とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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幻想編 手を繋いで

幻想編 手を繋いで

 

 

 

???

 

 

 

「本当にいいんだな、詩歌」

 

 

「はい、当麻さん。……いいですよ」

 

 

真っ白な世界に埋まりながら、玉のような汗を全身に纏い、妹と見つめ合ったままでもうどれほどの弛緩が経過しただろうか。

 

握り締めたその手が強張っているのが、上条当麻の心をさらに迷わせる。

 

 

(……やっぱり、不安か)

 

 

別に、今日じゃなくていいんじゃないか。

 

もっと心の準備をする時間があってもいいのではないか。

 

その痛みが、一体どれほどのものか愚兄の自分には分からないけど、自分なら、まだ、我慢できるし、きっと賢妹の身体にもよくない。

 

彼女とはこれから先もずっと共に過ごしていくと決めたのだから、こんな若い身空で勢い任せな真似は止めるべきではないのか。

 

自然と、その小さな手を握る力が強くなる。

 

 

「なあ詩歌、怖いんだろ。やっぱり、止めにしようぜ」

 

 

「怖……いです。でも、これは私が望んだことです。当麻さんだって、我慢、できないんでしょう」

 

 

「それは……」

 

 

―――ごくり、と深く唾液を飲み込む。

 

こんな状況で、自分が、彼女に隠し事なんてできない。

 

けれど、その誘惑を振り払って、兄としてその頑なさに押し負けぬよう、男として屈服させるように、いつもよりも強気に攻める。

 

 

「詩歌、の方じゃないのか、我慢できないのは。俺は、まだ―――いや、ずっとでもこのままでも構わねぇ。あの時、詩歌の手を取った時から、決めた事だ。こうして、詩歌の隣にいるだけで満足だ」

 

 

「うぅ……」

 

 

昏迷に囚われた当麻の視線から逃れるように、詩歌は顔を逸らす。

 

艶やかな長い黒髪の合間から覗く、ほんのりと上気した頬は朱色、いつもの微笑みではなく、弱弱しく細められている瞳。

 

頬に伝う雫の跡は、汗か、それとも……

 

 

「……そんな言い方、いじわるです。でも、このままじゃイヤなんです。ここでできなかったら、一生迷ったまま………だから」

 

 

何度目とも知れぬ沈黙を破り、詩歌が上目遣いを向けてくる。

 

もう視線を外すことはしない、頬はより朱く、恥ずかしいのだろうけど。

 

自分を大切にしてくれるのは分かっている、けど、苦しい想いをするのは自分だから、自分で決めたい。

 

その言葉以上に雄弁な瞳に当麻は、小さな罪悪感を覚える。

 

今は彼女の望み通りの行動をすることこそが、最もその決意を、想いを、尊重することだ。

 

余計な気遣いは、ただ彼女に迷いを与えているしかない。

 

ここまできて今更反故するような真似をするなど、もはや臆病者の領域であるような気もする。

 

そして、その愚兄の躊躇いを解くために、その左手を握る愚兄の右手にさらに手を重ねて、賢妹は言う。

 

 

 

「お願い……お兄ちゃん」

 

 

 

上条詩歌が口にしたのは、それだけの短い懇願だった。

 

だが、それで充分だった。

 

お兄ちゃん―――そのたった一言は、愚兄の心の中のスイッチを押す。

 

 

「わかった、詩歌」

 

 

「うん……ありがとう」

 

 

きつく、瞳が閉じられる。

 

深く息を吸い込んで、止める。

 

こうなれば悲鳴を上げてもやり通す、でも、肺に溜めた酸素を全て使い切るまでが限度。

 

自分にそう言い聞かせ、ついに愚兄は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その右手を離した。

 

瞬間、あの時残った2つの翼が、上条詩歌の背中から生えた。

 

 

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)>の枷を外しての<幻想投影(イマジントレース)>制御訓練開始。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

「うん? 僕としては微笑ましいけど、他のスタッフにはまだ独身が多くてね? 訓練中は良い雰囲気を出さないでくれるかな?」

 

 

「「すみませんでした……」」

 

 

ここはいつもの病院。

 

ホテルでも自室でもベットの上でもなく、特別に用意された訓練場。

 

あの暴走覚醒した上条詩歌を、その右手で上条当麻が鎮めることができたが、2つだけ翼が残ってしまった。

 

あの億千万の羽を数えられる所まで殺し切ったのは凄いことなのだが、その代償に当麻の方も歯が全部抜け落ちたように力を使い果たしてしまったようだ。

 

おかげでただの『異能を打ち消す』<幻想殺し>では、消去許容限度を超えて『無限に成長し続ける』その翼を根こそぎ毟り取る事は不可能で、もちろんどんな魔術も科学にも抑えられない。

 

常に右手で詩歌を捕まえてなければ、背中からどんどんと成長していく。

 

