦場(打席)にも入らないものには決して打てはしない。

 

 

 

「―――全力でバットを振った奴にしか訪れないんだからな!」

 

 

 

轟!! と唸りを上げて迫る、普通の人間がやれば確実に肩が壊れる『野球魔神』の必殺ドラゴンボール。

 

 

しかし、上条当麻は思いっきりバットを――――

 

 

 

 

 

ブオッ!!

 

 

 

 

――――空振った。

 

 

「あらら……」

 

 

当たればデカかっただろう――――が残念ながら空を切るバット。

 

ボテッとマットに当たり、ボールがころころと地面に転がってる。

 

 

 

「―――ちゃんと目標(ボール)を良く見てが抜けてます」

 

 

 

カキーン!! と当麻の隣の打席でジャストミートの快音を響かせる詩歌。

 

 

「まったく、当麻さんは肝心なところが抜けているんですから―――ねっ!」

 

 

詩歌が立つ打席は『野球魔神』のような超高速球ではないが、それ以上に当てるのが難しいとされる複雑怪奇な77色の変化球を操る『野球仙人』。

 

その『野球仙人』の人間が投げれば高確率で肘が壊しかねないほどの高難度の超変化球の幻惑AIM((これを作った人間の)AあたまIいかれてるM魔球)を、きちんと見て、軌道を見切って打ち返した。

 

しかも、パンパカパーン! と音が鳴り、見事打球が的中したホームランサークルにライトが点滅。

 

 

「さっすが! 凄いんだよ、しいか! それで景品って何かな? 何かな?」

 

 

「うわぁ、あんな球を打てるなんて凄い……しかも、ホームランなんて」

 

 

「で、とうまはぜんぜんだね」

 

 

「……ぐっ。ま、まあ俺の不幸は筋金入りだからな。けど、詩歌は打っただろ」

 

 

いや、言い訳とかじゃなく、かっこ悪いとか言わないでほしい。

 

説得力や兄のプライドとかが諸々ないかもしれないけれど、ここは妹の成功に便乗する。

 

 

「それと同じで、アリサも実力で選ばれたんだ。勇気を持って、本気で、全力に、そして、最後まで目標(ゆめ)から目を離さすに戦ったから、このチャンスをモノにできたんだ。だから、それは誇っても良いと思うぜ」

 

 

「! ……当麻君」

 

 

運も実力の内とは言うけれど、このオーディション合格は本当に自分の実力と呼べるものなのだろうか、もしかして―――のせいなのか。

 

そんな思い悩むアリサの幻想(まよい)を愚兄の『自分を誇れ』という言葉が打ち砕いた。

 

ただの幸運だけで、夢は叶えられない。

 

決断し、行動し、挑戦して初めて、結果に結びつける。

 

『この歌で皆を幸せにしたい』という純粋な想いと、それを実現して見せるという一念で積み上げてきた力があるのなら、その幻想(ねがい)は誰にも殺させてはいけない。

 

もちろん、自分自身にも。

 

自分の不安を吹き飛ばしてくれた、同じLevel0でどこか似た境遇の当麻に、アリサは仄かに頬を赤く―――

 

 

「!! 次、来るよ!」

 

 

「えっ―――うぉわっ!」

 

 

慌てて振り向くももう遅く、『野球魔神』の球はズドンッ! とマットに埋まり込んだ。

 

 

「はぁ……だから、ボールを良く見ないとっていったのに目を離すから。まったく、もう……」

 

 

『野球仙人』の超変化を、詩歌は溜息をつきながらも最小限の動きで打ち返す。

 

 

「本当に詩歌さんは凄いんだね」

 

 

「当麻さんに言いたい事は全部言われましたが、“できる”と『自分を信じて』バットを振る。それが一番大事なんだと思います。………まあ、当麻さんも本気で集中すれば、頼れる兄なんですが」

 

 

「うんうん、とうまはいっつも注意力が散漫してるんだよ」

 

 

「インデックスにだけは言われたくねーが―――今度こそ!」

 

 

キン! とバットに当たるも後ろに飛ぶファールチップ。

 

 

おおっ! 凄い、あとちょっとだったよ当麻君! とアリサは歓声を上げ、

 

ダメだよ。ちゃんと前に飛ばなきゃ! とインデックスが茶々を入れ、

 

そして。

 

 

(Level0、ですか……)

 

 

静かに覚られぬように、詩歌はアリサの顔をちらりと見つめる。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

雑居ビルの屋上。

 

落下防止の金網がない狭い空間、本来なら人が侵りえない場所に3人の人影が鎮座していた。

 

服装の構成は違えど全員が闇に溶け込む黒装束で、それぞれが箒、扇子、羽ペンを―――己の武器を手にしている。

 

 

「……この子が、『鳴護アリサ』……」

 

 

誰かが言った。

 

が、誰も答えない。

 

ただ獲物を前にしたネコ科肉食動物のように、目を爛々と輝かせる。

 

彼女達の目の前に固定された通信術式――薄い水面は光の屈折を利用して映像を作り出すその幻影には―――バッティングセンターにいる4人の少年少女の様子が映し出されていた。

 

 

 

つづく




どうも夜草です。

劇場版DVDをみたら、大覇星祭を書いていたんですが、こちらも書きたくなってしまって、急遽ですが、同時進行です。

大覇星祭を楽しみにしている方、遅くなります、

エンデュミオンを期待していた方、頑張ります。

そして英国騒乱編を待っていた方……申し訳ありません、しばらくこの2つに集中します。

更新速度が遅くなるかもしれませんが、大覇星祭とエンデュミオンで書きあがったものから投稿して
いきます。

大変ですが頑張っていきます。

では、失礼します。

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