なので、こうして問題のある方を解決しようと、詩歌が<幻想投影>を制御できるように、愚兄の右手を離して、2つの翼のたずなを握ろうとしているのである。

 

ただ、翼が生えれば、伸びれば伸びるほど、背中から突き破られるような幻痛を感じてしまうのが難点である。

 

 

「詩歌、本当に大丈夫か?」

 

 

「ええ。けど、今回も<幻想投影>を押さえられませんでした」

 

 

しょんぼり、と詩歌。

 

背中の痛みよりも、こうしてうまく制御できない方が恥ずかしいらしい。

 

名門常盤台中学に身を置くものとして、自分の力は御して当然のこと。

 

また数多くの才能を開花させてきたことが、羞恥にさらに輪を懸けているのだろう。

 

Level6創生の首謀者であった木原幻生が捕まったことは、次の日に多少動きがぎこちないがその身に宿した<肉体再生>の力で回復した土御門元春から報らされたが……全く、あの『願望機』は余計な置き土産をしてくれたものだ。

 

おかげで、この『宿題』をどうにかするのに大変な目に遭っている。

 

 

「仕方ない。患者のためなら何でも用意して見せると自負していた僕だけど、どうも、兄の右手に勝る薬はないらしい」

 

 

その核を打ち消すことはできないが、右手が触れている間は翼も消えて、成長も抑えられる。

 

だけど、それはつまり、今こうしてカエル顔の医者や『リア充爆発しろ』、と愚兄に怨念や殺気をぶつけてくるスタッフを前にしていても、上条兄妹は手を離せない訳で。

 

具体的には伏せるが、ト○レや風○場など『水』関連は、交流生として上条当麻の部屋に滞在しているインデックスの補助がなければ大変だった。

 

それでも常に右手と左手を繋いだままでも割と苦にせず生活できるのは、流石、だが。

 

 

「そうですか……むむぅ~、当麻さんと四六時中手を繋いで隣にいられるのは、それはそれでアリですけど、このままだと色々と不便というか何というか。幸せの過剰摂取でどうにかなってしまいそうな。むん! ここは将来の為にも夏休み中にどうにかしないと!」

 

 

と、欲望に打ち勝ち気合を入れる詩歌さん。

 

当麻としてはもう慣れてきて生活の不便さは既に感じてないが、それでもどうにかしないといけないのには賛成だ。

 

冥土帰しや禁書目録がそれぞれの分野で対処法を検討してくれているが、結局、これは自分達がどうにかしないといけない。

 

 

(まあ、でも、悪いことばかりじゃないんだが……)

 

 

『願望機』の救済を阻止したが、それでも色々と改変されていて、『シェリー・エリス協定』とやらで、魔術と科学の交流が活発となっているのが、今の世界。

 

その技術交流生として、学園都市の第1位と交換に―――どういうわけか滞在場所が愚兄の部屋だったが―――10万と3000冊の魔道図書館のインデックスが学園都市に来ている。

 

あの事件がどう処理されたのか分からないが、改変される前と後の記憶を持ち合わせているのはどうやら上条兄妹だけで―――あの戦いを覚えていたのは自分だけ―――それでも大体は同じで、今のところ不都合は生じていない。

 

 

(ま、幸せだな)

 

 

誰よりも美人で、

 

誰よりも優しくて、

 

誰よりも愛してくれて、

 

 

「それで、本当に“覚えてないのかい?”」

 

 

「はい、この力を発動させた“直前直後の記憶がどうもあやふや”で、どうやって御していたのか思い出せないんです」

 

 

けど、肝心なところが抜けていて……

 

あの告白も忘れてしまったなんて………………うん、ちょっと不幸だ。

 

でも、それさえも自分にはとても愛おしい。

 

もう認めるしかなかった。

 

 

「……お兄ちゃんが何とかしねーとな」

 

 

自分の気持ちを。

 

 

「はい?」

 

 

「俺の妹はメチャクチャ可愛過ぎて、どこにも嫁にやれねーよ」

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

自然と、その言葉を口にした。

 

普通の兄ならば言わない。

 

だけども上条当麻の、間違いなく素直な気持ちであるそれを。

 

誰にも渡したくない。

 

誰のものにもしたくない。

 

どこにもいかしたくない。

 

……俺のものだ。

 

神だろうが何であろうが、詩歌は手放さない。

 

それが、押し殺していた自分の本音だった。

 

認めてしまおう。

 

 

「いきなり何を言うんですか!? 今は先生の説明を聞かないといけない訳で、そう言うのはまたあとで……」

 

 

「詩歌、好きだ。忘れたんだっつうなら何度だって言ってやる」

 

 

「えっと//// 何だか盛り上がってますけど、それ、毎日言われてますから、ちゃんと分かってますからね! だから当麻さんも人前だというのを分かって!」

 

 

その身体を抱きしめる。

 

逃がさないように。

 

この幻想だけは離さないように。

 

 

「はぅ……」

 

 

背中に両手を回して抱き留められる際に、その右手を離さないように腕を滑り、くすぐったい甘い痺れが走った。

 

恐ろしく甘美な震えが詩歌の全身を駆け抜け、疼きにも似た甘ったるい熱が、胸の奥に溜まっていく。

 

その熱に瞳をとろんとさせ、意識をふわふわとさせているこちらに、

 

 

「あの時、詩歌がいなくなったらと思うと、胸が張り裂けそうだった……」

 

 

当麻は自分と同じように高鳴る鼓動をその抱きしめた胸に感じつつ言葉を続ける。

 

 

「何度でも言う。詩歌、好きだ。誰よりも愛している。兄妹とかそんなのは関係ない。……1人の女性として、詩歌を愛している。だから、傍にいてくれ……」

 

 

「は、い……当麻さん」

 

 

体を離すと、向けられる詩歌の潤んだ瞳は、静かで、しかし明らかに期待を含んだ眼差しで、体の奥が熱くなってくる。

 

こちらの胸板に接着しているように形の変わっているその大きな胸が息遣いで上下しており、自分のと1つに溶けあう甘い吐息、そして、目の前の詩歌の唇は抗いがたい魅力を持っていて

 

 

「ん、っ……」

 

 

もう一度、詩歌を引き寄せ……静かに唇を重ねる。

 

ふわりと熱くて、甘い、ずっと心が焦がれていた感覚……

 

もう何度も交わしたそれに、永遠を誓い、そっと離れる。

 

 

 

 

 

 

 

「……あのね。もう君達に盛るなとは言わないけどね? ここは病院だから? そういうのは僕達のいない所で気付かれないようにやってくれないかな? 学生らしく節度を持ってね?」

 

 

不治の病にはお手上げだとカエル顔の医者。

 

その後、

 

 

『当麻さん……私達はまだ学生ですから、公共の場や人前ではふしだらNGだって言いましたよね』

 

 

『いや、でも、詩歌さんだって、ほら、ね?』

 

 

『お仕置きです。1日ラブラブ禁止か、抹殺死(マッサージ)のどちらが良いですか?』

 

 

『抹殺死の方でお願いしますでせう』

 

 

『不穏な当て字だと分かっているのに、秒も躊躇わず即答とは………ま、まあ、それなら今日は、ちょっと張り切っちゃおっ、かな?』

 

 

『え、いや、別に学生の身分であることは当麻さんも分かってる訳だけど―――』

 

 

『竜神流裏整体術でも最高難易度の『冥土送り』を頑張らせてもらいます。ええ、詩歌さんでもまだ完全には習得していないもので、少しでも動いて手元が狂えば、酷い事になります』

 

 

『そっちか! 我が家に伝わる処刑法でございますか!?』

 

 

『大丈夫、痛いのは最初だけです』

 

 

『いや、いつも当麻さんはそれで死にかけているんですけどね! あまり張り切らないでほしいなって! それに詩歌だって誘ってたじゃん!』

 

 

『……そうですね。私にも非があります。考え直しましょう』

 

 

『え? ホントに?』

 

 

『ふふふ、詩歌さんが当麻さんに酷いことするはずがないじゃないですか』

 

 

『う、ん……? おかしいな。幼いころに実験台にされて絞め落されたトラウマがあるんだけど』

 

 

『大丈夫、痛いだけです』

 

 

『一番削ってほしくないトコが! 直してないよ悪化してるよ! そこを取っちゃったら一体何が残るって言うんだ! あ、痛みですよね!? そうですよね!?』

 

 

『はーい、動かないでくださいねー。全部、メキョッとしますよー』

 

 

『ちょっと!? とかチクッ、じゃないの!? なあ、もうこの母さん直伝の拷問関節技は封印しません、マイシスター!?』

 

 

……その後、愚兄の説得もむなしく毎度おなじみのフレーズが辺りに響き渡った。

 

 

 

つづく




希望が多かったので、少し変更して、延長するように書いてみました。

まだ未定な部分も多く、幻想編の続きの更新も不定期ですが、おそらくシリアスなものから一転して夏休みのアフターストーリーっぽくなります。

設定として、

詩歌は常に当麻と右手を繋がなければならず、

アウレオルスさんは三沢塾の塾長さん、

一方通行は無敵になるために新たな法則を求めて、インデックスと交換留学中、

『シェリー・エリス条約』とやらで少しずつ魔術と科学の世界が交流している。

と、言うような感じです。

それで『実験』はありませんでしたが、<妹達>も何だかんだでいるという設定でお願いします。


あと最後はやはりあの方たちが登場する予定です。
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